「京介、今日のハワイ旅行、本当に楽しみね」と私は空港に向かう車の中で呟いた。去年亡くなった父との約束を、やっと果たせると思っていたからだ。新婚旅行に行けなかった両親のために、私が全額を出して計画した旅行。なのに、京介から届いた一言は「悪いけど、ハワイ行きの飛行機、もう飛んでるよ」だった。意味がわからず問い返すと、彼は「母さんには12時フライトって言ってたけど、あれ嘘。本当は10時フライトなん…

「京介、今日のハワイ旅行、本当に楽しみね」と私は空港に向かう車の中で呟いた。去年亡くなった父との約束を、やっと果たせると思っていたからだ。新婚旅行に行けなかった両親のために、私が全額を出して計画した旅行。なのに、京介から届いた一言は「悪いけど、ハワイ行きの飛行機、もう飛んでるよ」だった。意味がわからず問い返すと、彼は「母さんには12時フライトって言ってたけど、あれ嘘。本当は10時フライトなん...

京介、今日のハワイ旅行、本当に楽しみね。私もそろそろ空港に着くわ。わくわくする。

楽しそうなところ悪いんだけどさ、ハワイ行きの飛行機、もう飛んでるよ。

え、お母さんには12時フライトって言ってたけど、あれ嘘。本当は10時フライトなんだ。

はあ?なんでそんなことするの?

母さんが一緒だと、まなみの両親が気を使うだろ。だから母さんの代わりに、まなみの両親を連れてくことにしたんだよ。ほら、親孝行ってやつ。

親孝行って、あんた?私に親孝行したことなんて一度もないくせに?

悪いけど、もう帰れ。

バカ言わないで。今回の旅行は、お金を出すのも計画するのも私よ。

いろいろ手配してくれてありがとう。でも俺たちだけで楽しむから。だからちょっと待ちなさいって。

京介もまなみちゃんも、私がこの旅行にどれだけ思い入れがあるか知ってるでしょ?

ああ、去年亡くなった親父との約束だろ?

そうよ。お父さんと約束してたの。新婚旅行に行けなかったから、いつか一緒に行こうって。去年の結婚記念日になって、やっと約束を果たせるってなったんだけど、お父さんが事故で亡くなった。だから今年、私一人だけでもその約束を守ろうと思ったの。

で、一人で行くのもなんだからって、俺とまなみを誘ってくれたんだろ。知ってるよ。

なら、私を置いていくなんてしないでしょ。

するんだよ。これがあんたなんだよ。

てか俺もまなみも、最初から母さんを連れてく気なんてなかったし。

出発日の飛行機だけは自分たちで手配するって言い出したのも、全部このためだったのね。気づくのが遅いよ。

宿泊先のホテルや帰りの便は、母さんが予約してるんだろ。それを使わせてもらうから。

けーしゃーってやつ?何が?

母さんの、余裕の笑みだよ。そうそう。人生楽しんだもん勝ちなんだって。普段から母さんはへらへらしてるし、こういう状況でも楽しめよ。じゃないと人生負けちゃうぞ。

本当に最低。

笑ってりゃいいことあるって、よく言ってるじゃん。俺たちのことも笑って見送ってくれよ。

……そう、あんたの考えはよくわかりました。楽しんできなさい。

悪いね。母さんの分も、俺たちが楽しんで笑顔になってくるわ。

八時間後、ハワイ到着。

ああ、ハワイの空気って美味しいですね。

まなみさん、まだ空港に着いたばかりでしょ。空港の空気って、そんなに美味しいのね。

うわ、お母さん、ダサい。置いてかれたからって負け惜しみですか?

かもね。というか、まなみさんは毎年ハワイに行ってるんでしょ?

そうですね。うちの両親はお金持ちなんで。ハワイ旅行は毎年恒例行事ですよ。

なら、なおさらわからないんだけど。何がわからないんですか?

私が計画したハワイ旅行を奪った意味だよ。まなみさんのご両親だって、自分で行けるでしょ。

はあ。それはですね、実は私、京介と結婚してから大変なんですよ。結婚してから生活レベルががくっと落ちたんです。うちの両親も、結婚後は自力でやりなさいとか言ってくるし。

でも住んでるマンションは、ご両親の持ち物だったと思うけど。

結婚祝いにもらったマンションですね。でもこれだけですよ。あとは何もなし。

いや、十分でしょ。

そのせいでこっちは大迷惑なんですよ。毎年恒例だったハワイ旅行にも行けなくなったし、友達にはセレブとか言われてるんです。

それは友達が悪いような気がするけど。というか、今まで散々私が羨ましいって言ってたくせに。

というかそもそも、まなみさんって専業主婦ですよね。

ですけど、今の時代、専業主婦ができる時点で問題ないでしょう。セレブではないにしても、生活に困ることもない。

だめです。セレブ出身の私は、一般人レベルで測れない女なんで。

そうですか。

でも、やっぱりわからないわね。私は元々、あなたたちも一緒に旅行に行く予定だったのに。

親孝行ですよ。あなたのご両親への。ほら、今年は私たちの番でハワイ旅行ですよ。

いや、私の番だけど。そんなこと言わないとわからないんで。で、うちの両親の性格からしたら、お返しは確実。来年のハワイ旅行代を出してもらうってこと。すでにそういう話が出てるんですよ。これで二年連続ハワイ旅行確保成功です。

たったそれだけのために?

あと、うちの親が金銭管理がどうのこうのってうるさかったんで、ハワイ旅行に連れて行ける余裕があるぞって見せつければ、今後は黙るかなって。

くだらない。

そのくだらない話で、ハワイ旅行を逃したんですけどね。

くだらないのはお母さんですよ。ってことで。

本当にそうかしらね。

負け惜しみどうも。そろそろホテルに行くんで、ここら辺でお母さんが予約したホテルで、のんびりしますね。

ああ、そのホテルの予約、キャンセルしたわよ。

へ?

ついでに、帰りの便の飛行機もね。

はあ、当日キャンセルですよ。そういうの嫌いだって言ってたじゃないですか。

気分は悪いけどね。このまま黙って奪われるよりはましよ。

……そして翌日。

本当に最悪。ハワイに行った翌日に即帰宅って何?

マジでそれな。せっかくのハワイ旅行が、母さんのせいで台無しだ。

てか、ホテルと帰りの便を勝手にキャンセルするとか、マジで許せないんだけど。

それが原因で、お父さんたちにもバレたしな。

私たちが、お母さんの旅行を奪ったことでしょ。マジでありえない。

お父さんたち、ぶち切れだもんな。まさか連絡を受けた母さんが、事情を説明しちゃうなんてな。

事情を知ったパパたち、ぶち切れ。お母さんに申し訳ないから即帰宅するとか言い出すし。俺らも一緒に強制帰国ってな。元々お前の両親に金は頼る気だったから、残れないし。

ただいま絶賛、空の上。

急なことだったから、席もばらばらだし、最悪。

それは不幸中の幸いだろ。正直、ぶち切れてるお父さんたちと同席とか嫌だわ。

京介はいいよね。パパともママとも席が離れてるから。まなみは後ろがお父さんだっけ?

ぶち切れオーラがこっちまで届いてて、最悪。クソ空気悪いんだけど。

どんまい。

笑い事じゃないから。

てか、昨日も結局、一瞬で終わって、今日は即帰宅。ハワイまで行って、何の観光もできてないんだけど。

あげく、今回の旅行の費用と、帰りの飛行機代。これ、後で私たちの分は請求するってさ。

はあ。お父さんたちが言ったのか。

元をただせば、私たちのせいだからって言ってた。

マジかよ。

エコノミー二人分で二十万に、ホテル代二人で三万だって。

払えないわけじゃないけど、無駄すぎる。

本当にそれ?飛行機からの写真、SNSにあげてたのに。

ああ、やってたな。これからハワイですって。

それがこのざまだよ。数時間後には帰りますとかあげるのか?バカか?

知らんけど。てか、どうするよ。

どうするって、何が?

いや、ぶち切れのお父さんたちへの対処。

対処って言っても、謝るしかないでしょ。

うちの母さんには。

そっちも適当に謝ればいいじゃん。

まあ、それしかないよな。てかさ、思ったんだけど。

何?

……へえ。マジで?

……それを言うなら、そっちもだろ。パパとママなら許してくれるって話はどうした?

はあ、あれはその時の話だよ。てか、そもそもお前の母さんが全部悪いんだろ。

よく言うよ。お前の親がぶち切れなかったら、こんなことになってなかっただろ。

じゃあ、お前の親のせいで、俺たちはハワイで何もできずに帰ることになったんだな。

なんだと?

言い争いを始める二人。

機内の狭い空間に、不機嫌な空気が充満していく。

私は、窓の外に広がる雲を見つめながら、ため息をついた。

本当に、最悪な旅行になった。

せっかくのハワイ旅行が、お義母さんのせいで台無しだ。

そう思っているのは、私だけじゃない。隣に座るまなみも、同じ気持ちだろう。

しばらくすると、機内にキャプテンからのアナウンスが流れた。

間もなく、日本に到着します。

「……着くか」

京介が、ぽつりと呟く。

「そうですね。何もできなかった旅行でしたね」

「まあ、仕方ないだろ。また来ればいいさ」

「またって……来年もあるかどうかわからないのに」

「来年は、ちゃんと二人だけで来ようぜ。お義母さんたちに邪魔されずに」

「……そうだね」

それが、私にとっては嬉しかった。

確かに、今回の旅行は最悪だった。でも、京介がそう言ってくれるなら、来年また来ることを考えてもいいかもしれない。

そう思いながら、私は窓の外に広がる日本の景色を見つめた。

飛行機が着陸し、私たちは無事に日本へと帰ってきた。

「さて、とりあえず家に帰るか」

「その前に、お義母さんに謝らないと」

「先に言って、俺は怒られるのはごめんだ」

「京介の両親のせいだから、京介が謝りなよ」

「なんでだよ。明らかにまなみの両親の方が悪いだろ」

「うちの両親は、お義母さんの旅行を奪っただけだし」

「それをお前、自分の親の悪口言うなよ」

「だって、事実じゃん」

また、言い争いが始まる。

本当に、この二人は仲がいいのか悪いのか。

でも、少しだけ、日本の家が恋しくなった。

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