夕食の時間、いつものように味噌汁をすする息子の顔を見上げた瞬間、彼は何気なく「母さん、もう用済みだから出て行ってくれ」と言った。手に持っていた箸が滑り落ち、耳を疑った。この十年、退職金で家を買い、育児も家事もすべてを捧げてきたのに、その言葉が胸に突き刺さった。息子は続ける。「嫁の両親が引っ越してくるんだ。年寄りがいると邪魔なんだよ」と。あの日、私は震える手で「分かったわ」と答え、部屋を出た。…

夕食の時間、いつものように味噌汁をすする息子の顔を見上げた瞬間、彼は何気なく「母さん、もう用済みだから出て行ってくれ」と言った。手に持っていた箸が滑り落ち、耳を疑った。この十年、退職金で家を買い、育児も家事もすべてを捧げてきたのに、その言葉が胸に突き刺さった。息子は続ける。「嫁の両親が引っ越してくるんだ。年寄りがいると邪魔なんだよ」と。あの日、私は震える手で「分かったわ」と答え、部屋を出た。...

夕食の時間、いつものように食卓を囲んでいた。息子が味噌汁を一口すする。その瞬間、冷たい言葉が飛んできた。母さん、もう用済みだから出て行ってくれ。

手にしていた箸を落とした。目の前が真っ白になった。え、どういう意味?

嫁の両親が引っ越してくることになったんだ。だから母さんがいると邪魔なんだよ。嫁が小さく頷いた。年寄りはいらないからな。

その言葉が胸に突き刺さった。全身の血が引いていくのが分かった。この十年間は、一体何だったのだろう。

十年前、息子が結婚する時、私は退職金でこの家を買った。息子夫婦が楽に暮らせるようにと。それからの十年、家事も育児も、何もかも引き受けてきた。孫が生まれてからは仕事を辞め、毎日のように孫の面倒を見た。嫁が働きに出るようになってからは、食事を作り、洗濯をし、掃除をした。孫の習い事の送り迎えも、学校の行事にも、私が付き添った。

思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。震える手を必死に抑えながら、私は静かに答えた。分かったわ。

息子は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。分かってもらえて助かる。明日までに荷物をまとめてくれ。

何も言わずに部屋を出た。その間も、息子と嫁が楽しそうに話す声が聞こえてきた。やっぱり母さんがいなくなったら静かに寝られるね。そうだね。これで私の両親も安心して来られるよ。

その声を聞きながら、私は自分の部屋に閉じこもった。

その夜、古いアルバムを開いた。十年分の写真が並んでいる。孫が生まれた日の写真、初めて歩いた日の写真、運動会の写真。どの写真にも笑顔がある。あの頃は、この家族のために尽くすことが幸せだった。

でも、今はもう違う。息子は私を「用済み」と言った。その言葉が心に深く突き刺さる。私はどれだけのものを捧げてきたのだろう。退職金で家を買った二千二百万円。息子が車を買う時に三百万円。嫁がブランドバッグを買う時に五十万円。孫の習い事は年間百万円。誕生日プレゼント、クリスマスプレゼント、お年玉。息子が転職する時も生活費を出した。合計で五千万円。そして三年前に息子に貸した五百万円は、まだ返ってきていなかった。

私の全てを、息子夫婦は当然のように受け取っていた。そして今、用済みだから出て行けと。胸が締めつけられるような思いだった。

思い出すのは、先週のことだ。嫁の母親が遊びに来た時、私はいつものように家事をしていた。その時、嫁の母親は私の手際の悪さを見て、こう言ったのだ。お母さん、手際が悪くないですか?もう少し早く動けないんですか?うちの娘は忙しいんですよ。

何も言えなかった。さらに続ける。お母さんの話し方、古臭くないですか?方言がきつくて、何を言ってるかよく分からないわ。やっぱり年寄りが家にいると、何かと気を使わないといけないし、娘たちも窮屈かしら。もっと自由に暮らせる環境の方がいいんじゃないかしら。

私が何も言わなかったから調子に乗ったのか。それとも最初から私を見下していたのか。あの時、私は密かに録音していた。あまりにも侮辱的な言葉だったので、証拠として残しておこうと思ったのだ。

次の日、私は静かに荷物をまとめ始めた。引き出しの奥から、一枚の紙が見つかった。銀行から送られてきた書類だ。生前贈与の記録が、日付と金額とともに、この十年分、全て残っていた。さらに、一枚の借用書も見つかった。三年前、息子が私から五百万円を借りた時のものだ。返済期限は、すでに過ぎていた。

あの時、息子は言った。必ず返すから、母さん。でも、その約束は守られることはなかった。

私は弁護士事務所に電話をかけた。生前贈与の返還請求は可能ですか?

はい。一定の条件で返還請求が可能です。特に、受贈者が著しく不当な行為をした場合などです。借用書があれば、即座に返済請求もできます。録音データも証拠として有効です。

弁護士の説明を聞きながら、私は決意を固めた。もう、黙って出ていくだけでは済まない。私の中で、何かが目覚め始めていた。

その夜、私は久しぶりにしっかりと眠ることができた。

一ヶ月後、私は弁護士を通じて息子夫婦に書類を送った。生前贈与五千万円の返還請求。借用書に基づく五百万円の即時返済請求。そして、私は息子の会社の同僚や嫁の友人に、事実を話した。

息子夫婦が私を「用済み」だから出て行けと言ったんです。それに嫁の母親も、私に対してひどいことを言ってきたんです。

私の友人の一人が、その話を聞いて怒りを抑えきれず、さらに周囲に広めた。ひどすぎる。実の母親をここまで追い詰めるなんて。年寄りは早くいなくなって欲しいって言ってるんだって。

噂は瞬く間に広がった。息子の会社の同僚も、嫁の友人も、全てを知った。奥さんの母親も最悪じゃん。嫁の母親が住んでいる地域の知人たちも噂を知った。あの人、おじいさんに対してそんなこと言ってたんだって。ひどすぎるわね。

嫁の母親は、地域のコミュニティで孤立していった。近所の人々の視線は、冷たいものになっていた。

そして、息子の上司からも私に連絡があった。あなたは息子さんのために尽くされてきたのに、「用済み」だなんて。息子さんは、母の価値を理解できなかったのかもしれませんね。

その言葉を聞いて、私は少しだけ気持ちが楽になった。社会的な制裁は、想像以上に厳しかった。

銀行からも連絡があった。生前贈与の返還請求について、書類を確認しました。法的に問題ありません。借用書も有効です。

会計士にも相談した。生前贈与の記録が明確に残っているので、返還請求は可能です。特に、不当な行為があった場合は、返還請求の正当性が高まります。法的には、完全に正当な請求です。

会計士の言葉に、私は自信を持った。すると、息子が怒鳴りながら電話をかけてきた。

母さん、何をしたんだよ。

何をしたって、あなたたちが私にしてきたことよ。私は答えた。生前贈与五千万円、借金五百万円、返してもらう。そして、あなたたちが私にしたことは、これからも周囲に話し続ける。

母さん、待ってくれ。頼む。こんなことしたら、俺たちの人生が。それに、嫁の母親も周囲から避けられるようになって。

息子の声が震えていた。私は冷たく言い返した。もう遅いわ。私は電話を切った。

翌日、息子夫婦が私のアパートにやってきた。母さん、ごめん。許してくれ。

息子は泣きながら頭を下げた。声が震えていた。俺たちが間違っていた。許してくれ。お願いだから、返還請求を取り下げてくれ。もう一度、やり直させてください。

嫁も涙を流しながら謝った。私たち、これからどうなるんですか?会社も、私たちのことを知ってるんです。もう、どうしていいか。

息子は混乱した様子で言った。母さん、俺たち家族だろ。

私は微笑んだ。あなたたちが言ったでしょ。年寄りはいらない、用済みだって。

息子は言葉を失った。もう遅いわ。五千五百万円、きちんと返してもらうから。そして、もう会わないでちょうだい。

母さん、お願いだ。許してくれって。

息子は床に膝まずいた。もう遅いのよ。あなたたちが私を「用済み」と言った時点で、終わってたのよ。だから、もう会わない。これが、あなたたちが選んだ結果よ。

息子夫婦は、絶望的な顔で立ち去っていった。

その後、息子と嫁は離婚した。法的な返還命令が確定し、息子夫婦は私が買ってあげた家を売却した。しかし、それでも返済額五千五百万円のうち、売却で得た一千六百五十万円しか返済できず、残り三千八百五十万円を、月二十七万円で、十二年に渡って返済することとなった。

嫁の母親は、地域のコミュニティで孤立し、周囲からの批判に耐え切れず、町を出ていった。息子は会社で噂が広がり、立場が悪くなり、転職を余儀なくされた。

そして、私は新生活を始めた。新しいアパートは小さくても、私一人には十分だった。何より、誰にも気を使わずに、自分のペースで過ごせることが、心地よかった。

今、私は一人で静かに暮らしている。朝は、自分の好きな時間に起きる。これまで必死に孫の面倒を見てきた。その思い出は、私の宝物だ。でも、私はもう何も言わない。ただ静かに、自分の人生を生きていくだけ。

息子のために尽くしてきた。でも、それは間違いだった。親だからと、何もかもを捧げる必要はなかった。大切なのは、自分の人生を自分で選ぶこと。私は、やっとそれを知った。

そして今、私は心から自由だ。

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