義母が家から出て行った日、私は「これで自由になれる」と心の底から喜んでいた。毎日のように友達を呼び、悠人も酒を飲み、誰にも文句を言われない生活。あの窮屈な家庭内ルールから解放された解放感は、本当に爽快だった。でも、そんな自由な日々は数週間しか続かなかった。悠人が「もう無理だ」と泣きついてきたのだ。「母さんに戻ってきてほしい」と。義母に電話したとき、彼女はこう言った。「出て行けって言ったのはそ…

義母が家から出て行った日、私は「これで自由になれる」と心の底から喜んでいた。毎日のように友達を呼び、悠人も酒を飲み、誰にも文句を言われない生活。あの窮屈な家庭内ルールから解放された解放感は、本当に爽快だった。でも、そんな自由な日々は数週間しか続かなかった。悠人が「もう無理だ」と泣きついてきたのだ。「母さんに戻ってきてほしい」と。義母に電話したとき、彼女はこう言った。「出て行けって言ったのはそ...

お母さん、もうあなたとの同居は限界です。

え、さなさん急にどうしたの? お母さんの介護とかしたくないですし、同居は解消します。

だから急にどうしたの? そもそも介護って私はまだ56よ。体も健康だし。

将来的な話ですよ、それは。

そうだろうけど、それにこの間のぎっくり腰。

え、ぎっくり腰。

あの時に痛感しました。こんな墓に片足突っ込んだババアとの生活は無理だと。

いやいやいや。いくらなんでもそれは言いすぎじゃない? 言いすぎじゃありません。

確かに。ぎっくり腰の時は色々と手間を取らせたけど。

取らせたってレベルじゃないですよ。ちょっと動くだけで腰が痛いとか騒いで悶絶物なのよ。

家事もできずに寝てるだけだし、はっきり言って超迷惑でした。

そんなこと言われても。

あの時確信しました。

何を?

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数日のぎっくり腰でもあの迷惑加減。介護なんて始まったら耐えられません。

そんな。

というわけで、我が家から出てってください。できれば今でお願いします。

だから本当にちょっと待ってって。家から追い出されたら行くところがないわよ。

お母さんにはご実家があるじゃないですか。

あなたに言われて売っちゃったわよ。

あれ? そうでしたっけ? そもそもこの同居だってあなたの提案じゃない? だとしてもです。

え、というか、私が出てって本当に大丈夫なの?

どういう意味ですか? だってあなたも言うとも生活力には不安があるでしょ。

問題ありません。

そう言うけどね。

いいですか? お母さん。

はい。

お母さんですけども。

悠人はもう立派な大人です。

そうね。

そもそも夫の管理は妻の仕事ですから。

そうね。

なんでちょっと疑問系なんですか? いや、だって普段のあなたたちを見てると、そういうのはいいんです。

良くはないでしょ。

お母さんは過保護すぎるんですよ。

過保護?

私が? そうです。親は崖から子供を突き落とすって言いますよね。

あ、そうだっけ。

そういうことですよ。

どういうこと? つまり、可愛い子には旅をさせよってことです。

ああ。まあ、なんとなくだけど言いたいことは分かったわ。

分かってくれましたか? 確かにこのままじゃダメだと思ってたし。

そうです、そうです。さっさと私たちを崖から突き落としてください。

なんか違う気がするけど。でも本当にいいのね。

嬉しいわ。子供の成長を喜べる親ですからね。

そうね。分かりました。出ていきます。

じゃあすぐにお願いします。

同日。

さな、母さんから連絡来てたぞ。うちから出てくって。

へえ。で、どこに行くんだ?

さあ、親戚の家に行くんだって。

親戚? ああ、そういや、もう実家売ってたな。同居始める時に。

てか、母さんに実家売るように説得したの、さなじゃん。

だって持ってるだけで税金かかるとかもったいなくない? まあ、固定資産税とか。

そうそう。そんな無駄金より、うちに入れて欲しかったの。

実際、母さんは結構うちに入れてくれてたしな。

その代わり、口うるささに拍車がかかってたけどね。

あれだろ? 家庭内ルールみたいな。

それマジできつかったよね。母さんが金も入れてくれて家事もしてくれて、最初は同居しとくって思ってたんだけどな。

私なんて友達呼ぶなって言われたんだよ。

お前の場合は頻度の問題だろう。毎日呼ばれたら俺でも切れるわ。

でもここって私たちの家なのに。俺なんて禁煙だぞ。禁煙唯一の楽しみなのにふざけんなっての。

被害者ヅラしすぎ。週1で飲んでいい日があったじゃん。

俺は毎日仕事で疲れてんだよ。酒飲んで癒されないとやってられるか。

はいはい。もうちょっと酒癖よかったらね。

うっせえ。

って言っても、これからはお母さんもいないし。

だよな。俺らは自由だ。

家事やってくれる人がいないのは痛いけど、生活費やら金の使い道まで口出されてうんざり。それがなくなるって考えただけで、俺もうワクワクが止まらんわ。

私も。てか聞いてよ。

何?

あのババア、最後まで強がってんの? 嬉しいとか言ってたわよ。

はあ? 私らなしで老後どうすんだろうな。

まあ、金はあるから大丈夫じゃね。実家売った金と、お父さんの保険金だっけ? それだけありゃなんとかするだろ。

だね。もう出てった人のことだし、私たちにはもう関係ないか。

そういうこと。じゃあ早速酒買って帰ろう。今日は飲むぞ。

私も早速明日友達呼んじゃおうっと。マジで自由って幸せ。

数週間後。

もう無理。我慢の限界だ。

あらあら。悠人、どうしたの?

さなよ。

さ、さなさん。あいつ、母さんが出てってからひどいんだ。毎日のように友達呼んで飲んで騒いで。

お友達を呼ぶのは週末だけって約束だったわよね。

それは母さんが作ったルールだろ。

じゃあ、もうルールなし。

それが失敗だった。

夜遅くまでうるさいし、後片付けもろくにしないし。

大丈夫? 寝れてる? 寝不足なんだよ。おかげで仕事のミスも増えたしさ。

そう、大変ね。

頼むよ。母さんの方から行ってやってくれ。

行ってやってくれって何よ? 注意してくれってこと?

こんなの続けられたらこっちがおかしくなるわ。

そうは言うけどね。

なんだよ。息子が困ってんだぞ。

さなさんに言われたのよ。子離れをした方がいいって。

はあ。子離れ? ほら、同居初めてからルールを作ったり、家事に家計の管理にって、全部私がやってたでしょ。

そうだけど。

それが過保護だって。

いや、まあ、窮屈に思うとこはあったけどさ。

でしょ。悠人もさ、もう大人だし、これからはあまり干渉しないことにしたの。

いや、ちょっと待ってくれよ。じゃあさなはこのまま放置するっていうのか。

何だったかしら。そう、崖から突き落とすのよ。

はあ。何それ? 可愛い子は崖から突き落とすらしいわよ。さなが言ってた。

多分なんか違うぞ、それ。

とにかく私はもうあなたたちの世話はしません。自分のことで忙しいのよ。

忙しいって。親戚の家から引っ越してね。その片付けもあるし、ご近所へのご挨拶もあるし。

そんなのどうでもいいだろう。

良くないでしょ。これからの私の生活がかかってるんだから。

こっちは息子夫婦の生活がかかってんだぞ。

もう大人でしょ。夫婦の問題は夫婦で解決してちょうだい。

数日後。

もう無理。我慢の限界です。

あらあら。なんだかデジャブを感じるわね。

何の話ですか? あ、いや、こっちの話よ。それで、さなさんどうしたの?

聞いてくださいよ。悠斗が最悪なんです。

はいはい。

予想通りですよ。毎日晩酌してるんです。後始末は全部私ですよ。

それは大変ね。

一応聞くけど、お酒は週末だけってルールは? そんなルールはお母さんが出てってなくなったでしょう。

この間なんて玄関先で吐いたんですよ。飲み会も増えて帰りも遅いし。

て、さなさんが毎日友達を呼んでるからじゃない? いやいや、だって毎日パーティー状態なんでしょ? それはそうですけど。

確かに悠斗が原因でもあるでしょうけど。さなさんにも責任はあるでしょ?

いいえ、ありません。

どうして? だって、私が友達を呼ぶのは週末だけって決めてたのはお母さんでしょ。でも今はそのルールもないし。それに、私が家事をやってるんだから、文句言われる筋合いはないわ。

そうですね。

逆切れすんな。

てか、そもそもさ。

何よ? おふくろは今どこで何やってんだ? それが、親戚の家に行ったきり、連絡もないのよ。

ふーん。まあ、自由にやってるんじゃないか。

それにしても、家計の管理も何もかも、私がやらなきゃいけなくなって、正直うんざりしてるんだよ。

それはさ、結婚した時から言ってたことだろ。

何が?

夫婦だからって、全部分担しろって言ったのはそっちだろ。

確かにそうだけど、現実は甘くないってことよ。

じゃあ、どうするんだ? どうするって……。

おい、さな。まさか、おふくろを呼び戻すつもりか? そんなこと言ってないわよ。

でも、このままだと、俺たち共倒れだぞ。

それは、何とかしないとね。

そうだな。銀行口座は分けてないんだっけ? それが、まだ一緒なのよ。

じゃあ、明日にでも分けるか。

ええ、そうね。

それで、おふくろにはどうする?

……連絡してみる? ああ、それがいいかもな。

数日後、さなは意を決して義母に電話をした。

もしもし、お母さん? 私よ、さな。

あら、さなさん。どうしたの? 何かあった?

いや、その……。悠斗と喧嘩ばかりで、正直お手上げなのよ。

ふーん。で、私にどうしろと? お願い、戻ってきてくれないかしら。

あらあら。出て行けって言ったのはそっちでしょ? 分かってるわよ。でも、私の考えが甘かったの。お母さんは家事もやってくれてたし、家計の管理もしてくれてた。それがどれだけありがたいことか、身に染みてるの。

ふん。今更気がついたの? お願いよ。もう一度、同居させてくれない?

……。まあ、考えておくわ。

それで? うん、お母さんが戻ってくるって。

本当か! やった! ただし、条件があるんだって。

何だ?

家事も家計の管理も、きちんとやること。それと、友達を毎日呼ぶのは禁止。酒も週末だけって約束なら、戻ってきてもいいってさ。

ええ……。まあ、それなら何とかするよ。

悠斗もそれでいいな? ああ。むしろ、ありがたいくらいだ。

それから数日後、義母が家に戻ってきた。

ただいま。ちゃんとやってる? おかえりなさい、お母さん。うん、何とかやってるよ。

ふん。で、毎日酒飲んでたんだって? それは、その……。すみませんでした。

まあ、いいわよ。ほら、今日からはまたこの家のルールに従って暮らすのよ。いいわね?

はい……。

それで、まずはこの家の掃除から始めるわよ。あんたたち、ほこりまみれにしてるんだから。

はいはい。分かりましたよ、母さん。

さなさんはちょっと手伝ってちょうだい。私は今日は疲れてるんだから。

そうですわね。じゃあ、台所の掃除でもするわ。

うん、そうしてくれると助かるわ。

それから、悠斗。あなたは今日から週末以外の飲酒は禁止よ。いいわね? ……へい。

それから、友達を呼ぶのも週末だけ。分かった? すみません……。

よし。じゃあ、それぞれ動きなさい。私はちょっと休むから。

そう言って、義母は自分の部屋へと消えていった。

さなは、深いため息をついた。

はあ、これで何とか平和が戻ってくるかしら。

ああ、そうだな。母さんがいてくれて、やっぱり助かるよ。

そうね。

でも、またこうやって誰かが束縛される生活か……。

まあ、仕方ないだろ。これが俺たちの選んだ道なんだからさ。

そうね。そういうことにしておくわ。

それから、さなは台所へと向かった。振り返ると、玄関のところに義母の靴が並んでいた。それが、なんだか妙に安心できる光景だった。