「おい、息子の入学式が始まるっていうのに、なんで母親が来ないんだ?」
離婚してだいぶ経つのに、今さら何の用なの?
「離婚したって、お前は子供の母親だろうが。今すぐ来いよ。うちの子、まだ一歳だぞ」
え? あれ? まゆみの方?
「まゆみの方って何だよ。打ち間違いだ。気にするな」
久しぶりに連絡してきたかと思えば、息子の入学式ってどういうこと? 一体何を言ってるの?
「この際、お前でもいいや。今からA小学校に来れるか?」
さっきも言ったけど、今日は息子の入学式って言ってるのよ。ちょっと待って、なんで私が母親ってことになってるの? 勇気に小学生になる子供がいたの?
「そうなるな。六年前に子供が生まれたってことだろ。おかしいか?」
おかしいでしょ。だって私と結婚したのは十年前で、離婚したのは二年前よ。計算が合わないわ。
「つまり、俺が結婚してる間に子供を作ったって言いたいのか?」
それしか考えられないでしょ。
「再婚相手の連れ子だよ」
なんだ、そういうことか。だったら最初からそう言ってよ。
「まあ、そいつとも離婚したんだけどな」
なのに入学式に行くの?
「一応、父親だったしな。俺に懐いてたから、入学式くらいは参加してやろうと思って」
じゃあ、私じゃなくて、その再婚相手に連絡すればいいんじゃない?
「連絡が取れないんだよ。息子も遅れてるし、何やってんだか。やっぱりダメな母親だな」
急に来れなくなった理由があるのかもしれないでしょ。それか、あなたより先に着いて中に入ってるのかもよ。
「もし居なかったら、お前が学校まで来て謝罪しに来いよ」
なんでそうなるのよ。そもそも私、一歳児の育児中だから無理よ。まだ授乳も昼寝も必要で、すぐぐずる子なの。そんな簡単に出かけられるわけないでしょ。
「お前、再婚したのか?」
離婚したんだから自由でしょ。
「離婚してたったの二年だぞ。一歳ってことは……お前も浮気してたな?」
悪いけど、あなたとは最後の三年くらい、ほとんど会話もなかったじゃない。だからって早すぎるでしょ。離婚後に出会った人がすごくいい人で、すぐに子供に恵まれただけよ。浮気なんかしてないわ。
「怪しいけどまあいいか。お前と不毛なやり取りをしてたら、もう始まる時間だ。もし居なかったら絶対に謝れよ」
知らないわよ。あ、子供が泣いちゃった。これで終わりね。もう連絡してこないで。
入学式が終わった後、中に入ってみたら、元嫁も息子もいなかった。
「私に報告する必要はないんだけど、でも心配ね。入学式に来れないなんて、何かあったんじゃない?」
いや、俺の方を心配しろよ。ずっと探してたら、教師に声をかけられてさ。「関係者以外はお引き取りください」だってよ。保護者だっていうのに。おかげで他の奴らから変な目で見られたんだぞ。
「自分のことより、心配すべきことがあるでしょ。あなたって本当に思いやりのない人ね」
そんな話をしてるんじゃないんだよ。俺が変な父親だと思われたらどうするんだ?
「離婚してるなら、どうだっていいじゃない?」
良くないんだよ。もし俺たちの子供が同じ小学校に通うことになったら、あの教師が担任になるかもしれないんだぞ。
「はあ? 何の話をしてるの?」
この二年間で気づいたんだ。やっぱりお前がいい。
「あのさ、この間も言ったよね。私は再婚して、子供まで産んでるのよ」
じゃあ、俺がその子の父親になってやる。
「何言ってるか、さっぱり分からないわ。お互い嫌になって離婚したのに、なんで戻らなきゃいけないのよ」
今の旦那とは離婚しろ。あいつはお前に合ってない。
「何も知らないくせに、適当なこと言わないで。自分のこともまともにできないあなたに、育児なんて高度なことが出来るわけないでしょ」
二年前までの俺はそうだったかもしれない。だけど今の俺は違う。俺は変わったんだ。
「あれだけ何一つやらなかった人が、今さら変わる? 料理や掃除、洗濯といった家事はもちろん、妊活にも非協力的だったじゃない」
だから、今は自分で箸やスプーンも持てるようになったし、お皿だってちゃんと流しに運ぶんだぞ。
「それは三歳児でもできるお手伝いなんだけど。当然、洗い物までしてるんでしょうね?」
それは女の仕事だろ。
「……それで離婚するわ。再婚相手の人も、あなたと結婚して苦労しただろうね。でも今は離婚したみたいだし、よかったよかった」
バカにしてるのか? 言っとくけど、バツがついた男ってのは魅力的らしいぞ。
「バツがついた数イコール、結婚に失敗した数よ。それのどこが自慢になるの?」
離婚してから二年経っても、俺の魅力が分からないとはな。
「今は幸せよ。あなたと違って、今の旦那は家事も育児も協力的なの。家事全般をやってくれるし、子供の面倒まで見てくれるのよ」
女の腐ったようなやつだな。その旦那がかわいそうだわ。
「そういう古い考え方を持ってない、素敵な人よ。おかげで、あなたといた頃よりずっと幸せ」
当て付けか?
「そんなんじゃないけど、あなたには感謝してるのよ。私と離婚してくれなければ、今の旦那に出会えなかったから。私と離婚してくれてありがとう。それじゃあね」
三十分後。
「おい、まゆみ」
返信はない。何かあったのだろうか。
「どうしたの? 元夫から連絡があったって」
うん。なんかね、息子の入学式に母親として来てくれって、意味不明な話だったの。
「はあ? そいつ、俺の妻に何言ってるんだ?」
もちろんしっかり断ったよ。でも、なぜか再婚してくれって迫られて、少し怖かったな。
「話に聞いてた通り、本当に自分勝手なやつだな」
だから離婚したんだけど、まさか再婚を迫られるとは思わなかったわ。
「心配だな。これからは一人で行動するのは控えよう」
ごめんね、迷惑かけて。
「出かける時は車で送るよ。念には念を入れよう。なんか嫌な予感がするんだ」
ありがとう、けい。
翌日。
「おい、まみ。なんで入学式に来なかったんだ?」
ごめん。車で向かってたんだけど、行く途中で事故に遭って。
「事故? 何やってんだよ。これだから運転が下手なやつは」
私のミスじゃないのよ。赤信号で止まってたら、後ろからぶつかられちゃったの。ちゃんと学校には連絡しておいたから。
「俺はずっと待ってたんだぞ。なんで俺には連絡しなかったんだ?」
何度か着信入れたけど、出なかったんでしょ。
「ああ……金融会社の催促がうるさいから、着信音を消してたんだったわ。それより、子供のことは心配じゃないのか?」
逆だ。俺を入学式で一人にしたことを、お前たち二人で謝罪しに来るのが筋ってもんだろ。
「私は来なくていいって言ったよね。離婚しても父親だから行くって言い張ったのは誰よ?」
父親がいた方が喜ぶと思ったんだよ。
「だったら、まず養育費を払ってくれる? あの子はあなたの子でもあるんだからね」
子供一人育てるのに、金なんていらないだろ。どうせ男を作って、ほったらかしにしてるんだろ。
「彼氏なんていないし、作るつもりもないわよ。勝手に決めつけないでくれる?」
そうやって気が強いから、俺に捨てられるんだよ。……やっぱりまゆみの方が何倍もいい女だったな。
「まゆみって、前の奥さんよね。あなたに絡まれてかわいそうだわ」
お前にまゆみの何が分かるんだよ。
「今なら分かるわ。勇気との結婚は地獄でしかないって」
お願いだから、もう誰とも付き合わないで。
「関係ないでしょ。ほっといて」
三日後。
「まゆみ、今日空いてるか?」
あなたのために空く時間はありません。
「そんな冷たいこと言うなよ。一緒にどこか遊びに行こうぜ。もちろんお前の子供も連れてきていいぞ」
教育に悪いので、やめておきます。
「この間、お前に言われたことを振り返って反省したんだ。悪いところは全部直すから、俺とやり直してほしい」
私は今の夫と幸せだって言ってるの。なんでそうなるのよ。
「俺にはお前が無理してるようにしか見えないんだよ」
自分だけが不幸だからって、決めつけないで。
「頼むよ、まゆみ。本当に愛してるんだ」
もうやめて。本当に気持ち悪い。ブロックするわ。
一週間後。
「まゆみ、お会計終わったよ。車の中、涼しくしといた」
ありがとう。次はドラッグストアに行ってもいい? おむつも買っておきたいの。
「いいよ。じゃあ駐車場で待ってるね」
悪いんだけど、店の前まで来てもらってもいいかな? 元夫に似た人がずっとこっちを見てて。
「え? あいつが来てるってこと?」
多分、ここ数日何度か見かけたから、間違いないと思う。今日は帰ろう。
「いや、おむつは絶対に買いたいの」
分かった。店の目の前まで車をつけるから、すぐに来て。
二時間後。
「今日、私のこと尾行してたでしょ」
なんでそう思うんだよ。
「スーパーとドラッグストアで、似た人を見たの」
ああ、俺もたまたま行ったわ。偶然だな。運命かもな。
「ふざけないで」
でも、やっと話せたな。お前がブロックするから、神様が引き合わせてくれたんだよ。
「やっぱり朝からつけてたのね。いい年して、気持ち悪いことしないでよ」
怒るなら、神様に怒れ。てか、おむつとかお尻拭きとか買いすぎだろう。金遣いの荒い女は捨てられるぞ。ま、その時は俺が拾ってやるけど。
「ブロックするわ。次現れたら通報するから」
たまたま居合わせただけじゃ、逮捕されねえよ。それに、ブロックしたら俺、おかしくなってお前の子供に何するか分からないぞ。
「何それ? 脅し?」
仲良くしようぜってことだよ。まずは飯でもどうだ?
「分かった。ブロックはしないけど、ご飯は無理」
まあ、俺も焦りすぎたかもしれないな。ゆっくり愛を取り戻していこうぜ。
三日後。
「また出かけてるのか。車は旦那の運転か。旦那に運転させて買い物とか、いいご身分だな」
いい加減にして。あなたのせいで、買い物に行くだけで夫に迷惑をかけるはめになってるのよ。
「たまたまだって言ってんだろ」
遠くのスーパーに変えたのに、なんで一緒になるのよ。
「お前んちの近くにアパートを借りたから、出かける時は俺んちの前を通るんだよ」
信じられない。仕事もせず、昼間から何してるの?
「今は充電中ってやつだ。ちゃんと働いて面倒を見てやるから、心配すんなって」
今から警察に行くわ。ストーカーされてるって相談するから。
「ストーカーって、大げさだなあ」
本当に怖いし、困ってるの。実害は出てるわ。
「お前と一緒にいたいだけなのに、なんで警察に行くんだよ。自分のことを客観視すれば、よく分かるはずだよ。お願い。もう連絡してこないで」
照れるなって。
「あの夫が話したいって言ってるんだけど」
俺も話したかったんだよ。人のもの奪っておいて、挨拶もないからな。
「分かった。じゃあ、連絡させる」
五分後。
「まゆみの夫のけいです。これ以上、まゆみに付きまとわないでください」
何だお前? 正義のヒーローの気取りか?
「メッセージだけなら様子見しようと思いましたが、付きまとい行為に関しては警察に相談します」
はあ? 俺を犯罪者にしようってのか? そうはいかないぞ。俺は最初の夫だから、お前より偉いんだよ。
「そんなものに優劣の付けようがないでしょう。とにかく、この件は警察に相談します。あなたとまゆみとのやり取りも証拠になりますので、これ以上メッセージを送らない方が、あなたのためかと」
やってみろよ。居場所を確認してるだけなのに、犯罪になるわけねえだろ。
「分かりました。では、今から警察に行きます」
翌日。
「まみ、助けてくれ」
今さら何よ。
「元嫁にストーカー扱いされて、捕まりそうなんだよ。居場所を確認してただけなのに。警察から警告を受けてさ。次やったら禁止命令ってやつが発令されるらしいんだ。こんなの理不尽だよな」
なんでそんなことになってるのか知らないけど、警察から警告を受けるって、よっぽどでしょ。それだけのことを自分がしたってことよ。
「俺は無罪だ。息子の父親が犯罪者とか嫌だろ」
いや、もう離婚してるから関係ないし。悪いことしたなら、ちゃんと償いなさいよ。
「ちょっと様子を見に行っただけなのに。ストーカーって勝手に騒がれて、こっちの身にもなれよ」
まゆみさんが嫌だと感じたら、それはもうストーカーなの。悪いけど、私は味方しないわよ。
「頼みがあるんだ。お前と会ってたことにしてくれ」
口裏合わせってこと?
「人聞きの悪い。嘘も方便って言うじゃん」
嘘の使い方を間違ってるわよ。
「とにかくそういうことにしといてくれよ。そしたら元嫁との揉め事ってことで終わるからさ」
嫌よ。私は協力しないからね。
「協力しないなら、こっちにも考えがある。お前、実家にいるだろ」
なんでそれを知ってるのよ。まさか、私のこともストーカーしてたの?
「だからストーカーじゃねえって言ってるだろう。元嫁たちの様子を見に行くことが、そんなに悪いことか?」
普通は見に行かないのよ。
「とにかく俺に協力してくれないなら、お前の実家に行って息子を連れ去ってやる」
は? あの子は関係ないでしょ。
「お前と引き離されたら、泣くだろうな。かわいそうに」
最低ね。
「だったら俺の味方をしろ」
分かった。お願いだから、あの子には何もしないで。
「最初からそう言え」
後日。
「突然すみません。私、勇気の元妻のまみと言います」
まゆみさんでお間違いないですか?
「勇気がどうして私のLINEを?」
全てお話しします。あれは二年前。結婚したばかりで私が育児に奮闘していた時、勇気は私に興味を示さなくなりました。もしかしたら不倫してるんじゃないかと思って、いけないと思いつつ、勇気の携帯をこっそり見たんです。結局、不倫はしてなかったんですけど、そこにあなたの連絡先があったんですね。
「はい、その通りです。会話の流れから、あなたが前の奥さんだって分かりました。このことは勇気は知りません」
そうでしたか。それで、何の用でしょうか?
「単刀直入に言います。逃げてください」
え?
「勇気は、息子が通う小学校の周辺を見張ってるみたいで、不審者情報として保護者同士で共有されてるんです。あなたたち家族に何をするかも分かりません。どうか何か起こる前に、逃げてください」
そのために、わざわざ連絡してくれたんですか? ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。警察にも相談して、本人に警告が行ったと思うので。
「でも、全く反省していません。まゆみさんと、身近な人の身の安全も確保してください」
それは、命の危険があるということですか?
「分かりません。ただ、あの人はおかしくなってます。あなたを尾行した日に、一緒にいたことにしろって」
え? あなたは大丈夫なんですか?
「今のところは大丈夫ですが、口裏合わせに協力しないと、私の息子を連れ去ると脅されて……」
なんて卑怯な。
「勇気の実の息子ですが、親権は私にあるのに」
あ、お子さんと勇気は血のつながった親子なんですか?
「そうですけど、私には連れ子だと言ってたんですけど、紛れもなく勇気の子供です」
なんてひどい嘘。ということは、あなたは勇気の不倫相手だったんですね。
「私と出会った頃は、離婚したばかりだって言ってました」
お子さんが今、六歳なんですよね?
「はい、その通りです」
今年七歳となると、計算が合いません。
「え、どういうことですか?」
いつ頃、勇気と出会って、妊娠して、出産したのか聞いてもいいですか?
「勇気と出会ったのは八年前です。その三ヶ月後に妊娠が分かって、出産したのが七年前です」
結婚しようとは思わなかったんですか?
「本当はすぐにでも結婚したかったけど、借金があるから私に負担をかけたくないって。だから完済するまで待っててくれって、待ってたんです」
そうでしたか。……何か問題が。
「八年前だとすると、まだ私たちは離婚してません」
え? 私に嘘をついてたってこと?
「おそらく」
信じられない。まゆみさん、ごめんなさい。私、知らなかったんです。知ってたら、絶対に付き合いませんでした。本当にごめんなさい。
「過ぎたことは仕方ないです。それより、彼をどうにかしないと」
でも、どうしたら……
「私たち、手を組みませんか?」
え?
「私たちは被害者です。この苦しみを勇気に、そして世間に知らしめましょう」
一週間後。
「まゆみ、警察に相談したこと、取り消してくれよ」
被害届けを取り下げるってこと?
「とにかくなかったことにしてくれ」
ストーカーに関しては、被害届じゃなくて相談ね。記録に残るものだから、なかったことにはできないよ。
「あのな、あの日、俺は元嫁と息子と一緒にいたんだよ。お前なんかを気にする暇はなかった」
何言ってるの? あの日、丸一日、私に付きまとってたよね。LINEでやり取りもしておいて、嘘だとは言わせないよ。
「それ、お前の妄想だから。俺のLINEには、お前とのやり取りは残ってないけどな」
削除したんでしょ?
「ちげえわ。お前、頭大丈夫か? 病院行った方がいいぞ」
本気で言ってるなら、あなたが病院に行った方がいいよ。だって、ちゃんとスクショしてあるもの。他にも証拠はあるんだよ。店員さんによる、買い物客に見えない不審者情報。旦那の車のドラレコにも、尾行してるあなたが映ってる。言い逃れはできないよ。
「壮大で過激な妄想だな」
警告を受けて分かってると思うけど、次やったら禁止命令。これを破ったら、今度は逮捕されるからね。
「勝手にしろ。俺は絶対にやってない。その日は口裏合わせがある。元嫁も証言してくれる。俺はストーカーなんかじゃない」
そう思うなら、勝手にそう思ってればいいよ。少なくとも、私とまみさんはそう思ってないから。
「は? なんでお前がまみの名前を知ってるんだよ」
どうでもいいでしょ。それより、私にいくつか嘘をついてるよね。
「何の嘘だよ」
あなた、本当は不倫してたでしょ。
「不倫してないけど」
まみさんから直接聞いたよ。お子さん、本当は連れ子じゃなくて、あなたの子供だよね。
「俺の子なわけがないだろ。本当に頭大丈夫か?」
じゃあ、DNA鑑定でもする? まみさんと連絡を取ってるから、頼んでみるわ。
「あ……」
あなたがまみさんと付き合ってた時のやり取り。お子さんが生まれた時、あなたが出した認知届。全部揃えてもらえるけど。
「まみのやつ、余計な真似をしやがって」
これでよく分かったよ。
「何がだよ」
何かと書類を揃える時、やたら私に戸籍謄本を取らせようとしなかった?
「そうだっけ?」
そうだよ。そりゃそうだよね。だって、戸籍謄本を見られたら、子供がいるのがバレちゃうもんね。
「ああ、そうだよ。お前と結婚してた時、まみとは隠れて付き合ってたんだよ。でも、不倫したのにはお前にも原因がある。女としての努力を怠ったお前が悪いんだ」
仕事に家事、あなたのお世話に妊活……。確かにあの頃の私はボロボロだったかもしれない。でも、あなたならどんな私も受け入れてくれると思ってた。
「甘えんなよ。ま、まみも息子を産んだら女を捨ててたけどな。女ってのは、本当に根性がねえよな」
女を捨てたんじゃなくて、母親になったんだよ。子供のために頑張る妻を見て、何とも思わなかった?
「めっちゃ女捨ててんなとしか。ぼさぼさの髪にすっぴんは笑うだろ」
そっか。そうなるぐらい、まみさんは一人でも頑張ってきたんだね。あなたにはもったいないくらい、素敵な人だわ。
「女を捨てたもの同士、お前ら仲良くなれそうだな」
そうだね。おかげで、とっても仲良くなれたわ。あなたを追求するために。
「今さら何を追求するんだよ」
あなたに慰謝料を請求します。私からは、不貞行為をされたことによる慰謝料、三百万円。もちろん、まみさんからも、親権を侵害されたことによる慰謝料、二百万円。
「ふざけんな。もう時効だろ」
残念だけど、慰謝料請求は不法行為から二十年以内かつ、事実を知ってから三年以内であれば可能なの。だから、私もまみさんも、あなたに請求できるんだよ。
「ふざけんな。そんなの不当請求だろ。俺は絶対に払わないからな」
そしたら、差し押さえてもらうから大丈夫。素直に払った方が、あなたのためだよ。
「ちっ……払えばいいんだろ。払えばこの金で済むんだな」
あともう一つ、忠告しておくね。
「まだなんかあるのかよ」
あなた、子供を利用してまみさんを脅したんだってね。そのことを警察に相談したそうよ。だから、あなたはもう逃げられないね。
「は? まみが? ふざけんなよ。俺のことを守らないばかりか、裏切りやがって。こんなの名誉毀損だ。訴えてやる」
訴えても、あなたがまみさんに勝てる要素は一つもないよ。
「なんであの女の肩を持つんだよ。不倫相手だぞ。俺には慰謝料請求しといて、まみには何もしないって。そりゃ不公平だろうが」
あなたがまみさんに独身だって騙してたからだよ。既婚者であることを知らなかったのは仕方ないし。聞けば、家事も育児も全く手伝わないらしいじゃない。そんなの聞いたら、味方するしかないでしょ。私にはまみさんの気持ちも苦労も分かるから、味方することにしたのよ。
「これだから女は嫌なんだ。共通の敵を見つけたからって結束しやがって。そんな女の元で育てられる息子がかわいそうだ。息子は俺が育てる」
残念だけど、育児してきたっていう実績はないでしょ。なら、親権は間違いなくまみさんになるね。
「俺の子なのに。そんなの納得できるか?」
結婚した過去があるからって、子供と血がつながってたって、父親としての資質がなければ誰も味方してくれないよ。さようなら。あなたが変わらない限り、あなたはずっと一人だよ。もう二度と、私たちに関わってこないでね。
「待って。まゆみ。俺を一人にしないでくれ」
二度と結婚もせず、子供なんか作らないように。
その後。勇気は私とまみさんに付きまとい続けました。禁止命令を受けるも、また付きまとい。今度こそ、禁止命令違反罪で捕まりました。罰金五十万円の判決を受け、渋々支払ったものの、それでも必要なストーカー行為をやめなかったため、今度は懲役二年という実刑判決となりました。
どうしてここまで、私たちに執着するのか。その答えは、裁判所にて明らかにされました。自分を見ていてほしかった。誰も俺のことを見てくれない、と。どこまでも自己中な人ですね。
満期を迎えて出所した後の勇気は、実家からは勘当され、帰る家もなくなったそうです。噂になり、地元にいられなくなった勇気は、遠くの町に引っ越していきました。日雇いで雇ってくれる工場に就職するものの、前科持ちであることがバレて、いじめられているそうです。無視されたり、仕事のミスをなすりつけられたり。他に働ける場所もないため、耐えて働いているようですが、いつまで持つのでしょうね。
まみさんは、知らなかったとはいえ、幸せを壊したのは事実だからと、自分から百万円の慰謝料を払ってくれています。私はいいと言ったのですが、払うと言って聞かなかったので、いただくことにしました。いただいたお金は、子供の将来のために貯蓄しようと思います。
大変そうではありますが、勇気といた頃はワンオペだったまみさん。今は実家の助けを借りて、お子さんと暮らして幸せそうです。私は以前のような平和な日常を取り戻しました。勇気といた頃には得られなかった幸せな家庭。それをけいと子供と築いています。今度こそ、人並みの幸せを手に入れた私。この平穏な日々が、これからも続きますように。
