「しじ、そろそろ帰ってくる? 晩ごはん作ったけど、冷蔵庫に入れとこうか?」
「あー、いや、いいわ。」
「『いや』ってどういうこと? どっち? すぐ帰ってくるってこと?」
「いや、帰らんってこと。」
「え、残業?」
「そういうんじゃなくて。……ああ、なんかもう気を使うのもめんどいな。」
「さっきから何言ってるの?」
「俺、香りとは離婚するわ。」
「え、ちょっと待って。何言ってるの?」
「正直、お前の相手をするのだるかったんだよ。いちいち機嫌を伺うのもだるい。」
「何言ってるの? 私たち、夫婦でしょ?」
「そうだけど。」
「つまり……どういうこと?」
「理解力なさすぎだろ、お前。そんなんでよく自分の会社を経営できるな。バカなのか?」
「ちょっと待って。さっきから何なの? なんでそんなひどいことを言うの?」
「まだわかんないのか。俺はお前と好きで結婚したんじゃねえから。」
「どういうこと?」
「お前じゃなくて、お前の持ってる金が好きで結婚したんだよ。」
「お金?」
「そう。社長のお前と結婚すりゃ、贅沢三昧できると思ったのに。なんか金の管理は全部お前だし。金持ちのくせにけちけちしてるし。当てが外れた。だから離婚する。そういうこと。」
「そんな……」
「お前と一年も夫婦やって我慢してたけど、さすがにもう限界だわ。好みでもない女と生活するとか、普通に無理だろ。」
「そんな……」
「お前と離婚すれば、財産分与で半分もらえるじゃん。前に見たけど、お前の口座、二億くらいあったし。」
「これが目的なの?」
「気づいたとき、俺って天才かと思ったね。こんなことならもっと早く離婚しとけばよかったわ。無駄に一年も我慢して時間を無駄にした。」
「最低……」
「最低でも何でも、日本の法律で決まってることなんで。文句があるなら、俺じゃなくて国に言えよ。」
「最低なのはそこじゃないから。お金のために結婚したのが最低だって言ってるの。それに気づかないお前が悪い。ま、俺はお前の理想の男らしいし。そんな俺と結婚して一年とはいえ、いい思いをしたんだろ。その報酬をもらうだけ。ウンウンンってやつだろ。」
「信じがこんな人だと思わなかった。今までの優しい信じは、嘘だったの?」
「ああ、嘘というか、演技。演技だよ。お前に気に入られるために、こっちも努力したんだぞ。理想の男性像とか、いい年して痛い理想を持ってたからな。それに合わせて、見た目も話し方も全部作った。」
「じゃあ、私が見てた信じって……」
「お前が勝手に見てた信じなんて存在しない。お前の妄想通りの男とか、現実にいねえから。そんな夢みたいな話は、寝てる時だけにしろよ。」
「信じは私を騙してたんだね。」
「お前が勝手に騙されただけだよ。ま、そういうわけだから、さっさと離婚して一億くれな。」
翌日。
「ねえ、香り。本当に大丈夫?」
「真衣……昨日はごめんね。夜、連絡もなしに家に行っちゃって。私の方が年上なのに、情けない姿を見せたし。」
「いいって、いいって。私は香りの親友なんだから。てか、信じ君、マジでさっ。昨日、香りの話を聞いただけでもムカついたもん。」
「真衣、なんか私よりも怒ってたよね。」
「当たり前でしょ。私の親友を泣かすとか、マジで許せない。」
「私のために怒ってくれて、嬉しかったよ。」
「だから、そんなの当たり前でしょ。……てか、私もなんかごめんね。」
「なんで真衣が謝るの?」
「だって、信じ君を香りに紹介したの、私だし。」
「それはそうだけど、真衣は悪くないでしょ。」
「でもさ、信じ君があんなクズだって知ってたら、紹介してなかったよ。」
「そこはね、きっと猫をかぶってたんだよ。」
「それはそうかもね。他人にいい顔して、裏では悪いことをしてるんだよ。」
「……悪いことねえ。」
「真衣? うん? 何?」
「やっぱり、私がバカだったのかな?」
「どうしたの? 急に。」
「だって信じと初めて会ったとき、私、理想の男性だって浮かれちゃって。それこそ、こういう人がいいなって思ってた人だったから。見た目も話し方も考え方も全部。」
「それは私が香りの好きそうな人を紹介したわけだし。でもそれって、香りは悪くなくない? 人間、誰だって理想の人がいたら舞い上がっちゃうよ。」
「私ね、本当に幸せだったの。信じと結婚して、これから子供も……なんて思っちゃって。」
「……本当、見る目ないんだな。」
「だから、香りは悪くないって。そういう香りの気持ちを利用したあいつが悪いの。」
「真衣……ありがとう。」
「マジでムカつくよね。離婚だけ、さっさとしちゃいなよ。」
「でも、なんか信じの言いなりみたいで悔しくて。」
「それはわかるよ。夫婦だったからって一億取られるのは悔しいし。でも、このまま夫婦を続けてても、いいことなくない?」
「それはそうでしょ。それに、私は弱ってる香りとか見たくないよ。真衣、香りは仕事もできて、自分の意見をはっきり言えて、私のかっこいい親友なんだから。だから香りには、こんなことは忘れて元気になってほしい。」
「……ありがとう。真衣のおかげで、私も決心ついたかも。」
「そう。香りはそうじゃなくっちゃ。」
「もちろん私はこれからも香りの味方だからね。何かあったらすぐに連絡ちょうだい。どんな小さなことでも、絶対に力になるから。」
「うん。真衣。本当にありがとう。」
一週間後。
「なあ、香り。財産分与の一億って、振り込みはいつになったらできるんだ? 支払いが溜まっててさ。早くしてくれないと困るんだけど。」
「財産分与は一旦置いとくとして。支払いって何?」
「いや、それがさ。お前と結婚したら一億入るじゃんって気づいてから、借金がやばいんだよね。」
「借金って……一応聞くけど、いくら?」
「ああ、数ヶ月前からちょくちょく増えて、今はざっと二千万くらい。」
「二千万? なんでそんな余裕そうなの? 信じの給料じゃ、二千万を返すのに何年かかるか。」
「どうせすぐに一億入るじゃん。」
「バカすぎる。私との生活中は、そこまで散財してなかったよね。」
「それはお前が財布の紐を握ってたからだろ。てか、前から借りてるから、一応は結婚期間中の散財がメインだぞ。」
「そういう揚げ足取りはいいから。というか、二千万も何に使ったの?」
「え? 彼女?」
「彼女? あ、ちょっと待って。驚きの新事実が出てきたんだけど。それって不倫してたってこと?」
「好みでもないお前との生活を一年もするのはきつかったし、好みの女と遊ぶのは必須だろ。」
「何言ってるの? こいつ、本当に理解できない。」
「基地外の言語やめてくれる?」
「基地外の日本語だろ。」
「うまいこと返したつもり?」
「うっせ。事実、うまい返しだっただろうが。てか、お前よりも若いし可愛いしで、いい女だぞ。」
「そうですか。じゃあ、慰謝料を請求されてもいいってこと?」
「慰謝料とか、相場で言えばせいぜい百万とか二百万だろう。お前の貯金って二億ぴったりじゃないよな。まあ、二億ちょいで一千万くらいはあるけど……なら問題なし。半分もらった分の端数で払えるじゃん。財産分与の時に、慰謝料は適当に引いといてくれ。」
「本当に最低。」
「はいはい。聞いたよ。ま、そういうわけだから、彼女に貢いだ分も回収したいしな。振り込んでくれよ。」
「あのさ、さっきから何言ってるの?」
「何が?」
「そもそも、私は離婚しませんけど。」
「あ? はあ?」
翌日。
「そういえばさ、離婚って結局どうなったの?」
「私と信じの?」
「うん。」
「離婚しないことにした。」
「へ? なんで?」
「いや、真衣が言ってくれたんでしょ。かっこいい親友に戻ってほしいって。」
「言ったけど……じゃあ、離婚するべきじゃない? ああいうクズと結婚生活を続けて、どうすんの?」
「真衣が言ってた通り、私も悔しいなって思ったの。」
「悔しい? そのままお金を渡すのがってこと?」
「そうそう。だから、ここは一つ、徹底的にやろうかなってね。」
「さすが香り。ってことは、離婚しないのにも理由があるんだ。ねえねえ、教えてよ。親友なんだし、いいでしょ?」
「それはいいけど……で、離婚しない理由だったっけ?」
「そう。一体どんな狙いがあるの?」
「離婚ってさ、そんなに簡単なことじゃないのよ。」
「簡単じゃない?」
「私が離婚を拒否したら、どうなると思う?」
「そりゃ、信じ君は困るんじゃない? 財産分与が欲しくて離婚するわけだし。でも、信じの側からは離婚できないの?」
「なんで?」
「今回の離婚で、私には過失がないから。」
「だから、なんで? なんかドラマとかだと、結構簡単に離婚してない?」
「ああいうのは、離婚を申し込まれる側に問題があるんだよ。」
「ああ、そうかも。」
「仮にどうしても信じが離婚したいなら、裁判を起こすしかないんだよ。だって、私は離婚届にサインしないから。」
「裁判って、やばくない?」
「さっきも言ったけど、私には過失がない。だから裁判になっても負けないし、仮に離婚になるにしても、かなり時間がかかる。」
「それはなんとなくわかるけど……そうなったとして、何かいいことあるの?」
「今回ね、信じは私に黙って二千万も借金してたんだ。」
「二千万も?」
「そう。で、これはかなり問題があってね。出費の詳細を出せれば、財産分与の割合を有利にできる。半分も持っていかれないで済むってことよ。」
「ってことは、離婚せずに時間を稼いでる間に、証拠集めってこと?」
「そういうこと。」
「ああ、納得。ちなみになんだけどさ……何? いや、信じ君もそこまでバカじゃないでしょ。なんかこう、対抗策を取られたら困るみたいなのってないの?」
「ああ、それね。一応あるにはあるけど……ま、真衣相手なら言ってもいいか。私の親友だもんね。」
「そうそう。私は親友だから。」
「えっとね、もし仮に信じがこっちの動きに気づいて、二千万の出費の詳細を隠すと。生活費だったりに使ったってされると、まずいの。」
「出費を隠すって、具体的には?」
「そうだな。結構シンプルな方法だけど、通帳履歴を消すとか。」
「通帳履歴を消す? それって物理的に?」
「そうだね。シュレッダーにかけて、新しいのを発行してもらうとか。そうなると、入金先とかが見えなくなるから、証拠の立証が難しくなるって流れかな。ま、信じの様子からして、思いつかないと思うけど。」
「そっか。じゃあ安心だね。ああ、よかった。これで私も一息つけるよ。」
「真衣、心配してくれてるの?」
「あったり前じゃん。でも、香りがいつもの香りに戻ってよかった。これなら信じ君の好きにはできないし。」
「そうだね。真衣、ありがとうね。」
「いいってことよ。じゃあ、私はちょっと用事があるから。うん。またね。」
二週間後。
「香り。改めて言うぞ。俺と離婚しろ。」
「改めて言ってくれてありがとう。いいよ。」
「は? 今、いいよって言ったか? マジで?」
「マジで。」
「よっしゃあ!」
「喜んでくれて何より。おかげでこっちも準備はできたし。」
「もういいよ。準備? 笑わせるな。」
「何が?」
「お前の考えなんて、俺には全部お見通しなんだよ。離婚を長引かせて、出費の証拠を掴む気だったんだろ。」
「え、なんで知ってるの? もしかして信じって、私が思ってたより頭いいの?」
「自分で言うのもなんだが、最近の俺は最高にさえてるんだよ。天才さ。」
「そうなんだ。じゃあ、その天才さんは何をしてたの?」
「聞いて驚け。お前が掴むはずだった証拠は、全部隠滅した。」
「どうやって?」
「通帳はシュレッダーにかけて、新しく発行した。」
「なるほど。それで?」
「それで強がんなよ。お前が手に入れるはずだった証拠はなくなったんだ。これで財産分与の一億はもらったな。」
「勝ち誇ってるところ悪いんだけどさ、こんなことしても意味ないよ。」
「は? 意味ないって、何だよ。」
「通帳を物理的に切り刻んだからって何? 銀行には履歴がきれいに残ってるでしょ? データとして。あ、というか、うちの弁護士が銀行から履歴の紹介結果をもらってるよ。」
「はあ?」
「ってことはつまり、無断で二千万の借金を作った証拠があるってこと。まあそもそも、財産分与の計算も間違ってるけど。」
「間違ってるって、どういうことだ?」
「私の資産は、基本的に特有財産ってやつなの。」
「特有財産? 何それ?」
「個人の特殊な技能で作った資産ってこと。これでも社長だから、特殊な技能に含まれるの。この特有財産は、共有財産には含まれないんだよ。」
「えっと……じゃあ、最初から一億も俺には入ってこなかったってこと?」
「そうだね。入るとしても、せいぜい一千万くらいじゃない?」
「そんなバカな。」
「その一千万についても、まあ入らないけどね。財産分与ね。私が有利になる証拠があるから。」
「すみません、香りさん。」
「何でしょう? 信じさん。」
「そうなると、その俺の手元に入ってくる財産分与の額って……弁護士の方の話だけど、二千万の借金はかなり大きいし、分与額を上回ってるから、せいぜい三割だって。」
「一千万の三割。三百万だってさ。ついでに、そこから慰謝料が引かれるのを忘れないでね。」
「嘘だろ? こんなの、話が違う。」
「話が違うって、何が?」
「あ、いや……その……今回の慰謝料はまだ確定してないけど、まあ、百万くらい残ればいい方でしょ。」
数日後。
「信じへの慰謝料を決定したよ。百万ね。財産分与は前に伝えた通りだから。手元に残るのは二百万ってことで、よろしく。」
「よろしくじゃねえよ。どうすんだよ、これから。」
「二百万残るだけ、ありがたいと思ってよ。そんな残金もらって、どうする? 借金が二千万あるんだぞ。二百万引いても千八百万だ。」
「それはその自業自得というやつでは?」
「そうかよ。そうだな。俺が調子に乗って二千万も借金したのが悪いな。」
「ああ。はい。そうですね。」
「でもさ、こんなことになるなんて思わなくて。」
「人生って、そういうもんだよね。頑張れ。」
「くそ……こんなことなら、あんな女に貢がなきゃよかった。」
「そういえば、その『あんな女』さんはどうしたの?」
「俺が借金まみれになるって知って、さっさと俺を切って音信不通になったよ。」
「そうなんだ。ひどい女だね。」
「本当にな。マジで最低最悪のクズだよ。」
「あ、それって自己紹介だったりする?」
「ふざけられる状況じゃねえんだよ、なあ香り。頼むよ。助けてくれ。」
「あのですね。今までのご自分の言動をお忘れですか?」
「確かに俺はお前にひどいことをしたけど、ここまでされるようなことか? 俺はお前の理想の男だったんだろう。お前さえよければ、また理想の男に戻ってやる。」
「あ、結構です。」
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ。」
「あのさ……私、あなたとの結婚生活は幸せだったよ。仕事をしてる時も、ご飯を作ってる時も、いつも信じのことを考えてて。今何してるかな、このおかず好きかな、って。信じはいつも優しかったよね。私が作ったご飯を美味しいって食べてくれて、休みの日は一緒にお出かけとか言って。本当に幸せだった。」
「なら、またやり直そう。俺たちの幸せな日々を、今からでも。」
「でも、それを壊したのは信じだよね。信じからすれば、最初から嘘だったんだろうけど。私からしたら、本物の幸せな生活だった。それを壊された時、私がどれだけショックを受けて、あなたに失望したか。」
「でも、お前が望むなら、俺はまた理想の旦那に……」
「演技だってわかって、前と同じように過ごすとか無理。」
「そこはほら、目をつぶっていただいて。」
「できません。それに、奪われた幸せはもう帰ってこないの。」
「香りは優しい女だろ。今さら俺を見捨てるなんて、しないよな。」
「『妄想通りの男なんていない』だっけ? ああ、本当にその通りだと思う。だって、私はもうあなたを助けたいとは思わない。あなたの言う、あなたに優しい私は、もうただの妄想の中だけの女になったんだよ。」
数日後。
「真衣。信じとのこと、決着ついたよ。」
「そうなんだ。良かったね。」
「本当にね。次は真衣の番よ。」
「あ、私の番って何? どういうこと?」
「私さ、信じから離婚を言い渡された時、ちょっと変だなって思ったんだよね。」
「変? 何が? 信じ君がただのクズなだけでしょ。」
「信じがクズなのはそうだけど。信じが言ってたのよ。私の理想の男になるために努力したって。」
「そんなこと言ってたんだ。あのクズ男も、クズなりに色々やってるんだね。でも、それがどうしたの?」
「私、理想の男性像って、真衣以外に言ったことない。」
「え、そうかな? ……ああ、そういえば私が信じ君に言ったかも。ほら、香りを紹介する時に。」
「私が信じを紹介された時には、信じは私の理想の男性像通りの人だったけど。」
「そうだっけ? ごめん、もう覚えてないや。」
「じゃあ、あれって私が真衣に教えたよね。信じが取れる対抗策。」
「うん、そうだね。教えてもらった。」
「全部同じ行動を、信じがしてたんだけど。」
「いや、でもさ、それって偶然じゃない? ほら、信じ君も切羽詰まってたみたいだし。調べたりして気づいたとか。」
「あの対抗策って、嘘なんだよね。調べようが弁護士に相談しようが、あんな方法を教えられるわけない。だって、何の意味もない行動なんだから。」
「えっと、それは……」
「真衣にしか伝えてないことが、二度も信じに筒抜けだった。対抗策の話については、ついこの間のことだよ。さすがに覚えてないってことはないよね。」
「ああ、もう本当に最悪。香りってさ……変なところで鋭いよね。」
「それは認めるってこと?」
「そうだね。ついでに聞くけど、信じの若い彼女ってさ、真衣のことでいいんだよね。」
「それも気づいてたんだ。」
「そりゃ、ここまでわかればね。」
「さすが香り。私の親友やるじゃん。」
「なんで、こんなことしたの?」
「なんで? なんでって……そんなこともわかんないの? マジでバカ。」
「どういうこと?」
「あんたさ、なんで私が親友してたか、わかってる?」
「わかんない。」
「あんたみたいなブスを隣に置いてたら、私の引き立て役になるからよ。」
「それって、学生時代からずっとってこと?」
「二人並んだら、あんたみたいな引き立て役じゃないと、あんたみたいな奴を相手にしないって。」
「そうなんだ……」
「てか、マジで色々と手遅れね。手遅れって。信じに貢がせたブランドも車も、もう私のものよ。あいつは借金を背負ったみたいだけど、私は無傷。一億が手に入らなかったのは残念だったけど。まあ、私の勝ち逃げだよね。」
「最低だね。」
「うっさいんだよ、バカ。」
「口はある。あと『うっさい』の『う』に濁点をつけるの、何? なんかそれ、バカっぽいよ。」
「私の引き立て役のブスが口応えすんな。しかも急に会社を作って成功とか、なめてんの?」
「なるほど。それが……同期の自分が見下してた私が上になるのが、嫌だったんだ。」
「上? 金を持ってても、女としてはあんたは下だろ。信じにも相手にされないブス女が。」
「確かに、私よりも真衣の方が見た目はいいよね。けど、中身は真衣の方がブスでしょ。」
「はあ? 負け惜しみですか?」
「そう思うなら、そう思ってていいよ。」
「はいはい。どっちにしろ、私はもう関係ないから。あんたは旦那と親友に裏切られて、信じは借金まみれ。」
「そうだね。私はあんたらと違って、何にも失ってない。それどころか、信じに貢がせた分だけ得してる。」
「信じとは、一応付き合ってたんでしょ? もういいの?」
「私はあいつから貢がせたものだけで十分。役立たずな彼氏も、腹立つ親友も、全部いらない。私はこのまま勝ち逃げさせてもらうから。じゃあね。」
一週間後。
「ねえ、香り。あんた、これ知ってたの?」
「これとは?」
「なんか請求書が来てんのよ。」
「そりゃ来るでしょ。」
「なんで?」
「だって、したでしょ? 借金。」
「は? 私は借金なんてしてないわよ。」
「したでしょ? 信じの連帯保証人になってたんだから。」
「それは確かになったけど……って、何?」
「あいつは逃げたの? 別に行方をくらましたりしてないよ。」
「だったら、なんで?」
「今の信じの状態から考えればわからない? 千八百万も払う支払い能力がないのよ。だから、私に返済しろって。連帯保証人って、そういうもんだから。」
「そんなこと言われても、私も払えないんだけど。」
「払えるでしょ。」
「はあ? 千八百万なんて無理だから。」
「いや、信じにもらったブランドとか車。それを売れば、全額は無理でも、ある程度は払えるよね。」
「いや、これは私のものよ。なんで信じのために、私が売らないといけないのよ。」
「元はと言えば、それは借金から買ったものじゃないの?」
「それはそうだけど……てか、ちょっと待って。あんた、こうなるってわかってたの?」
「信じの給料じゃ、千八百万も借りれないなら、連帯保証人を立てるか、担保を入れるしかない。『一億入るから』とか言って、軽い気持ちで連帯保証人になったんでしょ。」
「そこまでわかって……」
「まあでも安心して。真衣一人が全額を払うことには、多分ならないから。持ち物を売っても足りないだろうし。ただ、六十パーセントくらいは払わないとダメだよ。」
「千八百万の六十パーセント? それっていくら?」
「ざっと千八十万。」
「はあ……」
「とはいえ、大部分は払えるんじゃない? ブランドと車を全部手放せば。」
「だから嫌だって。」
「できないなら、借金を背負うだけだけど。」
「それも嫌。」
「わがままだなあ。香り? はい。」
「はい。あんた、私の親友でしょ。それにあんたは二億持ってるんだから、余裕で払えるよね。私の代わりに払ってよ。」
「私さ、真衣のことは大事な親友だと思ってたでしょ。」
「なら、でも、その関係はもう終わったよね。真衣の裏切りが原因で。」
「それはでも、前も言ってたでしょ。かっこいい親友に戻ってほしいって。」
「言ったかもね。裏切った信じとの離婚を即決で決める、かっこいい親友。そのかっこいい親友はさ、親友に裏切られた時、どうすると思う?」
「え? その、きっと助けると思う。」
「うん。旦那をスパッと切る親友だもん。きっと元親友も、スパッと切るよ。だって、かっこいい親友の私は、そうするから。」
「ちょっと待ってよ。ねえ、香り。」
「学生の頃から、私の方が先を走ってたよね。それが、勝ち逃げできると思わないでね。」
その後、結果として真衣は信じから貢がせたブランドも車も手放すこととなり、千八十万の借金のうち八百万は返済した。しかし、二百八十万の返済は残ることに。信じも信じで、支払える範囲で借金残りの七百二十万を背負うことになった。一億をもらって優雅な贅沢三昧を夢見た二人は、それとはほど遠い借金生活を送っている。真衣にしろ信じにしろ、今回の件で人望も尽きた。兄弟や友人に至るまで、二人の招いた結果に呆れ、怒り、縁を切り、距離を置いている。欲を書いた結果、お金も失い、積み上げてきた人間関係も失った。そんな二人の今後の生活は、お先真っ暗と言って間違いはないだろう。
一方で、私はといえば、夫と親友を同時に失った。ですが、徹底的に仕返しをしたこともあって、気持ちは晴れやか。今はそんなこともすっかり過去のこととして、仕事に精を出す日々です。理想の男性も、親身になってくれる親友も、どちらも幻想の存在でしたが、今は現実を見て日々を頑張りたいです。
