「みささん、いい加減、うちの嫁としての自覚を持ちなさいよ。親戚の集まりに顔も出さないで、一体何を考えてるの?兄嫁たちに任せっぱなしで、恥ずかしくないの?親戚中が、拓也がどうしてあんな女と結婚したんだって言ってるわよ」
義母の声は、受話器越しでも針のように尖っていた。
「ご期待に添えず、申し訳ありません。でも、私も働いていますので」
「あんたのパートみたいな雀の涙の稼ぎなんて、あってもなくても一緒よ。うちはボンボン家なんだから、正月は嫁が実家に帰って、親戚はもちろんご近所さんにも挨拶回りするのが決まりなの。他の嫁はみんなやってるわよ。あなただけよ、できないのは。こんな端女をもらって、拓也も見る目がないわね」
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「これ以上、私たちに恥をかかせるなら、拓也にもそれなりの対応を取るように言いますからね。年収四千万の有力企業をなくして困るのは、あなたの方なんだから。もう少し、考えて行動しなさい。もっと賢くなりなさいよ」
電話が切れた後、しばらくして拓也からLINEが来た。
「お袋から連絡あったぞ。俺の仕事に差し支えるから、もうそういう話は直接やり取りしてくれ」
「お母さんからは、もう実家に帰らなくていいって言われてたのよ。なのに、どうしてここまで文句を言われないといけないの?」
「そんなの聞き流せばいいだろう。俺は仕事で忙しいんだ。そんなことで連絡してくるなよ。義母とうまくやるのも、嫁の仕事だろうが」
「義母と嫁が衝突しないようにうまくやるのも、旦那の仕事じゃないの?」
「俺が食わせてやってんだから、文句言うなよ。偉そうなことを言うなら、俺より稼いでから言うんだな。あと、クリーニング出しとけよ。明後日は接待の帰りに、うちに茂田さんと三井さんを連れてくるから、食事の用意もしておくように。返事は?」
「はい、分かりました」
「お前の価値なんて、俺に従順であるかどうかしかないんだから、ちゃんとやれよな」
その夜、友人からランチのお誘いが来た。
「ねえ、みさ、今度ランチ行こうよ。暇?」
「行きたいのは山々なんだけど、ちょっと夫の母と揉めてて」
「まだ離婚してなかったの?もう別れなって。そもそも、結婚だって反対してたんだよ。あいつは近年稀に見るクズだって、まさにその通りだったでしょ」
「ごめんね、心配ばっかりかけちゃって」
「みさのことだから、うまくやるって信じてるよ。何かあったら、いつでも相談に乗るからね」
その一ヶ月後、みさ宛に速達が届いた。
「みささん宛てに速達で郵便物を送ったのだけど、届いてるかしら?」
「すみません、まだポストを確認してなくて。今確認しますので、少しお待ちください」
数分後、みさは電話をかけ直した。
「あの、何の冗談ですか?離婚届を送ってくるなんて。しかも、これ、拓也さんの分が記入済みなんですけど。どういうことですか?」
「あなたが悪いんでしょ?親戚の集まりがあるから、今度こそ手伝いで顔を出しなさいって言ったのに、それを無視して。家に尽くせない嫁なんていらないのよ。今すぐ記入して、五分で提出してきなさい。拓也の相手は年収四千万の息子と結婚できたのに、本当にバカな娘よね。自分のプライドなんかのせいで、ババアになるんだから。何?ショックで言葉も出ないのかしら?今更後悔したって遅いわよ」
「……ありがとうございます」
「ああ、何ですって?」
「今日は最高の日です。ありがとうございます。早速、私の分を記入して、離婚届を提出してきますね」
「ふん、強がっちゃって。提出ができたら、すぐに荷物をまとめて出ていくのよ。いいわね?」
「はい、喜んで」
三十分後、みさは友人にLINEを送った。
「義母から速達で離婚届が送られてきたんだけど、どう思う?しかも、拓也の分は記入済み。どういう神経してるんだろうね」
「マジでやばすぎない?さすがにもう我慢する必要ないじゃん」
「うん。もう我慢するのは馬鹿らしいから、今、提出してきたところ」
「さすがみさ。で、元夫には言ったの?」
「これから報告するところ」
「おっしゃ、行ったれ、行ったれ」
数分後、拓也に電話をかけた。
「今、離婚届を出してきたわ」
「お、早いな。もっと泣きつくLINEが来るかと思ったわ。俺は一週間出張で家を開けるから、その間に荷物をまとめて出てけよ。もし出てかなかったら、業者でも何でも使って追い出すからな」
数週間後、拓也から突然電話がかかってきた。
「おい、お前、いつの間に株なんか買ってたんだ?」
「離婚したのに連絡してくるから、おかしいと思ったわ。どうして私の保有株式なんて知ってるの?」
「ばーさんが、財産分与だの何だので揉めるのは面倒だから、離婚後でもいいから書類を作るように言ってきたんだよ。まあ、確かに面倒はない方がいいからな。それで家を整理してたら、お前宛ての株配当の書類が残ってたんだよ」
「ああ、バタバタしてて置き忘れたかもね。あなたが一週間以内に出ていけなんて無茶言うから」
「でも、それは私のお金で買ったものだし」
「結婚してから買ったもんだろう。だったら分配対象だろうが。生活費は俺だって出してたんだ。俺の出した生活費を流用して買った株かもしれないだろうが。弁護士に、共有財産の分配と結婚後に購入した株式の分配は、正当な離婚の財産分与に当たるって言われてんだ」
「だったら、あなたも財産分与に応じて、貯金を私に支払わないといけなくなるわよ。どっちの方が得か、考えた方がいいわ」
「何度も言わせるなよ。ごねるなら、それこそ裁判でもするか。お前にそんな金があるわけもないだろうけどな」
「共有財産を分配してでも、私から株を取り上げたいのね」
「だから、何度も言わせるなよ」
「分かったわ。結婚してから買った株は四社分よ。だから、二社をあなたに譲る。それでいいわね。ビークエンシーとマークマントル。納得できる?」
「聞いたことねえな。今の株価と会社運営に問題がないかチェックするから、待て」
「意外と用心深いのね。どうぞ、お好きなだけ調べてください」
数日後、拓也から連絡があった。
「お前が提示してきた二社の株を俺に譲るってことで、手を打ってやるよ。確認した上で了承したってことだ。念のため、名義変更とかはちゃんと弁護士を通してやらせてもらうからな」
「了解したわ。それと、共有財産の分配金は、通帳も送ったでしょう。分配金は四百万ね」
「年収四千万にしては、少ない貯金額ですこと。まあ、あれだけ派手に同僚と飲み歩いたりしてれば、そうなるか」
「それも立派な営業だっつうの。お前みたいな主婦には分かんねえんだよ。それに、結婚する前に投資に回したりして、手元の現金がそこまで残ってないだけだし」
「でも、結婚する前の財産は分与の対象外よ。残念だったわね」
「そうね。それじゃあ、これで本当にさようならにしましょう」
「ああ、マジで端女だったわ。もっと従順なやつを探さないとだめだな」
「次の結婚がうまくいくことを祈ってるわ」
数時間後、みさは友人と乾杯した。
「離婚後の財産分与、終わったわ。これで気兼ねなく飲みに行けるわよ」
「おめでとう。長かったね。やっとだわ。すぐお店を予約する。ところで、どの会社の株を分配したの?」
「マークマントルとビークエンシーよ」
「ああ、なるほどね。いいチョイスしてんじゃん」
「でしょ。でも、私、何にも悪いことはしてないわ。向こうも自分で調べて、そこでいいって納得してることだし」
「そうね。この後のことは、知ったこっちゃないって感じだわ。今日はうまい酒が飲めるわよ」
数ヶ月後、拓也が電話をかけてきた。その声は怒りに震えていた。
「お前、なんて株を渡してきやがったんだ、この野郎。マークマントルは粉飾決算が発覚して株価が暴落するし、ビークエンシーは製品不良で集団訴訟、上場廃止。二千万も損失が出たんだぞ。どうしてくれるんだよ」
「どうもこうもないわよ。私にその二社の暴落を予想できたと思う?株価の変動が分かって取引できる人間なんていないでしょう。あなたが納得して、その二社でいいって言ったんじゃないの」
「だからって、こんな都合よく二社とも落ちるなんて、仕組まれてるとしか思えねえ」
「そんなこと、できないって分かってるでしょ。運がなかった。それだけの話よ。株って、そもそもそういうものだから」
数時間後、みさは友人に言った。
「あの二社、見事に落ちたわね。ここまでひどいとは思わなかったけど」
「みさの感って、びっくりするくらい当たるよね。株の損切りのタイミングも天才的だし。離婚と暴落のタイミングが噛みすぎてて、怖いくらいだよ」
「私のこの変な感を信じてくれた人、ありがとう」
「それはこっちも同じだから。ていうかさ、そろそろ聞かせてくれない?悪いこと、悪い人の勘が当たるみさが、わざわざ拓也と結婚した理由」
「うーん。言っちゃえば、仕返しかな」
「仕返し?」
「うん。仕返しなんて生ぬるいものじゃないわね。どこからどこまでが、みさの仕込みなの?」
「仕込みというほどのことは必要なかったわね。もちろん、結婚すればより地獄に落とせると思って、準備してきたことはあるけど。それ以上の転落は、私の仕込みとは関係なく、自業自得よ。これからあの人は、私と離婚したことでドミノ式に悪いことが起こる。そんな予感がするの」
その同時刻、義母が拓也に電話をかけていた。
「ねえ、あなた、あなたの会社、大丈夫なの?連日ワイドショーに出てくるじゃない?」
「俺みたいな営業にまで話が降りてくるわけないだろ。俺だって知らなかったんだよ。朝のワイドショーで知ったんだ」
「経営は大丈夫なの?このスキャンダルのせいで、取引先も離れていくんでしょう?息子の暴行事件の揉み消しに、会社の経費から慰謝料を払って横領なんて」
「ああ、俺もこれからどうなるか分かんないんだ。今、LINEしてくるのはやめてくれ。何も答えられることがないんだよ」
「待ちなさい、拓也」
数日後、義母は霊媒師の家を訪ねていた。
「霊媒師の由香先生ですか?とにかく当たると評判だと、色々な方からお聞きしました。お願いです。息子を救っていただきたいんです」
「事前に情報をお伺いしておりますが、息子さんはミクスチャラにお勤めなんですね。大手の勝者でしたが、あのスキャンダルを耐え抜けるかどうか」
「何か悪いものが憑いてるんですか?」
「息子さんの直近の写真を見せていただきましたけど、かなりまずいですね。黒いオーラがまとわりついていて、転落していく証拠が見えます」
「そんな、何とかなりませんか?お払いするとか」
「まず、私にお払いする力はありません。あくまで見る力なんですよ。そして、大前提として、霊視は占いとは異なります。霊視は、基本的に見えるものからいい兆候、悪い兆候をお伝えしているんですが、私の場合は、これから人間が辿っていく道が色で見えるんです。そして、息子さんですが、この黒さは、かなりの人間から恨みを買っているようにも感じます」
「恨みですって?」
「最近、誰か人との別れを経験したりはしていませんか?例えば、離婚したとか、彼女や婚約者と別れたとか」
「離婚しました。でも、それは嫁の方に問題があったんですよ」
「そうですか。じゃあ、お嫁さん以外にも、息子さんが人から恨みを買っている可能性がありますね。こういう人間の恨みを買いすぎた人間は、遅かれ早かれ転落するようになっています。ほら、最近、いろんな芸能人がスキャンダルで一発退場してるでしょ?あれも、色々な人の恨みが積もりに積もって、足かせとなっているということです。例えば、AとB、どちらも既婚者で女遊びをしていたとします。A氏は女性に対する扱いが雑で、金払いも悪い。一方、B氏は女性に対する扱いがスマートで、毎回お金や物を渡している。何かあった時、恨みが募ってリークされる可能性があるのはどちらか、迷いますよね。どちらもやっていることがクズだったとしても、人に対する接し方で、運気やその後の道ががらりと変わるんですよ」
「それは、そうかもしれないですけど」
「霊媒師や占い師もよく言ってますよ。運をよくしたいなら、人に親切にしろってね。情けは人のためならず、という言葉も、情けは巡り巡って自分に帰ってくる。相手に行った理不尽な行為は、全て自分に帰ってくると思って行動するのが基本ですね。とにかく、私から言えることは、これからの転落に備えること。もし恨みを買った相手に心当たりがあるなら、誠心誠意謝ること。それ以外にできることはありませんよ」
「そんな……」
「そして、お母さん自身も同じことです」
「どういうことですか?」
「息子さんの直近の写真に、あなたが映っている写真が一枚。あなたにも、黒い霧が取り憑いているように見えるということですよ。それでは、ご相談ありがとうございました」
数時間後、義母はみさに電話をかけていた。声は泣きそうに震えていた。
「みささん、あんな風に意地悪を言ってごめんなさい。嫁は姑の言うことを聞くのが当たり前だと思ってたの。それに、大した稼ぎもないくせに偉そうな態度で、実家のことを手伝わなかったから。でも、もうそんなこと言わないから、お願い、許して。私たちを許してちょうだい。このままじゃ、我が家は潰れちゃう」
数分後、義母は拓也に言った。
「みささんに謝りなさい。すぐによ。土下座でも何でもしなさい。それから、他に何か悪いことをした心当たりのある人がいるなら、謝りなさい」
「いきなり何なんだよ」
「何でもいいから、言うことを聞きなさい。あなた、地獄に落ちたいの?」
「マジで意味分かんないし、怖いよ。もうほっといてくれ」
数日後、拓也がみさを訪ねてきた。その顔はやつれていた。
「みさ、あの、俺、本当にみさに何か恨まれることしたか?これ、全部お前の呪いなのか?」
「オカルト話?どうしたのよ。本でも読んだ?」
「冗談で言ってんじゃねえんだよ。最近、母さんがおかしいんだ。霊媒師か何かに見てもらったのか知らねえけど、俺が人の恨みを買ったせいだって。会社もマジでどんどん良くない情報が週刊誌で連発されてて、もう今月の給料から払えないって通達が来てるんだよ。でも、何人かはすでに転職が決まって、上手く逃れたやつもいて。俺はその波に乗れなかったんだよ。ここまで悪いことが重なると、オカルトだって信じたくなるだろう」
「うん。まあ、自業自得じゃない」
「どういう意味だよ」
「だって、私の顔を見ても、名前を聞いても思い出しもしないで、結婚までするような最低な男だからね」
「どういうことだよ。何のことを言ってんだ?」
「浜田さえ、覚えてないの?あんたが二十歳から二十六歳まで、六年間交際して結婚の約束をしていた人の名前よ」
「なんでお前からさえの名前が出てくるんだって、聞いてんだよ。まさか、友達だったのか?」
「私はさえの双子の姉よ」
「は?」
「中学生の頃に親が離婚して、私は父方に、さえは母方に引き取られたから、苗字は違ったし、二卵性の双子だから、分からないかもしれない。でも、私はね、あんたに近づいた時、さえの洋服を着てたわ。さえの鞄を持ってたわ。何も気がつかないなんて、本当にクズよね。そりゃそうか。結婚の約束をしていたのに、他の女と三股かけてたんだから。さえがどれだけ傷ついたか、知ってる?知らないわよね。鬱になって、ご飯も食べられなくなって。本当に恨んでるなんてもんじゃないわ。絶対に不幸になってもらわないと、割に合わないのよ」
「だ、頼むよ。もう過去の話じゃないか。それに、さえにはちゃんと慰謝料も払った」
「お金の話じゃないんだよ。さえは、あんたに近づいて復讐してやるって言ったら、止めたわ。友達にも、あんたと結婚すれば間違いなく不幸になるって言われた。でも、これは私が私のために決めた復讐なの。もし一度でもさえの名前が出れば、その時点で説明して、結婚はしなかったかもしれないけどね」
「そんな。頼むよ。もう許してくれよ。ここまで不幸になってんだぞ。お前と結婚したせいだけじゃ済まないくらいの転落だろ」
「あなたと結婚したのは、絶対浮気するって分かってたから。情報を集めて、社会的に追い詰めて、離婚してやろうと思ってたの。調べはついてるのよ。私との結婚生活二年の間にも、三人と浮気してるものね」
「違う。そんなの本気じゃないって。結婚したんだから、みさが本命に決まってるだろう」
「本気じゃなかったら、女遊びしていいと思ってることが気持ち悪いのよ。だったら、遊んでる方がよっぽどスマートで誠実だからね。それに、あなたから離婚を突きつけられなくても、方法はいくらでもあったの。今回はお母さんが暴走したから、一番いいルートに進めただけ。株の譲渡なんて、私は想定してなかったもの。ラッキーだったわ。それに、いいことを教えてあげる。私の悪い予感はね、ほぼ百パーセント当たるの。あなたも近いうちに良くないことになる予感はあった。でも、その時点で私が何か特別な情報を持っていたわけじゃない。ただ予感がしていただけ」
「俺のことを恨んでたのか?結婚したのが間違いだったってことか」
「別に株のことがなくても、あなたが落ちていくことなんて決まってたわ。さらに、私に隠れて浮気して捨てられた女性たち。それ以外にも、どれだけの人間がいるのかしらね」
「そんな……」
「それともう一つ、いいことを教えてあげる。あなた、私が何か言うたびに、もっと稼いでから文句言えって言ってたけど。私、MSKの代表取締役だから。調べたら出てくるわよ。成長企業IT部門でランクインしてるし。年収は八千万だから、あなたの倍稼いでるわよ」
「そんな嘘だろ。ありえない」
「こんな時に、会社の事務受付って言うわけないじゃない。稼げる女なんて、好みじゃないでしょ。まあ、私のことを調べられたら終わりだったけど、そうしないことも計算済み。あなたが私と結婚したいと思った理由は、控えめでおとなしくて、見た目がタイプ。それだけでしょ。あなたの好みの女性は調べ尽くしてたから、寄せるのは簡単だったわね。ここまで綺麗にことが運んでくれて、私は大満足。どうもありがとう」
「頼む。許してくれ。お願いだよ。俺、もう十分反省したから」
「あら、離婚した元嫁にすがるなんて、寄生中みたいなことはやめてちょうだい。それじゃあ、さようなら」
数ヶ月後、みさは友人と話していた。
「いや、倒産したね。ミクスチャラもやばいことになってるし」
「ちなみに、拓也には浮気不倫の慰謝料も請求してあるわ。百万円。少ないくらいでしょ」
「もっと絞り取れないもんかね」
「婚姻期間が短かったし、財産分与もした後だったしね。でも、拓也の浮気相手の中に既婚者がいたから、相手側に情報も渡してあるの。その人の話では、慰謝料八十万請求することになったって。で、株の損失が二千万でしょ。老費で貯金もほぼないって言ってたし。うん。まあ、地獄確定か」
「ああ」
「あ、もう一人忘れてた。義母はどうなったの?」
「今回のことがご近所に知れて、白い目で見られるようになったみたい。拓也のお兄さんとか奥さんから、あれこれLINEが届くわよ。まあ、最終的にはお金の無心になるから、ブロックしたんだけど。とりあえず実家は売り払って、義母は田舎の親戚の家に引っ越すですって」
「ああ、そんな貧乏神を呼び寄せるなんて、物好きね。その家もそのうち不幸が起こって没落だわ」
「怖い怖い。由香の霊視の当たる率は、恐ろしいものがあるからね。大企業の社長さんも、役員決めのために霊媒を頼むんでしょ。すごいわよね」
「うん。まあまあ、所詮オカルトだから、信じるか信じないかはあなた次第ってやつでも、信じてくれた人にいい効果をもたらす自信はあるよ。一応、仕事として霊視してるプロですから。私も、由香に出会えたのは、この勘の良さのおかげだと思ってるから、悪いことばっかりじゃないもんだね」
「それにしても、まさか双子の妹のための復讐だとは思わなかったわよ」
「ものすごい強い意思だったから、反対しても無駄なのは分かってたけどね。心配かけてごめんね。妹の元婚約者なんて言ったら、何が何でも止めると思ったから」
「まあまあ、結果オーライってことで。妹さんは今、どうしてんの?」
「北海道に引っ越してから、リゾートで楽しく住み込みで働けてるみたい。あとはいい出会いに恵まれるのを待つばかりね」
「でも、最近のさえを見てる感じ、そろそろな感じがするんだけど。みさの感は百パーセントだからね。いい報告が楽しみだわ」
その後、何度か慰謝料の支払いの件で拓也から連絡が来た。
みさから譲渡された二つの株が暴落し、配当金でローンを払う計画が崩れ、遊休資産も停止。担保にしていた株価が下がったことで、証券会社から入金を迫られ、自分でも保有していた株を手放すはめになった。年間で数百万円は受け取っていた配当と遊休資産がゼロになったことに加え、慰謝料の支払いもしなければならなくなった。
年収四千万あったとはいえ、彼は浪費癖が激しく、キャバクラで派手に使うのが趣味だったので、財産分与をした後の貯金が減っていくのも折り込み済みだった。結局、拓也は消費者金融とカードローンに手を出し、借金は雪だるま式に膨らんでいるそうだ。
ただ、元々大手企業に営業として勤めていた人間。経歴自体は優秀なので、給料の良さで飛びついた会社に即採用されたはいいものの、相当なブラック企業に当たってしまったんだとか。朝から晩まで働いて、会社に泊まり込みはしょっちゅう。社内のいびりや上下関係も厳しい。転職したくても、転職先を探す時間もない。「心が死んでいく感じがする。俺はこのまま死ぬんだろうか」と、弱音がポツポツと聞こえてくる。ああ、私には関係ないので、しっかり慰謝料は支払い続けてもらいます。延滞すれば職場に連絡して給料を差し押さえてもらう取り決めですからね。
一方、みさは由香と一緒に、さえが移住した北海道へ遊びに行く予定だった。妹の敵を取って、みさも体が軽くなった。理不尽に対しては百倍返し。人生の主役は自分。誰にも主導権を渡さないようにしていきましょう。ねえ、みささん、もっとうちに顔を出せないのかしら?息子の嫁として、挨拶回りに付き合うとか、もっと内助の功で夫を支えるってことができないの?今回の集まりだって、兄嫁たちに任せっぱなしで、一体何を考えてるのかしら?親戚もみんな言ってるわよ。拓也はどうしてあんな女と結婚したんだって。
「私なりに精一杯やってるんですが、ご期待に添えず申し訳ありません。でも、私も働いてるので」
「あんたのパートみたいな雀の涙の稼ぎなんて、あってもなくても一緒なのよ。あのね、うちはボンボン家。正月は嫁が実家に帰って、親戚はもちろん、ご近所さんにも挨拶回りするのが決まりなのよ。他の嫁はみんなちゃんとやってるっていうのに、あなただけだからね。こんな端女をもらって、拓也も見る目がないわよ」
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「これ以上、私たちに恥をかかせるなら、拓也にもそれなりの対応を取るように言いますからね。年収四千万の有名企業をなくして困るのは、あなたの方なんだから。もう少し考えて行動した方がいいわよ。もっと賢くなりなさい」
電話を切ると、しばらくして拓也からLINEが来た。
「お袋から連絡あったぞ。俺は仕事で忙しいんだ。そんなことで連絡してくるなよ。義母とうまくやるのも、嫁の仕事だろうが」
「お母さんからは、もう実家に規制しなくてもいいって言ってたわよね。どうしてお母さんからここまで文句を言われないといけないのよ」
「そんなの聞き流せばいいだろう。俺が食わせてやってんだから、文句言うなよ。偉そうなことを言うなら、俺より稼いでから言うんだな。あと、クリーニング出しとけよ。明後日は接待の帰りに、うちに茂田さんと三井さんを連れてくるから、食事の用意もしておくように。返事は?」
「はい、分かりました」
「お前の価値なんて、俺に従順であるかしかないんだから、ちゃんとやれよな」
その日の夜、友人からランチのお誘いが来た。
「ねえ、みさ、今度ランチ行こうよ。暇?」
「行きたいのは山々なんだけど、ちょっと夫の母とごたついてて」
「まだ離婚してなかったの?もう離れなって。そもそも結婚だって反対してたんだよ。マジで近年稀に見るクズだって。まさにその反対が身に染みてるところよ」
「ごめんね。心配ばっかりかけちゃって」
「みさのことだから、うまくやるって信じてるよ。何かあったら、いつでも相談に乗るからね」
一ヶ月後、みさ宛てに速達が届いた。
「みささん宛てに速達で郵便物を送ったんだけど、届いてるかしら?」
「すみません。まだポストを確認してなくて。今確認しますので、少しお待ちください」
数分後、みさは電話をかけ直した。
「あの、何の冗談ですか?離婚届を送ってくるなんて。しかも、これ、拓也さんの分が記入済みなんですけど。どういうことですか?」
「あなたが悪いんでしょ?親戚の集まりがあるから、今度こそ手伝いで顔を出しなさいって言ったのに、それを無視して。家に尽くせない嫁なんていらないのよ。今すぐ記入して、五分で提出してきなさい。拓也の妻になれたっていうのに、本当にバカな娘よね。自分のプライドなんかのせいで、ババアになるんだから。何?ショックで言葉も出ないのかしら?今更後悔したって遅いわよ」
「……ありがとうございます」
「ああ、何ですって?」
「今日は最高の日です。ありがとうございます。早速、私の分を記入して、離婚届を提出してきますね」
「ふん、強がっちゃって。提出ができたら、すぐ荷物をまとめて出ていくのよ。いいわね?」
「はい、喜んで」
三十分後、みさは友人にLINEを送った。
「義母から速達で離婚届が送られてきたんだけど、何それ?マジやばすぎない?しかも拓也の分は記入済み。どういう神経してるんだろうね」
「さすがにもう我慢する必要ないじゃん」
「うん。これ以上我慢するのは、さすがに馬鹿らしいから、今出してきたところ」
「さすがみさ。で、元夫には言ったの?」
「これから報告するところ」
「おっしゃ、行ったれ、行ったれ」
数分後、拓也に電話をかけた。
「今、離婚届を出してきたわ」
「お、早いな。もっと泣きつくLINEが来るかと思ったわ。俺は一週間出張で家を開けるから、その間に荷物まとめて出てけよ。もし出てかなかったら、業者でも何でも使って追い出すからな」
数週間後、拓也から突然電話がかかってきた。
「おい、お前、いつの間に株なんか買ってたんだ?」
「離婚したのに連絡してくるから、おかしいと思ったわ。どうして私の保有株式なんて知ってるのよ」
「ばーさんが財産分与だのなんだので揉めるのは面倒だから、離婚後でもいいから書類を作るように言ってきたんだよ。まあ確かに面倒はない方がいいからな。それで家を整理してたら、お前宛ての株配当の書類が残ってたんだよ」
「ああ、バタバタしてて置き忘れたかもね。あなたが一週間以内に出ていけなんて無茶言うから」
「でも、それは私のお金で買ったものだし」
「結婚してから買ったもんだろう。だったら分配対象だろうが。生活費は俺だって出してたんだ。俺の出した生活費を流用して買った株かもしれないだろう。弁護士に、共有財産の分配と結婚後に購入した株式の分配は、正当な離婚の財産分与に当たるって言われてんだ」
「だったら、あなたも財産分与に応じて、貯金を私に支払わないといけなくなるわよ。どっちの方が得か、考えた方がいいわ」
「何度も言わせるなよ。ごねるなら、それこそ裁判でもするか。お前にそんな金があるわけもないだろうけどな」
「共有財産を分配してでも、私から株を取り上げたいのね」
「だから、何度も言わせるなよ」
「分かったわ。結婚してから買った株は四社分よ。だから、二社をあなたに譲る。それでいいわね。ビークエンシーとマークマントル。納得できる?」
「聞いたことねえな。今の株価と会社運営に問題がないかチェックするから、待て」
「意外と用心深いのね。どうぞ、お好きなだけ調べてください」
数日後、拓也から連絡があった。
「お前が提示してきた二社の株を俺に譲るってことで、手を打ってやるよ。確認した上で了承したってことだ。念のため、名義変更とかはちゃんと弁護士を通してやらせてもらうからな」
「了解したわ。それと、共有財産の分配金は、通帳も送ったでしょう。分配金は四百万ね」
「年収四千万にしては、少ない貯金額ですこと。まあ、あれだけ派手に同僚と飲み歩いたりしてれば、そうなるか」
「それも立派な営業だっつうの。お前みたいな主婦には分かんねえんだよ。それに、結婚する前に投資に回したりして、手元の現金がそこまで残ってないだけだし」
「でも、結婚する前の財産は分与の対象外よ。残念だったわね」
「そうね。それじゃあ、これで本当にさようならにしましょう」
「ああ、マジで端女だったわ。もっと従順なやつを探さないとだめだな」
「次の結婚がうまくいくことを祈ってるわ」
数時間後、みさは友人と飲んでいた。
「離婚後の財産分与、終わったわ。これで気兼ねなく飲みに行けるわよ」
「おめでとう。長かったね。やっとだわ。すぐお店を予約する。ところで、どの会社の株を分配したの?」
「マークマントルとビークエンシーよ」
「ああ、なるほどね。いいチョイスしてんじゃん」
「でしょ。でも、私、何にも悪いことはしてないわ。向こうも自分で調べて、そこでいいって納得してることだし」
「そうね。この後のことは、知ったこっちゃないって感じだわ。今日はうまい酒が飲めるわよ」
数ヶ月後、拓也が電話をかけてきた。その声は怒りに震えていた。
「お前、なんて株を渡してきやがったんだ、この野郎。マークマントルは粉飾決算が発覚して株価が暴落するし、ビークエンシーは製品不良で集団訴訟、上場廃止。二千万も損失が出たんだぞ。どうしてくれるんだよ」
「どうもこうもないわよ。私にその二社の暴落を予想できたと思う?株価の変動が分かって取引できる人間なんていないでしょう。あなたが納得して、その二社でいいって言ったんじゃないの」
「だからって、こんな都合よく二社とも落ちるなんて、仕組まれてるとしか思えねえ」
「そんなこと、できないって分かってるでしょ。運がなかった。それだけの話よ。株って、そもそもそういうものだから」
数時間後、みさは友人に言った。
「あの二社、見事に落ちたわね。ここまでひどいとは思わなかったけど」
「みさの感って、びっくりするくらい当たるよね。株の損切りのタイミングも天才的だし。離婚と暴落のタイミングが噛みすぎてて、怖いくらいだよ」
「私のこの変な感を信じてくれた人、ありがとう」
「それはこっちも同じだから。ていうかさ、そろそろ聞かせてくれない?悪いこと、悪い人の勘が当たるみさが、わざわざ拓也と結婚した理由」
「うーん。言っちゃえば、仕返しかな」
「仕返し?」
「うん。仕返しなんて生ぬるいものじゃないわね。どこからどこまでが、みさの仕込みなの?」
「仕込みというほどのことは必要なかったわね。もちろん、結婚すればより地獄に落とせると思って、準備してきたことはあるけど。それ以上の転落は、私の仕込みとは関係なく、自業自得よ。これからあの人は、私と離婚したことでドミノ式に悪いことが起こる。そんな予感がするの」
その同時刻、義母が拓也に電話をかけていた。
「ねえ、あなた、あなたの会社、大丈夫なの?連日ワイドショーに出てくるじゃない?」
「俺みたいな営業にまで話が降りてくるわけないだろ。俺だって知らなかったんだよ。朝のワイドショーで知ったんだ」
「経営は大丈夫なの?このスキャンダルのせいで、取引先も離れていくんでしょう?息子の暴行事件の揉み消しに、会社の経費から慰謝料を払って横領なんて」
「ああ、俺もこれからどうなるか分かんないんだ。今、LINEしてくるのはやめてくれ。何も答えられることがないんだよ」
「待ちなさい、拓也」
数日後、義母は霊媒師の家を訪ねていた。
「霊媒師の由香先生ですか?とにかく当たると評判だと、色々な方からお聞きしました。お願いです。息子を救っていただきたいんです」
「事前に情報をお伺いしておりますが、息子さんはミクスチャラにお勤めなんですね。大手の勝者でしたが、あのスキャンダルを耐え抜けるかどうか」
「何か悪いものが憑いてるんですか?」
「息子さんの直近の写真を見せていただきましたけど、かなりまずいですね。黒いオーラがまとわりついていて、転落していく証拠が見えます」
「そんな、何とかなりませんか?お払いするとか」
「まず、私にお払いする力はありません。あくまで見る力なんですよ。そして、大前提として、霊視は占いとは異なります。霊視は、基本的に見えるものからいい兆候、悪い兆候をお伝えしているんですが、私の場合は、これから人間が辿っていく道が色で見えるんです。そして、息子さんですが、この黒さは、かなりの人間から恨みを買っているようにも感じます」
「恨みですって?」
「最近、誰か人との別れを経験したりはしていませんか?例えば、離婚したとか、彼女や婚約者と別れたとか」
「離婚しました。でも、それは嫁の方に問題があったんですよ」
「そうですか。じゃあ、お嫁さん以外にも、息子さんが人から恨みを買っている可能性がありますね。こういう人間の恨みを買いすぎた人間は、遅かれ早かれ転落するようになっています。ほら、最近、いろんな芸能人がスキャンダルで一発退場してるでしょ?あれも、色々な人の恨みが積もりに積もって、足かせとなっているということです。例えば、AとB、どちらも既婚者で女遊びをしていたとします。A氏は女性に対する扱いが雑で、金払いも悪い。一方、B氏は女性に対する扱いがスマートで、毎回お金や物を渡している。何かあった時、恨みが募ってリークされる可能性があるのはどちらか、迷いますよね。どちらもやっていることがクズだったとしても、人に対する接し方で、運気やその後の道ががらりと変わるんですよ」
「それは、そうかもしれないですけど」
「霊媒師や占い師もよく言ってますよ。運をよくしたいなら、人に親切にしろってね。情けは人のためならず、という言葉も、情けは巡り巡って自分に帰ってくる。相手に行った理不尽な行為は、全て自分に帰ってくると思って行動するのが基本ですね。とにかく、私から言えることは、これからの転落に備えること。もし恨みを買った相手に心当たりがあるなら、誠心誠意謝ること。それ以外にできることはありませんよ」
「そんな……」
「そして、お母さん自身も同じことです」
「どういうことですか?」
「息子さんの直近の写真に、あなたが映っている写真が一枚。あなたにも、黒い霧が取り憑いているように見えるということですよ。それでは、ご相談ありがとうございました」
数時間後、義母はみさに電話をかけていた。声は泣きそうに震えていた。
「みささん、あんな風に意地悪を言ってごめんなさい。嫁は姑の言うことを聞くのが当たり前だと思ってたの。それに、大した稼ぎもないくせに偉そうな態度で、実家のことを手伝わなかったから。でも、もうそんなこと言わないから、お願い、許して。私たちを許してちょうだい。このままじゃ、我が家は潰れちゃう」
数分後、義母は拓也に言った。
「みささんに謝りなさい。すぐによ。土下座でも何でもしなさい。それから、他に何か悪いことをした心当たりのある人がいるなら、謝りなさい」
「いきなり何なんだよ」
「何でもいいから、言うことを聞きなさい。あなた、地獄に落ちたいの?」
「マジで意味分かんないし、怖いよ。もうほっといてくれ」
数日後、拓也がみさを訪ねてきた。その顔はやつれていた。
「みさ、あの、俺、本当にみさに何か恨まれることしたか?これ、全部お前の呪いなのか?」
「オカルト話?どうしたのよ。本でも読んだ?」
「冗談で言ってんじゃねえんだよ。最近、母さんがおかしいんだ。霊媒師か何かに見てもらったのか知らねえけど、俺が人の恨みを買ったせいだって。会社もマジでどんどん良くない情報が週刊誌で連発されてて、もう今月の給料から払えないって通達が来てるんだよ。でも、何人かはすでに転職が決まって、上手く逃れたやつもいて。俺はその波に乗れなかったんだよ。ここまで悪いことが重なると、オカルトだって信じたくなるだろう」
「うん。まあ、自業自得じゃない」
「どういう意味だよ」
「だって、私の顔を見ても、名前を聞いても思い出しもしないで、結婚までするような最低な男だからね」
「どういうことだよ。何のことを言ってんだ?」
「浜田さえ、覚えてないの?あんたが二十歳から二十六歳まで、六年間交際して結婚の約束をしていた人の名前よ」
「なんでお前からさえの名前が出てくるんだって、聞いてんだよ。まさか、友達だったのか?」
「私はさえの双子の姉よ」
「は?」
「中学生の頃に親が離婚して、私は父方に、さえは母方に引き取られたから、苗字は違ったし、二卵性の双子だから、分からないかもしれない。でも、私はね、あんたに近づいた時、さえの洋服を着てたわ。さえの鞄を持ってたわ。何も気がつかないなんて、本当にクズよね。そりゃそうか。結婚の約束をしていたのに、他の女と三股かけてたんだから。さえがどれだけ傷ついたか、知ってる?知らないわよね。鬱になって、ご飯も食べられなくなって。本当に恨んでるなんてもんじゃないわ。絶対に不幸になってもらわないと、割に合わないのよ」
「だ、頼むよ。もう過去の話じゃないか。それに、さえにはちゃんと慰謝料も払った」
「お金の話じゃないんだよ。さえは、あんたに近づいて復讐してやるって言ったら、止めたわ。友達にも、あんたと結婚すれば間違いなく不幸になるって言われた。でも、これは私が私のために決めた復讐なの。もし一度でもさえの名前が出れば、その時点で説明して、結婚はしなかったかもしれないけどね」
「そんな。頼むよ。もう許してくれよ。ここまで不幸になってんだぞ。お前と結婚したせいだけじゃ済まないくらいの転落だろ」
「あなたと結婚したのは、絶対浮気するって分かってたから。情報を集めて、社会的に追い詰めて、離婚してやろうと思ってたの。調べはついてるのよ。私との結婚生活二年の間にも、三人と浮気してるものね」
「違う。そんなの本気じゃないって。結婚したんだから、みさが本命に決まってるだろう」
「本気じゃなかったら、女遊びしていいと思ってることが気持ち悪いのよ。だったら、遊んでる方がよっぽどスマートで誠実だからね。それに、あなたから離婚を突きつけられなくても、方法はいくらでもあったの。今回はお母さんが暴走したから、一番いいルートに進めただけ。株の譲渡なんて、私は想定してなかったもの。ラッキーだったわ。それに、いいことを教えてあげる。私の悪い予感はね、ほぼ百パーセント当たるの。あなたも近いうちに良くないことになる予感はあった。でも、その時点で私が何か特別な情報を持っていたわけじゃない。ただ予感がしていただけ」
「俺のことを恨んでたのか?結婚したのが間違いだったってことか」
「別に株のことがなくても、あなたが落ちていくことなんて決まってたわ。さらに、私に隠れて浮気して捨てられた女性たち。それ以外にも、どれだけの人間がいるのかしらね」
「そんな……」
「それともう一つ、いいことを教えてあげる。あなた、私が何か言うたびに、もっと稼いでから文句言えって言ってたけど。私、MSKの代表取締役だから。調べたら出てくるわよ。成長企業IT部門でランクインしてるし。年収は八千万だから、あなたの倍稼いでるわよ」
「そんな嘘だろ。ありえない」
「こんな時に、会社の事務受付って言うわけないじゃない。稼げる女なんて、好みじゃないでしょ。まあ、私のことを調べられたら終わりだったけど、そうしないことも計算済み。あなたが私と結婚したいと思った理由は、控えめでおとなしくて、見た目がタイプ。それだけでしょ。あなたの好みの女性は調べ尽くしてたから、寄せるのは簡単だったわね。ここまで綺麗にことが運んでくれて、私は大満足。どうもありがとう」
「頼む。許してくれ。お願いだよ。俺、もう十分反省したから」
「あら、離婚した元嫁にすがるなんて、寄生中みたいなことはやめてちょうだい。それじゃあ、さようなら」
数ヶ月後、みさは友人と話していた。
「いや、倒産したね。ミクスチャラもやばいことになってるし」
「ちなみに、拓也には浮気不倫の慰謝料も請求してあるわ。百万円。少ないくらいでしょ」
「もっと絞り取れないもんかね」
「婚姻期間が短かったし、財産分与もした後だったしね。でも、拓也の浮気相手の中に既婚者がいたから、相手側に情報も渡してあるの。その人の話では、慰謝料八十万請求することになったって。で、株の損失が二千万でしょ。浪費で貯金もほぼないって言ってたし。うん。まあ、地獄確定か」
「ああ」
「あ、もう一人忘れてた。義母はどうなったの?」
「今回のことがご近所に知れて、白い目で見られるようになったみたい。拓也のお兄さんとか奥さんから、あれこれLINEが届くわよ。まあ、最終的にはお金の無心になるから、ブロックしたんだけど。とりあえず実家は売り払って、義母は田舎の親戚の家に引っ越すですって」
「ああ、そんな貧乏神を呼び寄せるなんて、物好きね。その家もそのうち不幸が起こって没落だわ」
「怖い怖い。由香の霊視の当たる率は、恐ろしいものがあるからね。大企業の社長さんも、役員決めのために霊媒を頼むんでしょ。すごいわよね」
「うん。まあまあ、所詮オカルトだから、信じるか信じないかはあなた次第ってやつでも、信じてくれた人にいい効果をもたらす自信はあるよ。一応、仕事として霊視してるプロですから。私も、由香に出会えたのは、この勘の良さのおかげだと思ってるから、悪いことばっかりじゃないもんだね」
「それにしても、まさか双子の妹のための復讐だとは思わなかったわよ」
「ものすごい強い意思だったから、反対しても無駄なのは分かってたけどね。心配かけてごめんね。妹の元婚約者なんて言ったら、何が何でも止めると思ったから」
「まあまあ、結果オーライってことで。妹さんは今、どうしてんの?」
「北海道に引っ越してから、リゾートで楽しく住み込みで働けてるみたい。あとはいい出会いに恵まれるのを待つばかりね」
「でも、最近のさえを見てる感じ、そろそろな感じがするんだけど。みさの感は百パーセントだからね。いい報告が楽しみだわ」
その後、何度か慰謝料の支払いの件で拓也から連絡が来た。みさから譲渡された二つの株が暴落し、配当金でローンを払う計画が崩れ、遊休資産も停止。担保にしていた株価が下がったことで、証券会社から入金を迫られ、自分でも保有していた株を手放すはめになった。年間で数百万円は受け取っていた配当と遊休資産がゼロになったことに加え、慰謝料の支払いもしなければならなくなった。年収四千万あったとはいえ、彼は浪費癖が激しく、キャバクラで派手に使うのが趣味だったので、財産分与をした後の貯金が減っていくのも折り込み済みだった。結局、拓也は消費者金融とカードローンに手を出し、借金は雪だるま式に膨らんでいるそうだ。ただ、元々大手企業に営業として勤めていた人間。経歴自体は優秀なので、給料の良さで飛びついた会社に即採用されたはいいものの、相当なブラック企業に当たってしまったんだとか。朝から晩まで働いて、会社に泊まり込みはしょっちゅう。社内のいびりや上下関係も厳しい。転職したくても、転職先を探す時間もない。「心が死んでいく感じがする。俺はこのまま死ぬんだろうか」と、弱音がポツポツと聞こえてくる。ああ、私には関係ないので、しっかり慰謝料は支払い続けてもらいます。延滞すれば職場に連絡して給料を差し押さえてもらう取り決めですからね。
一方、みさは由香と一緒に、さえが移住した北海道へ遊びに行く予定だった。妹の敵を取って、みさも体が軽くなった。理不尽に対しては百倍返し。人生の主役は自分。誰にも主導権を渡さないようにしていきましょう。
