水希ちゃん、ちょっといい? 昨日、うちに来てたでしょ?
ええ、行きましたけど。旦那の実家に行って何か悪いんですか?
そうじゃないんだけど……あの時、私の腕時計を見なかった?
腕時計? 知らないですよ。
本当に?
ちょっと待ってくださいよ。まさか私を疑ってるんですか?
疑ってるというか……これが初めてじゃないし。
信じてくださいよ。本当に何も知らないんですから。
そうは言うけど……
ひどいですよ。何かあったらすぐ私のせいにする。私が一体何をしたって言うんですか?
……ごめん。
どうしてそうやって、自分は悪くないみたいな顔ができるんですか? だって私は何もしてないもん。
私のネックレスに、お母さんの指輪。うちの娘の服だって盗んだことあるでしょ。忘れたの?
それは去年までの話ですよね。一年経ったんだから、もう時効でしょ。
あ、そういう感じ。盗んだ盗まないを年度ごとに計算するの? どこの国のルール?
私のルールです。とにかく腕時計については何も知らないんで、何でもかんでも疑うのやめてください。
でも、お母さんが見たって言ってたよ。
え? お母さん、ベッドで寝たきりなのに?
私の腕時計、お母さんのベッドの近くに置いてあったからね。
……なんだ。てっきり寝てると思ってたのに。ようやく認めるのね。
はいはい。そうですよ。私が盗みました。
はあ?
ねえ、これ立派な窃盗よ。謝って済む話じゃないでしょ。
いいじゃないですか。私たち家族なんだし。
家族でも盗みは窃盗です。
そんなカリカリしないでくださいよ。今度、ババ抜きでもしましょうか。
……なんでババ抜き?
頭を使えば、多少は認知症対策になると思って。あ、でも千鶴さんは無理でしたね。
無理って、何が?
だってババ抜きなんでしょ? ババと一緒は無理でしょ。
なるほどね。反省してないってことね。
さあ、反省してますよ。
あのね、それが反省してる態度?
反省してるって言ってるじゃないですか。それに、幸介さんはいいって言ってましたよ。
幸介が? あの人なら、確かにいいそうね。
でしょ。うちにあるものは何でも持っていっていいって。だから、これは窃盗じゃありません。
いや、それはおかしいでしょう。そもそも千鶴さんは幸介さんの嫁ですよね。
そうですけど。
つまり、幸介さんの実家に同居してるだけの養子でしょ。養子が家主の幸介さんの決定に文句をつけるのはおかしいですよ。
それで言うなら、家主はお母さんたちでしょ。
あんなネタ切れのじいさんばあさんに家主は無理でしょ。
家主の意味、分かってる? 家の所有者、権利者のことよ。ネタ切れでも家主は家主。
はいはい。まあ、私に文句を言う前に、幸介さんに話を通してください。分かりましたね?
その日の夜。
幸介、水希ちゃんをなんとかしてよ。
ああ。また何かあったのか。
なんか、のレベルじゃないから。私の腕時計を勝手に持って帰ってたの。
なんだ、そんなことか。いつものことだろう。
いつものことだから困ってるんでしょ。言っとくけど、甘やかしてる幸介にも責任あるからね。
あ、そうは言うけどな。お前の態度も悪いんじゃないか?
私の態度?
若い子でも、一応はお前の義理の姉だろ。兄嫁相手に、少し失礼が過ぎるんじゃないか?
失礼? 物を盗まれて、それを追求することが?
喋り方だってそうだろう。もうちょっと敬うくらいはしろよ。
義理の姉って言っても、一回り以上年下なんですけど。
なんだったら、娘のほうが年齢が近いし。
それはまあ……確かに。
とはいえ、その辺のクレームは兄貴にしてくれ。五十歳のくせに三十二歳の嫁とか。ああ、羨ましいこった。
今、羨ましいって言った?
お前よりは若い嫁のほうがいいからな。それを思えば、水希のやることなんて可愛いもんだろう。
だから、そうやって甘やかすからダメなんでしょ。お兄さんにしたって、出張で家を開けることが多いからって、水希ちゃんを一切怒らないし。
兄貴なりに、嫁に責任を感じてるんだろ。
勝手に感じてればいいけどね。そのツケがこっちに来てるのよ。
言っても、お前はうちの両親の介護をしてるだけじゃん。水希ちゃんの義姉として、世話してやれよ。
介護だけで手いっぱいです。この上、三十二歳児の世話なんてできるか。
ああ、うるさいなあ。
うるさいって言った? 誰のせいで私がうるさくなってると思ってるの?
まあ、ちょうどいいタイミングか。
……何の話?
お前とは離婚するわ。
は?
年取ったおばさんと暮らすのはきついと思ってたしな。いい機会だ。離婚で。
おい、同い年。私が年取ったおばさんなら、あんたも年取ったおじさんなの、分かってます?
男はいいんだよ。男はむしろ年を取ったほうがダンディズムが漂うから。
だったら女もいいでしょ。年を取ったほうがマダミズムが漂うわよ。
なんだ、マダミズムって。
というか……あまりにもあっさり言われるから、流すところだった。離婚って、本気?
本気も本気。実のところ、ちょっと前から考えてたんだよ。俺もお前もいい年だし。もういいだろ。
もういいって、何よ? というか、私抜きでお母さんたちの介護はどうするの? 十五年も、私一人でやってきたのに。
それはお前、そのまま継続だろう。
は?
離婚しても、親の介護だけはちゃんと続けてくれ。頼むぞ。
するわけないでしょ。
ああ、お前はするだろ。
なんで、そう言いきれるの?
だってお前は義理だからな。うちの親のこと、気に入ってるんだろ。なあ。お母さんたちは優しいし。十五年も仲良くやってきた相手を、いまさら見捨てられるか?
……それは、そうかもしれないけど。
そういうことだ。悪いけど、今日から俺は別の場所に住むから。離婚届は送るから、サインだけよろしく。じゃあ、そういうことで。
翌日。
千鶴さん、聞きましたよ。幸介さんに離婚届を突きつけられたって。
待って。今、落ち込んでるから、その話やめて。
いや、でも……でもでもでも。
「でも」を減らしたくもないけど。落ち込んでるって言ってるでしょ。
なんで逆ギレなんですか。
というか、これって私が悪いの?
何がですか?
いや、離婚のこと。
それはあれでしょう。千鶴さんがおばさんだから、じゃないですか?
そう、そこよ。
え、どこ?
あいつと私は同い年。つまり、私がおばさんなら、あいつもおじいさん。
それはまあ……。
なのに、何よ、偉そうに。こっちはさあ、優しさを見せて言わなかったけど、あいつ、最近はげてきたの、気にしてるのよ。毎日鏡と格闘してんの。
それは……いろいろあるんですよ。
なら、こっちにもいろいろあるのは分かるだろう。普通、離婚する気とはいえ、自分の嫁に向かって「年取ったおばさん」なんて言う? こっちは気を使って、見て見ぬふりをしてあげてたのに。私のことじゃなくて、毛の心配をしてろっての。
あ、はあ。
しかもね。子育てがようやく落ち着いてきたな、ってタイミングで、義両親の介護がスタートしたのよ。
あ、そうなんですね。
そっから十五年よ。十五年ずっと介護してきたの。
ワンオペで、大変ですよね。
そう、大変なのよ。そりゃお母さんとお父さんはいい人たちだよ。みんな優しいし、私のことも気遣ってくれるし。でも、そういうことじゃないでしょ。
分かります。
「仕事が忙しいから、俺は無理」って。うっせえよ。お前の親だろ。お前もやれよ。
え、ブチギレじゃないですか。
それでもね。お母さんたちは好きだし、幸介も仕事が大変なんだろうなって、一生懸命やってきたわけよ。
あ、はい。
その結果がこれ? 舐めてんのか? 何様? 旦那様?
……ってか、やかましいわ。
ひとりツッコミ。
……すっきりした。ありがとう。
ああ、いえ。
何よ。
切り替え早すぎで、もはや怖いんですけど。
用がないなら、もういい。
良くないでしょ。
そう。じゃあ、用があるなら、早くして。
じゃ、じゃあ、気を取り直して。千鶴さんって、今、四十八歳ですよね。それが、その年で旦那に捨てられるとか、やばくないですか?
やばいわね。
え。あ、実はあるんですか?
なかったら、こんなに切れてないでしょ。
それは……うん。まあ、用事ってこれだけ?
いや、幸介さんと離婚したってことは、もう本気でただの養子ですよね。じゃあ、私に文句を言う資格、なくないですか?
そうね。
「そうね」って……え、それだけ?
うん。それだけ。
え、なんか思ってたのと違う。
というか、あいつとの離婚届は、今日、速攻で出してきたし。
え、そうなんですか?
うん。腹が立ったから。
そうですか。
ああ、お母さんたちの介護はちゃんとやるから、そこは安心してね。
あ、はい。
他にないなら、失礼するわね。
……じゃあ。
三週間後。
いやあ、マジでお前って、都合のいい女だよな。
は? 突然、何だって。
そうだろう。離婚したのに、親の介護までやってくれて、助かるわ。
まあね。私は、親の介護を元嫁にぶん投げる人と違って、人間ができてるので。
嫌味かよ。
嫌味だよ。
はいはい。
まあ、これからもその調子で頼むな。
というかさ。あんた、今、どこに住んでるの?
はあ。なんで、離婚した他人に教えないといけないんだよ。
なら、なんで離婚した他人の親を介護してんの? 私。
それはお前の勝手だろう。嫌なら、うちの親を放置して出て行けばいいだろ。
いいけど。そうなったら、母さんと父さんはどうなるんだろうな。ネタ切れなのに、誰にも世話されないとか。
そうだな。
いや、お前が介護しろよ。俺は、ほら、仕事が忙しいし。相変わらずゴミだな、お前。
住所は早く送ってよ。
だから、なんで教えないといけないんだよ。
あ、そう。じゃあ、あんたの荷物は処分するけど、いいわね。
は?
住所を教えたくないんでしょ。
それはそうだけど、なんで処分? そこは俺の実家だぞ。
いや、だってもうこの家、なくなるし。
は? なんだって?
だから、この家はもうなくなるから。
いやいやいや。なんで?
売ったの。お母さんが。
母さんが?
来週には出ていかないといけないから、荷物をまとめてるのよ。で、仕方ないから、あんたの荷物を送ってやろうかなって思ってたけど、住所を教えてくれないなら、無理じゃん。
いや、そういう問題じゃないだろう。どういうことだよ。俺、何も聞いてないぞ。
今、言いました。
そんな急な……というか、なんで売るんだよ。母さんたちはどうするんだ?
お母さんたちは、実家を売ったお金で介護施設に入るって。
はあ。
ちょっと前から、そういう話は出てたのよ。
俺に何の相談もなく?
だって、お母さんたちが「あんたはどうせ興味ないでしょ」って。それはそうかもだけど。あと、「介護を頑張ってくれてるあんたが知ってれば十分」って言ってたわよ。
……なあ。
いろいろと大変だったんだからね。「海が見える場所がいいよね」「え、でも私も通いたい」「じゃあ、ここなんていいんじゃない」みたいな感じで、頑張って探したんだから。
いや、なんだ、その新婚みたいなやり取り。
私とお母さんの実際の会話だけど、何か?
というか……
まあ、そういうわけで、来週には施設の入居だから。それまでに荷物を取りに来てね。来ないなら、そのまま処分するから。よろしく。
数日後。
なんだこれ? 百五十七万五千円の請求書? どういうことだよ。
いや、お母さんたち二人の介護費用だけど。しっかりと請求の内訳も、詳細に書かれてるでしょ。
書かれてるけど、そういうことじゃなくて。なんで俺の荷物にこんなもんが入ってんだ、ってこと。
そりゃ、あんたが依頼人だからでしょ。
依頼? 俺は自分で言ったじゃないか。「離婚後もお母さんたちの介護を頼む」って。
え? 何? 嫁でもない他人を、ただ働きさせる気だったの? 労働基準法って知ってる? 捕まるよ。
いや、それは……私はお母さんたちの家に住み込みだったから。
時給は、介護施設職員の平均二千円。それを三十日間、休みなしのワンオペ。夜勤時給は労働基準法に基づいて二十五パーセント上乗せね。それで深夜帯は時給二千五百円。この緊急対応費ってのは、睡眠中でも何かがあるか分からないでしょ。私一人しかいないんだから、その分よ。時間外労働だから、通常時給に加えて千円。この宿泊手当てってのは、そのままの意味。一泊当たり七千円ね。複数人介護手当て。ネタ切れの人を二人、担当してるんだから、当然。介護する際の精神的・肉体的な疲労を考えて、一日五千円で計算してます。
……。
平均の日中勤務が八時間で、夜勤が六時間。諸々の手当てや緊急対応費で、一日五万二千五百円。そう、それが三十日で、百五十七万五千円ってわけ。いやあ、私、頑張った。ちょっと痩せたもん。
知るか。それよりも、こんなのぼったくりだろ。
幸介ならそう言うと思ったけど、残念ながら、その金額は妥当です。
なんで、そんなことが言えるんだよ。
弁護士の方に相談して、出してもらったから。
は?
弁護士だから、間違った部分は一切ないわよ。実際、三十日間、寝てる時間以外は働いたわけだし。なんだったら、睡眠時間も削ってるからね。
俺は払わないぞ。
はあ。困るんですけど。
金が欲しいなら、母さんたちに請求しろ。
あんた、お母さんたちの息子でしょ?
それが何だよ。
介護する親の扶養義務は、あんたにはあるの? 払わない場合は、法的手段に訴えるけど、それでもいいのね。
だあ、もう、くそ。……払えばいいんだろ。払えば。
ありがとうございます。明日にはお母さんたちは施設に入るから、その準備は手伝ってあげるね。それじゃあ、お振り込みお待ちしております。
一週間後。
「夫婦会の皆様。私は夫の幸介と離婚しました。一方的な離婚で、しかも義両親の介護を押しつけられ、その上、兄嫁と不倫までされて。悲しいことですが、私は夫婦会を退会させていただきます」
はあ。なんだこれ?
うん。
幸介、なんでお前が疑問なの?
あ、ごめん、ごめん。誤爆しちゃった。
……てへ。
いい年して、何言ってるんだ。
てへ。あ、誤爆。
ちょっと待て。
はいはい。
お前、このLINE、どこに送る気だったんだ?
書いてあるでしょ。夫婦会だよ。
夫婦会って、あれだよな。うちの会社の……そうそう、奥様方でやってる互助会みたいなやつ。そこに、このLINEを……まさか、まだ送ってないよな。
ごめん。もう送っちゃった。
てへ。
はあ。お前、何やってくれてんの?
そう言うけどさ。私も夫婦会に参加してて、みんなにはお世話になったのよ。
それが何だってんだよ。
で、あんたと離婚した以上、さすがに退会でしょ。なのに事情も言わずに離れるのは、ちょっとね。
バカかよ。お前、マジで奥様連中だぞ。俺の同僚の嫁さんばっかりだぞ。
なんだこれ。お前のせいで、どんな顔して出社すればいいんだよ。
鏡を見てみな。その顔。
というか、この「兄嫁と不倫」って何だよ。適当なこと言ってんじゃねえぞ。
いや、してるじゃん。
してねえよ。
逆に聞くけどさ。あんな露骨な態度で、バレてないと思ってたの? 頭、ハッピーターンかよ。
露骨な態度って、何だ?
「家にあるものは何でも持っていっていいよ」とか。「水希ちゃんは若くて可愛いから、許しちゃうよ」とか。それはお前、外から見てたら、いい年したおっさんが何言ってるんだって感じで、かなりキモかったよ。
言いすぎだろ。
まあそういうわけで、慰謝料を請求するから。
はあ?
かなり近しい間柄で、悪質性が高いってことで、二百万くらいだって、弁護士さんが言ってた。
バカ言ってんなよ。ついこの間、百五十万以上払ったってのに。
というか、証拠は? 証拠、あんのか?
まあ、いろいろあるけど。一番効果的なのは、これから手に入るかな?
これから? 何言ってんだ、お前?
ああ、来た、来た。
は?
……マジ、やば。
どうしたの?
兄貴が帰ってきた。
お兄さんが帰ってきたってことは……あんた、離婚してからずっと水希ちゃんといたってこと?
そんなことは今はどうでもいいんだよ。それよりも、出張中の兄貴が、なんで急に……。
何隠れてんの?
そうだよ。どこに?
ベッドの下。
なるほど。
ちなみにさ。お兄さんが帰ってきたの、私が呼んだから。って言ったら、どう思う?
あ、ベッドの下にいるのか。お兄さんに教えちゃおうかな。
ちょ、やめろよ。絶対にやめろよ。
何それ? 怖い。
違うから! 頼むから、やめてくれ!
なんで?
なんでって……兄嫁と不倫してたのがバレたら、大変だろう。兄貴だって傷つくし、家族がバラバラになっちまうよ。
お母さんたちを捨てて、私を捨てて。もう、あんたの家族は、バラバラだけど。
それは……その。
あと、これからお兄さんとも、バラバラになるね。あんたと水希ちゃんのせいで。
やめてくれよ。マジで、一生のお願い。
私は、義理だからさ。元とはいえ、義理のお兄さんを裏切れないの。
ってわけで、じゃあね。
おい!
そのまま、ベッドの下で反省してください。
二時間後。
あんた、なんてことしてくれてんの?
こっちのセリフですけど。一か月くらい前から、急に現れた元義妹に、なんてことしてくれてんのよ。
は? 私は別に、悪くないでしょ。
他人の旦那と不倫してる時点で、悪いから。
もう、不倫の余波で、兄弟仲まで終了させて……なんだ? サークルクラッシャーか。
だって、両兵とは結婚したばっかりなのに、出張とかで忙しくて、寂しくて。
寂しいから不倫? しかも不倫するにしても、旦那の弟はないでしょ。チャレンジャーなの? ギリギリで生きていたいの?
だって、幸介さんは優しかったし。
幸介の優しさって、完全に下心ありきだったじゃん。
それでも、一人よりは寂しくなかったから。
あんたの寂しさを埋めるために、こっちが寂しいことになったんだけど。
知らないわよ。
ついでに、幸介の頭も寂しくなってるけど。
いや、もっと知らんわ。それよりも、どうしよう。両兵、すごく怒ってる。
不倫されて怒らない人のほうが、珍しいでしょ。
千鶴さんは、怒ってないじゃん。
怒っとるわ。
怒ってるけど……一瞬、回ってんの。逆に冷静になっちゃってんの。いろいろとあったからね。
その割には、私にめちゃくちゃぐちぐち言ってたような。
またマシンガントークをしてあげましょうか。私の口が火を吹くわよ。
ごめんなさい。
謝られるのも、それはそれで癪なんだけどね。
……というか、そんなことはどうでもよくて。それよりも、どうしよう。両兵が離婚して、慰謝料を請求するって。二百万。
妥当でしょ。
そんなの、払えない。
それこそ、知らないわよ。まあ、安心して。私は請求しないから。
え?
幸介に請求したから。
そうそう。別に分けて請求する気もなかったしね。慰謝料は全額、幸介に請求しました。
そうなんだ。……よかった。
その代わり、水希ちゃんには、別で請求がございます。
へ?
腕時計に、ネックレスに、お母さんの指輪に、うちの娘の服。それらの返還を要求します。
あの、ですね……。
何?
あれ? 全部、もう質屋で売っちゃって。
なら、購入時の金額分のお金を払って。
それって、ちなみに……おいくら?
お母さんの指輪が特に高かったからね。確か、合計で百万だったはずよ。
百万……。両兵からの慰謝料を合わせて、三百万。
言っておくけど、逃げられると思わないでね。私、あなたが盗む人だって知ってるから。自宅にあるものは、全部写真に撮るようにしてるの。
何のために?
正確な金額を出すためと、所有していた証拠に。あと、盗まれたことは、その日のうちに記録を取ってる。
じゃあ、これって……積んでる?
払う以外に、選択肢なんて残ってないわよ。
お願いします! 今度こそ反省するから! もう二度としないから! だから、許してください!
私ね、もうあんたの言葉を信じてないの。口先だけの反省なんていらないから。反省は、行動で示してちょうだい。そんな今回ばかりは、あんたのルールじゃなくて、国のルールに従ってもらうわよ。
その後、水希ちゃんとお兄さんは離婚。ベッドの下から出てきた幸介は、その場でお兄さんにしばかれたとか。二人で土下座したものの、結果はご存知の通り。水希ちゃんも幸介も、慰謝料を請求されることとなりました。私からの請求もあって、金銭的なダメージはかなり大きいです。
幸介に至っては、今回の件を知った娘から「金も二度と近づくな、クズ」と冷たく切り捨てられ、膝から崩れ落ちていました。その場面を見た私は、思わず吹き出してしまいました。また、夫婦会から広がった噂によって、職場での立場もさようなら。会社では、はれ物扱いを受けているそうです。
一方の私はといえば、娘夫婦の家の近くで家を借り、一人でのんびりとした日々を送っています。たまに娘夫婦の家にお邪魔してお茶を飲んだり、お母さんたちの入居した介護施設へ行って、お茶を飲んだりしています。お茶を飲んでばっかりじゃねえか、とは思いますが、それもまた、幸せな日々です。
人にしたことは、いいことも悪いことも、いつか自分に帰ってきます。見事に悪いことが帰ってきた二人を反面教師に、私はいいことが帰ってくるように、日々を過ごしたいと思います。
