月の祝いだからって、みんなでバーベキューをするから、週末はうちに来なさい。
お祝いの件でしたら、結構です。きつくて動けないので、家でゆっくりさせてください。
そんなこと言わないで。お祝いなんだから、元気な子が生まれるように、みんなでお祝いしようよ。
本当に無理なんです。それに、私はこういうお祝い事は、別にやらなくてもいいと思ってるんです。
あんたね、本当に常識がないんだから。妊婦は動かないとダメなんだよ。体にいいんだから。
それは分かってます。でも、せめて自分のペースで動かせてください。散歩くらいなら、毎日やってますから。
だったら、問題ないでしょ。うちのバーベキューは、昔からやってる大事な行事なんだから。
お母さん主催のバーベキューは、正直、いい思い出がないんです。もう行きたくないです。
はあ?何言ってんの。うちの嫁なんだから、来るのが当たり前でしょ。
3年前、結婚して初めて参加した時、お母さんにビールをかかられて、びしょ濡れになりました。
あれは、つまづいただけだろ。わざとじゃないよ。
次の時は、私が買い出しに行ってる間に、みんな食べ終わってて、誰もいませんでした。
それは、あんたが遅かったからだろ。
その次は、私の服に火の粉が飛んできて、軽くやけどをしました。
あれも、風のせいだろ。うちのせいじゃない。
もう全部、お母さんのせいです。その度に、何も言えずに我慢してきました。でも、もう限界です。
だからって、何で来ないんだよ。親戚も会いたがってるんだぞ。
だったら、お母さんだけで行けばいいでしょ。私は、妊婦なんです。無理なんです。
妊婦だからって、何でもできないわけないだろう。昔の人は、もっと働いてたんだよ。
それは昔の話でしょ。今は、そんな価値観を押し付けられても困ります。
あんたね、うちの伝統を何だと思ってるんだよ。
その伝統、私は継ぐ気はありません。どうしてもやるなら、お母さんだけで勝手にやってください。
お前、何様のつもりだ。嫁だったら、旦那の実家の行事に参加するのが当然だろ。
だったら、おじいちゃんのことも、ちゃんと考えてよ。おじいちゃん、具合が悪いんじゃないの?
何で知ってるんだ。まさか、あのじいさん、お前に何か言ったのか?
いいえ、何も聞いてないけど、お母さんの様子で分かりました。孫の顔を見せられないかもしれないって言ってたでしょ。
ああ、そうか。だったら、なおさら来いよ。大きくなったお腹を見せてやれよ。
私は、行きません。もし、おじいちゃんに会わせたいなら、病院に見舞いに行きます。でも、お母さんの言いなりになって、バーベキューに行くことはできません。
お前、今日からもう、俺の言うことは聞かないのか。
お母さんの言うことが、間違ってるからです。
嫁の言い分ばかり信じて、実の母の言うことを信じないのか、お前は。
お母さんの言い分は、最初から全部嘘だからです。私にビールをかけたのも、わざとです。
ほら、やっぱりお前、いつまでも根に持ってるな。あれは、つまづいたんだって言ってるだろ。
つまづいたんじゃありません。わざとです。その場で、親戚の人に「おめでとう」って言われたから、一応笑っておいたけど、後でこっそり「引くわ」って言われましたよ。
あんた、何言って…。
お母さんに限って、そんなことするわけないでしょ。あの時、ビールをかけられたのは、本当に事故だったんだよ。
はい、そういうことにしておいてください。
今日は、その話をしに来たんじゃない。月の祝いの話だ。お前は、来るのか、来ないのか、どっちなんだ。
行きません。
お前、後悔するぞ。
それなら、せいぜい、楽しいバーベキューをしてください。
お前が来ないなら、肉を焼く意味がないんだよ。
だったら、最初から私に焼かせるつもりだったんでしょ。
当たり前だ。妊婦なんだから、飯の支度くらいできて当然だろ。嫁ならな。
だったら、お母さんは、どうして私に、ビールをかけたんですか。
あれは、言っただろ、つまづいたんだって。
その次の時は、ジュースをかけましたよね。あれも、つまづいたんですか。
あれは、あんたがテーブルに手を付くからだろ。
お母さんは、私に何かされる度に、必ず言い訳をしますね。それが、一番納得いきません。
お前、いい加減にしろよ。
もういいです。私は、実家に帰ります。
ああ、そうやって、すぐ逃げるんだな。
逃げるんじゃありません。私が、悪者になる必要はないからです。
嫁がいなくて、寂しいだろ。
もう、うんざりです。
私、これから、夫に話します。もう、あんたには、何も言わないでくださいって。
おい、待て。あんまり、調子に乗ってると、旦那の転職を邪魔してやるぞ。
何てことを言うんですか。
昔から、うちの息子の仕事は、俺が何とかしてきたんだ。お前の好き勝手にさせたりしない。
お母さん、息子を何だと思ってるんですか。
当たり前だろ。大事な息子だよ。だからこそ、嫁のあんたが、俺の言うことを聞かないと、どうなるか分かってるだろうな。
お母さん、いくら何でも、それは酷いですよ。
今日来なかったら、そうなると思え。さあ、どうする。来るのか、来ないのか。
行けません。
よし、覚悟しろよ。
夫に話してみます。
ふん、どうせ、息子に何を言っても、無駄だぞ。あの子は、父親の言うことを聞く子だ。
そうかもね。でも、私は、夫が私の味方じゃなかったら、それでもいいと思ってます。
お前、何を言う…。
だって、お母さんは、私のこと、一度も家族だと思ったことないでしょ。ただの、息子の嫁、っていうだけの存在でしょ。
それは、残念だけど、本当のことみたいですね。
もう、明日から、あなたのことは、お母さんって呼びません。
はあ?何て言った?
だから、もう、あなたのことは、呼び捨てにします。そうします。
この、ぶったくり女め!
お母さんが、私を怒らせたからでしょう。自業自得です。
お前、出て行け!二度と、この家に来るな!
ええ、そのつもりです。じゃあ、お元気で。
そう言い残して、私は、義母の家を出た。玄関まで、義母の怒鳴り声が聞こえてきたけど、無視した。
家に帰って、夫に電話をした。すぐに出た。
どうしたの?すごい剣幕だったけど。
もう、実家には行かない。
ああ、わかった。そうする?
勝手に決めないでよ。
ごめん、そうだね。全部、俺が悪かった。お前の言う通り、もう、母さんには、近づかせないようにする。
夫は、そう言ってくれた。
翌日、義父から電話があった。義母には、もう二度と、連絡しないでくれ、と。
私が、悪かった。あの人は、昔から、ああなんだ。すまなかった。
義父の声は、ひどく疲れていた。
いえ、私も、言い過ぎたところがありました。
いいや、全て、あの女が悪い。もう、本当に、お前を困らせるようなことは、言わせないから。
ありがとうございます。
そう言って、一通のメッセージが届いた。夫の母、つまり、義母からだった。
『月の祝い、無事に終わったよ。来られなくて残念だったね。』
私は、何も返さなかった。
それから、数週間後、お腹が張って、病院に行った。張り止めの薬をもらって、安静にするように言われた。
家で一人、おとなしくしていると、義母から、代わり映えのしないLINEが届いた。
『そろそろ、息子の顔、見せなさいよ。』
私は、スマホを置いて、お腹を撫でた。
今は、生まれてくる我が子のことだけを考えよう。
そう思った。
あのバーベキューから、もうずいぶん経つ。お腹の赤ちゃんは、順調に育っている。
今日の検診で、初めてエコー写真をもらった。まだ小さくて、何だか良くわからないけど、確かに、ここに命がいるんだと思うと、不思議な気持ちになる。
病院の帰り、夫を待ち合わせ場所に呼んだ。毎日のように会っているのに、何だか照れくさい。
写真を見せると、夫は、優しい目で、エコー写真をじっと見つめた。
「ああ、これが、俺たちの子か。」
「そうだよ。ちゃんと、動いてるんだよ。」
「本当だ。すごいな。」
そう言って、嬉しそうに笑う夫の顔を見て、私は、この人と結婚して良かったと思った。
その時、スマホが鳴った。義母からだ。
「何だっけな。」
私は、メッセージを開くことなく、スマホを鞄にしまった。
「出なくていいの?」
「うん、別に急ぎの用事じゃないし。」
夫は、何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。
しばらくして、廊下を歩いていると、こちらに向かってくる、見覚えのある人影がある。
義母だった。
私の姿を見つけると、義母は、わざとらしいほど、大袈裟に口を開いた。
「まあ、久しぶりね。元気そうじゃない。お腹、大きくなったんじゃない?ちょっと見せなさいよ。」
そう言って、私のお腹に手を伸ばしてくる。
私は、一歩下がって、義母の手を避けた。
「触らないでください。」
「あら、何よ。嫁のくせに、生意気なこと言わないで。」
「何度も言ってるでしょ。あなたは、私のことを嫁だと思ったこと、一度もないって、私が言ったら、そうなんだろうね。」
「何よ、その態度。この前のバーベキューのこと、まだ根に持ってるの?あれは、あれで、楽しかったじゃないの。」
「私のどこが、楽しかったんですか。あなたの言いなりになって、ビールをかけられて、何が楽しいんですか。」
「あら、あれはつまづいたって言ってるでしょ。もう、しつこいわね。」
「もう、いいです。じゃあね。」
「おい、待ちなさいよ。あんた、今度こそ、本当に実家に帰るつもり?」
「あなたには、関係ありません。」
「はあ?今、何て言った?」
「関係ないって言ったんです。私は、もう、あなたの家の人間じゃないですから。」
私は、そう言い捨てて、振り返らずに歩き始めた。
後ろで、何か喚いている声が聞こえたけど、聞こえないふりをした。
きっと、これが最後のチャンスだったんだと思う。私は、自分を守るために、ようやく、一歩踏み出せた。
その夜、夫に、病院で義母に会ったことを話した。
「お前、大丈夫だったのか?何かされたんじゃないか?」
「うん、大丈夫。ちょっと、嫌な思いしたけど。」
「もう、本当に、なんであの人は…。」
「ねえ、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「あなたは、お母さんと、今後、どうしたいの?」
夫は、少し黙ってから、ゆっくりと口を開いた。
「…しばらく、会うのはやめようと思う。お前も、赤ん坊も、傷つけるような真似は、させたくない。」
「本当にいいの?」
「ああ。お前が、俺の家族だからな。」
私は、嬉しくて、夫の胸に飛び込んだ。涙が、止まらなかった。
「ありがとう。」
「泣くなよ。お腹の子に、悪いだろ。」
「うん。でも、嬉しくて。」
「バカだな。」
そんなこんなで、月日は流れて、無事に、元気な男の子が生まれた。
産まれたばかりの我が子を抱いて、私は、ふと思った。
「ねえ、おじいちゃんに、写真、送らない?」
「おじいちゃん?親父のことは、あんまり知らないけど…。」
「ううん。おじいちゃんって、あの、沖縄にいる人。」
「ああ、爺ちゃんか。何でまた、急に。」
「だって、おじいちゃん、私には、すごく優しかったもん。お母さんみたいに、意味もなく怒ったりしなかったし。」
「…そうだな。俺も、あんまり覚えてないけど、確かに、爺ちゃんは、優しい人だったな。」
「でしょ?じゃあ、送るね。」
私は、何枚か写真を撮って、その何枚かを、沖縄に住むおじいちゃんに送ってあげた。
するとすぐに、おじいちゃんから、電話がかかってきた。
「おお、写真、届いたよ。ありがとう。元気そうだな。」
「はい、おかげさまで。お会いできなくて残念です。」
「いや、こっちこそ。何せ、飛行機に乗るのも、一苦労でな。落ち着いたら、会いに行くからね。」
「はい、楽しみにしてます。」
「爺ちゃん、体、大事にしろよ。」
電話の向こうから、おじいちゃんの笑い声が聞こえてくる。私は、それがとても、嬉しかった。
そうして、私たちの新しい家族は、始まった。
しばらくしてから、夫の実家から、小さな包みが届いた。中には、赤ちゃん用の服と、短い手紙が入っていた。
『初孫の誕生、心からお祝いします。』
お義母さんからだった。
私は、その服を手に取り、しばらく、じっと見つめた。正直、複雑な気持ちだった。今まで、散々、嫌な思いをさせられてきたから。
隣にいた夫が、その手紙を覗き込む。
「…母からか。どうする?返事書く?」
「ううん。いい。別に。」
「そうか。」
「ねえ、この服、着せてみてもいい?」
「ああ、いいんじゃないか。良く似合うだろ。」
私は、生まれたばかりの息子に、お義母さんからもらった服を着せてみた。ぶかぶかだけど、何だか、愛おしい。
「ねえ、お前、どう思う?この人、ちゃんと、私たちのことを考えてくれてるのかな。」
「さあな。でも、少なくとも、赤ん坊のことは、かわいいと思ってくれてるんじゃないか。」
「…そうかもね。」
私は、一度、手紙を机の上に置いて、抱っこしている我が子を見つめた。
「俺たちは、この子に、負の連鎖を繰り返させないようにしよう。」
「うん、そうだね。
ずっと、この子と一緒にいて、守っていく。私たち家族は、それでいいんだ。」
そう言って、私は、夫の腕の中に、そっと体を預けた。
お義母さんからの手紙には、それっきり、返事をしなかった。でも、それは、胸が痛くないわけじゃない。それでも、私は、自分の選んだ道を、信じることにした。
息子が、すやすやと眠っている。
その無垢な寝顔を見ていると、周りの騒がしい出来事が、嘘みたいに思えてくる。確かに、あの日々は、しんどかった。でも、この子に出会うために、あの試練があったんだと思えば、少しは報われるような気がする。
ふと、窓の外を見ると、夕日がきれいだった。
「さて、明日からも、頑張ろう。」
私は、夫に作ってもらった夕飯を、息子を隣に置いて、ゆっくりと味わった。何でもない一日の、何でもない夕食が、こんなに幸せだなんて思わなかった。
この平穏が、ずっと続きますように。
そんな願いを、静かに心に刻んだ。
風が気持ちいい朝。おむつ替えをしていると、息子が嬉しそうに笑った。何が嬉しいのかは分からないけど、その笑顔を見るだけで、こっちまで幸せな気持ちになる。
今日も、一日が始まる。
私、妊娠中に、あんなに嫌な思いをしたからこそ、この子の笑顔を守りたいって、強く思えるんだと思う。
もう、誰に何を言われても、私は、負けない。
