夕方のスーパーの帰り道、買い物袋を両手に提げていたら、隣の奥さんが突然「翔平さんと離婚するんですって。私の勝ちね」と笑った。何に勝ったのかと聞き返しそうになったけれど、彼女は元義母で、結婚してからずっと私に離婚を勧め続けてきた人だった。同居してからは特に酷くて、毎日のように「早く出ていきなさい」と言われ続けた。それなのに、いざ私が本当に離婚すると告げたら、「やっと大嫌いな嫁が出ていく」と嬉し…

夕方のスーパーの帰り道、買い物袋を両手に提げていたら、隣の奥さんが突然「翔平さんと離婚するんですって。私の勝ちね」と笑った。何に勝ったのかと聞き返しそうになったけれど、彼女は元義母で、結婚してからずっと私に離婚を勧め続けてきた人だった。同居してからは特に酷くて、毎日のように「早く出ていきなさい」と言われ続けた。それなのに、いざ私が本当に離婚すると告げたら、「やっと大嫌いな嫁が出ていく」と嬉し...

隣の奥さんが、夕方のスーパーの買い物帰りに、ふと思い出したように私に話しかけてきた。

「翔平さんと離婚するんですって。私の勝ちね」

何に勝ったんですか、と思わず聞き返しそうになった。私はお母さんと勝負した覚えはない。でも、隣の奥さん、つまり元義母は、勝ち誇ったように頬を緩めた。

「私の長年の訴えをようやく聞いてくれたんだもの。私の大優勝だわね」

「前から離婚しなさいって言ってましたもんね」

夫の母である彼女は、結婚してからというもの、ずっと私に離婚を勧め続けてきた。同居を始めてからは特に酷かった。

「本当よ。この日をどれだけ待ち詫びたことか。夫婦としての関係はとっくに破綻してたんだから、もっと早く離婚したら良かったのに」

「すみません。こちらも色々と準備がありまして」

「どうせ財産分与の計算でしょ。まあ、いいわ。そんなわけで、準備が整ったので本日、届けを出しました」

私は重い口を開けて、事実を伝えた。すると義母は、興味津々といった様子で続ける。

「で、今は何してるの?まさか、もう出て行ったんじゃないわよね?」

「いえいえ、子供たちと買い物ですよ。色々と荷物をまとめなきゃなので、まだ少しだけ家にいさせてもらいますね」

「はいはい、いいわよ。やっと大嫌いな嫁が出ていく。これからは、1人寂しく暮らしてね」

「ご心配なく。それで、荷物の準備もあるので、失礼しますね」

そう言って、私はその場を離れようとした。しかし、義母は引き下がらない。

「ちょっと待ちなさい。子供たちは、私が引き取るから。あんたは1人で出ていきなさい」

「何言ってるの?子供たちは私が引き取りますよ。当然でしょう?」

「当たり前でしょ。翔平を育てあげたという立派な実績があるんだから、私の方が母親として優秀なのよ。あんたには無理ね」

「そうですね。とてもご立派だと思います。でも、子供たちの行き先は、子供たち自身が決めることです。あくまで子供たちの意思が大事なので、聞いてみてはどうでしょう?」

「いいわよ。本音を聞いてもがっかりしないでね。ああ、そうそう、今日は魚でお願いね。安くなかったので、今日はジオロースです」

義母は、私の言葉を無視して、自分が食べたい夕食のリクエストをしてきた。もう、私はこの家の人間ではないのに。

それから5分後、買い物を終えた私は、スーパーの前で子供たちと合流した。すると、そこへ義母がやってきて、長男のレー太に声をかけた。

「レー太君、ばーよ」

「何だよ、俺?今、母さんと買い物中なんだけど」

「まあ、連れ回されてるの?遊びたいだろうに。かわいそうね」

「俺が行きたくて言ってるんだよ。母さん1人で悠太と礼太の相手しながら買い物するの大変だろうと思って、お手伝いしてるんだ」

「あら、弟の面倒を見れるなんて、なんて立派なお兄ちゃん。私の教育の賜物ね」

「ばーばに育てられた覚えはないけど」

「照れちゃって。中学生らしい反抗だこと」

「照れてもないけど。つーか、何の用だよ。母さんから聞いてるけど」

「あなたたちのお母さんは母親失格なの。だから、お母さんだけ家を出ていくのよ」

「何言ってんの?父さんとばーば以外、みんな出てくよ」

「え?」

「俺も悠太も礼太も、母さんについてくから」

「そんな冗談、やめなさい。ばーばの心臓に悪いわ」

「本気だよ」

義母の顔が、一瞬で強張った。男の子たちに出て行かれるのは、よほど堪えるらしい。

「こ、困るわ。後継がいなくなって、うちの血筋が途絶えちゃう」

「俺たちは母さんの苗字になるから、関係ないよ」

「でも、うちの血が流れてるのよ」

「だから、それが何だって言うんだよ。それは母さんの方にも言えることじゃん」

「いいから、ばーばとお父さんの方に来なさい」

「あー、買い物終わった。母さん、行こう。悠太と礼太が喧嘩しちゃったから」

そう言って、レー太は私の腕を引っ張った。そして、私たちはその場を離れた。

後日、義母は今度は夫、翔平に電話をしていた。

「ちょっと翔平。何?今、残業で忙しいんだけど」

「あんたはこれでいいの?子供たちはみんな、あの女のところに行ったわよ」

「別にいいだろ。それの何が問題なんだよ」

「後継がいなくなるでしょうが」

「そこまでして後継ぎが欲しいのかよ?」

「何言ってるのよ。後継もだけど、嫁と子供全員に出て行かれたなんて知られたら、親戚中から笑いものにされるわよ」

「そう言われてもなあ。俺んちは本家でもないし、大した家柄でもないだろ」

「あのね、私がいなくなったら、誰がお墓の面倒を見てくれるの?」

「演技でもないこと言うなよ。いずれはお前も同じお墓に入るんだろ。無縁仏にする気か?」

「お墓の面倒のために、楽器の面倒を見ろって言うのか?俺はそんなの御免だ」

「だったら、新しい嫁を用意すればいいじゃない。新しい女は確かにいいかもね」

「そうでしょ。あんな嫁よりもっといいのを見つけなさいよ。…でもさ、なんでそこまでして一緒にいたいんだよ。特に翔太なんて、口ばっかり達者で可愛げないじゃん」

「あの子は、それにふさわしい賢さだからよ」

「だったら、翔太だけ引き取ればいいだろ。将来結婚するかもわからないしな。…いや、保険として悠太君と礼太君にもいてもらわなきゃ。うちを反映させるために」

「ふざけるなよ。俺の給料と母さんの年金だけで、ガキ3人養えるかよ。ただでさえ、あかりが稼いだ分が減って苦しいのに」

「それについては、何の問題もないわ。むしろ、孫たちがいることでお金が増えるのよ」

「は? 極つぶしがどうやって増やすんだよ」

「あなた、児童手当の存在を知らないの?」

「なんか、そんなのあったよな。役所関係は全部、あかりがやってたからな」

「3歳以上は1人当たり月1万円。3人目は年齢関係なく一律3万円。合計で1ヶ月に5万円ももらえるのよ」

「あいつらがいるだけで、そんなに金がもらえるなら、俺も真剣に考えるわ」

「そうしなさい」

1週間後、私たちは無事に新生活を始めていた。新しい家は、私たち4人で暮らすには十分な広さのアパートだった。

そこへ、突然義母が現れた。いや、現れるのは分かっていた。子供たちに会いに来たのだろう。

「よ、新生活はどうだ?…まあ、狭いだろうけどな」

彼女は、新居の周りをキョロキョロと見回しながら、鼻で笑った。

「今まで大変お世話になりました」

私が頭を下げると、義母はフンと鼻を鳴らした。

「どうせ引っ越し先はボロアパートの狭い部屋でしょ。シングルマザーの定番よね。かわいそうに」

「4人で過ごすには十分の広さがある部屋なので、大丈夫です」

「強がっちゃって。…未来の子たちが、本当に不自由してないか、私がチェックしてあげる」

「あの、それは」

「5分後には、もう詮索はやめるわ。…しー太君、大丈夫?何?」

「何が?」

「うちに帰りたくなったら、いつでも言うのよ。ばーばがすぐに迎えに行ってあげるからね」

「いや、全然困ってないし。むしろ前より超快適だから」

「何、強がっちゃってるの?アパートなんて、気を使うことばかりでしょ。隣の部屋の音とか、うるさいだろうしね」

「誰がアパートに住んでるって言った?」

「違うの?なら、マンション?どこに住んでるか教えなさいよ」

「なんで、ばーばに引っ越し先を教えなきゃいけないの?」

「あなたたちの祖母なんだから、知る権利はあるわ」

「ばーばには教えたくない」

「あら、ばーばに向かって、そんなこと言うの?反抗期?いいことと悪いことがあるでしょ」

「反抗期とか関係なく、普通に嫌なんだよ。もう関わらないでくれる」

その瞬間、レー太は私の後ろに隠れた。そして、窓の外を指さした。

「あ、ほら、悠太と礼太が遊んでる。行こう、母さん」

レー太は私の手を引っ張って、その場を離れようとした。義母は、いても立ってもいられない様子で、その後ろ姿に叫んだ。

「ちょっと、待ちなさい! 私の言うことが聞けないの?!」

しかし、レー太は振り返らなかった。そして、私たちはアパートの中へと消えた。

それから、しばらくして。私は、新しい生活に慣れ始めていた。子供たちも、新しい学校に楽しみを見つけたようだ。

「母さん、見て見て。これ、学校で作ったんだ」

ある日、学校から帰ってきた悠太が、図工で作ったらしい貯金箱を見せてくれた。

「まあ、上手にできたね。何を貯めるの?」

「これは、ばーばから逃げるためのお金なんだ」

「え?」

「だって、また迎えに来るかもしれないだろ?いつでも逃げられるように、準備しておきたいんだ」

私は驚いた。レー太だけでなく、悠太までそんなことを考えていたのだ。よほど、あの家にいたくないのだろう。

「…必要ないわよ。もう、あの家には帰らないからね」

「本当? 絶対だよ?」

「本当よ。約束する」

私は、しゃがんで悠太と目を合わせると、優しく微笑んだ。そして、その頭を撫でた。

義母のことは、もう気にしない。私と私の子供たちは、ようやく自由を手に入れたのだ。

しばらくして、私は義母から連絡がないか、スマホを確認した。そして、あることに気がついた。

「……ブロックされてる」

私は、意地悪な義母からの連絡手段を、すべて断たれていた。だが、そのことに、何の悲しみも感じなかった。むしろ、清々しい気持ちでいっぱいだった。

やっと、あの義母から解放された。私は、気に入らないことがあれば、いつもこうして、私を排除しようとした。自分の思い通りにしようとした。

「これで、一からやり直せる」

私は、心の中でそう呟いた。そして、リビングのソファで宿題をしている子供たちの背中を見つめた。

「母さん、どうしたの? 早く晩ごはんにしようよ。お腹すいた」

「ああ、うん。そうね。今日は何がいい? カレーでも作ろうか」

「やった! 母さんのカレー、最高!」

子供たちの笑い声が、新しい家に響いた。

その夜、布団に入ってからも、私はなかなか眠れなかった。階下の物音が、気になったからだ。新しいアパートは、築年数が古く、騒音が響きやすい。

それでも、この何気ない生活が、心地よかった。誰かに気を遣うことも、誰かを怒らせないかとビクビクすることもない。

私は、天井を見つめながら考える。もしかしたら、隣の家の人は、朝、お弁当を作っているかもしれない。昼は、洗濯物を干しているかもしれない。夜は、お風呂にゆっくりと浸かっているかもしれない。そんな、当たり前の生活。

「今日からは、私の番だ」

私は、そう呟いて、静かに目を閉じた。

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