昨日、玄関のチャイムが鳴った。出てみたら3年会ってなかった妹で、第一声が「お姉ちゃん、久しぶり。元気してた?」だった。嫌な予感はしたけど、案の定、夫の会社が潰れてアパートを追い出されそうだから、実家に住ませろと言う。3年前に私の夫を奪った本人が、なぜか当然の顔で「元々私たちの家でしょ」と笑った。私は来るだけなら許可すると伝えた。数時間後、荷物を勝手に運び込んだ妹に、私は家賃を払いなさいと言っ…

昨日、玄関のチャイムが鳴った。出てみたら3年会ってなかった妹で、第一声が「お姉ちゃん、久しぶり。元気してた?」だった。嫌な予感はしたけど、案の定、夫の会社が潰れてアパートを追い出されそうだから、実家に住ませろと言う。3年前に私の夫を奪った本人が、なぜか当然の顔で「元々私たちの家でしょ」と笑った。私は来るだけなら許可すると伝えた。数時間後、荷物を勝手に運び込んだ妹に、私は家賃を払いなさいと言っ...

「お姉ちゃん、久しぶり。元気してた?」
「…誰かしら?」
「うわ、ひどいなあ。妹の身でしょ。知ってて言ってるでしょ。」
「今さら何の用よ。ようやく謝罪でもしようって気になったの?」
「え? 謝罪? 何のこと? それよりさ、親戚から聞いたんだけど、実家を立て直したんだって? すごいね。やっぱりお姉ちゃんは成功してるんだね。」
「で、だから何の用事なの。要件を言ってほしいんだけど。」
「あのさ、3年前にお姉ちゃんの旦那を奪ったのは私だってことは分かってるよ。でもさ、実家を立て直したんだったら、私たちも一緒に住むからよろしくね。」
「はあ? だから住むの、実家に。」
「住むって、誰が許可したの?」
「え? 許可とか必要なくない? だって元々私たちの家じゃん。お姉ちゃんだけのものじゃないでしょ。だから住むのにお姉ちゃんの許可なんていらないじゃん。」
「でも親の許可はいるわよね。実家なんだし。お母さんたちは優しいから、きっと許してくれるわよ。」
「何よ、その滅茶苦茶な理由。…まあいいわ。来れるなら来てみなさいよ。」
「え、本当? じゃあ実家の住所を送ってよ。行くから。行けないと困るし。」
「何が何でも行くって感じね。で、何があったの?」
「夫の会社が倒産して、本当に困ってるのよ。」
「ああ、たけしの会社が潰れたのね。それは大変そうね。」
「大変なんてもんじゃないの。アパートの家賃も払えなくて、追い出されそうなのよ。」
「へえ。だから私のところに逃げてくるわけね。」
「うん。まあ、そういうこと。…あなた、恥ずかしいとか思わないの?」
「仕方ないでしょ。生活に困ってるんだから。お姉ちゃんは弁護士事務所まで持ってるんでしょ? 依頼者もたくさんいて、稼ぎもすごいんだって親戚から聞いたわよ。実家を立て直せるくらいお金があるんだから、私たちくらい助けられるでしょ。」
「へえ。よく調べたのね。」
「だって、余裕のない人に助けてくださいって言っても無駄じゃん。そういうとこだけはしっかり常識あるのね、って感心しちゃったわ。」
「…で、父さんの件だけど、何が原因だったの? 助けてほしいなら、事情くらい話せるでしょ。」
「経理担当の人がミスしちゃったみたいなんだよ。」
「ミス?」
「うん。帳簿の数字が合わなくて、それも結構何回もミスがあったらしいんだよ。そのせいで取引先との契約も切られたらしくて…」
「…って、あなた働いてなかったの? 会社の手伝いすらしてなかったの?」
「私が分かるわけないじゃん、そういうの。経理なんて専門家の仕事でしょ。私は社長夫人なんだから、家で待ってるのが仕事なのよ。」
「ああ、そういう考えなの。じゃあ、あなたは父さんのことには何も関係なかったわけね。」
「たけしは本当に真面目に経営してたのよ。社員の給料も遅れずに払ってたし、取引先にも誠実だったし。」
「そういえば、あいつは会社の人間にはいい顔してたわね。でも、自分のせいで会社が潰れたって思い悩んでるんじゃない?」
「…で、その経理担当の人は今どうしてるの?」
「その人も仕事を探してるみたい。気の毒よね。」
「気の毒なのは社員みんなでしょ。働き口がなくなったんだし。あなただって、今生活に困ってるんでしょ? でも、私はたけしを責めるつもりはないわよ。」
「え? あなたが真っ先に責めそうなのに。」
「私を何だと思ってるの? …姉の夫を略奪した最低の性格ブス女、って思ってるんでしょ、きっと。」
「妹にそんなこと言う? 大体、誰だってミスはするし、許すことも仕方ないでしょ。」
「そう。随分と優しくなったじゃない。」
「当たり前でしょ。お姉ちゃんと違って、私には思いやりがあるのよ。」
「思いやりのある人は、人から旦那を略奪したりしないし、平気で実家に住ませろなんて言わないわよ。」
「実家なら家賃かからないもん。それにお姉ちゃんは実家を立て直せるくらいお金があるんでしょ? 別の家を借りればいいじゃない。」
「はい? なんでそうなるのよ。」
「だって私たちが実家に住むんだから。お姉ちゃんは気まずくて出て行くでしょ。元夫婦が同じ屋根の下なんてありえないし。」
「ああ、やっぱり性格はそのままね。…うん。なんかちょっと安心したわ。」
「え? 何の話?」
「こっちの話よ。住所は送るから、どうするかはそっちで決めなさいよ。」
1時間後。
「たけし、やったわよ! お姉ちゃんが住所を送ってくれたわ。来週引っ越せるわよ。ホームレスにならずに済むわ。」
「本当か? これで住む家に困らないな。…いや、助かったけど。でも、顔を合わせるのは気まずいな。」
「え? 何を気にしてるの? 堂々としてればいいでしょ。それに、きっとお姉ちゃんも気まずくて、すぐ家を出て行くわよ。」
「ああ、そうなのか?」
「普通に考えて、お姉ちゃんの方が出て行くでしょ。つまり、実家は私たちが使えるってことよ。お姉ちゃんは弁護士で稼いでるんだし、もっといいマンションでも借りればいいのよ。」
「そうだな。それならありがたい。」
翌日。
「あら、久しぶり。美ゆから話は聞いてるわ。実家に住ませてくれるそうだな。感謝するよ。」
「随分と図々しいのね。3年前のこと、反省してないの?」
「反省? 何のことだよ。」
「呆れたわ。あなたも美ゆも、私に悪いとか一切思ってないのね。あなたは私を裏切って捨てたのよ。忘れたわけ?」
「俺は正しい選択をしただけだ。女は男を支えるものだろ。お前はそれができてなかった。だからこうなっただけじゃないか。」
「…そういう尊大なところ、まだ治ってなかったのね。」
「尊大? 普通の考えだろ。女は家を守るものだし。…まあ、事務所を持ってるお前は、世間一般的な女性からはかけ離れてるけどな。」
「そんなだから、今も再婚できないんじゃないの?」
「もう少し素直になったらどうなの。…で、何しに来たの? 私をバカにしに来たわけ?」
「あなたに裏切られて、私はもう結婚はこりごりだって思っただけよ。」
「人のアドバイスは素直に聞いておくもんだぜ。」
「随分な言われようね。…そんなだから、会社も潰れるんじゃない?」
「会社が潰れたのは、ミスのせいだ。」
「聞いたわよ。でも、本当に経理担当者のミスだったの?」
「まあ、あの人も真面目だったんだが、帳簿のミスが重なった。俺の監督不足だ。社員を守れなかった。」
「美ゆは会社に関わってなかったの? あいつのことだから、会社で『社長夫人です』とか言って、ふんぞり返ってそうだわ。ねえ、そういうの、どう思う?」
「あいつは家にいただけだよ。会社のことなんて何も分かってないし、口出しもしてこなかった。」
「そう。じゃあ、結局経理の人だけの問題だったのね。」
「…会社が潰れて、美ゆにも迷惑をかけてるからな。むしろあいつは被害者なんだ。」
「ふうん。…まあ、私はあなたの被害者なんだけどね。」
1週間後。
「お姉ちゃん、明日引っ越すから。たけしと2人で行くわね。お姉ちゃん、家にいる?」
「いないわよ。」
「なら鍵をちょうだいよ。」
「鍵はポストに入れておくわ。勝手に入るなら、どうぞ。」
「やっぱりお姉ちゃんは優しいわね。血は水より濃いって言うし。」
数時間後。
「お姉ちゃん、今着いたわ。荷物も運び入れたから。」
「あら、勝手に荷物を入れたの?」
「え? そりゃ引っ越しだし。あ、もしかして触っちゃダメなところがあったなら、先に言ってよ。」
「いや、そうじゃないわよ。私は来てもいいとは言ったけど、住んでいいとは言ってないわ。入るのは許可したけどね。」
「へ? どういうこと?」
「妹だし、特別に少し安くしてあげるわ。家賃を払いなさいよ。」
「…はあ? 何言ってるの?」
「聞こえなかった? 家賃。ここに住みたいなら、毎月払ってもらうわよ。相場よりはずっと安くしてあげるから。」
「ちょっと待ってよ、お姉ちゃん。私たち、姉妹でしょ? 実家でしょ? なんで家賃なんて払わなきゃいけないのよ。」
「実家だからよ。私はここを立て直すのにお金を使ったの。あなたたちが住むなら、その分負担するのが筋でしょ?」
「そんなのってないわよ! たけし、何とか言ってよ!」
「…まあ、姉さんの言う通りかもしれないな。家賃を払えないほどの状況でもないし、相場より安いなら、借りるのもありかもな。」
「たけし!? あなたまで何言ってるのよ! 私たちは無料で住むって決めたんじゃない!」
「でも、姉さんの家だしな。それに、ホームレスになるよりはマシだろ。」
「ふふ。いい考え方したわね、たけし。…まあ、あなたたちがどうしても嫌だっていうなら、出て行ってもらってもいいけど?」
「…………。」
「…分かったわよ。家賃でいいわ。」
「そう。決まりね。まあ、ゆっくりしていってちょうだい。あ、そうだ。一つ忠告しておくけど、Wi-Fiのパスワードは家賃に含まれてないわよ。契約したくなかったら、各自で払ってね。」
「何よ、それ! お姉ちゃん、せこいわね!」
「せこくて結構。私はあなたたちみたいに、人のものをタダで使おうとは思わないんでね。」
 そう言って、お姉ちゃんは家を出て行った。玄関の鍵が閉まる音がして、静かな部屋に私とたけしの二人だけが残された。
「…行っちゃったわね。」
「ああ。」
「何よ、その反応。もっと何か言いなさいよ!」
「何て言えばいいんだ。…まあ、家賃を払えば住めるんだし、悪くないだろ。それに、俺は姉さんが憎いわけじゃないんだ。」
「はあ? どういうことよ。」
「姉さんは、弁護士として成功してる。俺が選ばなかった道を歩んでる。…悔しいけど、悪い人間じゃないと思うよ。」
「…何言ってるのよ、あなた。私のことはよくても、たけしはお姉ちゃんに裏切られたんでしょ? 文句の一つも言わないの?」
「俺はお前にそういうことを言われる覚えはないな。俺は自分の選択をした。結果的に会社は潰れて、お前を路頭に迷わせるような真似をした。それは申し訳ないと思ってる。」
「……。」
「だから、家賃を払ってでも、ここに住むのは納得してる。それに、姉さんは俺のことを許してくれてるように見えた。」
「あなた、鈍いの? あれで許してるとか思ってるわけ?」
「許してるかどうかは別だ。でも、追い出されなかったんだから、チャンスをもらったんだよ。この生活を無駄にしないためにも、俺は仕事を探すよ。」
「…………。」
 私はため息をついて、ソファにどっかりと座り込んだ。今夜から住むことになったこの家は、私が3年前に出ていったときのままの匂いがした。そして、その玄関先には、お姺ちゃんが置いていった古い鍵と、一枚のメモがあった。

そこにはこう書いてあった。
「家賃は月末までに振り込んで。あ、それと、そのソファ、私のお気に入りだったから大事にしてね。間違って捨てたりしないように。何せあなたたち、私の家に住まわせてもらってるんだから。」
 ふっと、私は笑って、そのメモを丸めて捨てようとした。でも、思いとどまって、ポケットにしまった。
 ――本当に、あの姉には敵わない。

 私は、たけしに背を向けて、自分の部屋に向かうことにした。これから始まる新しい生活に、少しだけ不安と、そして、ほんの少しの希望を抱えながら。

Thumbnail