普通の木曜日の夕方、リビングでテレビを見ていたら、夫が突然「お前とは離婚するわ」って言ってきたの。しかも次の瞬間には「離婚しても、うちの親の介護だけはちゃんと続けてくれ」って。十五年、ワンオペで義理の両親の介護をしてきた私に向かって、これってどういうこと?…

普通の木曜日の夕方、リビングでテレビを見ていたら、夫が突然「お前とは離婚するわ」って言ってきたの。しかも次の瞬間には「離婚しても、うちの親の介護だけはちゃんと続けてくれ」って。十五年、ワンオペで義理の両親の介護をしてきた私に向かって、これってどういうこと?...

水希ちゃん、ちょっといい? 昨日、うちに来てたでしょ?

ええ、行きましたけど。旦那の実家に行って何か悪いんですか?

そうじゃないんだけど……あの時、私の腕時計を見なかった?

腕時計? 知らないですよ。

本当に?

ちょっと待ってくださいよ。まさか私を疑ってるんですか?

疑ってるというか……これが初めてじゃないし。

信じてくださいよ。本当に何も知らないんですから。

そうは言うけど……

ひどいですよ。何かあったらすぐ私のせいにする。私が一体何をしたって言うんですか?

……ごめん。

どうしてそうやって、自分は悪くないみたいな顔ができるんですか? だって私は何もしてないもん。

私のネックレスに、お母さんの指輪。うちの娘の服だって盗んだことあるでしょ。忘れたの?

それは去年までの話ですよね。一年経ったんだから、もう時効でしょ。

あ、そういう感じ。盗んだ盗まないを年度ごとに計算するの? どこの国のルール?

私のルールです。とにかく腕時計については何も知らないんで、何でもかんでも疑うのやめてください。

でも、お母さんが見たって言ってたよ。

え? お母さん、ベッドで寝たきりなのに?

私の腕時計、お母さんのベッドの近くに置いてあったからね。

……なんだ。てっきり寝てると思ってたのに。ようやく認めるのね。

はいはい。そうですよ。私が盗みました。

はあ?

ねえ、これ立派な窃盗よ。謝って済む話じゃないでしょ。

いいじゃないですか。私たち家族なんだし。

家族でも盗みは窃盗です。

そんなカリカリしないでくださいよ。今度、ババ抜きでもしましょうか。

……なんでババ抜き?

頭を使えば、多少は認知症対策になると思って。あ、でも千鶴さんは無理でしたね。

無理って、何が?

だってババ抜きなんでしょ? ババと一緒は無理でしょ。

なるほどね。反省してないってことね。

さあ、反省してますよ。

あのね、それが反省してる態度?

反省してるって言ってるじゃないですか。それに、幸介さんはいいって言ってましたよ。

幸介が? あの人なら、確かにいいそうね。

でしょ。うちにあるものは何でも持っていっていいって。だから、これは窃盗じゃありません。

いや、それはおかしいでしょう。そもそも千鶴さんは幸介さんの嫁ですよね。

そうですけど。

つまり、幸介さんの実家に同居してるだけの養子でしょ。養子が家主の幸介さんの決定に文句をつけるのはおかしいですよ。

それで言うなら、家主はお母さんたちでしょ。

あんなネタ切れのじいさんばあさんに家主は無理でしょ。

家主の意味、分かってる? 家の所有者、権利者のことよ。ネタ切れでも家主は家主。

はいはい。まあ、私に文句を言う前に、幸介さんに話を通してください。分かりましたね?

その日の夜。

幸介、水希ちゃんをなんとかしてよ。

ああ。また何かあったのか。

なんか、のレベルじゃないから。私の腕時計を勝手に持って帰ってたの。

なんだ、そんなことか。いつものことだろう。

いつものことだから困ってるんでしょ。言っとくけど、甘やかしてる幸介にも責任あるからね。

あ、そうは言うけどな。お前の態度も悪いんじゃないか?

私の態度?

若い子でも、一応はお前の義理の姉だろ。兄嫁相手に、少し失礼が過ぎるんじゃないか?

失礼? 物を盗まれて、それを追求することが?

喋り方だってそうだろう。もうちょっと敬うくらいはしろよ。

義理の姉って言っても、一回り以上年下なんですけど。

なんだったら、娘のほうが年齢が近いし。

それはまあ……確かに。

とはいえ、その辺のクレームは兄貴にしてくれ。五十歳のくせに三十二歳の嫁とか。ああ、羨ましいこった。

今、羨ましいって言った?

お前よりは若い嫁のほうがいいからな。それを思えば、水希のやることなんて可愛いもんだろう。

だから、そうやって甘やかすからダメなんでしょ。お兄さんにしたって、出張で家を開けることが多いからって、水希ちゃんを一切怒らないし。

兄貴なりに、嫁に責任を感じてるんだろ。

勝手に感じてればいいけどね。そのツケがこっちに来てるのよ。

言っても、お前はうちの両親の介護をしてるだけじゃん。水希ちゃんの義姉として、世話してやれよ。

介護だけで手いっぱいです。この上、三十二歳児の世話なんてできるか。

ああ、うるさいなあ。

うるさいって言った? 誰のせいで私がうるさくなってると思ってるの?

まあ、ちょうどいいタイミングか。

……何の話?

お前とは離婚するわ。

は?

年取ったおばさんと暮らすのはきついと思ってたしな。いい機会だ。離婚で。

おい、同い年。私が年取ったおばさんなら、あんたも年取ったおじさんなの、分かってます?

男はいいんだよ。男はむしろ年を取ったほうがダンディズムが漂うから。

だったら女もいいでしょ。年を取ったほうがマダミズムが漂うわよ。

なんだ、マダミズムって。

というか……あまりにもあっさり言われるから、流すところだった。離婚って、本気?

本気も本気。実のところ、ちょっと前から考えてたんだよ。俺もお前もいい年だし。もういいだろ。

もういいって、何よ? というか、私抜きでお母さんたちの介護はどうするの? 十五年も、私一人でやってきたのに。

それはお前、そのまま継続だろう。

は?

離婚しても、親の介護だけはちゃんと続けてくれ。頼むぞ。

するわけないでしょ。

ああ、お前はするだろ。

なんで、そう言いきれるの?

だってお前は義理だからな。うちの親のこと、気に入ってるんだろ。なあ。お母さんたちは優しいし。十五年も仲良くやってきた相手を、いまさら見捨てられるか?

……それは、そうかもしれないけど。

そういうことだ。悪いけど、今日から俺は別の場所に住むから。離婚届は送るから、サインだけよろしく。じゃあ、そういうことで。

翌日。

千鶴さん、聞きましたよ。幸介さんに離婚届を突きつけられたって。

待って。今、落ち込んでるから、その話やめて。

いや、でも……でもでもでも。

「でも」を減らしたくもないけど。落ち込んでるって言ってるでしょ。

なんで逆ギレなんですか。

というか、これって私が悪いの?

何がですか?

いや、離婚のこと。

それはあれでしょう。千鶴さんがおばさんだから、じゃないですか?

そう、そこよ。

え、どこ?

あいつと私は同い年。つまり、私がおばさんなら、あいつもおじいさん。

それはまあ……。

なのに、何よ、偉そうに。こっちはさあ、優しさを見せて言わなかったけど、あいつ、最近はげてきたの、気にしてるのよ。毎日鏡と格闘してんの。

それは……いろいろあるんですよ。

なら、こっちにもいろいろあるのは分かるだろう。普通、離婚する気とはいえ、自分の嫁に向かって「年取ったおばさん」なんて言う? こっちは気を使って、見て見ぬふりをしてあげてたのに。私のことじゃなくて、毛の心配をしてろっての。

あ、はあ。

しかもね。子育てがようやく落ち着いてきたな、ってタイミングで、義両親の介護がスタートしたのよ。

あ、そうなんですね。

そっから十五年よ。十五年ずっと介護してきたの。

ワンオペで、大変ですよね。

そう、大変なのよ。そりゃお母さんとお父さんはいい人たちだよ。みんな優しいし、私のことも気遣ってくれるし。でも、そういうことじゃないでしょ。

分かります。

「仕事が忙しいから、俺は無理」って。うっせえよ。お前の親だろ。お前もやれよ。

え、ブチギレじゃないですか。

それでもね。お母さんたちは好きだし、幸介も仕事が大変なんだろうなって、一生懸命やってきたわけよ。

あ、はい。

その結果がこれ? 舐めてんのか? 何様? 旦那様?

……ってか、やかましいわ。

ひとりツッコミ。

……すっきりした。ありがとう。

ああ、いえ。

何よ。

切り替え早すぎで、もはや怖いんですけど。

用がないなら、もういい。

良くないでしょ。

そう。じゃあ、用があるなら、早くして。

じゃ、じゃあ、気を取り直して。千鶴さんって、今、四十八歳ですよね。それが、その年で旦那に捨てられるとか、やばくないですか?

やばいわね。

え。あ、実はあるんですか?

なかったら、こんなに切れてないでしょ。

それは……うん。まあ、用事ってこれだけ?

いや、幸介さんと離婚したってことは、もう本気でただの養子ですよね。じゃあ、私に文句を言う資格、なくないですか?

そうね。

「そうね」って……え、それだけ?

うん。それだけ。

え、なんか思ってたのと違う。

というか、あいつとの離婚届は、今日、速攻で出してきたし。

え、そうなんですか?

うん。腹が立ったから。

そうですか。

ああ、お母さんたちの介護はちゃんとやるから、そこは安心してね。

あ、はい。

他にないなら、失礼するわね。

……じゃあ。

三週間後。

いやあ、マジでお前って、都合のいい女だよな。

は? 突然、何だって。

そうだろう。離婚したのに、親の介護までやってくれて、助かるわ。

まあね。私は、親の介護を元嫁にぶん投げる人と違って、人間ができてるので。

嫌味かよ。

嫌味だよ。

はいはい。

まあ、これからもその調子で頼むな。

というかさ。あんた、今、どこに住んでるの?

はあ。なんで、離婚した他人に教えないといけないんだよ。

なら、なんで離婚した他人の親を介護してんの? 私。

それはお前の勝手だろう。嫌なら、うちの親を放置して出て行けばいいだろ。

いいけど。そうなったら、母さんと父さんはどうなるんだろうな。ネタ切れなのに、誰にも世話されないとか。

そうだな。

いや、お前が介護しろよ。俺は、ほら、仕事が忙しいし。相変わらずゴミだな、お前。

住所は早く送ってよ。

だから、なんで教えないといけないんだよ。

あ、そう。じゃあ、あんたの荷物は処分するけど、いいわね。

は?

住所を教えたくないんでしょ。

それはそうだけど、なんで処分? そこは俺の実家だぞ。

いや、だってもうこの家、なくなるし。

は? なんだって?

だから、この家はもうなくなるから。

いやいやいや。なんで?

売ったの。お母さんが。

母さんが?

来週には出ていかないといけないから、荷物をまとめてるのよ。で、仕方ないから、あんたの荷物を送ってやろうかなって思ってたけど、住所を教えてくれないなら、無理じゃん。

いや、そういう問題じゃないだろう。どういうことだよ。俺、何も聞いてないぞ。

今、言いました。

そんな急な……というか、なんで売るんだよ。母さんたちはどうするんだ?

お母さんたちは、実家を売ったお金で介護施設に入るって。

はあ。

ちょっと前から、そういう話は出てたのよ。

俺に何の相談もなく?

だって、お母さんたちが「あんたはどうせ興味ないでしょ」って。それはそうかもだけど。あと、「介護を頑張ってくれてるあんたが知ってれば十分」って言ってたわよ。

……なあ。

いろいろと大変だったんだからね。「海が見える場所がいいよね」「え、でも私も通いたい」「じゃあ、ここなんていいんじゃない」みたいな感じで、頑張って探したんだから。

いや、なんだ、その新婚みたいなやり取り。

私とお母さんの実際の会話だけど、何か?

というか……

まあ、そういうわけで、来週には施設の入居だから。それまでに荷物を取りに来てね。来ないなら、そのまま処分するから。よろしく。

数日後。

なんだこれ? 百五十七万五千円の請求書? どういうことだよ。

いや、お母さんたち二人の介護費用だけど。しっかりと請求の内訳も、詳細に書かれてるでしょ。

書かれてるけど、そういうことじゃなくて。なんで俺の荷物にこんなもんが入ってんだ、ってこと。

そりゃ、あんたが依頼人だからでしょ。

依頼? 俺は自分で言ったじゃないか。「離婚後もお母さんたちの介護を頼む」って。

え? 何? 嫁でもない他人を、ただ働きさせる気だったの? 労働基準法って知ってる? 捕まるよ。

いや、それは……私はお母さんたちの家に住み込みだったから。

時給は、介護施設職員の平均二千円。それを三十日間、休みなしのワンオペ。夜勤時給は労働基準法に基づいて二十五パーセント上乗せね。それで深夜帯は時給二千五百円。この緊急対応費ってのは、睡眠中でも何かがあるか分からないでしょ。私一人しかいないんだから、その分よ。時間外労働だから、通常時給に加えて千円。この宿泊手当てってのは、そのままの意味。一泊当たり七千円ね。複数人介護手当て。ネタ切れの人を二人、担当してるんだから、当然。介護する際の精神的・肉体的な疲労を考えて、一日五千円で計算してます。

……。

平均の日中勤務が八時間で、夜勤が六時間。諸々の手当てや緊急対応費で、一日五万二千五百円。そう、それが三十日で、百五十七万五千円ってわけ。いやあ、私、頑張った。ちょっと痩せたもん。

知るか。それよりも、こんなのぼったくりだろ。

幸介ならそう言うと思ったけど、残念ながら、その金額は妥当です。

なんで、そんなことが言えるんだよ。

弁護士の方に相談して、出してもらったから。

は?

弁護士だから、間違った部分は一切ないわよ。実際、三十日間、寝てる時間以外は働いたわけだし。なんだったら、睡眠時間も削ってるからね。

俺は払わないぞ。

はあ。困るんですけど。

金が欲しいなら、母さんたちに請求しろ。

あんた、お母さんたちの息子でしょ?

それが何だよ。

介護する親の扶養義務は、あんたにはあるの? 払わない場合は、法的手段に訴えるけど、それでもいいのね。

だあ、もう、くそ。……払えばいいんだろ。払えば。

ありがとうございます。明日にはお母さんたちは施設に入るから、その準備は手伝ってあげるね。それじゃあ、お振り込みお待ちしております。

一週間後。

「夫婦会の皆様。私は夫の幸介と離婚しました。一方的な離婚で、しかも義両親の介護を押しつけられ、その上、兄嫁と不倫までされて。悲しいことですが、私は夫婦会を退会させていただきます」

はあ。なんだこれ?

うん。

幸介、なんでお前が疑問なの?

あ、ごめん、ごめん。誤爆しちゃった。

……てへ。

いい年して、何言ってるんだ。

てへ。あ、誤爆。

ちょっと待て。

はいはい。

お前、このLINE、どこに送る気だったんだ?

書いてあるでしょ。夫婦会だよ。

夫婦会って、あれだよな。うちの会社の……そうそう、奥様方でやってる互助会みたいなやつ。そこに、このLINEを……まさか、まだ送ってないよな。

ごめん。もう送っちゃった。

てへ。

はあ。お前、何やってくれてんの?

そう言うけどさ。私も夫婦会に参加してて、みんなにはお世話になったのよ。

それが何だってんだよ。

で、あんたと離婚した以上、さすがに退会でしょ。なのに事情も言わずに離れるのは、ちょっとね。

バカかよ。お前、マジで奥様連中だぞ。俺の同僚の嫁さんばっかりだぞ。

なんだこれ。お前のせいで、どんな顔して出社すればいいんだよ。

鏡を見てみな。その顔。

というか、この「兄嫁と不倫」って何だよ。適当なこと言ってんじゃねえぞ。

いや、してるじゃん。

してねえよ。

逆に聞くけどさ。あんな露骨な態度で、バレてないと思ってたの? 頭、ハッピーターンかよ。

露骨な態度って、何だ?

「家にあるものは何でも持っていっていいよ」とか。「水希ちゃんは若くて可愛いから、許しちゃうよ」とか。それはお前、外から見てたら、いい年したおっさんが何言ってるんだって感じで、かなりキモかったよ。

言いすぎだろ。

まあそういうわけで、慰謝料を請求するから。

はあ?

かなり近しい間柄で、悪質性が高いってことで、二百万くらいだって、弁護士さんが言ってた。

バカ言ってんなよ。ついこの間、百五十万以上払ったってのに。

というか、証拠は? 証拠、あんのか?

まあ、いろいろあるけど。一番効果的なのは、これから手に入るかな?

これから? 何言ってんだ、お前?

ああ、来た、来た。

は?

……マジ、やば。

どうしたの?

兄貴が帰ってきた。

お兄さんが帰ってきたってことは……あんた、離婚してからずっと水希ちゃんといたってこと?

そんなことは今はどうでもいいんだよ。それよりも、出張中の兄貴が、なんで急に……。

何隠れてんの?

そうだよ。どこに?

ベッドの下。

なるほど。

ちなみにさ。お兄さんが帰ってきたの、私が呼んだから。って言ったら、どう思う?

あ、ベッドの下にいるのか。お兄さんに教えちゃおうかな。

ちょ、やめろよ。絶対にやめろよ。

何それ? 怖い。

違うから! 頼むから、やめてくれ!

なんで?

なんでって……兄嫁と不倫してたのがバレたら、大変だろう。兄貴だって傷つくし、家族がバラバラになっちまうよ。

お母さんたちを捨てて、私を捨てて。もう、あんたの家族は、バラバラだけど。

それは……その。

あと、これからお兄さんとも、バラバラになるね。あんたと水希ちゃんのせいで。

やめてくれよ。マジで、一生のお願い。

私は、義理だからさ。元とはいえ、義理のお兄さんを裏切れないの。

ってわけで、じゃあね。

おい!

そのまま、ベッドの下で反省してください。

二時間後。

あんた、なんてことしてくれてんの?

こっちのセリフですけど。一か月くらい前から、急に現れた元義妹に、なんてことしてくれてんのよ。

は? 私は別に、悪くないでしょ。

他人の旦那と不倫してる時点で、悪いから。

もう、不倫の余波で、兄弟仲まで終了させて……なんだ? サークルクラッシャーか。

だって、両兵とは結婚したばっかりなのに、出張とかで忙しくて、寂しくて。

寂しいから不倫? しかも不倫するにしても、旦那の弟はないでしょ。チャレンジャーなの? ギリギリで生きていたいの?

だって、幸介さんは優しかったし。

幸介の優しさって、完全に下心ありきだったじゃん。

それでも、一人よりは寂しくなかったから。

あんたの寂しさを埋めるために、こっちが寂しいことになったんだけど。

知らないわよ。

ついでに、幸介の頭も寂しくなってるけど。

いや、もっと知らんわ。それよりも、どうしよう。両兵、すごく怒ってる。

不倫されて怒らない人のほうが、珍しいでしょ。

千鶴さんは、怒ってないじゃん。

怒っとるわ。

怒ってるけど……一瞬、回ってんの。逆に冷静になっちゃってんの。いろいろとあったからね。

その割には、私にめちゃくちゃぐちぐち言ってたような。

またマシンガントークをしてあげましょうか。私の口が火を吹くわよ。

ごめんなさい。

謝られるのも、それはそれで癪なんだけどね。

……というか、そんなことはどうでもよくて。それよりも、どうしよう。両兵が離婚して、慰謝料を請求するって。二百万。

妥当でしょ。

そんなの、払えない。

それこそ、知らないわよ。まあ、安心して。私は請求しないから。

え?

幸介に請求したから。

そうそう。別に分けて請求する気もなかったしね。慰謝料は全額、幸介に請求しました。

そうなんだ。……よかった。

その代わり、水希ちゃんには、別で請求がございます。

へ?

腕時計に、ネックレスに、お母さんの指輪に、うちの娘の服。それらの返還を要求します。

あの、ですね……。

何?

あれ? 全部、もう質屋で売っちゃって。

なら、購入時の金額分のお金を払って。

それって、ちなみに……おいくら?

お母さんの指輪が特に高かったからね。確か、合計で百万だったはずよ。

百万……。両兵からの慰謝料を合わせて、三百万。

言っておくけど、逃げられると思わないでね。私、あなたが盗む人だって知ってるから。自宅にあるものは、全部写真に撮るようにしてるの。

何のために?

正確な金額を出すためと、所有していた証拠に。あと、盗まれたことは、その日のうちに記録を取ってる。

じゃあ、これって……積んでる?

払う以外に、選択肢なんて残ってないわよ。

お願いします! 今度こそ反省するから! もう二度としないから! だから、許してください!

私ね、もうあんたの言葉を信じてないの。口先だけの反省なんていらないから。反省は、行動で示してちょうだい。そんな今回ばかりは、あんたのルールじゃなくて、国のルールに従ってもらうわよ。

その後、水希ちゃんとお兄さんは離婚。ベッドの下から出てきた幸介は、その場でお兄さんにしばかれたとか。二人で土下座したものの、結果はご存知の通り。水希ちゃんも幸介も、慰謝料を請求されることとなりました。私からの請求もあって、金銭的なダメージはかなり大きいです。

幸介に至っては、今回の件を知った娘から「金も二度と近づくな、クズ」と冷たく切り捨てられ、膝から崩れ落ちていました。その場面を見た私は、思わず吹き出してしまいました。また、夫婦会から広がった噂によって、職場での立場もさようなら。会社では、はれ物扱いを受けているそうです。

一方の私はといえば、娘夫婦の家の近くで家を借り、一人でのんびりとした日々を送っています。たまに娘夫婦の家にお邪魔してお茶を飲んだり、お母さんたちの入居した介護施設へ行って、お茶を飲んだりしています。お茶を飲んでばっかりじゃねえか、とは思いますが、それもまた、幸せな日々です。

人にしたことは、いいことも悪いことも、いつか自分に帰ってきます。見事に悪いことが帰ってきた二人を反面教師に、私はいいことが帰ってくるように、日々を過ごしたいと思います。

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