ある日、一通の電話が私の日常を崩した。「お久しぶりです、正彦さん」母の声は、まるで他人みたいに冷たかった。父が亡くなったという連絡のあと、私はふと聞いてしまった。「親父は苦しまずに…?」答えは「安らかに」だった。でも、その瞬間、何かがおかしいと感じた。葬儀の準備で「ホテルに泊まってくれ」と言われ、実家には戻れないと言われた。それでも私は従った。だが、一か月後、事態は大きく動く。父が残した「押…

ある日、一通の電話が私の日常を崩した。「お久しぶりです、正彦さん」母の声は、まるで他人みたいに冷たかった。父が亡くなったという連絡のあと、私はふと聞いてしまった。「親父は苦しまずに…?」答えは「安らかに」だった。でも、その瞬間、何かがおかしいと感じた。葬儀の準備で「ホテルに泊まってくれ」と言われ、実家には戻れないと言われた。それでも私は従った。だが、一か月後、事態は大きく動く。父が残した「押...

「お久しぶりです、正彦さん」

「え……お姉さん?」

「実は、先ほどお父さんが亡くなりました」

「そうか……親父が」

本来であれば夫が連絡をするべきなのだろうが、今は葬儀の準備で忙しいらしい。正彦はそれを受け入れて、ひとつだけ気になることを尋ねた。

「親父は、苦しまずに行けましたか?」

「ええ。ずっと病床で大変だったと思うけれど、最後は眠るように……安らかに」

「それは良かった」

「お父さんはね、ずっと正彦さんがお見舞いに来てくれるのを待っていたんですよ」

正彦は、申し訳なさそうに言葉を濁した。

「それは本当にすまないと思ってる。俺もミカも、とにかく忙しくて。家族が多いと、やらないといけないことも多くてさ。お姉さんたちは子供がいないから、分からないかもしれないけど」

「そうですね。私たちはできる限りお父さんのそばにいたけれど……それは、子供がいなかったからかもしれませんね」

「それはそうだよ。俺だってミカだって、時間に余裕があったら親父のそばにいてあげたかった。家族っていうのは、支え合わないといけないんだから」

「……本当に、そう思っていますか?」

「もちろん。家族だもんな。常に支え合うもんだろう?」

「ええ、私もそう思います。それじゃあ、今から家族全員で実家に帰りますね」

「分かった。葬儀でしばらくそっちに滞在することになると思うけど、大丈夫か?」

「仕事は問題ないよ。できれば、近くのホテルに泊めてくれないか」

「え?どうしてですか?実家があるでしょう?」

「実家がね、ちょっと色々あって」

「何があるんだ?どうして俺たちが実家に帰っちゃいけないんだ?」

「お父さんが入院されてから、ずっと誰もあの家には住んでいないんです。私たちも違うところで生活していたから、手入れができていない状態で……まだ人が住めるような状況じゃないんですよ」

「お姉さんは何をやってたんだ?時間はたくさんあっただろう?」

「私だって仕事をしているんです。そんなに時間が山ほどあるわけじゃない」

「だとしても、長男の嫁としてしっかりやってくれないと困るよ」

「とにかく、こちらにいる間はホテルにお願いします」

「……分かったよ。だったらホテル代はそっちで出してくれ。突然ホテルに泊まれなんて言われても困る。原因はそちらが管理を怠ったからだろう?それなら責任を取ってくれ」

「……夫に相談してみます」

「お願いしますよ。とりあえず、俺たちはすぐに向かうから」

「はい、分かりました」

その頃、電話を切った姉・ゆいは、夫の大地に相談を持ちかけていた。

「あなた、忙しいところ悪いけど、ちょっと相談があるの」

「うん?どうかしたのか」

「さっきね、正彦さんに連絡をしたわ。……あなたがあいつと話すと、喧嘩になりそうだったから」

「ありがとうな。あいつとは、まともに話が通じないんだ」

「それは分かってるから。それでね、正彦さんたちは家族全員でこっちに向かってくれることになったの」

「そうか。それは良かった。親父も、全員に見送られれば浮かばれるだろう。……正彦は、結局一度もお見舞いには来なかったがな」

「家族が多くて、色々と忙しかったって言われたわ」

「そんなわけがあるか。時間を作れば来られたはずだ。あいつは昔から、俺たちに対する思い入れがないんだ。自分のことばかり考えてる」

「正彦さんにも家族がいるからね。ミカさんだって……私からすると、よく分からない人だわ。色々と無関心なくせに、派手な格好だけはしている。あの人は、私からすると不気味に見えるよ」

「やめましょう。こんな陰口みたいなこと」

「ああ、悪い。……あなたがずっと父さんのそばにいてあげただろう。父さんはきっと、それだけで嬉しかったはずよ」

「それなら、いいんだけどさ」

「それでね、相談のことなんだけど」

「ああ、ごめんごめん。何だっけ?」

「実家には泊まれないじゃない?」

「そうだな。それはさせられない。あの家は、手入れをしないと住める状態じゃない」

「だからホテルに泊まってもらおうと思ったんだけど……正彦さんの方から、ホテル代を出してくれって言われてね」

「そんなことを言ってきたのか?」

「実家に泊まれないのは、管理してなかった私たちが悪いから、って」

「……あいつをどうしたものか。本当に、いつまでも金に汚いやつだ」

「もしあれなら、私の方からきつく言うけど」

「そんなことはしなくていい。それに、これは俺たち二人の金だからな。どっちが出しても結果は変わらない」

「そうね。……仕方ないわね。ホテル代は渡しましょう」

「ああ。ごねられても困るからな。今はとにかく、父さんをしっかりと天国に送り届けることを優先しないと」

「ええ、私もそれがいいと思うわ」

「……父さんを送り出してから、また話し合わないといけないことがあるがな」

「相続の話ね。……すんなり受け入れてくれればいいけど」

「大丈夫だと思うわ。正彦さんたちに不利益なことは、何もないはずだから」

「そうだといいが。……それじゃ、ホテルの件は正彦さんに伝えておくね」

「ああ。それと、ホテルはこっちで予約しておいた方がいい。あいつらに任せると、払ってもらえると思って、とんでもなく高いところに泊まるかもしれないからな」

「そうね。分かったわ」

一か月後、葬儀も滞在も終わり、ゆいと大地は穏やかな日々を取り戻しつつあった。その頃、ゆいのもとに正彦から連絡が入った。

「お姉さん、この間はどうもありがとうございました」

「いえいえ。わざわざ来てくれてありがとう」

「どう?そっちは、あれから変わりはない?」

「いや、まあ……ないこともないんですけど」

「あら、どうかしたの?」

「実は、正彦が仕事をやめちゃって」

「え?そんな話は、私たちには全く聞いてなかったけど」

「ずっと考えてたみたいなんですよね」

「大丈夫なの?」

「いや、家族もいますし……ちょっと不安ですよ」

「そうよね」

「そこで、ちょっとお姉さんたちにお願いがあるというか」

「うん?何?」

「確か、実家ってお兄さんたちがもらったんですよね」

「相続でね、そうなるわ」

「それを……私たちにくれませんか?」

「え?お姉さんたちって、マンションに住んでるんでしょ?」

「いや、もう引き払ったわ。引っ越しも終わって、今は実家で生活してるのよ」

「だったら、今すぐに出てってください。私たちをその家に住ませてください。そうすれば家賃がゼロになって、生活が楽になるんです」

「ちょっと待ってよ。さすがに、そんな簡単に出ていくわけにはいかないわ」

「そんなケチケチしないでくださいよ。あんなボロい家、お姉さんには必要ないでしょ?」

「そんな言い方しちゃだめよ。大地にとっては、思い出の家なんだから」

「そんなの私たちには関係ないじゃないですか。雨風をしのぐ、ただの家でしかないんですよ。そこを私たちが有効活用してあげるって言ってるんです。どうですか?悪い話じゃないでしょ?」

「……これは、私たちだけで決めることじゃないわ。兄弟で話し合ってもらった方がいいんじゃない?」

「まあ、それはそうですね」

「とりあえず、大地に話をしておくから」

三十分後、大地が正彦に電話をかけた。

「正彦、仕事をやめたってのは本当か?」

「ああ、そうだよ。もうしんどかったからな」

「これで仕事をやめたのは、何度目だ?」

「数えてないから分かんねえや。別に俺だって、やめたくてやめたわけじゃねえんだぞ。俺に合わない仕事を続けても、意味がないだろう?」

「だとしても、家族はどうするんだ。食わせていかないといけないんだろう?」

「そうだよなあ……本当に、子供のいない兄さんが羨ましいぜ。マジで子供がいると、出費が多いからさ」

「産んだのは、自分たちだろう。そんなことを言うんじゃない」

「まあ、そっか。あんたに言っても、理解できないか」

「お前な……それで、家の件だけど。別にいいよね?あんたら夫婦が親父から相続した家、くれよ」

「そんな軽々しく言うんじゃない。そもそも、俺たちが家を相続した代わりに、お前には現金を渡したはずだぞ」

「もらったよ。でも、あれじゃまともな生活はできない。親父も、もう少し金を残してくれてればなあ」

「ふざけたことを言うな。父さんが俺たちのために残してくれたんだぞ」

「だとしても少ないって言ってるんだよ。結局、親父の愛情なんて、あんなもんだったのかってな」

「……そんなことを言う奴を、あの家に住ませると思うのか?」

「あんたらにあの家は、もういらねえだろ。なんでだよ。子なし夫婦に、あんな広さは不要だろ?さっさと譲れよ」

「お前、俺たちに子供がいないことを、今までずっと馬鹿にしてきただろう?」

「だってそうだろうよ。俺なら、子供を産めないような女なら、さっさと切るね。そんな奴と結婚する意味ねえもん」

「お前は、ゆいのことまで馬鹿にするのか?」

「間違ってねえだろ。……親父にとって、どっちが可愛い子供だよ?孫を産んで血筋を絶やさなかった俺と、子なしのあんたら、どっちが大切だと思う?どう考えても俺たちだろう。そもそもあんたらは、遺産を受け取る資格すらなかったんだよ。それを、当たり前のように受け取って」

「……分かった。それじゃあ、出てくよ」

「マジで?」

「ああ。あそこはお前たちが好きにしろ」

「やった。正直、めちゃくちゃ粘られると思ってたんだ。兄さんが素直で、本当に良かったよ」

「あの家のことは、頼んだぞ」

「はいはい。……それじゃあ、さっさと出てってくれる?俺たち、今すぐに引っ越したいから」

十分後、ゆいのもとにミカから電話が入った。

「みかさん、家をお譲りするということになりました」

「でしょ?もう私は最初からこうなるって思ってたんです。わざわざ時間を取らせないでくださいよ」

「こちらがお譲りするということは、忘れないでください」

「子供を産めないような女に、あの家は不必要でしょ」

「なんですって?」

「私たち、実はお兄さんに同情してたんですよ。はれの、ゆいさんと結婚してかわいそうだなって」

「ゆいのことを大地に言われるのなら、まだ分かります。迷惑を被ってるのは大地ですからね。でも、それをどうしてあなたたちに言われないといけないんですか?」

「家族を心配してるからですよ。お父さんもきっと、同じように思われてましたって」

「……あなたに、お父さんの何が分かるの?」

「ちょっとヒスってるんですか?とりあえず、関わらないでくださいよ」

「もういいわ。私から言いたいことは一つだけ。押入れに、お父さんが大事にされていた骨董品を置いてあります。それには絶対に触れないでください」

「はいはい。そういうのは全部こちらにお任せください。そして、あまり私たちと関わらないようにお願いしますね」

「ええ、そうさせてもらうわ」

三週間後、ゆいの元に、ミカから慌てた電話がかかってきた。

「ちょっと、これはどういうことですか?」

「あら、何かしら?」

「もう連絡しないとか言ってたけど、そんなこと言ってられない時なんですよ。雨漏りがひどいんです。雨が降り出したと思ったら、あちこちから漏ってきて」

「そうなのよ。そこは大変でしょ」

「知ってたんですか?」

「当たり前よ。何度もその家には行ってたんだから。お父さんがまだいた頃はギリギリ問題なかったんだけど、入院して家を開けるようになったら、正直人が住めないレベルまでになっちゃったの。家主がいなくなると、家が一気に老朽化するっていう話は聞いたことがあったけど……ここまで分かりやすく出るなんてね。一応私たちが引っ越す前に、業者の人たちに応急処置的なことはしてもらったんだけどね」

「どこがですか?何もしてないのと一緒ですよ。この状況をどうにかしてください」

「どうにかしろって言われても、そこに住んでるのはあなたたちでしょ」

「こんなところに住めるわけないでしょう!というか、なんでこのことを言ってくれなかったんですか?」

「葬儀の時に話したと思いますよ。実家は色々ありますので、ホテルにしてくださいって」

「いや、あれじゃ分からないですよ!」

「だとしても、あなたは自分でそこをボロい家だって言ってたでしょ?だから分かってるものだと思ってたわ」

「ふざけないでください。こんな嫌がらせみたいなことをして、どういうつもりなんですか?」

「嫌がらせなんて、私はしてないわよ。そもそもそこには、私たちが住む予定だったの。雨漏りもひどいし、住める状況じゃないって分かってたけどね。その家を無理やり奪い取ったのは、そっちでしょ?なのにどうして私たちが悪者扱いされないといけないの?むしろ悪いことをしたのは、そっちでしょ?」

「なんですって?」

「それに、家のことなら私じゃなくて、旦那さんと話し合った方がいいんじゃない?」

「この夫に伝えていいんですね?」

「いいに決まってるわ」

「逆に、もし大地がダメだって言ったら、黙っててくれるんですか?」

「もういいです。それじゃあ」

五分後、正彦が大地に電話をかけていた。

「兄さん、どうしてくれるんだよ。こんなところじゃ、まともに生活なんてできないだろう」

「今さら何を言ってるんだ。お前がそこに住みたいと言ったんだ。俺に怒っても意味ないだろう」

「このことは、知ってたんだな」

「当たり前だろ。知らないのと知ってるのとでは、ちゃんと考えが違う」

「ここは修理しないと住めないよな。雨漏りを気にしなければ問題ないだろうが、台風が来たら倒壊するかもしれないな。そんなことになったら、俺たちにはどうしようもない」

「だから自分たちで何とかしろと?」

「そうだよ。俺たちは業者の人たちとも話し合っていた。引っ越してすぐにでも着工してもらうはずだったんだが、お前たちの横やりが入ったから、やめたんだよ」

「……ちなみに、いくらかかるんだ?」

「屋根だけじゃなく、他にも色々と修理するところがあると言ってたから、二百万くらいになるらしい」

「二百万?それを俺に払えっていうのか?」

「そこに住むのなら、それくらいの出費は必要だということだ」

「ふざけるな!あのクソじじい!こんな不良債権を残しやがって!」

「おい、前にも言ったよな?親父のことを悪く言うなと」

「悪く言わないでどうするんだよ!こんなところ、さっさと潰してしまえばよかったんだ!」

「それじゃあ、お前がやってくれよ。潰すのだって金はかかるがな」

「何でもかんでも金金言いやがって」

「それは、自分に言ってるんだろう」

「は?俺が何も知らないと思ってんのか?お前が過去に何度も父さんに金をせびっていたのを、俺は知ってるんだぞ」

「いや、せびっていたというか……父さんはできる限り、お前に金を渡していたはずだ。それなのに、お前は父さんの見舞いにも来なかった。どこまで親不幸なんだ?」

「俺はちゃんと子供を産んでるんだ。一番の親不幸をしてるあんたに言われたくないね」

「まれ……散々迷惑をかけといて」

「うるせえなあ!俺は俺の好きなように生きてるだけだ。親なら、そのサポートくらいしろってんだよ」

「最低限のサポートすらできないような奴が、親みたいな口をきくな」

「……もういい。お前とは絶縁だ。お前は、俺の弟でもなけりゃ、父さんの息子でもない」

「なあ、そうかよ。それは大助かりだ。あんたらの家族ってのは、最初から大したもんじゃなかったからな。絶縁してもらって、清々するぜ」

「その家から、今すぐに出て行け」

「そうさせてもらうよ」

三日後、ミカからゆいに電話が入った。

「お姉さん、私たち、この家を出て行きますから」

「そうみたいですね。できるだけ早くお願いしますね。私たちがそっちに引っ越すことになるから」

「あら、そうなんですか。最初からこうなることは分かってたから、時間を取らせないで欲しかったです。……そんなに、ボロい家がお気に入りなんですねえ」

「私も何度か行かせてもらったけど、思い出深い家ではありますし。大地にとっては、家族との思い出が詰まった、かけがえのないものでしょうから」

「修繕費は払われるんですか?」

「もちろんです。実は、お父さんが入院される前から、修繕しないといけないっていう話は出ていたんです。その時からずっと、夫と貯金をしていたから、問題はないんです」

「あんな家のために、本当に無駄なお金の使い方ですよね」

「それは人によるでしょう。……まあでも、あそこは資産価値もあるし、そこまで無駄なお金ってわけでもなさそうですしね」

「え?どういうことですか?」

「今はまだ計画段階らしいけど、なんかあの近くに、新幹線の通る駅ができるっていう話があるんです。それができたら一気に再開発されるみたいで、そうなるとあそこの土地は価格が跳ね上がるって話ですよ。実際に、不動産屋の人たちが何度か話をしに来ましたからね」

「そうなの?」

「不動産屋の方たちの話では、ほぼ決定しているそうですよ」

「だったら、私たちはここに残るわ。修繕費用だって、私たちが出すから」

「バカなことを言わないでください。そこは私たちの土地だし、家なんですよ」

「今はまだ、私たちの家のはずです」

「違います。相続をした時点で、名義は大地になってるんです。……だけど、あなたたちは家族だから、住ませてあげていたというだけなんですよ」

「そういうことだったんですか?」

「そうよ。私たちの温情で住めてたの。でも、二人で話し合った結果……あなたたちは家族ではなくなった。そんな人たちが、あそこに住むのを許すわけないでしょ?だから、さっさと出ていってもらえますか?もし出ていかないようなら、今すぐに強制退去させてもいいですよ」

「……分かりましたよ。出ていけばいいんでしょう」

「早くお願いしますね」

一か月後、ゆいの元に、正彦から電話がかかってきた。

「正彦さん、一つよろしいですか?」

「なんだよ。もうあんたとは無関係のはずだぞ」

「そうですね。ですが、これだけはお伝えしておこうと。……あなたなのか、ミカさんなのか。はたまた二人なのか。それは分かりませんが……実は、押入れに置いてあった、お父さんの骨董品がなくなっていたんです」

「……あ、その様子だと、どうやら知らないようですね。となると、やったのはミカさんですね」

「それは本当なんですか?」

「ええ。こちらはちゃんと何があるのかを調べてますし、写真を撮って、証拠も残してあります。だから、なくなってるのは確実です」

「……あいつが盗んだのか」

「そうだと思いますよ。それで、大地と話し合った結果……なくなった分を、すぐに戻してもらえれば、警察に被害届は出さないと言っています」

「待ってくれよ。戻すって、どうやって戻すんだ?」

「売ったのなら、買い戻して我々に渡してくれればいいです」

「それっていくらくらいになるんだ?」

「全部合わせれば、百万は確実に超えると思います」

「いや、待ってくださいよ。そんなの払えるわけないでしょう」

「ミカさんは、売ったお金を持ってるんです。払えないわけないですよ」

「いや、でもきっと、あいつはもう使ってますって」

「だから何ですか?返すつもりはないということですか?だったら、警察に被害届を出します。ミカさんは、警察に逮捕されることになるでしょう」

「いや、それは勘弁してくださいよ。うちには子供もいるんですよ」

「子供のためにも、悪いことをしたら逮捕されるというのを教えてあげる、いい機会です。あなたたちのように、子供がダメにならないようにね」

「勘弁してくれよ。家族だろ?」

「家族ではありません。絶縁をしたはずです」

「冷たすぎるって!結局あんたは、他人だからか!」

「大地はあなたのことをブロックしてます。電話も拒否してますから、話せませんよ」

「なんでだよ!なんで、見捨てるようなことをするんだよ!」

「……までも、甘えたことを言わないで。あなたのことを、どれだけ大地がかばっていたと思ってるの?」

「かばってた?」

「お父さんはね、ずっと前に、あなたのことを勘当すると言ってたんですよ。……ああ、お金を借りて返さないことに怒ってたんです。そんな時、大地があなたの代わりにお金を返してたんです。あなたが返済したと言ってね。そうやって、あなたとお父さんが仲違いをしないように、ずっと気を使っていたんですよ。……それなのに、あなたはそんな大地をバカにして。それに、子供ができないことが、そんなに悪いことなの?私だって、大地だって、そのことで苦しんだわ。だからって、あなたに、なんでそんなことを言われないといけないのよ」

「……それは、謝ります」

「謝らなくていいです。とにかく、ちゃんとお父さんの大切にしてた骨董品を返してください」

「……また、家族に戻ることはできないんですか?」

「無理に決まってるでしょう。あなたはもう、私たちの血筋から外れたんですから」

その後、正彦は借金をして骨董品を買い戻し、ゆいたちに返した。その結果、正彦は引っ越しの初期費用などもあり、大きな借金を抱えることになった。そこから正彦はミカに働くように言ったが、ミカは拒否した。二人の仲は悪くなっていき、最終的には離婚に至った。

ミカはシングルマザーとなったが、実家の両親からは同居を拒まれ、結果的にワンオペで家事に育児に仕事に追われる日々を送っているという。正彦も借金を返すためにアルバイトをいくつもかけもちし、肉体的にも精神的にもギリギリの生活を強いられているとのことだった。

一方、ゆいたちは実家をきれいに修繕し、快適な生活を送っていた。お父さんがいなくなって寂しい気持ちはあるけれど、お父さんが残してくれたこの家で、夫と二人、素敵な思い出をたくさん作っていきたいと思っている。

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