り子の結婚式を一週間後に控えた夕食の席で、母はまた同じ話を始めた。
「ねえ、り子。来週のあんたの結婚式、柚葉ちゃんが来るって本当よね?」
「お母さん、それ何回目? 親友としてスピーチしてくれるんだから来るって」
「本当に本当よね」
「だからそう言ってるでしょ」
「よかった。これで私のお友達にも自慢できるわ」
「あのさ、娘の結婚式を何だと思ってるの?」
「あんたの結婚式なんてどうでもいいわよ」
「親が言ったらダメな発言ランキング第1位でしょ、それ」
「事実だもの」
「事実なことに驚きだよ」
「だって考えてもごらんなさい。あんたを有名大学へ進学させたっていうのに」
「それはありがとう」
「結果がこれ。冴えないサラリーマンとできちゃった婚。しかも本人は売れない絵本作家」
「裕介は冴えないサラリーマンじゃないから。あと、結構いい人生だと思うけど」
「それに比べて、あんたの親友の柚葉ちゃんは高校の頃からモデルをしてて、雑誌の表紙もやった有名モデルよ。あんたと違って華やかで明るい人生」
「別に私の人生も明るいけどね。勝手に決めつけるのやめてくれない?」
「あんたはうるさいわね。そんなどこぞの奥様みたいに」
「ていうかお母さんって本当に柚葉のこと好きだよね」
「そりゃそうよ。あの子が私の娘だったらって何度思ったか」
「こんな娘ですみませんね」
「本当よ。あんたを育てるのにいくらかけたと思ってるの?」
「これまた親が言ったらダメな発言ランキング。更新速度が速すぎてついていけないんだけど」
「私はね、あんたにはああいう人生を歩んでほしかったの」
「無理でしょう」
「高校からの同級生なのに、一体どこで差がついたのかしら」
「親の差じゃない?」
「私が悪いって言いたいの?」
「悪いっていうか、トンビはタカを産まないってことでしょ?」
「トンビが偉そうに言わないで」
「それブーメランだよ、トンビさん」
「お黙り。今からでももっといい人と結婚しなさい」
「バカ言わないでよ。私は別にお母さんのために生きてるんじゃないから」
「娘は親のために生きてるのよ」
「はあ。なら親は?」
「親は自分のために生きてるのよ」
「クソみたいな教育論をありがとう。反面教師にさせてもらうね」
「何を? モブのくせに」
「モブって。あんたの結婚式なんてね、みんなあんたじゃなくて柚葉ちゃん目当てよ」
「そんなことないから」
「あります。いっぱい自慢しちゃうわ。うちの娘はあの有名モデルの親友だって」
「この世で最も悲しい自慢だよ、それ」
「とにかく柚葉ちゃんに失礼のないようにね。あんたのことより優先して」
「お姫様かな?」
「お姫様みたいなもんよ。分かったわね」
一週間後、結婚式当日。り子は柚葉に連絡を入れていた。
「柚葉、今どこ?」
「やっべえ。寝坊した。り子ごめんね」
「寝坊したって? 打ち合わせもあるから早めに来てって言ったでしょ」
「スピーチのやつだっけ?」
「そうだよ」
「でもなあ」
「何?」
「今からメイクして着替えるの、だるい」
「バカなこと言ってないで早く来てよ。スピーチまで時間はあるけど、早くしないと式場に入れなくなるから」
「え、別に私の結婚式じゃないし、行く意味なくない?」
「あんたの親友の結婚式ですけど」
「ねえ、それさ、昔からずっと思ってたんだよね」
「何を?」
「私って友達の格、合ってなくない?」
「は? 友達の格? 何それ?」
「私は有名モデルで、あんたは売れない絵本作家。どう考えてもあんたが格下でしょ」
「いや、友達関係に格とか考えたことないけど」
「釣り合いが取れてないって言ってんの」
「一緒にいて楽しいから友達なんじゃないの?」
「学生感覚すぎるでしょ。友達って言っても、やっぱり見返りがないと無理だから」
「何それ? 柚葉はそんなことを考えてたの?」
「まあね。ていうわけで、私にメリットがないからスピーチは無理」
「メリットって?」
「私、有名モデルだよ。その私が親友枠で出てあげるんだから、ギャラとして100万円はほしいわ」
「は? ありえないから」
「むしろ破格でしょう。あ、今までの友達料も入れて300万ね」
「私、モデルって夢を叶えた柚葉のこと尊敬してたのに」
「私はあんたが有名大学卒だから付き合ってただけ」
「そんな理由で?」
「高学歴のハイスペック男と出会えると思ってたけど、結婚相手が冴えないママとか無理。私の結婚相手は柚葉には関係ないでしょ」
「裕介君の知り合いって底辺男しかいなさそうじゃん。男漁りもできないのに、ただで行くわけないから」
「本当に最低。柚葉にとっての親友ってその程度の存在なんだ」
「はいはい」
「ていうか、あんたの結婚式とか私目当てしかいないでしょ。私のファンミーティングみたいなもん」
「なんで私の結婚式が柚葉のファンミーティングになんの?」
「人が来るのは私のおかげってこと? 本気でり子に気があるやつとかいないから」
「そんなわけないでしょ」
「え、でもさ、実際のところ新郎の裕介君も来てないよね。あんたとの結婚、本気じゃないんじゃない?」
「なんでここで裕介が出てくるの?」
「だって裕介君は私の隣で寝てるもん」
数日後。結婚式は中断になった。結婚自体も、なかったことになった。
「何それ? 余計に笑うわ」
「誰のせいだと思ってんの?」
「裕介は? さあ、知らない」
「知らないって。裕介を問い詰めたら自分で白状したんだよ。私との不倫を」
「相手が誰かは言わなかったけどね」
「へえ、やるじゃん」
「おかげでこっちは証拠がなくて、あなたは訴えられない。裕介の方は慰謝料と養育費で話をまとめたけど」
「まあ、証拠なんて出ないでしょ。ワンナイトの関係ってやつだし」
「つまり何? 私の結婚式前日だけの関係だったってこと?」
「あんな底辺男、有名モデルの私と釣り合わないし。本気で相手する気なんて最初からない」
「だったら何のためにこんなことを?」
「そりゃあ、あんたが顔を歪めるのを見たかったから。り子って昔から地味ないい子ちゃんでさ、正直ずっと目障りだったんだよね」
「何それ?」
「覚えてる? 高校の頃、1つ上の先輩で俊介君。私、好きだったのに、卒業式であんたが告白されてたじゃん」
「されはしたけど断ったよ」
「それがむかつくって言ってんの。私は俊介君が好きだったのに、あんたみたいな地味女が告られるとか、意味が分かんない」
「ちょっと待って。そんな昔のことが理由でこんなことしたの?」
「あとは大学の頃に私よりもいい大学に行って、ずっとマウント取ってきたでしょ」
「取ってないけど」
「モデルの私の方が成功してるのに、ずっと上から目線」
「いや、この間も言ったけど、私はずっと柚葉のことを尊敬してて」
「私があんたを気に食わないって言ってんの」
「めちゃくちゃすぎる。そんな逆恨みみたいなことで結婚式を壊されて。これから私はシングルマザーなんだよ」
「受ける」
「受けないから。結婚式のことでお母さんもなんかキレてたし。うちの家族、柚葉のせいでぐちゃぐちゃ」
「あんたと母親の関係は昔からそうじゃん。今回のがとどめになったって言ってるの」
「最高じゃん」
「最低」
「何とでも言えば。私はあんたの情けない姿が見れて最高の気分。そのままガキ抱えて売れない絵本でも書いてな」
「言っとくけど、私は何も諦めてないから」
「は? 何?」
「昔からの夢だった絵本作家としても成功する。お腹の子だって一人で立派に育てる」
「結婚がなくなったから何? 親友に裏切られたから何? そんなの私には関係ない」
「強がりやば」
「強がりでも何でもいい。絶対に諦めないし、幸せになってやる」
「はいはい。言うだけただって言うしね。負け犬の女が何を言っても興味ないし。頑張って」
五年後。
「ヤッホー。り子、久しぶり」
「うわ、柚葉」
「うわって何? ひどくない?」
「どうでもいいからってLINEを消すの忘れてた。他のLINEに埋もれてたわ」
「それはこっちのセリフ。ていうか、なんか最近調子いいじゃん」
「え? 何のこと?」
「そうそう。私の周りでも読んでる人いるよ。子供はもちろん、大人でも泣ける絵本って」
「それはどうも」
「5年前は全然売れない下積み作家だったのにね。なんかあった?」
「別に。ただ、これでも母親だから、娘に読ませたいと思える絵本を書いてるだけ」
「ああ、だからか」
「だからって」
「なんかハッピーエンドが多いっていうか。自分は割とバッドエンド寄りの人生なのに、子供に悲しい話を読ませてどうするの?」
「そりゃそうだね」
「ていうかさ、あのお姫様と親友の話、あれって私もモデルだよね。り子と柚葉のこと」
「そうそう」
「親友の柚葉が意地悪だったけど、それでも親友の私を題材に書いてくれて嬉しい」
「あのさ、さっきから何?」
「何って? 何が?」
「あんなことをしておいて、よくそのテンションで来れるね」
「いやいや、もう5年も昔のことじゃん」
「何年経ったとか関係ないでしょ」
「そういうこと言わないでよ。私たち大親友でしょ」
「元親友ね」
「昔は私も若かったから」
「そうですか」
「ていうわけでさ、今度私が結婚するんだけど、来てくれない?」
「は? 私が?」
「今大人気の絵本作家。それがモデルの柚葉の大親友だった。絶対話題になるじゃん」
「そういうこと。相変わらずで逆に安心した」
「ああ、あんたの式に寝坊したのは水に流してね。今度は私の結婚式でそっちがスピーチして」
「分かった。任せて」
「おお、意外と素直じゃん。サンキュー。ていうか、出版社の人とか知り合いでしょ? 絶対式に呼んでね」
「まあ、聞くだけ聞いてみるね」
「おお、さすが私の大親友。心の友。やっぱりり子しか勝たん」
「はいはい」
「日程とかは後で送るから、エモエモで泣けるスピーチ期待してる。絵本作家だからそういうの得意でしょ」
「そうね。得意だと思う」
「じゃあそういうことで。あ、遅刻すんなよ」
数日後。
「ちょっとり子、聞いた? 柚葉ちゃん、結婚するんだって」
「ああ、その話ね」
「世の中には奇特な男性もいるのね」
「どういうこと?」
「だって、あんなことして結婚する? 顔がいいだけの最低じゃない」
「ああ、お母さん、何よ」
「本当のことでしょ? 最近じゃ人気も低迷してるって言うのに」
「未だにモデルにしがみついてる老け込んだ子よ」
「お母さんって昔は柚葉のこと好きだったよね」
「昔は昔、今は今。ネットでも言われてるんだから。おばさんが無理しててキツイって」
「でも、あんな子が娘だったらとか言ってなかった?」
「いや、あんな子が娘とか考えただけでゾッとするわ」
「そうなんだ」
「私の娘がり子で良かった。絵本作家としてベストセラーを出した、自慢の娘よ。あんな顔だけの女と比べるのが失礼」
「お母さんって本当に手のひら返しが上手だね。ドリルみたい」
「何言ってるの? 大事な娘の結婚式を台無しにされたのよ。母親として怒って当然です」
「でもあの時は私が怒られたはずだけど。結婚式当日に婚約破棄とか、恥をかかせるなって」
「そう? もう忘れちゃったわ。私ももう年だから」
「手のひらだけじゃなくて頭も都合いいんだね。全身都合いい人間じゃん」
「何それ? というか柚葉の結婚式だけど、私、誘われてるから」
「え? り子が? 親友としてスピーチしてくれってね」
「あんなことしといて。あの女、どこまで都合いいの?」
「お母さんと一緒じゃん」
「私のことは今はいいの。それよりも、まさか行くなんて言わないわよね」
「さあ、どうでしょう?」
「はあ。ダメよ。絶対にダメ」
「なんで?」
「あんたが有名になったから、それに便乗しようと思ってるに違いないわ」
「でしょうね。せっかくここまで有名になれたのよ。あの女に利用されて何かあったら」
「仮に何かあったとして、お母さんに関係ある?」
「あるでしょう?」
「いや、ないでしょ」
「私は母親よ」
「知らないの? 母親だからって、娘の成功はあなたのものじゃないから」
「何をバカなこと言ってるの?」
「まあ、今はそれでいいよ。けど、私が何をするかは私が決める」
「なんですって」
「私はお母さんのために生きてるんじゃないから。それだけ」
「ちょっと、り子!」
一週間後、柚葉の結婚式当日。
「ちょっとり子! もう来てくれないと困る時間なんだけど。今どこにいるの?」
「やっべ。寝坊した。柚葉、ごめんね」
「は? ごめんじゃないでしょ。この大事な日に何やってんの?」
「ごめん、ごめん。でもさ、別に私の結婚式じゃないし、行く意味なくない?」
「ないわけないでしょ。今日はあんたが来るってみんなに言ってあるんだから」
「みんなって誰?」
「モデル仲間も旦那も楽しみにしてるの? それに事務所の社長だって」
「事務所の社長、あんたとの関係を利用して私の人気を再燃させようって考えてるのよ」
「ああ、落ち目のモデルの話題作りってこと?」
「落ち目って言うな」
「事実でしょ?」
「うるさいわね。それにSNSでももう報告しちゃってんのよ。私が来るって。今あんたは世間でも認知度が高いの。あんたと親友だって言っただけでSNSのフォロワーが増えるくらいにはね」
「それはどうも」
「あんたとのツーショットをアップするって言ってるんだから、来てくれないと困る」
「でも、今日はもう新作の取材が来る予定だし」
「は? 親友よりも仕事優先なの?」
「そうだな。じゃあギャラは」
「は?」
「ついでに今までの友達料ももらおうかな。合わせて300万払ってくれるならすぐに行くけど」
「ふざけてんの?」
「いや、でも5年前に同じことを言われたけど」
「それは私と柚葉じゃ友達の格が違うんだよ」
「それ、私があんたに言った」
「ベストセラー作家と落ち目のモデルだもん。親友枠で出てあげるんだから破格でしょ」
「そんな」
「ああ、でも私の方がまだマシだと思うよ。だって、あなたの旦那を寝取ったりしないし」
「そんな昔のことをいつまで言ってんの? もう水に流してよ」
「水に流すなんて私は言ってないけど」
「でも、あんたが来てくれないと、今度は嘘つき扱いされちゃう」
「私、行くとは明言してないよね。自己判断だけで動いたらダメじゃん」
「そんなこと言わないで。私たち大親友でしょ」
「昔はね。今はただの他人以下だから、ギャラなしに結婚式へ参列したりしないの」
翌日。
「いやあ、信じてたわよ、り子」
「柚葉ちゃん、これは大変でしょうね」
「何が?」
「SNSが大炎上してるのよ。柚葉の」
「そうなの」
「これは痛快だわ。元々参列者をあんたの名前で集めてたみたいでね。なのにあんたが来ないから大混乱。ああ、モデル仲間とか呼んでるって言ってたっけ? そのモデル仲間がSNSにあげたのよ。あんたが来ないと気づいて帰る参列者の姿を。それで柚葉のSNSが埋め尽くされて、嘘つき呼ばわりで大炎上よ。ただでさえ落ち目のモデルだったのに。これがとどめになるでしょうね」
「なるほど」
「まあ、私の自慢の娘を利用しようとしたんだから、これくらいは当然バチが当たったのよ」
「楽しそうだね」
「そりゃ楽しいわよ。バカ女が情けなく落ちていく様は見てて笑えるわ」
「お母さんって本当に分かりやすい。というか、昨日の取材はどうだったの? 確か新作の絵本についてよね」
「問題なく終わったよ」
「そりゃそうよね。あんな天落女とり子は違うもの。今回の新作もかなり売れてるらしいし。さすがは私の娘。あんたは私の誇りよ」
「喜んでるところ悪いけど、お母さん、もう終わりだよ」
「何を言ってるの?」
「今回の新作、読んだ?」
「一応読んだわよ。夢を追いかけるお姫様と、お姫様の人生を縛りつける女王様の話でしょ」
「そう。お姫様には小さい頃からの夢があったけど、女王様はそれを許さなかった。それでお姫様がお城を飛び出すのよ。いろんな人の力を借りながら夢を掴む。逆に女王様は夢を叶えたお姫様を利用しようとする。自分には何もない女王様はお姫様に自己投影して、理想を押し付けていった。だったかしら。同じ母親として、女王様はクズだと思ったわ」
「え? なんで?」
「だってそうでしょ? 子供の夢を応援せずに否定するなんて。そんなの親じゃない」
「ああ、自分のことじゃないと理解できるんだ」
「どういうこと?」
「あれ? 女王様のモチーフはお母さんだよ」
「え?」
「自分ができなかったこと、華やかな人生とやらを私に押し付けようとした。有名大学へ進学させるために自由を奪ってね」
「何言ってるの? 私はり子のためを思って」
「前に言ったよね。娘の成功はあなたのものじゃないって。あの女王様もそう。お姫様の成功や夢を自分のものにしようとした。私はそんなことしてないわよ」
「娘を自分の代わりにして。それが無理なら今度は親友。娘と親友の立場が逆転したら、今度はまた娘に。あの女王様よりもよほど節操がない」
「でも、ほら、私がモチーフってことは、私のおかげで売れたってことじゃない?」
「そうかもね。だからしっかりと取材で答えておいたよ」
「え? 何を?」
「女王様のモチーフと、私とお母さんの関係を。あなたの理想を押し付けられてきたその苦しさをね」
「なんてこと」
「私たちに近しい人は気づくと思う。そして、お母さんを見る目が変わるでしょうね」
「そんなことになったら、私の評判が。ご近所さんに何を言われるか」
「何も成し遂げられなかった自分から目をそらして、娘に自己投影してきた空っぽな人生。よかったね。これからはお母さん自身が見てもらえるよ」
「そんな注目のされ方なんて」
「さようなら、お母さん。私の物語にはもうお母さんの出番はないよ」
数日後。
「り子、お願い! 今すぐSNSで否定して! 何の? 私と親友だって言ってくれるだけでいいの!」
「いや、違うけど」
「じゃないと、この炎上は収まんないのよ!」
「もういい加減諦めたら?」
「諦められるか。なんで私の夢がモデルだったの、知ってるでしょ?」
「本当には? 何が?」
「確かに学生の頃はそうだったんだと思うよ。私はそんな柚葉を尊敬してたし。だったら、こんな風に邪魔しないでよ」
「けどさ、今の柚葉って、なんでモデルに固執してるの?」
「は? さっき言ったでしょ。夢だったから」
「私にはそうは見えない。どういう意味?」
「柚葉はモデルじゃなくて、ちやほやされる自分が忘れられないだけ。だから私を使ってまで注目を浴びようとした。本当にモデルに誇りを持ってるなら、あんな方法で注目されても嬉しくないでしょう」
「それは。私が絵本作家になったのは、幼い頃に読んだ絵本に勇気をもらったからなんだけど、なんか言ってたね。学生の頃だっけ? お母さんとうまくいかなくて勉強を押し付けられて嫌になってた頃、昔読んだ絵本を久しぶりに読んだの。それで勇気をもらったって話でしょ?」
「はい。感動的ですね。聞き飽きたわよ」
「そうやって馬鹿にするからダメなんでしょ」
「は? 何が?」
「私は今もその時の気持ちを忘れてない。私が感じたように、娘にも感じてほしいと思ってる。母親だから」
「立派なことで」
「私の絵本は私自身の失敗や受けてきた理不尽を題材にしてるの。取材見たわよ。母親との確執を絵本にしたんだって。私のことも絵本にしてたもんね」
「世の中、自分が何もしなくても理不尽な目に遭うからね。これは柚葉が教えてくれたんだよ」
「どんな皮肉よ」
「だからこそ、娘や他の子供たちにはその理不尽に立ち向かってほしい。夢を叶えるために進んでほしい。そのために私は今も絵本を書いてる」
「それが何? 綺麗事を垂れ流して満足ですか?」
「綺麗事すら言えなくなったらおしまいでしょ。今の柚葉みたいにね」
「言ってくれるじゃん。誰のせいでこんなことになってるか分かってるわけ?」
「柚葉のせいでしょ」
「あんたのせいでしょ! 5年前、親友に裏切られて婚約者まで寝取られたんだよ。柚葉だけは味方だと信じてたのに。それでどれだけ傷ついたか分かる?」
「だからその復讐をしてるってこと? 全部私が悪かったって?」
「傷ついても理不尽に立ち向かう。それが私の描く絵本の主人公だからね。私が逃げたら、読んでくれる子供たちに示しがつかないわ」
「だからって、こんなの」
「ただ目立ちたいから、ちやほやされたいから。そんな理由でやってきた人とは格が違うの。友達としてじゃなくて、人としての格がね」
その後、SNSの炎上は止まらず、ネットニュースにもなった。元々低迷していた人気から事務所での立場も失っていた柚葉。そんな彼女が今までなんとかやってこられたのは、怪しい営業をしていたからだとか。今回の件をきっかけにそのことも表沙汰となり、本当に終わりを迎えた。
母も、私の取材が記事になってから、周囲の人から後ろ指を刺されるようになった。世間体を過剰に気にする人だったからこそ、その視線に耐えられず、今は家に引きこもっている。母は自分では何もできなかった人だ。そんな自分を認められず、人の功績で自分を大きく見せる。その結果、母には何も残っていない。
柚葉も、母も、私の描く絵本の悪役のように、自分たちの行動のせいで全てを失った。それこそ、私の描く絵本の悪役のように。
娘や他の子供たちがああならないよう、私はこれからも絵本で明るい未来と、理不尽に立ち向かう勇気を書き続けていく。
