静かな披露宴の後、新居で荷物を解いていた時、スマホが震えた。サトシからのLINEだった。「やっぱり、離婚してほしい」—結婚式の当日に。私は画面を二度見した。三年前、彼の母から「あなたは大手に入れなかったから、そんな中小企業で働いてるんでしょ?」と言われた時も、私はただ黙って耐えた。サトシに相談しても「俺は中立だ」と背を向けられた。それでも私は愛を信じていた。でも、式の日に「お前の態度に冷めた…

静かな披露宴の後、新居で荷物を解いていた時、スマホが震えた。サトシからのLINEだった。「やっぱり、離婚してほしい」—結婚式の当日に。私は画面を二度見した。三年前、彼の母から「あなたは大手に入れなかったから、そんな中小企業で働いてるんでしょ?」と言われた時も、私はただ黙って耐えた。サトシに相談しても「俺は中立だ」と背を向けられた。それでも私は愛を信じていた。でも、式の日に「お前の態度に冷めた...

「ねえ、結婚式って半年後にするんだったわよね」

義母の声は、柔らかい口調のわりに妙に圧力があった。私は頷きながら、準備の大変さを話題にした。

「本当に、決めることが多くて大変です」

「式も大事だけど、仕事もちゃんと頑張ってもらいたいのよ」

「仕事、ですか」

「そうよ。あなた、サトシと同じ代理店で働いてるんでしょ。私はね、女でも仕事はしっかりやらないとダメだと思ってるの。昔みたいに女は家庭に入れなんて時代じゃない。女だってキャリアを築かないと」

私は違和感を覚えながらも、とりあえず「そうですね」と返した。

「うちの息子は大手でしっかり働いてるわ。あなたはどう? 大したことない会社で働いてるんでしょ」

「そんな言い方はやめてください。会社の規模で人を判断するのは間違ってます」

「だって、あなたは大手に入れなかったから、そんな中小企業で働いてるんでしょ?」

「いいえ、私は今の会社に満足してます。それに、成果だってちゃんと残しています」

「まあ、いいわ。私はね、現状は仕方ないから、サトシの妻にふさわしい結果を残しなさいって言いたかっただけなの。なのに、あなたは現実から目をそらす人だったのね。それじゃあ仕事で成果も残せないわよね」

「勝手なことを言わないでください」

「サトシはね、今大きな仕事を取ろうと頑張ってるのよ。なのに、あなたは結婚式にかまけて。どちらもちゃんとやってると言ってちょうだい」

「私は仕事も式も、納得できるものにしたいだけです。お母さんにも、素敵な式だったなって思ってもらいたいので」

「私はそんなことより、あなたがサトシの妻にふさわしい結果を残してくれる方が嬉しいわ」

「それも、ちゃんとやってますから」

「とにかく、仕事で手を抜くことだけは許さないから。これからもしっかりチェックさせてもらうわよ」

「そういうのは、会社がやってくれてるので結構です」

一時間後、私はサトシに話しかけた。

「ねえ、ちょっと聞いてくれる?」

「なんだよ。こっちは仕事中だって言ってるだろう」

「式のこと? それなら全部お前に任せるって言っただろ。いちいち聞いてくるなよ」

「式のことで聞きたいんじゃないの。お母さんのことよ。ちょっと酷いの」

「どうしたんだ」

「私にね、『あなたの嫁にふさわしくなれ』って言ってきたの。それで、仕事で結果を残せって命令されたのよ」

「ああ、そうなんだ」

「そんなのってある? 前はそんなこと言ってこなかったのに。仕事に口出しされるのは我慢できないわ」

「お前が母さんを怒らせたからだよ」

「怒らせた? そんなことしてないわ。同居を断ったからでしょ」

「それが理由なのか?」

「だって、最初から同居はしないって言ったじゃない。あなたも分かってたでしょ」

「そうだけど、やっぱり母さんはしてほしかったんだよ。なのにお前がばっさり断るから。正直、お前の言い方も冷たかったぞ。断るにしても、言い方ってもんがあるだろう」

「変に期待を持たせたらダメだと思って、はっきり断っただけよ。それに、同居が前提なら、私は結婚だって考え直してた」

「そんなに同居が嫌なのか?」

「嫌よ。あなたも分かってると思うけど、私は家でも仕事をするタイプなの。だから家では集中したいの。そのためには、家の中に人が少ない方がいいって説明したはずよ」

「分かってるけどさ。お前から母さんに言ってくれよ。俺を敵対視するのは間違いだって」

「嫌だよ。めんどくさい。そんな争いに俺を巻き込まないでくれ」

「誤解を解いてくれればいいのよ」

「そんな時間はない。そっちで勝手にやってくれ。嫁と姑の争いなんて、男が入るもんじゃないだろう」

「味方はしてよ」

「俺は中立だ。甘えてくるなよ。それにな、もう勝手に連絡してくんなよ。俺は仕事で遅くなるから、飯は一人でよろしく」

「またなの?」

「でかい仕事を取るためなんだよ。俺はお前と違って家に仕事を持ち込まないタイプだから。どうしても帰りは遅くなるんだよ」

「分かったわ」

一週間後、兄から電話がかかってきた。

「おい、あかね。元気にしてるか?」

「何よ、急に。別に普通に元気よ」

「そう邪険にするなよ。兄貴として妹のことはいつも心配してるんだから。この前も実家で会ったばかりじゃん」

「それで、用事はなに?」

「実はお願いがあってさ。今度、式を挙げるって言ってたろ」

「うん、そうだけど」

「その話を中学からの友達にしたら、『俺たちも行って盛り上げたい』って言い出してさ」

「いやいや、さすがにそれは」

「分かってる。式には呼べないとは言ったんだ。でも、お前は俺たちの中じゃ妹みたいな存在だから、晴れ姿を見届けたいって言ってるんだよ」

「ありがたいけど、式はちょっと無理かな」

「マジか」

「その代わり、食事会を開こうよ。私だって久しぶりにみんなに会いたいし」

「まあ、そうするか」

「お兄ちゃんの仲間たちとは別で、ご飯会をするよ。もちろんお祝いとかはなしね。お返しが大変だからって言っといて」

「あいつらがそれで納得するかな」

「いざとなったら、お兄ちゃんがきつく言えばいいでしょ」

「まあ、そうか。分かった。食事会をするって伝えておくわ」

「お願いね」

結婚式当日。披露宴を終え、私たちは新居に戻るはずだった。

「サトシ、今どこにいるの? 早く帰ってきてよ。確認やらお礼やら、やることが山積みなんだから」

「あかね、俺、そっちにはもう帰らないよ」

「は? 何を言ってるの?」

「式直後で悪いけど、やっぱり離婚してほしい」

「何をわけのわからないことを言ってるの? こんなタイミングで離婚なんてあるわけないでしょ」

「ごめんな。でも、やっぱり無理だと思ったんだ」

「どうしてよ? これからこの新居で、二人で幸せに過ごすんじゃなかったの?」

「お前の態度に、俺は冷めたんだ。もう顔も見たくない」

「何それ?」

「母さんに対して冷たかっただろ。あんなことをする奴と結婚生活なんて、やっていけるわけがないだろう」

「あの人が、式の前でも仕事のことを聞いてきたから、今は結婚式に集中させてほしいと言っただけよ。それの何が悪いの?」

「俺たちのことを心配して聞いてくれたんだろう」

「いいえ、全然違うわ。あの人は世間体を気にしてただけ。そして私に嫌味を言いたかっただけよ。自分の息子の嫁はエリート社員ですって、周りに自慢したいだけの人よ。結局、自分のことしか考えてないの。同居を断られたから嫌がらせをしてくるような人だから、仕方ないと思うけどね」

「人の親によくそんなことが言えるな」

「それだけ、こっちは色々と食らってるのよ。あなたに言ってないこともたくさんあるんだから」

「言えばいいだろう」

「『関わりたくない』って言ってきたのはそっちでしょ。だから私はずっと我慢してきたのよ。それなのに、式場でもあんなことを言ってきた。うちの親も来てるのに、お構いなしに。だから注意をしただけ。それで嫌われるなんて、ありえないわ」

「お前のそういう気の強いところも、俺はもう受け入れられないんだよ。マジでとんでもない地雷女に引っかかったぜ」

「地雷? 私がそうなの?」

「お前と一緒にいても、こっちには何のメリットもないんだ。だから離婚するんだよ」

「信じられない。その程度の気持ちなら、プロポーズなんてしないでよ」

「お前の本性を知らなかったんだから、仕方ないだろ。もうちょっと融通の利く性格だと思ってたよ。こっちは騙された気分だ」

「私が悪いって言うの?」

「そうだろうが」

「ああ、もういいわ。話にならないから。だったら離婚よ」

「そっちに離婚届を送るから、サインして役所に出しとけ」

「本当にいいのね」

「ああ、マジで頼む」

十分後、電話が鳴った。相手は義母だった。

「サトシから離婚を突きつけられたみたいね。これもあなたの差し金ですか?」

「いいえ、サトシが決めたことよ」

「でも、式の当日に離婚するなんてありえないことよ。ギネスに申請したら登録してもらえるんじゃない? 式からの最短離婚記録としてさ」

「そんなこと、わざわざするつもりはありませんよ。不名誉すぎますから。こちらとしては離婚は喜ばしいことではないですが、あなたと縁が切れるのは嬉しいことだと思ってます。これでもう、あなたの嫌味を聞かずに済みますからね」

「私はこの世の真実を伝えていたのよ。あなたからしたら、耳が痛いことだったかもしれないけどね」

「私が聞く限り、真実なんてなかったですよ。偏った考えを押し付けられてただけです」

「もうこんな話をするのは不毛ね」

「確かにそうですね。これからサトシはとっても幸せな人生を歩むことになるわ。お願いだから、邪魔したりしないでね」

「そんなことするわけがないでしょう」

二週間後、私はサトシに連絡を取った。

「ちょっと、いいかしら」

「はあ。なんだよ。もう離婚は成立済みだぞ。俺たちは何の関係もないんだ。なのに、なれなれしく連絡してくんなよ」

「こっちだって、あんたと連絡なんて取りたくないわよ。でも、せざるを得ない状況になったの」

「なんだよ、それ」

「あんたに慰謝料を請求しようと思って」

「慰謝料? 何をわけのわからないことを言ってるんだ」

「離婚の原因を作ったのがあんただから、払ってもらいたいのよ」

「いいか、俺たちは合意の上で離婚したんだ。どっちが悪いとか、そういうことじゃない。言い出したのは俺かもしれないが、お前も納得したんだからな。俺に構ってほしいのかもしれないが、ちょっかいを出してくるなよ」

「そんなことしないわよ。事実があったから、それについて請求をするだけよ」

「なんだよ、あんた」

「私以外に女を作ってたみたいね」

「は?」

「正直、ちょっと怪しいなとは思ってたのよ。仕事に忙しくて全然家に帰ってこないからさ。でも、そんなの調べる気力もないくらいに忙しいから、放っておいたのよ。だから証拠もないまま離婚ってなってさ。でも、そうしたら有力な証拠が向こうからやってきたのよ」

「どういうことだよ」

「あんたの浮気相手の子って、ユカって言うんだって」

「何のことだか分かんねえな」

「ああ、もう。そういうのはいらないから、言い訳もごまかしも必要ないよ。だって、浮気してたって証言してくれたのは、そのユカって子なんだから。三日前に、突然ユカさんから連絡があったのよ。あんたの携帯を使って私のLINEを手に入れたみたい。それであんたとどんな風に会ってたかとか、自分が嫁にふさわしいだとか、自慢げに送ってきたわ。あのバカ、勝ち誇った感じでマウントを取ってきてたわよ。私としては、不倫の証拠をペラペラ喋ってくれて、ありがたいだけだったけどね。会社の後輩さんなんだってね。結婚もするって言ってたけど、本当なの?」

「それは……まあ」

「あら、じゃあおめでとうって言っておこうかしら。でも、その前に私への慰謝料の支払いはきっちりやってもらうからね」

「ちょっと待ってくれよ。いきなりそんなこと言われてもさ」

「私はあんたからいきなり離婚を申し出られても、対応してあげたでしょ。だったら慰謝料くらい、さっさと払ってよ」

三日后。私の兄が、サトシの家を訪ねていった。

「お前、とんでもないことをしてくれたな」

「お兄さん、どうしたんですか?」

「お前が何をしたか分かったからよ。どうしても一言言わせてもらいたくてな」

「これは夫婦の問題ですよ。いくらお兄さんと言っても、口出しは無しです」

「人の妹を騙して、他に女を作っておいたくせに、偉そうなことを言ってくれるんだな」

「色々あったんですよ。母とあかねの仲が悪くて、俺はその間に挟まれて苦しかったんです。そんな時に俺に優しくしてくれたのが、ユカだったんですよ。見た目も可愛いし、好きだって言ってくれたんです。そんな風に言ってくれるのはユカしかいませんでした。俺だって不倫したくてやったわけじゃない。でも、あの時の俺には必要だったんです。じゃないと、精神がどうにかなりそうで」

「ふざけたことを抜かすな。お前はあかねが困ってる時に、平気で見捨ててたじゃねえか。何が『間に挟まれてた』だ。関わらないように逃げてたくせに。適当なことを言ってんじゃねえぞ」

「そもそも、あいつが同居を断らなかったら、こんなことにはならなかったんだ。最初からお前が同居する可能性があると言っておけば、揉め事すら起きなかったんだよ。お前が説明をしなかったことが、全ての原因だ」

「人のせいになんてするんじゃねえ」

「もう、終わったことですよ」

「まあ、そうだな。でも、本当に終わらせるためには、お前は落とし前をつけないといけねえよな」

「落とし前?」

「慰謝料だよ。お前、聞くところによると支払いを渋ってるらしいな」

「お金がないんですよ。払えないから、無理だと言ってるだけです」

「そんな理屈が通用すると思うなよ。大人なら責任を取れ」

「俺は何も悪くないのに、どうして金を払わないといけないんだよ」

「てめえ、逆切れか」

「これ以上、俺を刺激しないでもらえますか? 俺は一度切れたら手がつけられないんです」

「俺の妹がどうなってもいいのか?」

「お前、あかねに手を出すってのか?」

「このままだと、そうなりますよ」

「分かった。今からお前の家に行くわ。俺の仲間を連れてって、手を出したらどうなるか分からせてやるよ」

「安心しろよ。大人数でやるなんて卑怯な真似はしねえ。あくまでもタイマンでやってやる。ただ、俺も一度切れたら止まらないからな。間に入ってくれる仲間が必要だろ。だから連れてく。そいつらは、お前のセーフティネットになってくれるからよ」

「もしかして、お兄さんは元ヤンキーだったんですか?」

「ああ、そうだよ。喧嘩じゃ負けたことはないって感じだな。まあ、こんなの何の自慢にもならない。でも、妹を守るためなら、俺は何でもやるぞ。お前はその覚悟を持ってるんだろうな」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

「喧嘩する度胸もねえのなら、俺を刺激すんなよ。こっちは家族を守るためなら何でもやるっていう覚悟があるんだからな」

「すみません。もう、こんなことは言いません。慰謝料についても、きちんと話し合いをします。だから、勘弁してください」

「約束だぞ。必ず慰謝料を払え。そして、あかねに変なことをしようとするな」

「分かりました」

「あと、二度と俺の前に現れるな。お前のために言ってるんだぞ。痛い思いをしたくないだろ」

一週間後、今度は義母から電話がかかってきた。

「あかねさん、本当にごめんなさい。うちの息子があなたに不快な思いをさせてしまって」

「え、何ですか?」

「どうしても、あなたに謝りたいと思って」

「別に、あなたに謝ってもらいたいとは思ってません」

「でも、そうしないと私の気が収まらないの」

「ああ、そうですか。じゃあ、謝罪を聞いたので、もう終わりでいいですね」

「慰謝料のことなんだけど、ちょっとだけ少なくしてくれないかしら」

「やっぱり、そういうことですか。どうせ、サトシに頼まれたんでしょ」

「違うの。本当にお金に困ってるのよ」

「どういうことですか?」

「実は、結婚をするにあたって、ユカさんが我が家に住むことになったのよ」

「良かったですね。念願の同居じゃないですか?」

「全然良くないの。突然仕事をやめて、もうわがまま放題で。こんなに変な子だなんて思わなかった。私もサトシも、正直お手上げ状態なのよ」

「厄介そうな子だなとは思いましたけど、まさかそこまでとは」

「もう金遣いも荒くって、勝手にカードで色々買っては、私たちに払えって要求してくるの。無視したら暴れて、手がつけられないのよ。それで、どんどんお金がなくなっててね」

「だから、私に減額をしろと言ってきたんですね。無理に決まってるでしょ。それに、あなたにも悪いところがありますよ。私、ユカさんとサトシが不倫してたの、知ってたでしょ? それも、全部ユカさんから聞いてますからね。大手に勤める息子が結婚できるって喜んでたみたいじゃないですか。まさか、こんな人だなんて思わなかったのよ」

「そんなの知りませんよ。少なくとも、あなたは内面なんて何も言ってなかったでしょ。エリートであればそれでいい、って言ってたんですから。それに、話を聞く限り、私はお似合いだと思うんですけどね」

「どこがよ」

「自分勝手でわがままなところが、サトシとそっくりですよ。本当にサトシにふさわしいお嫁さんだと思いますから、どうか皆さんでお幸せになってくださいね。もちろん、慰謝料はしっかりと払ってもらいます」

また一週間後、今度はサトシからLINEが届いた。

「やってくれたな」

「あれ? 何の連絡? このLINEは、慰謝料とか手続き系の話以外はしないって約束だったはずよ」

「お前と一緒だよ。『せざるを得ない状況』ってやつだよ」

「何かあったの?」

「俺は、長年準備してたクライアントとの仕事をお前に奪われたんだよ」

「ああ、その件」

「俺が時間をかけて準備してたのは知ってただろう。よくもこんなことができないな」

「別にいいでしょ。この業界、仕事は取り合いなんだから。文句なんて言われる筋合いはないわ」

「最低の嫌がらせだな。俺が頑張ってた仕事を奪って、気分がいいのか?」

「勘違いしないでよね。こっちは、あんたが頑張ってる仕事だから取らないように遠慮してたのよ。そもそも、この仕事はコンペで、向こう側に選ばれないと仕事はもらえないの。コンペに参加しないかってお誘いは、私ももらってたのよ。でも、あなたが頑張ってるのを知ってたから、出さないようにしてたの。夫から仕事を奪うなんて、しない方がいいからね。でも、あんたとはもう夫でも何でもなくなった。だから遠慮なく、自分の作品を出させてもらっただけ。それに対して文句を言われる筋合いなんてないわ」

「出世がかかってたんだぞ」

「そんなの知らないわ。だったら採用されるように、質のいいものを作ればよかったじゃない。それができなかったのを、私のせいにするわけ?」

「俺には金が必要なんだよ。お前への慰謝料の支払いだってそうだし。ユカはバカみたいに金を使いまくるしさ」

「だったら、他の仕事を頑張りなさいよ。仕事で結果を出せば、出世だってできるでしょ」

「簡単に言うなよ」

「確かにそうね。大きな仕事は基本的に私がやっちゃってるからね。あんたが必要とされることはないでしょう」

「調子に乗りやがって。俺はお前のそういう偉そうなところが嫌いだったんだよ。仕事ができることを鼻にかけやがって」

「出会った時は、そんな私のことを好きだって言ってくれてたのにね。いつの間にか百八十度変わっちゃったみたいね」

「お前が変わってしまったから」

「変わったかもね。でも、あんたも変わったわよ。お互い変わったんだから、そこはチャラでしょ。というか、変化も楽しめないような関係なら、どっちにしても長くは続かなかったわ。そもそも、あんたは私に何を求めてたの? どうして結婚しようと思ったのよ」

「それは……」

「どうせ深く考えずに、その場の思いつきで結婚しようと思っただけでしょ。同居のこととか、後からコロコロ考えが変わってるところから分かるわ。あんたは結局、何にも考えてないのよ。そんな無責任な人間だから、家庭がめちゃくちゃになってるの」

「俺が悪いって言うのかよ」

「そう言ってるの、伝わってないでしょ。それと、お母さんに『肩書きばっかり求めてくるのは見当違いだ』って言っといてくれる? 他の業界がどうか知らないけど、広告業界において肩書きとか役職は大した意味がないのよ。一番大事なのは実力とセンスだって言っといてね」

「なあ、助けてくれよ。もう俺は限界なんだ」

「何が?」

「母さんとユカの関係が、もう最悪でさ。最悪のことが起きるんじゃないかって思ってるんだ」

「私には何もできないわよ」

「相談に乗ってくれるだけで構わない。頼むから、俺の話を聞いてくれよ」

「いやよ。私を巻き込まないでくれる? 私は中立だから。「中立」って言葉の意味は、あんたなら分かるわよね。無関心ってことよ。自分でなんとかしてね」

それから、サトシは他の仕事で成果を上げようとしたらしいが、結果は出なかった。社内での立場もどんどん悪くなり、家庭でのストレスも重なって、同僚や部下に対して厳しい発言や嫌みを言うようになった。結果的にそれが問題となり、パワハラで解雇されることになった。

同じ時期に、ユカと義母はお金の使い道で激しい口論になり、それが大喧嘩に発展して警察沙汰になった。話し合いの末、ユカとは離婚が成立した。しかし、重なるストレスのせいで義母は体調を崩し、今は通院と薬で生活しているという。昔のような元気さは、もう見る影もないそうだ。

全てを失ったサトシは、私の待ち伏せをして助けを求めてきた。だが、その時はたまたま近くに兄がいてくれたので、二人でサトシを撃退した。サトシは恐怖のあまり、その場から泣きながら逃げ出し、それから二度と姿を見せなかった。

一方の私は、今の仕事を続けている。一人暮らしになったことでより仕事に集中できるようになり、どんどん結果を残せるようになった。将来的に再婚をするかどうかは、今は考えられない。例えするとしても、外側だけを見ずに、相手の本質をしっかりと見定めてから決断したいと思っている。

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