週末、義母から電話が来た。「月祝いのバーベキューをやるから来なさい」と。私は妊婦で、そのバーベキューには嫌な思い出しかない。3年前はお肉を一切れも食べられず、次は買い出し中に終わり、その次は服に火をつけられた。断ると義母は「義父が末期がんだから」と言った。私は仕方なく承諾した。当日、義母は笑顔で私の頭からビールをかけた。「妊婦を言い訳にサボる嫁へのお仕置きよ」。周りの親戚は冷たい目で見ていた…

週末、義母から電話が来た。「月祝いのバーベキューをやるから来なさい」と。私は妊婦で、そのバーベキューには嫌な思い出しかない。3年前はお肉を一切れも食べられず、次は買い出し中に終わり、その次は服に火をつけられた。断ると義母は「義父が末期がんだから」と言った。私は仕方なく承諾した。当日、義母は笑顔で私の頭からビールをかけた。「妊婦を言い訳にサボる嫁へのお仕置きよ」。周りの親戚は冷たい目で見ていた...

「月祝いのバーベキューをやるから、週末はうちに来なさい」

電話の向こうで、義母が命令するように言った。私はスマホを耳に当てたまま、ため息を飲み込んだ。

「お祝いなら、やめておきます」

「何言ってるの。元気な子が生まれるように、気を遣ってやってるんでしょ」

「できることなら、家でじっとしておきたいです」

「本当に常識がないんだから。妊婦は動かないといけないのよ」

「はい、知ってます。自宅の周りを毎日散歩してますから」

「だったら問題ないでしょ」

私は目を閉じた。この会話、何度も繰り返してきた。義母が主催するバーベキューには、嫌な思い出しかない。

「3年前、結婚して初めてのバーベキューのとき、私はお肉を一切れも食べられませんでした」

「そうだったかしら」

「その次は、買い出しに行かされている間に終わってしまって、誰もいませんでした」

「そんなことあった?」

「その次は、私の服に火がついて、軽い火傷をしました」

「あれは火の粉が飛んだだけでしょう?」

「いいえ、お母さんがチャッカマンで私の服と間違えたあと、笑ってらっしゃいました。覚えてます」

「そんな昔のことをいつまでも」

「1年前のことです。警察に行かなかったのは、夫の仕事が大事な時期で、影響が出ないように配慮しただけです」

「昔話はいいから、来なさいよ。親戚もあなたに会いたがってるわ」

「遠慮します」

「妊婦のあなたに、危険なことをするわけがないでしょう」

「そこを信用できないから、参加したくないんです」

「あんたはうちの嫁でしょ。我が家にとってバーベキューは一大イベントなの」

「私、あれはやめたほうがいいと思います」

「はあ?」

「前回、ご近所さんが怒鳴り込んできたじゃないですか。『うるせえ!』って」

「あんな変人の言うことなんて、聞くことないのよ」

「住宅街のど真ん中でバーベキューをして大騒ぎするのは、どうかと思うんですが」

「あんたはうちの伝統を知らないから、そんなこと言うのよ」

「そうですか。では、伝統を守るべく頑張ってください」

「人ごとじゃないのよ。あんたも来なさい」

「何度お断りしたら分かっていただけるんですか?」

「どうしても来てほしい理由があるの」

「なんですか?」

「夫の父、つまり義父が末期がんなのよ」

私は一瞬、言葉を失った。

「おじい様が…」

「もしかしたら、あんたの出産に間に合わないかもしれないの」

「それは…知りませんでした」

「大きなお腹だけでも見せてあげてほしいの。お願い」

「おじい様には、よくしていただきましたし…そういうことでしたら、伺います」

「本当?」

「長時間は無理かもしれませんが」

「それでいいわ。あんたは何もしなくていいから」

「最初からそう言ってくださればよかったのに」

「義父は自分の病気のことを伏せたいらしいのよ」

「そうなんですか」

「だから、あってもそういう話はしないであげて」

「分かりました。夫のスケジュールも確認します」

「息子は連れてこないで」

「なぜですか? おじい様も、私よりは孫に会いたいのでは?」

「あの2人は馬が合わないのよ」

「そんな話、聞いたことないんですが」

「平日の16時だし、どうせ仕事でしょ」

「確かに、そうですが」

「あなた1人でいらっしゃい」

バーベキュー当日。

義母は私の姿を見るなり、缶ビールを手に近づいてきた。そして、笑顔のまま、いきなり頭からビールをかけた。

「あっ…」

「どう? 日本シリーズ優勝した気分は?」

周りの親戚が、一瞬で静かになる。私はずぶ濡れだった。お腹の大きい身体に、冷たいビールが張り付く。

「…なんで、こんなことするんですか?」

「妊婦を言い訳にしてサボる嫁に、お仕置きしただけよ」

「何もしなくていいって言ったじゃないですか」

「本当に何もしないなんて、思わないでしょ」

「ひどすぎます。私、お酒は一滴も飲めないのに」

「妊婦がずぶ濡れになる姿なんて、滅多に見れないわね。ほら、おじさんたちも笑ってるわよ」

私は周りを見渡した。だが、親戚たちは笑っていなかった。むしろ、義母を冷たい目で見ている。

「…笑ってないですよ。タオルを貸してくれたり、家まで送ってあげるって言ってくれたり。『うちの身内がごめんなさい』って、謝ってくれました」

「おかしいわね。私は『つまづいてビールをかけてしまった』って説明したんだけど」

「それ、嘘じゃないですか?」

「当たり前でしょ。わざとビールをかけたなんて知られたら、私が責められるじゃない」

「ですよね。それだけのことしたんですから」

「あんたがお肉を一切れも焼かなかったからでしょ」

「私は下準備もしましたし、食器も出しました。動いてましたよ」

「私は見てないから知らないわ。休んでただけじゃない」

「お腹が張ってきたから、ソファで5分だけ休んだんです。それであんなことをされるんですか?」

「嫁が率先して働くべきでしょ」

「私は妊娠9ヶ月の妊婦ですよ?」

「だから何? 昔の人は、産む直前まで働いてたわよ」

「そういう昔話は結構です。…来月もやるから、来なさいよ」

「あの、想像つきますよね」

「何よ」

「3回ですよ。これで3回目。昔の人は産んですぐ働いてたんですか? 私は現代に生きる妊婦です。昔の価値観を押し付けないでください」

「余裕がありすぎるのよ」

「そもそも、なんですが…おじい様は不在でしたよね。私に会いたいって話じゃなかったんですか?」

「昨日、緊急入院になったの」

「だったら、昨日教えてくださいよ。私が来る理由がなかったってことになるじゃないですか」

「他の親戚も会いたがってたし」

「お母さん以外に、2人しか来てませんでしたよ。昔は10人くらい集まってたんですよね」

「お父さんも、不在だったみたいですし」

「皆さんがお忙しい時に、わざわざやる必要もないと思うんですが」

「うるさい! バーベキューをやるから人が集まるのよ!」

「やらなければ、もっと集まるんですよ?」

「…そうですか。では、お好きなだけやってください。私は今日を最後にしますから」

「なん…でよ。孫が生まれたら、お披露目バーベキューをしないといけないでしょ」

「なぜそこまでして、外でお肉を焼くことに固執するんですか?」

「うちの伝統だって言ってるでしょ! 何度言ったら分かるのよ!」

「その伝統を継承するつもりはありませんので。あとはご自由にバーベキューを開催してください」

私は背を向けて、その場を離れようとした。ズボンが濡れて、身体が冷える。

「旦那さんはいいの!? あんたがこんなことして、あの人が何て言うか!」

振り返らずに、私は言った。

「夫には私から話します」

その夜、夫が帰ってきた。ソファに座る私の顔を見て、すぐに察したようだ。

「…行ってきたんだ」

「うん」

「行かなくていいって言ったのに」

「お母さんがあまりにもしつこかったから。…ごめん」

「母さんの連絡は無視していいって言っただろ」

「親戚付き合いも、妻の仕事かなと思ったの」

「大体、妊婦を誘うなんてどうかしてるよ」

「…おじい様が、末期だって聞いたの」

夫は腕を組んだまま、何も言わなかった。

「だから…仕方なく行ったの。おじい様に、大きなお腹だけでも見せたいって言われて」

「はあ? 何それ」

「あれ、言ってなかったっけ? おじい様が末期がんなのよ」

「…いや、ありえないよ」

「どういうこと?」

「じいちゃんは、沖縄に引っ越したから」

私は固まった。

「…聞いてないんだけど」

「先週、電話あっただろ。『落ち着いたら招待するから』って。忘れてたの?」「…つまり、おじい様は病気じゃないの?」

「末期がんなんて話、聞いたことないよ。何言ってんだよ」

「お母さんが、そう言ったのよ。『おじい様が末期で、出産に間に合わないかもしれない』って」

「ありえない。じいちゃんは元気すぎるくらい元気だよ。むしろ、お前と仲良くするの楽しみにしてたし」

「じゃあ、なんであんな…」

「母さんの嘘だよ。……それに、じいちゃんが沖縄に引っ越したのも、母さんのせいなんだ」

「そうなの?」

「あの2人は、昔から仲が悪かったんだ。母さんがじいちゃんのことを、陰で悪く言ってたから。まあ、俺はいつもじいちゃんの味方だったけど」

私は、信じられない気持ちだった。まさか、そこまでして呼び出そうとしたのか。

「なるほどね…そういうことか」

「ああ」

彼は黙って頷いた。

「…頭からビールをかけられて、黙ってられなかったの。お腹が張ってきたから、ソファで5分だけ休んでただけで、怒られたの」

「母さんが、ビールを?」

「『サボってたからお仕置き』だって。妊婦に、よくあんなことできたなって思った」

夫は、握りしめた拳を、膝の上で開いたり閉じたりしていた。

「…すまない」

「あなたのせいじゃない」

「母は、間違ってる」

彼がそう言ったとき、LINEの着信音が鳴った。私のスマホに、義母からだ。

見ると、既読がついた瞬間にメッセージが消されている。

「…送信取り消ししてる」

「何て送ってきたんだ?」

「分かんない。すぐ消したから」

「母さん、昔からそういうところあるんだよ。やっておいて、後から『そんなつもりじゃなかった』って」

「…今日も言ってた。『つまづいてビールをかけたって説明した』って。でも、周りの人が『ごめんなさい』って謝ってたから」

「本気でバレてないと思ってるんだな」

「みっともないよ。そんなの」

夫はため息をついた。

「…もう、母のことは無視していいよ。俺からも言っておく」

「そのつもりよ。もう、私からは何も連絡しないから」

「ああ」

沈黙が落ちた。外では、夜の虫の声が聞こえている。私のお腹を、赤ちゃんが軽く蹴った。

「…ねえ」

「うん?」

「お腹、蹴ってる」

「本当だ」

彼は慎重に手を伸ばして、お腹の上に置いた。しばらくすると、また軽く動いた。

「…楽しみだな」

「うん」

「おじいちゃんにも、会いに行こう。沖縄まで、行こうか」

「…うん。行きたい」

「今度は、俺も一緒に行くから」

彼の手が、そっと指を絡めてきた。私はその手を握り返した。

その夜、妊娠してから初めて、義母のことで眠れない夜はなかった。

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