28年ぶりに電話が鳴った。画面に映った名前を見て、心臓が跳ねた。リナ、私の従姉。そして、私の夫を奪った女。「手を貸してほしいって、28年ぶりに連絡してきて、それ?」私はスマホを握りしめ、声を震わせた。リナは飄々と「あら、久しぶりね。元気にしてた?」と笑う。あの日、離婚届を突きつけられ、泣き崩れた私を、この女は知っているはずなのに。「昔のこと?もういいでしょ、28年も経つのよ」その一言が、私の…

28年ぶりに電話が鳴った。画面に映った名前を見て、心臓が跳ねた。リナ、私の従姉。そして、私の夫を奪った女。「手を貸してほしいって、28年ぶりに連絡してきて、それ?」私はスマホを握りしめ、声を震わせた。リナは飄々と「あら、久しぶりね。元気にしてた?」と笑う。あの日、離婚届を突きつけられ、泣き崩れた私を、この女は知っているはずなのに。「昔のこと?もういいでしょ、28年も経つのよ」その一言が、私の...

「手を貸してほしいって、28年ぶりに連絡してきて、それ?」

私はスマホの画面を見つめたまま、声の主を睨みつけた。相手は私の従姉、リナ。28年前に私の夫を奪った女だ。

「あら、久しぶりね。元気にしてた?」

リナは、こちらが連絡を無視していたこともお構いなしに、飄々とした口調で言った。

「何の用よ。あんたから連絡してくるなんて、何かあったんでしょ。まさか、あの時のこと、まだ謝ろうとか言うんじゃないでしょうね」

「あら、昔のこと?もういいでしょ、あれから28年も経つのよ。根に持ちすぎよ」

「よく言うわよ。あんた、私から夫を奪っておいて、よくも平気な顔でいられるわね」

「まあまあ、そう怒らないで。今日はね、お祝い事を伝えに来たのよ」

リナはにこにこと笑いながら言った。

「お祝い事?あんたに何かあったの?」

「うちの息子がね、この春からメガバンクに勤めるのよ。すごいでしょ?お姉ちゃんも、自分がバリキャリで調子に乗ってるって聞いたけど、うちの子の方がきっと上にいくわよ」

「はあ?何言ってるの?うちの息子だって、もう内定もらってるわよ。それに、あんたのところの息子さんって、年齢的に新卒でしょ。うちの子はとっくに働いてるわ」

「そうなの?それなら話が早いわ。お姉ちゃん、銀行で働いてるんでしょ?だったら、うちの息子の出世の手伝いをしてくれてもいいでしょ?親戚なんだし」

「はあ?何言ってるの?うちの息子の上司になるかもしれない人に、あんたからそんな話が来るなんて、おかしいでしょ」

「いいからいいから。お姉ちゃん、うちの息子のために一肌脱いでよ。ついでに、あんたのところの息子さんにも伝えておいてよ。うちの息子が世話になるかもしれないからってね」

「あんた、何様のつもりよ。私はあんたに頼まれる筋合いなんてないわ。それに、あんたの息子さんがどこの銀行に勤めるかなんて、私には関係ないことよ」

「お姉ちゃん、冷たいわね。昔は義理のお姉ちゃんだったんだから、少しくらい協力してくれてもいいでしょ?」

「あんたね、28年前に私の夫を奪っておいて、よく平気でそんなことが言えるわね。私はあんたに何があっても知らないわよ」

「まあ、そう言わずに。そうだ、お姉ちゃん、うちの息子がこれからお世話になるかもしれないんだから、名刺交換でもさせてよ」

「…あんた、私が銀行で働いてるって、どうして知ってるの?」

「風の噂よ。さっきも言ったでしょ、バリキャリで調子に乗ってるってね。でも、低学歴のあんたが、よくそんな偉い立場になれたわね。もしかして、コネでもあったの?」

「…あんた、今なんて言った?低学歴ですって?よくもぬけぬけと言えるわね。私はね、ちゃんと実力でこの立場になったのよ。あんたみたいに、人を蹴落として夫を奪うような真似はしてないわ」

「あら、図星?まあいいわ。とにかく、うちの息子の出世の手伝いをしてくれるってことで、よろしくね。あ、そうだ。明日、息子を本社に行かせるから、よろしく」

「ちょっと待ちなさい!私は手伝うなんて一言も言ってないわよ!」

「あら、そうだったかしら?じゃあ、あとはよろしくね。お姉ちゃんの息子さんにも、よろしく伝えておいて」

リナはそう言うと、電話を一方的に切ってしまった。

翌日。
「ちょっと、ショ太!起きてるの!?」

私は、息子の部屋のドアをノックした。

「う~ん、何?母さん…まだ寝てるんだけど…」

「いいから、起きなさい!今日は本社に行くんでしょ?」

「は?何言ってるの?母さん、何言ってるか分かってる?」

「おばさんが、あんたのことを本社に呼んでくれたのよ!ほら、早く行く準備しなさい!遅刻なんて許さないわよ!」

「ちょっと、待ってよ!僕、そんな話、聞いてないよ?第一、本社に呼ばれるなんて、メールも来てないし…。変なことしたら、かえって印象悪くなるよ」

「いいから、あんたは行きなさい!おばさんが、ちゃんと話をつけてくれてるんだから!」

「でも、本当に何の連絡もないのに、いきなり本社に行くなんて、迷惑なんじゃないの?」

「うるさいわね!おばさんが待ってるって言ってるの!行きなさい!」

私は息子を無理やり説得して、本社に向かわせた。

それから数時間後。

「ちょっと、ショ太!どうだった!?」

私は、興奮して帰ってきた息子に、勢いよく尋ねた。

「母さん…あのさ…。おばさんって、まさか…」

「何よ、もったいぶらないで。ちゃんと話したんでしょ?」

「話したっていうか…。おばさんがさ、自分が『遠取り』だって言ったんだよ」

「はあ?遠取り?あのおばさんが?何言ってるのよ、そんなわけないでしょ。あのリナが?ありえないわよ、そんなの」

「でも、本当っぽいんだよ。名刺ももらったし…。そこに『遠取り』って書いてあった。それに、おばさん、『私は銀行の遠取りよ』って堂々と言ってた」

「…本当なの?」

「ああ、どうやら本当みたいだ。おばさん、びっくりするくらい仕事ができる人みたいだし、僕の上司になる人たちも、みんなおばさんのことをすごく信頼してた」

「…そう…。あのリナが…。まさか…。私が離婚して、途方に暮れてた時に、真逆の道を歩んでたってわけ?ふふ…笑っちゃうわね。まったく…」

「母さん…。それで、さ…。おばさんが言ってたんだけど、母さんが働いてる銀行の話とか…。あと、おばさんの出世を手伝ってほしいって…」

「何言ってるの?あんた、まさか、あのおばさんの肩を持つ気?あんたにだって、私の気持ちが分かるでしょ?あの女に、何をされても知らないわよ!」

「そうじゃなくて!おばさんがさ、『あなたの母さんにも、銀行の仕事を紹介してもらったんだ』って言ってたんだよ。『お母さんは、若い頃、本当に仕事ができたからね。今思えば、あの人を離婚させたのは、もったいないことをしたわって、おばさんは言ってたよ』」

「…はあ?」

私は、息子の言葉を聞いて、絶句してしまった。

リナが…。私のことを…。あのリナが?

「確かに…。昔、銀行で働いてた時、仕事が面白いと思えた時期があったわね…。結婚して仕事を辞めるまでは、そこそこ結果も出してた…かもしれない…」

「だろう?おばさんが言うには、『母さんは大したもんだった。あの能力なら、遠取りくらいになってもおかしくなかった』って言ってたよ。それに…。」

「それに、なに?」

「おばさん、『お母さんに謝りたいってずっと思ってたんだ』って言ってた。28年前のことを…。『あの時は若かったし、お父さんに惚れてしまってどうしようもなかったけど、お母さんを傷つけてしまったのは事実だから』って…」

「…ふん。あの女が…。今さら謝るって…。あんた、いくら何でも、そんな話、信じるの?」

「信じるも何も、本当の話だって!おばさん、すごく後悔してるように見えたよ。それに、おばさんが言うには、『お母さんの力がなければ、私も今の地位にはいられなかった』って。『お母さんに、うちの銀行の仕事を紹介したのは、私が一番仕事のできる人を知ってたからよ』って。『お母さんは、私が知ってる中で、一番仕事のできる人だったから』ってさ」

「…あの女が…。あんなこと言ったの?」

「ああ。それで、だ。もし、母さんが良ければ、なんだけど…。おばさん、『お母さんに、もう一度だけ、うちの銀行で働いてもらえないか』って言ってた。『特別顧問として、来てもらえないか』って」

「…特別顧問?私が?」

「ああ。お給料も悪くないと思うよ。おばさん、『お母さんのためにも、銀行のためにもなる』って言ってた。…それで、どうする?」

私は、窓の外を見つめた。28年前のあの日を思い出していた。離婚届を突きつけられて、何も言えずに泣き崩れたこと。リナと元夫の結婚式のニュースを見て、悔しくて悔しくてたまらなかったこと。あの時は、本当に何もかもが嫌になって、消えてしまいたいと思った。

「…ふん。あの女に、ここで頼られてる場合じゃないわね」

「母さん?」

「…でもな。あの女が、そこまで言うなら。たまには昔を思い出してみるのも悪くないわね。働ける場所があるって、感謝しなきゃいけないのかもな」

「じゃあ、受けてくれるの?」

「…まだ決めたわけじゃないわよ。ただ、あの女がどんな顔で言ってるのか、ちょっと聞いてみたいとは思うけどね」

私は、スマホを手に取ると、ゆっくりとリナの番号を押した。コール音が数回鳴った後、相手が出た。

「もしもし?あら、珍しいわね。どうしたの?」

「…リナ。あんた、息子に何言ったのよ。あんた、まさか、本気であんなこと言ったの?」

「あら、やっぱり本人から聞いたのね。そうよ、全部本当よ。あなたには、まだまだやってもらわなきゃいけないことがあるからね。それとも、私の言ったことが気に入らなかった?」

「ふん。あんた、私のこと、『一番仕事のできる人』だと思ってるの?本当にそう思ってるの?」

「ええ、そうよ。あの時、あなたが銀行で辞めなければ、きっと今ごろは私の上司になってたかもしれないものね。だから、今からでも遅くない。うちの銀行で、働いてみない?」

「…あんた、よく平気でそんなこと言えるわね。私を不幸にした張本人のくせに」

「不幸になんてしてないわ。あなたは、あの人と結婚しなければ、もっと自由でいられたかもしれない。でも、その代わりに、あなたはずっとあの人のことを想い続けてたでしょ?それって、幸せなことなのかしら?」

「…うるさいわね。余計なお世話よ」

「そう言わずに。あなたには、才能があるのよ。それを自分で捨ててしまうなんて、もったいないわ。私のことが気に食わないなら、せめて自分のために働いてみればいいでしょ。どうする?」

私は、電話の向こうのリナの声を聞きながら、28年前の自分の姿を思い出していた。夫に『リナの方が好きだ』と言われた日。何もかもが終わったと思った。でも、今の自分は、こうして息子も育て上げ、何とかやってこれた。それは、失ったものの大きさを思えば、決して悪い人生ではなかったのかもしれない。

「…しょうがないわね。あんたがそこまで言うなら。ただし、条件があるわ」

「何かしら?」

「最初の一年で成果を出せるかどうか、見せてやりなさいって言いたいのよ。私が役に立たないと思ったら、いつでもクビにしていいわ。その代わり、私が期待以上に働いたら、あなたの地位を私に譲ってもらうわよ。覚悟しなさい」

「ふふ…。相変わらず、強気ね。分かったわ。その条件、飲んであげる。ただし、簡単にやらせはしないわよ。期待してるわ、お姉ちゃん」

「…その呼び方はやめてくれない?鳥肌が立つから」

「あら、昔はお義姉さまって呼んでたのに、おかしいわね。まあ、いいわ。それじゃあ、明日からよろしくね。詳細は、後でメールしておくから」

「…ええ。よろしく頼むわよ。ところで、一つ確認させてもらうけど…。」

「何かしら?」

「…あんた、あの男と、まだ一緒にいるの?」

「あら、今さらそんなこと聞くの?…ええ、一応ね。家庭は色々あるけど、それなりにやってるわよ。…あなた、まさか、まだ気にしてるの?」

「…別に気にしてなんかないわよ。ただ、たまにはあの男の愚痴でも聞こうと思ってね。だって、これから同僚になるんだから、どんな人間か知っておくのも悪くないでしょ?」

「…あはは、やっぱり面白いわね、あなたは。分かったわ、今度、ゆっくり聞かせてあげる。とにかく、明日は遅刻しないでよ、特別顧問さん」

「…はいはい。そっちこそ、私が行ったら、ちゃんとお茶くらい出しなさいよ。下っ端の頃に、さんざん言いくるめられたお礼よ」

「ええ、お安い御用よ。お待ちしてますわ、お姉さま」

電話を切った後、私は深く息を吐いた。まさか、28年ぶりにリナと仕事をする日が来るなんて。しかも、相手は私の元夫を奪った女。自分の気持ちが、まったく整理できていなかった。

「母さん…。本当に行くの?」

不安そうな顔の息子に、私は苦笑いを返した。

「ああ。あの女に、『やっぱり無理でした』なんて思われたら、死んでも死に切れないからね。それに、チョーシに乗ってるあの女の鼻を、一度へし折ってみたくなったんだ。昔を思い出してな」

「…母さん、変わったな。前の母さんだったら、絶対に引き受けなかったと思うけど」

「そうかもね。でも、俺も子育てが一段落して、やっと自分のことを考える時間ができたのかもしれないわ。何だかんだ言って、働けるっていうのは幸せなことなのかもな」

そう言って、私は息子に笑いかけた。28年分のわだかまりが、完全に消えたわけじゃない。でも、リナという女と、もう一度向き合ってみるのも悪くないと思えた。あの日、失ったものを、もう一度取り戻すために。

翌朝、私は以前のように、銀行の仕事着に身を包んだ。鏡に映る自分を見て、思わず顔がほころぶ。まだまだ、私の人生は終わってない。

「行ってきます」

私は、新しい仕事場へと足を踏み出した。長い長い空白の時間を埋めるように、ゆっくりと、しかし確かに、一歩を踏み出した。

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