朝、いつも通り娘の発表会の動画を妻に送っただけだった。なのに、夜になって帰宅すると、玄関に見知らぬ女が立っていた。「大地くん、久しぶりね」——その瞬間、背筋が凍った。元妻を名乗るその女は、なぜか俺の家を知っていた。動揺する俺に、妻が冷たい目で言った。「この人、誰なの?」必死に説明しようとしたが、女が放った次の一言で、全てが崩れ去った。「あなたの旦那さん、私のことをまだ好きみたいよ」その夜、妻…

朝、いつも通り娘の発表会の動画を妻に送っただけだった。なのに、夜になって帰宅すると、玄関に見知らぬ女が立っていた。「大地くん、久しぶりね」——その瞬間、背筋が凍った。元妻を名乗るその女は、なぜか俺の家を知っていた。動揺する俺に、妻が冷たい目で言った。「この人、誰なの?」必死に説明しようとしたが、女が放った次の一言で、全てが崩れ去った。「あなたの旦那さん、私のことをまだ好きみたいよ」その夜、妻...

大ち、朝に送っといた動画見てくれた?

うん、見た見た。この間の魔王の発表会のやつだろ。

そうそう。うちの子、可愛くない?

そりゃみさの娘なんだから、可愛いに決まってるだろ。

何?私のこと好きなの?

好きじゃなきゃ結婚してないだろ。バカなことやってんなよ。

え、乗ってくる?それにしても、あの腕の角度は頂点だな。

は?腕の角度?

踊りの振り付け自体は悪くない。3歳の幼稚園児でも踊れるように工夫してあるし。

あの、ちょっともしもし。

まあ、本人の顔はいいんだ。顔に観客の視線が向くように、腕の角度をもう少し……

おーい。奥さんが置いてかれてますけど。

うん。あ、終わり。

いや、いつものことだからいいけどさ。クソ真面目っていうか、何て言うか。総合して、魔王の踊りはギリギリ大台だな。

出た。採点癖。

あ、終わり。

謝んなくてもいいって。結婚前は若干引いてたけど。

引いてたのか。

今となっては一周回って面白いから大丈夫。

そうか。

ただし、人前ではあんまりやらない方がいいよ。

悪い癖だって自覚はあるんだけど、ついな。職業病ってやつだよね。人事部で面接も担当してるわけだし、何でも評価するのが癖になってんの。

気をつけるわ。

ま、そこまで仕事に真面目に向き合ってるのは素直に尊敬してるからさ。私の前ではそんなに気にしないで。

ありがとう。

で、話は変わるんですが、ついさっき、あなたの元妻を名乗る女性が来まして。

は?うちに来たのか。

すぐに帰ってもらったけどね。あなたって離婚歴ないって聞いてるし、なんか怖いじゃん。

そうか。その人は、その、知人なんだ。

知人?まあ、私と同年代っぽかったけど。

上司の娘でな。お前と結婚する前に、紹介されたことがあるんだよ。

そうなんだ。付き合ってたとか?

いや、丁重にお断りした。見た目はともかく、感情的な人でな。どうにも合わなかったんだ。

で、なんで元?あの見た目だろ?

うん。まあ、綺麗な人だったよ。スタイルもすごく良かったし。振られたのが納得いかなかったみたいで、それ以来何かと突っかかってくるんだよ。それでついに、我が家にまで来たってわけか。

それで、どうするの?

ほっとくわけにもいかないだろ。上司の娘だし、無下にはできなくてな。俺からまた話をしておく。みさは安心してくれていい。

そっか。大地がそう言うなら、また来るようなら追い返せばいいから。

悪いけど、頼むな。

はいはい。了解しました。じゃ、午後の仕事を頑張ってね。

一週間後。

ねえ、ゆう子。この間、勝手にうちに来たことといい、お前、いい加減にしろよ。

何よ、いきなり。私、何かした?

何をとぼけること言ってるんだ。お前のせいで、みさが魔王を連れて実家に帰ったんだぞ。

私のせい?冗談やめてよ。あんたの不器用さが原因でしょ。

何が不器用だ。実の娘の出産にも立ち合わなかったくせに。

あんたが立ち合ったんだから、いいでしょ。

良くないだろう。そもそも、なんだそのLINEアイコン?

みさとのお揃いだけど。何度も伝えたけど、紛らわしいんだよ。

あんた、社会人なのに知らないの?

は?何が?

あのね、LINEのアイコンを妻とお揃いにしてる男なんて、不倫してるって思われるに決まってるでしょ。

は?そんなの知らないよ。

知らないじゃ済まないんだよ。お前が連日連夜LINEしてきたせいだ。加えてアイコンも一緒で、イライラしてたんだ。

ふーん。つまり、あんたは私にイライラしてたわけ?

そうだ。だから、もういい加減にしろって言ってるんだ。

へえ。じゃあ、はっきり言うけど、私はあんたの妻だもの。あんたの娘を産んだのも私。それなのに、どうして私が責められなきゃいけないの?

それは、お前が……

私はね、大地。あんたのことは信じてる。でも、あんたの元妻って人、あんたのことがまだ好きなんでしょ?あんな人がウチに来るなんて、私が怒って当然じゃない。

……わかったよ。じゃあ、俺からもはっきり言う。あの人はもう過去の人だ。今はお前だけだ。

……本当?

本当だ。だから、魔王を連れて実家に帰るなんてこと、やめてくれ。

……わかった。じゃあ、帰ってもいいけど、あの人がまた来たら、今度は私が追い返すからね。

ああ、頼む。

じゃあ、また後でね。あ、そうだ。明日、娘のまおの発表会があるんだけど、来れる?

ああ、もちろんだ。楽しみにしてるよ。

ありがとう。じゃあ、また明日ね。

うん。また明日。

翌日、発表会が終わってから、大地はみさと娘と一緒に家に帰ってきた。玄関を開けると、そこには見覚えのある女性が立っていた。

……あなた、何してるの?

あら、おかえりなさい。大地くん、久しぶりね。

……裕子さん。どうしてここに?

だって、あなたに会いに来たのよ。何度連絡しても無視するから、直接来たの。

あの、うちに来るのは困ります。それに、俺はもうみさと結婚してるんだ。

知ってるわよ。でも、私のことは忘れたの?

忘れるも何も、あなたとはもう終わった関係でしょ。

終わった?あんた、私のことが好きだって言ったのは、あんたの方でしょ?

それは昔の話だ。今は違う。

嘘よ。あんたは今でも私のことが好きなんでしょ?だって、私のLINEアイコンと同じのにしてるじゃない。

違うわ。あれはみさとお揃いにしてるんだ。

何言ってるのよ。そのアイコン、私とお揃いでしょ?

違うって言ってるだろ。俺の妻はみさだ。

ふん。まあいいわ。ところで、あんたの娘さん、今日の発表会、とっても上手だったわよ。

……まおを見てたのか?

ええ。こっそりね。かわいらしい娘さんじゃない。でも、あんたの子供にしては、あまり似てないわね。

何が言いたいんだ?

別に。ただ、あんたの子供にしては、あんまり似てないと思っただけよ。まあ、私には関係ないけどね。じゃあ、お邪魔しました。

そう言って、裕子は帰っていった。みさは黙ってその背中を見つめていた。

……みさ?

何?

さっきの話、気にするなよ。あの人は、俺に振られたことを根に持ってるだけなんだ。

……そうみたいね。でも、一つだけ聞かせて。

何だ?

私のこと、本当に好き?

ああ。本当だ。何度も言うけど、俺の妻はお前だけだ。

……わかった。信じるわ。

ありがとう。

その夜、二人は久しぶりにゆっくりと話をした。みさは、会社で大地が上司の娘と何かあったことを聞いて、少し心配になっていた。しかし、大地は本当に何でもないと言い、みさもそれを信じることにした。

数日後、みさの元に、一通のメッセージが届いた。差出人は、あの裕子だった。

「あなたの旦那さん、私のことをまだ好きみたいよ。この前も、こっそり会ってくれたし。あなた、もう諦めたら?」

みさは、そのメッセージを見て、すぐに大地に電話をかけた。

もしもし、大地?

ああ、どうした?急に。

ねえ、あなた、この前、裕子さんと会ったの?

は?会ってないよ。何言ってるんだ?

このメッセージ、見て。裕子さんから来たの。

大地は、みさが送ってきたスクリーンショットを見て、ため息をついた。

あのバカ……。あれは罠だよ。俺は何もしてない。絶対に会ってない。

でも、こんなメッセージが来てるのよ。

だから、それは罠だって言ってるんだろ。俺は信じてくれないのか?

……信じたいわ。でも、あんた、昔、あの人のこと好きだったんでしょ?

それは昔の話だ。今は違う。

だったら、なんで向こうからこんなメッセージが来るの?

それは……俺に振られたことを根に持ってるからだよ。俺に復讐しようとしてるんだ。

……本当に何もないの?

本当だ。何もない。俺はお前だけだ。

……わかった。じゃあ、信じるわ。でも、これからはあの人と連絡を取らないで。たとえ、仕事の連絡でも。

わかった。約束する。

みさは、その約束を信じることにした。しかし、その後も、裕子からの嫌がらせは続いた。今度は、みさの会社にまで電話がかかってきて、「大地さんは私の元夫よ」と吹聴し始めた。

さすがに、みさも我慢の限界だった。どうすればいいのかわからず、大地に相談した。

ねえ、大地。裕子さん、今度は私の会社にまで電話してきて、「あんたの夫は私の元夫だ」って言いふらしてるのよ。どうしたらいいの?

……許せないな。俺からちゃんと話をつける。

頼むわ。

大地は、翌日、裕子に会いに行った。

裕子さん。いい加減にしてください。俺たちはもう終わった関係です。それなのに、何故そこまでするんですか?

終わった関係?はっ。あんたの方から近づいてきたくせに。

それは、昔の話だ。今は違う。

今も、違わないんでしょ?あんた、今でも私のことが好きなんでしょ?

違う。しつこいですよ。

じゃあ、なんで私のLINEアイコンとお揃いなのよ?

だから、あれはみさとお揃いにしてるんだって言ってるだろ。あんたの真似なんかしてない。

嘘つけ。あんた、私に気を引かれてるんだろ?

……もういい。これ以上、うちの妻にちょっかいを出すなら、警察に相談しますからね。

警察?何言ってるのよ。ただのストーカー扱い?

ええ。そうなりますよ。あなたのやってることは、立派なストーカー行為です。

あんた……本気で言ってるの?

本気です。俺の妻と娘に手を出すなら、容赦しませんから。

大地の真剣な眼差しに、裕子は一歩後ずさった。

……わかったわよ。もう来ないわ。

そうですか。それがいい。

裕子は、悔しそうに顔を歪めながら、その場を去っていった。

その日から、裕子からの連絡はぱったりと止んだ。みさも、ようやく安心して日常生活に戻ることができた。

一週間後、みさは大地に言った。

ねえ、大地。あの日から、裕子さん、全然連絡してこないわね。

ああ。俺がきちんと話をつけたからな。もう大丈夫だ。

……ありがとう。ごめんね、あんたを信じられなくて。

いや、俺の方こそ、昔の女でごたつかせてすまなかった。でも、もう安心していいぞ。

うん。

それから、大地はふと思い出したように言った。

そうだ。みさ。今度さ、まおと三人で、旅行に行かないか?

旅行?急にどうしたの?

いや、仕事も一段落したし、まおも大きくなったからな。いろんなところに連れて行ってやりたいんだ。

いいわね。じゃあ、今度の連休に、海にでも行かない?

海?いいな。じゃあ、そうしよう。

二人は久しぶりに、穏やかな時間を過ごしていた。そこに、娘のまおが走ってくる。

パパー!ママー!ねえ、何のお話してたの?

お前にもいい知らせだぞ、まお。今度、海に連れて行ってやるぞ。

わーい!海!海に行くの?やったー!

まおが飛び跳ねて喜ぶのを見て、大地もみさも笑顔になった。

本当に、ようやく平和が戻ってきたな。

ああ。そうだな。

二人は、優しく手を繋いだ。すると、まおが突然、神妙な面持ちで言った。

ねえ、パパ。あのね、この前、お母さんが泣いてたの。

……みさが?

うん。パパとママが喧嘩した時、お母さん、一人で泣いてたの。パパがママを悲しませたら、嫌だな。

大地は、みさを見つめた。みさは、少し目を赤くしながらも、微笑んだ。

大丈夫よ、まお。もう泣かないわ。パパがずっと、ママを守ってくれるからね。

うん。約束だよ、パパ?

ああ。約束だ。

大地は、まおの頭を優しく撫でた。その手が、少し震えているように見えたのは、気のせいではないかもしれない。

その夜、娘を寝かしつけた後、二人はリビングで向かい合って座っていた。

……ねえ、大地。さっきは、ありがとう。まおの前で、あんなこと言ってくれて。

いや、俺が言いたかったことだからな。それに、まおの言う通りだ。俺が悲しませたら、いけないからな。

……私、信じるわ。これからは、あんたを信じる。

ありがとう。

しかし、その翌日、また一つ問題が起きた。みさのスマホに、見知らぬ番号から着信が入ったのだ。

もしもし?

あ、もしもし。そちらに、大地さんっていう方はいらっしゃいますか?

……大地に何か用ですか?

あ、私、大地さんの知り合いのものですが、ぜひお伝えいただきたいことがありまして。

知り合い?どなたですか?

いえ、それは会ってからでないとお伝えできなくて。お時間、いただけませんか?

みさは、不審に思ったが、その人物と会うことにした。もしかしたら、また裕子の嫌がらせかもしれないと思ったからだ。

翌日、みさが指定されたカフェに行くと、そこには一人の女性が座っていた。見覚えのない、美しい女性だった。

あの、私がみさですが……

あ、みささんですね。はじめまして。私、大地さんの元妻の、ゆうこと申します。

……何ですか?また、何か用ですか?

まあ、怖い顔をしないでください。今日は、お詫びをしに来たんです。

お詫び?

ええ。この前は、本当にごめんなさい。しつこくしてしまって。私、もうあなたのことは諦めましたから。

はあ……急にどうして?

だって、あの人、本当に怒ってましたから。私のことをストーカー扱いして、警察に通報するとまで言ってましたからね。あの人、本気で言ってるんだなって思ったんです。それに、あんなに必死であなたを守ろうとしてる人を、これ以上困らせるのは、違うなって思ったんです。

……そうですか。

ええ。だから、これからはもう、何もしません。この通り、お詫びします。

そう言って、裕子は深く頭を下げた。みさは、少し戸惑いながらも、その言葉を受け入れた。

……わかりました。こちらこそ、言い過ぎたことがあったら、すみませんでした。

いいえ。じゃあ、私はこれで。お元気で。

そう言って、裕子は立ち去っていこうとしたが、ふと立ち止まり、振り返った。

あ、そうだ。一つ言い忘れてました。あなたの旦那さん、あなたのことをすごく大事に思ってますよ。絶対に幸せにしてくださいね。

……ありがとうございます。頑張ります。

裕子は、そう言って笑顔を見せると、今度こそ、静かに去っていった。

家に帰ると、大地がソファでくつろいでいた。

おかえり。どこに行ってたんだ?

うん。ちょっと、買い物にね。

そうか。今日の晩ご飯は、何がいい?

そうね。じゃあ、今夜はカレーにしない?

いいな。じゃあ、そうしよう。

みさは、キッチンに向かう途中、こっそりと微笑んだ。ようやく、本当の平穏が訪れたのだ。それは、誰にも邪魔されない、静かで温かい時間だった。

その夜、夕食を食べながら、まおが言った。

ねえ、パパ。あのね、今日、保育園でね、『パパはね、ママのことをいちばんすきなんだよ』ってお友達に言ったんだ。

ははは、そうなのか。そりゃあ、パパはママのことが一番好きだからな。

うん!わたしも、パパとママといっしょにいられて、うれしい!

まおの何気ない一言に、二人は顔を見合わせて、優しく微笑んだ。この幸せが、ずっと続いていきますように。そう願わずにはいられなかった。

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