「ゆうな、家に誰もいねえんだけど。」——仕事中の昼休み、スマホに届いた姉からのLINE。嫌な予感だけが走った。まさか、と思って電話をかけると「今日から私とメイ、そっちに住むから。ヤクザの許可は取ってあるし」と平然と言い放つ。私は必死に拒否した。昔、居候していた私の私物を全部勝手に売り払った人だ。なのに姉は「名前書いてなかったじゃん」で終わらせる。その夜、兄から衝撃の事実を聞かされる。姪のメイ…

「ゆうな、家に誰もいねえんだけど。」——仕事中の昼休み、スマホに届いた姉からのLINE。嫌な予感だけが走った。まさか、と思って電話をかけると「今日から私とメイ、そっちに住むから。ヤクザの許可は取ってあるし」と平然と言い放つ。私は必死に拒否した。昔、居候していた私の私物を全部勝手に売り払った人だ。なのに姉は「名前書いてなかったじゃん」で終わらせる。その夜、兄から衝撃の事実を聞かされる。姪のメイ...

「ゆうな、家に誰もいねえんだけど。」

その連絡は、仕事中の私のスマホに届いた。姉からの、いつもの傍迷惑な連絡だ。

「は?お姉さん、今仕事中です。って、ちょっと待ってください。まさか、うちに来てるんですか?」

「そうそう。今日から私と、娘のメイも一緒に住むから。よろしくね。」

「は?いや、意味が分かりませんよ。てか、勝手に上がり込まないでくださいよ。不法侵入ですから!」

「ああ、ユウナちゃんってバカなの?ヤクザの許可は取ってあるから大丈夫。2週間くらい同居させてくれって、ちゃんと話を通してあるよ。ってことで、よろしく。」

「はあ?!何言ってるんですか。私は反対ですからね!ていうか、ヤクザが許可したからって、何で私が住まなきゃいけないんですか。私、お姉さんと同居するなんて、絶対に嫌ですから。」

「ああ、そう?じゃあ、行く当てのない私とメイが、これから野宿でもしろって言うの?かわいそうだと思わない?」

「思いません。というか、何でそんなに平然としてるんですか。昔、私がまだお姉さん夫婦の家に居候してた時、自分が何したか覚えてるんですか?」

「え?何かしたっけ?」

「私の私物を、全部勝手に売り払ったでしょ!しかも、何回も!」

「あー、思い出した。でも、あれはそっちも悪いんだよ。名前書いてなかったじゃん。リビングに置いてあったんだから、処分してもしょうがないだろ。」

「そんな小学生みたいな理屈が通ると思ってるんですか!私のバッグも、服も、みんな売ったのは事実でしょ!」

「はいはい。ごめんごめん。じゃあ、そういうことで。部屋、一個もらうから。メイは廊下でも寝れる子だから、気にしないで。」

そう言って、姉は電話を切った。

はあ、何なんだよ。マジで。

その日の夜。仕事から帰ると、居間で兄貴が寛いでいた。

「あれ、お前、今日遅かったの?」

「仕事だよ。って、そうじゃなくて!姉さん、また帰ってきたんだって?」

「ああ、そうそう。また彼氏と別れたんだとよ。まあ、今回も長く続くと思ってなかったけどな。」

「今回も?」と私はソファに乱暴に座った。「これで何回目?もう1年よ。1年。最初は『2週間だけ』って出て行ったくせに、喧嘩して数日で帰ってきて、その繰り返しでしょ。」

「まあ、そうだな。でも、向こうも家にはいないし、ある意味自由でいいだろ。いつもみたいに、いきなり帰ってくるわけじゃないんだし。」

「私の実家って、何なの?旅行気分の休憩所じゃないんだよ。それに、生活費は入れてくれてるの?」

「あー、それがさ…」

兄貴は言いにくそうに頭を掻いた。

「実は、一応生活費は入れてくれてるんだよ。」

「何よ、それ。じゃあ、いいんじゃない。」

「いや、それが問題でさ。姉貴、働いてないじゃん?どこから金が出てるんだ?」

「慰謝料でももらってるんじゃないの?また離婚したんだろ。」

「だとしても、だろ。それがもう1年も続いてんだぜ。しかもだ。」

兄貴はスマホをいじりながら、画面を私に向けた。

「昨日、メイが学校休んだんだと。んで、担任から連絡があったんだ。『メイちゃん、最近お友達の家に行ってるみたいですが、ゲーム機とか持ってませんか?』って。」

「は?どういうこと?」

「いや、メイが友達の家に泊まりに行く時、毎回だぞ。1日だけの泊まりのはずなのに、でかいバッグを持って行くんだ。中身は、着替えだけじゃねえらしい。ゲームソフトとか、持ってるんじゃねえかって、担任が疑ってるんだ。」

「ゲームソフト…。」
私は、メイが今日持って帰ってきた荷物を思い出した。確かに、ランドセルと教科書、あとは服くらいだった。でも、そこにゲームソフトが一枚。

「でも、メイちゃん家にゲーム機なんてなかったよね?おかしいと思わない?」

「思うだろ?でもな、そんなこと言ったら、お前が姉貴と喧嘩ばっかしてるから、メイまで変な目で見られるんだ。お前のせいだって言われたら、俺も何も言えねえからな。」

「は?私のせい?お姉さんが私の私物を平然と売るからでしょ。この前も、私のデート服、勝手に着て行ったんだから。アンタは、ちょっと目を離すとすぐそれだ!」

「はいはい。分かった分かった。とりあえず、姉貴のことは俺に任せろ。考えておくから。あと、お前、明日は休みだろ?引っ越しの手伝い、してやってくれよ。」

「何で私が。断る。ていうか、私は明日でこれらから出ていくから。」

「へ?どういうことだよ?」

「あのね。お姉さんがメイを連れて、うちに来るんでしょ?私、られるの嫌だから。私、別のところに移るわ。」

「ふうん、そう。で、どこに?」

「…ユウナの家に決まってるでしょ。」

私はそう言って、部屋に戻ろうとした。

「それは無理だと思うぞ。」
兄貴が、だらりと呟く。

「何が。」

「その返事を聞いたら、ユウナに、『姉ちゃんは来てくれるな』って言われたわ。さっき、電話で。」

私は足を止めた。

「何よ、それ。」

「お前、仕事中に姉貴から電話あっただろ?あれ、俺が掛けさせたんだ。メイの件もあったからな。で、姉貴が『もしや、あなたの家に…』って聞いたら、『ええ、ちょっとやめておきます』ってさ。お前の保険所の住所教えろって言ったら、『もう関わりたくないんで』だって。」

「はあ?!何それ!ありえないでしょ!私はあの人のこと、何だと思ってるの!」

「何だと思ってるかって、そりゃお前、ずっと邪険にしてたからだろ?お前はまともに面と向かって話もしたことないくせに、姉貴の悪口ばっかり言ってるじゃねえか。そりゃあ、誰だって嫌がるわ。」

「それは、そうだけど…。でも、部屋の1つや2つ、貸してくれたっていいじゃない!私、もうそんな金ないのに!」

「まあ、自業自得だな。さっきまでの威勢はどうしたんだよ。」

兄貴は面白そうに笑った。

「はい、これ。給料前貸しの分。」

「何これ?」

「食い扶持。いいから、少しは頭下げろよ。1回、お前から電話してやりなって。メイにも悪いだろ。メイが可哀想だ。」

「メイは…、メイは私がいなくても平気よ。あの子は強いから。」

「そっか。ならいいけど。まあ、1人で路頭に迷うよりマシだろ。ま、そのへんは自分で決めな。」

そう言って兄貴は立ち上がった。

「あ、そうだ。これ、昨日の仕事場の昼飯の残り。いる?」

「いらない。」

「そ。ま、元気出せや。」

次の朝。リビングに行くと、姉が食卓に頬杖をついて座っていて、目の前にはメイのランドセルがあった。

「あ、ユウナ。おはよ。ちょっと、これ、片付けてくれる?」

「嫌です。自分でやってください。てか、もう出て行くって言ってるでしょ。」

「まだそんなこと言ってるの?あんた、行くとこないんだろ?この際だから、姉さんが面倒みてやろうか?」

「は?何言って…」

「だって、あんた一人でやっていけるわけないじゃん。ほら、メイの世話とかもあるしさ。むしろ、こっちが『住まわせてください』って言うくらいで…」

「嫌です。」
私は、頭を振って、その場を離れようとした。

「はあ、待ちなよ。あー、分かった。一々言い合いするのは無駄だな。こうしよう。」

「何よ。」

「あんた、昔、私の家で居候してた時さ、『お姉ちゃん、元気でやってる?』とか、色々言ってくれてたじゃん。なのに今は、なんかこういうの全然。」「まあ、あんたから連絡も来ないし来るはずもないけどさ。でも、昔を思い出してさ、こうして心配してやってるんだよ。あんた一人で生きていくなんてどうせ無理だし、まあ、姉としてめんどうを見てやらないこともないけど?」

「…何が言いたいの?」

「だから、私が面倒みてやるって言ってるの。ただし、条件がある。」

「条件?」

「うん。あんた、この前、会社でやらかしたんだって?」

「…誰から聞いた?」

「いいから。とにかく、『自分から出て行く』っていうのは、なし。私は、あんたがいないと、この家の家賃も払えないんだから。分かってるわよね?」

「…家賃?」

「そう。あんたが『ここを出て行く』って言うなら、私とメイの生活をどうしてくれるの?あんた、自分のことばっかり。私たちは、もうここに住み続けるから。あんたが邪魔なら、もう出て行けば?けど、そうしたら、誰がメイを養うの?私?」

「うっ…。」

「分かってるんだったら、素直に『ごめんなさい』でしょ?それで、これからはどうするの?」

「…お姉さん。」

「なに?」

「…私、やっぱり、あなたに従えません。あなたは、他人の物を売るし、わがままだし、全部、自分の思い通りにならないと気が済まない人だから。」

「はあ?あんたねえ、私が誰のおかげで生きてきたと思って…」

「おかげ?メイのおかげでしょ。あなた、メイがいるから、こうやって生きてられるんじゃない。メイの前であんなことしないでくれる?ゲームソフト、メイがいつの間にか持ってたわよ。あなたが盗ませたんでしょ?あんたが。」

「あー、もう!うるさいわね!お前みたいなガキは、黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ!メイ!こっち来なさい!出かけるわよ!」

「待ってください!メイ!あなた、自分の部屋あっちじゃないでしょ!こっちよ!遅刻するわよ!」

そう叫んでから、私は自分の部屋に戻った。リュックを背負い、荷物をまとめた。そして、スッと立ち上がった。

リビングに戻ると、姉はもういなかった。メイのランドセルだけが、ぽつんとそこにあった。

「…メイ?」

家の中を探したが、姿はない。玄関を見ると、靴がない。どうやら、二人とも出て行ってしまったらしい。

「はあ…。」

私はため息をつき、家を飛び出した。

まず、考えられる場所。前に姉と住んでいたアパート。ノックしてみるが、シーンとしている。呼び鈴を鳴らすが、応答がない。

次に、姉の元彼の家か。覚えている住所を頼りに訪ねてみた。しかし、そこには知らない人が住んでいた。

学校は?そう思って、校門の前まで行った。下校時間のメイを待ってみたが、姿は見えない。担任の先生に聞いても、「今日は休んでますよ」と言われるだけ。

あてもなく歩き続けた夜。スマホを見ると、兄から着信があった。「姉貴、今、実家にいるぞ。お前が怖くて帰れないんだって。とりあえず、こっちに来いよ。」

実家に行くと、メイが一人でテレビを見ていた。

「メイ。お母さんは?」

「あ、ユウナおばさん。お母さん、もうベッドの中。疲れたって。

メイは無邪気な顔で答えた。

「メイ。あの…ゲームソフト、どこで買ったの?」

「内緒。」

「…あ、そう。おばさん、ちょっとお母さんと話してくる。」

部屋に入ると、姉は布団を被って横になっていた。

「お姉さん。起きてるでしょ。」

「…何。」

「メイに盗ませたの?あのゲーム。」

「…何のことか、分かんない。」

「とぼけないで。お店の人、メイが一人で入ってくのを見てる人もいるんだって。それに、あんな高いゲーム、あの子一人で買えるわけないし。」

「…ちっ、うるさいわね。お前が何言っても、私がやったことには変わんないだろ。ほっといてよ。」 “自分でどうにかするって言って、出て行ったんじゃなかったの?結局、いなくなったら困るくせに。”

「…!」

布団を被ったまま、姉が体を起こした。

「はいはい、お説教ご苦労。で、お前はこれからどうすんの?ここで住むの?自分で出て行くって言ったくせに、戻ってきたの?」

「…戻るつもりは、ありません。」

「はあ?だったら、言うことないでしょ。出て行きなさいよ。」

「…メイは、私がもらうから。」

姉が、はっと顔を上げる。

「…は?何言ってるの?」

「聞こえなかった?メイは、私が育てるって言ってるの。あなたみたいな、人に盗みまでさせる母親のもとで育てるわけにはいかないから。」

「ちょっと、何言って…」

「あなたが何か言える立場?あなた、この1年、生活費って名目で兄貴から金をせびってたでしょ。で、結局、道を踏み外した。今度は、娘にまで手を出させるなんて…」

「私は、違う!」

「じゃあ、何?メイに盗ませたのは、誰?泣き寝入りするつもりはないよ。あなたを児童相談所に通告しに行く。」

「ふざけんな!そんなことされたら、私が、私が…!」

「私が、何する気?」

姉は、がくんと力なく、布団の上に座り込んだ。

「…分かってるわよ。私が、もうダメな母親だって。メイにも辛い思いさせてるって。でも…でも、私には、もうあの子しかいないの!あの子を取られたら、私は、本当に、何も無くなっちゃう…!」

姉は、初めて見せる弱い声で言った。そして、ぽつりと呟いた。

「…メイは、私がちゃんと育てるわ。あなたのことは、もう…。」

「…いいよ、もう。あんたのことは、これで終わり。私たちが悪かったよ。だから、もう、この家に来ないで。」

姉はそう言って、そっぽを向いた。

私は何も言わず、部屋を出た。そして、下に降りると、メイが立っていた。

「おばさん。」

「…メイ。ごめんね。お母さん、疲れちゃったみたい。今日は、おばさんのうちで泊まろうか。」

「ううん。いい。お母さんと一緒にいる。」

「…そう。」

「おばさん、ゲーム、返しに行く。」

メイは、ランドセルからゲームソフトと、お小遣い帳を取り出した。

「え?」

「やっぱり、いけないことだと思う。ママがやれって言ったけど、オレ、やっぱり返す。」

「メイ…。」

「おばさん、連れて行って。お店に。」

翌日、私は仕事を休んだ。そして、メイと二人で、すべての店を回って謝罪した。店側も、犯人が捕まったことより、小学生の女の子が勇気を振り絞って謝りに来たことに、逆に驚いていた。

「すみませんでした。この子がやったことです。」

そう言って頭を下げる。店員さんは、

「いえ。もう、二度としないでくださいね。…それより、お母さんじゃなくて、あなたが謝ってくるなんて、何か事情があるんですね。お疲れ様です。」

温かい言葉をかけられた。

「おばさん、ありがとう。なんだか、すっきりした。」

「ごめんね、メイ。辛い思いさせて。」

「ううん。それより、お母さん、どうする?オレ、おばさんのところで暮らしてもいい?」

メイは、心配そうな顔で私を見上げる。

「…まだ、何も決まってないけど。ただ、メイが無事なら、どこだっていいよ。おばさんは、メイのことを守るから。絶対に。」

「うん。…じゃあ、帰ろっか。お母さんも待ってるし。」

私にとって、この日が、本当の「始まり」の日になった。たとえ、どこまで続くかは、誰にも分からないけど。

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