「こねちゃん、何度も言ってるけど、うちに勝手に入らないでって言ってるでしょ。」
「あ、かほさん。ヤッホー!」
「ヤッホーじゃないの。」
「てか、勝手に家には入ってないよ。庭で写真撮ってSNSに載せただけ。」
「嘘。庭で撮った写真、載せてたでしょ。」
「庭じゃん。家の中じゃないからセーフ。」
「アウトよ。庭も私有地だから不法侵入になるの。」
「いいじゃん。私たち家族なんだから。」
「家族って何?勇気のいとこの子どもでしょ、あなたは。勇兄ニーはかほさんの夫で、私とは血が繋がってるんだから、家族ってことじゃん。」
「あのね、勇気の親のいとこの子どもって、他人でしょ。」
「ひどい。寂しいこと言わないでよ。」
「実際そういうものだからね。私だって自分のいとこがどこの誰か知らないし。」
「私はそんな雑魚とは違うから。レベルが違うの。」
「何それ?ドラクエ的なレベルってこと?目があったらバトル始まるの?」
「何それ、受けちゃう。てか、やっぱログハウスっていいね。一面芝生の庭も最高。」
「別にあなたのために住んでるんじゃないんだけど。」
「いや、これを有効活用しない手はないって。実際、かほさんのところで撮った写真はすぐバズるんだから。同じような写真でも、やっぱスタジオは大事よ。」
「うちはスタジオアリスじゃないからね。」
「無料で使える映えスポット。助かるわ。」
「勝手に助かるのやめて。」
「いつもいつも、呼んでもないのに来て、パシャパシャ撮って。いい迷惑よ。」
「怒んないでよ。うちのマロンも気に入ってるんだからさ。」
「マロンちゃんは可愛いから許可。こねちゃんは迷惑だから却下。」
「犬のマロンの方が私より扱いがいいって、笑える。」
「そのマロンちゃんにしたって、こねちゃんがちゃんとしつけてないからダメなのよ。この間なんて、家の中で写真撮ってたら隅っこで動かなくなって、何してるのかと思ったら、大っきいおしっこぶしゃーって。」
「その勢いで許されるのはししゃもだけだろ。」
「あれ掃除したの私だからね。」
「あざす。」
「そんな適当なこと言って。ログハウスの管理って大変なんだから。犬のおしっことかで木材が腐るかもしれないのよ。」
「私の家じゃないから知らない。」
「あのね、庭の芝生だってしっかり管理してるの。トイレみたいにそこら中でされたら困るのよ。」
「だから知らないって。てか、そんなに大変なら業者でも呼べば?」
「ログハウスの防腐処理とか防蟻処理、加えて芝生の面倒まで全部任せたら、200万くらい吹っ飛ぶのよ。」
「うわ、やば。」
「だからできることは自分でやってるの。それを台無しにされたら、誰だって切れるわよ。」
「ぶち切れじゃん。」
「まあでもさ、あの家はすぐに私のものになるし、別にいいでしょ。」
「いや、ならないでしょ。頭、大丈夫?」
「なるんだよ。だって私、勇兄ニーの子供を妊娠したから。」
一時間後、かほは勇気に電話をかけていた。
「悪い悪い。ちょうど取引先にいてさ。今は会社に戻ってる途中だし、用があるなら今のうちに聞くわ。」
「いや、それがさ、なんかこねちゃんがつまらない冗談を言ってて。」
「こねが何?」
「勇気の子供を妊娠したとか。」
「ああ。」
「ね。つまらない冗談だよね。」
「まあ、こねが言ったんなら仕方ないか。これから腹が出てくると隠しようもないしな。」
「勇気?何その感じ?まさか。」
「そのまさかだよ。こねが俺の子供を妊娠してるのは本当だ。」
「マジ?嘘でしょ?」
「嘘じゃないんだよ、これが。いや、俺もまさかでビビったけどさ。」
「笑い事じゃないでしょ。あなた、私の夫でしょ。これって不倫よ。しかも相手がこねちゃんで、妊娠してるって。」
「あれ、かほ知らないの?」
「何が?」
「いとこ同士って結婚できるんだぜ。」
「いとことか興味ないわよ。問題は不倫の方でしょ。」
「何言ってるんだよ。ああ、そうだよ。不倫だよ。」
「というか、何その態度。勇気は私に悪いとか、そういうのはないわけ?」
「悪いとは思ってるよ。お前みたいな賞味期限切れのババアを放置するのは、悪かったなって。」
「私、33よ。お前、34。」
「大して変わらないでしょ。」
「男と女は別だろう。」
「腐ってるからって切れるなよ。」
「だから、そういう問題じゃないって。」
「あ、うるさい。うるさい。とにかく、こねが妊娠したから、ババアのお前とは離婚だ。その家はこねと住むから、荷物まとめて出ていけ。」
「あのさ、本当に意味が分かりすぎて頭痛くなってきた。あなたの頭痛の原因はどこから?」
「てめえからだよ。そんだけ元気なら、離婚しても大丈夫そうだな。じゃあ、そういうことだから。」
「そういうこととかじゃなくて、本気で離婚する気なの?」
「逆に聞くけど、お前は離婚する気ないの?それの方がやばいだろう。不倫されて、不倫相手が妊娠してますけど。」
「ごめん。本当に、なんでその態度で来られるの?自分が悪いって自覚ないの?」
「お前こそ、自分が悪いって自覚ないの?」
「は?私が悪いって、何が?」
「ババアでごめんなさい的な。」
「なんで私がごめんなさいしなきゃいけないの?」
「口悪い。そんなんだから捨てられるんだよ。諦めて、さっさと出ていけよ。」
「バカ。」
一週間後。
「ちょっとかほさん。一体、いつになったら出ていくわけ?」
「いや、そう言われても。」
「もう一週間なんですけど。」
「こっちだって、いろいろと急だったのよ。引っ越しって時間がかかるし。我慢してよ。」
「捨てられたババアが偉そうに。財産分与で家は勇兄ニーのものになったんでしょ?」
「なったわよ。」
「だったら、さっさと出ていけよ。」
「話、聞いてた?」
「聞いてたけど、一週間は長すぎ。」
「こっちだってすぐに出ていきたいけど、家の管理に使ってたものとか、いっぱいあるのよ。」
「は?何それ?」
「防腐処理に使う塗料とか、防虫剤とか、芝生用の芝刈り機とかもあるし。意外と持っていくものが多くて困ってるわけ。」
「そんなの置いていけばいいじゃん。どうせもう使わないんだし。」
「使わないけど、使われるのは癪ってやつよ。こういうのは気持ちの問題だから。」
「うわあ、心が狭い。」
「むしろ心が広すぎてビビるレベルでしょ。」
「は?どこが?」
「不倫妊娠からの、家も奪われて、それで素直に出ていくって言ってるんだから。心の広さ、東京ドーム級だと思うけど。」
「そうね。なんでもいいけど、さっさとしてよね。いつまでも狭いアパートにいるのは嫌だから。」
「その狭いアパートが妥当なだけよ。」
「うっさい。」
「まあ、今月中には出ていくから安心して。」
「当たり前でしょ。」
「ああ、これでようやく始まるわ。私の夢のログハウス生活が。」
「ああ、無理。無理。」
「何が?」
「そんなの無理に決まってるじゃん。」
「だから、何が?」
「ログハウスでの生活がよ。」
「そんなわけないもん。今からいろいろと考えてるんだから。」
「考えてるって、何よ?」
「あなたが買った家具は全部捨てて、家の雰囲気に合うように木製の家具で揃えて、勇兄ニーとマロンと一緒に、幸せで穏やかな映え生活。」
「うわ、何も知らないんだね。笑っちゃうわ。」
「前にも言ったけど、ログハウスの管理って大変なんだから。勇気は全部私に丸投げだったし、こねちゃんたちがまともに管理できるわけないでしょ。」
「できますよ。なんだったら業者でも入れればいいし。」
「財産分与で家を譲ったのよ。その分のお金は私がもらったわ。」
「だから、何?」
「業者を呼ぶお金なんてないって言ってるの。ましてや家具を全部買い換えるなら、なおさらね。」
「それならそれで自力でやりますよ。あなたにできたなら、余裕でしょ。」
「まあ、やってみたら。マロンちゃんのしつけもできないやつには無理だと思うけどね。」
「負け惜しみですか?おばばばばばさん。」
「はいはい。てか、ニュース見た?来週、台風が来るって。」
「は?急に何?」
「別に。ただ、夢の生活がいつまで続くかなって思っただけ。せいぜい頑張りなさいよ。」
数日後。
「ねえ、今日の帰りにホームセンター寄ってくれない?」
「ああ、なんで?」
「なんか、かほさんが言ってたじゃん。」
「ああ、家のメンテがどうのって話?」
「そうそう。うちらには絶対無理とか言われたから、腹が立って。」
「それでやろうってことね。まあ、時期的にそろそろだもんな。」
「そろそろって、何が?」
「いや、かほが家を管理してた周期からすると、そろそろ防腐処理とかしておかないとなって感じ。」
「なるほど。で、防腐処理って何を買えばいいの?」
「さあ。まあ、Google先生に聞けば一発だろ。」
「確かに。庭の芝生もいろいろやらないといけないっぽいけど、また今度でいっか。」
「大丈夫だろ。家にしろ、庭にしろ、そんなすぐにどうかなるはずないって。」
「だよね。あ、そういえばさ、今日マロンが家の柱におしっこしてて、笑った。」
「おしっこしたら、ちゃんと掃除しておいてくれよ。」
「大丈夫。ちゃんと拭いたよ。しかも、その時の写真が大バズリ。」
「映えってやつか。」
「おしっこも映えるとか、ログハウスやばい。」
「そりゃ良かったな。てか、風呂はちゃんと洗ってくれた?」
「洗ったよ。ログハウスに檜の浴槽って、おしゃれだよね。」
「おしゃれかどうかは置いておいて。なんか、かほが言ってたんだよ。檜の浴槽は腐りやすいって。」
「何が腐るの?」
「さあ。でも、洗ったんだろ?」
「うん。」
「なら大丈夫か。かほのやつがまめにやってたから、ちょっと心配だったけど、あいつが気にしすぎだっただけかもしれないな。」
「かほさんって潔癖っぽいもんね。絶対A型。」
「じゃあ、今日の帰りにホームセンター寄ってくわ。」
「よろしく。」
二週間後。
「ちょ、これやばいって。」
「何が?」
「うちの芝生に虫が大量発生してる。」
「台風の影響でしょ。」
「そうそう。で、殺虫剤をまいたんだけど、今度は芝が枯れた。」
「なんでわかるんだよ。」
「殺虫剤って、どれくらいまいたの?」
「虫が多くて気持ち悪かったから、こう、全面的にばーっと。」
「多分まきすぎだよ。あ、芝の根元まで薬剤が入ったんじゃない?」
「そんな。」
「あと、台風の後にできた水たまりとか、ちゃんと処理した?」
「水たまり?放置してたけど。」
「ばっかじゃないの?あれはただの水たまりじゃないぞ。天然芝だから、水のやりすぎも良くないんだよ。殺虫剤だけが原因じゃないね。水はけが悪くて、根腐れしてると思う。」
「それって、どうなるの?」
「そのまま放置してたら、芝は全滅よ。」
「嘘だろ?どうしたらいいんだよ。」
「根腐れしてる芝を剥がして、張り直すしかないよ。」
「そう言われても、根腐れしてるかどうかなんて、見てもわかんないし。」
「なら業者にやってもらったら?広めの庭ではあるけど、天然芝は人工芝より安いし、10万はかからないでしょ。」
「たっか。家具とかを買い替えたばっかで、今お金ないんだよ。」
「払えないなら、それで終了。あとさ、マロンの糞とかちゃんと処理してる?」
「え、わかんない。」
「糞を放置してたら虫がたかるよ。芝にも悪影響だし、最悪ログハウスの方にも影響するよ。」
「マジかよ。」
「マジだよ。いや、でも今そんな出費は。」
「まあ、無理なら放置しておけば、緑の絨毯どころか茶色の砂漠になるだけだよ。」
「分かった。払うよ。業者呼ぶ。」
「勝手にすれば。私はもう関係ないから。」
「あ、でも。」
「まだ何かあるの?」
「あ、いや、やっぱいいや。教えてもらったし。」
「気になるんでしょ。私はカスタマーサポートセンターじゃないのよ。自分たちの家なんだから、自分たちで管理しなさい。」
一週間後。
「くさい。この家、何?」
「は?何が?」
「ちょっと前から、なんか、こう、なんて言ったらいいかわかんない匂いがするの。家のどこにいても臭い。無理。」
「ああ、元々大掛かりなメンテをしようと思ってたからね。離婚して家を追い出されたから、何もしてないけど。」
「それってやばいの?」
「割とやばいわよ。こねちゃん、掃除って週に何回してる?」
「え?したりしなかったり。」
「じゃあ換気は?」
「換気?換気は意識したことはないかも。」
「マロンちゃんのトイレはちゃんとしつけられたの?」
「それは、その。」
「なるほどね。今も解放的におトイレを楽しんでるわけだ。」
「いや、ほら、マロンにはのびのび育ってほしいから。」
「野生じゃないんだから、家の中くらいちゃんとトイレシートでさせなさいよ。てか、それが何?掃除とか換気とか、匂いと関係あるの?」
「あるでしょ。バカ。」
「バカって言うな。」
「ログハウスとか関係なく、匂いの原因でしょ。」
「いや、でも、私がアパートに住んでた時は、そんなことなかったし。」
「ああ、そういえば前から聞きたかったんだけど、マロンちゃんって前の家でもああだったの?」
「え?ちゃんとトイレシートでしてたよ。」
「じゃあ、なんであの家だとできないわけ?」
「それは、その、ちょっとした嫌がらせだったというか。」
「わざとやらせてたの?私への嫌がらせのために?」
「それはもういいじゃん。昔の話なんだし。」
「昔ってほど昔じゃないけどね。で、その時の癖が抜けなくなってると。やっぱりバカじゃん。」
「それはいいから。なんか、原因とか理由とか分かる?」
「まあ、なんとなくは。」
「何?どうしたらいいの?」
「多分、ログハウスの木材が腐ってるんじゃない?」
「え?腐ってる?防腐スプレーを買ってきて、プシューってしたけど。」
「プシューする前に掃除した?」
「え?してないかも。」
「ほこりとかを巻き込んだら意味ないでしょ。あと、あのログハウスはヒノキでできてるんだからね。他の木材よりも湿気に弱いのよ。」
「そうなの?」
「ちょっと前の台風の後、特に何もしなかったんでしょ?芝が腐ってたんだから、湿気が溜まって、木材自体が収縮してるはずよ。雨漏りとかもあったんじゃない?」
「あった。」
「なら、隙間にほこりやらカビやらも溜まってるはずね。」
「でも、見えてる部分は別に腐ってないし。」
「内側から腐るに決まってんでしょ。床下、屋根裏。あとは檜の浴槽とかも、見えないところが腐ってるわよ。」
「へえ。風呂掃除はしてたのに。」
「洗ってそのままじゃ意味ないの。空気を入れて乾かすところまでちゃんとしないとダメよ。」
「ああ、すぎ。」
「あと、あれだわ。シロアリ。」
「シロアリ?」
「私が住んでた時から対策はしてたけど、ちょっと前からちょいちょい見かけてたのよ。多分、どっかに侵入経路が残ってたっぽい。素人の知識じゃ限界だし、業者を呼ぼうと思ってたの。」
「なんで呼んでないの?」
「呼ぶ前に追い出されたからだけど。」
「はあ、やば。」
「やばいのよ。シロアリがいる家なんて、映えないじゃん。」
「知らないけど。」
「ちょっと、かほさんが管理してたんでしょ?なら、ちゃんとアフターフォローもしてよ。」
「私は業者じゃないんだわ。本物の業者を呼んでください。」
「それっていくら?」
「外壁も再塗装しないといけないでしょうから、それだけで150万よ。」
「はあ。」
「屋根の点検と補修で50万くらい。」
「え?」
「床下の点検と防蟻処理で30万だったかしら。」
「全部合わせて230万じゃん。」
「加えて状態が全体的に悪そうだから、多分300万は行くんじゃない?」
「この間、芝生を張り替えたばっかなんですけど。」
「それとこれは別問題でしょ。夢のログハウス生活を守るために頑張りなさいよ。じゃないと、映えじゃなくて、ハエが湧く家になるから。」
数日後。
「かほさん。」
「何?気持ち悪いんだけど。」
「そのですね、お金を貸してください。」
「消費者金融じゃないんだよ。」
「それは知ってます。」
「ついでに言えば、私はカスタマーサポートセンターでもないし、家の修繕業者でもないのよ。」
「それも知ってます。」
「なら、どういう用件なわけ?」
「お前から言われて、業者に家の修繕の見積もりを頼んだんだよ。」
「それで?」
「そしたら300万だって言われて。」
「300万?」
「そう、300万。でも、そんな大金、払えないし。」
「あなたのご両親に頼んだら?それか、こねちゃんのご両親。」
「不倫して妊娠して再婚だぞ。しかもいとこだ。もう親族全員から総スカン食らってるよ。」
「ああ、はい。分かってたことでは?」
「それでもいいと思ってたんだよ。なのに、こんな大金を払うはめになるなんて。もう頼れる相手は、お前しかいないんだ。頼む。」
「なんで、この状況で私を頼れると思ったの?普通の神経してたら、無理だってわかるでしょ。」
「いや、かほはなんだかんだ言って、俺の言うことを聞いてくれるし。」
「それは夫婦だったからに決まってるでしょ。」
「とはいえ、こうなると運命的なものを感じるわ。」
「あ、運命?何が?」
「だって、私が請求する慰謝料と同じ金額だもん。」
「えっと、ちょっと待って。ごめんな、頭の処理が追いついてないかも。誰が誰に慰謝料を請求するって?」
「私があなたに。300万ね。」
「はあ?嘘だろ。」
「さっき、自分で言ってましたよね。不倫して妊娠して再婚。しかも相手はいとこ。」
「言ったけども。」
「遠いとはいえ親族が不倫相手で、こねちゃんは週に数回はうちに来るほど近しい人物。こりゃ悪質ですわ。」
「だからって、このタイミングでこの金額はないだろ。」
「それは決めるの、あなたじゃないから。」
「それはそうなんだけど、払えないんだよ。」
「請求されても、家を売ったら払えるでしょ。」
「いや、それは。」
「ちょうどいいんじゃない?郊外で土地は安いし、家もボロボロだし。300万になるかはわかんないけど。」
「なるかどうか。」
「元々中古で買ったのを忘れたの?どっかの金持ちの別荘だかなんだかで、購入費用500万とかだったでしょ。半分くらいは無理かな?」
「無理だと思うよ。動産じゃなくて不動産だから。マイナスにならなかったらいい方だ。」
「なら、どっちみち払えないだろうね。家具も全部売りなさいよ。」
「何も残んないじゃん。」
「私さ、あの家を買った時のこと、まだ覚えてるよ。」
「急になんだよ。」
「勇気がログハウスがいいって言って買ったよね。私ものんびりしてて好きだった。」
「そうだったっけな。」
「毎週丁寧に掃除して、毎月メンテして、数年に一回は業者レベルのことまでして。お金がかかるから自分でやるって言ってたな。芝生を維持するために、慣れない土いじりも随分したな。かほ、大変だったけど、勇気が喜んでくれるから頑張れた。」
「今思えば、あの生活もいい思い出か。……なんて言うわけないだろ。」
「え?」
「俺は仕事が忙しいから、そういうのは無理だ。素人が手伝うくらいなら、何もしない方がいい。」
「私も素人だったわ。仕事の合間にしてたのよ。」
「いや、俺はその、邪魔になるかと思っただけで。力仕事でも何でも手伝えたでしょ。」
「言い訳並べて、楽してただけじゃん。」
「……ごめんなさい。」
「そこまでして頑張ってたのに。何も知らないガキがスタジオ感覚で来て、犬の世話までさせられてたんですけど。」
「それは俺は悪くないというか。」
「あの時から不倫してたから、見逃してたんでしょ。なら、お前が悪いに決まってんだろ。」
「ま、もう終わったことだしな。そのことは水に流して。」
「流せるようになる前に問題を追加したのはそっちでしょ。何が『お金を貸してください』よ。」
「こっちこそ、今までの分を払ってほしいわ。」
「それは、その。」
「払いなさいよ。はい。」
「ああ、すっきりした。言いたいことも言えたし、もう思い残すことはないわ。」
「お前は思い残すことというか、残ってるものが何もないって感じだけどね。」
数日後。
「かほさん、お願いがあります。」
「夫婦揃って、何なの?」
「不倫した分際で、よくもお願いとか言えるわね。神経を疑うわ。」
「お願いできる相手が、他にいないんだもん。」
「だもんじゃないよ。言っておくけど、私はランプの精霊じゃないから、3回どころか1回もお願いを聞く気はないわよ。」
「そんなこと言わないで。」
「言います。」
「今回のお願いは、かほさんが原因なんですけど。」
「私が?」
「そう。かほさんが慰謝料を請求したせいで。」
「え?当然の権利を行使しただけなんですけど。」
「勇兄ニーが、家を売ろうとしてるの。」
「そうするしかないからね。」
「でも、私は嫌。」
「そうですか。」
「だから、慰謝料を取り下げて、ついでに家の修繕も払って。」
「嘘だろ?おい、なんだこいつ。自己中の化身か?」
「自己中でもタコ中でも何でもいいよ。」
「あ、いや、むしろ、元タコは視点を持ちなさいよ。……びっくりするわ。」
「もうこうするしかないんだから。」
「お前はな。こっちは違うから。」
「だって、ログハウスで暮らすのは私の夢だったんだもん。なのに、こんな形で失うなんて嫌。」
「でも、そのまま放置しても失うよ。ログハウスの寿命で物理的に。」
「それが嫌だから、修繕も出せって言ってるの。」
「不倫したのはそっち。杜撰な管理で家と庭をボロボロにしたのもそっち。家が臭いのも、そっちの責任。あれ?なんで私がお金を出すの?」
「他に頼れる人がいないから。」
「バカかよ。」
「バカじゃない。」
「ちなみに、あれから家の掃除とかしたの?自分たちでできる範囲で修繕しようとした?」
「してない。」
「勢いがあれば許されると思ってるの?」
「だって、この家の管理はかほさんの仕事でしょ。なのに、私たちがやるっておかしくない?」
「おかしいのはお前の頭だよ。びっくりしたわ。この短時間で何回びっくりさせるんだよ。びっくり箱か。」
「だって、だって、この家を手放すなんて嫌なんだもん。」
「なるほどね。腐ってたのは家だけじゃなかったみたいね。」
「どういうこと?」
「こねちゃんの中身が、私の想像以上に腐ってたって話よ。」
「そういう意味ではいいんじゃない?」
「いいって、何が?」
「そのまま、その家に住み続ければいいじゃない。」
「でも、修繕が。」
「直さなくてもいいでしょ。腐った家と腐った住人で、お似合いよ。」
「ひどい。」
「ひどいのはそっちでしょ。夢のログハウスだから何?その家に住み続けるってことが、どういうことか分かってる?」
「は?何の話?」
「あなた、妊婦でしょ?」
「そうだけど。」
「カビって、普通に考えて体に悪いでしょ?それでお腹の赤ちゃんに悪影響があるかもしれないって、思わないの?マロンちゃんにも悪いって考えない?」
「それは、思うけど。」
「思うけど、何?じゃあ、掃除するなり、手放すなり、方法はあるでしょ。なのにそうしない。子供や愛犬よりも自分優先とか、終わってるわよ。」
「でも、この家がないと、SNS映えが。」
「映え?そんなものが、子供や愛犬の命よりも大事なの?自分がやった不倫への慰謝料よりも大事なの?」
「そこまで言わなくてもいいじゃん。」
「そこまで言われることをやってるんでしょ。お願いできる立場じゃないでしょ。」
「それは……」
「わからないなら、分かるまで考えてから発言しなさい。私から奪っただけで満足してなさいよ。自分の子供や愛犬から奪わないで。じゃないと、違う意味でバズることになるわよ。」
その後、こねちゃんは泣く泣くログハウスを売却した。かほの想定通り、ログハウスの売却額は大した金額にはならず、むしろ解体費を払うはめになった。一応、土地代で解体費は払えたようだが、慰謝料までは届かず、家具なども売り払った上で、100万円ほどの借金が残った。お金がないと言っていた通り、この100万円は今の二人には重い金額だ。頼れる親も親族もなく、せいぜいしっかりと責任を持って払ってほしいものだ。
こねちゃんのお腹の子については、生まれたらこねちゃんのご両親が引き取ることになった。出産はまだ先だが、今回の件で孫を育てさせるのは危険だと考えたのだという。マロンちゃんについても、生活費が苦しい状況になったことで手放すことになり、親戚の中で犬の多頭飼いをしている方が引き取った。なんだかんだこねちゃんはマロンちゃんに愛着があったらしく、離れることになって、それはもう号泣していたという。自分の子供と、子供のように可愛がっていた愛犬。両方を失ったのは、こねちゃんが欲をかいたからだろう。ログハウスなんかよりも、よっぽど大事なものだったはずなのに。私は、自分の大事なものを間違えないようにしたい。
