お姉ちゃん、久しぶり。元気してた? 誰かしら。
うわ、ひどいなあ。妹の身だよ。知ってて聞いてるでしょ。
今更何の用よ。ようやく謝罪する気になったの? え? 謝罪?

何のこと? それよりさ、親戚から聞いたんだけど、実家を立て直したんだって。すごいね。やっぱりお姉ちゃんは成功してる。
で、だから何が言いたいの。
あのさ、三年前にお姉ちゃんの旦那を奪ったのは私だけど。でもさ、実家を立て直したなら、私たちも一緒に住むからよろしくね。
はあ。だから住むの、実家に。
住むって誰が許可したの? え? 許可とか必要なくない?
だって元々は私たちの家じゃん。お姉ちゃんだけのものじゃないでしょ。だから住むのにお姉ちゃんの許可とかいらないよ。
でも親の許可はいるでしょ。実家なんだし。
お母さんたちは優しいから、きっと許してくれるよ。
何その滅茶苦茶な理由。まあいいわ。来れるなら来てみなさい。
え、本当? 実家の住所送ってよ。行くから。行けなきゃ困るし。
何が何でも行くって感じだけど。何があったの? 夫の会社が倒産して、本当に困ってるのよ。
ああ、たけしの会社が潰れたのね。それは大変そうね。
大変なんてもんじゃないわ。アパートの家賃も払えなくて、追い出されそうなの。
へえ。だからうちに逃げてくるわけ。
うん。まあ、そういうこと。
あなた、恥ずかしいとかないわけ? 仕方ないじゃん。生活に困ってるんだし。お姉ちゃんは弁護士事務所まで持ってるんでしょ。依頼者もたくさんいて、稼ぎもすごいんだって親戚から聞いたよ。実家を立て直せるくらいお金があるんだから、私たちくらい助けられるでしょ。
へえ。よく調べたのね。
だって余裕のない人に助けてって言っても無駄じゃん。
そういうとこだけはしっかり常識があるの、本当に何なのよ。それに、父さんの会社って、何が原因だったの?
助けて欲しいなら、事情くらい話せるでしょ。
経理担当の人がミスしちゃったみたいでさ。
ミス? うん。簿記の数字が合わなくて、それも結構何回もミスがあったみたいなのよね。そのせいで取引先との契約も切れたらしくて。
……あなた、働いてなかったのよね。会社の手伝いすらしてなかったの? 私、全然わかんないわよ、そういうの。経理なんて専門家の仕事でしょ。社長夫人なんだから、家で待ってるのが仕事でしょ。
あ、そういう考えなの。じゃあ、あなたは父さんには関係なかったわけね。たけしは本当に真面目に経営してたのよ。社員の給料も遅らせずに払ってたし、取引先にも誠実だったし。
そういえば、あいつは会社の人間にはいい顔してたっけ。でも、自分のせいで会社が潰れたって思い悩んでるんでしょ。その経理担当の人は、今どうしてるの? その人も仕事を探してるみたい。気の毒よね。
社員みんな気の毒じゃない。働き口がなくなったんだし。あなただって、今、生活に困ってるんでしょ。でも、私はたけしを責めるつもりはないから。
え?
あなたが真っ先に責めそうなのに。
私を何だと思ってるの? 姉の夫を略奪した最低の性格ブス女、ってこと? 妹に何てこと言うのよ。大体、誰だってミスはするし、責めるのも仕方ないでしょ。
そう。随分優しくなったじゃない。
当たり前でしょ。お姉ちゃんと違って、私には思いやりがあるのよ。
思いやりがある人は、略奪なんてしないし、平気で実家に住ませろとか言わないわよ。
実家なら家賃かからないもん。それにお姉ちゃんは実家を立て直せるほどお金があるんでしょ? 別の家を借りればいいじゃない。
はい。なんでそうなるのよ。
私たちが実家に住むんだから。お姉ちゃんは気まずくて出て行くでしょ。元夫婦が同じ屋根の下なんてありえないし。
ああ、やっぱり性格はそのままね。うん。なんかちょっと安心したわ。
え?
何の話? こっちの話よ。住所は送るから、どうするかはそっちで決めなさい。
一時間後。
たけし、やったよ。お姉ちゃんが住所を送ってくれた。来週、引っ越せるわ。ホームレスにならずに済むよ。
本当か? これで住む家に困らないな。いや、助かったけど。それにしても、顔を合わせるのは気まずいな。
え? 何を気にしてるの?
堂々としてればいいじゃん。それに、きっとお姉ちゃんも気まずくて、すぐに家を出て行くわよ。
あ、そうなのか。
普通に考えて、お姉ちゃんの方が出て行くでしょ。つまり、実家は私たちが使えるってこと。お姉ちゃんは弁護士で稼いでるんだし、もっといいマンションでも借りればいいのよ。
そうだな。それならありがたい。
翌日。
あら、久しぶり。美由から話は聞いてる。実家に住ませてくれるそうだな。感謝するよ。
随分と図々しいのね。三年前のこと、反省してないの? 反省? 何のことだよ。
呆れたわ。あんたも美由も、私に悪いとか一切思ってないのね。あなた、私を裏切って捨てたのよ。忘れたの? 俺は正しい選択をしただけだ。女は男を支えるものだろ。お前はそれができてなかった。だからこうなっただけじゃんか。
……支える。
そういう勘違いなところ、まだ治ってなかったのね。
勘違い女?
普通の考え方だろ。女は家を守るものだし。まあ、事務所を持ってるお前は、世間一般的な女性からは離れてるよな。そんなんだから、今も再婚できないんだぞ。もう少し素直にならないとな。
……私をバカにしに来たわけ? あなたに裏切られて、こっちはもう結婚はごめんだって思っただけよ。
人のアドバイスは素直に聞いておくもんだぜ。
随分な言われようね。そんなんだから、会社も潰れるんじゃない? 会社が潰れたのは、ミスが続いたからだ。
聞いたわよ。でも、本当に経理担当者のミスだったの? まあ、あの人も真面目だったんだろうけど。でも、簿記のミスが積み重なって……あと、あなたは会社で何をしてたの?
俺の監督不足だ。社員を守れなかった。
美由は会社に関わってなかったの? あの子のことだから、会社で「社長夫人です」とか言って、ふんぞり返ってそうだけど。
いや、あいつは家にいただけだよ。会社のことなんて何も分かってないし、口出しもしてこなかった。
そう。じゃあ、経理の人だけの問題だったのね。会社が潰れて、美由にも迷惑をかけてるからな。
むしろ、あいつは被害者なんだよ。
私も、あなたの被害者なんだけど。
一週間後。
お姉ちゃん、明日引っ越すから。たけしと二人で行くわね。お姉ちゃん、家にいる? いないわ。鍵を郵便受けに入れておくから、勝手に入るならどうぞ。
やっぱりお姉ちゃんは優しいわ。血は水より濃いってね。
数時間後。
お姉ちゃん、今着いたわ。荷物も運び入れたから。
あら、勝手に荷物を入れたの? え、そりゃ引っ越しだし。あ、もしかして、触っちゃダメな場所があったなら、先に言ってよ。
いや、そうじゃないわよ。私は「来て」とは言ったけど、「住んでいい」とは言ってないわよ。入るのは許可したけどね。
へ?
どういうこと? ……まあ、いいわ。せっかく来たんだし、少しは話しましょ。
あ、うん。そうだね。
あなた、たけしと本当にうまくやってるの? え? 何のこと?
その程度の生活しかできないんでしょ、あなたたち。会社が潰れて、住む家もなくて、私を頼ってくるしかないんでしょ。
……言いにくいけど、まあ、そうなるわ。
ふうん。それで、これからどうするの? どうするったって、まずは住む場所があるから、ここで落ち着いて、それから仕事を探すつもりよ。
仕事? あなたが? 何の仕事よ。
それは……まあ、何でもやるわよ。たけしも仕事を探すって言ってたし。
たけしは探せるのかしらね。あの人は、経営者気取りで、実際は何もできなかったんだから。
ひどい言い方ね。お姉ちゃん、たけしのこと、嫌いでしょ。
当たり前でしょ。あなたのことはともかく、あの男のことは一生許さないわ。
……そう。
でも、まあ、あなたが来るって言うから、妹として一度は受け入れるわ。ただし、条件があるわ。
条件?
そう。家賃はもらうわよ。タダで住ませるわけにはいかないからね。
家賃? だって、実家でしょ? 実家だからこよ。私だって、ここを管理するのにちゃんとお金を払ってるんだから。それに、あなたたちが住むってことで、光熱費もかかるでしょ。その分はきっちりもらうわ。
……うーん。まあ、仕方ないか。
でしょう。それで、家賃はいくらにする? いくらって……お姉ちゃんが決めてよ。
ふふっ。じゃあ、相場から考えて、一か月十二万円ってとこかしらね。
十二万円!
高すぎない? 高いとは思うけど、まあ、ここは都会だし、相場ってものがあるのよ。それに、私はあなたに安くする義理もないわ。
……わかったよ。なんとか工面するわ。
じゃあ、それが決まりね。あと、ルールがいくつかあるわ。
ルール? そう。まず、私の部屋には絶対に入らないこと。次に、私の私物には触らないこと。最後に、私にこれ以上、不必要な連絡をしてこないこと。仕事の連絡はメールで受け付けるけど、それ以外はなしよ。
……そんなこと言われなくても、わかってるわよ。
まあ、期待してないけどね。あなたが守れるとは思ってないから。
お姉ちゃん、ひどい。
ひどいと思うなら、家を出て行けばいいのよ。別に、無理に来いって頼んだのは私じゃないし。
……意地悪ね。
意地悪って言うけど、あなたたちが私の人生をめちゃくちゃにしたんだからね。そのくらいの貸しはあると思ってるわ。
ごめん……。
謝るのは、もういいわ。今さら謝られても、何も変わらないし。それより、あなたたちがちゃんと自立できるかどうかが問題なのよ。
……分かってるわ。
じゃあ、話はこれで終わり。荷物を運び終わったら、下に降りてきなさい。食事に連れて行ってあげるから。
え? お姉ちゃんがご飯、おごってくれるの?
奢るっていうか、まあ、妹が困ってるのに、飯を食えないとは言えないからね。一回くらいなら、面倒を見てあげてもいいわ。
……ありがとう、お姉ちゃん。
べ、別に、あなたのために言ってるわけじゃないんだからね。たけし……あなた、あの男を連れてきて、結局何がしたいわけ? え? もういいわ。こっちはこっちで、いろいろ考えもあるのよ。
考え? ああ、こっちの話よ。それより、荷物を片付けたら、早く下りてきなさい。待ちくたびれるから。
食事の席で、空気は重かった。たけしは無言で料理を口に運び、美由は下を向いたまま、箸を進めなかった。私はそんな二人を見ながら、冷めた目で紅茶をすする。
食後、美由が口を開いた。
……お姉ちゃん。本当にここに住んでいいの?
何よ。今さらそんなこと言い出すの? だって、やっぱりお姉ちゃんの家だしさ。気を遣うよ。
気を遣うのは、もうやめてよ。あなたたちが選んだ道なんだから、最後まで責任を取りなさい。
……そうだね。
まあ、私は一人で静かに暮らしたいから、あなたたちには二階を全部使わせてあげるわ。私は一階の離れを使うから。
それって、つまり、顔を合わせないで済むってこと? そうなるわね。何か用があれば、遠慮なく言ってきなさい。でも、用がないのに話しかけるのは禁止よ。
ひどいなあ。
ひどくないわよ。これが、私なりの譲歩なんだから。
数日後、私は会社の整理をしていると、一冊のノートが目に入った。ああ、これは昔、たけしが書いていた経理のメモだ。捨てるのももったいないから、一応見てみると、そこにはびっしりと数字が書き込まれていた。何気なく見ていると、ある数字に違和感を覚える。……これは、あの時、問題になった経理の数字と一致してる。
もしや。たけしは、経理担当のミスではなく、最初からすべてを意図的に隠してなかった? その仮説が正しければ、会社が潰れたのは、単なるミスではない。もしかすると、たけしが何かを隠していたのかもしれない。
私は、そのノートを鞄にしまい、動かぬ証拠を掴むために、再調査を始めた。
一方、美由たちは二階で、生活費のやりくりに追われていた。
「どうしよう、たけし。また給料が入ったって連絡ないんだけど」
「あー、それが、また仕事探すのがうまくいかなくてさ。もうちょっと待ってくれないか?
」
「待てるわけないでしょ。もう家賃も払えないのよ? せっかくお姉ちゃんに置いてもらってるのに」
「分かってる! でも、今はどうにもできないんだよ! 」
「たけし、あなた、まさか隠してるんじゃないの?
」
「何をだよ? 」
「会社が潰れた理由。あの時の経理のミスって、本当はあなたのせいじゃないの? 」
沈黙が落ちる。たけしの顔が、みるみる青ざめていく。
「……誰に聞いた? 」
「あのノートを見たのよ。お姉ちゃんが偶然見つけたんだって」
「見たのか?!
」
「どうしてそんなこと、黙ってたのよ! 」
「黙ってる訳ないだろ! こんなこと、知られたら、お前の姉さんに何を言われるか分からなかったからだ! 」
「つまり、やっぱりあなたのせいってこと!?
」
「俺は悪くない!! あの数字は、全部、お前の会社の指示通りに動いてただけだ! 」
「何言ってるのよ! 」
「お前たちの会社が、在庫を膨らませて、架空の取引をしてたんだ。それがバレそうになって、俺が責任を被ったんだろうが!
」
「そんな……そんなこと、私は知らなかった……」
「知らなくても、お前の家族がやったことだ!知らなかったで済むと思ってるのか?! 」
その時、玄関のドアが開く音がした。私が立っていた。
「……全部、聞こえてたわよ」
「お、お姉ちゃん……」
「たけし、あなた。今、何つったの? 」
「……そ、それはだな」
「うちの会社が在庫を膨らませてた? 嘘をつくな。こっちはちゃんと監査も受けてたし、決算も公開してたんだぞ。お前の言ってることは、全部、嘘だ」
「違う、本当なんだ!
」
「じゃあ、証拠は? 証拠があるなら、見せてみなさいよ」
たけしは、がっくりと肩を落とした。
「……ないんだ。なるようにしか、ならねえと思ってた」
「当たり前でしょ。何もかもを失って、まともに仕事もできないお前に、そんなことできるわけないんだから」
「お姉ちゃん、たけしは嘘はついてないわ。ねえ、そうでしょ? 」
「美由、あんたは黙ってなさい」
「でも! 」
「いいわ。もしも、お前の言ってることが本当なら、それなりの責任を取ってもらう。裁判でもなんでもしてやるわ」
「……それは、やめてくれ」
「なら、正直に話しなさい。全部を」
たけしは、ゆっくりと話し始めた。会社の資金繰りに行き詰まり、焦って融資を受けるために、実家から借金をしたこと。その返済に追われて、架空の取引を重ねていたこと。結局、それがバレそうになって、経理担当者に責任を押し付けたこと。
「……そう。全部、あなたのせいだったんだ」
「……すまない」
「謝って済む問題じゃないわ。あんたのせいで、どれだけの人が迷惑したか、分かってるの?
社員も、取引先も、みんな路頭に迷わせたんだぞ」
「分かってる! 分かってるんだ! 」
「分かってるなら、何でこんなことになったんだよ! 」
「お前のせいだ!
お前のせいなんだ! お前が金を持ってれば、俺がここまで苦労することもなかったんだ! 」
「自分が蒔いた種でしょ! なんで私がお前の借金を払わなきゃいけないの?
」
「姉ちゃんだって、実家を立て直すために、私に費用を出させたじゃないか! 」
「ちっ……美由、あんた、何て余計なこと言ったんだ! 」
「お姉ちゃん、知らなかったの? たけしがあなたに頼まれて、実家の工事費用を立て替えてたんだよ。そのせいで、会社の金に手を出さざるを得なかったんだって」
「……はあ、嘘でしょ?
」
私は、頭を抱えた。
「もういい。もう、たくさんだ」
「お姉ちゃん……?」
「出て行きなさい。今日中に。もうここには置いてあげられない」
「そんな! 」
「出て行きなさい。聞きなさいよ。今すぐ荷物をまとめて、出て行くの。あんたたちのせいで、私の人生はめちゃくちゃだ。親を失って、あてにした家も潰して、最後に頼った妹が、まさか自分から不幸になって戻ってくるとは思わなかったわ」
「でも、行く当てがないの! 」
「託児所も、アパートも、何もないのはあなたたちの方でしょ。アパートを追い出されたのは、自分たちのせいでしょ。もう知らないわ。出て行きなさい」
美由は、たけしを連れて、二階へと上がっていった。重い足音が響く中、私は窓の外を見つめた。
ああ、これでやっと終わるのかもしれない。
自分の人生に責任を持つって、こういうことなんだ。
結局、あの二人は何も学んでないし、他人のせいにしてばかりだ。そんな人たちに、私が何とかできるとは思わなかった。
数時間後、二人は静かに家を出ていき、私の家には、静けさが戻ってきた。
本当に終わったんだな。
私は深いため息をついて、テーブルに置かれてた彼女の忘れ物を手に取った。
……美由の写真。
そこには、まだ笑っていた頃の妹が、幸せそうに映っていた。
私はその写真をずっと見つめたあと、そっと引き出しの中にしまった。
そして、次の日から、私は新しい自分の人生を始めるため、一歩を踏み出した。