「みささん、これ、どうなってるのよ」——姑からの一本の電話で、私の八年間の結婚生活が音を立てて崩れ始めた。昼休憩の職場で聞かされたのは、まさかの月三十万の仕送り。しかも今月から二十万上乗せで五十万だって?私の月給がまるごと消える計算よ。夫とやに問い詰めると「母さんのためだからさ」と開き直る始末。その日の夜、私は夫にこう言い放った。「仕送りをやめないなら離婚。一発アウトじゃないだけマシでしょ」…

「みささん、これ、どうなってるのよ」——姑からの一本の電話で、私の八年間の結婚生活が音を立てて崩れ始めた。昼休憩の職場で聞かされたのは、まさかの月三十万の仕送り。しかも今月から二十万上乗せで五十万だって?私の月給がまるごと消える計算よ。夫とやに問い詰めると「母さんのためだからさ」と開き直る始末。その日の夜、私は夫にこう言い放った。「仕送りをやめないなら離婚。一発アウトじゃないだけマシでしょ」...

「みささん、これ、どうなってるのよ」

昼休憩のまっただ中に届いた、姑からの電話だった。

「な、何ですか、お母さん。今、貴重な昼休憩なんですが」

「そっちの都合なんて知らないわよ。それより今月の仕送り、まだ届いてないんだけど」

「あ、すみません。家計はとやに任せてるんで、私はちょっと…」

「だから、そっちの都合は知らないって言ってるでしょ。親への仕送りを忘れるなんて、どういうことよ」

「確かに、最近とやのお腹もたるんできましたしね…」

「お腹の話なんてしてないわよ」

本当に申し訳ない。とやは最近、こういう抜けたことが多い。この間も小春の小学校の給食費を払い忘れたし、先月なんて電気代を止められた。

「それは大変ね」

「でしょ?本当に、あの人ったらちょっと抜けてて…。というわけなんで、少し待ってもらえますか?」

「どういうわけよ。私は今すぐにお金が必要なの。待ちません」

「だめですか?」

「だめ」

「分かりました。じゃあ私の手持ちから出します。仕送りって五万円でしたよね。ちょうど昼休憩ですし、今から…」

「三千里さん、何言ってるの?仕送りの金額は毎月三十万よ」

「えっと、それ、何の冗談ですか?」

「冗談じゃなくて本当よ。いつもとやが振り込んでくれるんだから」

「いや、え、三十万?それ、私の月給、まるっと全部ってことですよ」

「あなたの給料事情なんて知らないわよ。ああ、それと、今月から仕送り三十万に二十万上乗せね」

「は?五十万ってことですか?三十万さえ意味が分からないのに、何言ってるんですか?」

「介護施設に入ることにしたのよ。それにかかるお金。私たち、家族でしょ。お願いね。みささんたちは共働きだし、五十万くらい余裕でしょ」

「……お母さん。失礼を承知で言わせてもらってもいいですか?」

「何よ」

「寝言は寝てから言ってください。……はあ。そんなの、払えません。そもそも三十万の仕送りだって、私は許してませんから」

「そんなこと言っていいの?あんた、離婚させるわよ」

「占い師みたいな言い方、やめてください。というか、私たちの離婚を決める権利はお母さんにはありませんから」

「いいのね。あんたのせいで私が困っても」

「とにかく三十万のことも、とやに確認しないと。この話は持ち帰らせてもらいます」

十分後。

「とや、話があるんだけど」

「うわ、みさ、なんか怒ってる。あ、もしかして、この間の給食費のこと?それとも電気代?謝ったじゃん」

「今はそれはいいの。全くもって良くないけど。一旦、いいわ。……そうね、じゃあ話って何?」

「お母さんへの仕送りのこと」

「仕送り?それはみさも承知の上だろう」

「三十万も送ってるのは、承知してませんけど」

「あ、あ、ごめん」

「ごめんじゃなくてさ。なんで?」

「なんでって……」

「三十万って大金だよね」

「大金ですね」

「その大金を、私に黙って仕送り。どういうこと?」

「いや、それはその、ほら、母さんも色々と金が必要だろうし」

「だからって、奥さんに黙って出す金額じゃないよね。しかも何?介護施設に入るから二十万上乗せしろとか言われたよ。これも黙って出す気だったの?」

「正気か?いや、母さんだってもう年だろ」

「って言っても、まだ六十代だし、特にこれと言って病気とかもないよね。昨年くらいに父さんが亡くなって、一人だし」

「だからって、介護施設は早いでしょ」

「でも、お母さんが死ねって言ったら、死ぬの?」

「いや、死ぬけど」

「だよね。なら、介護施設の支払いも断れたんじゃない?」

「みさ、それは冷たいだろう。お前にとっては義理の母親だぞ。親が困ってたら、金くらい出してやるのは当然だろう」

「確かに、ちょっと冷たい言い方だったかもね。それはごめん。けど、あなたのこれはいいの?」

「これは母さんのためだからさ」

「お母さんを大事にするのはいいことだと思うよ。でも、あなたはもう私の夫で、小春の父親だよね。それが毎月黙って三十万。しかも、二十五万も上乗せされてる。この二十五万があれば、もっと小春に色々してあげられた」

「悪かった。悪かったよ。これでいいか?」

「何、その投げやりな感じ?」

「お前がしつこいからだろう」

「しつこい?仕送り自体は、結婚してすぐに始めてたでしょ。私たち、もう結婚して八年だけど。その間ずっと毎月三十万って、合計いくら?」

「いや、三十万を払い出したのは、親父が亡くなってからだし」

「だとしても、二年は払ったんでしょ?それまでは何?最初に言ってた五万だけ?」

「そうだよ」

「五万の方は私も知ってたからいいとしても、上乗せ分の二十五万を二年間で六百万。黙ってこれだけのお金を使われて怒ったら、しつこい?どういう神経してたら、そんな発言ができるか教えてよ」

「いや、本当に悪いと思ってるって」

「思ってたら、あんな発言出ないでしょ。謝っても金は返ってこないだろうし」

「そうだね……けど、俺の心情は全然違った」

「心情?」

「今のあなたへの心情は最悪だよ。言っとくけど、自分が崖っぷちだって自覚して」

「ちょっと待てよ。それって離婚ってことか?」

「お母さんへの仕送りは、今後は一切しないで。それができないなら離婚。一発アウトじゃないだけ、マシでしょ」

翌日。

「母さん、ごめん。仕送りだけど、今後はもう出せない」

「はあ?とや、あんた何言ってるの?」

「いや、みさにめちゃくちゃ怒られて」

「ああ、なんか言ってたわね」

「だから……」

「だからじゃなくて、このままじゃ離婚するって言われてるんだよ」

「いいじゃない。離婚したら、あんたが悪いんでしょ」

「だめなの?」

「当たり前だ。みさと離婚したくないし、小春のことだってあるし」

「じゃあ、みささんには黙って仕送りしてくれればいいわ」

「あのなあ、そんな簡単に言うなよ。そもそも毎月三十万ってのが、どうかしてたんだ。俺、みさに怒られて目が覚めたんだよ」

「三十万じゃなくて、今月からプラス二十万ね」

「だから、それがどうかしてるって言ってるんだ。毎月五十万って、冷静に考えてうちの月収全部だぞ」

「払えるって言ったのは、あんたでしょ」

「どうかしてたんだよ。とにかく、もう仕送りはしないから」

「ああ、最低だわ」

「はあ?あんたの仕送りがないと、母さんは生活できません」

「いや、そんな堂々と言われても……」

「いいのね。あんたのせいで、母さんが生活できなくて」

「そんな言い方は……」

「ああ、母さんは明日のご飯もありません。すぐに電気も止まって、水道も止まって、気づいたら何もない部屋で一人でくたばっちまうのよ」

「いくら何でも、言い過ぎだろう」

「うるさい。この人殺し。親殺し。私はあんたらのことを考えてるっていうのに」

「俺たちのことを考えてる?考えてたら、こんな額の仕送りは要求しないだろう」

「こんなに早く施設に入るのを決めたのは、あんたらのためよ。ああ、私ももう六十超えてるし、将来が不安な時期でしょ。でも、このままあんたらの世話になるのは申し訳ない。だからこそ、今施設に入ろうって決めたの」

「母さん……そうだったのか」

「そうよ。あんたらが将来困らないようにってなのに、こんな仕打ちはあんまりだわ」

「ごめん。まさか俺たちのことを考えてくれてたなんて」

「もういいわよ。私よりもみささんの言うことを聞くんでしょ。親である私を捨てて、幸せになればいいわ」

「……五十万だったよな」

「え?」

「介護施設代も入れて、五十万でいいんだな」

「そうだけど……まさか」

「払うよ。ただし、みさには黙っててくれ」

「ありがとう、とや。さすがは私の息子だわ」

「そういうのいいから。本気でみさには何も言わないでくれよ」

「もちろんよ。息子夫婦が離婚なんて、悲しいもの。じゃあ、遅くとも明日の十時には振り込んでね」

一週間後。

「もう限界だわ。これ以上は待ってられない。みささん、早く仕送りを送ってちょうだい」

「私に言われても、払うと思いますよ。だってとやとは、なぜか連絡がつかないし」

「でも、今日中にお金が入らないと困るの」

「というか、とやに口止めされてたんじゃないですか?」

「そんなの、言ってられる状況じゃないのよ。って……あなた、なんでそのこと知ってるの?」

「なんでって言われても、とやから聞いたからですね」

「何、あの子。私に口止めしといて、自分で言ったの?」

「まあ、言わざるを得ない状況だったからじゃないですか?」

「どういうこと?」

「今もショックで寝込んでるから、連絡取れないんだと思いますよ」

「ショックで寝込んでる?そんなの知らないわよ。それよりも早く振り込んでちょうだい、五十万」

「慌てるところ申し訳ありませんが、とやとは離婚したし、もう払いませんよ」

「離婚?」

「ええ、言いましたよね。ショックで寝込んでるって。それ、私との離婚が原因です」

「そうなの?まあでも、私としては好都合ね。あんたと離婚すれば、とやは一人きり。なら、今まであんたや小春に使ってたお金も、全部私にくれるんでしょ?」

「本当にそう思いますか?」

「何がよ?」

「冷静に考えてほしいんですけど、毎月三十万って、私の月給ですよ。それが、とやの月給は大体手取りで二十万前後。……五十万どころか、三十万も払えませんよ」

「そんな……あの子、私よりも収入低かったの?」

「今の時代、男とか女とか関係ありませんけどね」

「情けない。母親として恥ずかしいわ」

「とやの方が恥ずかしいと思いますよ。お母さんみたいな母親で」

「なんですって?」

「私、ずっと疑問だったんですよね」

「はあ?」

「何が言いたいの?」

「お母さん、二年前から三十万もらってたんですよね。のに、割には結構生活レベルは普通じゃないですか?」

「それが何だって言うのよ」

「お母さん、働いてませんけど、亡くなったお父さんの遺産も相続されてます。加えて三十万あって、生活レベルが変わった様子もない。だとしたら、三十万って、何に使ってたんでしょうね」

「それは生活費……」

「この後に及んで、そんな嘘はやめましょうよ。お父さんの遺産だけで、生活費は賄えるはずです」

「私が何にお金を使ってたって、関係ないでしょ。プライバシーの侵害よ。詮索しないで」

「まあ、そうですね。私自身、お母さんのプライベートとか興味ありませんし」

「ならいいでしょ。ほっといて」

「はい。じゃあすみません、そろそろ出かけないといけないので、失礼しますね」

「こんな時間に出かけるの?」

「はい。ちょっくら、ホストクラブへ」

翌日。

「みさ、お願いだから帰ってきてくれよ」

「無理というか、離婚届にサインしたのはとやでしょ」

「したけど、したけどさ……」

「私は今後一切の仕送りを禁止しました。それを破ったら離婚だとも、事前に伝えてたよね。なのに、隠れて仕送りをしようとしたのは誰?」

「俺だけど……」

「つまり、そういうこと。以上」

「いや、ちょっと待ってくれって。そもそも、お前にも強引な部分はあったろ」

「強引な部分?」

「ほら、俺のスマホをチェックするとか、急に言い出して」

「それで、お母さんとのLINEを見つけたんだよね。あれが決定的な証拠」

「そこだよ。いくら夫婦って言っても、あれはどうなんだ?」

「あのさ、自分が無条件で信用されてると思ってたの?無断で三十万払ってたのが分かった後なのに。それはお母さんのことだから、とやに相談するのは分かってた。そして、あなたがそれを断れないことも、可能性としては低くないと思ってたよ。実際、よく分からない話に乗せられてたわけだし」

「よく分かんないってことはないだろう。お前もLINE見て知ってるよな。母さんは俺たちのために介護施設に入ろうと」

「それさ、ちゃんと裏取りした?」

「え、裏取り?」

「介護施設を一緒に選んだの?入居手続きは、あなたちゃんと立ち合った?」

「いや、してないけど」

「じゃあ、送ってた仕送り三十万の使い道は、毎月領収書をもらったりしてた?」

「してない」

「なら、お母さんの言ってたことの信憑性は、どこにもないよね」

「なんでそこまで疑うんだよ。義理の母親相手だぞ」

「さっきも言ったけど、あんたらに信用はないのよ」

「だからって、そんな裏でこそこそ金回りするような真似ができるか?」

「しなかったから、騙されてんのよ」

「え?騙されてる?」

「おかしいとは思わなかったの?今月から介護施設に入るから二十万上乗せ。今月から入るなら、初期費用は事前に払うよね。それに、月額として五十万必要って話なら、別に毎月三十万要求する人が初期費用を出せると思う?初期費用を出せたとしても、大体の場合は最初の月の金額はそこに含まれてる。あんなに焦って今月にお金を要求する必要、ないでしょ」

「いや、きっと母さんにも何か事情があったんだと思う」

「やっぱりそうだよな」

「ええ。男に貢ぐのに忙しかったみたいだもん」

「は?男に貢ぐ?」

「あなたの渡してた仕送り、全部ホストに消えたんだって。お母さんの近所の人が、夜に男と出かける姿を見ててね。私も三十万ってお金がどこに消えてたのか気になって、少し前にお母さんの後をつけてみた」

「つけたって、お前……」

「で、行き着いた先がホストクラブ。私も店に入って、適当なホストに聞いてみたら、お母さんはそのホストの常連客だってさ。じゃあ、急に五十万とか言い出したのも……今月、そのホストの誕生日らしくてね。お母さんがシャンパンタワーするって聞いたわ。確か百万だったっけ?」

「そのためのか?ふざけんなよ」

「本当にそう。これで分かったでしょ?あなたは騙されてたの」

「母さんにとって、俺は都合のいい財布だったんだな」

「財布ってか、ATM?」

「……それはどっちでもいいだろう。でも、おかげで目が覚めたよ。やっぱり俺には、お前しかいない」

「ああ、無理です」

「え?」

「というか、私、これからホストの人と会うんだよね。なんかアフターってやつに誘われちゃって。これから会うから忙しいの。じゃあね」

数日後。

「みささん、あんた、やってくれたわね」

「あら、お母さん、どうしました?そんなに怒ると血圧上がりますよ。もう若くないんだから、お身体お大事に」

「うっさいわね。人の担当に手を出しといて、何様よ」

「手を出した?人聞き悪いですね。あっちから誘ってきたんですけど」

「そんなのはどっちでもいいの。それよりも、あんたのせいで担当に切られたじゃない」

「私のせいってか、お金がないからでは?そのお金がないのを、あんたがばらしたんでしょ」

「シャンパンタワー百万でしたっけ?あれって、払えなかったらホストが自腹って聞いて、さすがにかわいそうだったんで」

「わあ、わあ、わあ。とにかく、わざとらしいことはやめて。あんたが代わりに払うからとか、言われたんだけど」

「え?言ってませんよ」

「はあ」

「でも、担当はそう言って、お互い勘違いしちゃったみたいですね。私はただ、お母さんの身の上を説明して、お母さんが百万を払えないことを説明しただけです。……私なら払えるけど、的なことは言ったかも。それが理由かもしれないですけど、払うとは言ってません」

「だとしても……」

「いやあ、かわいそうですね。自腹で百万。こりゃ大変だ」

「何を他人事みたいに。このこと、担当に伝えるからね」

「どうぞどうぞ。どうせもう二度と会う気はありませんし。あんなクソ雑魚ホストのことは、どうでもいいです」

「クソ雑魚って……」

「ああ、確かに失礼でしたね。あのホストさんの口の軽さには、私も助けられましたし」

「口の軽さ?」

「はい。全部教えてくれましたよ。お母さんが今までいくら使ったのか」

「それを聞いて、どうしようって言うのよ」

「お母さんがホストに通い始めたのは二年前。つまり、うちからの仕送り額が増えてからです。ということは……お母さんがホストで使ったお金は、全部うちの仕送り。その裏付けが分かれば、返還請求もできるんです」

「え、返還請求?」

「近いうちに弁護士から連絡が入りますので、まるっと全部返してくださいね」

翌日。

「みさ、母さんから聞いたよ。お前がホストに会いに行った理由」

「お母さん、どうだった?」

「かなりショックを受けてたみたいだな。それよりもだ」

「はい。何でしょう」

「お前が俺からの復縁を断ったのは、このためだったんだな」

「え?このためとは?」

「だから、母さんから仕送りを奪い返すため。事情があったとはいえ、ホストに会うんだもんな。お前は、俺と復縁した状態でしたくなかったんだろ」

「えっと、ごめんね。何言ってんの?」

「俺と復縁した状態でホストに行くのは嫌だったんだろう。だから、一旦復縁を断った」

「違うね」

「違うの?」

「うん。全然違う。そもそも、あなたと復縁する気とかないし。今、私かなり忙しいから」

「忙しい?ああ、そうか。母さんへの返還請求のことか」

「まあ、それもあるけど」

「なんだったら、俺も力になるぞ。母さんの気持ちが分かった以上、もう味方はできない。なら、お前に協力して仕送りを取り返すよ」

「ならない」

「なんで?」

「だって、あなたへの慰謝料請求もやる予定だし」

「え?仕送り五万って聞いてたのが、三十万に増えたのよ。しかも無駄に。これって、経済的DVだからね」

「は?そんな大げさな」

「大げさじゃないから。実際、小春の給食費が払われてなかったり、電気代が払われてなかったりと、実害も出てたし」

「いや、でも、すぐに払ったろ」

「じゃあ、うちの貯金がないのはなんで?夫婦合わせて給料五十万あって、貯金ゼロよ。小春はまだ小学生で、これからもっとお金がかかるのに」

「それはその……」

「そう、あなたが無断で仕送り額を上げてたから。おかげで、これから私は大変よ。シングルマザーとして、小春の将来のために稼がないと。だから、あなたも協力してね」

「協力?慰謝料が?」

「あと、養育費もね。慰謝料の方は、経済的DVの相場が百五十万だったかな。養育費は……うん、あなたの収入なら、月に六万くらい」

「いやいや、無理だろう」

「妻も失って、母親との信頼関係も失って、その上、金まで払えっていうのか」

「何、被害者ぶってんの?元はと言えば、あなたのせいでこうなったんだけど」

「俺のせい?母さんのせいだろ?」

「お母さんからの仕送りのことを言われても、断ればよかった。そうじゃなくても、一言私に相談すればよかった。それをしなかったのは、あなた自身じゃない」

「だからって、こんなのはさすがに無理だ」

「冷たいこと言わないでよ。小春はあなたの娘じゃない。娘のためにお金を出すのは当然でしょ。あなたは父親なんだから」

数日後。

「みささん、残念だったわね」

「え?何がですか?」

「私、リセ君との再婚が決まりました」

「リセ君?ああ、元担当ホストさんですか?え?でも、すぐに切られたっておっしゃってませんでした?」

「実はあの後、すぐに連絡があってね。やっぱりリセ君には私しかいないって。それもこれも、あんたのおかげよ。ありがとう」

「私のおかげですか?」

「あんたがリセ君を騙したから、本当のリセ君の味方は私だけって気づいたみたい。ああ、なるほど。それはそれは、お幸せに」

「まさか、この年でこんな幸せになれるなんてね。あんたらからの仕送りはなくなったけど、結果オーライだわ」

「じゃあ、幸せのお裾分けをお願いしてもいいですか?」

「お裾分け?」

「ほら、前に言ったじゃないですか。仕送りの返還請求をしますって」

「ああ、言ってたわね。そんなことも。ちなみに、それっていくらくらい?」

「月五万の方は、私も承知の上でしたので省きます。問題は、無断で増えてた二十五万の方ですね。二年間で六百万です」

「そうよね。でも、あれでしょ?全額じゃないわよね。だって、あれはとやの給料も入ってたわけだし」

「いや、三十万は私の月給なんで、純粋に私だけですよ」

「じゃあ何?六百万の請求ってこと?」

「あ、いやいや、違いますよ。……慰謝料も請求するんで、合計七百万です」

「は?ちょっと待って。慰謝料?」

「はい。私ととやの離婚の直接的な理由って、仕送りなんで。言ってしまえば、お母さんのせいで離婚したんです。なので、そのことへの慰謝料を請求しますね」

「いや、でも、だからってそんな大金……私、リセ君と結婚するんですよね。夫婦二人で頑張れば、大丈夫ですよ」

「そうよね。私にはリセ君がいるわ。大変だろうけど、二人で力を合わせれば……」

「まあ、そのリセ君も訴えられて大変みたいですけどね」

「え?知らなかったんですか?あの人、いろんな女性に結婚を匂わせてたんですよ。そうやって売上を上げてたみたいですけど、さすがに買った恨みの数が多すぎたみたいですね。複数人の女性から訴えられて、泥沼らしいですよ」

「はあ?そんなの嘘でしょ?だって……だって、私、結婚してくれるって言うから、シャンパンタワーの百万を借金して払ったのに」

「お母さん、頭の中にシャンパンでも詰まってるんですか?」

「なんですって?」

「簡単にお母さんを切って、私にも心を移すような男ですよ。どうして信じられると思ったんですか?」

「それはだって、今回は本気だって……」

「あの手の男の本気は、小学生の一生に一度のお願いレベルで信用ないでしょう」

「嘘……こんなの嘘よ。私はこれから幸せになるっていい夢を見てたのに」

「残念ですけど、なりません」

「あんたのせいよ。あんたのせいで、私の人生めちゃくちゃ。七百万請求されて、借金百万もあって、しかも男に騙されて、息子とも……」

「私がどうなってもいいって言うの?」

「ああ、はい」

「いや、あの……あんたのせいで、私が路上に迷うかもしれないんだけど」

「どうぞ」

「お金もないし、頼れる人もいないし、ホームレスになっちゃうかもしれないけど」

「どうぞ」

「そんなの、冷たすぎる」

「それでも、私はあなたのせいで離婚して、貯金もゼロですけどね。……それはこの際、なんでそうなったのか、はっきり言いますね。あなたの都合で、私には失ったものがあるんです。それを全部返せとは言いませんが、小春のためにも、お金だけは全て返してもらいます。その結果、あなたがどうなろうが、知りません」

私との離婚、そして小春の笑顔を失ったこと。このダブルパンチでとやは意気消沈し、今はゾンビみたいに無気力な日々を送っている。とはいえ、あれでも父親の自覚はしっかりあるようで、文句も言わずに養育費と慰謝料を払ってくれている。

お母さんの方はといえば、六十歳を超えて抱えた八百万という負債を払うため、昼も夜もなく働いている。お父さんから相続した遺産もすでになく、全てクソ雑魚ホストことリセ君に貢ぎ済み。結果として、嫁、孫、そしてお金、全てを失うこととなり、お先真っ暗な人生をスタートさせた。

二人とは対照的に、私の人生はピカピカだ。可愛い娘の小春と共に実家へ帰り、両親の力を借りつつも、シングルマザーとして充実した日々を送っている。小春もとやのいない生活に慣れ、特に気にする様子もない。

今回の一件で、私も多くのことを学んだ。差し当たり、小春が大きくなったら「ホストはやめとけ」と助言することだけは、肝に命じておこうと思う。

Thumbnail