その日、母はいつも通り夕飯の支度をしていた。そこへ、結婚してから一度も帰省しなかった長男からLINEが届いた。「今年のお盆は嫁連れて帰るわ。」その一言から、家族の闇が静かに暴かれ始めた。長男は「長男なんだから優遇されて当然」と豪語し、母に高級寿司を要求。しかし、母が「平等に育てた」と返すと、彼は激怒した。「年金暮らしの貧乏ババアには、こんなもんしか出せないのかよ。」その場にいた全員が凍りつい…

その日、母はいつも通り夕飯の支度をしていた。そこへ、結婚してから一度も帰省しなかった長男からLINEが届いた。「今年のお盆は嫁連れて帰るわ。」その一言から、家族の闇が静かに暴かれ始めた。長男は「長男なんだから優遇されて当然」と豪語し、母に高級寿司を要求。しかし、母が「平等に育てた」と返すと、彼は激怒した。「年金暮らしの貧乏ババアには、こんなもんしか出せないのかよ。」その場にいた全員が凍りつい...

母さん、久しぶり。急なんだけど、今年のお盆は実家に帰る予定なんだ。別に問題ないよな。

「構わないけど、どうしたの? 結婚してから一度も帰省なんてしてなかったでしょ。」

「なんだよ。可愛い長男が嫁連れて帰るって言ってるんだから、喜べばいいだろ。それよりいい店予約しておいてくれよ。嫁の前で恥かきたくないから。」

「ていうか父さんって家に帰ってきてないよな。」

「そうだけど、お父さんに何か用があるの?」

「いや、いないんだったら俺らが実家にしばらくいてもいいだろ。もうすぐ家の更新期間でさ、どうするか悩んでたんだよ。父さんが帰ってくるまででいいから泊めてくんね。相談もしたいし。あ、そうだ。みやともLINE交換しといてくんね。何かと便利だからさ。」

「そりゃ構わないけど。」

数分後、嫁のみやからメッセージが届いた。

「お久しぶりです。帰省楽しみにしていますね。秀夫さんが食べるならお寿司がいいと言っていました。」

「そうなの。あの子、昔から好きだったものね。考えておくわ。」

「あの、秀夫さんって長男なんですよね。長男が帰ってくるなら、それなりに張り切るものじゃないですか?」

「そう言ってもね。うちは三人兄弟だから、誰かを特別扱いなんて育て方はしてないのよ。」

「秀夫さん、多分傷ついてますよ。自分が優遇されてないって。」

「傷つくと言われてもね。長男だけ優遇したら、下の子たちが傷つくじゃない。母親としてはなるべく平等にしたいのよ。秀夫だって、好きで長男に生まれたわけじゃないだろうしね。」

「とにかく、豪華なお寿司お願いしますね。」

その日の夕方、次男のけんさんから電話がかかってきた。

「お疲れ様です。もうすぐお盆ですけど、今年はどうですか?」

「うーん、帰りたいと思ってるんだけど、なかなかね。」

「何かあったんですか? もしけんさんが良ければ、電話してもいいですか?」

「もちろん。」

数分後、電話を終えたけんさんはこう言った。

「ありがとう。話してすっきりしたわ。」

「いやいや、こっちこそごめんな。まさかそんなことになってるなんて。しかしみやさん、そんな感じの人だったかな。顔合わせとか結婚式の時は物静かで優しそうな人だと思ってたんだけど。結婚式以来会ってないけど、あんな強い言葉を使う人だったかなって。」

「さすが営業マンは見る目が違うわね。」

「言われてみれば確かにそうだわ。いろいろ帰省について考えないとな。俺もちょっと調整してみるよ。」

「ありがとう。お願いね。」

そしてお盆当日。集まった家族の前で、秀夫が突然怒鳴り出した。

「ちょっと、なんで帰っちゃうの? これから大将が握ってくれてる時に失礼じゃないの。」

「ふざけんなよ。お盆に長男夫婦が帰省したのに、安物食わせんな。」

「安物って、大将が握ってくれる回らないお寿司のどこが安物なのよ。」

「いやいや、銀座の高級寿司じゃなくて、田舎のじじいが握る寿司だろう。回転寿司の方がマシだっての。まあ、年金暮らしの貧乏ババアじゃこんなもんか。みやもがっかりしたって言ってるし、俺ら先に家帰るわ。レビューのいい高級寿司の出前見つけたから、それ頼んで食ってるから。母さんはそこで食べてくれば。俺らの寿司代はもちろん払えよ。お題をつけといてもらうからさ。よろしく。」

その瞬間、玄関のドアが開いた。

「調子に乗るなよ、ガキが。」

「え? 父さん、なんで当たり前だろ。母さんから聞いて全部知ってんだよ。ちなみに俺も今、寿司に合流したからな。」

「どういうことだよ。父さん、大阪だろ?」

「母さんから相談を受けて、仕事の調整をして帰省したんだよ。お前、随分母さんに散々なことを言ってくれたみたいだな。」

「そんなことないって。母さんが大げさに言ってるだけで。」

「黙れ。お前は何を勘違いしているんだ? 昔からそうだ。自分が世界で一番偉いと勘違いした態度を取って、どこかで痛い目を見ないと分からないようだな。すでに痛い目を見た後なのか知らんが。」

「どういう意味だよ。別に…」

「とにかく、母さんに失礼な態度を取ったことは許さない。そのまま家で待ってろ。」

五時過ぎ、秀夫は妻のスマホを手にして言った。

「俺は適当に逃げるからな。お前はなるべく親父たちを家に引き止めておけよ。そのためにスマホを置いていくんだからな。終わったら俺に返せよ。分かったか?」

「分かってます。」

「たく、マジで大事な日だぞ。あの親父に気に入られろよ。あの家を絶対に手に入れないといけないんだからな。しくじったらただじゃおかねえぞ。分かってんだろうな。」

「大丈夫。うまくやります。」

「それくらい当たり前だろ。このクソ女。」

数分後、みやから突然の電話がかかってきた。

「お母さん、助けてください。」

「え? どうしたの?」

「秀夫さんが、お父さんからのLINEに慌てて逃げ出したんです。でも家に誰もいないと怒られるから、私を置いて行きました。その時やっとスマホを返してもらえて…」

「スマホを返してもらえた? どういうこと?」

「今までのLINE、全部秀夫さんが私のスマホでやってたんです。私が送ったふりをして…。失礼な連絡をしてしまって本当に申し訳ありません。あれは私じゃなくて秀夫さんが送ってたんです。本当です。信じてください。私、お母さんたちに話さないといけないことがたくさんあって。」

「分かったわ。大丈夫。怒ってないから。とにかく急いでうちに帰るから。待ってて。」

母はすぐに夫に連絡した。

「秀夫が逃げたみたい。地元の知り合いには連絡済みだからな。どっかの店に駆け込めばすぐ俺に連絡が来る。俺は今から車で心当たりあるところを渡ってくるから。」

「ありがとう。今、みやさんから連絡が来たの。」

「なんだ、秀夫が何か文句でも言ってきたのか。」

「違うの。今までみやさんだと思ってLINEをやり取りしていたのは、全部秀夫のなりすましだったって。」

「なんだって?」

「私にも何が何だかわからないんだけど、嘘をついてるようにも感じないっていうか…。ほら、あなたも言ってたでしょ。あんな強い言葉を使う人だったかしらって。」

「ああ…。じゃあ、まずは直接話してみなさい。LINEだけじゃ分からないことなんだから。」

「そうよね。急ぐわ。でも、もしかしたら秀夫は取り返しのつかないことをしているかもしれない。最悪の事態を覚悟しておく必要がある。」

「何があっても、みやさんを守ってやってくれ。」

「分かったわ。」

夕方、けんさんから連絡が入った。

見つけたよ。スナックに隠れてた。今、秀夫にLINEして捕まえてくる。」

「気をつけてね。」

「それと、みやさんのことなんだけど…」

十五分後、秀夫はスナックの裏口から出てこようとしていた。

「出て逃げても無駄だ。俺がこの町で顔が効くのは分かってるだろう。店の前に車を止めてあるから諦めて出てこい。」

「何なんだよ。俺が何したって言うんだよ。貧乏な寿司にケチつけて何が悪いんだよ。俺は長男なんだぞ。いずれ面倒を見てやる人間に対して舐めたこと言ってんじゃねえぞ。」

「あれがお前みたいなクズの世話になるかよ。俺がどこ勤めか忘れたのか。天下の桃論電気営業部長だぞ。退職金も一千万以上出る役職付きだし、母さんのおかげで家のローンも返済済みだ。」

「は? 嘘だろ? そんなの聞いてねえ。俺の家になるんじゃねえのかよ。」

「なんで俺の家がお前の家になるんだよ。親のものが全部子供のものになるわけがないだろう。いつまでもあると思うな。親と金って知らんのか。」

「ふざけんな。さっさと死んで遺産よこせ。」

「はあ。全く話が通じないな。お前、仕事できないだろ? お前が俺の部下だったら首にしてるわ。」

「だとてめえ…」

「とにかくお前は、しばらく実家にいてもらうぞ。ああ、もしかしたら警察の世話になるかもしれないがな。」

「は? 何言ってんだよ。」

「さっき、みやさんが入院することになった。」

「は? おい、待てよ。ふざけんな。どういうことだよ。」

「知りたかったら、さっさと俺の車に乗れ。抵抗するなよ。お前、俺が柔道何段か忘れたか?」

一時間後、けんさんから母に連絡が入った。

「あのバカは回収したよ。これから家に帰るけど、暴れるかもしれないから。幸恵は友達の家かホテルに避難してくれないか?」

「ええ、分かったわ。教えてくれてありがとう。秀夫との話し合いが刺激しないように、全部の情報は渡さないようにするつもりだ。」

「それがいいわ。私、もう秀夫のことが分からないの。みやさんのことを思うと…。私と目があった時、すぐには顔を触らせてくれなかったの。ものすごく怯えてた。もしかしたら秀夫が私と顔が似てたからかもね。目元がよく似てるから。顔も真っ青で震えていて…。私、本当に怖くなっちゃって。救急車も警察も怖いって言うから、自分で車で病院まで運んだんだけど、私まで事情聴取を受けることになっちゃって。」

「母親だし、そうなるのも仕方ないかもな。多分俺も受けることになるかもしれないし。」

「もう、私どうすればいいのかしら。」

「ひとまずだけどな。この家をすぐに手放す準備を進めた方がいい。」

「どうして?」

「きっとここは、あいつにずっと執着され続ける。職場にも話しておくから、残り一年だけはこっちで過ごしてほしい。」

「でも、お母さんたちを施設に入れてるし、お見舞いに行かないと。」

「だからって、幸恵に何かあったらどうするんだ? 俺は幸恵が大事だし、お父さんたちだって幸恵に何かある方が嫌がるはずだ。」

「そうね。たまに新幹線で帰ってくればいいものね。ありがとう、けんさん。けんさんがいてくれて本当に良かった。」

数十分後、家に戻った秀夫が叫んだ。

「おい、ババア、お前マジで何してくれたんだよ。親父ぶち切れだろうが。」

「そりゃ切れたくもなるでしょ。みやさんに何をしたの? あんなに痩せて、体中傷だらけで。自分の息子がこんなに恐ろしい人間だったなんて、私だって信じたくないわよ。」

「俺は何もしてねえよ。ちょっと躾けただけだろ。夫として当然だろうが。」

「ありえない。こうしてLINEしてるのも嫌なくらいだわ。気持ち悪い。」

「うるせえな。ババアの話なんかどうでもいいんだよ。みやはどこだ? 合わせろ。俺の嫁だぞ。くそ。こうなるなら連れてくればよかった。余計なことしやがって、あのバカ女。」

「あなたが何と言おうと絶対に合わせないわ。というか、お医者さんの許可が降りないから無理でしょうね。」

「なんでだよ。俺の嫁だって言ってんだろ。出せよ。」

「あなたの名前を出すだけで震えてしまうくらいなのよ。自分が何をしたか、本当に分からないの?」

「分かんねえよ。俺とみやはうまくやってた。あいつは俺の言うことに逆らわないし、俺もみやのために汗水垂らして働いてた。他の人間に文句言われる筋合いなんかねえ。話にならないわね。」

「とにかく、警備員にも顔と名前は知らせてある。病院に近寄ろうと思わないことね。あなたはその家から動かないで。お父さんにもこのやり取りは伝えておくから、怒りに任せて暴れるんじゃないわよ。」

数日後、けんさんが電話で近況を報告してくれた。

「秀夫はどうしてる?」

「何度か家を出ようとして暴れたから、五回くらい背負い投げしたら大人しくなった。」

「さすがね。」

「それに知り合いが家の周りを見てくれてるし、警備システムも元々導入してるから脱走は諦めたっぽいな。ただ、あっちこっちにみやさんに連絡がつくように連絡しまくってるっぽい。」

「うっそ。なんでみやさんの友達の連絡先なんて… みやさんのスマホからデータ移してたんだろうな。背筋が凍るかと思ったわ。」

「令和に蘇る、世にも奇妙ななんちゃらだよ。」

「病院に行くにもタクシー徹底してくれよ。みやさんはどうしてる?」

「今は眠ってるわ。疲れてるんでしょうね。今日みやさんのご両親が来てくださるから、それで少し落ち着くといいんだけど。」

「そうか。よかったよ。俺も挨拶に行くから、到着時間が分かったら教えてくれ。秀夫の調査ももう少しで結果が出そうだから、分かったら連絡するよ。」

数時間後、けんさんが調べた内容を伝えた。

「秀夫、お前会社にもいろいろ調査してもらったけど、先月、仕事首になってたらしいな。」

「首じゃねえ。俺から辞めてやったんだ。俺に相応しい仕事はもっといっぱいあるんだよ。」

「そうか。部下へのパワハラ・モラハラで精神的DVで訴え起こされて、三人に対してそれぞれ慰謝料八十万円、合計二百四十万円の支払いを命じられてるくせにか。」

「なんでそんなこと知ってんだよ。」

「あちこち連絡して調べたに決まってるだろう。地元だけじゃなくて、いろいろと顔は広い方なんだよ。息子の勤務先の上役とは、全員一度声をかけて飲んで連絡先も把握済み。昭和の営業マンを舐めんなよ。」

「昭和の根性論とかマジでいらねえから。マジキモい。怖い。」

「お褒めに預かり光栄だな。で、みやさんとは職場恋愛だったらしいな。」

「マジでどこまで調べてんだよ。」

「事務だった彼女に対して随分な勢いで口説いていて、あまりの必死さが怖すぎて心配していたと同僚からの証言が得られたよ。みやさんへの執着は異常に見えたらしいぞ。結婚してから性格が変わったみたいで、LINEも徐々にしなくなったと言っていた。」

「そんなの俺が知るかよ。」

「内容を見せてもらったが、確かに結婚前のやり取りとは人が違うみたいだった。お前、みやさんのスマホを管理していたんだろ。」

「はあ。そんなことしてねえよ。探偵ドラマの見すぎだろ。証拠でもあんのか?」

「今、みやさんが警察にいろいろ証言してるところだよ。隠れてつけてた日記も家にあるらしいし、立証は難しくないんじゃないか。」

「警察? あのクソ女、なんでそんなことをしたんだ? 異常な行動だって分からなかったのか?」

「みやはぼーっとしてるし、自己主張もはっきり言えないから、俺が管理してやらなきゃダメだと思ったんだよ。だから仕事も辞めてもらったし、連絡も俺が管理してたんだ。大事な嫁だからだろ? 当然のことだろ。」

「お前がなんでそんな風になってしまったのか、もう俺にも母さんにも分からない。ただ、血の繋がりがある以上、後始末はしないといけない。お前とは絶縁だ。」

「待ってくれよ。そんなの困る。俺とみやを見捨てるつもりか。」

「みやさんとの離婚が成立するまではやり取りするさ。慰謝料も取らないといけないし。そもそも傷害事件に発展しかねない内容だからな。」

「こんな夫婦喧嘩ごときで逮捕されるわけないだろ。大げさなんだよ。」

「そうか。今の時代、分からんよ。相談している弁護士の話では、かなり悪質だから書類送検か実刑に持っていけるんじゃないかだとさ。」

「実刑? そんな嘘だろ?」

「ここから先は何とも言えないが、お前の家にも捜査が入るから、それ次第じゃないか。」

「なんでだよ。俺の家だぞ。勝手に入るな。」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ。監禁されていた証拠が残ってると、みやさんが証言している。自宅の中は監視カメラだらけ。自分の行動は常に把握されて、お金も管理されて自由にできない。自由に外出もできない。LINEもできない。本当に話を聞いた時はぞっとしたよ。でも、この録画の証拠でお前にとどめを指すことができる。その時まで大人しく待ってろ。俺はみやさんの病院に行ってくるから。」

「ふざけんじゃねえ。出ろよ。話はまだ終わってねえぞ。クソじじい!」

数分後、秀夫は病院の入り口でみやを呼び止めた。

「おい、出ろよ。俺の言うことが聞けないのか?」

「聞かないです。私はもう、あなたの妻じゃなくなるので。というか、一度でも妻らしい扱いなんて受けたことなかったですけど。」

「なんだと? 何生意気な言いぐさだ、てめえ。家の外に出たからって調子乗ってんじゃねえぞ。」

「結婚する前から付き合いたくないって言ってたのに、何回も何回も告白してきて迷惑でした。一度付き合えば満足するかと思って仕方なくOKしたら、結婚しなかったら一生つきまとってやるって脅してきて。ストーカーみたいなことまでしてきて逃げ道をなくして、結婚したらモラハラ・パワハラの毎日。何回消えてしまいたいと思ったか…。でも今の状況も悪くないですね。だって、お父さんとお母さんが、あなたを地獄に叩き落としてくれるんですから。」

「ふざけんじゃねえ。二度とそんな生意気な口を聞くんじゃねえぞ。俺が夫で主人だ。」

同時刻、母がスマホを持って言った。

「そうやってずっとみやさんを攻め立てて、言うことを聞かせていたわけね。本当に最低だよ。」

「なんで母さんが…?」

「今の、みやさんのLINE全部私からよ。もちろん、横にみやさんがいる状態ね。秀に何か言ってやりなさいって言ったんだけど、指が震えて打てないって言うから、みやさんの言葉を聞いて私が代わりに打ったの。」

「よそ様の大事なお嬢さんをこんなに傷つけて…。蝕んだ罪、一生消えないと思いなさい。さっきみやさんのご両親が到着されて、みやさんを見てどれだけ傷ついたことか。同じ親として、本当に恥ずかしかったし悔しかったわよ。本当に申し訳なかったわ。」

「何なんだよ。なんで俺ばっかり攻められないといけないんだよ。俺は俺なりにみやを大事にしてたって、何回も言ってるだろう。なんで誰も理解してくれないんだよ。」

「あなたはきっと、生まれた時からどこか足りなかったんだろうね。」

「なんだと? 俺が弟たちより出来が悪いっていうのかよ。ガキの頃から結局俺より二人の方が可愛かったんじゃねえか。」

「足りないっていうのは能力じゃなくて、心の話よ。心に穴が開いてるから、もっともっとと求め続ける。そして人から媚びを売られることに快感を覚えて、自分より下の人間を作ることに執着していった。」

「違う。そんなんじゃない。俺は優秀だから、出来の悪い人間を指導してただけだ。」

「あなたは部下にも手当たり次第だった。ある意味、精神を病んでいたのかもしれないわね。父さんが言ってたことだけど、しっくり来たもの。」

「違う違う違う違う。俺はそんなんじゃない。そんな人間じゃない。」

「母親でも、子供と分かり合えないことがあるんだね。今日限りで、あなたは私の息子じゃないよ。」

「嫌だ。待ってくれよ。見捨てないでくれ。俺にはもう母さんしかいないんだよ。母さん、母さん、頼むよ。昔みたいに、良い子だねって。賢い子だねって褒めてくれよ。俺、どうすればいいんだよ。」

「…ねえ、母さん。母さん。頼むよ。声聞かせてよ。お願いだよ、母さん。」

「会社も首になって、貯金も慰謝料で底をついて、うちに帰省しようと思ったんだろうけど、残念でした。年金暮らしの貧乏ババアにはとても養えないので、どうぞ兵の向こうで暮らしてください。もうブロックするからね。これで本当にさよならよ。」

数分後、けんさんに電話をした。

「秀夫からLINEが来て、ブロックしたわ。」

「それがいいよ。あとは俺に任せて。」

「私、母親失格かしら。あの子を傷つけていたのかしら。子供みたいに、母さん母さんって。」

「そんなの、幸恵の両親に訴えただけだよ。幸恵が甘い顔をすれば、コロッと態度を変えたさ。突き離すのが幸恵の義務だから、いいんだよ。もちろん、何でも話していいってことじゃなくてな。親として責任を取らせることはやり遂げる。それができればいいんだよ。」

「そうね…。そうだ、けんさん。さっき、兄夫婦から連絡があったよ。母さんが心配だから、すぐ帰るって。」

「二人から、幸恵はちゃんと愛されてる。だから幸恵は間違ってないよ。」

「うん。ありがとう、けんさん。」

数ヶ月後、みやから電話があった。

「お母さん、無事に退院できました。これから両親と実家に帰ります。」

「おめでとう。よかった。そして本当にごめんなさいね。あなたの人生をこんなことにしてしまって。」

「そんなことないです。自分でちゃんと断れなかった私が悪いんですよ。こうやって助けてくれたこと、本当に感謝してます。私の両親も、改めてお礼の連絡をさせて欲しいと言っていますから。」

「こちらこそよ。実家でしっかり療養して、いい人生を歩んでね。秀夫のバカのことは心配しないで。私の頼りになる夫が、しっかり対応してくれるから。慰謝料と治療費も振り込んでおいたからね。」

「はい。ありがとうございます。お母さんとお父さんも元気で。また必ずご挨拶に伺いますから。」

数分後、夫が帰ってきた。

「みやさん、退院してご両親と実家に戻られたって。」

「そうか。よかった。よかった。」

「それで秀夫だがな。傷害罪・脅迫罪で逮捕。反省の余地がないこと、期間が長いこと、悪質性が極めて高いことから実刑判決になった。懲役三年だよ。」

「そう…。あれだけのことをしでかして、たったの三年だなんて判決が軽すぎるわよ。」

「大変なのは出所後だろうな。弟たちにも伝えてあるし、今後は関わらないよう徹底するさ。」

「そうでしょうね。あの子たちはまだ独身だから動きやすいでしょうし、なんなら無戸籍にでもなって苗字を変えてもらいたいくらいよ。その方が世間にもバレないだろうし。」

「そりゃいいな。もう少ししたら帰るけど、何か買って帰るものはあるか?」

「麺つゆ。今日は肉じゃがにするから。」

「ありがとう。幸恵と一緒に暮らせるのは、本当にいいもんだな。明日は高齢者向けマンションの見学日だし。落ち込んでる暇はないぞ。」

「そうね。楽しみだわ。」

その後、秀夫は実刑判決、懲役三年の判決が下り刑務所に入った。みやさんへの慰謝料と治療費は三百万円。一旦私たちが立て替えることにしましたが、分配する予定だった遺産を前倒しで当てることで精算しました。

出所後、頼る人もなく、お金もなく、彼がどう生きていくかは知りません。縁を切った人間ですからね。

私はけんさんの定年退職までの一年を関西で過ごし、その後は元々住んでいた場所にある高齢者向けマンションに引っ越して、けんさんと二人暮らしをしながら施設にいる両親の元に通う予定です。

子供が三人いて、同じように育てても、同じように子供が育つわけではない。悲しいし寂しいですが、それ以上に人としての嫌悪や怒りの方が強い。二度と会うことはありませんし、みやさんの今後の人生が幸せであることを願うばかりです。

ちなみにみやさんとは、あれからいいお茶友達になりまして、月に一度私がみやさんの地元へ足を運んでいるんですが、少しずつ回復に向かっているのが見ていて分かります。周囲の人たちに愛されてきた彼女ですから、これからきっといい人生になるでしょう。そのためなら、私も夫も何でも協力するつもりです。

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