「いつまで家にいるのって聞いてるんだけど。もう1週間になるわよ」という母の声に、私は冷蔵庫の前に立ち尽くしていた。まさか、たった1週間のつもりが、家を解約してまで居座るなんて。息子のサトルは「帰る家がないんだよ」と平然と言い放ち、嫁のしおりは私の財布を勝手に開けて「現金入ってないんですか」と笑った。私の部屋に勝手に入り、冷蔵庫の中身を食べ、挙句の果てに「口うるさい姑とか、マジ最悪なんですけど…

「いつまで家にいるのって聞いてるんだけど。もう1週間になるわよ」という母の声に、私は冷蔵庫の前に立ち尽くしていた。まさか、たった1週間のつもりが、家を解約してまで居座るなんて。息子のサトルは「帰る家がないんだよ」と平然と言い放ち、嫁のしおりは私の財布を勝手に開けて「現金入ってないんですか」と笑った。私の部屋に勝手に入り、冷蔵庫の中身を食べ、挙句の果てに「口うるさい姑とか、マジ最悪なんですけど...

「いつまで家にいるのって聞いてるんだけど。ちょっとした規制くらいのつもりだったんじゃないの?もう1週間になるわよ。」

「帰ってって言われても、帰る家がないんだよ。家、解約しちゃったから。」

「は?何言ってるの?冗談でしょ。」

「冗談じゃないよ。つうわけで、このままここに住むから。よろしく。」

「いきなりそんなこと言われたって困るわよ。私にも生活があるんだから。いきなり息子夫婦と同居なんて、嫌よ。」

「嫌なんて失礼だな。母さんだって70歳で足腰弱ってきてるだろ。一人息子の俺が嫁連れて帰ってきて、しかも同居してやるって言ってるんだ。むしろ喜ぶ場面だろ。世間的に見ればありがたいことなんだぞ。」

「ありがたいことなのかもしれないけど、何の相談もなしに転がり込まれるのを心よく受け入れる人の方が少ないわよ。」

「一緒に住むんだったら、色々と決め事はさせてもらうからね。その方が揉めずに済むでしょ。」

「ああ、分かった。その辺は嫁と相談して、俺は言われた通りにするからさ。」

数分後。

「のしりさん、さっきサトルから、一時的な規制じゃなくて同居になるって聞いたんだけど、間違いないかしら?」

「え、そうですよ。」

「やだ。サトルったら何も言ってなかったんですか?あ、ごめんなさい。私はお母さんから許可はもらってるって聞いてたので、てっきり歓迎されてるものかとばかり。」

「だって、引っ越してきたにしてはあまりに荷物も少なかったから。家具家電系は全部売っちゃったんで。何か問題でもあるんですか?もう家も解約しちゃったし、帰れないし。お母さんも一人暮らしより安心でしょ?」

「私は何も知らなくて混乱してるの。安心より戸惑いの方が大きいわ。とにかく、すぐ帰れないことは分かったから。一緒に住んでる間は、生活のルールを決めたいの。お互い快適に暮らせる方がいいでしょ。」

「正直、今までの1週間みたいな暮らしをされたら困るわ。冷蔵庫の中身を勝手に食べたり、私の部屋に勝手に入ったり。」

「え、めんどくさいんですけど。」

「それに、戸だから。勝手に私のお財布を見たわよね。『現金入ってないんですか』なんて。普通聞かないでしょ。ありえないわよ。金が入ってたら、盗むつもりだったと思われても仕方がない行為なのよ。分かってる?」

「もうお説教とか勘弁してください。サトルが好きにしていいって言ったから、そうしたんです。文句があるなら、サトルに行ってもらえますか?口うるさい姑とか、マジ最悪なんですけど。」

数分後。

「さとる、正直に言うわ。あなたたちと同居はしたくない。」

「なんでそんなこと言うんだよ。」

「分からないの?勝手に冷蔵庫の中身を食べられたり、しおりさんが私の部屋に入ってきたり、戸棚の財布の中身を荒らされたのよ。非常識なんてもんじゃないわ。正直、2度と家の中に入って欲しくない。」

「悪い、悪かったよ。ちょっと金に困っててさ。最近、飯もあんま食えてなかったから。金も、あの、ちょっと借りようと思っただけで。」

「何、どういうことなの?」

「いや、俺、半年前に体壊してさ。正社員やめて派遣になったんだ。でも、それでも収入が半分くらいになっちゃって。しおりさんは、なんか仕事が長続きしてないんだよ。だから今、2人ともあんま稼ぎがなくてさ。俺の派遣切りがとどめって感じで、家賃が抑えられればまだなんとかなるかなって。」

「あなたね…。」

「ちょっと助けると思って、頼むよ。親父の遺産もあるんだしさ。いいだろう?」

「…事情は分かった。でも、1年だけにして。それまでに仕事の目処を立ててちょうだい。ここで暮らし続けるなら、生活費も入れてもらうし、同居のルールも決めさせてもらうから。」

「あ、分かった。分かった。しおりにも言っておくから。」

数分後。

「り、今、平気?」

「うん。どうしたの?おばあちゃん。」

「あのね、最近お父さんたちと連絡取ってる?」

「全然。向こうから一方的に来るけど、無視してる。」

「まさか、ばあちゃんに迷惑かけてないよね。」

「うーん。1週間前、突然うちに来たと思ったら、そのままい着ちゃってね。規制だと思ってたら、家も解約したっていうの。無理やり同居の話が決まっちゃったわ。」

「はあ。なんだそれ。お父さん、体を壊して仕事を変えたんだけど、それで収入も落ちたらしくてね。お母さんはあんまり仕事が続いてないとかで、とにかく生活に困ってるみたいなの。」

「はあ。だから最近、俺のところに来る連絡も、一緒に住ませて欲しいだの、仕送りして欲しいだの、そればっかりだったから。だから言ってやったの。『高卒の俺は自分を養うので手一杯です』って。」

「何言ってるの?りは立派だわ。自分で就職先も見つけて、高校を卒業してから1度も実家に頼らないで、自分一人で生活してるんだもの。」

「そうだ。今度は二十歳のお祝いをしないとね。」

「ありがとう。でも、今、俺の話は置いといてさ。心配なのはばあちゃんだよ。今から追い出すのも難しいだろうし、俺が引き取るのも本気で無理だからさ。」

「そりゃもちろん、りに押し付ける気はないわよ。ごめんね。役に立てなくて。」

「とにかく、ばあちゃんに無理がないように言っておくよ。あと、あの人たちが住み着いてる間は、少ないけど俺が仕送りするからさ。」

「まあ、本当にありがとう。助かるわ。りに連絡してよかったわ。これからも、たまに連絡していい?」

「さすがに、愚痴を聞いてもらわないと、早にしそう。」

同居から3ヶ月後。

「どう?あれからもう3ヶ月くらいになるけど。」

「うーん。さすがにお金を取ったりはしないけど、家にお金は入れないし、冷蔵庫の中身は勝手に食べてるわね。注意したら『飢死させる気か』って言われたわ。あのクソじじい。」

「最近サトルも仕事に行ってないみたいだし、しおりさんは相変わらずだし、もうお手上げだわ。」

「いい加減、俺が直接注意するしかないかな。」

「とはいえ、言うことを聞くとは思えないけど。ばあちゃんのためだし。この後、仕事だから、また連絡するよ。ごめんね。」

「ありがとう。」

その日の夕方。

「なあ、今度、親戚の集まりがあるんだろ。」

「んだっけ?王子さんの参加機。」

「なんでサトルがそれを知ってるん?」

「はがきが入ってたからさ。親族宛てなら、別に俺が見てもいいじゃん。つうか母さん、どうせ出席するんだろ。親戚の集まりはいつも父さんに任せてたし。」

「まあ、大人数のところは苦手だし、そもそも親戚付き合いが得意じゃないからね。迷惑かけてないし、別にいいでしょ。」

「今回は、俺が代わりに行ってきてやるよ。だからスーツ代と交通費と諸々を出してくんない?10万くらいかな?」

「ああ、まあ、いいわ。挨拶にはちょうどいいだろうから。行ってらっしゃい。」

「うっしゃ。母さんも久しぶりに一人になるし、いい息抜きになるだろう。俺、マジで気遣いできる息子だわ。」

数週間後。

「ねえ、ばあちゃん、大丈夫?昨日、親戚の集まりだったんだよね。なんかあった?」

「…なんでもないよ。」

「本当?は、なんて返したの?」

「…『私のことは心配しなくていいから』って言っといたよ。」

「はあ。それで、向こうは何か言ってきた?」

「…あのね、り。実は、あの日、サトルが来たの。」

「は?どういうこと?」

「親戚の集まりって言ったでしょ。あれ、本当はなかったの。サトルが私を連れ出して、『母さん、ちょっと話があるんだ』って。」

「何の話?」

「…サトルがね、『しおりとは離婚する』って言ってきたの。」

「はあ!?」

「あの子、本当に仕事をクビになってたのよ。しおりさんは、借金を作っててね。サトルの給料も、全部、それに消えてたらしいの。で、あの家を出て行ったの。サトルだけ。」

「ちょっと待って。じゃあ、今、どこに住んでるの?」

「サトルは、もうしばらく前から、あの家には住んでなかったのよ。しおりさんが一人であの家に居座ってるの。」

「はあ?じゃあ、今、あの家にいるのは誰?」

「しおりさんよ。サトルが家を出て行った後も、あの女がずっと居座ってるの。私の家に。」

「なんでそんなこと…。」

「サトルが言うには、しおりさんは『この家は私のもの』って言い張ってるんだって。法的には、サトルとしおりさんが一緒に買った家だから、すぐには追い出せないらしいの。」

「それ、おかしいでしょ。ばあちゃんの家でしょ?お父さんが建てた家でしょ?」

「そうよ。でも、サトルが結婚したときに、名義をサトルに変えたの。私がもう長くないと思って、全部、サトルに譲ったのよ。」

「それで、その名義を盾に、しおりさんが居座ってるの?」

「そういうこと。サトルは『ごめん、母さん。こんなことになるなんて思わなかった』って泣いてたわ。私も、まさか、こんなことになるなんて思わなかった。」

「…それで、どうするの?警察には?」

「警察には、サトルが相談に行ったけど、『民事の問題だから』って相手にされなかったらしいわ。弁護士にも相談したけど、費用がかかるって言われて。」

「じゃあ、このままだと…。」

「このまま、あの女に、私の家を乗っ取られるのよ。何年も前から、あの女は、こうなるつもりで私に近づいてたんだと思う。サトルをたぶらかして、家を手に入れて、あの女は私を老人ホームに追い出そうとしてる。」

「なんで、そんなこと…。」

「あの女は、サトルが体を壊した時点で、もう見限ってたんだと思う。あとは家だけ手に入れば、サトルを捨てるつもりだったのよ。」

「…許せない。」

「り。あなたに頼みがあるの。私の言うことを、よく聞いて。」

「…何?」

「あの女を、この家から追い出すのよ。あの女が居座ってる限り、私はこの家に帰れない。あなたは、私の一人娘の、り。私の血を引いてるのは、もうあなたしかいないんだから。」

「…分かった。俺に任せて。何とかする。」

「本当に?」

「ああ。俺が、あの女を追い出す。」

その日の夜、りは、しおりのもとを訪れた。

「よう。しおりさん。久しぶりだな。」

「…り。何の用?ここは、私の家よ。あんたが来るような場所じゃないわ。」

「ばあちゃんの家だろ。お前が居座ってるだけだって、聞いたよ。」

「あら、誰から聞いたのか知らないけど、この家は私のものよ。サトルの名義になってるんだから。」

「サトルは出て行ったんだろ。お前が追い出したんだろ。」

「追い出したわけじゃないわ。あの人が自ら出て行ったのよ。私は、この家に住む権利があるの。あんたのばあちゃんには、もう権利はないのよ。名義人は私の夫なんだから。」

「へえ。じゃあ、夫のサトルから、お前の借金のことを聞いてるか?」

「…何のことかしら。」

「借金取りが、お前の実家に押しかけてるらしいな。サトルの給料、全部、お前の借金に消えてたんだろ。それで、サトルが体を壊したら、今度は用なしだって、見捨てたんだろ。」

「…よく調べたわね。でも、それが何?私は悪くないわ。あの人が稼げなくなったのが悪いんだから。」

「お前な…。」

「あんたには関係ないわ。とにかく、ここから出て行って。警察呼ぶわよ。」

「呼べばいいだろ。ついでに、こっちはこっちで、ばあちゃんの家を勝手に乗っ取ってるって話を、大家さんにしてみるけどな。」

「…何言ってるの?」

「この家、借地だって知らなかったか?土地は借りてるだけだ。名義がサトルになったって、地主の許可なく名義変更はできないはずだ。どうやら、お前はそこまで考えてなかったみたいだな。」

「…っ!」

「その借地の名義は、今もばあちゃんのままだ。つまり、この家に住む権利があるのは、ばあちゃんだけってことだ。お前みたいな部外者が、勝手に住んでいるとこは、地主が承知しないはずだ。」

「…何が言いたいの?」

「地主に連絡するよ。『無断で占有してる人がいるんですけど』ってな。そうすりゃ、お前はすぐに追い出されるはずだ。裁判沙汰になる前に、大人しく出て行け。」

しおりは、真っ青な顔で、りを睨みつけた。

「…分かったわよ。出て行くわ。その代わり、私のことは何も言わないで。」

「言うわけないだろ。ばあちゃんの家を、よくもこんな目に合わせてくれたな。二度と、俺たちの前に姿を見せるなよ。」

数日後、しおりは、静かに家を出て行った。

りは、ばあちゃんの家に戻ってきた。

「ばあちゃん。もう大丈夫だよ。あの女は、もう二度と来ない。」

「…本当?どうやって追い出したの?」

「借地のことを、思い出したんだよ。土地は借りてるだけだから、名義人が誰でも、地主の許可なしには住めないんだ。それを脅しに使ったら、あっさり引き下がったよ。」

「…そうだったの。あの人が、まさか、そこまで頭が回るなんて思わなかったわ。」

「だろ?俺、案外やるんだよ。」

「…ありがとう。り。あんたがいてくれて、本当に助かった。」

「ばあちゃん、これからは、俺がちゃんと面倒見るから。もう、一人で抱え込まないでよ。」

「うん。ありがとう。」

「それにしても、本当に驚いたよ。まさか、あのサトルが、ここまで落ちぶれるなんてな。」

「サトルは…?」

「あいつは、今、実家で暮らしてるよ。しおりさんと別れて、しばらくしたら、また仕事探し始めたみたいだ。ちゃんと、新しい仕事も決まったらしい。」

「そう。よかった。」

「あいつも、ばあちゃんに謝りたいって言ってたぞ。『母さんに、本当に申し訳ないことをした』って。今度、一緒に会いに行ってやってくれないか?」

「…そうね。いつか、ね。」

「ああ。いつか、な。」

それから、りは、以前よりも頻繁に、ばあちゃんの家に通うようになった。

「ばあちゃん、今日は何が食べたい?俺、何でも作るよ。」

「あら、じゃあ、昔みたいに、りが好きだった肉じゃががいいわ。」

「よし、任せろ!」

台所に立つりの背中を見ながら、ばあちゃんは、静かに微笑んだ。

あの日、無理やり始まった同居は、思いもよらない形で終わりを迎えた。

しおりは消え、サトルはやり直し、りは、本当に大切なものに気づいた。

あの家に戻ってきた、りとばあちゃんの、新しい暮らしが、静かに始まろうとしていた。

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