孤独じゃなかった。あの日、腰の痛みで病院に行くと伝えたら、夫は「夕飯は一人で何とかしてくれ」と冷たく言い放った。双子を妊娠している私に、彼は「子育てはお前に任せる」と笑った。「甘えられても困る」——その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。義母からも「すぐに病院に行くな」と叱られ、私は一人で全てを抱え込んでいた。そして出産後、夫は「父親になる資格がない」と言い残し、家を出て行った。「子供が手がか…

「腰の調子がひどくて、ちょっと病院に行ってくる。夕飯は一人で何とかしてくれないか」 「料理、できそうにないの?」 「無理だと思う。家に帰っても寝てるだけになりそうだ」 「まあ、それなら仕方ないわね。できれば早く帰ってきてほしいけど」 「それは無理だろうな。仕事が立て込んでて、帰りは遅くなると思う」 「そうなんだ。仕事が大変なのは分かるけど、家のことも大事にしてね」 「どういう意味だ?」 「お腹にいる子は双子なの。子育ては二人分だから、二人で協力しないとやっていけないわ」 「俺は仕事を頑張って金を稼いでるだろ。子育てはお前がやってくれないと困る」 「もちろんできるだけそうするわ。でも、一人でできることには限界があるでしょ」 「限界を迎えたら助けてやるよ。でも最初から助けを求めるようなことはやめてくれ。甘えられても困るんだ」 「ねえ、あなたは子供が生まれることを喜んでくれてる?」 「何それ?」 「なんか温度差を感じるの」 「俺は仕事を頑張ると言ってるだけじゃないか。家のことはお前に任せる。協力をしないとは言ってない。変な被害妄想はやめてくれ」 「うん、分かった。じゃあ、お仕事頑張ってね」 一週間後。 「はるか、体調はどう? この前やばいって言ってたでしょ」 「うん、今はだいぶ良くなったよ。でも双子だから、また悪くなるかもしれない。本当に妊娠って大変ね」 「そうね。子供ができたって分かった時は嬉しかったけど、ここまで大変だとは思わなかったわ」 「しかも双子だもんね。早く会いたい気持ちもあるけど、私なんかに育てられるのかなって不安も大きいの」 「私はちょっと無理そうね」 「カナは結婚とか考えないの?」 「全然。仕事も忙しいし、男とは割り切った関係で十分かなって思ってる」 「昔からそうだったよね」 「そうそう。男なんて適当に遊んでおけばいいのよ。変に責任を背負わされるのは嫌だわ」 「カナのそういうところ、すごいと思うよ。だから事業も成功してるんだろうね」 「どうだろうね。まあ、そっちには向いてるのかも」 「今、彼氏とかいないの?」 「彼氏って感じじゃないけど、遊んでる人はいるよ」 「やっぱりそうなんだ」 「でも、なんか刺激がないのよね。どんな男と遊んでても、物足りないっていうか」 「そうなんだ。だったら思い切って結婚するとかは?」 「いや、結婚は私にはないから。男の方から迫られたりしない?」 「うん、それはあるわね。でもそういう奴は大体金目当てだから、全然相手にしてない」 「なんか冷めてる感じがするね」 「そんなことないわよ。でも、この性格だから同性にはすごく嫌われてるの。私と学生時代から仲良くしてくれてるのは、はるかだけよ」 「そうだっけ?」 「そうよ。本当に物好きなんだから」 「そんなことないって。私もカナと一緒にいて楽しいからさ」 「ありがとう。元気そうで安心したわ。また一緒に遊びましょう。お家にお邪魔させてもらうから」 「うん、ぜひ。子供が生まれたら真っ先に見せるね」 「楽しみにしてるわ」 一週間後。 「はるかさん、また病院に行ったらしいわね」 「お義母さんから聞いたんですか?」 「そうよ。そんなに病院ばかり行ってどうするつもり?」 「病院の人に、座りがひどい時はすぐに来るように言われてるんです。ですから何も問題はありません」 「今からそんなことでどうするの? 子供を育てる親として、もっとしっかりしなさい」 「できるならそうします。でも、そう簡単じゃないんです。お母さんだって経験してるでしょ」 「だとしても、すぐに病院に行くのはやめなさい。自分でどうにかできないか考えなさい。生まれてくる子供も不安でしょう」 「私は敬一を一人で育てました。周りは誰も助けてくれなかったわ。それでも私は歯を食いしばって頑張ったの。あなたもしないとダメじゃない」 「お母さんが素晴らしいのは認めます。ですが、頼れるものは頼った方がいいと思います。病院に行くのはお腹の子に異常がないか調べる目的もあるんですから」 … Read more

28 September 2026

陣痛が来てるのに「妹の結婚式が優先だろ」と夫に言われた。安定期どころか臨月で、いつ生まれてもおかしくない状態だった。それなのに「陣痛ごときで欠席するな」「来ないなら離婚だからな」「慰謝料も払わせるからな」——LINEの画面を見つめながら、お腹の痛みより心の方がずっと冷えていくのを感じた。義母に助けを求めても「二人も産んだけど大騒ぎしたことないわ。甘えよ」と一言。「陣痛は便秘と同じ」と笑った夫…

「おい、早く妹の式場に来いよ。妊婦だからって言い訳はなしだぞ。もう安定期なんだから、キビキビ動けっての」 「いや、安定期どころか臨月なんだけど」 「ああ、でも安定期には変わりないだろ」 「いつ生まれてもおかしくないのよ。今だってお腹が痛くて」 「はあ、便秘かよ。こんな時にやめろよな」 「違うわ。そういう痛みじゃないの。これ、多分陣痛かもしれない。そうじゃなくても病院に行かないと」 「なんだよそれ」 「だから陣痛かもって言ってるでしょ。予定日はまだ先じゃないか。ちょっとお腹が痛いからって、何でも陣痛にするのやめろよ」 「なんですって? 赤ちゃんがいるのよ。少しのことでも不安になるのは仕方ないじゃない」 「はいはい。分かった分かった。なら結婚式終わりに病院に連れて行くから、保険証持ってこいよ」 「はい? 今なんて?」 「だから病院に送ってやるって」 「いや、その前よ。式の後って……結婚式には参加しろってこと?」 「そうだよ。何驚いてんだ。今日は妹の結婚式なんだし、参加するのは当たり前だろう。ただの腹痛でドタキャンとか非常識なことするなよ」 「だから陣痛かもしれないって言ってるでしょ」 「そんなの医者じゃないのになんで分かるんだよ。お前だって出産は初めてだし、腹痛と陣痛の区別なんて分からないだろ」 「あなたよりは分かるわよ。当事者なんだし。それに痛む箇所が違うんだから間違えないわ」 「ああ、うっざ。大体LINE打ててるんだろ。元気だろ。さっさと来いよな」 信じられない。お腹のこのことより結婚式を優先するなんて。 同時刻。 「美沙さん、今日は娘の大事な結婚式なの。絶対に遅刻しないでね。あの子は優しく言ってるけど、家族の結婚式に遅刻だなんて、そんな恥ずかしいことしないでちょうだい。面汚しよ」 「お母さん、健太から何も聞いてないんですか?」 「何もって、何のこと?」 「実は陣痛の兆候があって……陣痛です。なので病院に行こうと思ってます」 「ちょっと待って。まだ予定日まで一週間あるでしょ。気のせいじゃないの?」 「でも本当に痛くて。それに臨月ならいつ生まれてもおかしくないですよね。もし陣痛じゃなかったら、それはそれで見てもらわないと」 「今日は娘の結婚式が最優先なの。陣痛くらいで大騒ぎしないでちょうだい。全く」 「はい……」 「とにかく式には絶対来てね。お腹が大きいなら多少無理しても大丈夫でしょ」 「待ってください。お母さんまでそんなこと言うんですか?」 「あなたも母親になるなら、子供の恥になるようなことしないことよ。生まれてきた子に『あなたのお母さんはお腹が痛いって無駄に騒いで人の気を引こうとしたの。だから大事な結婚式に遅刻した恥ずかしい人よ』なんて言われたくないでしょ」 十分後。 「健太、やっぱり無理。赤ちゃんのことが最優先よ。病院に行くわ。お母さんにはうまく説明しておいて」 「はあ……陣痛ごときで妹の結婚式欠席とか、ふざけんなよ?」 「陣痛ごときって? お腹の赤ちゃんが心配なのよ。あなた父親でしょ。家族が大事じゃないの?」 「赤ちゃんなんてまだ生まれてないだろ。それなら今いる妹の式の方が大事なんだよ。お前がいないと俺の立場がないんだ。嫁の席が空いてるとか、恥ずかしいだろう」 「そう……結局は自分のことしか考えてないわけね。私は私とお腹の子が最優先よ。あなたたちなんてもう知らない。許可なんて取ろうとした私が間違いだったわ」 同時刻。 「お母さん、やっぱりお腹の痛みが止まらない。陣痛だと思う」 「大丈夫、すぐ行くわ。今向かってるの。それで旦那さんは?」 「あいつ、結婚式の一点張りだった。自分のことしか考えてない」 「そう……やはりね。美沙、これで決心はついたでしょう」 「ついたよ。元々ついてたけど、いざ生まれるってなれば、少しくらいこの子のことを考えてくれるんじゃないかって、そんな淡い期待を持ってしまった私がバカだったわ。けどおかげですっきりしたの。もうあいつらに何の情も必要ないって、最低な人達だって分かったから」 「美沙、少し耐えられる? お母さん今向かってるけど、まだ到着に時間がかかりそうなの」 「大丈夫。待ってる。最悪、救急車って手もあるから、絶対に無理しないで」 同時刻。 「美沙さん、まだ来てないの? 式まであと少しなのよ。早くして」 「すみません、体調が本当に悪いんです。欠席します」 「欠席? ふざけないで、娘の結婚式よ。家族なんだから出席するのは当然でしょ」 … Read more

28 September 2026

妻が俺を置いて失踪した。残されたのは、彼女が毎日欠かさず飲んでいた血圧の薬だけ。母が震える声で言った。「あんた、自分で何をしたか分かってるの?」俺は何もしていない。ただ、家に友達を泊めただけだ。「俊ちゃん、好きに使っていいぞ」って言っただけだ。花江は俺の味方だと言っていた。なのに、どうして彼女の薬がこんなところに残されたままなんだ。薬を飲まなければ命に関わると言っていた。彼女はどこへ消えたん…

母さん、元気にしてる?心配してるんだ。そっちに帰ろうか。 いきなり何言ってるのよ。帰ってきてくれたら嬉しいけど、まずは自分のことでしょ。花江ちゃんとはうまくやってるの? 当たり前だよ。喧嘩したことなんて一度もないし。 あんなにいい娘を嫁にもらえて、本当に良かったわね。 家のことなら花江がいるから安心だよ。それで、仕事はどうなの?まだ続けてるの? あんたはいつも仕事をすぐ辞めるんだから。何言ってるんだよ、仕事って? ホテルで働いてるって言ってたでしょ? ああ、そんなのとっくに辞めたよ。 え、そうなの? だって、一日中フロントに立ってなきゃいけないんだぜ。あんなきつい仕事、やってられるかよ。 そうは言っても、仕事なんだから仕方ないでしょ。 それで、スーパーの正社員になろうと思ってパートから始めたんだけど、それもきつくて辞めたんだ。 私の知らないうちに、またあちこち仕事を変えてたのね。 それで今は何をやってるの? 何も。無職だよ。 はあ。あんたね、家庭もあるんだから、もう少ししっかりしなさいよ。 分かってるって。それでさ、ちょっと実家に住ませてもらえないか?家賃とか払うのがきつくて、生活が大変なんだよ。 それは仕事をしてないからでしょ。 こっちで仕事を探すからさ。地元には友達もたくさんいるし、つてだってあるんだから。 でも、あんたたち二人分の世話まで私にはできないわよ。 花江はすぐにパートを見つけてくるよ。あいつは仕事にこだわりなんてないからさ。 あんた、奥さんにだけ働かせるつもり? 俺だってすぐに仕事は見つけるって。それまでの間、生活の面倒を見てくれればそれでいいから。仕事が見つかって稼げるようになったら、生活費はちゃんと渡すからさ。 本当に働く気はあるの? 当たり前だろ。俺は稼ぎたいんだ。そのために、無駄なことはしてられないから仕事を辞めてるだけだよ。 そんなに言うなら、まあいいけど。ただ、花江ちゃんにはちゃんと説明しなさいよ。私みたいな奴と同居するのが嫌かもしれないしね。 大丈夫だよ。あいつは何も文句言わないから。 あんたはもう少し花江ちゃんの気持ちを考えなさいよ。いつ捨てられてもおかしくない立場なんだからね。 うん、分かったよ。そんなに怒るなって。 まったくもう。ちゃんと花江ちゃんに説明して、了解を得なさいよ。それで、二人の気持ちが固まったら、いつ頃になりそうか日程を教えてね。こっちも部屋を片付けたりしないといけないから。 ああ、分かった。 その翌日のことだった。 お母さん、お久しぶりです。夫から話を聞きました。私たちを受け入れてくれて、本当にありがとうございます。 花江ちゃんはいいの?私と一緒に住むってなったら、気を使うんじゃない? いえ、そんなことはないです。正直に言うと、ずっと願っていたことでもあるんです。 どういうこと? 私は母を早くに亡くして、ずっと父と二人で暮らしてきたので、母親と呼べる人がお母さんしかいないんです。だから、本当の家族と一緒に暮らせるのが、心の底から嬉しくて。 そういう風に思ってくれるなら、私も嬉しいわ。私も花江ちゃんのことは、実の娘だと思ってるからね。 ありがとうございます。 でも、うちの息子があなたに迷惑をかけてるんじゃないかと思うと、申し訳ないわ。私がもっとしっかり叱っておけばよかった。 そんなことないですよ。今は仕事がうまくいってなくて、ちょっとイライラしてるだけです。結婚してすぐの頃、仕事の調子が良かった時は、本当に家庭を大事にする人でしたから。仕事さえ見つかれば、また前みたいになると思います。 そうなるといいんだけどね。 むしろ私の方が、あまり働けなくて申し訳ないです。 それは仕方ないでしょ。体質なんだから。 昔から低血圧で、ちょっと運動すると立ちくらみがしちゃうんです。 私は逆に、血圧がずっと高い方なのよ。花江ちゃんみたいに症状がはっきり出るわけじゃないけど、命に関わる病気だから、すごく気をつけてるの。 え、そうなんですか? お医者さんから薬をもらって、それを飲みながら生活してるのよ。 そうなんですね。 そうよ。いつも錠剤ケースに入れて持ち歩くようにしてるの。 私も血圧の薬を飲んでるので、何だか親近感が湧きますね。 血圧の凸凹コンビってところね。 本当だ。一緒に暮らせるようになったら、そういうところも助け合っていけますね。 うん。何でも遠慮せずに甘えていいからね。 ありがとうございます。お母さんと一緒に暮らせるのが、今から本当に楽しみです。 … Read more

28 September 2026

「この家、出てってくれないか」。父の葬儀が終わった三日後、俺はリビングで母にそう言った。母は台所で茶を沸かす手を止め、ゆっくりと振り返った。二十八歳の俺は、妻の美咲とこの家を継ぐつもりだった。「はあ?今何て言った?」母の声は低かった。「息子だからって何よ。この三十年、誰がこの家を支えてきたと思ってるの?」俺は笑い飛ばした。どうせ母は何か言い返してくるだけだと。でも母は静かに言った。「いいわ。…

嫁の美咲がリビングに立ったまま、俺はソファに座って背筋を伸ばした。テーブルの上には使い古された湯飲みが二つ並んでいる。母は台所で茶を沸かしているふりをして、こちらの様子を窺っていた。三日前に父が死んで、通夜も葬儀も終わった。やっと本題を切り出せる。 「母さん、ちょっと話がある」 「何よ、改まって。急に」 「この家、出てってくれないか」 母の手が止まった。湯飲みを持つ指がわずかに震えている。いや、気のせいかもしれない。母はゆっくりと振り返り、俺を見た。 「はあ?今何て言った?」 「だから、出て行ってほしいんだ。俺たち夫婦でこの家を継ぐから」 「匠、あんた、自分が何言ってるか分かってるのか?」 「分かってるよ。父ちゃんが死んだんだから、この家は俺のものだろ」 母は湯飲みを置き、ゆっくりとこちらに歩いてくる。台所とリビングの間の引き戸のところで足を止めた。 「息子だからって何よ。28年間、誰がこの家を支えてきたと思ってるの?」 「それは…母さんだけど」 「だけどじゃないでしょ。結婚して三年でしょ。その三年間、ずっと誰が養ってたと思ってるの?家賃も払ってない。光熱費も払ってない。食費も、全部私でしょ」 「世話にはなったけどさ」 「世話にはなった。ただで養ってもらってただけのくせに。そう言ってるのよ」 「養うって言い方やめろよ」 「じゃあ何て言えばいいの?28歳の既婚者が、親の脛を齧ってたって言うの?」 「きついよ、母さん」 「事実でしょ。とにかく、この家は私の家よ。あんたのものになった覚えは一度もない」 俺は立ち上がった。話を先に進めないと、いつまでも水掛け論になる。わざと落ち着いた声を出した。 「だから、俺たち夫婦の家にするから、母さんは出て行ってくれる?三日以内に」 母が小さく笑った。笑い事じゃないのに、その笑い方には呆れが混じっていた。 「三日以内?何を寝ぼけたこと言ってるの?」 「寝ぼけてない。もう決めたことだ」 「この家、誰が買ったと思ってるの?」 「父ちゃんだろ」 「違うよ」 「え?」 「違うよ。三十年前、私の給料とボーナス、全額使って買ったんだよ。あんたの父さんじゃない。私が不動産会社の営業部に勤めてたから、安く手に入ったんだ」 嘘だと思った。聞いていない。物心ついたときから、この家は父のものだと思って育ってきた。父はこの家の大黒柱で、母はそれを支える細君で。 「そんな…」 「嘘じゃないよ。あんたの就職だって、私がコネを使ったの忘れた?友達の夫が人事部の部長だったから、無理言って面接の口利きを頼んだんだよ」 「それは…」 「忙しいからって、私に任せたんでしょ。都合の悪いことは全部忘れるんだね。あんた、本当に薄情な人間になったわね」 「母さん、俺は今、そんな話をしようとしてるんじゃない」 「じゃあ何の話をしようとしてるの?あんたが私を追い出そうとしてる、その理由の話?」 「父ちゃんの遺産が出なかったのは言っただろ。全部医療費に消えたって。だったら、この家だけが唯一の財産なんだよ」 「はあ?遺産?あんた、あの遺産の話を本気で信じてるの?」 「だって、母さん…」 「遺産がどうのこうの言う前に、この家は私が買った家よ。あんたに何の権利もないんだから」 「でも、父ちゃんのためにも…」 「父ちゃんのため?父ちゃんが死んだのをいいことに、母親を追い出すっていうのが、あんたの親孝行のつもり?」 「母さん、言い方ってものがあるだろ」 「言い方はあんたの方よ。私はね、あんたのことを自分の命よりも大事に思って育ててきたんだよ。あんたが高校のときに熱を出したときも、仕事を休んで看病したでしょ。あんたが就職に失敗して家に引きこもったときも、何も言わずにご飯を出し続けてきたでしょ。あんたが結婚するときに、相手の家に頭を下げて回ったのも、私よ」 「それは…だから、そういう話は今いいって言ってるんだ」 「そういう話はいい?じゃあ、あんたにとって何の話ならいいの?私の苦労は全部、無駄だったって言いたいの?」 「そうは言ってない」 「じゃあ何?どういうことよ」 「俺が悪いって言ってるんじゃない。ただ、今の生活を立て直すためには、この家が必要なんだ」 「あんたの生活?美咲さんと二人で住む新しい生活ってこと?」 「そうだよ。美咲の両親も来ることに決まってるんだ」 「は?」 「美咲の両親がこっちに来て、俺たちと一緒に住むんだ。もう向こうは準備してる」 「ちょっと待って。勝手に話を進めたの?」 「美咲の家の方が援助してくれるんだ。生活費も面倒も見てくれるって。母さんよりずっと頼りになる」 … Read more

28 September 2026

病室の時計だけが静かに針を刻んでいた。三ヶ月。医者から告げられた余命宣告は、俺の人生を根底から覆すには十分すぎる衝撃だった。突然のことに頭が真っ白で、でも悲しみに浸っている暇はなかった。そんなある日、買い出しから戻った佳美がベッドの横に座った。彼女は俺が病気だと知ったら、きっと何も言わずに献身的に看病してくれる。それはありがたい。でも、それじゃダメなんだ。「なあ、佳美。俺と、離婚してほしい」…

病室の時計だけが静かに針を刻んでいた。三ヶ月。医者から告げられた余命宣告は、俺こと洋介の人生を根底から覆すには十分な衝撃だった。突然のことに頭が真っ白だった。でも、悲しみに浸っている暇はない。これからのことを考えると、自然と頭の中はある計画でいっぱいになっていた。 佳美は、買い出しから戻るなり、ベッドに座って窓の外を見つめる俺の顔をき込んだ。この人は本当に人がいい。俺が病気だと知ったら、きっと何も言わずに付き添ってくれる。献身的に看病してくれるに違いない。それはありがたい。正直、とても心強い。でも、それじゃダメなんだ。 「なあ、佳美。聞いてほしいことがあるんだ。」 「何?急に改まって。もしかして、病状が悪化したとか?」 「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが、お前にどうしてもお願いがある。」 「いいよ。何?私にできることなら何でもする。毎日お見舞いにも来るし、必要なら仕事だって休むよ。」 「ありがとな。やっぱりお前は優しいよ。だからこそ、な。」 一度深呼吸をして、覚悟を決める。佳美は何も気づいていない。きっと、俺が弱音を吐くと思っているんだ。看病してほしいと言われると思っているんだ。それはそれで構わないが、こっちにはこっちの考えがある。 「俺と、離婚してほしい。」 一瞬息が止まった。病室に緊張が走る。佳美の目が真ん丸に見開かれた。想像もしていなかった言葉だったのだろう。無理もない。数秒の沈黙の後、彼女は力なく笑いながら首を振った。 「…嘘でしょ?私のこと、心配してるの?なら大丈夫だよ。私、陽介が病気になっても支えるって決めたんだよ。病気を機に絆が深まる夫婦だってたくさんいるんだよ?そんなこと言わないで。最後まで私に寄り添わせて。」 ほんと、バカなやつ。こっちは本気なのに。佳美はいつもそうだ。俺のことを考えて、自分を犠牲にする。その優しさがありがたい反面、今回ばかりはそれが迷惑なんだ。 「いや、心配事は俺だ。だから済まないが、離婚してくれ。」 「だって…。いや、でも。そんな理由で納得できるわけないでしょ!病気のことを聞いて、私、ずっと不安だったんだよ。それなのに離婚したいって…。陽介は何を考えてるの?」 本当だよな。病気を理由に離婚を申し出られたら、誰だってそう思うよな。しかし、こっちにも譲れない事情があるんだ。 「…他ならぬ、普通に金が嫌になったからだ。」 嘘ではない。いや、正確に言えば、全ての動機の根底にあるのがそれなんだ。 「え?…何言ってるの?私、何かした?何か迷惑かけることした?」 「いや、お前は何もしてない。だが、嫌なんだよ。俺の金を大好きな奴に残してやれないのが、我慢ならなくなったんだ。」 「大好きな…?どういうこと?誰のこと?」 「話せば長くなるが…、聞きたくないか?」 「…聞くに決まってるでしょ。」 佳美は一歩引いて、壁に背をつけた。顔から血の気が引いていくのが分かる。さあ、ここからが本番だ。 「あの子、うちの会社の部下の愛子のことなんだけど。」 「…部下?愛子さん?そんな人と何が関係あるの?もしかして…。」 「簡単に言えば、愛子と結婚したいんだ。この際だから言うが、俺の大事な大事な部下であり、未来の妻になる女だ。」 「…はぁ?ちょっと待って、意味がわからないんだけど。一体何を言ってるの?病気で気が触れたの?」 違うよ。至って正気だ。 「誰がどう見ても、俺は正気さ。むしろはっきりした。命が長くないと分かってな。俺は自分の人生を悔いなくまっとうしたいってな。 「ふざけないでよ!妻がいる前で何言ってるのよ!つまり、浮気してるってこと?!体を壊しただけじゃなくて、正気も壊しちゃったの?」 「あー、もうそういう物言いはやめてくれ。これは浮気じゃない。よく聞けよ。俺は愛子と出会うタイミングを間違えただけなんだ。つまり、真実の愛なんだよ。」 「それを世間では浮気っていうんだよ!」 佳美の怒号が病室に響く。まあ、そう怒るのも無理はないか。だが、俺の意志は固い。 「どうとでも言え。とにかく離婚だ。俺はもう決めたんだ。そして、入院中は佳美に看護を頼みたい。」 自分で言っておいてなんだが、厚かましいとは思う。だが、金のためだ。愛子のためにだ。 「はぁ?それは都合が良すぎない?私が何で、そんな女の彼氏の世話まで…。ねえ、愛子さんとやらに頼んだら?そうすればいいじゃん。」 「だめなんだ。愛子は今、自分の母の介護で手いっぱいなんだよ。」 「そんなの知らないわ。私には関係ない。」 「そんなこと言わないでくれ。本当に困ってるんだ。それにお前、さっき何でもすると言っただろ。看病してほしいって。」 確かに、お前に頼むと言っておいて、今さら何を言う。だが、金のためにだ。 「…はぁ!?何言ってるの?この状況でそれ?陽介、病気でおかしくなったの!?」 「お前が言い出したことだろうが。それに俺はな、入院生活の支度で忙しいんだ。それに、入院先の書類もそろえなきゃいけないし、退院した後の生活のことを考えたら、頭が一杯で倒れそうなんだよ。」 「知るか!」 「ところでな、入院の間、あのことがあって気になってたんだけど…。」 「あの事?」 「ああ。生命保険のことだ。ちょっと聞きたいことがあるんだ。なあ、俺の生命保険金は、いくらぐらい出るんだ?」 「…は?生命保険?それがどうかしたの?」 「どうかしたも何も、離婚するときにちゃんと分けてくれないと困るだろ。って、お前の方から言い出したんだろ。」 「は?お前、本気で言ってるのか?」 「当たり前だろ。この保険金は俺の貯金みたいなもんだ。だから、きっちり半分こにしよう。」 生命保険金。毎月コツコツと支払ってきたやつだ。言っておくが、これは俺の金だ。財産分与の対象になるのだ。 「はっ、そんなに上手くいくと思ってるの?馬鹿ね、陽介。生命保険金は、受取人をあなたにしているから何とかもらえるけど、誰が受取人になっているかで話が変わってくるからね。それはそうと、あなたの生命保険の受取人って誰にしてるの?」 「…ああ?そんなの決まってんだろ。とぼけるなよ。俺の金なんだから、この俺で決まってるだろうが。」 「…違うわ。保険金の受取人は、あなたじゃないの。おそらく、あなた自身の名義じゃないんだよ。ちょっと見てみる。」 そう言って、佳美がタンスの引き出しから保険の書類を取り出して、一生懸命に文字を追う。そして、小さくため息をついた。 … Read more

28 September 2026

母さん、いきなりごめん。今度家に彼女を連れて行きたいんだ——そう言った瞬間、まさかこんな結末になるなんて思ってもみなかった。あの日は日曜で、リビングには洗濯物がまだ畳まれないまま置いてあった。母は味噌汁の火を止めて振り返った。「あら、あなたが彼女を紹介するなんて初めてね。結婚を考えてるとか?」私は覚悟を決めて言った。結婚するよ、ゆいなっていうんだ、妊娠してる。母は一瞬黙って、それから「あんた…

母さん、いきなりごめん。今度家に彼女を連れて行きたいんだ。 あら、あなたが彼女を紹介するなんて初めてね。結婚を考えてるとか? 考えてるっていうか、結婚するよ。本当にごめん。ゆいなって言うんだけど、妊娠してるんだ。 あんたね。説教はあとだ。 ユイナさんのご両親にはお話ししてあるの? まだこれからだけど。 歯の一本や二本、覚悟しておくことね。大事なお嬢さんを妊娠させたんだから。私も同席するから、すぐ向こうのご実家に行く用意を整えて。 二週間後。 母さん、ありがとう。母さんがいてくれたおかげで、結婚も認めてもらえたし。 これからやることは山積みよ。 ゆいなさんが生まれる前に結婚式したいって言ってるし。 うん。安定期が来てからがいいかなと思うんだけど、お腹が目立たないうちにやりたいって人もいるから、ゆいなさんと相談して決めてちょうだい。もし急なことで結婚式費用が足りないなら、ある程度は援助してあげるから。 本当にごめん。ありがとう、お母さん。 数分後。 そっちの調子はどう? もう大忙しいよ。いきなり息子ができるなんて想定してなかったし。 ああ、夫がいてくれたらよかったんだけどね。 死んじゃった人に文句言ってもしょうがないよ。 私にできることがあれば言ってね。私だってあんたの親なんだから。 うん。母さんがいてくれてありがたいよ。 それにしても、ゆいなさんってなんかすごい今時の子ね。 ああ、そう? ギャル系って感じ? うん。そうね。そんな感じ。仕事もずっとアパレルのアルバイトらしくて、結婚したら仕事もやめちゃうみたい。 今何歳だっけ? 二十四歳よ。 大卒ならまだ新社会人二年目だし。若者の気分が全然抜けてなくてもおかしくないけど、これから結婚して親になるなら、しっかりしてもらわないと困るね。 でしょ。でも、どこまで言っていいかわからないし。向こうの親御さんもすごい本人主義みたいで、全部こっちに任せますって感じなのよ。 ああ、そりゃ大変だね。私もできる限り手伝うから、何でも言って。 一ヶ月後。 ねえ、お母さん。この前ご近所さんとバレーボールしてました。 若作りやめてくださいよ。恥ずかしいんで。 なんでゆいさんがそんなこと知ってるの? スーパーで買い物してたら声かけられたんですよ。 もしかしなくても、お母さんのところのお嫁さん、顔広すぎてキモいんですけど。 そりゃあなたがあれだけ派手な結婚式してご近所に挨拶したら覚えられるでしょ。私があなたの顔写真ばらまいてるわけじゃないし。 とにかく、変なことしないでくださいよ。私が恥ずかしいんで。あと、食べ物の塩送りとかも特にいらないです。うち、そんなお金困ってないですから。 でも蒼太からはお礼の連絡が来たわよ。ゆいなさんももりもり食べてたって聞いたけど。 そんなの蒼太さんの気遣いに決まってるじゃないですか。間に受けてたらバカみたい。 あ、もういいわ。食べ物を送るのは今後控えるわね。 お願いします。 一週間後。 ごめん、母さん。ちょっと相談があるんだけど。 ゆいがさ、子供が生まれるならもっと広い家に引っ越したいって言うんだ。 まあ、そう考える人も多いんじゃない? 出産後よりは妊娠中の方が動きも軽いしね。 俺もそう思うんだけど、今ちょっと仕事がうまくいってなくて。 どういうことよ。 会社自体がちょっと業績悪くて、先月全社員の減給が決まったばっかりだったんだよ。 ああ、そう。 今母さんには十分助けてもらってるよ。これ以上頼むのもどうかと思う。でも今それをユイナに伝えたら、妊婦に余計なストレスを与えたくないっていうか。 そう、太の言いたいことは分かったわ。ただし、これ以上の援助には条件があるわよ。結婚式代だってほとんど出してあげたんだから。二百万って、今のご時世まあまあよ。 はい。本当に申し訳ございません。いつか返しますので。 それで条件ってのは、私が援助しているということをきちんとゆいなさんに伝えるなら、考えなくもないわ。 え? … Read more

28 September 2026

義母が家から出て行った日、私は「これで自由になれる」と心の底から喜んでいた。毎日のように友達を呼び、悠人も酒を飲み、誰にも文句を言われない生活。あの窮屈な家庭内ルールから解放された解放感は、本当に爽快だった。でも、そんな自由な日々は数週間しか続かなかった。悠人が「もう無理だ」と泣きついてきたのだ。「母さんに戻ってきてほしい」と。義母に電話したとき、彼女はこう言った。「出て行けって言ったのはそ…

お母さん、もうあなたとの同居は限界です。 え、さなさん急にどうしたの? お母さんの介護とかしたくないですし、同居は解消します。 だから急にどうしたの? そもそも介護って私はまだ56よ。体も健康だし。 将来的な話ですよ、それは。 そうだろうけど、それにこの間のぎっくり腰。 え、ぎっくり腰。 あの時に痛感しました。こんな墓に片足突っ込んだババアとの生活は無理だと。 いやいやいや。いくらなんでもそれは言いすぎじゃない? 言いすぎじゃありません。 確かに。ぎっくり腰の時は色々と手間を取らせたけど。 取らせたってレベルじゃないですよ。ちょっと動くだけで腰が痛いとか騒いで悶絶物なのよ。 家事もできずに寝てるだけだし、はっきり言って超迷惑でした。 そんなこと言われても。 あの時確信しました。 何を? 数日のぎっくり腰でもあの迷惑加減。介護なんて始まったら耐えられません。 そんな。 というわけで、我が家から出てってください。できれば今でお願いします。 だから本当にちょっと待ってって。家から追い出されたら行くところがないわよ。 お母さんにはご実家があるじゃないですか。 あなたに言われて売っちゃったわよ。 あれ? そうでしたっけ? そもそもこの同居だってあなたの提案じゃない? だとしてもです。 え、というか、私が出てって本当に大丈夫なの? どういう意味ですか? だってあなたも言うとも生活力には不安があるでしょ。 問題ありません。 そう言うけどね。 いいですか? お母さん。 はい。 お母さんですけども。 悠人はもう立派な大人です。 そうね。 そもそも夫の管理は妻の仕事ですから。 そうね。 なんでちょっと疑問系なんですか? いや、だって普段のあなたたちを見てると、そういうのはいいんです。 良くはないでしょ。 お母さんは過保護すぎるんですよ。 過保護? 私が? そうです。親は崖から子供を突き落とすって言いますよね。 あ、そうだっけ。 そういうことですよ。 どういうこと? つまり、可愛い子には旅をさせよってことです。 ああ。まあ、なんとなくだけど言いたいことは分かったわ。 分かってくれましたか? 確かにこのままじゃダメだと思ってたし。 そうです、そうです。さっさと私たちを崖から突き落としてください。 … Read more

28 September 2026

「り太、ごめん、体調が悪くて晩ご飯は自分で買ってきて」。専業主婦の私がそう言った瞬間、夫の顔が変わった。「ももこは専業主婦なんだから、家事をしっかりやってくれないと」。私は謝りながら台所に立った。義母の部屋の前で「風邪がうつると悪いので近づかないでください」と伝えると、「また風邪?…

「り太、ごめんなさい。ちょっと体調が悪くて、晩ご飯は自分で買ってきてもらってもいい?」 「ああ、最近ずっとこんな感じじゃないか。一体どうしたんだよ。ももこは専業主婦なんだから、家事をしっかりやってくれないと」 「ごめんなさい。元気になったらすぐにやるからね」 「ご飯だって買うのは金がかかるんだぞ。俺だけじゃなくて、母さんの分も買わないとダメなんだろ」 「お母さんが料理をしてくれたら問題ないんだけどね」 「母さんはもう70歳を超えてるんだぞ。そんなことをやらせるのかよ」 「だったら買ってもらうしかないわね」 「俺たち、生活費を切り詰めて貯金をしようって約束しただろう。今はこうして実家で生活してるけどさ、ここも古くてもう長くは住めないんだから、家を買うために頑張らないとダメだろ」 「もちろん、そういうのは全部理解してるわよ」 「お前がこの前教えてくれたあの家なんて良かったぞ。立地もいいし、家もめちゃくちゃ綺麗だったし」 「それってもしかして、お父さんが気になってたところ?」 「そう。あそこはかなりいいよ。お父さんってセンスいいんだな」 「でもあそこはお父さんが住めないでしょう。貧乏な生活をしてるんだから」 「そんな言い方しないでよ」 「とにかくあそこを買うために、すぐにでも金を貯めたいんだ。あそこは人気の物件だから、すぐに売れてしまいそうだし。なんなら今すぐにでも契約したいくらいなんだよ」 「それなのに、お前がこんな調子じゃ無理だって言うんだ」 「それは無理よ。私、体調が悪いんだから」 「俺には理由があって言い訳をするな。家事もしない人間は、我が家には置いておけないぞ」 「そんな言い方しなくてもいいじゃない」 「家族だからと言って甘えるのはなしにしようぜ。とにかく今日だけは俺がなんとかするよ。でもこれ以上はやれないからな」 「うん。分かったわ」 10分後、ももこは義母の部屋の前に立っていた。ノックをすると、冷たい声が返ってくる。 「お母さん、すみません。体調が悪いので、今日は部屋で休ませていただきます。風邪がうつると悪いので、部屋には近づかないようにお願いします」 「また風邪? そう言って家事をさぼってるんじゃないの?」 「そんなことはしませんよ。やりたくてもやれない状況なんですから」 「はあ、それは本当なのかしら」 「最近、お母さんって私に冷たいですよね。前はもっと仲良くできていたのに」 「そんなのはあんたの思い込みでしょ。別にこっちはそんなつもりは一切ないんだから。もしそうなってるのだとしたら、あんたが役割を全うしないからよ。家事をしないのもそうだけど、孫の顔も見せてくれなくてさ」 「子供は授かり物だからしょうがないじゃないですか。それにお母さんが孫にこだわってるなんて、今まで感じたことがなかったですよ」 「最初はそれも仕方ないかなって思ったのよ。でもやっり、お先が短いって思うとね、どうしても孫の顔が見たいと思うようになったの。でもあんたは、そんな私の願いを叶えてくれなかったわ」 「私だけを責めないでください。授かりではありますけど、夫婦の力が必要なものです」 「り太は何も悪くないわ。あんたが原因に決まってる」 「すみません。もうこれ以上話したくないです。ただでさえ辛いのに、お母さんから責められるのは耐えられません」 「被害者みたいなことを言ってんじゃないよ。それに、いつまでも寝てるくらいなら病院に行って薬でももらってきたらどう? 病気じゃないなら薬をもらえるはずだよ」 「分かりました。明日行ってきますよ」 その夜、寝室でり太が話しかけた。 「ももこ、今度はいつ帰ってこれる?」 「今すぐにでも帰りたいよ。でもちょっと体調を崩しちゃって」 「え? ちょっと待ってよ。あなたは大丈夫なの?」 「私は大丈夫だと思う。明日病院に行って色々と診察してもらうけど、多分私は何ともないと思うわ」 「そう」 「お母さんの方こそ大丈夫なの? 私なんかよりも、お母さんの方が心配よ」 「とりあえずなんとかやってるわ。お父さんのお世話もやらないといけないしね。私がくよくよしてるようじゃダメだから」 「強いんだね」 「そうじゃないとやってられないってのはあるわ。多分、元気が取り柄ってやつだと思う」 「自分が情けないわ。私、大丈夫なのに、こんな伏せっちゃって」 「しょうがないわよ。でもあなたは一人じゃないから、みんなに甘えなさい」 「そんなことをさせてもらえないんだよね」 「え?」 「夫から直接、甘えるなって言われちゃったわ」 「そうなの?」 … Read more

28 September 2026

父が亡くなって一週間後のことだった。リビングで母がいつものようにお茶を淹れている、ごく普通の午後。でも、その静けさを破ったのは、僕の口から出た信じられない一言だった。「母さん、ちょっと話があるんだけど。親父も亡くなったしさ、母さんにはこの家を出て行ってもらうから」—その瞬間、母の手が止まった。28年間、家賃も光熱費も食費も全部母が払ってきた。僕は結婚して3年、一度も払ったことがない。それなの…

母さん、ちょっと話があるんだけど。 匠、どうしたの、急に。 親父も亡くなったしさ、母さんにはこの家を出て行ってもらうから。 はあ? 何言ってるの、急に。出て行けって? だから、出て行ってほしいんだよ。俺はこの家の息子だからな。 息子だから何なの? 親父が死んだんだから、この家は俺のものになるだろ。 あんた、自分が何言ってるか分かってるの? 分かってるよ。それより、28年間誰が誰を養ってきたと思ってるんだ? それは母さんだけど。 だけどじゃないでしょ。あんた、結婚して3年でしょ。 そうだけど、その3年間ずっと誰が面倒見てたの? 母さんだよ。家賃も払ってない。光熱費も払ってない。食費だって。全部私が出してきたでしょ。 それは世話になってたけどさ。 世話になってた? ただで養ってもらってただけでしょ。 養ってもらってたって言い方やめろよ。 じゃあ何て言えばいいの? 28歳の既婚者が親のすねをかじってたって。すねをかじるって事実でしょ。 とにかく、俺たち夫婦の家にするから、母さんは出て行ってくれ。 俺たち夫婦の家? はあ、意味が分かんないんだけど。 だから、親父が死んだら俺が相続するんだよ。 相続? あんた本気でそれを言ってるの? 当たり前だろ。 面白いわね。 何が面白いんだよ。 あんたの頭の中よ。この家、誰が買ったか知ってる? 親父だろ? 違うわよ。私よ。30年前、私の給料とボーナスを全部はたいて買ったの。 嘘だろ? 嘘じゃないわよ。私は不動産会社の営業部長だったんだから。 営業部長? …ああ、そういえば。 あんたの就職先だって、私がコネを使ったのを忘れたの? それは…忘れてた。 都合の悪いことは全部忘れるんだから。本当に呆れるわ。 でも母さん、今は働いてないだろ。 お父さんの介護のために仕事を辞めたんだよ。それは知ってる。 知ってるけどさ。 知ってるけど、じゃないでしょ。退職金2,500万円、全部お父さんの医療費に使ったのよ。 2,500万? そうよ。あんたが相続するものなんて、何一つないの。 でも、この家は大事なんだよ。それに、義理の両親がこっちに来ることになってるんだ。 はあ? 何それ。勝手に決めたの? 向こうの両親はな、色々と援助してくれるんだよ。 援助? そうだよ。母さんよりよっぽど頼りになるんだ。 あんた、今何て言った? だから、援助してくれるって言ってるんだ。 その前よ。母さんより頼りになるって言ったわね。 ああ、言ったよ。 … Read more

28 September 2026

「ひろみ、もう終わりにしよう」——リビングに置かれた離婚届を見た瞬間、私は自分の耳を疑った。普通の平日の夜だった。夕飯の片付けを終えて、明日の仕事の準備をしていただけなのに。夫は私の顔も見ずに「サインして役所に出してくれ」と言った。あまりにも突然で、頭が真っ白になった。「何でいきなり離婚なんて話になるのよ」と問い詰めると、彼は「お前との生活は息が詰まる」と吐き捨てた。さらに「もう結婚を決めて…

「ひろみ、もう終わりにしよう」 「え、何よ?急に。どういうこと?」 「俺たちはもう終わりだって言ってるんだよ。離婚だ。離婚届はリビングに置いてある。それにサインして役所に出してきてくれ」 「ちょっと待ってよ。何でいきなり離婚なんて話になるのよ」 「お前との生活は息が詰まるんだよ。いつも何かにお前から監視されてるような気持ちなんだ」 「ふざけないで。あんたに後ろめたいことがあるからそう思うんでしょ。普通の人はそんなこと思わないから」 「お前には何も分かってない」 「だったら何で私と結婚したのよ。っていうか、今さらそんな理由で離婚なんてありえないわ」 「もう我慢の限界なんだよ。家族のことだって、お前は全然構ってないだろ。俺はそんなお前との結婚生活はもう無理なんだ」 「何それ。みかとルナはあんたが引き取って育てなさいよ」 「家族のことを構ってないと言いながら、早速子供を放棄するのね。まあ、別にいいけど。私にとってはあの2人は宝物だから。あんたに言われなくても、離婚するなら親権は私がとるつもりよ」 「それなら早く離婚の手続きを進めてくれ」 「分かりやすいくらい焦ってるわね。何?愛人から結婚をせかされたりしてるの?」 「何のことだ」 「ごまかしても無駄よ。あんたの行動を見てれば離婚の理由なんてすぐ分かる。こんなタイミングでの離婚なんて不自然すぎるもの。どうせバレるんだから、今のうちに白状したら?」 「言っておくけど、私に嘘は通用しないからね」 「……ああ、そうだよ。もう結婚を決めてる相手がいるんだ」 「やっぱり不倫してたってこと?」 「俺はもっともっと仕事で成果を上げて、金を稼げるようになりたいんだ。そのためにはかなりのストレスの中で仕事をする必要がある。そんな俺には癒しが必要だったんだ」 「嫌らしいの間違いでしょ。訂正しなさい」 「とにかく、お前と一緒にいても何も楽しくなかった。このままじゃ成功は見込めない。だからお前とは離婚することにしたんだよ」 「はあ……随分と自分勝手な話ね。でもまあ、あんたがそれでいいっていうなら、離婚でも何でもしてあげるわ。ただし、慰謝料はきっちり払ってもらうからね。あと子供たちの養育費も」 「お前らに金なんて使いたくなかったが、まあ仕方ないな。損した気分だよ」 「あんたたちへの支払いを“損”とか言わないでよ。とにかく、さっさと離婚してくれる?」 「ああ、お前たちの要求は何でも飲んでやるから」 「そうさせてもらうわ」 5分後。ひろみは娘のルナに電話をかけていた。 「もしもし、ルナ?ちょっと大事な話があるんだけど、いい?」 「どうかしたの?」 「ルナにも連絡したんだけど、返事がなくてね。先にあなたにだけ伝えておこうと思って」 「ルナは多分、まだ部活だと思うよ」 「そう。あなたは勉強中?」 「うん。……て言っても、いい動画を見てるだけだけど」 「まあ、それも大事な勉強でしょ」 「うん」 「お母さんは家にいるの? それならすぐにでも帰るけど」 「ううん、まだ仕事中だから。だからそのままで聞いて」 「どうしたの?」 「私ね……お父さんと離婚することになったの」 「え? 何で?」 「ごめんなさいね。こんなことになってしまって。お父さんから急に離婚したいって言われたの」 「マジで……?」 「あなたももう高校生だから、ちゃんと話をするわね。お父さんには、他に付き合ってる女の人がいたのよ」 「……不倫じゃん」 「そうなるわね。それで、その人と結婚するんだって。だから私とは離婚するってなったのよ」 「……私たちはどうなるの?」 「もちろん、お母さんと一緒よ。あんな人のところに行く必要はないわ」 「ああ、良かった。マジで、あんな人のところになんて行きたくなかったもん」 「ルナも一緒かな?」 「一緒だって。私たち双子だから、気持ちは分かるよ。私たち2人とも、あいつのこと全然好きじゃなかったし。いっつも不機嫌でさ、私たちのことなんか全然気にかけてない感じで。頭の中は出世とか金のことしかないのが丸見えだったもん」 「そういうのは、やっぱり分かるのね」 「うん。だからお母さん、安心して」 「これからは、私たち3人になるってことね。できるだけあなたたちに迷惑をかけないように、お母さん頑張るから。協力してくれる?」 … Read more

28 September 2026