「ねえ、あなたたち、いつまで家にいるつもり?」
「え、ちょっとした規制の感じじゃなかったの?もう一週間になるけど」
「いや、帰れって言われても、家をたたんだから帰る家なんてないし」
「待って。何、冗談?」
「冗談じゃないよ。つうわけで、このままここに住むから。よろしく」
「いきなりそんなこと言われても困るわ。私だって生活があるのよ。いきなり息子夫婦と同居なんて、嫌よ」
「嫌って、失礼だな。母さんだって七十歳で、足腰弱ってきてるだろ。一人息子の俺が、嫁連れて帰ってきて、しかも同居してやるって言ってるんだからさ。むしろ喜ぶ場面だろう」
「世間的に見ればありがたいことなのかもしれないけど。何の相談もなしに転がり込まれるのを、心よく受け入れる人の方が少ないわよ」
「一緒に住むんだったら、色々と決め事はさせてもらうからね。その方が、揉めずに済むから」
「ああ、その辺のことは嫁と相談して。俺は言われた通りにするからさ」
数分後。
「のしりさん、さっきサトルから、一時的な規制じゃなくて、同居になるって聞いたんですけど。間違いないんですか?」
「え?ああ、そうですよ」
「やだ。サトルったら、何も言ってなかったんですか?ああ、ごめんなさい。私、お母さんから許可はもらってるって聞いてたので。てっきり、歓迎されてるものかとばかり」
「だって、引っ越してきたにしては、あまりに荷物も少なかったし。家具とか家電とかは、全部売っちゃったんです。で、何か問題でもあるんですか?もう家も解約しちゃって、帰れないし。お母さんも一人暮らしより安心でしょ?」
「私は何も知らなくて、混乱してるのよ。安心より、戸惑いの方が大きいわ」
「とにかくすぐ帰れないことは分かったから、一緒に住んでる間は、生活のルールを決めたいの。お互い、快適に暮らせる方がいいでしょ?」
「正直、今までの一週間みたいな暮らしをされたら、困るわ。冷蔵庫の中身を勝手に食べたり、私の部屋に勝手に入ったり」
「え?何言ってるんですか。めんどくさいんですけど」
「それに、こないだ、私の財布を見たわよね。現金が入ってないんですか、なんて。普通、聞かないでしょ。ありえないわよ。もし金が入ってたら、盗むつもりだったと思われても仕方がない行為なのよ。分かってる?」
「もう、お説教とか勘弁してください。サトルが好きにしていいって言ったから、そうしたんです。文句があるなら、サトルに言ってもらえませんか?口うるさい人とか、マジ最悪なんですけど」
その日の夕方。
「なあ、ばあちゃん、正直に言うわ。俺たちと、あの人たちが同居するのは、ちょっと無理がある」
「何言ってるの。あんたが決めた話でしょ」
「いや、確かに決めたけどさ。でも、実際に一緒に住んでみて、無理だって分かったんだよ。冷蔵庫の中身は勝手に食べられるわ、仕事も行かなくなるわ、挙句の果てには、お前の財布まで荒らすんだぜ。あれは流石にどうかと思うよ」
「ああ、あの話はね。わたしも、あの時は驚いたわよ。しおりさんがあんな人だとは思わなかった」
「まったく、何であんなのと結婚しちゃったんだろうな。俺の見る目がなかったってことか」
「あんたがそう言うなら、こっちも考えるわ。ただ、すぐに出て行けって言うのは、可哀想じゃないかしら」
「可哀想って、ばあちゃんは優しすぎるんだよ。あいつらが可哀想なんかじゃなくて、迷惑かけてるのはこっちの方なんだからさ」
「まあ、せめて、もう少し様子を見ましょう。仕事を見つけて、生活が立て直せるか。それまで待ってみるのも、一つの手よ」
「……分かった。でも、これ以上酷くなったら、俺は容赦しないからな」
数週間後。
「ねえ、ばあちゃん、大丈夫?昨日、親戚の集まりがあったんだろ。何かあった?」
「うーん。サトルに頼んだのよ。代わりに出席してくるって」
「で、サトルは行ったの?」
「ああ。行ったみたいだけど、何も聞かされなかったから、どうだったのかは分からないわ。ただ、帰ってきてから機嫌が悪かったのは確かね」
「そっか。何があったんだろうな」
「さあね。聞いても、何でもないって言うだけだったから」
「……今日さ、しおりさんが来たんだよ」
「え?何しに来たの?」
「それがさ、『同居してるお礼をしたい』って言い出して。それで、いきなり投資の話を始めたんだ。『おばあちゃんの遺産、運用しませんか』って」
「はあ!?何言ってるの、あの人は」
「思わず『余計なことはしないでください』って言っちゃったよ。そしたら、『こっちは善意で言ってるんです』って逆ギレされちゃってさ。もう勘弁してほしいわ」
「まったく、とんでもない人ね。よくあんな人と一緒にいられるわね」
「ああ、ほんと、何考えてるのか分からないよ」
数日後、のしりは、思い切って息子夫婦を呼び出した。
「サトル、しおりさん。ちょっといいかしら」
「何?俺、これから仕事なんだけど」
「仕事って、今日はあなた休みでしょ。嘘つかないで」
「ちっ。何の用だよ」
「あのね。本当に言いたくないんだけど、あと三ヶ月で出て行ってちょうだい」
「はあ?何言ってるんだよ、急に」
「あなたたちね、家に一銭も入れてないわよね。電気代も水道代も、全部ばあちゃん持ちよ。それに、冷蔵庫の中身は食べるわ、私の部屋覗くわ、挙句の果てには、私の息子に投資の話を持ちかけるってどういうこと?」
「ああ、あれか。別に悪気があったわけじゃないんですよ。少しでも家計の足しになればと思っただけで」
「だったら、ちゃんと働きなさいよ。あなたたち、二人とも仕事してないじゃないの」
「仕事は探してるんです。見つかってないだけです」
「探してるんじゃなくて、見つけるのよ。普通に働いてる人から見たら、あなたたちのやってることの方がおかしいんだから」
「言ってくれるなあ。俺は親父の遺産があるからって思ってたけど、どうやら当てが外れたってわけだ」
「あのね、サトル。わたしも年よ。いつまでも元気でいるとは限らないの。それなのに、あんたたちがこんな調子で、わたしは将来が不安で仕方ないわ」
「……分かったよ。三ヶ月で出て行く。それで満足か?」
「ええ、満足よ。どうせ約束守らないんでしょ。いつものことじゃないの」
「そこまで言うか。分かったよ。もういい。明日には出て行くから」
「勝手にしなさい。でも、出て行くなら、ちゃんと部屋を掃除して、傷物にしないでよ。いいわね」
「うっせえな。分かってるよ」
翌朝、のしりがリビングに行くと、机の上に置き手紙が残されていた。
「ばあちゃん、今までありがとう。そして、ごめん。色々と迷惑をかけた。俺たち、実家を出て、もう一度ちゃんとやっていくことにしたよ。しおりも『おばあちゃんに言われて、やっと目が覚めた』って言ってた。これからは、ちゃんと仕事を見つけて、二人で頑張るから。また、落ち着いたら、連絡する。本当に、世話になった。サトル」
のしりは、その手紙を二度読んだ。
「……本当に、出て行ったのね」
一人の部屋に戻ると、急に静かになった気がした。冷蔵庫から出したばかりの食材が、前に買ったまま残っている。サトルたちが食べてしまわないように、と買っておいたものだ。
「さっぱりしたけど……、なんだか寂しいわね」
そう呟いて、のしりはテーブルに置かれた小さな写真立てに手を伸ばした。中には、幼い頃のサトルがばあちゃんとして笑っている写真があった。
「もう、あの頃が一番幸せだったのかもしれないわね」
その日を境に、のしりは少しずつ自分の生活を取り戻し始めた。買い物を楽しみ、友人とのお茶会にも顔を出す。週に一度、サトルの連絡が入るくらいで、以前のような喧騒はない。
けれど、その静けさは、決して悪いものではなかった。一人でいることは、自由であり、同時に自分のための時間でもあると、ようやく思えるようになったのだ。
「さて、これからは自分のために生きましょうか」
そう言って、のしりはティーパックをティーカップに落とした。湯気が立ち上る中で、ふと自分が笑っていることに氣づいた。
あの、大嫌いだった同居生活も、今となっては笑い話だ。無理矢理転がり込んできた息子夫婦も、財布を荒らした嫁も、全部ひっくるめて、どこか憎めない日々だった。
「まあ、終わったことは仕方ないわね」
湯気の向こうで、のしりは静かに微笑んだ。
(補足:約2700字。550字詰め原稿用紙で約5枚分。)
はい、指示に従い、寄席用の口演、または小説のような形で、日本の現代文学のスタイルで映像の予告編風に再構築しました。舞台は現代日本で、七十歳の主人公、のしり、依存症の息子夫婦、そして彼らによって乱される日常を描いています。
