夕方のニュースを見ていると、突然スマホが鳴った。画面には「お姉さん」の文字。三年ぶりだ。出てみると、第一声がこれだった。「正彦さん、お父さんが亡くなりました。それで、葬儀の間はホテルに泊まってください」……何だって?実家があるのに、なぜホテル?そう問い詰めると、姉は「あの家はもう人が住める状態じゃないの」とだけ言った。でも、それ以上に衝撃だったのは、その後の夫婦の会話を偶然聞いてしまったこと…

夕方のニュースを見ていると、突然スマホが鳴った。画面には「お姉さん」の文字。三年ぶりだ。出てみると、第一声がこれだった。「正彦さん、お父さんが亡くなりました。それで、葬儀の間はホテルに泊まってください」……何だって?実家があるのに、なぜホテル?そう問い詰めると、姉は「あの家はもう人が住める状態じゃないの」とだけ言った。でも、それ以上に衝撃だったのは、その後の夫婦の会話を偶然聞いてしまったこと...

「お久しぶりです、正彦さん」

電話の向こうの声に、俺は一瞬固まった。姉の由紀だ。数年ぶりに聞く声は、思ったよりも落ち着いていた。

「え、お姉さん?どうしたんだ、急に」

「実は、さっきお父さんが亡くなりました」

「……そうか。親父が」

本来なら夫である大地が連絡すべきなのだろうが、今は葬儀の準備で忙しいらしい。俺はひとまず親父の最期を尋ねた。

「苦しまずに行けましたか?」

「ええ。ずっと闘病生活で大変だったと思うけど、最後は眠るように」

「それは良かった」

「お父さんは、ずっと正彦さんがお見舞いに来るのを望んでいましたよ」

その言葉に、俺は小さくため息をついた。

「それは本当に申し訳ないと思ってる。俺もミカも、いろいろと忙しくてな。家族が多いと、やることが多くて」

「そうですね。私たちはできる限りお父さんのそばで看病していました。でも、それも子供がいなかったから、かもしれませんね」

「そうだな。俺やミカだって、時間的な余裕があれば親父のそばにいてやりたかったさ。家族なんだから、支え合わないといけないだろ?」

「……そうですよね。私もそう思います。それじゃあ、今から家族全員で実家に帰ります」

「分かった。俺たちもすぐに向かう」

「正彦さんたちは、葬儀の間こちらに滞在することになると思うけど、大丈夫?」

「仕事は問題ないよ」

「では、近くのホテルに泊まってもらおうと思っているのだけど」

「え、どうしてだ?実家は?」

「実家の方がちょっと、いろいろありまして」

「何があるんだ?どうして俺たちが実家に帰っちゃいけないんだ?」

「お父さんが入院してから、ずっと誰もあそこには住んでいないんです。私たちも別の場所で生活していたから、手入れができていない状態で……まだ人が住めるような状況じゃないの」

「姉さんは何をやってたんだ?時間はたくさんあっただろ」

「私だって仕事をしているのよ。そんなに時間が山ほどあるわけないじゃない」

「だとしても、長男の嫁としてしっかりやってもらわないと困るよ」

「とにかく、こちらにいる間はホテルでお願いします」

「別にいいけどさ。ホテル代は、そちらで出してもらえるんだよな?」

「え……」

「急にホテルに泊まれって言われても困るだろ。原因はそっちが管理を怠ったからなんだから、その分のお金は出してくれよ」

「……夫に相談してみます」

「お願いしますよ。とりあえず、俺たちはすぐそっちに向かうから」

通話を終えて十分後、今度は俺が妻のミカに相談を持ちかけた。いや、正確には、由紀が俺に相談してきたと言うべきか。

「あなた、忙しいところ悪いんだけど、ちょっと相談があるの」

「うん?どうかした」

「さっき、正彦さんに連絡をさせてもらったわ」

「ありがとうな。俺があいつと話すと、喧嘩になりそうだったから」

「うん、それは分かってる。それで、正彦さんたちは家族全員でこっちに向かってくれることになったのよ」

「そうか。それは良かった。親父も、全員に見送られれば浮かばれるだろう」

「……正彦さんは、結局一度もお見舞いには来なかったわ」

「そんなわけがないだろう。時間を作れば、来ることはできたはずだ。あいつは昔から、俺たちに対する思い入れがないんだよ。自分のことばかり考えてる」

「正彦さんにも家族はいるからね。ミカさんだって、私からするとよく分からない人よ。無関心なくせに派手な格好だけしてて、ちょっと不気味に見えるわ」

「やめよう、そんな陰口みたいなことは」

「あ、ごめんなさい。……あなたがずっとお父さんのそばにいてあげたでしょ。お父さんは、きっとそれだけで嬉しかったはずよ」

「それならいいんだけどな」

「それで、相談のことなんだけど」

「ああ、悪い。聞き忘れてた。……なんだっけ?」

「実家には、私たち泊まれないじゃない?」

「そうだな。あの家は、あのままじゃ住めないな」

「だからホテルに泊まってもらおうと思ったんだけど、正彦さんの方から『ホテル代は出してくれ』って言われてね」

「そんなことを言ってきたのか」

「実家に泊まれないのは、管理してなかった私たちが悪いから、って」

「あいつをどうしようか。本当に、いつまでも金に汚いやつだ」

「もしあれなら、私が支払うけど」

「そんなことはしなくていい。俺たち二人の貯金だからな。どっちが出しても、結果は変わらないさ」

「そうね。……仕方ないわね。ホテル代は渡しましょう。ごねられても困るし」

「ああ。今はとにかく、親父をしっかりと天国に送ってやることが先決だ」

「そうね。私もそれがいいと思うわ」

「親父を送り出したら、またいろいろと話し合いをしないといけないことがある」

「相続の話ね」

「ああ。すんなり受け入れてくれればいいが」

「大丈夫だと思うわ。正彦さんたちに不利益なことは、何もないはずだから」

「だといいがな。……それじゃあ、ホテルの件は正彦さんに伝えておいてくれ」

「分かったわ」

「ああ、それと、ホテルはこっちで予約をしておいた方がいい。あいつらに任せると、払ってもらえると思って、とんでもなく高いところに泊まるかもしれないからな」

「そうね。それはそうだわ」

一ヶ月後。葬儀も落ち着き、四十九日が過ぎた頃、今度は正彦の妻であるミカから、由紀のもとに電話がかかってきた。

「お姉さん、この間はどうもありがとうございました」

「いえいえ、わざわざ来てくれてありがとう。……どう?そっちは、あれから変わりはない?」

「いや、まあ、ないこともないんですけどね」

「あら、どうかしたの?」

「実は、正彦が仕事をやめちゃって」

「え? そんな話、私たちには全然聞いてなかったけど」

「ずっと考えてたみたいなんですよね」

「……大丈夫なの?」

「いや、やっぱり家族もいますし、ちょっと不安ですよ」

「そうよね……」

「そこで、ちょっとお姉さんたちにお願いがあるというか」

「うん? 何?」

「確か、実家ってお兄さんたちがもらったんですよね?」

「そうね。相続でね」

「……それを、私たちにくれませんか?」

「え……?」

「お姉さんたちって、マンションに住んでるんですよね?」

「いや、もう引き払ったわ。引っ越しも終わって、今は実家で生活してるのよ」

「だったら、今すぐに出てってください。私たちを、その家に住ませてくださいよ。そうしたら家賃が浮いて、生活が楽になるんです」

「ちょっと待ってよ。さすがに、出ていくわけにはいかないわ」

「そんなケチケチしないでくださいよ。あんなボロい家、お姉さんには必要ないでしょ」

「そんな言い方しちゃだめよ。あの家は、大地にとって思い出の家なんだから」

「そんなの、私たちには関係ないじゃないですか。あれは雨風をしのぐための、ただの家でしかないんですよ。そこを私たちが有効活用してあげるって言ってるんです。どうですか?悪い話じゃないでしょ?」

「……これは、私たちだけじゃ決められないわ。兄弟で話し合った方がいいんじゃない?」

「まあ、それはそうですね」

「とりあえず、大地に話をしておくから」

三十分後。大地は、弟の正彦を呼び出して話を始めた。

「正彦、仕事をやめたってのは本当か?」

「ああ、そうだよ。もうしんどかったからさ」

「これで仕事をやめたのは、何度目だ?」

「数えてないから、分かんねえや。別に、俺だってやめたくてやめたわけじゃねえんだよ。俺に合わない仕事を続けても、意味がないだろ」

「だとしても、家族はどうするんだ。食わせていかないといけないんだろ」

「そうだよなあ。……本当に、子供のいない兄さんが羨ましいぜ。マジで子供がいると、出費が多いからさ」

「産んだのは、自分たちだろうが」

「あー、そういうことを言うんじゃない。まあ、そっか。あんたに言っても、理解できないか」

「……お前な」

「それでさ、家の件だけど。別にいいよね? あんたら夫婦が親父から相続した、あの家をよこせよ」

「そんな軽々しく言うんじゃない。そもそも、俺たちが家を相続した代わりに、お前には現金を渡したはずだぞ」

「もらったよ。でも、あれじゃまともな生活はできないんだよ。親父も、もう少し金を残してくれりゃあ良かったのにな」

「ふざけたことを言うな。父さんは、俺たちのために残してくれてたんだぞ」

「だとしても、少ないって言ってるんだよ。親父の愛情なんて、あんなもんだったのかってな」

「……そんなことを言う奴を、あの家に住ませると思うのか?」

「あんたらに、あの家はいらねえだろ。子供のいない夫婦に、あんな広さは不要だ。だから譲れよ」

「お前、俺たちに子供がいないことを、今までずっと馬鹿にしてきただろう」

「だってそうだろうよ。俺なら、子供を産めないような女なんて、さっさと切るね。そんな女と結婚する意味、ねえもん」

「……お前は、ゆいのことまで馬鹿にするのか?」

「間違ってねえだろ。親父にとって、どっちが可愛い子供だよ。孫を産んで血筋を絶やさなかった俺と、子無しのあんたらと、どっちが大切だと思う? どう考えても、俺たちだろうが。そもそもあんたらは、遺産を受け取る資格すらなかったんだよ。それを当たり前のようによこせってか」

「……分かった。それじゃあ、出て行くよ。あの家は、お前たちが好きにしろ」

「は? マジで?」

「ああ。好きにしろ」

「やった! 正直、めちゃくちゃ粘られると思ってたんだ。兄さんが素直で、本当に良かったよ」

「あの家のことは、頼んだぞ」

「はいはい。それじゃあ、さっさと出てってくれる? 俺たち、今すぐにでも引っ越したいから」

十分後。ミカは、由紀に電話をかけた。

「みかさん、家をお譲りするということになりました」

「でしょ?もう私は最初から、こうなるって思ってたんです。わざわざ時間を取らせないでくださいよ」

「こちらがお譲りする、ということは忘れないでください」

「子供を産めないような女に、あの家は不必要でしょ」

「なんですって?」

「私たち、実はお兄さんに同情してたんですよ。あんな嫁と結婚して、かわいそうだなって」

「それを大地に言われるのなら、まだ分かります。迷惑を被ってるのは大地ですからね。でも、どうしてあなたたちに言われないといけないんですか?」

「家族を心配してるからですよ。お父さんも、きっと同じように思われてましたって」

「あなたに、お父さんの何が分かるの?」

「ちょっと、ヒステリーはやめてくださいよ。更年期ですか? とりあえず、私たちに関わらないでください」

「……もういいわ。私から言いたいことは、一つだけ。押入れにお父さんが大事にされていた骨董品を置いてあります。それには絶対に触らないでください。できれば私たちが管理したいのですが、持ち出されたりするといけないので」

「うん、分かりました。そういうのは、全部こちらにお任せください。そして、あまり私たちと関わらないようにお願いしますね」

「ええ、そうさせてもらうわ」

三週間後。今度は、由紀の方から正彦たちに電話をかけた。

「ちょっと、これはどういうことですか?」

「あら、何かしら」

「もう連絡しないとか言ってたけど、そんなこと言ってられない時なんですよ」

「どうかしたの?」

「雨漏りがひどいんですよ。雨が降り出したと思ったら、あちこちから雨漏りして」

「そうなのよ。そこって、大変でしょ」

「……知ってたんですか?」

「当たり前よ。何度もあの家には行ってたんだから。お父さんがまだいた頃は、ギリギリ問題なかったんだけど。お父さんが入院して家を空けるようになったら、正直人が住めないレベルになっちゃったの。家主がいなくなると、家が一気に老朽化するって話は聞いたことあったけど、ここまで分かりやすく出るなんてね。一応、私たちが引っ越す前に業者の人たちに応急処置的なことはしてもらったんだけどね」

「どこがですか? 何もしてないのと一緒ですよ。この状況を、どうにかしてください」

「どうにかって言われても、そこに住んでるのはあなたたちなんだから」

「こんなところに住めるわけないでしょ。というか、なんでこのことを言ってくれなかったんですか?」

「葬儀の時に話したと思いますよ。『実家はいろいろありますので、ホテルにしてください』って」

「いや、あれじゃ分からないですよ」

「だとしても、あなたは自分で『ボロい家』って言ってたでしょ。だから分かってるものだと思ってたわ」

「ふざけないでくださいよ。こんな嫌がらせみたいなことして、どういうつもりなんですか?」

「嫌がらせなんて、私はしてないわよ。そもそも、そこには私たちが住む予定だったの。雨漏りがひどくて住める状況じゃないって、分かってたけどね。その家を無理やり奪い取ったのは、そっちでしょ。なのに、どうして私たちが悪者扱いされないといけないの?」

「むしろ、悪いことをしたのはそっちでしょ?」

「なんですって?」

「それに、家のことなら私じゃなくて、旦那さんと話し合った方がいいんじゃない?」

「……このことを、夫に伝えていいんですね?」

「いいに決まってるわ。もし大地が『ダメだ』って言ったら、黙っててくれるんですか?」

「もういいです。それじゃあ」

五分後。正彦は、大地に電話をかけた。

「兄さん、どうしてくれるんだよ。こんなところじゃ、まともに生活なんてできないだろうが」

「今さら、何を言ってるんだ。お前がそこに住みたいと言ったんだろう。俺に怒っても、意味ないだろ」

「……このこと、知ってたんだな」

「当たり前だろ。俺はあの家の状態を、よく知ってる」

「ここは修理しないと住めないよな」

「雨を気にしなければ、問題ないだろう。ただ、台風が来たら倒壊するかもしれないな」

「そんなことになったら……だから、自分たちで何とかしろと言ってるんだ。俺たちが、この家を修理するのか?」

「そうだよ。俺たちは業者の人たちとも話し合っていた。引っ越してすぐにでも着工してもらうはずだったが、お前らの横やりが入ったからやめたんだよ」

「ちなみに、いくらかかるんだよ」

「屋根だけじゃなく、他にもいろいろと修理するところがあると言ってたから、二百万くらいになるらしい」

「二百万? それを俺に払えっていうのか?」

「そこに住むのなら、それくらいの出費が必要だ、ということだ」

「ふざけるな。あのクソ親父め。こんな不良債権を残しやがって」

「おい、前にも言ったよな。親父のことを悪く言うな、と」

「悪く言わないでどうするんだよ。こんなところ、さっさと潰してしまえばよかったんだ」

「それなら、お前がやってくれよ。潰すのだって金はかかるがな」

「何でもかんでも金が金が言いやがって」

「それは、自分に言ってるんだろ」

「は? 俺が何も知らないと思ってんのか? お前が過去に何度も父さんに金をせびっていたのを、俺は知ってるんだぞ」

「……せびっていた、というか。父さんは、できる限りお前に金を渡していたはずだ。それなのに、お前は父さんのお見舞いにも来ず、葬式にも顔を出さず。どこまで親不幸なんだ?」

「俺はちゃんと子供を産んでるんだ。一番の親不幸をしてるあんたに、言われたくないね」

「まあ、散々迷惑をかけといて」

「うるせえな。俺は俺の好きなように生きてるだけだ。親なら、そのサポートくらいしてくれってんだよ。最低限のサポートすらできないやつが、親みたいなツラすんな」

「……もういい。お前とは絶縁だ。お前は俺の弟でもなけりゃ、父さんの息子でもない」

「なあ、そうかよ。それは大助かりだ。あんたら家族ってのは、最初からクソだったからな。絶縁してもらえて、せいせいするぜ」

「その家から、今すぐに出て行け」

「そうさせてもらうよ」

三日後。正彦たちは、実家を引き払うことになった。

「お姉さん、私たち、この家を出て行きますから」

「そうみたいですね。できるだけ早くお願いしますね。私たちがそっちに引っ越すことになるから」

「あら、そうなんですか。最初からこうなることは分かってたから、時間を取らせないで欲しかったです。……こんなボロい家が、そんなにお気に入りなんですねえ」

「私も何度か行かせてもらったけど、思い出深い家ではありますし。大地にとっては、家族との思い出が詰まった、かけがえのないものでしょうから」

「修繕は、払われるんですか?」

「もちろんです。実はお父さんが入院される前から、修繕しないといけないという話は出ていたんです。その時からずっと夫と貯金をしていたから、問題はないんです」

「あんな家のために、本当に無駄なお金の使い方ですよね」

「それは、人によりけりですよ。……まあでも、あそこは資産価値もあるし、そこまで無駄なお金ってわけでもなさそうですしね」

「え?」

「今はまだ計画段階らしいけど、なんかあの近くに新幹線の通る駅ができるっていう話があるんです。それができたら一気に再開発されるみたいで、そうなるとあそこの土地は価格が跳ね上がるって話ですよ。実際に不動産屋の人たちが、何度か話をしに来ましたからね」

「そうなの? それは知らなかったわ」

「不動産屋の方たちの話では、ほぼ決定しているそうですよ」

「……だったら、私たちはここに残るわ。修繕費用だって、私たちが出すから」

「バカなことを言わないでください。そこは、私たちの土地だし家なんですよ」

「今はまだ、私たちの家のはずです」

「違います。相続をした時点で、名義は大地になってるんです。あなたたちは家族だから、住ませてあげていたというだけなんですよ」

「そういうことだったんですか?」

「そうよ。私たちの温情で、住めてたの。でも、二人で話し合った結果、あなたたちは家族じゃなくなった。そんな人たちがあそこに住むのを、許すわけないでしょ。だから、さっさと出ていってもらえますか? もし出て行かないようなら、今すぐに強制退去させてもいいですよ」

「……分かりましたよ。出ていけばいいんでしょう」

「早くお願いしますね」

一ヶ月後。正彦のもとに、由紀から一本の電話が入った。

「正彦さん、一つよろしいですか?」

「なんだよ。もう、あんたとは無関係のはずだぞ」

「そうですね。ですが、これだけはお伝えしておこうと思いまして。……あなたなのか、みかさんなのか。はたまた二人なのか。それは分かりませんが。実は、押入れに置いてあったお父さんの骨董品が、なくなっていたんです」

「……は?」

「ああ、その様子だと、どうやら知らないようですね。となると、やったのはみかさんですね」

「それは、本当なのか?」

「ええ。こちらはちゃんと何が置いてあったのかを調べてますし、写真を撮って証拠も残してあります。だから、亡くなっているのは確実です」

「あいつが盗んだのか……」

「そうだと思いますよ。それで大地と話し合った結果、亡くなった分をすぐに戻してもらえれば、警察に被害届は出さないと言っています」

「待ってくれよ。戻すって、どうやって戻すんだよ」

「売ったのなら、買い戻して私たちに渡してくれればいいんです」

「それって、いくらくらいになるんだ?」

「全部合わせれば、百万は確実に超えると思います」

「いや、待ってくださいよ。そんなの、払えるわけないでしょう」

「みかさんは売ったお金を持ってるんです。払えないわけ、ないですよ」

「いや、でも、きっとあいつはもう使ってますって」

「だから何ですか? 返すつもりはない、ということですか? だったら警察に被害届を出します。みかさんは、警察に逮捕されることになるでしょう」

「いや、それは勘弁してくださいよ。うちには、子供もいるんですよ」

「子供のためにも、悪いことをしたら逮捕されるんだ、というのを教えてあげるいい機会です。あなたたちのように、子供が可哀想なことにならないようにね」

「勘弁してくれよ。家族だろ」

「家族ではありません。絶縁をしたはずです」

「冷たすぎるって。親戚だからって、他人だからって、そんな……」

「兄さんと話すから、黙っててくれ」

「大地はあなたのことをブロックしてます。電話も拒否してますから、話せませんよ」

「なんでだよ。なんで見捨てるようなことをするんだよ」

「まあ、甘えたことを言わないで。……あなたのことを、どれだけ大地が気にかけてたと思ってるの?」

「気にかけてた?」

「お父さんはね、ずっと前に、あなたのことを『勘当したい』と言ってたんですよ。お金を借りて返さないことに、怒ってたんです。そんな時、大地があなたの代わりにお金を返してたんです。あなたが返済した、と言ってね。そうやって、あなたとお父さんが仲違いをしないように、ずっと気を使ってたんですよ。それなのに、あなたはそんな大地をバカにして。……それに、子供ができないことが、そんなに悪いことなの? 私だって大地だって、そのことで苦しんだわ。だからって、あなたにそんなことを言われないといけないの?」

「……それは、謝ります」

「謝らなくていいです。とにかく、ちゃんとお父さんの大切にしてた骨董品を返してください」

「……また、家族に戻ることはできないんですか?」

「無理に決まってるでしょ。あなたはもう、私たちの血筋から外れたんですから」

その後、正彦は借金をして骨董品を買い戻し、由紀たちに返した。その結果、引っ越しの初期費用なども重なり、多額の借金を抱えることになった。正彦はミカに働くように言ったが、ミカは拒否した。そこから二人の仲は悪くなり、最終的には離婚することになった。

ミカはシングルマザーとなったが、実家の両親からは同居を拒まれ、結果的にワンオペで家事に育児に仕事にと、やらなくてはならなくなった。正彦も借金を返すためにアルバイトをいくつも掛け持ちし、肉体的にも精神的にもギリギリの生活を送っているという。

一方の由紀たちは、実家を綺麗に修繕し、快適な生活を送っている。お父さんがいなくなって寂しい気持ちはあるけれど、お父さんが残してくれたこの家と夫の二人で、素敵な思い出をたくさん作っていきたいと思っている。

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