京介、今日のハワイ旅行楽しみね。私もそろそろ空港つくわ。ウキウキワクワク。
楽しそうなところ悪いんだけどさ、ハワイの飛行機もう飛んでる。
え、母さんには12時フライトって伝えてたけど、あれ嘘。本当は10時フライトな。
はあ。
なんでそんなこと?
母さんが一緒だと、まなみの両親が気を使うだろう。
まなみちゃんのご両親?
母さんの代わりに連れてくことにしたんだよ。ほら、親高校ってやつ。
親高校ってあんた?私への親高校はしたこともないくせに?
淡い旅行に母さんは連れていかない。楽しみにしてるところ悪いけど、もう帰れ。
バカ言わないで。今回の旅行はお金出すのも計画したのも私よ。
色々と手配してくれてサンキュー。俺たちだけで楽しむわ。
だからちょっと待ちなさいって。京介もまなみちゃんも知ってるでしょ?
知ってる?私がこの旅行にかけてる思いよ。
ああ、去年亡くなった親父との約束だっけ?
そうよ。お父さんと約束してたの。新婚旅行で行けなかったからいつか行こうって。去年の結婚記念日だったか。ようやく約束を果たせるってなったけど、お父さんが事故で亡くなった。だから今年私だけでもその約束を守ろうと思ったの。
で、1人で行くのもなんだからって俺とまなみも誘ってくれたんだろ。知ってるよ。
なら私を置いていくなんてしないでしょ。
するんだよな。これがあんたね。てか俺もまなみも最初から母さん連れてく気なかったし。出発日の飛行機だけは自分たちで手配するなんて言い出したのもこのためだったのね。気づくのがおせえよ。宿泊先のホテルや帰りの便は母さんが予約してんだろ。それ使わせてもらいます。
けーしゃーとなんだっけ?
何がよ?
母さんの優の目。そうそう。人生楽しんだもんがち。それが普段から母さんはヘラヘラしてんだしさ。こういう状況でも楽しめよ。じゃないと人生負けちゃうぞ。
本当に最低。
笑ってりゃいいことあるってよく言ってんじゃん。俺たちのことも笑って見送ってくれよ。
そう、あんたの考えはよくわかりました。楽しんできなさい。
悪いね。母さんの分も俺たちが楽しんで笑顔になってくるわ。
8時間後ハワイ到着。
ああ、ハワイの空気って美味しいですね。
まなみさん、まだ空港に着いたばかりでしょ。
空港の空気ってそんなに美味しいのね。
うわ、お母さんダっさ。置いてかれたからって負け惜しみですか?
かもね。というかまなみさんは毎年ハワイ行ってるのよね。
そうですね。うちは両親がお金持ちなんで。ハワイ旅行は毎年の恒例行事ですよ。
ならなおさら分からないんだけど。
何がです?
いいや。
私が計画したハワイ旅行を奪った意味よ。まなみさんのご両親だって自分で行けるでしょ。
はあ。それはですね、実は私京介と結婚してから大変なんですよ。結婚してから生活レベルがガクッと落ちたんです。うちの両親も結婚後は自力でとか言ってくるし。
でも住んでるマンションはご両親のだったと思うけど。
結婚祝にもらったマンションですね。けどこれだけです。あとはなし。
いや、十分でしょう。
そのせいでこっちは大迷惑ですよ。毎年恒例だったハワイ旅行も行けなくなって、友達にもセレブとか言われてるんです。
それは友達が悪いような。
今まで散々私が羨ましいとか言ってたくせに。というかそもそもの話としてまなみさんって専業主婦よね。
ですけど、今の時代専業主婦ができる時点で問題ないでしょう。セレブではないにしても生活に困ることもない。
だめです。セレブ出身の私は一般人レベルで測れない女なんで。
そうですか。
でもやっぱりわからないわね。私は元々あなたたちも一緒に旅行に行く予定だったのに。
親子高校ですよ。あなたのご両親への。ほら今年私たちの折でハワイ旅行ですよ。
いや私の折だけど。
そんなの言わないとわからないんで。で、うちの両親の性格からしたらお返しは確実。来年のハワイ旅行代を出してもらうってこと。すでにそういう話が出てるんですよ。これで2年連続ハワイ旅行確保成功です。
たったそれだけのために。
あとうちの親が金銭管理がどうのこうのうるさかったんで、ハワイ旅行に連れて行ける余裕があるぞって見せつければ、今後は黙るかなって。
くだらない。
そのくだらない話でハワイ旅行を逃したんですけどね。
くだらないのはお母さんですよってことで。
本当にそうかしらね。
負け惜しみどうも。とろそろホテル行くんで、ここら辺でお母さんが予約したホテルでのんびりしますね。
ああ、そのホテル予約キャンセルしたわよ。
へ?
ついでに帰りの便の飛行機もね。
はあ。当日キャンセルですよ。そういうの嫌いって言ってたじゃないですか。
気分は悪いけどね。このまま黙って奪われるよりはマシよ。
そんな翌日。ああ本当に最悪。ハワイ行った翌日に即帰宅って何?
マジでそれな。せっかくのハワイ旅行が母さんのせいで台無しだ。
てかホテルと帰りの便を勝手にキャンセルとかマジで許せないんだけど。
それが原因でお父さんたちにもバレたしな。
私たちがお母さんの旅行を奪ったことでしょ。マジでありえない。
お父さんたちぶち切れだもんな。まさか連絡受けた母さんが事情を説明しちまうなんて。
事情を知ったパパたちぶち切れ。お母さんに申し訳ないから即帰宅するとか言い出すし。俺らも一緒に強制帰国ってな。元々お前の両親に金は頼る気だったから残れねえし。
ただいま絶賛空の上。
急なことだったから席もバラバラだし最悪。
それは不幸中の幸いだろう。正直ぶち切れてるお父さんたちと同席とか嫌だわ。
京介はいいよね。パパともママとも席離れてるから。まなみは後ろがお父さんだっけ?
ぶち切れオーラがこっちまで届いてて。最悪。クソ空気悪いんだけど。
どんまい。
笑い事じゃないから。
てか昨日も結局ああなって今日は即帰宅。ハワイまで行って何の観光もできてないんだけど。あげく、今回の旅行費と帰りの飛行機代、これ後で私たちの分は請求するってさ。
はあ。お父さんたちが言ってたのか。
元はといえば私たちのせいだからって言ってた。
マジかよ。
エコノミー2人分で20万に、ホテル代2人で3万だって。
払えないわけじゃないけど、無駄すぎる。
本当にそれ。飛行機からの写真SNSにあげてたのに。
ああ、やってたな。これからハワイですって。
それがこのざま。何?数時間後には帰りますとかあげんの?バカか?
知らんけど。てかどうするよ。
どうするって何が?
いや、ぶち切れのお父さんたちへの対処。
対処って言っても謝るしかないでしょ。うちの母さんには。
そっちも適当に謝ればいいんじゃん。
まあ、それしかないよな。てかさ、思ったんだけど。
何?
へえ。マジ?
それを言うならそっちもだろ。パパとママなら許してくれるって話はどうした?
あの日、ハワイへ向かう飛行機の機内で交わされた会話。しかし今、その会話は単なる思い出話として蘇る。母の計画を奪い、勝手に旅を続行した息子夫婦。しかし母の逆鱗に触れたことで、ホテルも帰りの便も全てキャンセルされるという制裁を受けてしまう。挙句、両親に事の次第が知られ、強制帰国。楽しいはずのハワイ旅行は、一瞬で終わりを告げた。
空の上で、彼らはその顛末を思い返す。母の忠告を無視した結果、何も得るものはなかった。ただ、奪った旅行の代償として、高額な請求が待っているだけだ。しかも、その請求は当たり前のように彼らの負担となる。無駄遣いと分かっていながら、支払わざるを得ない現実。
機内の座席はバラバラで、それぞれが別の場所で同じ後悔を抱えている。怒りに震える父、呆れ果てて何も言えない母。そして、何もできずにただ時間が過ぎるのを待つしかない自分たち。最悪の結末を迎えた旅行は、彼らの心に深い傷跡を残した。
それにしても、なぜここまでややこしくなってしまったのか。最初はただの些細な行き違いだったはずだ。教介が母に飛行機の時間を偽り、まなみの両親を連れて行く計画を立てたこと。自分たちだけが楽をしようとしたこと。その小さな欺瞞が、すべてを壊してしまった。
ふと、教介は考える。もしも正直に話していたなら、母も理解してくれたかもしれない。親子高校を提案したのも、まなみの両親を喜ばせたかったから。しかし、その思いは届かず、結果的に相手を傷つけ、信頼を失ってしまった。
「俺が余計なことをしなければ。」
そう呟いても、もう遅い。時すでに遅し。ハワイは遥か後方へと消え去り、飛行機は日本へと向かっている。
機内食のトレイが運ばれてくるが、手をつける気にもなれない。まなみも同じだろう。隣の席の見知らぬ乗客が、美味しそうに食事を頬張っているのが視界に入る。自分たちには関係のない光景だ。
「何か飲み物はいかがですか?」
キャビンアテンダントの明るい声に、教介は顔を上げる。
「コーヒーを。」
そう答えるのが精一杯だった。喉はカラカラに乾いているのに、何かを飲みたい気分にはなれない。
しばらくすると、まなみが席を立って教介の隣に来た。
「隣、空いてる?」
どうやら座席が空いているらしい。教介は頷いた。
「なんで俺のところに来たんだ?」
「だって、あっちに居たくなかったんだもん。」
まなみはそう言って、深くため息をついた。
「パパもママもすごい剣幕で、目を合わせるだけで怒られそうで。」
「まあ、気持ちは分かる。俺の親も電話の声がすごかったからな。」
「本当にどうするの?この後。」
「帰ったらお袋に謝るしかないだろ。そして、お前の両親にも。」
「私たちも悪かったって認めたら、許してくれるのかな?」
「分からない。でも、やるだけのことはやるさ。」
そう言いながらも、教介の心は重いままだ。もし謝っても許してもらえなかったら、これからどうやって生きていけばいいのか。
飛行機が日本の領空に入ったというアナウンスが流れる。もうすぐ着く。現実に引き戻される。
「そういえば、まなみ。今日のことは、お前の友達にもバレてるんじゃないか?」
「ああ、インスタのストーリーで呟いちゃった。『まさかの空の上でターン』って。」
「それ、見た友達に何か言われた?」
「うん。『エコノミーで無理して行かなくても』って返信が来てた。」
「そんな人いるんだな。」
「セレブ気質の友達だから、当然そういう反応になるんだよ。」
笑いごとではないが、妙に現実的で嫌になる。まなみの周りには、そういう感覚の人たちが集まっているのだ。
「でも、もういいや。何を言われても、今日の結果は変わらないわけだし。」
「そうだな。とにかく着いてからだ。」
飛行機は滑走路に降り立ち、ゆっくりとターミナルへ向かう。教介は、この後の展開を想像して憂鬱になる。まず、空港で親と合流する。その瞬間は、まるで裁判の宣告でも受けるかのような気分に違いない。
「行こう。」
まなみが立ち上がる。二人は無言のまま、飛行機を降りた。
ターミナルへ続く通路を歩いていると、前方に見慣れた人影が見えた。
「お母さん。」
その後ろには、まなみの両親の姿もある。
「教介。」
母は、何かを堪えるような顔で教介を見つめる。怒りと悲しみが入り混じった複雑な表情だ。
「もういいわ。帰りましょう。話は家で聞くから。」
そう言って、母は振り返らずに歩き出した。教介は、その後ろ姿に何も言い返せなかった。
タクシーに乗り込むと、窓の外を夜景が流れていく。行きしなに誰もが夢見ていたハワイの景色とはほど遠い、夕暮れの街の風景だ。
「ねえ、お母さん。」
教介は、前の席の母に話しかけた。
「本当に悪かった。俺が思い知らずに、勝手なことして。」
「……そんなこと、今更言われても。」
「それでも。謝れることしかできないけど、本当にすまなかったと思ってる。」
母は何も答えない。代わりに、深いため息が聞こえた。
車はマンションの前に止まった。まなみの両親が降りて、そのまま後ろの車のまなみたちのところへ歩いていく。
「明日、報告するわ。」
教介は、まなみにそう伝えた。すると、後ろの車からまなみが降りてきて、こちらに近づいてきた。
「教介、ごめん。」
「何で謝るんだ?」
「だって、私のせいでこうなったし。」
「いや、俺が悪いんだ。二人で旅行計画を進めたのは俺だ。お前のせいじゃない。」
「でも、やっぱり私は……」
「二人とも、そんなこと言ってる場合じゃないよ。明日、二人で謝りに行こう。そして、許してもらえるまで、お金を払い続けるとしよう。」
そう言ったのは、まなみの母だった。
「ちっ、そうかよ。」
母はそう言って、苦笑いを浮かべた。
「本当にお前は、昔からそういう面倒な性格だな。でも、そこが直らないところだ。」
「うるさいな。」
「まあいいさ。明日、ゆっくり話そう。今日はお前も疲れただろうし。」
その晩、教介はいつものように自分の部屋へ戻った。だが、ベッドに入っても眠れない。天井を見つめたまま、一日の出来事を思い返す。
「人生そんなに甘くねえよな。」
そう呟くと、自然と笑みがこぼれた。明日、謝る相手は二人いる。母と、まなみの両親。これからも付き合っていかなければならない相手であることを、今はひしひしと感じていた。
翌朝、目を覚ますと、リビングから声が聞こえる。急いで寝室のドアを開けると、そこには父と母、そしてまなみとその両親が座って何やら話し込んでいる。
「おはようございます。」
教介が声を掛けると、全員の目が一気に集まった。
「ちょうどいいところに。今日、お前たちはこのことを知っててもらおうと思って。」
父が珍しく真剣な表情で切り出した。
「これから、事情を全部話してもらう。そして、お前たちがどうするか決めてほしい。」
まなみが、不安そうに教介を見た。教介は頷き、机の前に座った。
「話します。最初に謝ります。本当に申し訳ありませんでした。」
教介は深く頭を下げた。まなみも隣で同じように頭を下げる。
「事の発端は、俺が母さんを旅行から外したいと思ったことでした。母さんがいつもヘラヘラしておちゃらけてて、水を差すようなことを言うからです。」
「そして、まなみの両親にうまいこと旅行に連れていってもらおうと考えた。親高校ってやつです。そしたら、来年もまたハワイに連れて行ってくれるかもしれないって。」
そこまで言って、教介は顔を上げた。
「すべて、俺のエゴです。言い訳はしません。」
沈黙が流れる。まなみの父が、重い口を開いた。
「言い方は悪いが、その行動は正しいとは思えなかった。自分たちが楽しければ、他の人が傷ついてもいいと思ってないか?」
「思っていません。好き勝手していたのは事実です。ですが、これで女の子やお前を楽をさせることが、どれだけ大変なことか分かりました。今後は、自分の力で何とかします。まず、今回の請求額は二人で必ず返します。」
教介が力強く言うと、まなみの父は、ふっと和らいだ表情を見せた。
「まあいい。とにかく、今後はちゃんと相談しなさい。そして、もう二度と、こんな馬鹿な真似をするなよ。」
「はあ、疲れた。心臓に悪い一日だった。」
まなみの両親を見送った後、教介はソファに沈み込んだ。
「正直、明日からどうしよう。」
「少しづつでいいさ。これからは、二人で決めていく。誰かに頼るんじゃなくて。」
「そうだな。」
教介とまなみは、そっと手を握り合った。ざらついた空気が、一瞬だけ和らいだような気がした。
何の解決もしていない。だけど、もう逃げなくていい。そう思うと、心が軽くなった。これからが第二章の始まりだ。うん、そういうことにしておこう。
