「おい、明日から出張だ。いつもの荷物をトランクにまとめておけ。それから、来週チームの部下を家に連れてくるから、晩飯も用意しておけ。いいな。」
数分後、スマホにメッセージが届いた。娘のメイ子からだった。
「来週調理実習があるから、スクショで送った材料を買っといてね。それからエプロンとかも洗っといて。あと、お弁当の具が地味なんだけど、もっとインスタ映えする感じにしてくれない?おばさんでも調べれば色々出てくるでしょ。」
「自分でやって。来週なら時間もあるでしょ。私も暇じゃないの。」
「は?何?生意気な口聞いてんの?パパに言いつけるから。」
数分後、夫の西田友明から電話がかかってきた。
「おい、メイ子をいびるなよ。」
「むしろいじめられてるのはこっちなんですけど。」
「対面では一言も口を聞かないくせに、私に頼らないと何もできないなんて恥ずかしくないの?いい加減、自分のことは自分でやって。そもそもお前が浮気したのが悪いんだろう。これは罰なんだよ。メイ子だって、浮気ババアと口なんか聞きたくないだろう。」
「離婚に応じないなら、俺たちの世話をしろ。世話をしないなら出ていけ。いいな。」
そう言われて、私は言葉を失った。浮気なんてしていない。何度もそう言ってきたのに、夫は決して信じようとしなかった。
別の日、友明が言った。
「おい、来週メイ子の誕生日だからな。あのケーキ屋でメイ子が好きなやつを予約して買ってこいよ。他にも寿司とチキンを買い揃えとけ。」
「あなたがやったらどうですか?私がやるより、あの子も喜ぶでしょ。」
「もちろん、俺がやったことにするに決まってるだろう。お祝いの席もお前は来るな。メイ子が友達を連れてくるらしいし、お前みたいなババアがいたら盛り下がるだろう。」
「余計に私がやる意味が分からないわね。」
「はあ。意味なんて一つだろ。俺と離婚したくないなら従うんだな。俺はお前と離婚してやっても良かったんだぞ。拒否したのはお前だろうが。俺たち親子に逆らうなら離婚。離婚したくないなら命令に従う。お前に用意された選択肢はこれだけなんだよ。分かったな。」
それから5年が経った。
「喜べ。メイ子の結婚が決まったぞ。しかも相手はあの松星代理店に勤めているそうだ。すごいぞ。さすが俺の娘だ。週末、挨拶に来るって言うから、部屋を綺麗にしておけ。」
数日後、メイ子からLINEが来た。
「ねえ、パパから聞いた?私、結婚するんだ。週末、ご両親揃って挨拶に来てくれるんだけど、あんたみたいなブスが母親なんてバレたら恥ずかしいから、挨拶の日は出て行ってくれる?」
「そう。分かったわ。」
顔合わせの翌日、今度はメイ子がランチに誘ってきた。
「ねえ、ママ。今度一緒にランチ行かない?気になってるお店があるんだ。」
「何?行かないわよ。支払いさせられるだけだし、お父さんと行ってくればいいでしょ。」
「パパじゃつまらないの。ママと行きたいんだって。」
数分後、また友明から電話があった。
「おい、なんでメイ子の誘いを無視するんだ?娘と2人でランチもいいもんだぞ。」
「それ、本気で言ってるの?今まで家の中では私の存在は徹底的に無視して、用事があればLINEで言いつける。そんなの、正常な親子関係じゃなかったわよ。なんならちょっと気持ち悪いわよ。」
「まあそう言うなよ。メイ子の婚約者は敬君と言うんだがな。母親が不在だったことを随分気にしてたんだよ。結婚式には、是非両親揃って参加して欲しい。そうだ。敬君はあの大手松星代理店の営業。お父さんも松星の重役だ。向こうの機嫌を損ねるようなことはできないだろう。だからメイ子も自分にできることを頑張ってるんだ。」
「ああ、そうだとしてもよ。2人で食事に行かなきゃいけない意味が分からないわ。その場だけ取り繕えばいいでしょ。」
「ああ、確か家族写真がないのを気にしていたから、お前との写真を撮って送りたいんだろう。」
「なるほどね。理由は分かったわ。」
「頼んだぞ。娘の玉の輿がかかってるんだからな。」
私はメイ子に返事をした。「お父さんから事情は聞いたわ。いきなり2人で食事なんて無理なことはしないで、敬さんを交えて3人ならいいわよ。」
「本当に?じゃあ、すぐ敬さんに確認する。」
数分後、「敬さんが、是非お母さんとお話したいですって。LINE教えてもいいでしょう?」
「はあ、まあいいけど。」
10分後、敬さんからメッセージが届いた。
「初めまして。高田敬と申します。急な連絡で驚かせてしまい申し訳ありません。」
「いえいえ、こちらこそ。直接挨拶もできず申し訳ありませんでした。改めまして、メイ子の母のあ子と申します。」
「メイ子さんから、お母さんはどうしても外せないお仕事が入ってしまったと聞いています。漫画の編集者さんなんですよね。」
「はい。お恥ずかしながら、作家先生との急な打ち合わせも多いもので。」
「とんでもないです。すごいなあ。僕も漫画は大好きなので、今度色々お話しさせてください。両親もお母さんに会うのを楽しみにしてるので、是非もう一度顔合わせもさせてくださいませんか。」
「でしたら、一度2人で会いませんか?敬さんがどんな人か、母親として知りたいので。ご迷惑でなければ、是非。」
「もちろんです。僕もお母さんに聞きたいことがたくさんあったので、すごく嬉しいですよ。後でスケジュールを送りますね。」
食事会当日、私は家を出ようとしていた。
「あれ?今日出かけるの?」
「ちょっとね。あなたこそ、敬さんと出かけてくれば?一緒に住む家探すって張り切ってたでしょ。」
「私にも色々あるの。独身時代最後の時間を満喫中なんです。」
「そうね。結婚するって大変なことだし、色々楽しんでおくといいわ。それじゃあ、行ってきます。」
その日の夜、敬さんからお礼のメッセージが届いた。
「あ子さん、今日は本当にありがとうございました。プロの編集さんに色々話を聞けて、本当に勉強になりましたよ。贅沢すぎる時間でした。」
「大げさですよ。こちらこそ、ご馳走になっちゃってすみません。」
「いいんですよ。あの食事会の時は言えなかったんですが、うちは母親が早くに亡くなってて、今の母は5歳からの継母で、僕にとっては血の繋がりがありません。結婚したのも、四十九日の田中の頃だったので、受け入れることが難しかったんです。今ではいい関係になりましたけど。」
「そうだったんですね。」
「そんな時、支えられた漫画が『バキボキ学園』だったんです。その作者さんの担当があ子さんだなんて、もう感激ですよ。調子に乗りまくりですけど、またご飯行きましょうね。これから色々計画しないといけないこともありますし。」
「そうですね。私も敬さんと食事できてよかったです。これから色々よろしくお願いしますね。」
結婚式の4ヶ月前、メイ子が突然言ってきた。
「ねえ、お小遣いちょうだい。ていうか、必要経費ね。」
「久しぶりね。最近は私にお金をせびるなんてなかったのに。」
「結婚前に色々お金がかかるの。エステも行かないといけないし、ネイルも美容院も色々あるし。私も仕事をやめちゃってるからさ。お父さんに相談したら無理って。この前5万もらったばっかだから。」
「あんたね。」
「とにかく、結婚したら玉の輿なんだから、出世払いってことにして。とりあえず5万ね。」
「ああ、先が思いやられるわね。」
「まさか逆らったりしないでしょうね。パパに言いつけるわよ。いいの?今、離婚になったら困るのはそっちじゃないの?」
「マジ生意気。まあ、早く結婚してこんなババアとパパを離婚させたい。」
「そうね。そうなることを願ってるわ。5万は自分で何とかしなさい。それじゃあね。」
結婚式の3ヶ月前、友明から電話がかかってきた。
「おい、お前今どこにいるんだ?今日が何の日か分かってるのか?いい加減にしろ。どこにいるんだ?」
同時刻、メイ子からもLINEが来ていた。
「ねえ、早く来てよ。何回も仕事を言い訳にできないから。私の結婚がダメになってもいいの?そんなことになったら一生恨むから、早くして。」
数分後、私は敬さんに連絡を入れた。
「敬さん、もう有能の会場にはいますから、あと3分くらいで中に入りますので、ご両親にも伝えてください。」
「了解しました。お仕事お疲れ様です。待ってますね。」
数時間後、そして何があったというのだと、友明が詰め寄る。
「お前、いい加減にしろ。どこに行った?」
「用事にギリギリ到着するわ。終わったら、さっさと帰るわ。」
「一体何を考えてるんだ?この後、向こうの家族とお茶に行くんだぞ。」
「今更、あなたたちと仲良し家族ごっこができると思ってるの?母親として同席してるだけでも感謝してほしいわね。この後、打ち合わせがあってどうしても抜けないといけないってことは、敬さんご一家に伝えて理解してもらってるわ。」
「結婚式には、両親揃って参加しないといけないんだからな。バカなこと考えるんじゃないぞ。」
「バカなことって何?バックレとか?」
「滅多なこと言うんじゃない。もしそんなことしてみろよ。その時は、どんな手を使ってもお前に復讐してやる。あんまり調子に乗るんじゃないぞ。分かったな。」
結婚式の前日、メイ子が言った。
「ねえ、まあまあ、いい加減不機嫌な態度やめてくれる?8年間、パパと決裂して無視し続けたことは謝るから。明日の式に母親がいないと気まずいし、絶対来てよね。ていうか、そっちが悪いんでしょ。結婚して早々浮気なんて。」
「私が浮気したっていう証拠はあるの?私は違うってずっと主張してるわよね。」
「だってパパがそう言ったんだもん。私は信じるしかないじゃん。とにかく、敬さんの親族に変に思われないようにしてよ。それだけやってくれれば、パパも昔のことは水に流してくれるって言うし。」
「分かったわ。明日、楽しみにしてて。」
数分後、友明からも念押しの電話があった。
「おい、明日が何の日か分かってるんだろうな。いつまでもガキみたいなことしてんなよ。」
「メイ子からも念のLINEが来ましたよ。大丈夫。ちゃんと行きますから。」
「本当だろうな。絶対来いよ。」
結婚式当日。空は晴れていた。
「おい、どこにいるんだ?先に家を出るって言っただろう。なんで到着してないんだ?おい!」
同時刻、メイ子からも怒りのLINEが届く。
「ねえ、何なの?マジで何考えてんの?あれだけ参加してって言ったじゃん。娘の結婚式を欠席するとか、何考えてんの?」
「私に娘はいませんが。」
「ママ、ママ。よかった。すぐ結婚式に来て。ていうか、娘はいないって何?私が娘でしょ?わけわかんないこと言わないで。」
「いいえ、もう娘でも何でもないわ。だって、私、今朝離婚届を提出してるもの。」
「は?ちょっと何わけわかんないこと言ってんの?そんなのパパが許すわけないでしょ。」
「むしろ向こうから離婚届を突きつけてきたのよ。と言っても、5年くらい前の話だけどね。『お前が浮気したんだから、離婚して家を出ていけ。慰謝料も200万払え』ってね。だから言ったの。『違う。そんなことしてない』って。弁護士を立てると言ったら、手を上げられたわ。」
「何よそれ。」
「とりあえず従うしかないと思って、8年間耐えてきたので。その時、離婚届にお互い記入して金庫に保管しておくことになってね。あの人、酔っ払うと何も分からなくなるから、試しにロックの番号を聞いたら、ぺらぺら喋ったわよ。」
「は?まさかそれを勝手に出したの?ふざけないでよ。どんなずるい真似を!」
「そんなの向こうよ。向こうにやられたなら、弁護士でも何でも入れて正式に離婚裁判してやるわ。もう我慢の限界だからね。とにかく、結婚式には参加しませんので。」
数分後、敬さんがメイ子に言った。
「お母さんと連絡がついた。さすがに結婚式当日に仕事は入らないだろうし。何があったの?」
「ママがひどいの。私のこと娘じゃないとか言って、結婚式に出てくれないって。」
「え?」
「昔からそうだったの。私のことが気に食わなくて意地悪するばっかりだし、可愛がってくれた記憶もなくて。敬さんが両親揃って式に参列して欲しいって言うから、頑張ってママにお願いしたんだよ。でもダメだった。ごめんなさい。でも、パパもいるしおばあちゃんもいるから安心して。ママの代わりはおばあちゃんがやってくれるから。」
「下手くそな芝居はやめてくれよ。」
「何を急に、どうしたの?」
「うちが両親揃っての出席にこだわっていたのは、あ子さんに出席して欲しかったからだよ。」
「待ってよ。どういうことなの?」
「メイ子たちは知らなかったんだろうけど、あ子さんのお父さんは、僕の父の御恩人なんだ。」
「は?」
「あ子さんのお父さんは、うちの父が会社の取引で赴任してた時に、身内に不幸があって参ってた時に、話を聞いてくれた和食屋さんのご主人なんだ。僕たちもそれは知らなかったんだけど、メイ子が家族写真を見せてくれただろう。その時、あ子さんの顔を見てピンと来たそうなんだ。あ子さんはお店でバイトしてて、父はあ子さんにも良くしてもらったからね。あ子さんのお父さんが亡くなって、お店を閉めて以来、疎遠になってたから。あ子さんの写真を見た時の父の顔は、今も忘れないよ。」
「そんな話、聞いてないよ。なんで黙ってたの?」
「顔合わせの日に言おうと思ったよ。でも、あ子さんは欠席だった。だから、変に思って、両親揃って結婚式に出席して欲しいっていう建前で、あ子さんに連絡先をつないでもらったんだよ。あ子さんのお父さんの葬儀で話した時、すでに漫画編集者っていう夢を叶えているから、お店は継がないって話してたのを聞いてたから、ほぼ間違いないって思ってね。」
「嘘でしょ?そんな。」
「あ子さんから話を聞いて決意したよ。8年も父親と決裂して母親を無視するなんて、どうかしてる。しかも、LINEであれこれ命令してたなんて、ありえないよ。」
「それは、ママが浮気してたから、パパが罰を与えるって。」
「どこにそんな証拠があるの?一度でも、その証拠を見たことがあるの?」
「それは……」
「きっとメイ子は、お父さんに洗脳されて、お父さんが言うことを何でも正しいと信じて疑わなかったのかもしれない。でも、そんなことはありえないんだよ。」
「敬さんに何が分かるの?勝手に決めつけないでよ。」
「詳しいことはこれから聞かせてもらうけど、君との結婚は取りやめにさせてほしい。」
「どうして?嫌よ。三親等の人がこんなに集まってるのよ。そもそも、そんな話を聞いてたなら、結婚式を中止にすればよかったじゃない。」
「あ子さんに言われたんだ。『前日までに欠席の話をしたら、何をされるかわからない。逃げ場のない当日まで待つ方がいい。たとえどんな損害が出たとしてもね』って。」
「最低よ、このバカ。慰謝料払ってもらうからね。」
「あ子さんの言った通りだな。僕だって最後までメイ子を信じたかったよ。君が前日、あ子さんに送ったLINEの内容が送られてきた時、もう無理だって分かったんだ。」
「私とのやり取りをスクショして送ったの?あの女、マジ最悪。プライバシーの侵害じゃん。」
「メイ子は、自分があ子さんに対してどれだけひどいことをしたか、自覚がないのか。今のやり取りでよくわかったよ。」
「だって、何もしてないし。パパだって、おばあちゃんたちだってやってたし。」
「もういいよ。何も聞きたくない。新郎側の三親等には事前に連絡してあったから、そこまで驚いてないと思う。今から挨拶して、ご祝儀を返してくるよ。新婦側にも僕が説明するから、君は帰り支度をするといい。詳しい話は、また後日改めて。」
「嫌よ。いや、私の話を聞いてよ、敬さん。敬さんはあの女に騙されてるの。ねえ、敬さん!」
その場を後にして、私のスマホに友明からの着信が何度も表示された。私はそれを無視して、手にしたバッグの重みを確かめた。中には、8年間集めてきたすべての証拠が入っている。
「お前、なんてことをしてくれたんだ。メイ子から聞いたぞ。勝手に離婚届を出したって。そんなの無効だ。」
「不服があるなら、どうぞ申し立ててください。あなたも合意の上で記入した離婚届けよね。効力がないとは言えないと思いますけど。」
「母親としての義務を果たそうと思わないのか?」
「何が母親よ。私にとっては、血の繋がりのない赤の他人だわ。8年前、結婚した時、あなたの連れ子だったから戸籍上親子になっただけ。」
「結婚前は、優しくていい人たちだと思ったのに。結婚してすぐ、あなたたち親子は豹変したわよね。それも、あなたたちの手口なのかしら?一人目の奥さん、早苗さんの時みたいにね。」
「なんだよ。何言ってんだお前。なんで早苗の名前が出てくるんだ。」
「あなたたちの態度の変わり方、汚いやり口。どうもおかしいと思ってね。探偵所にお願いして、早苗さんの連絡先を調べたのよ。」
「はあ?」
「私、漫画編集者だから。浮気とか不倫とかモラハラ・パワハラ対策のネタ集めはもちろん、当事者や弁護士事務所への取材経験も豊富なの。だから、仕事で知り合った事務所に相談したら、すぐ調べてくれたわ。で、早苗さんに繋がったの。」
「俺の許可もなく、なんてことをしてくれてるんだ、お前。」
「早苗さんに対しても、そうやって圧をかけて洗脳状態にしていたのよね。早苗さん、離婚してしばらくは実家から出られなくて、拒食症に。随分辛い思いをしたそうよ。離婚できたのも、異変に気づいたお姉さんが助けに来てくれたからだってね。結婚して以来、実家に帰省しない。連絡もほとんどつかない。年末年始に電話があるだけ。あとは年賀状のやり取りのみ。そんなの、誰だっておかしいと思うわよ。まるで監禁だわ。」
「あんな役立たずのことは、もうどうだっていいんだよ。」
「役立たず?ふざけないで。早苗さんがくれた情報のおかげで、こうして戦えてる。早苗さんを馬鹿にすることは許さないわ。」
「うるせえんだよ。この結婚がまとまれば、俺は松星代理店に入れたかもしれないんだぞ。それを全部台無しにしやがって。ふざけんな。」
「入れられるわけないでしょ。敬さんも敬さんのお父さんも、あなたに怒ってるんだからね。」
「お前みたいな女の言うことなんか信じるわけないだろ。とにかく、結婚式を台無しにした損害賠償を請求するからな。覚悟しておけよ。離婚したって、逃がさねえぞ。」
その日の夜、敬さんが友明に電話を入れていた。
「どうも、お世話になっております。本日はお疲れ様でした。西田友明さん。」
「そんな堅苦しい挨拶はやめてくださいよ。これから親子になろうって言うのに。」
「いえ、なりません。娘さんにはすでにお伝えさせていただきましたが、婚約は破棄させていただきます。入籍前なので、特に手続き等は不要かと思いますが。」
「そんな一方的な話が通じると思ってるんですか?」
「天下の松星代理店がそんなことして、世間的にもかなり風当たりが強くなると思いますがね。」
「週刊誌に売り込みたいなら、どうぞご自由に。こちらはすでに、マスコミ用にリークする記事と情報を用意していますから。」
「はぁ?」
「あ子さんが8年間かけて集めてきた、夫と娘によるパワハラ・モラハラのLINEのデータ、音源。それと、あなたの長年にわたる不倫の証拠も、すべて抑えてありますよ。」
「そんなの、嘘だ。あんな女にそんなことできるわけがない。」
「あ子さんは非常に優秀な編集者なんです。これくらいのこと、簡単だったんじゃないですか。」
「それなら、なんで今すぐ離婚しなかったんだよ。あの小娘、許さねえ。」
数分後、友明が私に殴りかかってきた。
「てめえ、何がしたかったんだよ。俺を落とし入れて、何が楽しいんだ?」
「別に楽しくはないわよ。楽しくないけど。早苗さんのことを知ったら、ただで離婚するなんて絶対にできないと思ったの。あなたたちが人生で一番いいタイミングで、この証拠を世に出して離婚する。そうしないと、今まであなたたちにされて傷ついてきた人間が報われないわ。私はそのためにできることをやろうって決めた。だから、離婚しなかったの。8年で肩がついたのはラッキーだったわ。10年以上かかると思ってたし。」
「今すぐ、記事を出すのを取りやめにしろ。こんなことして、人として許されると思ってるのか。」
「人として許されないことをしてきたのは、どっちよ?早苗さんの13年間の結婚生活、私の8年間の結婚生活。21年間、好き勝手に生きてきた分、ここで償ってもらうわよ。それじゃあ、週刊誌の発売をお楽しみに。ご機嫌よう。」
1ヶ月後、敬さんから連絡があった。
「お久しぶりです。ご連絡が遅くなってしまい申し訳ありません。色々進捗が出たので、お知らせさせてください。例の週刊誌発売後ですが、すごい反響で、友明さんの務める会社から連絡が来て、時々に謝罪していただきました。」
「彼は松星で雇ってもらうつもり満々で、同僚や後輩に自慢していたことが判明しました。」
「うわ、痛いですね。」
「さらに社内調査したところ、部下へのパワハラや業務中に会社の備品を持って帰るなどの悪業だったようで。」
「え、なんで今までバレなかったんですか?」
「どうも他にもグルになってる中年社員が多くて。これを機に社内調査することと、友明さんを含む3名の社員の懲戒解雇が決定しました。」
「そうだったんですね。ありがとうございます。私もこれから、友明たちに対して慰謝料請求を行います。」
「バトンタッチですね。頑張ってください。何でも力になりますから。あと、父が是非あ子さんと食事したいと言っていまして。ご予定はいかがでしょうか?」
「もちろんです。この後、スケジュール送りますね。」
その後、私は長年の結婚生活における精神的DVやパワハラ、不倫の慰謝料として500万円を請求し、一括支払いを要求した。友明は車と家を売り、貯金もなくし、借金を背負うことになった。メイ子も、玉の輿に乗ると思ってカード払いで買い物をしていたらしく、とんでもないことになっているようだった。親子はお互いに責任をなすり付け合い、実家へ戻ることに。友明の両親から私の会社に長文の手紙が来た。内容は「毎日辛い。金がない。お金を送金して欲しい」というもの。もちろん、私はその手紙をすぐに捨てた。
引っ越して番号も変えたため、友明たちと接触する心配はない。私は今回の騒動をネタに、泥沼不倫が得意な漫画家さんに新連載を提案してみようと思っているところだ。せっかく8年もネタを集めたんだから、仕事にしないともったいない。早苗さんに読んでもらうのが楽しみだ。
早苗さんは、長い時間をかけて少しずつ回復し、理解のある旦那さんと2人で、今は穏やかに暮らしている。新連載が決まったら、取材費用として早苗さんにお金を包む予定だ。慰謝料を回収できなかった分、少しでも補填になればと思って。
これで、やっと私の8年のミッションもコンプリートだ。私の第二の人生、今から楽しみでしょうがない。
