「ねえ、こちゃん、何回言ったらわかるの?うちに勝手に入ってこないでって言ってるでしょ。」
かほが玄関を開けると、そこにはスマホを構えた義理の妹が立っていた。
「ヤッホー」
「ヤッホーじゃないんだけど」
「てか、勝手に入ってないよ。SNSに上げたでしょ?うちの庭で撮った写真。庭は家ん中じゃないからセーフでしょ」
「アウトだよ。庭も私有地だから不法侵入なの」
「いいじゃん、家族なんだから」
「家族って、こちゃんと勇希のは鳩トじゃん。勇希はかほさんの夫でしょ。勇希と私は血が繋がってるんだから、家族ってことじゃん」
「あのね、知ってる?勇希の親のいとこの子供。他人でしょ」
「ひどい。寂しいこと言わないで」
「いや、実際そんなもんだからね。私だって自分の鳩がどこの誰か知らないし」
「私はそんな雑魚とは違うから。レベルが違うの」
「何?トってレベルなの?目があったらバトル始まっちゃうの?」
「何それ?受ける。てかやっぱログハウスっていいね。一面芝生の庭も最高」
「別にこちゃんのために住んでるんじゃないんだけど」
「いや、これを有効活用しない手はないって。実際、かほさんのとこで撮った写真はすぐバズるんだから。同じような写真でも、やっぱスタジオって大事よ」
「うちはスタジオアリスじゃないからね」
「無料で使える映えスポット。助かるわ」
「勝手に助かるのやめて」
「怒んないでよ。うちのマロンも気に入ってるんだから」
「マロンちゃんは可愛いから許可。こちゃんは迷惑だから却下」
「犬のマロンの方が私より扱い良くて笑」
「そのマロンちゃんにしたって、こちゃんがちゃんとしつけてないからでしょ。ああ、この間は笑ったよね。家の中で写真撮ってたら隅っこで動かなくなってさ、何してんだろうと思ったら、急にぶしゃーって」
「その勢いで許されるのは子どもだけだろ」
「あれ掃除したの私だからね」
「あざす」
「そんな適当なこと言って。ログハウスの管理って大変なんだから。犬のおしっことか、木材が腐るかもしれないんだよ」
「私の家じゃないから知らない」
「あのね、庭の芝生だってしっかり維持してるの。トイレみたいにそこら中でされたら困るの」
「だから知らないって。てか、そんな大変なら業者でも呼べば?」
「ログハウスの防腐処理やら防虫処理、加えて芝生の全面管理まで全部任せたら、200万くらい吹っ飛ぶのよ」
「うわ、やば」
「だからできることは自分でやってるの。それを台無しにされたら、誰だって切れるわ」
「ぶち切れじゃん」
「まあでもさ、あの家はすぐに私のものになるし、別にいいでしょ」
「いや、ならないでしょう。頭大丈夫?」
「なるんだよ。だって私、勇希の子供を妊娠したし」
その言葉を聞いたかほは、すぐに夫の勇希へ電話をかけた。一時間後、彼は電話に出た。
「悪い悪い。ちょうど取引先にいてさ。今は会社に戻ってる途中だし、用があるなら今のうちに聞くわ」
「いや、それがさ、なんかこちゃんがつまらない冗談を言ってて」
「こが何?」
「勇希の子供を妊娠したとか」
「ああ」
「ね。つまらない冗談だよね」
「まあ、こが言ったんならしゃあないか。これから腹が出てくると隠しようもないしな」
「勇希?何その感じ?まさか」
「そのまさかだよ。こが俺の子供を妊娠してるのは本当」
「マジ?嘘でしょ?」
「嘘じゃないんだよ、これが。いや、俺もまさかでビビったけどさ」
「笑い事じゃないでしょ。あなた、私の夫だよね。これって不倫だよ。しかも相手がこちゃんで、妊娠って」
「あれ?かほ、知らないの?」
「何が?」
「いとこ同士って結婚できるんだぜ」
「いとこ同士とか興味ないよ。問題は不倫の方でしょ」
「何言ってんの?」
「というか、何その態度。勇希は私に悪いとか、そういうのはないわけ?」
「悪いとは思ってるよ。お前みたいな賞味期限切れのババアを独りにしておくのはな」
「私、33。お前、34。大して変わらないでしょ」
「男と女は別だろう」
「つまらないからって切れんなよ。だからそういう問題じゃないって」
「あーうるせぇ。とにかく、こが妊娠したから、ババアのお前とは離婚だ。その家はこが住むから、荷物まとめて出ていけ」
「本当にさ、意味わかんなすぎて頭痛くなってきた」
「その頭痛の原因はどこから?」
「てめえからだよ。そんだけ元気なら、離婚しても大丈夫そうだな。じゃあそういうことだから」
「そういうこととかじゃなくて、本気で離婚する気なの?」
「逆に聞くけど、お前は離婚する気ないの?それはそれでやばいだろう。不倫されて、不倫相手に妊娠されてますけど」
「ごめん。本当に、なんでその態度で来られるの?自分が悪いって自覚ないの?」
「お前こそ、自分が悪いって自覚ないの?」
「は?私が悪いって、何が?」
「ババアでごめんなさい的な」
「なら、なんでごめんなさいしろよ」
「口悪い。そんなんだから捨てられるんだよ。諦めてさっさと出ていけよ」
一週間後。
「ちょっとかほさん、いつになったら出てくわけ?」
「いや、そんなこと言われても」
「もう一週間なんですけど」
「こっちとしても色々と急だったの。引っ越しって時間がかかるし」
「我慢して。捨てられたババアが偉そうに。財産分与で家は勇希のものになったんでしょ?」
「なったよ」
「だったらさっさと出ていけよ」
「話聞いてた?」
「聞いてたけど、一週間は長すぎ」
「こっちだってすぐに出ていきたいけど、家の管理用に使ってたものとかいっぱいあるのよ」
「は?何それ?」
「防腐処理に使う塗料とか、防虫剤とか、芝生用の芝刈り機もあるし。意外と持っていくものが多くて困ってるわけ」
「そんなの置いていけばいいでしょ。どうせもう使わないんだし」
「使わないけど、使われるのは嫌ってやつ。こういうのって気持ちの問題だから」
「うわあ、気持ち悪い」
「むしろ心広すぎてビビるレベルでしょ」
「はあ、どこが」
「不倫妊娠からの家も奪われて、それで素直に出ていくって言ってるんだから。心の広さは東京ドーム級だと思うけど」
「そう。なんでもいいけど、さっさとしてよね。いつまでも狭いアパートとか嫌だから」
「その狭いアパートが妥当なだけだよ」
「うるさい」
「まあ、今月中には出ていくから安心して」
「当たり前」
「ああ、これでようやく始まる。私の夢のログ生活が」
「ああ、無理。無理」
「何が?」
「そんないいもんじゃないから」
「だから何が」
「ログハウスでの生活が、そんなわけないもん。今から色々と考えてるんだから」
「考えてるって何よ?」
「あんたが買った家具は全部捨てて、家の雰囲気に合うように木製の家具で揃えて。勇希とマロンと一緒に、幸せで穏やかな生活。うわ、何にも知らないんだね。受ける」
「前にも言ったけど、ログハウスの管理って大変だから。勇希は全部私に丸投げだったし、こちゃんたちがまともに管理できるわけないでしょ」
「できます。なんだったら業者を入れればいいし」
「財産分与で家を譲ったんだよ。その分のお金は私がもらったわ」
「だから何?」
「業者を呼ぶお金なんてないって言ってるの。ましてや、家具を全部買い換えるならなおさらね」
「それならそれで自力でやります。あんたにできたなら余裕でしょう」
「まあ、やってみたら。マロンちゃんのしつけもできないやつには無理だと思うけど」
「負け惜しみですか?おばさん」
「はいはい。てか、ニュース見た?来週台風が来るって」
「は?急に何?」
「別に。ただ、夢の生活がいつまで続くかなって思っただけ。せいぜい頑張りな」
数日後。
「ねえ、今日の帰りにホームセンター寄ってくれない?」
「ああ、なんで?」
「なんかかほさんが言ってたじゃん。家のメンテがどうのって話」
「ああ、あれか。うちらには絶対無理とか言われたから腹立って」
「それでやろうってこと。まあ、時期的にそろそろだもんな」
「そろそろって何が?」
「いや、かほが家の面倒を見てた周期からすると、そろそろ防腐処理とかしとかないとなって感じ」
「なるほど。で、防腐処理って何買えばいいの?」
「……わかんない。俺もGoogle先生に聞けば一発だろ」
「確かに。庭の芝生も色々やらないといけないっぽいけど、また今度でいいっか」
「大丈夫だろ。家にしろ庭にしろ、そんなすぐにどうにかなるはずないって」
「だよね。ああ、そういえばさ、今日マロンが家の柱におしっこしてて笑った」
「掃除はちゃんとしといてくれよ」
「大丈夫。ちゃんと拭いた。しかもその時の写真が大バズり。映えってやつ」
「おしっこも映えるとか。ログハウスすごいな」
「そりゃ良かったな。てか、風呂ってちゃんと洗ってくれた?」
「洗ったよ。ログハウスに木の風呂っておしゃれだよね」
「おしゃれかどうかは置いといて。なんかかほが言ってたんだよ。木の風呂って腐りやすいって」
「何が腐るの?」
「さあ。でも洗ったんだろ?」
「うん」
「なら大丈夫か。かほのやつがまめにやってたからちょっと心配だったけど、あいつが気にしすぎなだけだったかもしれないな」
「かほさんって潔癖っぽいもんね。絶対A型」
「じゃあ今日の帰りにホームセンター寄ってくわ」
「よろしく」
二週間後。
「ちょっと、これやばいって」
「何が?」
「うちの芝生に虫が大量発生してる」
「この前の台風の影響でしょ。そうそう、そうなんだよ」
「で、殺虫剤を撒いたんだけど」
「今度は芝が枯れた」
「なんでわかったんだよ」
「殺虫剤ってどれくらい撒いたの?」
「虫が多くて気持ち悪かったから、こう全面的にバーッと」
「多分撒きすぎ。あ、芝の根元まで薬剤が入っちゃったんじゃない?」
「そんな」
「あと、台風の後にできた水たまりとか、その辺ちゃんと処理した?」
「水たまり?放置してたけど」
「ばっかじゃないの?ただの水たまりだぞ。天然芝だから、水のやりすぎも良くないの。殺虫剤だけが原因じゃないね。水はけが悪くて根腐れしてると思うよ」
「それって何?どうなるの?」
「そのまま放置してたら、芝は全滅」
「嘘だろ?どうしたらいいんだよ」
「根腐れしてる芝を剥がして、張り直すしかないよ」
「そんなこと言われても、根腐れしてるかどうかなんて見てもわかんないし」
「なら業者にやってもらったら?広めの庭ではあるけど、天然芝は人工芝より安いし、10万はかからないでしょう」
「高っ。家具とかに色々と入れ替えたから、今お金ないよ」
「払えないならそれで終了。あとさ、マロンの糞とかちゃんと処理してる?」
「え、わかんない」
「糞を放置してたら虫が湧くよ。芝にも悪影響だし、最悪ハウスの方にも影響するから」
「マジかよ」
「マジだよ。いや、でも今そんな出費は……」
「まあ、無理なら放置しとけば、緑のじゅうたんどころか茶色の砂漠になるだけでしょ」
「わかった。払う。業者呼ぶよ」
「勝手にしなさい。私はもう関係ないから」
「あ、でもなんだよ。まだなんかあるのか?」
「あ、いや。やっぱいいや。いや、気になるだろうなと思って。私はカスタマーサポートセンターじゃないのよ。自分たちの家なんだから、自分たちで管理しなさい」
一週間後。
「くっさ。この家、臭くない?」
「は?何が?」
「ちょっと前から、なんかもう、なんて言ったらいいかわかんない匂いがするの。家のどこにいても臭い。無理」
「ああ。元々大掛かりなメンテをしようと思ってたからね。離婚して家を追い出されたから、何もしてないけど」
「それってやばいの?」
「割とやばい。こちゃん、掃除って週に何回してる?」
「え?したりしなかったり」
「じゃあ換気は?」
「換気?換気は意識したことないと思うけど」
「マロンちゃんのトイレはちゃんとしつけられた?」
「それはその……」
「なるほどね。今も解放的なおトイレを楽しんでるわけだ」
「いや、ほら、マロンにはのびのび育ってほしいから」
「野生じゃないんだからさ。家の中でくらい、ちゃんとトイレシートでさせなよ」
「てか、それが何?掃除とか換気とか、匂いと関係あるわけ?」
「あるだろ。アホ」
「アホ」
「ログハウスとか関係なく、匂いの原因でしょ」
「いや、でも私がアパートに住んでた時は、そんなことなかったし」
「ああ、そういえば前から聞きたかったんだけど。マロンちゃんって前の家でもああだったの?」
「え?ちゃんとトイレシートでしてたよ」
「じゃあ、なんであの家だとできないわけ?」
「それはその……ちょっとした嫌がらせだった的な」
「わざとやらせてたの?私への嫌がらせのために?」
「それはもういいじゃん。昔の話なんだし」
「昔ってほど昔じゃないけど。で、その時の癖が抜けなくなってると。やっぱりアホじゃん」
「それはいいから。なんか原因とか理由とか分かる?」
「まあ、なんとなくは」
「何?どうしたらいいの?」
「多分、ログハウスの木材が腐ってるんじゃない?」
「え?腐ってる?防腐スプレーを買ってきて、プシューってしたけど」
「プシューする前に掃除した?」
「え?してないかも」
「ほこりとかを巻き込んだら意味ないでしょう。あと、あのハウスって杉でできてるからね。他の木材よりも湿気に弱いの」
「そうなの?」
「ちょっと前の台風の後、特に何もしなかったんでしょ?芝がああだったんだから。それは湿気が溜まって、木材自体が収縮してるはず。雨漏りとかもあったんじゃない?」
「あった」
「なら、隙間にほこりやらカビやらも溜まってるはずね」
「でも、見えてる部分は別に腐ってないし」
「内側から腐るに決まってるでしょ。床下、屋根裏。あとは木の風呂とかも、見えないところが腐ってるわよ」
「へえ。お風呂掃除はしてたのに」
「洗ってそのままじゃ意味ないから。乾かすまでちゃんとしないとだめ。ああ、いや。あとあれだ。シロアリ」
「シロアリ?」
「私が住んでた時から対策はしてたけど、ちょっと前からちょいちょい見てたのよ。多分どこかに侵入経路が残ってたっぽい。素人知識じゃ限界だし、業者を呼ぼうと思ってたの」
「なんで呼んでないの?」
「呼ぶ前に追い出されたからだけど」
「はあ、やば」
「やばいんですよ。シロアリ。そんな家じゃ映えないじゃん」
「知らんけど」
「ちょっとかほさんが管理してたんでしょ?ならちゃんとアフターフォローもしてよ」
「私、業者じゃないんだわ。本物の業者を呼んでください」
「それっていくら?」
「外壁も再塗装しないといけないだろうから、それだけで150万でしょ。屋根の点検と補修で50万くらい。床下の点検と防腐処理で30万だったかな?」
「なんそれ?合わせて230万じゃん」
「加えて、状態も全体的に悪そうだから、多分300万は行くんじゃない?」
「この間、芝生を張り替えたばっかなんですけど」
「それとこれは別問題でしょう。夢のログハウス生活を守るために頑張りなさい。じゃないと、映えじゃなくてハエが湧く家になるよ」
数日後。
「かほさん。いや、かほ様。様?」
「何気持ち悪いんだけど」
「そのですね、お金を貸してください」
「私は金融じゃないんだわ」
「それは知ってる」
「ついでに言えば、カスタマーサポートセンターでもないし、家の修繕業者でもないのよ」
「それも知ってます」
「なら、どういう要件なわけ?」
「お前から言われて、業者に家の修繕の見積もりを頼んだんだよ」
「それで?」
「そしたら300万だって言われて」
「300万?」
「そう、300万。でも、そんな大金払えないし」
「あなたのご両親に頼んだら?それか、こちゃんのご両親」
「不倫して妊娠して再婚だぞ。しかもいとこ。もう親含めて親族全員から白い目で見られてるよ」
「ああ。はい。分かってたことでは?」
「それでもいいと思ってたんだよ。なのに、こんな大金を払うはめになるなんて。もう頼れる相手はお前しかいない。頼む」
「なんでこの状況で私を頼れると思ったの?普通の神経してたら、無理だってわかるよね」
「いや、かほはなんだかんだ言って、俺の言うことを聞いてくれるし」
「それは夫婦だったからに決まってるでしょ」
「とはいえ、こうなると運命的なものを感じるわ」
「あ、運命?何が?」
「だって、私が請求する慰謝料と同じ金額だもん」
「えっと、ちょっと待って。ごめんな。頭の処理が追いついてないかもしれない。誰が誰に慰謝料を請求するって?」
「私があなたに。300万ね」
「はあ。嘘だろ」
「さっき自分で言ってましたよね。不倫して妊娠して再婚。しかも相手はいとこ。遠いとはいえ親族が不倫相手で、こちゃんは週に数回はうちに来るほど近しい人物。こりゃ悪質ですわ」
「だからって、このタイミングでこの金額は……」
「それは私が決めることじゃないから。あなたがやったことの結果でしょ」
「でも、払えないんだよ。請求されても」
「家を売ったら払えるでしょう」
「いや、それはちょっと……」
「ちょうどいいんじゃない?郊外で土地は安いし、家もボロボロだし。300万になるかはわかんないけど」
「なるだろ。300万には」
「元々中古で買ったのを忘れたの?どっかの金持ちの別荘だかなんだかで、購入費用500万とかだったでしょ。半分くらいは無理かな?」
「無理だと思うよ。不動産じゃなくて不動産だから。マイナスにならなかったらいいほうだ」
「なら、どっちみち払えないだろう。家具も全部売りなさいよ」
「何も残んないじゃん」
「私さ、あの家を買った時のこと、まだ覚えてるよ」
「急になんだよ」
「勇希がログハウスがいいって言って買ったよね。私ものんびりしてて好きだった」
「そうだったっけか」
「毎週丁寧に掃除して、毎月メンテして、数年に1回は業者レベルのことまでしてさ。お金がかかるから自分でやるって言ってたな。芝生の維持のために、慣れない土いじりも随分したな。かほ、大変だったけど、勇希が喜んでくれるから頑張れた」
「かほがそんなこと言うわけないだろ」
「今思えば、あの生活もいい思い出ね」
「え、俺は仕事が忙しいからそういうの無理。素人が手伝うくらいなら、何もしない方がいい」
「私も素人だし、仕事の合間にやってました」
「いや、俺はその、邪魔になるかと思っただけで」
「力仕事でも何でも手伝えたでしょ。言い訳並べて楽してただけじゃん」
「ごめんなさい」
「そこまでして頑張ってたのに、何も知らないガキがスタジオ感覚で来て、犬の世話までさせられてたんですけど」
「それは俺は悪くないというか……あの時から不倫してたから、見逃してたんでしょ。ならお前が悪いに決まってんだろ」
「ま、もう終わったことだしな。そのことは水に流して」
「流せるようになる前に問題を追加したのはそっち。何がお金貸してくださいだ。こっちが今までの分を払ってほしいわ」
「それはその……払えない」
「払いなさい。はい」
「ああ、すっきりした。言いたいことも言えたし、もう思い残すことはなし」
「あなたは思い残すことというか……残ってるものがなしって感じだけど」
数日後。
「かほさん、お願いがあります」
「夫婦揃って何なの?不倫した分際で、よくもお願いとか言えるわね。神経を疑う」
「お願いできる相手が他にないんだもん」
「だもんじゃないよ。言っとくけど、私はランプの精霊じゃないから。三回どころか一回もお願いを聞く気はないよ」
「そんなこと言わないで」
「言います」
「今回のお願いは、かほさんが原因なんですけど」
「私が?」
「そう。かほさんが慰謝料を請求したせい」
「え、当然の権利を行使しただけなんですけど」
「勇希が家を売ろうとしてるの」
「そうするしかないからね」
「でも私は嫌」
「そうですか」
「で、だから、慰謝料を取り下げて、ついでに家の修繕も払って」
「嘘だろ?おい、なんだこいつ?自己中の化身か?」
「自己中でもタコ中でも、何でもいいの?」
「あ、いや、むしろ元タコの視点を持ちなさいよ。びっくりするわ」
「もうこうするからなんだから」
「お前はな、こっちは違うから」
「だって、ログハウスで暮らすのは私の夢だったんだもん。なのに、こんな形で失うなんて嫌」
「でも、そのまま放置しても失うよ。ログハウスの寿命で、物理的に」
「それが嫌だから、修繕も出せって言ってんの」
「不倫したのはそっち。ずさんな管理で家と庭をボロボロにしたのもそっち。家が臭いのもそっちの責任」
「あれ?なんで私がお金を出すの?」
「他に頼れる人がいないから」
「バカかよ」
「バカじゃない」
「ちなみにさ、あれから家の掃除とかしたの?自分たちでできる範囲で修繕しようとした?」
「してない」
「勢いがあれば許されると思ってんの?」
「だって、この家の管理はかほさんの仕事でしょ。なのに私たちがやるって、おかしくない?」
「おかしいのはお前の頭だよ。びっくりしたわ。この短時間で何回びっくりさせるの?びっくり箱かよ」
「だって、だって、この家を手放すなんて嫌なんだもん」
「なるほど。腐ってたのは家だけじゃなかったみたい」
「どういうこと?」
「こちゃんの中身が、私の想像よりも腐ってたって話。そういう意味ではいいんじゃない?」
「いいって何が?」
「そのままその家に住み続ければ。でも修繕は……」
「直さなくてもいいでしょう。腐った家と腐った住人で、お似合い」
「ひどい」
「ひどいのはそっちでしょ。夢のログハウスだから何?その家で住み続けるってことが、どういうことか分かってる?」
「は?何の話?」
「あなた、妊婦でしょ?」
「そうだけど」
「カビって、普通に考えて体に悪いでしょ?それでお腹の子供に悪影響があるかもしれないって思わないの?マロンちゃんにも悪いって考えない?」
「それは思うけど……」
「思うけど何?じゃあ掃除するなり、手放すなり、選択肢はあるでしょ。なのにそうしない。子供や愛犬よりも自分優先とか、終わってるよ」
「でも、この家がないとSNS映えが……」
「映え?そんなものが子供や愛犬の命よりも大事?自分がやった不倫への慰謝料よりも大事?」
「そこまで言わなくてもいいじゃん」
「そこまで言われることをやってるんでしょ。お願いできる立場じゃないでしょ」
「それは……」
「わかんないなら、分かるまで考えてから発言して。私から奪っただけで満足しておきなさい。自分の子供や愛犬から奪っちゃいけないよ。じゃないと、違う意味でバズることになるよ」
その後、こちゃんは泣く泣くログハウスを売却した。かほの想定通り、大した金額にはならず、むしろログハウスの解体費を払うはめになった。一応土地代で解体費は払えたようだが、慰謝料までは届かず、家具なども売り払った上で、100万円ほどの借金が残った。お金がないと言っていた通り、この100万円は今の二人には重い金額だ。頼れる親も親族もいない。せめてしっかりと責任を持って払ってほしいものだ。
こちゃんのお腹の子については、生まれたらこちゃんの両親が引き取ることになった。出産はまだ先だが、今回の件で孫を育てさせるのは危険だと考えたのだとか。マロンちゃんについても、生活費が苦しい状況になったことで手放すことになった。親戚の中に犬の多頭飼いをしている方がおり、その方が引き取った。なんだかんだ、こちゃんはマロンちゃんに愛着があったらしく、離れることになってそれはもう号泣していたという。
自分の子供と、心から可愛がっていた愛犬。両方を失ったのは、こちゃんが欲をかいたからだろう。ログハウスなんかよりも、よっぽど大事なものだったはずなのに。私は、自分の大事なものを間違えないようにしたいと思う。
