「あなたの結婚にあれこれ口出ししたくないのは分かってる。でも、お母さんとしては、あの女性はどうしても引っかかるの」
「はあ。なんでそういうこと言うんだよ。光が母子家庭だからか?」
「そうじゃないわ。それを言うならうちもそうだし」
「じゃあ何なんだよ」
「両家の顔合わせの食事会で、お金の話しかしなかったでしょ」
「それの何が悪いんだ? これから結婚式とか、現実的な問題が押し寄せてくるんだぞ。だったらあちらはいくらか出してくれるのか?」
「母さんは社長なんだから、あちらのお母さんと一緒にするのは違うだろ。そもそも結婚資金を私に全額要求するのが間違ってないか?」
「自分たちの結婚でしょ。誰もくれって言ってるんじゃない。貸してほしいって言っただけじゃん」
「そうね。でも、ハワイで挙式したいなら、お金が溜まってからにしたら? まだ出会って三ヶ月でしょ? 少し焦りすぎだと思うわ」
「時間なんて関係ない。俺には光しかいないんだ」
「夢中になる気持ちは分かるわ。でも、少し冷静になってから考えたらどう?」
「一人息子を取られるのがそんなに嫌かよ」
「そういうんじゃないのよ。ただ、直感というか、雰囲気というか……はっきりとは言えないんだけど」
「ひどいよ。あんまりだ。俺が選んだ女性を、単なる直感で否定するなんて」
「ごめん。本当は祝福しないといけないのは分かってるの。でもね――」
「もういい。祝ってもらわなくていいから」
「挙式はどうするの?」
「借金でもするよ」
「そんなの絶対にダメ」
「母さんは厳しすぎるんだ。自分の会社にだって俺を入れようとしないし、そのせいで俺がどれだけ就活で苦労したか」
「自分の力で生きていく力をつけてほしいからよ」
「そうやって正論ばっかり言って、孤独に生きてけよ」
「待って。会ってゆっくり話しましょう」
「無理」
翌日、息子の婚約者・光が、母親のもとを訪ねてきた。
「お母さん、光です」
「食事会以来ね。どうしたの?」
「レオさんから聞きました。喧嘩なさったとか」
「恥ずかしい話だけどね」
「理由は教えていただけなかったんですが……もしかして、私が結婚相手なのが不服ですか?」
「え?」
「あ、いいえ。顔合わせの時、母が飲みすぎてしまい、醜態をさらしてしまったものですから。きっとよく思われていないんだろうなって」
「そうじゃなくて」
「分かってます。私たち親子は確かにお金に苦労したし、そういうのが染み出ちゃってましたよね。会社を経営するお母さんとは格が違うというか」
「別に私が上だとは思ってないわ」
「あ、分かってます。でも実際に、収入も教養も全てお母さんの方がうちの母より上なのは事実です」
「そういうことじゃなくて」
「まずは母の非礼を、娘としてお詫びします。それから私自身にも、未熟とはいえ至らない点が多々あったこと、心からお詫び申し上げます」
「光さん……」
「でも、レオさんを思う気持ちは誰にも負けません。必ずレオさんにふさわしい女性になれるよう、日々精進いたしますので、どうか温かく見守ってはいただけないでしょうか?」
「私の方こそごめんなさい。あなたがしっかりしたお嬢様だとは思いもせず、心配のあまり余計なことを言ってしまったわ。親がこう思うのは当然のことなのに」
「お母さん……」
「あなたになら、息子を任せてもいいかもしれないわね」
「お母さん、必ず彼を立派に支えてまいります。そして、今じゃなくていいので……いつか私を嫁と認めてくださると幸いです」
「言葉遣いなんて、レオよりずっとしっかりしてるわ」
「お金がないからと馬鹿にされたくなくて、勉強だけは頑張ってきました」
「私も若い頃は苦労したから、気持ちは分かるわ。これからよろしくね」
「ありがとうございます」
翌日、息子が母親に頭を下げた。
「光のことを認めてくれて、ありがとう」
「私こそ誤解してたわ。ごめんなさい」
「あのさ……光なんだだけど、ハワイ挙式にしようかと思ってるんだ」
「そうなの?」
「光のお母さんへの親孝行も兼ねたいんだ。どうやら海外旅行に行ったことがないらしくて」
「いいと思うわ」
「本当に計算した感じだと、八百万くらいはかかりそうなんだけど……いいかな?」
「いいわよ」
「出してくれるのか?」
「貸すだけね」
「相変わらず厳しいな」
「あなたの結婚なんだから、自分で払うの」
「分かってる。でも……嬉しいよ」
「三十九歳で高齢出産してから今日まで、ずっと手のかかる子だったわね」
「ごめん。でもここからは自分の力で生きていくよ」
「うん。頑張りなさい」
数分後、母親は秘書の飲み山を呼び出した。
「頼みがあるの」
「社長、いかがなさいましたか?」
「秘書のあなたに仕事以外の用事を頼むのは気が引けるんだけど、礼金は払うから引き受けてくれないかしら」
「なんなりとお申し付けください」
「息子がハワイ挙式をすることになったのよ」
「それはおめでとうございます」
「段取りを組んでもらえないかしら」
「お任せください。この飲み山、社員旅行から町内会の旅行まで数々の旅行をプランニングしてまいりました。そのどれもが好評で、旅行といえば飲み山と評判が立つくらいの男でございます」
「自慢はそのくらいにしましょうか」
「失礼しました」
「息子の連絡先は知ってるわね。人数や希望を打ち合わせしてくれる?」
「かしこまりました」
「お金は全て私が出して、出世払いしてもらうから」
「母親の鏡でございます」
「では、よろしくね」
「お任せください」
翌日、光が飲み山のもとを訪れた。
「あんたが飲み山?」
「はい。どちら様でしょうか?」
「レオの婚約者だけど」
「ああ、光様でいらっしゃいますか?」
「そう」
「確か私とあなたは初めて話すかと思いますが……」
「だから何? 義母の秘書なんだから、私があんたをどう使おうが自由でしょ」
「私は社長に雇われておりますが、あなた様との間に雇用関係はございませんよ。それに、最低限の礼儀は弁えていただきたい」
「生意気な秘書ね。レオが社長になったら首にしてあげる」
「そんなご予定が?」
「いずれそうなるに決まってるじゃない」
「このようなLINEを送って、私が社長に報告しないとお思いですか?」
「あなた、送った瞬間に送信取り消ししてることに気づいてないみたいだけど。無能秘書もいいところだわ」
「ああ、なんてこと……」
「あんたに頼みがあるのよ。車代は弾むわ」
「何でしょうか。私は社長を裏切るようなことはできませんよ」
「レオが社長になったら、役員に迎え入れてあげる」
「え……」
「悪い話じゃないでしょ?」
「まあ、確かに……」
「これ以上証拠は残したくないの。駅前のお寿司屋さんで待ってる。当然、支払いはあんたよ」
「意味が分かりませんが……すぐに参ります」
「ああ、キャッシュで百万持ってきて」
「許可もなく急には無理ですよ」
「あっそ。じゃあ、次会う時までに用意しといて」
「参りましたね……」
数日後、ハワイ挙式の準備は着々と進んでいた。光は母親に言った。
「お母さんの八百万で、無事ハワイ挙式できそうですね。本当にありがとうございます」
「いいのよ。せっかくだから楽しみましょうね」
「はあ。でも、式には来ないでくださいね」
「え?」
「だって、ババアは演技悪いし」
「ちょっと……何て言ったの?」
「だって、見た目がいかにもおばあちゃんでしょ? 六十九歳だから否定はできないけど、これでも頑張って若作りしてるのよ」
「痛々しいです」
「あのね、お母さんって三十九歳でレオを産んだんですよね?」
「そうよ」
「うちの母って二十歳で私を産んでるんで、まだ四十八歳なんです」
「それが何?」
「見た目も感覚も、まだまだ若いってことですよ。それに比べてお母さんはちょっとねえ……」
「はい?」
「写真も一緒に映る気でしょ? ちょっとやだなって」
「何が言いたいの?」
「町内会の旅行じゃないんだから、留守番してなさいよってことです」
「光さん……」
「ああ、怒っちゃいました? もしかして秘書の飲み山に命令して全部取り消しなさいとか、ヒステリック発動しちゃいます?」
「なんであなたが飲み山の名前を知ってるの?」
「レオじゃ頼りにならないんで、私が挙式の件でやり取りをしてたんです」
「だとしたら、飲み山が私を裏切るわけがないわ」
「飲み山は、こちら側に着きましたよ。いずれレオがその会社を継いだ時に必ず役員にしてやるって餌をぶら下げたら、まんまと食いつきました。秘書の忠誠心がちょろすぎて、笑っちゃいますね」
「そんなの嘘よ」
「せっかくのハワイ挙式なのに、気まずい雰囲気にしたくないじゃないですか。分かっていただけます?」
「……そう。じゃあ、欠席で」
「ごめんなさい。その代わり、レオに言うわ。このLINEを見れば、あの子も目を覚ますでしょうね」
「はあ、無駄ですよ。今、彼の中ではお母さんがすっごい悪者になってるんで」
「はあ? 私が何をしたのよ」
「結婚前なのにいびられてるってことになってるんです。LINEの文章なんて偽造して、別れさせてやるって言われたって言ったら、信じてましたよ」
「なんて人なの?」
「挙式費用が浮くから、うちのママにはファーストクラスを取ってあげようかな。いくらするか知ってる?」
「……余裕でしょ」
「そんなに無駄遣いして大丈夫ですか?」
「私は将来の社長夫人ですよ」
「何か勘違いしてるようだけど、私は息子に会社を譲ると決めてないわよ」
「じゃあ、お母さんは息子や孫には一生会えなくていいってことですね」
「ああ、そういう脅し方をするわけだ」
「いくら財産があったって、家族がいない老後なんて寂しくてたまらないでしょうね」
「そうかもしれないわね。だからといって、あなたにへこへこして孫に合わせてもらうなんて、こちらから願い下げよ」
「その強がりを数年後、悔しがって泣き叫ぶお母さんが目に浮かぶようです」
「ご心配には及ばないわ。私は泣かないから」
「言っておきますが、レオは私から離れません。会社を継がせなければ、あの人の命は私の手の中にあるということをお忘れなく」
「どういう意味?」
「彼って、私にゾッコンじゃないですか? 私を失ったら、速攻でうつ病になったりして。どうすれば彼が傷つくか、私は全部把握してます。まあ、お母さん次第ですけど」
「卑怯な女……あんな小細工の芝居に騙された自分が情けない。最初から違和感はあったのに」
「悔しいですよね。でも、私の勝ちです」
翌日、飲み山が社長のもとに現れた。
「あなた、光さんと話したの?」
「話をしたどころの騒ぎじゃありませんよ。寿司までおごらされました。こちらは経費で落ちるでしょうか?」
「領収書を持ってきてちょうだい。ありがたい救済措置だわ」
「そんなことより、ハワイ挙式の件です。私抜きで行く話になってるそうですが、そのようでございますね」
「あなたはあっちの味方なの?」
「社長はどう思われますか? とてもじゃないけど、私は信じられません」
「そう。私が社長を裏切るわけがありません。でも、あの女は飲み山が味方だと言ったわ。その上、私にはハワイに来るなと言ったのよ」
「そのくらいのことは言いそうな女です」
「どういう意味?」
「というか、なんというか……あんなのと坊っちゃまが結婚するなんて、この飲み山、死んでも死にきれません」
「何を話したのよ」
「自分が社長夫人になったらタワマンに住んで犬を五匹飼うそうです。それから、家政婦を三人雇い、専属メイクに専属スタイリストもつけるとか……正気かしら。週に一度は自宅に寿司職人を呼んでパーティー。海外旅行は月二回とか……もう、夢物語のことばかり言ってました」
「やっぱり私の勘は間違ってなかったのね。初めて会った時から嫌な感じがしたの」
「社長の人を見る目はさすがです」
「ただ問題は息子ね。相当惚れてるようですし」
「そう。心配なのは息子よ。下手にこちらから手出しはできないわ」
「社長、私にお任せいただけませんか?」
「何をする気?」
「それは今から考えますが、私は昔から、困った時の飲み山と言われてきました」
「異名がいくつあるのよ」
「最後にはなんとかするということでございます」
「分かった。任せるわ。私もレオと話をしてみる」
「それはいけません。今は親からの言葉なんて耳に入らない時期でございます」
「確かにそうね」
「この飲み山にお任せくださいませ。ただし、百万ほど使う許可をください。後ほど回収いたしますので」
「なんとなく読めたわ。任せる」
「ありがとうございます」
数日後、飲み山がレオのもとを訪れた。
「坊っちゃま、少しよろしいでしょうか?」
「ああ、飲み山さん。挙式の件で動いてくれてるそうでありがとうございます」
「社長はハワイには行かないってご存知ですか?」
「ああ、光を悪者にしたLINEのことですね。母がプロの業者を使って光と飲み山さんのLINEを偽造したらしいんです。それを光に送り付けて脅してきたんですって」
「信じたんですか?」
「母は最初この結婚に反対してましたからね。全然あり得る話ですよ」
「そうですか……そんなに光様がお好きなのですね」
「そりゃそうですよ。結婚を決めた人なんですから」
「実は、挙式費用の概算で八百万ほどというお話はしましたよね。はい。意外とかかるなと思って驚きました。そのお金はハワイへの旅費や宿泊費など、現地でかかる費用なんですよ」
「はい、知ってます」
「しかし光様は、そのお金のうち百万を要求して、散々遊んでいらっしゃるんです」
「え? そんなことありえません。光は母子家庭育ちの倹約家だし、物欲もないタイプですよ。俺も母には厳しく育てられたし、金銭感覚が合うところがいいなって思って付き合ったんですから」
「先に謝っておきます」
「何ですか?」
「結婚前の女性がお金を使うとしたら、エステや美容室かなと思い、尾行させてもらいました」
「光のこと信じてないんですか?」
「はい。……いや、信じなくてよかったと思っています」
「なぜでしょうか?」
「レオ様よりも若い男に焼肉を食べさせ、高級ブランドで財布を買ってあげて、超高級ホテルに消えていましたから」
「そんな……飲み山さん、嘘ですよね? 母に何か言われて証拠を捏造したんでしょう?」
「確かに私はお母様の秘書であり家人です。でも、同じくらいレオ様の幸せも願っています」
「だからって……あんまりだ」
「では、このまま光様との結婚を進めましょう。坊っちゃまのお気持ちが一番です。私はそれを尊重したいと思います」
「でも……不安なら自分で確かめてはいかがでしょう。それが何よりも確実ですからね」
「……はい」
数日後、夜遅く、光が飲み山に電話をかけてきた。
「追加で二百万持ってきて」
「こんな時間に何ですか? 私はすでに酒を飲んでベッドに入っておりました」
「知るかよ。金が足りないの」
「酔っていらっしゃるんですか?」
「友達が独身最後のパーティー開いてくれて、高いシャンパン入れてたらみんな逃げちゃった」
「何か勘違いされているようですが、私はあなたの秘書ではありません」
「分かってるっつうの。将来はレオの秘書になるってことでしょ?」
「いえ、私は社長が引退すれば一緒にやめます」
「じゃあ、新しいイケメンにしようと?」
「今度はその方に貢ぐおつもりですか?」
「あ、いえ、何でもありません。光様はお美しいものがお好きなようですので」
「よく知ってんじゃん。美景最高。早くお金持ってきて」
「私は預金を預かる立場にございませんので、レオ様に連絡してください」
「それだけはやめて」
「ああ、私としたことが申し訳ありません。あなたがその店に入ったことを確認してから私は帰宅したのですが、入れ違いにレオ様がお店の前でお待ちになっていたんです」
「はあ? 私を尾行してたの?」
「なので、店を一歩出ればレオ様がいらっしゃるはずです。お金はレオ様から借りてください」
「やだ。やめてよ。私はホストで遊ぶキャラじゃないの。レオに何て言えばいいのよ……」
「キャラがいくつもあると使い分けが大変ですね。義母にすり寄って取り入ってみたり、清楚で素朴な女を売ってみたり、ホストで遊んでみたり。ああ、私なら目が回りそうです」
「飲み山、裏口から入ってきてお金だけ持ってきなさい」
「あの、少し前から気になってたんですが……」
「何よ?」
「こっちが丁寧に喋ってるからと言って、お前ごとき小娘に顎で使われるような男じゃねえぞ」
「へ?」
「まだ席も入れてなけりゃ後継ぎも決めてねえのに、何を社長夫人になった気でいるんだよ。おまけにずっと飲み山飲み山って呼び捨てにしてくれたな。レオ様だって敬語で様付けしてくれるのに、赤の他人のお前が偉そうに呼び捨てにすんじゃねえよ」
「すみません……」
「社長はとっくに、お前の本性を見抜いてたんだよ。でもな、息子のためを思って一旦は折れたんだ。それを調子に乗りやがって。一生ホストで安いシャンパン開けて、好きにやってろ。このクズ」
「飲み山さん、助けて……」
「偉そうに五本くらいシャンパン開けて、今更お金がないなんて言えない。その小さなプライドのために社長の金を使えるか。コップでも洗って払うまで出てくんな、飲み山さん」
翌日、光が社長のもとに現れた。
「お母様、私、反省しております」
「反省だけなら猿でもできるわ」
「前に話した礼儀正しいバージョンの私が、本物の私です」
「バージョンが多すぎてついていけないわ。年寄りにはね」
「そうおっしゃらず」
「また手の平を返されるか、分かったもんじゃないわね」
「もうそんなことはしません。お金も地位も名誉もいらないので、レオさんと一緒になりたいんです」
「そんなに息子のことが好きなの?」
「はい。あんなに素直で真っすぐな人はいません。一生かけて彼を幸せにしたいんです。お金がなくても」
「それなら良かった。レオの給料は来月から手取り二十万になる予定だから」
「は? なぜですか? 今、大手で四十万はもらってるのに」
「夢だった動物園で働きたいそうよ」
「何そのしょぼい夢……」
「恋愛に疲れて、夢を追いかけたいとか、遠い目をして言ってたわ」
「でも、いずれはお母様の会社を継ぐんですよね?」
「継がせない。今からレオを育てたんじゃ間に合わないもの。それに、うちには信頼できる優秀な社員がたくさんいるの。その中の誰かに任せたい」
「それでもいいんです」
「そんなにレオが好きなら、まずは本人に伝えたら? それでも息子があなたを選ぶなら、私はもう何も言わない」
「本当ですか?」
「もちろんよ」
数分後、光はレオに言った。
「私、色々反省したけど、どうしてもあなたが好き。このまま絶対に結婚したいの」
「ごめん。それはできない」
「昨日のことはごめんなさい。ホストなんて初めて行ったのよ」
「黒服の人が、いつもありがとうございますって丁寧に頭下げてたけどな」
「もう二度と行かない。あなたを支えるわ。動物園勤務でもいい。臭くても我慢する」
「給料は今より下がるぞ」
「お金が少ないのは困るけど……バイトしてくれるよね。それと、困ったらお母さんが助けてくれたりとか。そうやって二人で支え合ってこうよ」
「はあ……伝わらないな」
「レオのことが好きなの」
「どこが?」
「貧しくても支えるって言ってるんだよ」
「給料少なければバイトしろ。母に金を借りてこい。これのどこに、君が支えるって思える部分があるのかな?」
「それは私も働くよ」
「だよな。母さんに百万、ホストクラブに二百万もの借金があるんだから、頑張ってくれ」
「飲み山さんから聞いたのね」
「私が飲みに行くのには理由があるの」
「何?」
「母子家庭だから、男性の愛を求めてしまうのよ」
「もっともらしいこと言ってるけど、君が求めてるのは若い年下イケメンだけだろ」
「へ?」
「アフターでホテルに行く必要ってあんの? そういう世界のことよくわからないけど、俺は婚約者がそういうことをするのは許せない。だから、婚約解消ってことで」
「待ってよ」
「俺と結婚しても、君の欲しい未来は手に入らないよ。動物の匂いが染みついた洗濯物を洗う生活がいいなら歓迎するけどね。挙式をあげるお金もないけど」
「憧れのハワイ挙式が……」
「式場、航空券、ホテル代、新居。全部キャンセルしたと飲み山さんから連絡があったよ」
「え、新居って何?」
「タワマンの手付け入金直前まで話が進んでたって。なんだかんだ言って親だよな。俺の結婚を祝おうとしてくれたのに。その母親をお前は拒絶して、式から排除しようとした」
「あれは調子に乗っちゃって……」
「俺の見えないところで、一生乗っててくれ。じゃあな」
「待って。タワマン欲しい。より戻して」
数分後、光は捨てられた。
「よかった。女を見る目のない息子だと思ってがっかりしたけど、ギリギリ気づいてくれたわ」
「お母さん……」
「ああ、もうその呼び方やめて。完全な他人なんで。それと、飲み山から借りた百万、返してね」
「その件ですが……ついでに二百万ほど貸していただけないでしょうか?」
「なんであなたの飲み代を私が肩代わりしなきゃならないのかしら?」
「なんか怖い人から電話がかかってくるようになって……早く払わないと東南アジアがどうとか、わけのわからないほど早口で怒鳴られて怖いんです」
「ああ、しょうもないババアと絡んでると、ろくなことがないわよ。これで終わりにしましょう」
「そんなの寂しすぎませんか? せっかく出会ったのに」
「一度食事したくらいで親戚ぶってお金の無心をしてくるお母様によろしく伝えて。二度と連絡してくるなって」
「え……母が? 親子揃ってそっくりねえ。お金のことしか考えてないの?」
「まとめて請求書を送っておくわ。母は一体、いくら借りたのかしら」
「百二十万……」
「あのババア。身内になる方だと思って優しくしすぎたのは反省してる。すみませんでした」
「私も、息子の選んだ人にケチをつけるような母親にはなりたくなくて妥協してしまったわ。最初から弱点を突きつけておけばよかった」
「私は本来、まともな人間です。今はちょっとエラーを起こしてるだけなので、必ず真人間になって彼を支えますから」
「私がどれだけ気を揉んで結婚を祝福しようとしたか、あなたに分かる?」
「分かります。痛いほど分かります」
「お嫁さんになろうという人に、ババアとかしょうもないとか言われて傷ついたのよ」
「本当に我ながらひどい発言でした。後悔してます」
「人を見る目には自信があったけど、私もまだまだね。ただ、悪い虫はやっつけておかないと」
「そういえば」
「よし、害虫駆除完了。さてと、仕事しましょう」
その後、光は社長の息子と結婚するというだけで何を勘違いしたのか散財していたそうだ。カード三枚を限度額まで使い切り、光の母親も借金して遊んでいたせいで、今は支払いに追われる日々だとのこと。今までも本性を隠して生きてきたため、本当の彼女を知った人たちは離れていき、誰にもお金を貸してもらえず、結局はサラ金で借金をして返済に追われているようだ。夜の世界に飛び込んだらしいが、他の女の子のお客さんを横取りするというルール違反を犯しまくり、首になったとか。多少の演技で男性を騙せても、長続きはしないということを学んだだろう。
息子は女性を見る目のなさを反省し、動物園で働く資格すらないと言い出し、今も社長とは違う会社で経験を積んでいる。ある日、彼は母親に温泉旅行をプレゼントしてくれた。今日はお詫び兼ねてと、彼が選んでくれたのだ。
「そして、相変わらず頼もしい秘書として私を支えてくれている飲み山には、管理職としての祝いとして、奥さんとのハワイ旅行をプレゼントするつもりです」
旅行といえば飲み山だ。どんな旅行プランにするのか、社長は一人、言葉にできないほど楽しみにしているのだった。
