「ねえ、聞いて。私、親友に夫を寝取られた上に、会社の仕事まで押し付けられてたの。それだけじゃない。親友は『夫が病気で休みます』って嘘をついて、実は私の夫とハワイで浮気旅行中だった。電話越しに『親友だから好みも似てたのよ』って笑ったあの声が、今も耳から離れない。仕事も家庭も全部一人で背負って、やっと連絡が取れたと思ったらその言い草。私は慰謝料を請求すると伝えたけど、向こうは『陽太は私を愛してる…

「ねえ、聞いて。私、親友に夫を寝取られた上に、会社の仕事まで押し付けられてたの。それだけじゃない。親友は『夫が病気で休みます』って嘘をついて、実は私の夫とハワイで浮気旅行中だった。電話越しに『親友だから好みも似てたのよ』って笑ったあの声が、今も耳から離れない。仕事も家庭も全部一人で背負って、やっと連絡が取れたと思ったらその言い草。私は慰謝料を請求すると伝えたけど、向こうは『陽太は私を愛してる...

ごめん、代わりに仕事してくれてありがとう。あなたが私の仕事を引き継いでくれたおかげで、思いっきり気兼ねなく休めるわ。

やっと返事が来た。同期だからって甘えすぎじゃない?

休み中だったんだから仕方ないでしょ。

だからって一週間も無視する?

ごめん、ごめん。電源切ってて気づかなかったの。

いきなり「旦那の官病のため休みます」って言うから、真矢の仕事を全部私が変わってあげたのよ。何か言うことはないの?

悪かったなあ。幼馴染みのよしみで許してよ。てか、何? やっぱ私がいないと大変?

大丈夫。真矢がいなくても仕事は回せるから。そんなことより、今どこにいるの? いつお見舞いに行ってもいないし。おばさんも真矢と連絡取れなくて心配してたよ。

ありゃりゃ、いないのバレちゃったか。実はね、ハワイにいるんだ。今はショッピングモールで買い物してるとこ。

旦那さんが病気で大変な時に、何やってるの?

ごめん。でもさ、こうでもしなきゃ休めないじゃん。

ほら、渡して。普段から家事と仕事の両立プラス、旦那が入院して色々と大変だからさ。休みたかったなら素直にそう言えばよかったじゃない。休みは権利なんだから、真矢が休んだって誰も止めないよ。

みんな、口に出さないだけでしょ。

そこはみんな大人だからね。

思う人は思うんじゃない?

でも「旦那の官病のため」って言えば、誰も悪い顔しないし、私の株も上がるでしょ。

今、私の中で真矢の株はだだ下がりだけどね。

長年の付き合いなんだから、今更気にしないでしょ。そんなことより、私、今誰と一緒にいると思う?

いや、知らないよ。

親友だから言うけど、私、彼氏と一緒にいるの。

え、待って。真矢、既婚者だよね。相手はその、知ってるの?

知ってる、知ってる。てか、美春の知り合いだよ。

まさか部長じゃないよね。仲良さそうだったけど。

なわけない。誰があんなおじさん相手にするの?

じゃあ誰なの?

悪いことは言わないから、やめときなよ。

じゃあクイズね。私たちより二つ年上で、身長は175ぐらい。髪型は少し長めの黒髪でセンター分けのパーマ。さあ、誰だ? ここで大ヒント。美春の大事な人だよ。

まさか、陽太じゃないよね。

お、よくわかったね。まあ、わかるか。だって美春の旦那さんだもんね。

陽太と一緒にいるってどういうこと? 陽太からは出張って聞いてたけど。

ごめんね。実は取引先で出会って仲良くなって、春の結婚式で顔を知ってたから、話が弾んじゃったんだ。

じゃあ、親友の夫と知っていながら手を出したってわけ?

別にいいでしょ。私、あなたの夫と相性最高なの。

気持ち悪いこと言わないで。ハワイで何してるの?

ハワイの高級ホテルで二人で過ごしてます。

って、人の夫に手を出すなんて、親友のやることじゃないよ。

ごめんね。親友だから好みも似てたのよ。

それは浮気していい理由にならないから。あとね、今そんなことしてる場合じゃないよ。旦那さんが危ないって。早く日本に帰って、旦那さんに会いに行ってあげて。

人の命を利用してそんな嘘つくなんて最低。

旦那さんの病気を利用して「官病」と嘘ついて長期の休みを取った真矢に言われたくないわ。

嘘じゃないし。出国する前にちゃんと旦那の顔を見に行ったもん。

それ、ただのお見舞いじゃない? その時は元気だったんだから。

その時は元気だったもん。美春が嘘ついてるんじゃないの?

真矢の前では元気なふりをしてたんじゃない? 旦那さんのことを支えもせず、浮気旅行に行くなんて、妻として最低だよ。真矢に旦那さんはもったいないわね。

それこそ、浮気された美春には言われたくないわ。

親友に寝取られた美春の方が妻として失格でしょ。

美春じゃあっちの方じゃ満足できないって言ってたよ。

それだけが結婚生活じゃないでしょ。

でも、破綻してるじゃん。最近、陽太の出張多いなって思わなかった?

人の夫に手を出したからには、覚悟できてるんだよね。

何の覚悟よ?

陽太と真矢に慰謝料請求します。

やってみれば? 陽太は私のことを愛してるから、全額余裕で払ってくれるはずよ。

じゃあ、私は伝えるべきことは伝えたから。あとは自分の責任だからね。

はいはい。わざわざどうも。じゃあね。

五分後。

おばさん、真矢と連絡が取れましたよ。

娘は無事?

とりあえず、今はハワイにいるそうです。

なんでそんなところに?

言いにくいんですけど、私の夫と旅行してるみたいで。

どういうこと? なんで人様の旦那と旅行してるの?

つまり、浮気ですね。前から関係を持っていたみたいです。

なんてこと…。美春ちゃん、本当にごめんなさい。こんなに迷惑をかけてしまって。

そんな、おばさんには昔からお世話になってますから。

それはこっちの方よ。美春ちゃん、ごめんね。あの子、昔から借りるだけ借りて返さなかったでしょ。鉛筆やらリップクリームやら。

もういいんです。貸してしまった私も悪いので。

本当にごめんなさいね。

そんな、その度に新品で返してくれたじゃないですか。おばさんは悪くないです。だから謝らないでください。

ありがとう。全く、あれほど「人のものを取ってはダメよ」って厳しく教えたのに。どうしてこんなことに。

私もちゃんと真矢のことを把握しておくべきでしたね。

うん。私が悪いの。高校も大学も、ましてや職場なんて、真似してついていくとは思ってなかった。もっと「やめなさい」ってきつく言えばよかった。いや、縛るべきだったかしら。

そんな、おばさんがそこまで責任を感じる必要ないですよ。

とにかく、真矢に連絡してみるわね。

はい。お願いします。

電話の向こうで、おばさんが真矢に電話をかけているのが聞こえる。しばらくして、少し声が聞こえてきた。

もしもし、真矢? 美春ちゃんから聞いたわよ。あなた、ハワイにいるんですって。

お母さんじゃないんだから。何よ。

旦那さんが入院してるのよ。妻のあなたがいつまで経っても来ないから、あちらのご両親やご親族はカンカンよ。だから、あなたの代わりに私が謝罪して回ってるの。

嘘でしょ? だって、前に会った時、旦那さん元気だったもん。

元気っていつ話よ。大体、美春ちゃんが嘘つくわけないでしょ。いいから早く帰ってきて。お願い。

そんなに帰ってきて欲しいなら、ハイブランドのバッグ買ってよ。そしたら考えるわ。

なんであなたはそうなのよ。そんなものは自分で買いなさい。

ああ、こんな時、美春の親なら買ってくれたんだろうな。

なんでそこで美春ちゃんのご両親が出てくるのよ。

だってそうでしょ。美春は何でも親に買ってもらってたよ。ずるくない?

それは美春ちゃんが努力したからでしょ。質のコンクールや弁論大会で賞を取ったんですって。だからそのご褒美で欲しいものを買ってもらったって、美春ちゃんのお母さんから聞いたわ。

それは単なる美春の虚言だよ。前からあいつに言い寄られて困ってたんだ。

あくまで出張と言いはるつもり?

お花畑か。それよりも美春に誤解を解いてよ。

なんでよ。離婚する気ないってこと?

そんなことよりも、もっと大事なことがあるでしょ。今からでも早く帰った方がいいよ。

何よ。なんかあるの?

旦那さん、昨日の夜中に息を引き取ったって。

はあ? こんな時に笑えない冗談やめてくれる?

嘘だよ。本当だよ。美春から連絡があったんだ。だから、早く帰ってきて。お願いだ。

……本当に、亡くなったの?

ああ。だから、戻ってきてくれ。俺も一緒にいるから。今から飛行機の手配をする。お前の分も。

でも、私、陽太と…。

陽太はいいから! 早く帰ってくるんだ。これは命令だ。いいな?

わかった。……わかったよ。

真矢はその日、ハワイから一番早い便で日本へ向かった。機内で、自分が何をしてきたのか、何を失ったのかを考える時間だけがあった。傍にいるべき人の命を、自分は一人で見送らなかったのか。その罪の重さが、ゆっくりと、しかし確実に彼女の胸にのしかかってきた。

成田に着くと、美春の姿があった。目は腫れ、疲れきっていた。

真矢…。ちゃんと帰ってきたのね。

あ、うん。ごめん。

謝るのは私の方だよ。うちの旦那が…ごめん。

いや、私こそ…。

美春は真矢を見て、深く息を吸った。

すべて終わった。昨日、通夜が済んだんだ。葬式は明後日だ。母さんも義理の両親も、お前を待ってる。

本当に、何も言えなかった。

真矢はただ、うなずくことしかできなかった。自分のしたことが、どれだけ取り返しのつかないことだったのかを噛みしめるようにして、彼女は葬儀場へ向かった。

斎場に入ると、遺影が彼女を迎えた。夫は静かな顔で笑っていた。真矢は遺影を見上げ、その場に崩れ落ちた。涙は出なかった。ただ、ぽっかりと穴が空いた胸の内側が、ぞっとするほど冷たかった。自分がしたことの代償が、今初めてわかった気がした。

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