夕べ、病院のベッドの前で姉が私に言った。「あんたみたいなどん臭いやつを妹だと思ったことはない」って。笑っちゃうでしょ。私、丸十年、仕事を調整しては病院に通い、検査結果が出た日だって、姉の注文した雑誌を探して本屋を三軒も回ったのに、違う号を買ってきただけで「人の気持ちを踏みにじりやがって」ですって。そして母は「お姉ちゃんの次に愛してるわよ」って、まるで私が二番目で当然みたいに言った。私はドナー…

夕べ、病院のベッドの前で姉が私に言った。「あんたみたいなどん臭いやつを妹だと思ったことはない」って。笑っちゃうでしょ。私、丸十年、仕事を調整しては病院に通い、検査結果が出た日だって、姉の注文した雑誌を探して本屋を三軒も回ったのに、違う号を買ってきただけで「人の気持ちを踏みにじりやがって」ですって。そして母は「お姉ちゃんの次に愛してるわよ」って、まるで私が二番目で当然みたいに言った。私はドナー...

「姉さん、急に太ったなんて言わないでよ。どうかしてるわよ」
「うるさいな。あんたが悪いんでしょ。私が頼んだのと違う雑誌を買ってきて。今日は気分が悪いから、気分転換に楽しみにしてたのに」
「ごめん。でも本屋さんにはそれしかなかったのよ。欲しいって言ってたのは先月のものだったし」
「うるさい。あんたのせいで余計に具合が悪くなるわ。本当に最低。人の気持ちを踏みにじりやがって」
「そんなつもりは……ちょっと落ち着いてよ、姉さん」
「馴れ馴れしく姉さんとか呼ばないで。あんたみたいなどん臭いやつを妹だと思ったことはない」
「え?」
「え?じゃないわよ」
「それは言いすぎでしょ」
「うるさい。私より健康に生まれたくせに、こんな嫌がらせをして私の気分を悪くさせて、早く死なせたいわけ?」
「そんなつもりはないってば」
「もううんざり。入院中で気分が悪い私に、その辛そうな顔を見せないでよ。二度と見舞いに来ないで」
「なんでそんなひどいことを言うの?私、姉さんのために頑張ってきたわ。お世話だって、これまでずっと私がやってきたのに」
「そんなの当たり前でしょ。あんたは私と違って丈夫で、風邪も引かない。それなのに私は入院ばっかり。何よ。雑誌なんて自分で買いに行けって言うの?」
「そんなこと言ってないわ」
「行動でそう伝えてるんじゃない。あんたは本屋なんて行けないもんね。だからこれで我慢しろってさ」
「違うの、姉さん。話を聞いて」
「もう本当にむかつく。話しかけてくるな」
「……分かったわ」
「さっさと消えろ。あんたのせいで今日一日の気分が台無しよ」

数時間後。母が私を呼び止めた。
「ちょっと美咲。お姉ちゃんは今日は具合が悪くて疲れてるのよ。怒らせてどうするの?何をしたか知らないけど、後でお姉ちゃんに謝りなさい」
「私は悪いことなんてしてないってば。何も聞いてないのに、いきなり私が悪いって決めつけるの」
「お姉ちゃんの機嫌が悪い時は、大抵あなたが機嫌を損ねた時でしょ」
「あの日は検査結果が出たから、それを聞きに急いでたの。だから欲しいって言われたものを探す時間がなくて」
「はあ。そんなくだらないことでお姉ちゃんのお願いを粗末にしたの?」
「くだらない?」
「あなたの検査結果なんてどうでもいいの。どうせ定期健康診断でしょ。それよりお姉ちゃんは大変なのよ。もう少し寄り添いなさい」
「そんな言い方、ひどくない?私のことはどうでもいいって」
「何それ?私のこと愛してくれてないんだね。やっぱり」
「愛してるわよ。お姉ちゃんの次にね。私だって母親なんだから、子供に愛情はあるわよ」
「……そう」
「大変といえば、さっき先生からドナーが見つかったって聞いたのよ」
「そっか。もう伝えられたんだ」
「え?何、知ってたの?」
「病院で聞いて」
「それならあなたも言われたでしょ?手術できるかもしれないって」
「ドナーが誰か聞いたの?」
「臓器提供者に礼が言いたいけど、守秘義務があるから教えてもらえなかったのよ」
「そう。誰か知らないんだ。それは良かった」
「え?」
「いや、こっちの話。生きてる人から臓器をもらったら気が引けるでしょ」
「まあ、確かにね。その人には一生感謝するわ」
「そうだね」
「でも手術費が高くてね。あなたが半分負担してくれるわよね?」
「私が?」
「家族なんだから当然でしょ。公的医療制度を使っても、やっぱり私の収入だけじゃ厳しいのよ。家にもお金を入れてるんだし」
「お姉ちゃんのためなのに、情けないわね。とにかく頼むわよ。お姉ちゃんを見殺しにするような、そんなひどい人間じゃないでしょ?」
「……分かった。なんとかする」

数日後、姉からLINEが来た。
「ねえねえ、美咲、聞いて聞いて。今日は検査結果がいいって先生に褒められたの」
「よかったね」
「それはそうと、よく連絡してこれたわね。私のこと嫌いなんでしょ?」
「え?もしかしてさっきのこと気にしてるの?あんなの嘘だって。本気にした?ごめん、ごめん」
「嘘とは思えない剣幕だったけどね。LINEでも相当怒ってるのが伝わったし、こっちは謝ったんだけど。でも、喧嘩くらい姉妹でよくあることでしょ?」
「喧嘩って言えるの?あれ」
「怒ってるなら謝るってば。ごめんね。でも美咲は許してくれるでしょう?だっていつも私のこと心配してくれるもんね」
「私に散々ひどいことを言っておいて、虫が良すぎるわ」
「でも美咲は私のこと、心の底から大事に思ってくれてるじゃない」
「へ?あれ?照れ隠しでしょ。分かってるわよ。美咲の気持ちは。好きでもないやつのために、お世話とかできないじゃない。なんやかんや言って、美咲は私のこと大好きなの知ってるもん」
「大好きって……そんな一方的な」
「とにかく仲直りしようよ。私たち、姉妹なんだし」

私は友人に愚痴をこぼした。毎回振り回されてばっかり。話を聞いてもらってばかりでごめんね、と私が言うと、友人は言った。
「気にしないで。それにしても、身勝手すぎない?」
「……そうだね」
「そんな家族、見捨てればいいのに」
「できないよ。昔から姉さんのことで家族が疲弊してるのを見てたし。姉さんだって何度か本当に危ないこともあったわ。もう二度と会えなくなるかもって思った途端に、いつも思うの。もっと大切にすればよかった、そばにいればよかったって」
「でも、わがまますぎるよ。言いなりになってる美咲も、美咲だって」
「私さ、家では空気みたいな扱いだったの。両親は姉さんにかかりきりだったし、小さい頃は本当にずっと入院してたこともあった。だから仕方なかったんだけど。でも、姉さんのお世話をしている時は、親も私を見てくれたの。お世話をすればするほど褒められて、認められて、愛してもらえたの」
「美咲……」
「分かってるの。最初は感謝してた両親も、今じゃ私が世話をするのが当たり前だと思ってることも。本当の意味で私のことを愛してないことも。もうなんか、疲れちゃった。認めてもらいたくて年収の高い仕事に着いたのに、今じゃ都合のいいATM扱いよ。検査を受けても、どうでもいいって言われちゃうんだからさ」
「あのさ、この際だからはっきり言ってもいい?」
「何?」
「そんなクソみたいな家族、捨てて逃げよう。美咲。今のあなたは一人で生きていける。確かに子供の時はどうしようもなかったかもしれないけど、今は違うでしょ。こんなの異常だよ。あなたの家族は、あなたを都合よく使ってるだけ。こんなの悲しすぎる」
「ありがとう。私のためにそんなに怒ってくれて」
「あんたが怒らないからでしょ。最初は何も話さなかったけど、毎回愚痴を言うようになって、少し安心したよ。でも状況は悪くなる一方で、私はあんたが潰れるんじゃないか心配なの」
「ねえ、本当に逃げようよ。引っ越し先が見つかるまで、私の家に泊まりなさい」
「……それはできないの」
「なんで?」
「姉さんのドナーは、私なの」

友人は絶句した。
「え?ドナーが……美咲?」
「今日はドナーの適正検査の結果を聞きに行ってたの。それでドナーになるって言っちゃって。手術が成功して、姉さんが元気になれば、もう私も解放されるし、感謝される。……甘いのよ。考えが」
「美咲。ここまでずっとあんたに依存してた人たちよ。そんな簡単にあんたを手放すはずないし。そもそも、あんためちゃくちゃおかしなこと言ってんの、気づいてないわけ?」
「おかしなこと?どこが?」
「臓器提供者だから感謝されるって、そもそもおかしいのよ。家族っていうのは、臓器提供者だからとか関係なく大切に思ってるものよ。分かる?あんた、今自分の家族がおかしいって、自分で自覚してたの。それはもういい加減目を覚ましなさい。自分の臓器を上げて解放されたいなんて、絶対にダメ。他にも方法はあるわ」
「なんでそこまで言ってくれるの?」
「友達だからに決まってるでしょうが。大切な人が自分を顧みずに滅びていくのを見て、悲しくないわけないでしょ」
「ありがとう。確かに、私は家族に愛されなかったかもしれない。でもね、あんたの周りには、あんたを大事にしてくれる友達がたくさんいるの。家族のことを諦めるのは大変かもしれないけど、家族以外であんたを愛してくれる人はいる。それを忘れないで」
「……うん。ごめんね。私、大切なこと忘れてた。見えなくなるよね。家族への希望も捨てきれないし」
「親を大切にするって、幼少期からの刷り込みもあるだろうからね。でも、ドナーを拒否したら、お姉さんは……」
「確かに、その点は気になるわよね」
「でも、あなたがドナーになるのも、ちょっと引っかかるのよね。そもそもドナーの適正検査って、美咲が受けたくて受けたの?」
「違うわ。母さんに言われて」
「なんて言われたの?」
「えっと……お姉ちゃんのためにドナー検査を受けて、って」
「なるほどね。あのさ、もしかしたら、あんたがドナーにならなくても、お姉さんは助かるかも」
「どういうこと?」
「あくまで憶測なんだけどね。普通は、臓器提供者に適合したら、まず家族に伝えるものじゃない?あんたが適正だって分かったら、普通は……」

その翌日、母から電話が来た。
「美咲、昨日の治療費の話だけど、やっぱり全額あなたが負担してくれる?お母さんのパート代だけじゃ足りないのよ」
「全額は無理よ。半額でもきついのに」
「ああ。お姉ちゃんがかわいそう。あなたって冷たいのね」
「冷たいって?私だって限界があるって言ってるだけでしょ。なんでそんな風に言われないといけないの?」
「あなたはお姉ちゃんの分まで健康に生まれたんだから、稼ぐのは当然でしょ。だって元気なんだから」
「そんな理屈、おかしいでしょ。それなら元気なお母さんが稼げばいいじゃない」
「私は年だから無理よ。あなたは自由に出歩けるんだから。お姉ちゃんのために尽くすのは当たり前なの」
「私も一人の人間なのに、私のこと何だと思ってるの?」
「何って?妹でしょ?お姉ちゃんの妹なんだから、お姉ちゃんを支えてちょうだい」
「もう無理」
「は?」
「もう無理って言ってるの。私はもう大人だよ。いつまでも家族のために献身的になると思ってるの?私のことを大切にしてないくせに」
「大切にしてるわよ。失礼ね。だから大学にも行かせてあげたじゃない。ちゃんと食事も与えたし、安心して眠れる家だってある。いい?あなたは感謝が足りないの。私たちはちゃんとあなたを愛してる。それが見えてないだけ」
「分かった。じゃあ聞くけど、愛してるって、どこが?」
「どこがって……伝わってないの?」
「伝わらないよ。姉さんの世話をせずに友達と遊びに行ったら、家で全く口を聞いてくれない。風で寝込んでも姉さんが最優先。大学だって奨学金だし、入学式にも卒業式にも来てくれなかった。これでなんで愛してるって言えるの?」
「そんな昔のことをネチネチ持ち出すんじゃないわよ。嫌な子ね。こんなに性格が悪いなんて、誰に似たのかしら」
「お母さんでしょ」
「……平気で口を叩かないの。とにかく、治療費はあなたがなんとかしなさい。じゃないとお姉ちゃんは手術できないのよ。お世話が嫌なら、最後くらい面倒を見なさい」
「いつも面倒を見させてるくせに、何言ってるのよ。もう本当に馬鹿らしい」
「何か言った?」
「何も。ただ、諦めただけ。もうあなたには何も期待しないわ」

数時間後、また姉から連絡があった。
「美咲、今日もお見舞いに来てくれるよね?お菓子が食べたくってさ、こっそり持ってきてよ」
「仕事もあるし、今日は難しいかも。それにお菓子だって、ダメって言われてるなら持っていけないわ」
「はあ。なんでよ。それくらい良くない?見舞いだって、何時間もいろって言ってるわけじゃないんだし」
「でも、私の辛そうな顔を見せるなって言ったのは姉さんでしょ?」
「え?ああ、あれはだから、嘘だって」
「ていうか、美咲は私より仕事が大事なの?ひどい。私は仕事もできないのに」
「仕事も大切だよ。生活がかかってるし」
「私の方がもっと大変なの。とにかく今日も来てね。約束よ」
「……自分勝手すぎる。私の気持ちはどうでもいいの?」
「どうでも良くはないけど、最終的に私のために動いてくれるじゃん」
「そう。そういう考えなのね。よく分かったわ」

一週間後、姉からまた連絡があった。
「聞いたわよ、美咲。手術は、あなたが私を助けてくれるんだよね。感謝してるわ。本当にありがとう」
「助ける?何のこと?」
「とぼけちゃって。手術費とか、出してくれるんでしょ?お金の面での助けも必要だしさ」
「手術するの?」
「え?まだ決まってないけど、ドナーが見つかったって聞いたから、きっとするに決まってる」
「そう。するって確定してるわけじゃないのね」
「見つかったとは言ってくれたのに、それからいくら待っても手術の話をしてくれないのよね。もう早くしてくれたらいいのになあ。ところで、今日はいつ来てくれるの?」
「病院には行かないわよ」
「え?なんで?」
「もう病院には行かないことにしたの。先生にも事情は話したし、手術もしないと思うわよ」
「ねえ、ちょっと、本当に何の話?」
「私がドナーだったのよ」
「え?」
「ここ数日病院に通ってたのは、検査や説明を受けてたから。でも、途中でドナーを拒否したの。最終確認があって、その時に全部話したわ」
「美咲が……私のドナーだったの?」
「ええ。先生には、手術が終わるまで黙ってて欲しいって頼んでたわ。自分の口で伝えたかったから」
「なら、なんで言わなかったの?」
「言うのが嫌になったのよ。だって、姉さんは私のこと、妹と思ったことないって言ってたし」
「あ、あれ……そんなことを言ったっけ?」
「覚えてないのね。機嫌が悪い時だったから。姉さんっていつもそう。機嫌が悪いと本音が出るのよね」
「それは、気を使う余裕がなくて」
「余裕がなかったら、何を言ってもいいの?それなら私も余裕がないから、何を言ってもいいよね。私も姉さんのこと、姉と思わないことにするから」
「ちょっと待って。何それ?急に。それじゃあ、私の手術は?」
「他人に臓器なんてあげられないもの」
「あれは本気で言ったんじゃないの?美咲は私の大切な妹よ」
「今更そんなことを言っても遅いわ。姉さんの言葉をそのまま返してるだけ。おかしいかな?私のことをどん臭いって言って、妹と思ったことないって言った。そんな相手に、命を預けるの?」
「それは、その時はイライラしてて」
「でも本音でしょ。だから私も本音で行動するね。嫌いな相手のために危険な手術は受けない。あと、先生にも言われたわ。ドナーはあくまで拒否権がある。適合したからと言って、家族から強要されてなるものではないって。きっと家族にバレてたら、拒否なんてできなかった。それは本来おかしなことだって」
「でも!私のこと見捨てるの?」
「長年の恨みを返したのはそっち。何度も何度も私の気持ちを踏みにじったなら、私も一度くらいそうしてもいいでしょう」
「そんなことしてない!そりゃ強く当たることもあったけど、美咲は私のこと大切にしてくれるから。だから、何を言っても離れないって……」
「ふざけんじゃないわよ。姉さんは、大切に思われることを当然だと思ってた。だから感情もそのままぶつけてたものね。私はサンドバッグじゃないの。家族なら、相手を思いやるものよね?」
「あ、思い合ってたじゃない!」
「どの口がそれ言うのよ。私が受験で忙しい時も、勉強なんかより私の世話。私が就職活動してる時も、面接より病院に付き添い。私が体調悪い時も、私の方がもっと辛いって。私より自分を大事にしてるものね」
「あの時は、状況が……」
「そうやって言い訳ばっかり。もう疲れたわ。姉妹としての情は確かにあったの。でも、それももう尽きた。愛しているとは、もう言えない」
「待って、美咲。お願い」

数時間後、姉からまた電話があった。泣き声だった。
「お願い、美咲、考え直して。私、ドナーがいないと死んじゃうかもしれないのよ」
「今更泣いても遅いっての。私の気持ちは伝えたのに、まだしがみついてくるなんて」
「でも……」
「でもじゃないわよ。私がどれだけ苦労してきたと思ってるの?小さい頃から姉さんの世話ばかりして、友達とも遊べなくて。でも母さんに喜んでもらえたから、我慢してきたのよ」
「何それ?私のことが大好きだから、世話してるんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ。そりゃ最初はかわいそうって同情はあったけど、もう今じゃ重荷にしかなってなかった。もう限界なの」
「私は、何をしても、いつも助けてくれると思ってたでしょ。でも立場が変わったのよ。私がいなければ、姉さんは助からない。つまり、姉さんの命は私が握ってるの。今度は私が選ぶ側よ」
「そんな……あなたがそんなことを言うなんて」
「姉さんが教えてくれたのよ。家族でも相手を選べるって。妹と思ったことないって言葉でね」

数日後、姉はまた電話をかけてきた。
「悪かった。お願い、助けて。先生に確認したのよ。誰かは言われなかったけど、拒否されたから手術もしないって」
「そもそも姉さんの病気は、移植が必要だけど、薬で症状は抑えられる。よっぽどのことがない限り、死んだりしないわ」
「でも苦しいの……本当にごめん。美咲。私、反省してる」
「姉さん、本当に反省してる?」
「本当に反省してる。これからは、あなたを大切にする」
「でも、姉さんっていつも口だけだよね。体調が悪くなったら、また同じことを繰り返す。暴言ばかりで理不尽なことを言って。もう何年も繰り返してきたんだもの。すぐには治らないわ。その証拠に、こうして本音を話したのにさ、あなたは私の気持ちなんて考えずに、自分の気持ちばかり言ってるよね、さっきから。気遣って一日置くとか、そういうこともしない。結局、自分のことだけ。これでよく分かったわ。口だけの反省だって」
「待って、待ってよ、美咲」
「さようなら、姉さん。姉さんと呼ぶのも、これが最後。これからは、寂しい病室で一人で過ごしてね」

その後、母から電話があった。
「どういうこと?美咲、聞いたわよ。あなた、お姉ちゃんのドナーだったって」
「ああ、本人から聞いたの?」
「どうして手術を受けないのよ。家族でしょ。これでお姉ちゃんは治るのよ」
「あのさ、母さん。母さんは、私の検査結果なんてどうでもいいって言ったよね」
「何よ、急に。根に持って、こんな嫌がらせをしてるって言いたいわけ?」
「違うよ。あの時の検査。あれ、ドナー適合検査だったんですよ」
「え?そうだったの?」
「でも、どうでも良かったんだよね。大事なお姉ちゃんのドナー適正の結果だったのに」
「知らなかったのよ。そんな大事な結果だったなんて」
「そうだね。でも、ならなおさら、私個人はどうでもいいんだよね。だから、私個人の臓器をどうするかにも、口出しされたくないんだけど」
「そんな、口を叩かないの!あなたがドナーにならないと、お姉ちゃんは助からないのよ」
「助からないじゃなくて、治らないだけよ」
「なんてひどいことを言うの!」
「確かにひどいかもね。でも、私以外にもドナーがいるかもしれないじゃない」
「いないわよ!今までなかったのに」
「本当に?それなら、母さんのドナー適正の結果、どうして私に教えないの?」
「それは……」
「友達がね、不思議がってたわ。なんで私に検査結果も言わずに強要したのかって。もし親に適正がなかったら、そのことを言うはずよね。だって、あなたしかドナーになれそうな人がいないって言った方が、提供も強要もしやすいもの」
「えっと、そういうのは個人情報で……」
「あのさ、はっきり言うね。母さん、本当は適合してたんでしょ。だから、姉妹の私の適合率も高いと思って、私に検査させた。そうじゃない?」
「その……えっと……」
「このままじゃ、大事な娘が死ぬかもしれないんでしょ。こんな時まで嘘をつくの?」
「死にはしないわよ!」
「ほら。死なないって分かってるじゃん。私をドナーにさせたいから、大げさに言ってるの、確定だね」
「あんたね!」
「それでどうなの?お母さんも適合してたんだよね」
「……そうよ。私も適合はしてたわ。でも、私じゃ体力的に厳しいし、年齢も考えて」
「結局、母さんは自分が提供するのは嫌で、妹の私ならいいと思ってるんだよね。私は姉のパーツってわけ。ふざけんじゃないわよ」
「そんなこと思ってないわ!でも、あなたの方が年も近いし、お姉ちゃんの負担かと思ったの」
「ここまで来ても、まだ姉さんのことしか考えてないんだね。あのさ、私だってリスクがあるんだよ」
「母さんは、家族なんだから当然って、何度も言ったよね。でも自分が手術するのは嫌なの。家族なのに」
「母親として、あの子を支えないといけないから。私がいなくなったら、大変でしょ」
「じゃあ、私の年齢や将来は考えてくれないの?私なら犠牲になってもいいってこと?姉さんの未来は考えて、私のことはどうでもいいんだもんね」
「そんなつもりじゃ……」
「何なのよ、さっきから」
「もう、家族やめるから」
「は?何言ってるの?」
「母さんは最初から自分は安全なところにいて、私に全部押し付けるつもりだった。それが家族愛なの?お金も時間も何もかも犠牲にさせといて、私だけはそれが当たり前って、おかしいよね」
「それは、仕方がなくて……」
「母さんは私のお金を当てにしてた。私が支えてくれるのを当然だと思ってた。なんで私が今まで姉さんのお世話をしてたか、考えたことある?」
「それは、お姉ちゃんが好きだからでしょ?」
「違う。私は母さんに大切に思われたかったのよ。だから姉さんの世話をしてたの。世話をしている時は、母さんが私を見てくれたから。家で孤独の中、過ごしたくなかっただけ。姉さんのことなんて、好きじゃなかったわ。ただ、母親から愛してもらいたかった。それだけだったのに」
「私だって、あなたのことはちゃんと愛してたわ」
「どこが?母さんは私を、姉のお世話係とATMとパーツ提供者としか見てなかったくせに。自分は何もしないで、私に全部犠牲にしろって。それのどこが愛してるのよ」
「ねえ、お願いよ。あなたのこと、これからは大切にする。だから、お姉ちゃんに臓器提供して」
「まだ言うの?呆れた。母さん、最初に私に言った言葉を覚えてる?あなたの検査なんてどうでもいいの、って。あの時は状況が状況で」
「私も同じ気持ちになったよ。母さんの気持ちなんて、どうでもいい。私を家族として見てくれなかった人を、私も家族として見る必要はないよね。お望み通り、私はどうでもいい存在として消えますから」
「待って、美咲!家族を見捨てるって言うの?」
「最初に私を見捨てたのは、そっち。二度と、顔も見せないから、安心してね」

その後、私は家を出た。半年後、母さんは私からの経済的支援を失い、姉さんの治療費と生活費に窮した。結局、母さんがドナーとなって手術を受けることになり、姉さんの病気は無事に治った。しかし、年齢的なリスクで軽度ながらも合併症を患い、母さん自身も継続的な治療が必要になった。姉さんは命は助かったものの、ずっと支えにしていた私を失った罪悪感と、母さんの介護で精神的に参ってしまったようだ。働いたことのない姉さんでは家計を支えるのは難しく、ギリギリの生活で保険や手当てを使い、頑張って暮らしているそうだ。あれだけ私に甘えていた姉さんだから、自立した生活を送るのは相当のストレスだろう。

一方、私はほんの少しだけ、友人の家でお世話になった。今まで虐げられていたこともあり、普通の生活というものがよく分かっていなかった。でも、友人は私に、一般家庭がどんなものかを教えてくれた。おかげで心の傷を癒すことができた。友人は、私にとって友人以上に大切な人だ。家族じゃなくても、大切な人がいる。それを教えてくれた友人には、感謝してもしきれない。

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