みさんの出産、おめでとう。それで、みさんにもお疲れ様って伝えておいてくれない?そう言われたのは、私が初孫に会えるのを心待ちにしていた、ごく普通の午後だった。息子の大機から久しぶりに連絡が来て、私は嬉しくてすぐに返事をした。でも翌日、みさんから直接聞かされた言葉に、私は耳を疑った。「孫に会いに来たって言われてもいい迷惑です。金が入ったら困るんです。赤ん坊に絶対近づけないでください」私は必死に育…

みさんの出産、おめでとう。それで、みさんにもお疲れ様って伝えておいてくれない?そう言われたのは、私が初孫に会えるのを心待ちにしていた、ごく普通の午後だった。息子の大機から久しぶりに連絡が来て、私は嬉しくてすぐに返事をした。でも翌日、みさんから直接聞かされた言葉に、私は耳を疑った。「孫に会いに来たって言われてもいい迷惑です。金が入ったら困るんです。赤ん坊に絶対近づけないでください」私は必死に育...

みさんの出産、おめでとう。それで、みさんにもお疲れ様って伝えておいてくれない?
ありがとうございます。顔を見せたいのはやまないんだけど、産後で疲れてるだろうから、日を改めたいの。私が直接言うと断りづらいだろうから、先に話を通しておいてくれない?
ちょっと待ってください。みに相談してみます。
そうね。お嫁さんへの気遣いができてて安心したわ。
俺だってちゃんとしてますよ。もう父親なんですから。また連絡しますね。

翌日。
お母さん、話は聞きました。直接言ってくれたらよかったのに。
いや、ちゃんと伝えておかないとなと思って。
でも、出産で疲れてるのに義母の相手なんて嫌でしょ。連絡してくれたのは嬉しいけど。
まあ、それはそうだな。で、どうする?顔を見に来てもらう?
はっきり言いますけど、孫に会いに来たって言われてもいい迷惑です。
え?
金が入ったら困るんです。赤ん坊に絶対近づけないでください。
金?金ってどういうこと?
お母さんって、大機の子育て失敗したじゃないですか。聞いてますよ。家庭で結構苦労したって。
それは確かに、たくさん苦労をかけたわ。
でも大機はちゃんと育ったでしょ。立派に働いて、家庭も持って。
それは、まあ…。
でも、育った過去は変えられないし。大機、言ってましたよ。幼少期は不幸だったって。
あの子がそんなことを…。
そういう風に考えてる時点で、幸せじゃないんですよ。子育て失敗の金が映ったら困るんです。ダメ親の育児なんて参考にならないし、赤ちゃんには可哀想でしょ。
失敗って…私なりに一生懸命育てたのよ。
一生懸命?それで大機が寂しい子供時代を送ったって、散々愚痴化されてましたけど。仕事ばっかりで放置されてたって。
それは、生活のために仕方なく…。
言い訳ですよ。やっぱりお母さんの育児方針って、完全に時代遅れじゃないですか。
時代遅れ?
今は科学的な育児が主流なんですよ。お母さんみたいな感覚だけの育児は、むしろ害悪です。
確かに、私は胸を張って立派な子育てをしたとは言えないわ。
でも、あなたはまだ母親になったばかりでしょ。そんな風に言われる筋合いはないわよ。
私は私なりに勉強してます。育児書二十冊読んで、専門家のアドバイスも受けてますから。お母さんに教わることなんて、何一つありません。
本と実際の育児は違うのよ。それに私には経験があるわ。
経験?失敗した経験ですよね。むしろお母さんの常識って、昭和で止まってるんですよ。今は令和ですよ。
時代は変わっても、子供を愛する親の気持ちは変わらないわ。
愛する気持ち?それで放置してたんですか?矛盾してますよね。家庭って、やっぱりどこか歪んでるじゃないですか。
ちょっと待って。それは言いすぎじゃない?
とにかく、私はお母さんみたいな失敗を繰り返したくないんで。私の母は完璧な育児をしてくれました。だから私も完璧な母親になれるんです。
完璧な親なんていないのよ。みんな手探りで育てるの。
お母さんみたいな中途半端な親とはレベルが違うんですよ。分かります?
ああ、分からないか。だって、失敗した人には成功が分からないんですもんね。
分かったわ。もう何も言わない。
産後すぐで気が立ってるのに、こちらも配慮が足りなかったわ。
とにかく、お母さんの古臭い価値観を押し付けられるのは迷惑なんで。来ないでくださいね。赤ちゃんのためですから。

その夜、大機はスマホの画面を見たまま、ため息をついた。
大機、みさんにこんなことを言われたのだけど…。
また何か言ったんだろ。
え?
えって何。俺が味方すると思ったのか?
違うの。ただ…。
俺が寂しがっても、母さんは仕事ばっかりだったじゃん。そうやって人との関わり合いから逃げてたんだろ。
なら、どうしたらいいの?
だから、今は金を出すくらいしか母さんの役割はないんだよ。
なんですって…。
だって、俺からも信頼度ゼロなんだぜ。そんな状態で子供に合わせられるはずないじゃん。
でも、私はあなたのために必死で働いて…。
必死で働いた。その結果が、俺の寂しい子供時代ですけど。母さんが仕事優先したせいで、俺、どれだけ我慢したと思ってるの?
大機…そんな風に思ってたのね。
今更気づいたのかよ。俺、結構伝えてたはずだけど。
ああ、母さん忙しくて、俺の話なんて覚えてないか。
そんなことないわ。
でも、結果的にそうなってるじゃん。本当、鈍いよな、そういうとこ。
昔のことを反省しても、過去の出来事がなくなることなんてないんだよ。

その時、みが隣でスマホを操作しながら声を上げた。
お母さん、ちょっと大機に泣きつかないでくださいよ。いい大人が恥ずかしくないんですか?
は?何言って…。
今、大機の病院にいるんで、全部見てますよ。
み?お前、何を…。
大機はスマホ越しに、みが実家の母との通話を録画していたことに気づいた。
それじゃあ、あの子が私をATM扱いしているのも、見たわよね。
ATM?違いますよ。
え?
だから、お母さんは私たちにとって投資家なんです。
うん。まあ、正確にはATMで間違いはないですけど。だって、人として尊敬できないので。
投資家…ATM。そんな風に私を見てたの?
そうですよ。お母さんの存在価値って、お金を出すことだけじゃないですか?他に何ができるんですか?育児は失敗してるし、人間関係も下手だし。
ああ、今隣で大機が「母さん、俺たちに金を出すのが親としての責任でしょ。昔できなかったことを今取り戻してるだけじゃん」って言ってます。
大機…。
打つのがめんどくさいみたいで。
それが、あなたたちの意見なのね。
今まで大機に寂しい思いをさせた分、お金で償うべきですよね。それが親の義務ってもんでしょ。お母さん自身が、そういう立場に自分を追い込んだんですから。自業自得です。
ああ、そろそろ赤ちゃんのお世話があるので、失礼します。お金の準備はしててくださいね。
通話が切れた。部屋に沈黙が落ちる。
大機…私、あの子にここまで言われるなんて思わなかった。
まあ、俺も、こんなにハッキリ言うとは思わなかったけど。
でも、あんたも、ATMって…。
だって、本当のことだろ?母さん、俺に何もしてくんなかったじゃん。
それは…。
もういい。俺、眠いわ。

一週間後。
お母さん、この前は言いすぎちゃってごめんなさい。
…。
やっぱり、お母さんも孫には会いたいですよね。
会えるならね。あんなことを言われたのだもの。どうしても会いたいとは思えないわ。
そんなこと言わずに。孫に会いたいなら、もっと投資してくださいよ。
は?
子供はお金がかかるって、知ってますよね。孫にも同じ苦労をかけるつもりですか?お母さんがケチったせいで、孫が不幸になったらどうするんですか?
つまり、お金を渡せということね。昨日と言ってることが変わってないわ。
それに、投資するにしても、投資先を一度も確認しないまま、お金を振り込むなんてできませんもの。
退院したのよね。家には入らないから、玄関先で顔だけでも見せてもらえる?
はあ。玄関先も無理ですけど。家に近づかないでください。
家の頭金を出してくれたことは感謝しますけど、もうこの家は私たちのなんで。お母さんが入る権利はありません。
なら、せめて写真だけでも…。
写真?いいですけど、仕送りを増やしてくださいよ。今、十五万でしょ。二十万にしてくれたら、考えます。
二十万?そんな…。
私の母は毎日手伝いに来てくれて、ベビー用品も三十万分も買ってくれたんですよ。お母さんは何もしてくれないくせに、会いたいとか図々しいじゃないですか。
お手伝いは、あなたが拒否してるんじゃない。私には気を使うから嫌だと思うし。その辺は仕方ないのだけど。
お母さんこそ、私のこと前から嫌ってましたよね。私、知ってるんですから。
嫌なんてないわ。
だって、お祝い金も少なかったじゃないですか。普通、初孫なら百万くらい包むもんじゃないですか?
さすがに百万は…。
ほら、やっぱり。ケチなんですね。
もう、たくさんです。

みは電話を一方的に切った。
そして、隣で赤ん坊をあやしていた実母を見て、得意げに笑った。
ね、お母さん。私の言った通りでしょ?
そうね。あの人、全然分かってないわね。
親が子を思う気持ちも、孫を思う気持ちも、何も伝わってないのよ。
まあ、あの歳で、まだ何も学べてないんだから、仕方ないけどね。
本当、無駄な時間だったわ。さ、赤ちゃんのお世話しよ。

一方、母は静かに電話を置いた。
部屋には、大機の幼い頃の写真が飾ってある。
そのどれもが、一人で遊ぶ寂しそうな笑顔だった。
母は、長い間、その写真を見つめて、そっとアルバムを閉じた。
そして、電話帳に「大機」と登録された番号を、震える指でタップした。
コール音が鳴る。
しかし、相手は出なかった。
何度かけても、繋がらない。
最後に、母は短いメッセージを送った。
「ごめんね。お金は、ちゃんと払うから。」
三十分後、スマホに着信履歴と、一通のメッセージが届いていた。
大機からだ。
「母さん、金はもういいよ。もう、俺たちに関わらないでくれ。」
その文面を見た瞬間、母は、はっと息を飲んだ。
何よりも怖かったのは、仕送りを止められることでも、拒絶されることでもなかった。
「関わらないで」という言葉が、これまでのどの言葉よりも、深く、そして確実に、母の胸を刺した。
母は、スマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。
そして、ゆっくりと、息を吐いた。
「…そう。やっと、楽になったわ。」
それは、諦めなのか、それとも、少しだけ違う何かなのか。
母は、飾ってあった大機の写真を、もう一度、そっと撫でた。
その顔に、涙はなかった。

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