義姉が再婚するらしい。しかも相手は大手企業勤めで年収二千万の勝ち組だという。半年前に離婚したばかりだというのに、もう次の相手を見つけてきたのか。去年の結婚式も散々盛大に騒いでいたのに、またか、という気分だった。
「もういい加減、静かに結婚してくれないかな」
妻の夏美がため息まじりに言う。俺も同じ気持ちだった。しかし、その翌日には早速、妹の市香からLINEが来た。
「お兄ちゃん、私、結婚するから! お祝いしてね! 前みたいに高いブレスレットじゃなくていいからさ、ちゃんと盛大にね!」
前の結婚の時は確か二十万くらいするガルティエのブレスレットを贈った。あれだって俺たちにとっては大金だったのに、今度はそんなに簡単に出せるわけがない。そう言うと、市香は怒り出した。
「何ケチ臭いこと言ってるの? 私は玉の輿に乗るんだから、盛大に祝ってよ! 今回は大手企業で年収二千万なんだから、勝ち組なんだから!」
「俺だって介護職で儲かってるわけじゃないんだ。それに玉の輿に乗るなら、旦那さんに買ってもらえばいいだろ」
「だめ! ちゃんとお祝いしてもらうからね!」
数分後、今度は母からもお祝いを要求するLINEが止まらない。母は市香を褒めちぎり、俺たちのことは見下すような言葉ばかり並べる。そんな失礼な内容のLINEを送ってくる母や妹に、夏美も呆れていた。
「あの二人は、もう私たちのことなんてなかったことにしたいんじゃないの?」
「ああ、そうだよな。なんで俺にお金を出させることにこだわってるのか、さっぱりわからないんだ」
「もう無視しておいたら?」
翌日、母から電話があった。
「娘の再婚が決まったんだから、あなたたちが結婚式の費用を出しなさいよ。一千万の豪華な式でお願いするわ。相手はお金持ちだから、あっちの友人たちもたくさん来るのよ」
「本気で何を言ってるんですか? 前回の結婚で十分すぎるお祝いは渡したはずです」
「そんなの家族なら当然でしょ! もう相手の家には『うちが費用を出す』って言ってあるのよ。新居のお金とか生活費はこっちで出してあげるから、あなたたちが式の費用を負担しなさい」
「それじゃ納得できません。お金を出す理由を説明してください。説明してくれないなら出しませんから」
しばらく押し問答が続いたが、最終的に俺は提案した。
「わかりました。ただし条件があります。結婚式の内容は、こちらに任せてください。必ず一千万の豪華な内容にすると約束します。義弟さんには『兄夫婦が式をプロデュースして、費用も全部出してくれる』って説明しやすいでしょう?」
母はしぶしぶ承諾した。式場の候補をLINEで送ると言ったら、市香もさすがに機嫌を直した。
「それならいいわ。しょぼい式場だったら許さないからね」
二週間後、俺たちは式場の候補を送った。セントラルメニュー協会という、芸能人やインフルエンサーもよく使う有名な会場だ。市香は大喜びのようだった。
「やばい! ここ絶対いい! インスタのフォロワーもすごいし!」
しかし、数分後にはまた疑いのLINEが来た。
「ねえ、なんでこんな簡単に良い会場を抑えられるのよ? きっと何か企んでるんでしょ。今調べたらここは三年待ちなんだって。私、一年以内に結婚式をあげたいのよ。予約が取れてなかったとかになったら、本気で許さないからね」
「心配なら直接問い合わせてください。佐藤の名義で予約が入っているか聞けばすぐ分かりますよ」
数分後、市香から「確かに予約できてたわね」と連絡が来た。ほっとしたのも束の間、母からも連絡が来た。
「でも、これで私たちへの支援は本当に終わりにするからね。これからは市香の旦那さんが何とかしてくれるでしょうから、わざわざ貧乏な息子夫婦に頼らなくても問題ないわ。まあ、手切れ金が一千万だと思えば悪くないわね。最後まで滞りなく頼んだわよ」
その言葉を聞いて、俺は心の中で思った。これで終わりにできる。長かった。俺たちが家族から解放されるのはこれで最後だ。
そして結婚式当日。市香は呆然としていた。
「ねえ、どうなってるの? セントラルメニュー協会って言ったじゃない! なんでここなの?」
そこは教会だった。いや、正確には教会の敷地内にある、古い離れの建物だった。ずっと放置されていた場所に、夏美が手を加えたらしい。バルコニーにはあちこちに花が飾られ、バラのアーチも綺麗に咲いていた。だが市香の目には、ただのボロ小屋にしか映らないようだ。
「こんなボロ小屋で結婚式なんて嫌! 私は大会場でみんなに自慢するつもりだったのに!」
「私たちに任せると言って、詳細を確認しなかったのはそっちでしょ? それにここはちゃんと一千万かけた会場なのよ。三つ星で働いていた料理人を筆頭に、腕のいい人ばかりを揃えたの。何が不満なの?」
「そんなの聞いてない! 私はセントラルメニュー協会でやりたかったの!」
「なんであなたの思い通りにさせないといけないの? 私はあなたたちの言うことを聞く人形じゃないわ。もともとこの建物を買い取って、もう一つの式場として運営するために事業計画を進めてたの。そこにあなたたちの話が転がり込んできたから、ちょうどいいと思ってね。私たちの結婚式場の第一号として、無料で式をプレゼントしたんだから、むしろ光栄に思ってほしいくらいよ」
「もう嫌! こんなとこで式なんてしない!」
市香は泣き叫びながら式場を飛び出してしまった。同じ頃、母も俺に怒りの電話をかけてきた。
「なんてことをしてくれたの! 市香が可哀そうに!」
「まあ落ち着けって。ただ、市香の旦那さんからは『とても素敵な式場なのに、なぜ家が気に入らないのか分からない』ってわざわざ挨拶に来てくれたよ。今から市香を説得しに行くってさ。素敵な旦那さんじゃないか」
「結婚式は花嫁のためにあるのよ! 旦那がどう思うかなんてどうでもいいの!」
「じゃあ結婚式は中止にして、招待客に立食パーティーでも呼んでいただきましょうか。うちとしては会場と料理の宣伝ができればそれでいいんで」
「なんなのその口の聞き方は! 嫁ごときが生意気なのよ!」
その時、俺ははっきりと言った。
「母さん、俺はずっと待ってたんだ。昔から俺と夏美をないがしろにして、高校の学費も自分で稼がせて、卒業後すぐに働きに出て、貧乏暮らししながらも実家に仕送りを続けてきた。働きながら資格を取って、ここまで頑張ってきた夏美を、俺が幸せにできる日を」
「男に生まれたんだから、母親と妹を養うのは当然でしょ!」
「それは、部活もさせずにバイト代を全部しめあげた理由になるんですか? 大人になってからも毎月十万円を仕送りさせ続ける理由になるんですか?」
「だって私たちの生活のためでしょ! お母さんたちが苦労しなければいい話でしょ!」
「優しい夏美は仕送りし続けたけど、それも今日でおしまいだ。先日、母さんも納得してくれたはずだ。支援はこれで終わりって」
「ちょっと待ちなさい! 結婚式がうまくいってないのに、今その話をするの? ここで市香が大人しく結婚すればいいんでしょ。それとも破談にするつもり? そんなことになったら慰謝料請求するからね!」
「お好きにどうぞ。そんなことで慰謝料請求が通るわけないと思いますが」
俺は電話を切った。その少し後、今度は市香が泣き喚きながら俺のところに来た。どうやら旦那との話し合いは決裂したらしい。
「あんたのせいで全部壊れた! 私の婚約者が、再婚を取り消すって言ってきたのよ! 責任取りなさいよ!」
「それはこっちの台詞だ。お前が自分の欲望だけで暴れたからだろう。婚約者が君を捨てたのは、君が本性を現したからじゃないか?」
「そんなことない! あんたたちが余計なことをしたからよ!」
そこに、母も現れた。母は市香と一緒になって俺を責め始めた。
「もういい加減にしろ!」
俺に言うのは、いつも文句ばかり。まるで俺が全部悪いみたいに。
「ちょっと待て。そもそも市香が離婚した理由だって、お前が浮気したからだろう。その慰謝料もあって、借金もあるのに隠して結婚しようとしたんだから、破談になるのも当然じゃないか」
「だからあの女がそれを知ってて嫌がらせをしてきたんでしょう! ぜんぶ夏美のせいなんだから!」
「違う。夏美は何も知らないよ。むしろお前の元婚約者から連絡が来て、俺が慌てて知ったくらいだ。夏美には『対応しなくていい』って言ってある」
「そんなの何とでも言えるでしょう!」
「とにかく俺にはどうすることもできない。もし俺たちが嘘をついたと思ったなら、慰謝料を請求すればいい。でも、それなら俺だって戦うからな」
「どういうことよ?」
「覚えてるか? 市香が結婚した時、これからの仕送りに関して『もしギャンブルとか生活費以外のものに遣ったら支援を止めるし、お金も返してもらう』って書類にサインしたのを。あれは契約書だ。返金したくないなら、俺たちへの慰謝料請求もやめてくれ」
「ちょっと待ってよ。家族のことなんだし、そんな硬いこと言わないでよ!」
「契約書はちゃんと作ってある。これで本当に終わりにしよう。母さん、もう俺から連絡をすることはない。これからは市香だけに愛情を注いでやってくれ」
その夜、俺は夏美に連絡をした。
「遅くなってごめん。今から帰るよ。不在着信が百五十三件も来てて、ちょっと怖くなった」
「ああ、それ母さんからだ。ブロックしてくれ。何も読まなくていい」
「もうブロックしたよ。いいの?」
「いいよ。むしろやっとだ。ようやく終わったわ」
「そうだな。なあ、夏美。式場の近くに引っ越さない? 何かと便利だと思うんだ」
「実は私もそう言いたかったところなの」
「急いで帰るから待っててくれ」
その日の深夜、母と市香が責め合っているのを、俺は知っている。市香は「あのおっさんも私と直接話してくれない」と泣き、母は「あんたのせいで私は息子に見捨てられたんだ」と怒鳴っていた。二人の間に、もう家族の絆なんてものは存在しなかった。もともと、お金でつながっていただけの関係だったんだ。
数日後、事態はさらに動いていた。市香の元婚約者である安澄さんから、俺のところに連絡が来た。安澄さんは市香の婚約破棄について、慰謝料五十万円を支払うことで合意したらしい。一方の市香は、元婚約者から結婚の贈り物として用意されたブランド品の返金を求められた。彼女は抵抗したようだが、安澄さんは全ての領収書を保管していたため、逃げられなかった。その金額は、なんと七百五十八万円にもなった。
しかも市香は、それまでに散々ブランド品を買い倒していたらしく、慰謝料を工面するためにさらに百五十万円の借金を背負った。合計の返済額は九百万円を超えることになる。母に捨てられ、兄にも見捨てられ、市香がこれからどうやって生きていくのかと思っていた矢先、ニュースが流れてきた。
「結婚詐欺グループを摘発、容疑者の一人を逮捕」
画面に映っていたのは、市香によく似た女性だった。どうやら結婚詐欺グループに所属して荒稼ぎしていたらしい。被害総額は三千万円を超えるという。ただ、市香によく似た女性は「所属したばかりでまだ何もしていない」と容疑を否認しているらしい。
俺は夏美にそのことを話した。夏美はただ黙って聞いていた。
「市香さんは私に何も話してくれないけど、助けることはしないって決めてるの。それでいいと思う」
「ああ、俺も同じだよ。俺たちはようやく自由になったんだ。静かに幸せに暮らそう」
「うん。そうしよう」
その後、夏美の式場は評判を呼んでいた。何よりも、あの結婚式場での祝宴を楽しんだ客たちの口コミが広がったのだ。安澄さんもレストランを気に入って、自分のインスタグラムで宣伝してくれているらしい。
「あの人、大企業だし、繋がりは持っておいて損はないでしょ。お母さんの介護施設を探してるみたいで、相談に乗ってあげてるんだ」
「あら、それはあなたが適任ね。介護職だものね」
「ああ。俺も介護業界から抜けるわけじゃないし、いつかは自分の介護施設を持つのが夢だからね。もちろん夏美の事業も一生懸命手伝うよ」
「頼りにしてるわ」
さらに数日が経った頃、市香の姿が夕方のニュースで報じられた。どうやら彼女は再び詐欺グループへの関与が疑われ、警察に連行されたらしい。ただ、彼女によく似た女性は「まだ何もしていない」と容疑を否認していると報道された。
夏美はニュースを静かに消した。そして、俺に小さく微笑んだ。
「これで本当に終わりね。しかし、こんなことになってしまっても、私が助けることはないわ。あの人は、ずっと家族から逃げ切る一番いいタイミングを待っていたの。それがやっといつもの形で結ばれただけ。私は静かに幸せに暮らしたいだけ」
「ああ。俺もだ。それに今度、初めて夏美のお父さんに会うんだろ? 楽しみにしてるよ」
「うん。これからだからね」
俺は夏美の手を握った。ようやく始まる、俺たちだけの人生。そこにはもう、あの騒がしい家族の影はなかった。
