「ねえ、大輔、ちょっとお願いがあるんだけど。」
「なんだよ。こっちは仕事中なんだぞ。」
「分かってるんだけど、今日どうしても勇気を保育園に迎えに行ってほしいの。」
「は? なんで俺がそんなことをしなきゃいけないんだ。そういうのはお前の仕事だろ。」
「息子のことなんだから、どっちの仕事ってわけじゃないでしょ。私だって今日は残業がどうしてもはずせなくて……」
「俺だって働いてるのに、そんなことできるわけないだろ。」
「あなたは基本的に残業ないでしょ? 大手で労働環境がしっかりしてるって、いつも言ってるじゃない。」
「当たり前だ。うちはエリートの集まりだ。残業なんてするのは無能の証拠なんだよ。」
「そこまで言わなくてもいいでしょ。私だってやりたくてやってるわけじゃないの。」
「じゃあ断れよ。そんな残業、お前がやる必要はないだろ。」
「これも家計を支えるためなのよ。」
「お前の稼ぎなんて、あってもなくても同じだ。俺の半分以下の給料のくせに、ようやくそんなことが言えるな。」
「あなたが稼いでるのは分かってるけど、そんな言い方しなくてもいいじゃない。」
「言わせてもらうぞ。お前は俺がいなきゃ、まともに飯も食えないんだ。俺の嫁として良い暮らしをさせてもらってるんだから、最低限の役割くらいはこなせ。家事なんて誰でもできる簡単なことだろ。子供の迎えくらいやってくれよ。それ以上は求めないからさ。」
「子育ては夫婦で協力してやるものだと思うけど。」
「その考えがもう間違ってるんだよ。稼いでない方が家事も育児もやるのが当然だろ。俺にやってほしけりゃ、俺より稼いでから言え。」
「勇気のこと、可愛いと思わないの? お金とかじゃなくて、愛情でやるもんじゃないの?」
「甘いんだよ。お前ら二人は俺にとってただの足手まといだ。俺の稼いだ金を使うだけの脳しかないんだよ。」
「私だけならまだしも、子供にまでそんなこと言うなんて……」
「事実を言ってるだけだ。とにかく子供のことはお前がやれ。俺は絶対にやらないからな。」
「……分かったわよ。もう、あなたには頼らないから。」
後日、薫は大学時代の親友であるかおるに食事をしながら相談を持ちかけた。
「弁護士って、今からなるのって大変かな?」
「え? どうしたのよ、急に。」
「ちょっと、かおるが弁護士として活躍してるから聞いてみたくて。」
「もちろん大変よ。今からならロースクールに行って、最低でも二、三年は勉強し続けないと司法試験には受からないわ。その間はほぼ勉強漬けの生活になると思ってていい。しかも子育てしながらだなんて、かなりきついわよ。」
「そうなんだ……」
「でも、どうして急に弁護士なんて?」
「今よりも収入を増やしたいなって思って。それで聞いてみたの。」
「あなた、旦那さんが大手広告代理店に勤めてるんでしょ? 収入には困ってないんじゃないの?」
「その夫にね、『お前の稼ぎなんてなくても同じだ』って言われちゃったのよ。」
「え、そんなこと言われたの?」
「そう。だから家事も育児も全部私に押し付けてきてさ。私が意見できるようになるには、私が稼がないとダメだなって思ったの。」
「それで弁護士を目指そうってわけね。でも、それはやめておいたほうがいいわ。仕事も家事も育児もしながら資格を取るのは、現実的に難しいから。」
「そうよね……じゃあ、副業で何かできるものはないかな?」
「あなた、学生時代にいつもパソコンで何かやってたじゃない?」
「ああ、サイトを作ったり、バイトでウェブの仕事をしてたわね。」
「そういうのを活かした仕事ってあるんじゃない? アプリとか、ウェブ系の副業なら、弁護士になるよりもずっと早く稼げるかもしれないわよ。」
「本当? じゃあ、ちょっと考えてみる。」
「無理はしないでね。」
「ありがとう。また相談させて。」
「もちろん。いつでも相談に乗るわ。」
それから三か月後。
「大輔、ちょっと買い物をお願いしてもいい?」
「あのな、前に話したこと、もう忘れたのか? 稼ぎがないからってやつだ。」
「感謝はしてるわ。でも、今の状況を考えてよ。勇気が風邪を引いて寝てるのよ。私も看病で外に出られないから、今日だけお願いしてるの。」
「嫌だ。俺みたいなエリートが庶民的な買い物なんてダサくてやってられない。同僚に見られたら笑いものにされるんだ。」
「みんなやってることよ。誰も笑わないわ。」
「俺はエリートなんだ。みんながやってることなんてやってられないんだよ。庶民のお前には分からないかもしれないけどな。」
「分かったわ。じゃあ、早く帰ってきて。私が代わりに行くから。」
「おい、勇気はどうするんだよ。」
「あなたが見ててよ。」
「そんなこと俺がするわけないだろ。風邪がうつったらどうするんだ。」
「じゃあどうするのよ。」
「俺はそっちには帰らない。ホテルに泊まることにする。」
「ふざけないでよ。子供が寝込んでるのよ。心配じゃないの?」
「風邪を引くなんて、体調管理ができてないやつが悪いんだ。俺は子供の時からできてたぞ。エリートだからな。勇気は残念ながらお前の血を強く引いてしまったらしい。俺と同じように優秀だったら可愛がってやろうと思ったんだがな。」
「エリートとか優秀とか、そんなところでしか人を判断できないの?」
「俺にとってはそれが全てなんだよ。稼げない奴に人権はない。お前ら二人は、俺の邪魔をすることしかできないんだ。」
「稼げるって、そんなに偉いことなのね。」
「そうだ。人間の価値はそれが全てだ。月二十万程度しか稼げないお前が調子に乗るな。俺と結婚できてるだけありがたいと思え。」
「だから私が家事も育児も全部やらないといけないわけね。分かったわ。私も頑張って稼いでみせるから。」
「せいぜい無駄な努力をやってみろ。三流大学卒のお前じゃ、どんなに頑張っても俺には追いつけないぞ。じゃあ、俺はホテルに泊まるから、明日までに勇気の風邪を治しておけよ。それくらいはできるだろ。」
「そうね。できる限りやらせてもらうわ。」
半年後、大輔が家に帰ると、リビングには食事の用意もなく、妻の姿もなかった。しばらくして、里美が勇気を連れて帰ってきた。
「おい、どこで油売ってやがる。帰っても飯も何もないじゃないか。」
「ああ、ごめんね。今日はママ友たちとご飯を食べる約束をしてたの。勇気も連れて行ってたから、あなたの夜ご飯は自分でどうにかしてくれる?」
「は? お前、勝手に何やってんだよ。俺のために家事をするのが、お前の最低限の役割だろうが。」
「それって、何だっけ? 前にあなたが言ってたわよね。『稼げない奴が家事や育児をやるべきだ』って。そういうことだったっけ?」
「そうだよ。俺のおかげでいい暮らしができてるんだから、家事も育児もやれよ。」
「じゃあ、明日から全部よろしくね。」
「は?」
「今日までは私が全部やってたから、正確には今日の夜からになるのかな?」
「何を言ってるんだ。どうして俺がそんなことをやらないといけないんだ。」
「だって、あなたは私よりも稼いでないから。」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。お前、俺の給料を知ってるよな。その上でそんなことを言ってるのか?」
「もちろんよ。知らずにこんなことは言えないわ。実はね、私、副業を始めてたの。」
「副業? お前が?」
「そうよ。アプリを作ってたの。大学時代にプログラミングを勉強してたからね。ママ友同士をつなげるマッチングアプリを作ったのよ。ママ友って、それぞれ大変だったり孤独だったりするから、そういうのを共有できる仲間ができたらいいなって思ってね。リリースしたら思いのほか当たっちゃって、たくさんの人に使ってもらってるの。」
「そんなアプリが話題だって聞いたことあるぞ……それで、お前が稼いでるってのか。」
「そうよ。あなたとは稼いでる額が一桁違うわ。私も驚いてるけど。だから、これからはあなたが家事も育児も全部やってね。」
「ふざけるなよ。俺にそんなことができるわけないだろ。」
「おかしなことを言うわね。『稼げない方がやる』って約束だったでしょ。それに、勇気のお世話はあなたに任せるのは無理ね。あなたに全然なついてないから。」
「あいつ、俺のことは好きじゃないのか?」
「当たり前でしょ? ここまで放っておいたんだから。だから勇気の世話は私がするわ。その代わり、あなたは家事全般をよろしくね。」
「待てよ。俺はそんなことできないって言ってるだろ。」
「反論する権利は私には許されなかったわよ。どれだけ忙しくても勇気のお迎えには行かないといけなかったし、風邪を引いた勇気の世話もあなたは一切してくれなかった。なのに、あなたの泣き言だけは聞かないといけないの? 不公平じゃないの?」
「でも、無理なもんは無理で……」
「今日は私たち、帰りが遅くなるかもしれないから、今のうちに練習しておいてね。ネットでも見ながらなら、あなたでもできるでしょ。明日から全部あなたがやるのよ。あなたが言い出したことなんだから。」
一週間後。
「おい、もう無理だ。俺が家事なんてできるわけないって。せっかくの休日が家事だけで終わってしまう。早く帰ってきてくれよ。」
「私はせっかくの休日を勇気と楽しんでるんだから、邪魔しないで。」
「もう勘弁してくれ。俺には無理だ。」
「まだ一週間も経ってないでしょ。私が教えてあげてるんだから、やってよ。」
「仕事をしながら、こんなことができるわけないだろ。」
「私は仕事をしながら育児もやってきたのよ。そんな言い訳は聞けないわ。それにあなた、『家事は簡単なことだ』って言ってたじゃない。一流大学を卒業してるんだから、これくらいすぐにできるようになるんじゃないの?」
「ふざけるなよ。俺にこんなことをして、ただで済むと思うな。」
「あら、何かするつもり?」
「後で思い知らせてやるからな。」
一か月後、大輔がリビングに置かれた書類を見つけた。
「これはどういうことだ? 離婚届があるんだが。」
「分かるでしょ? あなたとはもう終わりってことよ。」
「俺がなくてもいいってか。」
「当たり前でしょ。こっちは家事もできるし、お金も稼いでるの。あなたがいなくなったら、家事の負担が減ってありがたい限りよ。」
「相変わらず俺のことを舐めやがって。」
「こっちとしても、あなたと顔を合わせなくていいから、せいせいするわ。共働きじゃなくなるけど、それでいいの?」
「そんなもん、俺が稼いでるからいいんだよ。それにお前の稼ぎの半分は財産分与でもらえるしな。バカを追い出して、なおかつ臨時収入が入ってくるんだ。最高だ。」
「なるほどね。だから離婚しようと思ったんだ。とっても驚いたわ。こんなに私の思った通りに動いてくれるなんて。」
「は?」
「後から、私の知り合いの弁護士があなたに連絡をすると思うわ。今後はその人を通して話し合いをしてちょうだい。」
三日後、弁護士事務所で、大輔は担当弁護士と対面した。
「お久しぶりです。今回担当させていただく、朝田薫です。」
「やっぱりあんたか。」
「何度かお宅にお伺いしたことがありましたからね。では、離婚の話し合いをさせていただきます。」
「ああ、できるだけすんなり終わらせてほしいね。こっちは早くあんな女と縁を切りたいんだ。」
「分かりました。その前に、里美さんから財産分与について話すように言われています。あなたは、里美さんのアプリでの収益も財産分与の対象になる、とおっしゃったそうですね。」
「そうだ。だから俺は少しだけ我慢して結婚生活を続けてやったんだよ。そうしたら俺に入ってくる金が増えるからな。あいつのアプリ、かなり稼いでるんだろ?」
「とてもすごいです。月に数千万円を稼いでいるようですから。」
「いいね。その半分が俺のものになるってことか。ちょうど狙ってた車もあるし、それを買っちまうか。」
「勘違いされてるようですが、アプリの収益はあなたには入ってきませんよ。」
「は? 何を言ってるんだ。財産分与だろうが。」
「いいえ、あのアプリの収益は共有財産ではなく、特有財産です。つまり、財産分与の対象ではありません。まず、あのアプリ制作は里美さんが自身のスキルを活かして行ったもので、あなたは一切協力していません。さらに、開発にかかった通信費などの経費も、すべて里美さん自身が支払っていました。里美さんは事前に、通信費は自分で出すように手続きをしていたんです。それだけではありません。里美さんはアプリをリリースする際に開業届を出し、すでに法人化しています。アプリの収益は会社の収益であり、家庭とは無関係のものだと整理されているんです。」
「なんだよそれ。あいつ、まるで最初からこうなることを――」
「そうです。里美さんはアプリをリリースした時点で、あなたと離婚することになるだろうと予測していたんです。というよりも、離婚するための準備をしていたと言ったほうが正確ですね。」
「あいつ、俺をはめたのか?」
「いいえ、あなたが自らはまってきたんです。私は親友として、アプリの収益が出た時点で離婚するように言いました。でも里美さんは、最後のチャンスをあなたに与えたんです。家事をすることでその大変さを知って、それでもう一度家庭に目を向けてくれる人になってくれれば、離婚なんてしないってね。里美さん自身も反省してたんですよ。『あなたが変わってしまったのは、自分のせいでもある』って。入社した当初、あなたは仕事を頑張って家計を支えていた。家族を守るために。その努力が認められて会社での立場が上がった。でも、その結果あなたは調子に乗って、態度が大きくなってしまった。それでも最初は家族のためだったし、そんなあなたに感謝も尊敬もしていると里美さんは話していました。だから、どれだけ理不尽な扱いをされても耐えてきたんです。だけど、あなたはそんな里美さんの気持ちを知らずに、離婚届を突きつけた。全てはあなたが招いたことだということを、ちゃんと分かってくださいね。」
「じゃあ俺は、あいつの金を一円足りとももらえずに、離婚することになるのか。」
「財産分与として共有財産は精算しますが、あなたが支払う分が多くなることになりますね。」
一週間後。
「おい、お前、いい加減にしろよ。」
「何よ。離婚の話し合いは薫とするって言ってるでしょ。引き継ぎとか最低限のやり取りだけって約束したはずよ。」
「必要だから連絡したんだよ。離婚はしてやるけど、なんで俺が慰謝料まで払わないといけないんだ。」
「あんた、それ、本気で言ってるの?」
「俺は、慰謝料を払わないといけないことなんて、何もしてないぞ。」
「今まで散々私にモラハラをしてたくせに、ようく言うわね。」
「モラハラ? 俺が?」
「私のことを三流大学卒って言ったり、挙げ句の果てに『人権がない』とまで言ったでしょ。そんなことをしたんだから、慰謝料を払うのは当然のことよ。」
「そんなことを言った覚えはないぞ。」
「ああ、そう。言った側って、こういうの大抵覚えてないのよね。でも安心して。私、全部メモしてあるから。薫がね、『もしかしたら証拠に立つかもしれないから、結婚生活中に何を言われたかはずっとメモしておきなさい』ってアドバイスしてくれたのよ。あの日、あなたのことを相談した時のことよ。最初は意味が分からなかったけど、薫の言いつけを守って、日記に全部書いてたわ。」
「あの野郎……」
「それで、しっかりと証拠を残すために、離婚せずに耐えていたのよ。おかげで私に有利な証拠をたくさん集めることができたわ。これを証拠にして、慰謝料を請求させてもらうわ。養育費も請求するから、全部ちゃんと払ってよね。あんまりごねると、私はもっと面倒なことをするから。」
一年後、大輔から久しぶりに連絡が来た。
「大輔、久しぶり。」
「はあ? なんだよ。今まで俺のことをブロックしてたくせによ。」
「ちょっと話をしたいことがあってね。どうなの? 生活はちゃんとしてるの?」
「舐めてんじゃねえよ。俺はめちゃくちゃいい暮らしができてるぞ。そっちが調子いいからって、俺を見下してくるんじゃねえ。」
「まあ、私もアプリが好調なおかげで忙しくしてるわ。ところで、あなたがやってることに苦情が来てるのよ。」
「は? 苦情?」
「私のことを利用して、情報商材を売っている人がいるって報告があったの。しかも、私が作ったアプリの共同制作者を名乗ってね。その人が『アプリを売るために必要なものだ』って言って、商材を売ってたらしいの。当然、あのアプリは私一人で作ったもので、共同制作者なんていないわ。だから業者に頼んで調べてもらったら、その商材を売ってたのは、あなただったのよ。」
「何が悪いんだよ。俺はお前の夫だぞ。共同制作者で間違いないだろ。」
「間違いだらけよ。それに、あんたはもう夫でもなんでもないし。あなたは私がアプリを作ってること、リリースした後も知らなかったでしょ。どうしてこんな詐欺みたいなことをしたのよ。」
「稼げるチャンスがあるんだから、それを利用して何が悪い。」
「ああ、そう。お金のためなら、人を騙すことも平気なわけだ。あんたの商材を見たわよ。ネットの記事を貼り付けただけの薄っぺらい内容だったわね。あれで十万円も払わせるなんて、詐欺以外の何者でもないわ。警察でそのことを話したら、あんたの言い訳なんて刑事さんは聞いてくれないと思うけど。」
「警察? お前、警察に通報するのか?」
「そりゃそうよ。あんたのせいでうちの会社は風評被害に遭ってるんだから、損害賠償も請求するからね。」
「待てよ。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりだったんだ。お前がすごい稼いでるって聞いてさ、悔しくなって……」
「嘘をつかないで。生活に困ってるから、こんなことをしたんでしょ。あんたの話は、私の耳にも入ってくるのよ。会社で偉くなって部下にパワハラをしてたんでしょ。しかも出世のために、部下の手柄を横取りしたりしてたってね。それがバレて降格されて、部署も左遷されたんだって聞いたわ。それで給料が下がって、周りに金がないって愚痴ってるらしいじゃない。」
「誰だよ、そんなことを言ったのは。」
「あんたに恨みがある人が言ってたみたいよ。たくさんいすぎて、誰とは言えないけど。」
「くそ……!」
「あんたは最低の男だった。人を見下して、家族を働かせて。でも、あんたはそれでも努力で社会的地位を獲得していた。私はね、そこだけはあなたのことを認めていたの。まあ、それも嘘だったみたいだけどね。私はあなたのことを信じてたし、尊敬もしてた。だから、あなたよりも稼げるようになりたいと思って努力をしたのよ。それなのに、あんたは努力もせずに人を騙してお金を稼いだ。私はそれが許せないの。あんたのことは警察に突き出す。そして、二度と勇気の前に現れないで。父親が犯罪者だなんて、あの子にとってマイナスでしかないからね。」
「待てよ。許してくれ。今回だけは見逃してくれ。」
「ダメに決まってるでしょ。罪を犯したら償わないといけないのよ。一流大学卒のくせに、そんなことも分からないの?」
その後、大輔は詐欺の罪で警察に逮捕された。裁判では初犯で被害額も小さかったことから執行猶予がついたが、会社は当然首になり、大輔は里美の会社から多額の損害賠償を請求された。今では昼はコンビニでアルバイトをし、夜は配達員の仕事をするために睡眠時間を削ってバイクを走らせているらしい。住んでいる部屋も安い場所に引っ越し、半額シールの貼られた食材を買って、なんとか生活しているという。
一方、里美は現在社員を雇い、本格的に会社を経営するようになった。社長業にはまだ慣れないが、優秀な社員たちの支えがあって、なんとか会社を切り盛りしている。勇気は今年小学校に入学し、友達もたくさんできて、毎日楽しそうに笑顔を見せている。里美はこれからも、勇気に少しでも負担や寂しい思いをさせないように、母親として頑張っていきたいと思っている。
