「どこにいるの? もうすぐ結婚式なのよ。電話に出て。何かあったの? 」
妻の必死の声に、ようやく電話に出た夫は、あくび混じりに答えた。
「ああ、おはよう。ようやく連絡ついた。今どこにいるの? 」
「今は家だよ。」
「家?

どういうこと? 」
「娘の結婚式、忘れてた。今起きたわ。準備して出るから、娘たちは適当に待たせとけよ。」
「ふざけないで。娘の結婚式なのよ。『適当に待たせとけ』って何それ? 」
「まあまあ、そんなに怒るなよ。俺も出張で疲れてたんだって。」
「そもそも娘の結婚式の前日に出張っていうのもおかしくない? 」
「断れないんだから仕方ないだろう。だから出張先から式場で直接合流しようって話になったんだし。今準備してるからさ、1時間くらい。まあ、待っててくれよ。」
「1時間も?
今日はあみの特別な日なんだから、できるだけ早く来て。私もこんな日まで怒りたくないわ。」
「めんどくせえ。1時間くらいで怒んなよな。今から準備するから。」
式場に着いたあみは、母に言った。
「お父さん、急な仕事でちょっと遅れるって。」
「遅れる? 娘の結婚式に? どうせ嘘でしょ? 」
「お父さん、来ないんでしょ?
だって私が連絡しても返信すらしないもの。どうせ結婚式のことも忘れてたに決まってる。」
「お父さんは来てくれるわ。父親だもの。」
「お母さん、もういいよ。実は私、知ってたの。お父さんのこと。」
「え? 」
「最低なクソ野郎でしょ、うちのお父さん。ギャンブルも借金も女遊びもしてさ。」
「そんなことしてたの? いつの間に? 」
「子供の時からずっと知ってた。私の父親はまともじゃないって。最低な父親だけど、お母さんが私を守るために必死に隠してくれてたこと、全部。私が知ってるってわかったらお母さん悲しむと思って、今まで何も知らないふりしてたんだ。」
「あみ…そんなあなたには心配かけたくなくて。」
「ありがとう、お母さん。でももういいの。あんな人、父親じゃない。お父さんて最初からないと思って始めよう。私の中で、とっくに、あの人は父親じゃないから。」
「ごめんなさい。あみに幸せな日に、こんな思いをさせてしまって。」
「待って待って。お母さん、何か勘違いしてない?
」
「え? まさかとは思うけど…」
「父親が結婚式をドタキャンして、ショックを受けて悲しんでる娘とか思ってない? そうじゃないの? 」
「全然。来て欲しくなかった。それに、これを機にお母さんにちゃんと気持ちを伝えられるし、むしろラッキーみたいな。」
「え?
どういうことなの? 」
「私ね、ずっと言いたかったの。お母さんは経済的にも私に苦労をかけたくなくて、ずっと我慢してた。でもね、私はもう大人だよ。私のために我慢しないで、もう自由になってほしいの。お母さんが我慢してるのを見るのは辛いから。」
「ありがとう、あみ。でもね、現実的に厳しいの。私の稼ぎはそこまで多くないし、貯金もない。そんな状況で家を出ていくのは難しいわ。」
「お母さん、そこは心配しないで。ちゃんと考えてる。20年以上、お母さんは私を守ってくれた。その恩返しをさせて。今度は私がお母さんを支えるから。」
「どういうことなの? 」
「とにかく詳細は後。今は幸せな結婚式をしようよ。目いっぱい幸せアピールして、あの人がいなくても平気って見せつけてやらなくちゃ。」
半日後、結局、夫は式場に間に合わなかった。
「結局間に合わなかったわ。疲れて寝ちゃったし。写真、後で送ってくれよ。」
「あれだけ準備するとか言っといて、行くつもりなかったんでしょう。」
「仕方ねえだろう。俺だって遅くまで仕事してたんだし。」
「娘の結婚式を忘れてた免罪符にはならないでしょ。どれだけ大切な日だと思ってんの? 」
「はあ。なんでそんなに切れてんの?
どうせ俺なんかいても邪魔なだけだろ。」
「そんなことないわよ。あなたはあみの父親なのよ。親として見送る義務はあるでしょ? 」
「義務って言っても、俺がいなくてもいいってのは本当のことじゃん。家帰っても何も言ってこないし、LINEだってほとんど返してこない。冷たい家族のくせに、こんな時だけ家族らしろって、ちょっと図々しくないか? 」
「帰ってきても何も言われないのは、あなたが何を言っても『ただいま』の一言すら言わないからでしょ。だって半年に1回くらいしかしないでしょ。何度も注意してるのに直そうともしない。」
「家族だからって甘えて、悪い方にしてきたくせに、何が冷たいよ。愛情が覚めるようなことしてるのはそっちでしょ。」
「うっさいな。結婚式くらいでガタガタ言うなっての。結婚式に俺がいなくても、あいつが結婚することには変わりねえし。」
「あの子は強がっていたけど、父親の席に誰もいないのを見て、悲しそうな顔をしてたのよ。娘として父親に祝福されない。それがどれほど悲しいことか。」
「甘やかしすぎなんだよ。俺の時代は父親なんてそんなもんだった。」
「あなたの時代って何よ? 今は令和よ。昭和じゃないの?
」
「うるせえ。これが俺の家計のやり方なんだよ。」
「そんなやり方、受け入れられないのよ。そんなんだから娘が私に『父親はいない』って言うのよ。」
「え、あみが? 冗談だろ。」
「本気よ。あなたのことを父親だと思ってないって。」
「俺だって父親としてあみを愛してきたのに、お前が変なこと言って邪魔してきたんだろう。お前が俺のことを嫌うのは勝手だけど、だからって娘に俺の悪口吹き込むとか最低すぎる。」
「変なことって何? あなた話聞いてた? 普段から家族を大切にしないから、こうなったって言ってるのよ。それなのに会社の家族イベントには無理やり参加させて、いい父を演じて、気持ち悪い。」
「はあ。お前、俺をバカにしてるのか?
」
「バカに? これが事実でしょ。学習能力がないから同じことを繰り返す。あみに愛されていることを自覚しない。バカ以外の何者でもないわ。」
翌日、あみが母に言った。
「ねえ、お母さん。私たちの新居に来ない? 」
「はい? 昨日結婚式をあげたところでしょ。早々にお邪魔するのも悪いわ。」
「そうなんだけど、実は新居は二世帯住宅で、お母さんの部屋も用意してあるの。」
「二世帯住宅って、同居ってこと?
」
「さあさあ、そういうこと。でもお父さんは? 」
「お父さんは来なくていい。私、もう2度と父を演じて欲しくないから。私の気持ちは伝えたよね。お母さんを苦しめた20年間、絶対に許さないから。今度は私がお母さんを幸せにしたいの。私のために耐えてくれた分まで。でももう、お母さんがあの人に縛られる理由はないでしょ。私には立派な夫がいるし、私自身、お母さんを大切にできる経済力もある。」
「知ってるわ。あなたは頑張って看護師になったのだもの。」
「あのさ、お母さん。私が看護師になったのは、お母さんを守りたかったからなんだよ。」
「え…」
「もうお父さんに頼らなくていいの? 一緒に暮らそうよ。夫も賛成してくれてるし。嫌なら落ち着いてから出ていけばいい。今は、あいつから逃げることを考えて欲しいの。お願い。お母さん。」
「あみ、そこまで…」
「私知ってるんだよ。お母さんが離婚届を用意してたのも、経済的に厳しくて我慢してたってこと。でもね、お母さん、もう守る娘もいないし、経済的支援だってできる。よく考えて欲しいな。お母さんが幸せに生きていける方法を。」
「ありがとう、あみ。そこまで言われて、それでもこの生活を続けるほど、私も馬鹿力はないわ。」
翌日。
「自分の洗濯物くらい片付けて。」
「はあ。それくらいお前がやれよ。畳むくらいお前でもできるだろう。俺は疲れてんだよ。」
「そうね。畳むのは簡単よ。でも、その簡単なこともできないあなたは何? そんなに疲れてるって、何してるの?
年でもないし、病気じゃない。」
「はあ。お前は汗水流して働いた経験がねえから、そんなことが言えるんだよ。」
「私だって働いてるわよ。」
「安いレジのパートだろう。偉そうにすんな。とにかく俺は疲れてるんだ。家でくらい休ませろよ。」
「そう。疲れてるなら休みも必要ね。」
「だろ? だから俺は休む。」
「なら、私もたまには休みたいわ。あなたも休んでるんだし、いいわよね。」
「はあ。なんだよそれ。休みって、お前今日元々休みじゃん。」
「一切の労働をしないってことよ。だから今日は家事もやりません。洗濯も料理も掃除も、全部適当にやってください。」
「そんなの許されるはずないだろう。どうして。家事は嫁の仕事だろう。」
「そうね。仕事よ。でも疲れてるのだから休むわ。あなたもそうなんだから、文句言わないでくれない? 」
「俺は外で働いてるんだぞ。」
「私も中で働いてるけど。」
「屁理屈言うなよ。大体、適当にしとけって投げ出すなんて無責任だ。」
「娘の結婚式も『適当に待たせとけ』って言ったわよね。同じことよ。自分から言ってきたんでしょ。」
「そういう意味じゃねえっての。とにかく、ご飯が食べたいなら買ってくるなりして。私、今日は外するから。それじゃあね。」
「くそ。ふざけやがって。」
翌日。
「おい、なんだよ。さっき、いきなり帰ってきたかと思ったら、荷物まとめて出て行きやがって。」
「要件は言ったはずよ。離婚したいの。」
「は? 何それ?
結婚式のことでまだ怒ってんの? まぐちぐち言ってんだよ。」
「あなたが本当に疲れて寝ていたのなら、怒るだけで済んだかもね。でも、あなたが結婚式を『疲れて寝ちゃった』理由って、実際はお酒によって起きられなかったから。そんな無様なことして、どうして許されると思ってんのよ。」
「え? 何言ってんだよ。俺はそんなことしてない。出張行ってたんだぞ。」
「おかしいわね。あなたの同僚の佐々木さんの奥様から連絡があったのに。」
「あ、佐々木の嫁さんから…」
「佐々木さんにも聞いたけど、あなた、出張なんて言ってない。そうね。結婚式の前日は『結婚式の準備』と言って休暇を取っていたって。」
「う、それは…」
「わざわざ隣の市に行ってるなんてね。佐々木さん、驚いてたわよ。『旦那さんがパチンコ屋で遊んでたけど、確か娘さんの結婚式、もうすぐじゃなかったっけ』って。」
「ち、余計なことを。」
「余計なこと? ひどいわ。井戸端会議なんて主婦の娯楽よ。あなたの上司の佐藤部長の奥様も参加してるのに。」
「部長の奥さんとも知り合いなのか。いつの間に…」
「家族イベントでお知り合いになったのよね。あなたが見栄と世間体のためだけに強制参加させたものだったけど、おかげで色んな人と仲良くなれたわ。今度お茶でもしながらお話ししてみようかしら。」
「おい、会社の人間に変なこと言うなよ。」
「変なことって、結婚式のお話をするだけよ。」
「お前な。これじゃ俺が家族のこと大切にしてないみたいに聞こえるだろう。俺、会社では家族思いって思われてるのに。」
「実際、大切になんて思ってないでしょうが。あなたは家族のことなんてどうでもいいんでしょ。」
「そんなことない。大切に思ってる。だから仕事も頑張ってるんだぞ。」
「そうやっていつも否定してるけど。それならなぜ、娘の結婚式より山田さんとのパチンコを選んだの?
」
「分かった。パチンコに行ったのは認めるけど、酒は飲んでない。パチンコはたまたま出張先で山田さんに会って、それで息抜きしてただけなんだ。大体、俺が酒飲んだ証拠なんてねえだろう。」
「あるのよね。これ。」
「なんだよ、それ。」
「あなたが持ってる家族カード、あるでしょ。あれ、結婚式の前日に使われて…当日になるわね。当日に居酒屋で使われてる履歴があったのよ。」
「俺はそんなの使ってないぞ。自分のカードと間違えたんじゃない? 」
「それに、深夜にATMでキャッシングした記録もあるわ。自分のカードと家族カード間違えるって、相当酔ってたのね。そりゃ結婚式も寝坊するわ。」
「なんでそんなもの調べてるんだよ。プライバシーの侵害だろう。」
「家族カードだから、アプリで通知が来てたのよ。このカードは、家庭に必要なものをあなたに買ってきて欲しい時に使っていたもの。それなのに、どうして居酒屋で1万円も使って、深夜に2万もキャッシングしてるのかしら? これで分かった? あなたのついたしょうもない嘘は、全部暴けてるのよ。」
翌日。
「ねえ、いつになったら離婚届を書いてくれるの?
」
「俺はそんなの書かないぞ。大体、俺は悪くないじゃないか。」
「悪くない? どこが? 」
「俺だって男なんだから。息抜きくらいしたいんだよ。仕事のストレスもあるし。」
「あなたのそれはストレス発散の域を超えてるのよ。私の泣けなしのパート代は、この20年間、あなたの借金に消えたわ。おかげで貯金は全くできないし、生活費を勝手に使い込まれても耐えるしかなかった。逃げるためのお金もなかったんだもの。」
「その分、ちゃんと養ってただろう。俺の金で生活してたくせに、偉そうなこと言うなよ。」
「養ってた? ふざけんな。家計が苦しくて、あみの教材費も削ったのに。あなたは平気でパチンコに何万も使って、娘の人生最大の日に寝坊。あなたに父親を名乗る資格なんてないのよ。このクソ野郎。とにかく、離婚調停でもしてでも離婚してやるし、あなたの借金を立て替えた記録は残ってる。慰謝料と借金返済金の相殺。何が何でも払わせてやるから。」
「嫌だ。そんなの払わないぞ。仮にも少なくても金稼いでくれる稼ぎ頭を、今更手放すかよ。」
「あら、ようやく本音が出たわね。嬉しいわ。結婚して20年以上経つのに、あなたの本音を聞けたのはこれが初めてなんてね。」
「お前だって、離婚しなかったのは金があったからだろう。」
「あったのは娘にだけよ。あなたのためじゃない。もう、私は私の幸せのために生きるって決めたのよ。」
同時刻、あみのところに父親から電話がかかってきた。
「おい、あみ。お母さんをなんとかしてくれよ。なんかいきなり離婚とか言ってきて。お前の話なら聞いてくれるだろう。説得してくれよ。」
「何?
結婚式ドタキャンして、その謝罪もないくせに、自分の要件を伝えてくるわけ? 甘えてくるな。あなたなんか、父親じゃない。」
「おい、父親に向かって、なんだその口の聞き方は? 」
「私には優しくて誠実な夫がいるから、お父さんがどれだけクズで最低かよくわかる。お母さんを20年も苦しめておいて、今更何? 離婚されるのだって当然だし、夫婦の問題に娘を巻き込んで、ふざけんじゃないわよ。」
「そんなこと言うなよ。父親が困ってるんだぞ。」
「あのさ、気づいてないの?
私、新居の住所、教えてないよね。」
「え? う、そういえばどこなんだ? 」
「これから先、教えることはないし、電話を切る。お父さんが依存症の病院に行って、ちゃんと治療してくれたら、こうはならなかった。ずっと『俺は違う』って言い訳ばかりして、私たち家族をずっと苦しめたのよ。2度と近づかないで。あんたなんか、父親じゃない。」
「はあ。娘の分際で何言ってんだ。おい、無視するな。返事しやがれ。」
同時刻。夫は妻に怒鳴り散らした。
「なんだよ、あいつ。娘のくせに、父親に向かって縁を切るとか言い出したぞ。こんなこと言うなんて、娘を甘やかして育てたお前が悪い。不良にしやがって。」
「甘やかした? 育児に全く参加してなかったくせに、今更何?
」
「俺だって参加してただろう。」
「へえ。参加してる認識なんだ。あみの誕生日を忘れて、卒業式も入学式も遅刻。熱を出しても『仕事だから』と病院にも連れて行かなかったくせに。」
「いや、それは忙しくて…」
「あなたは家族思いでも、育児に参加してるいい夫でもないのよ。あなたがしたのは経済的DVと育児放棄だけ。それでなんで愛されると思うの? あなたは最低な父親なの。いい加減、自覚しなさい。」
「DVって何だよ。殴ったことなんてないぞ。」
「経済的DVよ。生活費を勝手にギャンブルに使い込んで、家族を経済的に困窮させる、立派な暴力。その証拠はちゃんと揃ってるわ。」
「そんな、お前、証拠集めとか卑怯だぞ。」
「私が何も言わないから、見逃してるか許しているか諦めてると思った。こうしていつか訴えてやるって、その恨みとあみへの愛情だけで、この20年耐えてきた。ようやく実を結ぶわ。弁護士とも正式に契約したの。経済的DVと精神的苦痛への慰謝料として150万円。返済を肩代わりした借金130万。合計280万、払って。」
「280万だと? そんな金あるわけないだろう。お前、頭おかしいんじゃないか。」
「あなたの年収と20年間の被害を考えれば、妥当な金額だそうよ。弁護士さんがちゃんと計算してくれたわ。」
「ふざけんな。お前、俺から金を踏んだくって生きるつもりだな。俺はそんな金払わない。」
「裁判してもいいんだぞ。そうなれば、金のないお前に勝ち目なんてないんだよ。」
「残念だったな。家なしのホームレスだ。」
「そうかしら。実はね、あみが同居を言い出してくれたの。」
「はあ。あみがあいつに、そんな稼ぎあるわけねえじゃんか。」
「呆れた。あなた、娘の職業も娘の婿のことも知らないわけ? あみは看護師で年収500万。結婚相手は大企業の若手エリートで年収800万。十分豊かに暮らせるわよね。」
「そんな稼いでたのかよ。」
「そういうこと。まあ、あなたが知らないのも無理ないわ。あの子、必死に隠してたもの。バレたら取られるって分かってたし。」
「取るのはお前もだろう。娘に寄生するつもりか?
情けない。恥ずかしくないのか? 」
「寄生? 20年間、自分で借金も返さず、生活費を勝手に使い込んでいたのはどちら様でしたっけ? 今まさに私に寄生しようとしてる人が何言ってるわけ?
特大ブーメランとか、そんなレベル超えてるわよ。まあ、頭に刺さっても、学習能力のない小さな脳みそだから、特に問題はなさそうだけど。」
「うるさい。とにかく、お前だって寄生中じゃねえか。」
「それがね、前に言ったけど、私、田中部长の奥様と仲がいいの。奥様から『人手不足で困ってる職場がある』って、正社員のお仕事を紹介してもらったのよ。」
「はあ。お前、仕事するのか? 」
「そういうこと。さすがに娘に養ってもらうほど、くたびれてないわ。私1人でも十分自立できるの。」
「そんなこと、俺の知らないところで色々動きやがって。」
「負け惜しみはもういいかしら。もう2度と夫面、父親面しないで。これからは1人でみじめに生きてね。」
「くそ。いい気になりやがって。結局は金かよ。」
「そうね。お金も大事よ。でも、あなたは失うものがどれだけ大きいか、自覚してないわね。」
「え? 」
「これから生活的な自立ができるかしら? 家事って大変なのよ。料理も洗濯も掃除も、全部1人でやらなきゃいけないのよ。あなたには無理でしょうね。だって、仕事でとっても疲れてるんだもんね。帰っても温かい食事もお風呂もない。疲れても自分で全部しないといけない。シャツが仕上がりが悪くなって清潔感がなくなったら、それで仕事に支障が出るわよね。」
「嫌だ。そんな生活。ちょっと待ってくれよ。俺が悪かった。本当に反省してるから、離婚だけは勘弁してくれよ。1人じゃ何もできないし、慰謝料だって払えないって。あみにも謝るから、もう1度だけチャンスをくれよ。今度こそ、ちゃんとした夫になるから。お前の言うことを何でも聞くから。」
「今まで散々チャンスを上げたじゃない。その度にあなたは裏切ったでしょ。あなたが結婚式当日に言った言葉、覚えてる?
『娘たちは適当に待たせとけよ』って。でも安心して。私たちはもう、あなたを適当に扱わない。完全に忘れて、幸せに生きていく。あなたは必要ないし、関わらない。だから、適当に…でもないの。」
「そんな、俺の家なのに。俺1人なんて寂しすぎるだろう。」
「あら、あなたはいつも1人だったでしょ。自分だけの都合のいい家族を私たちに押し付けて。20年の積み重ねが孤立を生んだの。だから、これはあなたが選んだ道よ。それじゃ、これからは頑張ってね。『適当にできるほど、生きるって簡単じゃないのよ』。」
その後、夫は結婚式をすっぽかしたことはもちろん、仕事中にパチンコをしていたことが職場にバレ、懲戒解雇となった。慰謝料などの支払い総額280万円は、分割払いで支払い続けることになった。1人暮らしで料理も洗濯もできず、コンビニ弁当とコインランドリーの日々だという。
一方、妻は奥様の紹介で正社員となり、自立しながらも、あみ夫婦と二世帯住宅で同居している。今はあみも妊娠中。そのため、妻があみを支えている。
「私がお母さんを支えようと思ったのに」とあみは申し訳なさそうにしていたが、いくつになっても親は子の世話を見たがるもの。あみの気持ちも、きっと自分の子を抱いたら分かることだろう。
我慢ばかりだった私の人生でも、今は間違いなく人生で一番幸せだ。私は私の幸せと、そして娘夫婦と孫の幸せのために、これからは我慢せず生きていこうと思う。