「私の娘の結婚式を欠席するですって。お母さん、行きたかったんですが、申し訳ありません」——電話の向こうで義母の声が一段と鋭くなった。「嫁の分際でどういう神経してるの?」その日は予定帝王切開の日。双子で一人が逆子だから、どうしても動かせない。なのに義母は「何が何でも下から産まないとダメ」と譲らない。私は静かに言い返した。「帝王切開の方が痛いらしいですよ」義母は鼻で笑った。「産む時に痛くなきゃ意…

「私の娘の結婚式を欠席するですって。お母さん、行きたかったんですが、申し訳ありません」——電話の向こうで義母の声が一段と鋭くなった。「嫁の分際でどういう神経してるの?」その日は予定帝王切開の日。双子で一人が逆子だから、どうしても動かせない。なのに義母は「何が何でも下から産まないとダメ」と譲らない。私は静かに言い返した。「帝王切開の方が痛いらしいですよ」義母は鼻で笑った。「産む時に痛くなきゃ意...

「私の娘の結婚式を欠席するですって。お母さん、行きたかったんですが、申し訳ありません」

私がそう言うと、電話の向こうで義母の声が一段と鋭くなった。

「嫁の分際でどういう神経してるの? あんたが来ないことで親戚がスカスカになるのよ」

「何をそんなにお怒りなんでしょう?」

「出産日とかぶったから娘の式を欠席するんですって?」

「はい。その日は予定帝王切開の日なので」

「なんで自然分娩じゃないのよ。あの陣痛に耐えてこそ母親になれるってものでしょ」

「双子で、しかも一人が逆子なので、仕方ないんです」

「何が何でも下から産まないとダメ。だったらお医者さんに行ってくださいよ」

「本当に不器用な嫁ね。私だって下から産めるなら、そうしたいですよ」

「式を欠席するわ。勝手に腹を切るわ。ありえないわ。土下座で謝罪させるから覚悟しなさい」

「なぜ私が謝らないといけないのでしょうか?」

「非常識なことばかりしてるからよ。日にちをずらせないの?」

「私だってわざわざ式の日にぶつけたりしませんよ。ただ予定日的にもその日しかなかったんです」

「最近の子はダメね。私の時代はそんな甘い許されなかったわよ」

「確かに下から産むって大変なことよ。逃げたくなる気持ちも分かるわ」

「あの、逃げとかじゃなくてですね」

「私もね、誠人を産んだけど、そりゃもう痛かったわ。でもその痛みは私が頑張った証。誇らしかった。だからね、ほのかさんも下から産むべきよ」

「ごめんなさい、帝王切開の方が痛いらしいですよ」

「産む時に痛くなきゃ意味ないでしょ。全く。そんなんでちゃんと母親が勤まるのかしら」

「下から産んでも鼻から産んでも、ちゃんと育てますから」

「私なんてね。誠人が高校卒業する前に夫に病気で先立たれて、それ以来女手一つで育ててきたのよ。それに比べてあなたは楽ばっかり」

「子育ても誠に頼るつもりじゃないでしょうね」

「二人の子供なので、当然協力して育児しますよ」

「ダメダメ。育児は女の仕事よ。結婚式などの親族の付き合いに顔を出すのも、嫁としての大事な勤めなのに、それを放棄するのは許さないわ」

「そこまでおっしゃるなら、式には父が代わりに行きますので、それでいいですか?」

「なんで父親が関係あるのよ。招待もしてないのに」

「一応、親族になりますから」

「じゃあ、父親に土下座させるわ」

「父が何を謝る必要があるんですか?」

「まあ、親子揃って謝罪しないって言うの?」

「出席できないのは申し訳ないと思ってますが、わざとではないし、土下座させられることでもありません」

「親が親なら子も子だわ。普通は出席するよう説得するのが父親の役目なのに。ダメな親ね。だから娘にも常識がないのよ」

「父はちゃんと人として大事なことは教えてくれました」

「教えてないから今こうなってんでしょ。親とは何たるかを、私があなたの父親に教えてあげる。式で会えるのを楽しみにしてるわって伝えておきなさい」

電話が切れた。私はしばらくその場に立ち尽くして、ため息をついた。言いたいことは全部言った。もういい。後は父に任せよう。

五分後、リビングにいた夫の誠人が、スマホを片手に私を見た。

「お父さんが代わりに出席って、本当か?」

「うん。私の隣に座るんだろうね」

「マジで冗談じゃないんだけど」

「その日しか産めないんだから仕方ないじゃん。それに、親族席に穴を開けるなって怒ったのは、あなたのお母さんだからね」

「だからって、普通お父さんを呼ぶか? 非常識だろ」

「そうかな。この上ない適任者だと思うけど」

「ふざけんなよ。俺がお前の分の飯も食おうと思ってたのに」

「家だけじゃなく、人の結婚式でも食い尽くすのやめてよ」

「俺は常に腹が減ってんだよ」

「私もあなたにも欠席して、出産に立ち会って欲しかった」

「それはそれで気まずいから嫌だよ」

「気まずいって、そんな言い方ないでしょ。自分の子供が生まれるんだよ」

「そうだけどさ、俺は苦手なんだよね」

「だったら待合室で待ってもいいよ」

「そしたら、せっかくのフレンチが食えねえだろうが」

「妻の私の出産より、ご飯の方が大事なんだ」

「そういうわけじゃないけど、妹に頼んで俺だけ大盛りにしてもらったから、行かないと悪いだろう」

「人の式でそんなことお願いしたの? もうやめてよ」

「いやあ、でもな、そしたらお父さんと一緒なのか。それだとせっかくのうまい飯も味がしなさそうだしな。あ、病院の飯を食うって手もあるな。ほのかが通ってる病院の病院食、豪華でうまいって有名だし」

「それは私のご飯なんだけど」

「でもさ、ほのかって食が細いじゃん」

「細いんじゃないの。いつもあなたが私の分まで食べるから、食べるものがないだけ」

「でも、もし残したらもったいないじゃん」

「病院食の心配なんてしなくていい。付き添いも私の母に頼むから」

「あ、そっちも他の親が来るのかよ。どっちも行きづらいなあ」

「結婚式で豪華な料理を食べて、ご機嫌になってればいいわ」

「やっぱりそう思うよな。それしかないよな」

「もう好きにして。口を開けば食べ物のことばっかり」

「退院したら、ほのかの作った飯をたらふく食わせてくれよ」

「何、私のことを何だと思ってるのよ」

私は呆れて頭を振った。呆れるというより、笑うしかなかった。この人と結婚した時から分かっていたことだ。食べ物に目がない人だけど、二人の子供を喜んでくれる人だと。

翌日、式当日。病院の個室のベッドの上で、私はスマホの画面を眺めていた。父から送られてくる写真を見るためだ。会場のライト、テーブルの装花、来賓の挨拶。どれも見覚えのある光景でありながら、どこか他人事のように感じる。

「意外と落ち着いてるのね」

隣で付き添いの母が、私の顔をのぞき込んだ。

「正直、まだ実感はないかな。お腹の子供たちも、今日はぐっと動かないみたい」

「親の心子知らず、ね」

「それにしても、まさかお父さんが私の代わりに出席するとは思わなかった」

「お前がそう決めたんだろう」

「うん。お義母さんには悪いけど、自分の命と子供の命がかかってるんだもの。譲れなかった」

写真が何枚か進む。すると、1枚の写真で私は指を止めた。テーブルのメニュー表の隣に、何やら無造作に積まれた料理の皿が写っている。明らかに一人分ではない量だ。

「ちょっと、これ」

「ああ、誠さんのやつでしょ。さっきからトイレに行くたびにこっそり食べてるらしいよ」

「あの馬鹿……。お義母さん、気づかないのかな」

「気づいてるよ。でも、あの人の夫だし、注意しても聞かないって分かってるんだろうね」

私はため息をついて、次の写真を見た。すると、そこには花束を抱えた誠人が写っていた。カメラに向かって、満面の笑みでピースをしている。

「まあ、元気そうで何よりだわ」

「あれでちゃんと、結婚式の後は病院に飛んでくるって言ってたよ」

「それは楽しみにしてる」

ふと、心のどこかで、あの日話し合ったことが思い出された。義母が言っていたこと。お金の問題、出産の仕方、親族付き合い。どれも正しいようで、どれも少しずつ歪んでいた。だけど、今はそれを論じる気にもならなかった。大事なのは、無事に子供を産むこと。自分の家族を守ること。

「ねえ、お母さん」

「なに?」

「お義母さんね、私のドレス姿を写真で見せたいだけ送ればいいって言ってたの。でも、やっぱりいいや。直接見せる日が来るから」

「そうね。無理に合わせることないわ」

しばらくして、母が小声で言った。

「そういえば、お義母さんからLINE来てたけど、見る?」

「……何て?」

「『式、最高だったわ。お前の分まで誠が食べてたわよ』って」

私はしばらく沈黙した。それから、静かに笑った。

「本当に、この家族は……」

「それと、これ。あなた宛に預かったんだけど」

そう言って差し出されたのは、薄い祝儀袋だった。表には何も書かれていない。開けてみると、中には一万円札が十枚。クリップで留めてある。

「まさか、十万以下じゃないよねって、私が言ったじゃない」

「え? あれ、ほんとに受け取るつもりだったの?」

「お祝いなんだから、もらえるもんはもらうよ。子供の産着でも買う。あ、でもこれ、お父さんが『式のビデオを見せたお礼』って言ってくれたよ」

「はあ……。もう、好きにして」

祝儀袋を枕元に置いて、私は天井を見上げた。お腹の中で、双子がくくっと動いた。明日には、この子たちに会える。

その夜、病院の窓の外では、派手な打ち上げ花火が上がっていた。式の会場から見えた小さな光。今日はもう一日、私はただ静かに、夫と父が笑顔で過ごしていることを願うだけだった。産まれる前の静けさに、私は目を閉じた。心のどこかで、この静けさが終わった後の騒々しさを、もうすでに愛おしく思っていたからだ。

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