「ご飯、作ったけど冷蔵庫に入れとこうか?」
電話の向こうの夫、シジの声は妙に素っ気なかった。
「あー、いや、いいわ。」
「いいわって、どっち?すぐ帰ってくるってこと?」
「いや、帰らんってこと。」
「え、残業?それならそう言ってくれれば――」
「なんかもう、気を使うのもめんどいんだよ。」
「さっきから何言ってんの?」
「俺、香りと離婚するわ。」
その言葉が、耳を通り越して脳に届くまで、数秒かかった。かおりはスマホを握り直し、自分の耳を疑った。
「え、何言ってんの?」
「だから、正直お前の相手するのだるかったんだよ。いちいち機嫌伺いするのもだるい。」
「何を言ってるの……私たち、夫婦だよね?」
「そうだけど。」
「つまり、どういうこと?」
「理解力なさすぎだろ、お前。そんなんでよく自分の会社、経営できるな。バカなんか。」
「ちょっと待って。さっきからなんでそんなひどいこと言うの?」
「まだわかんないのか?俺はお前と好きで結婚したんじゃねえから。」
「どういうこと……?」
「お前じゃなくて、お前の持ってる金が好きで結婚したんだよ。」
かおりの手から、スマホが滑り落ちそうになった。
「お金……?」
「そう。社長のお前と結婚すりゃ、贅沢三昧だと思ったのに。金の管理は全部お前だし、金持ちのくせにケチくせえし。当てが外れたから離婚する。そういうこと。」
「そんな……」
「お前と1年も夫婦やって我慢してたけど、さすがに限界だわ。好みでもない女と生活とか、普通に無理だろ。」
「なんで……」
「お前と離婚すれば、財産分与で半分もらえるじゃん。前に見たけど、お前の口座、2億くらいあったしな。これが目的だよ。気づいた時、俺って天才かと思ったね。こんなことならもっと早く離婚しとけばよかったわ。無駄に1年も我慢して、時間を無駄にした。」
「最低……!」
「最低でも何でも、日本の法律で決まってることなんで。文句があるなら、俺じゃなくて国に言えよ。」
「最低なのはそこじゃない。お金のために結婚したのが最低だって言ってるの。」
「それに気づかないお前が悪い。ま、俺はお前の理想の男らしいしな。そんな俺と結婚して、1年とはいえいい思いしただろ。その報酬をもらうだけだ。ウンウン言うとこだろ?」
かおりは、今まで自分が見てきた夫の顔を思い浮かべた。優しくて、気が利いて、自分の理想を全部体現したような人。そのすべてが――偽物だった。
「シジがこんな人だと思わなかった。今までの優しいシジは、嘘だったの?」
「嘘ってか、演技だよ、演技。お前に気に入られるために、こっちも努力したんだぞ。理想の男性像とか、いい年して痛い理想持ってたからな。それに合うように、見た目も話し方も全部作った。」
「じゃあ……私が見てたシジって……」
「お前の妄想通りの男なんか、現実にいねえんだよ。そんな夢みたいな話は、寝てる時だけにしろよ。」
「シジは……私を騙してたんだね。」
「お前が勝手に騙されただけだよ。ま、そういうわけだから、さっさと離婚して1億くれな。」
翌日、かおりは親友のマイの家にいた。夜中に連絡もなしに押しかけて、情けない姿を見せた自分に、かおりは自己嫌悪を覚えていた。
「本当に大丈夫?昨日はごめんね。夜連絡もなしに家に行っちゃって。私の方が年上なのに、情けない姿見せちゃった。」
「いいって、いいって。私は香りの親友なんだから。てか、シジ君マジでさって、昨日香りの話を聞いただけでもムカついたもん。」
「マイ、なんか私よりも怒ってたよね。」
「当たり前でしょ。私の親友を泣かすとか、マジで許せない。」
「私のために怒ってくれて、嬉しかったよ。」
「だから、そんなの当たり前。てか、私もなんかごめんね。」
「なんでマイが謝るの?」
「だって、シジ君を香りに紹介したの、私だし。」
「それはそうだけど、マイは悪くないでしょ。」
「でも、シジ君があんなクズだって知ってたら紹介してなかったし。そこはほら、きっと猫かぶってたんだよ。」
「それはそうだね。他人にいい顔して、裏では悪いことしてるんだよ。」
「ああ、悪いことかあ……」
マイが何かを考えるように、天井を見上げた。かおりは急に、自分がどうしようもなく馬鹿だったように思えてきた。
「マイ。やっぱり私がバカだったのかな?」
「どうしたの?急に。」
「だって、シジと初めて会った時さ、私、理想の男性だって浮かれちゃって。」
「それは私が、香りの好きそうな人を紹介したわけだし。見た目も話し方も考え方も、それこそ『こういう人がいいな』って思ってた人でしょ。」
「でも、それって香りは悪くなくない?人間、誰だって理想の人がいたら舞い上がっちゃうよ。」
「私ね、本当に幸せだったの。シジと結婚して、これから子供とか、なんて思っちゃって。」
「本当、見る目ないんだな。」
「だから、香りは悪くないって。そういう香りの気持ちを利用したあいつが悪いんだよ。」
「マイ……ありがとう。」
「マジでムカつくよね。離婚だけ、さっさとしちゃいなよ。」
「でも、なんかシジの言いなりみたいで、悔しくて。」
「それは分かるよ。夫婦だったからって、1億取られるのは癪だし。このまま夫婦続けてても、いいことなくない?」
「それは、そうでしょ。」
「それに私は、弱ってる香りとか見たくないよ。香りは仕事もできて、自分の意見はっきり言えて、私のかっこいい親友なんだから。だから香りには、こんなことは忘れて元気になってほしい。」
「ありがとう。マイのおかげで、私も決心ついたかも。」
「そう。香りはそうじゃなくっちゃ。」
「もちろん、私はこれからも香りの味方だからね。何かあったらすぐに連絡ちょうだい。どんな小さいことでも、絶対に力になるから。」
「うん。マイ、本当にありがとう。」
それから1週間後、シジから連絡が来た。
「なあ、かおり。財産分与の1億って、振り込みいつだ?支払いが溜まっててさ。早くしてくれないと困るんだけど。」
「財産分与は一旦置いとくとして。支払いって何?」
「いや、それがさ。お前と結婚したら1億入るじゃんって気づいてから、借金がやばいんだよね。」
「借金って……一応聞くけど、いくら?」
「ああ、数ヶ月前からちょくちょく増えて、今はざっと2000万くらい。」
「2000万?!」
「ああいうのって怖いんだよな。繰り返し借りてたら膨らむ膨らむ。」
「いや、なんでそんな余裕そうなの?シジの給料じゃ、2000万を返すのに何年かかるか。」
「も、どうせすぐに1億入るじゃん。」
「バカすぎる。私との生活中は、そこまで散財してなかったよね?」
「それは、お前が財布の紐を握ってたからだろう。てか、前から借りてるから、一応は結婚期間中の散財が主だぞ。」
「そういう揚げ足取りはいいから。」
「というか、2000万も何に使ったの?」
「え?彼女?」
「彼女?ちょっと待って。驚きの新事実が出てきたんだけど。それって、不倫してたってこと?」
「好みでもないお前との生活を1年もするの、きつかったし。好みの女と遊ぶのは必須だろ。」
「何言ってんの、こいつ。本当に理解できない。」
「基地の言語やめてくれる?」
「基地の日本語だろ。」
「うまいこと返したつもりどやんな?」
「うっせ。事実、うまい返しだっただろうが。てか、お前よりも若いし可愛いし、いい女だぞ。」
「そうですか。じゃあ、慰謝料を請求されてもいいってこと?」
「慰謝料とか、相場で言えばせいぜい100万とか200万だろう。お前の貯金って、2億ぴったりじゃないよな?」
「まあ、2億飛んで1000万くらいはあるけど。」
「なら問題なし。半分もらった分の端数で払えるじゃん。財産分与の時に、慰謝料は適当に引いといてくれ。」
「本当に最低。」
「はいはい。聞いたよ。ま、そういうわけだから、彼女に貢いだ分も回収したいし、振り込んで。」
「あのさ、さっきから何言ってるの?」
「何が?」
「そもそも、私は離婚しませんけど。」
「は?……あ、はあ?」
翌日、かおりはマイに報告した。
「そういえばさ、離婚って結局どうなったの?」
「私とシジの?」
「うん。」
「離婚しないことにした。」
「へ?なんで?」
「いや、マイが言ってくれたんでしょ。かっこいい親友に戻ってほしいって。」
「言ったけど。じゃあ、離婚するべきじゃない?クズと結婚生活続けてどうすんの?」
「マイが言ってた通り、私も癪だなって思ったの。」
「癪?そのままお金渡すのが、ってこと?」
「そうそう。だからここは一つ、徹底的にやろうかなってね。」
「さすが香り。ってことは、離婚しないのにも理由があるんだ。ねえねえ、教えてよ。親友なんだしいいでしょ。」
「それはいいけど。で、離婚しない理由だったっけ?」
「そう。一体、どんな狙いがあんの?」
「離婚ってさ、そんなに簡単なことじゃないのよ。」
「簡単じゃない?」
「私が離婚を拒否したら、どうなると思う?」
「そりゃ、シジ君は困るんじゃない?財産分与が欲しくて離婚するわけだし。」
「でも、シジの側からは離婚できない。」
「なんで?」
「今回の離婚、私に過失はないから。」
「だから、なんで――」
「ドラマとかだと、結構簡単に離婚してない?ああいうのは、離婚を申し込まれる側に問題があるんじゃん。」
「ああ、そうかも。」
「仮にどうしてもシジが離婚したいなら、裁判を起こすしかないんだよ。だって、私は離婚届にサインしないから。」
「裁判って、やばくない?」
「さっきも言ったけど、私には過失がない。だから裁判になっても負けないし、仮に離婚ってなるにしても、かなり時間がかかる。」
「それはなんとなく分かるけど、そうなったとして、何かいいことあるの?」
「今回ね、シジは私に黙って2000万も借金してたんだ。」
「2000万も。そう。」
「で、これはかなり問題あってね。出費の詳細を出せれば、財産分与の割合を有利にできる。半額も持っていかれないで済むってことよ。」
「ってことは、離婚せずに時間を稼いでる間に証拠集めってこと。」
「そういうこと。」
「ああ、納得。ちなみになんだけどさ。」
「何?」
「いや、シジ君もそこまでバカじゃないでしょう。なんかこう、対抗策とかされたら困るみたいなのってないの?」
「ああ、それね。一応、あるにはあるけど。何。」
「ま、マイ相手なら言ってもいいか。私の親友だもんね。」
「そうそう。私は親友だから。」
「えっとね、もし仮にシジがこっちの動きに気づいて、2000万の出費の詳細を隠すと。生活費だったりに使ったってされると、まずいの。」
「出費を隠すって、具体的には?」
「そうだな。結構シンプルな方法だけど、通帳履歴を消すとか。」
「通帳履歴を消す?それって、物理的に?」
「そうだね。シュレッダーにかけて、新しいのを発行してもらうとか。そうなると入金先とかが見えなくなるから、証拠の立証が難しくなるって流れかな。ま、シジの様子からして、思いつかないと思うけど。」
「そっか。じゃあ安心だね。」
「ああ、よかった。これで私も一息つけるよ。」
「マイ、心配してくれてるの?」
「当たり前じゃん。でも、香りがいつもの香りに戻ってよかった。これならシジ君の好きにはできないし。」
「そうだね。マイ、ありがとう。」
「いいってことよ。じゃあ、私はちょっと用事あるから。うん、またね。」
それから2週間後。シジが改めてかおりの家に現れた。
「かおり、改めて言うぞ。俺と離婚しろ。」
「改めて言ってくれてありがとう。いいよ。」
「は?今、いいよって言った?マジで?」
「マジで。」
「よっしゃあ!喜んでくれて何より。おかげでこっちも準備はできたし、もういいよ。」
「準備?笑わせるな。」
「何が。お前の考えなんて、俺には全部お見通しなんだよ。離婚を長引かせて、出費の証拠を掴む気だったんだろう?」
「え、なんで知ってるの?もしかしてシジって、私が思ってたより頭いいの?」
「自分で言うのもなんだが、最近の俺は最高にさえてるんだよ。天才さ。」
「そうなんだ。じゃあ、その天才さんは何をしてたの?」
「聞いて驚け。お前が掴むはずだった証拠は、全部隠滅した。」
「どうやって?」
「通帳はシュレッダーにかけて、新しく発行した。」
「なるほど。それで?」
「それで強がんなよ。お前が手に入れるはずだった証拠はなくなったんだ。これで財産分与での1億はもらったな。」
「勝ち誇ってるところ悪いんだけどさ、こんなことしても意味ないよ。」
「は?意味ないって、何だよ。」
「通帳を物理的に切り刻んだから何?銀行には履歴が綺麗に残ってるでしょ?データとして。あ、というか、うちの弁護士が銀行から履歴の開示結果をもらってるよ。」
「はあ……」
「ってことはつまり、無断で2000万の借金を作った証拠があるってこと。まあそもそも、財産分与の計算も間違ってるけど。」
「間違ってるって、どういうことだ?」
「私の資産は、基本的に特有財産ってやつなの。」
「特有財産?何それ?」
「個人の特殊な技能で作った資産ってこと。これでも社長だから、特殊な技能に含まれるの。この特有財産は、共有財産には含まれないんだよ。」
「えっと……じゃあ、最初から1億も俺には入ってこなかったってこと?」
「そうだね。入るとしても、せいぜい1000万くらいじゃない?」
「そんなバカな。」
「その1000万についても、万円は入らないけどね。財産分与ね。私が有利になる証拠があるから。」
「すみません、かおりさん。」
「何でしょう、シジさん。」
「そうなると、俺の手元に入ってくる財産分与の額って、弁護士の方の話だけど、2000万の借金はかなり大きいし、分与額を上回ってるから、せいぜい3割だって。1000万の3割。300万だってさ。」
「ついでに、そこから慰謝料が引かれるの、忘れないでね。」
「嘘だろ?こんなの、話が違う。」
「話が違うって、何が?」
「あ、いや、その……今回の慰謝料はまだ確定してないけど、まあ100万くらい残ればいい方でしょ。」
数日後、シジへの慰謝料が決定した。
「100万ね。財産分与は前に伝えた通りだから。手元に残るのは200万ってことで、よろしく。」
「よろしくじゃねえよ。どうすんだよ、これから。」
「200万残るだけありがたいと思ってよ。」
「そんな残金もらってどうする?借金が2000万あるんだぞ。200万引いても、1800万だ。」
「それはその、自業自得というやつでは?」
「そうかよ。そうだな。俺が調子に乗って2000万も借金したのが悪いな。」
「ああ、はい。そうですね。」
「でもさ、こんなことになるなんて思わなくて。人生ってそういうもんだよね。頑張れ。」
「くそ。こんなことなら、あんな女に貢がなきゃよかった。」
「そういえば、その『あんな女』さんはどうしたの?」
「俺が借金まみれになるって知って、さっさと俺を切って、音信不通になったよ。」
「そうなんだ。ひどい女だね。」
「本当にな。マジで最低最悪のクズ女だよ。」
「あ、それって自己紹介だったりする?」
「ふざけてられる状況じゃねえんだよ!かおり、頼むよ。助けてくれ。」
「あのですね、今までのご自分の言動をお忘れですか?」
「確かに俺はお前にひどいことをしたけど、ここまでされるようなことか?俺はお前の理想の男だったんだろう。お前さえよければ、また理想の男に戻ってやる。」
「あ、結構です。」
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ。」
「あのさ。私、あなたとの結婚生活は幸せだったよ。仕事してる時も、ご飯作ってる時も、いつもシジのことを考えて。今何してるかな、このおかず好きかな、って。シジはいつも優しかったよね。私が作ったご飯おいしいって食べてくれて、休みの日は一緒にお出かけとか言って。本当に幸せだった。」
「なら、またやり直そう。俺たちの幸せの日々を、今からでも。」
「でも、それを壊したのはシジだよね。シジからすれば最初から嘘だったんだろうけど、私からしたら本物の幸せな生活だった。それを壊された時、私がどれだけショックを受けて、あなたに失望したか。」
「でも、お前が望むなら、俺はまた理想の旦那に――」
「演技だって分かって、前と同じように過ごすとか、無理。」
「そこはほら、目をつぶっていただいて。」
「できません。それに、奪われた幸せはもう帰ってこないの。」
「香りは優しい女だろ。今更、俺を見捨てるなんてしないよな。」
「『妄想通りの男なんていない』、だったっけ?ああ、本当にその通りだと思う。だって私はもう、あなたを助けたいとは思わない。あなたの言う『あなたに優しい私』は、もうただの妄想の中だけの女になったんだよ。」
数日後、かおりはマイに報告していた。
「マイ、シジとのこと、決着ついたよ。」
「そうなんだ。良かったね。」
「本当にね。次は、マイの番よ。」
「あ?私の番って、何?どういうこと?」
「私さ、シジから離婚を言い渡された時、ちょっと変だなって思ったんだよね。」
「変?何が?シジ君がただクズなだけでしょ。」
「シジがクズなのはそう。けど、シジが言ってたのよ。私の理想の男になるために努力したって。」
「そんなこと言ってたんだ。あのクズ男も、クズなりに色々やってるんだね。でも、それがどうしたの?」
「私、理想の男性像って、マイ以外に言ったことない。」
「え?そうかな。ああ、そういえば、私がシジ君に言ったかも。ほら、香りを紹介する時に。」
「私がマイを紹介された時には、シジは私の理想の男性像通りの人だったけど。」
「そうだっけ?ごめん、もう覚えてないや。」
「じゃあ、あれって。私がマイに教えた対抗策、覚えてる?」
「うん、そうだね。教えてもらった。」
「全く同じ行動を、シジがしてたんだけど。」
「いや、でもさ、それって偶然じゃない?ほら、シジ君も切羽詰まってたみたいだし。調べたりして気づいたとか。」
「あの対抗策って、嘘なんだよね。」
「へ?」
「調べようが弁護士に相談しようが、あんな方法を教えられるわけない。だって何の意味もない行動なんだから。」
「えっと、それは……」
「マイにしか伝えてないことが、2度もシジに筒抜けだった。対抗策の話については、ついこの間のことだよ。さすがに覚えてないってことはないよね。」
マイはしばらく沈黙し、やがて小さくため息をついた。
「ああ、もう本当に最悪。香りってさ、変なとこで鋭いよね。」
「それは、認めるってこと?」
「そうだね。ついでに聞くけど、シジの若い彼女って、マイのことでいいんだよね?」
「それも気づいてたんだ。」
「そりゃ、ここまで分かればね。」
「さすが香り。私の親友やるじゃん。」
「なんで、こんなことしたの?」
「なんで?そんなことも分かんないの。マジでバカ。」
「どういうこと?」
「あんたさ、なんで私が親友してたか分かってる?」
「分からない。」
「あんたみたいなブスを隣に置いてたら、私の引き立て役になるから。それって学生時代からずっとってこと?二人きりの時じゃないと、あんたみたいな片棒相手にしないって。」
「そうなんだ。」
「てか、マジで色々と手遅れ。シジに貢がせたブランドも車も、もう私の。あいつは借金背負ったみたいだけど、私は無傷。1億が手に入らなかったのは残念だったけど。まあ、私の勝ち逃げだよね。」
「最低だね。」
「うっさいんだよ、バカ。」
「口あるね。あと、『ウ』に濁点つけるの、何?なんかそれ、バカっぽいよ。」
「私の引き立て役のブスが口応えすんな。しかも急に会社作って成功とか、なめてんの?」
「なるほど。それが、ずっと自分が見下してた私が上になるのが嫌だったんだ。」
「上?金持ってても、女としてはあんたは下だろ。シジにも相手にされないブス女が。」
「確かに、私よりもマイの方が見た目はいいよね。けど、中身はマイの方がブスでしょ。」
「はあ。負け惜しみですか?」
「そう思うなら、そう思ってていいよ。」
「はいはい。どっちにしろ、私はもう関係ないから。あんたは旦那と親友に裏切られて、シジは借金まみれ。」
「そうだね。私はあんたらと違って、何にも失ってない。それどころか、シジに貢がせただけ得してる。」
「シジとは一応付き合ってたんでしょ?もういいの?」
「私はあいつから貢がせたもので十分。役立たずな彼氏も、腹立つ親友も、全部いらない。私はこのまま、勝ち逃げさせてもらうから。じゃあね。」
1週間後、マイから電話がかかってきた。
「ねえ、香り。あんた、これ知ってたの?」
「これ?なんか請求が来てんのよ。」
「そりゃ来るでしょ。」
「なんで?」
「だって、したでしょ?借金。」
「は?私は借金なんてしてないけど。」
「したでしょ?シジの連帯保証人になってたんだから。」
「それは確かになったけど。」
「で、何?」
「あいつ、飛んだの?別に行方をくらましたりしてないよ。」
「だったら、なんで?」
「今のシジの状態から考えれば分からない?1800万も払う支払い能力がないのよ。だから私に返済しろって。連帯保証人ってのは、そういうもんだから。」
「そんなこと言われても、私も払えないんだけど。」
「払えるでしょ。」
「は?1800万なんて無理だから。」
「いや、シジにもらったブランドとか車、それを売れば、全額は無理でもある程度は払えるよね。」
「いや、これは私のなの?なんでシジのために、私が売らないといけないのよ。」
「元はといえば、それは借金から買ったものじゃないの?」
「それはそうだけど。てか、ちょっと待って。あんた、こうなるって分かってたの?」
「シジの給料じゃ1800万も借りれないなら、連帯保証人を立てるか担保を入れるしかない。『大型1億入るから』とか言って、軽い気持ちで連帯保証人になったんでしょ。」
「そこまで分かってて……まあ、でも安心して。マイ1人が全額払うことには、多分ならないから。持ってる物を売っても足りないだろうし。ただ、60%くらいは払わないとダメだよ。」
「1800万の60%。それっていくら?」
「ざっと1080万。」
「はあ。とはいえ、大部分は払えるんじゃない?ブランドと車を全部手放せば。」
「だから、嫌だって。」
「できないなら、借金背負うだけだけど。」
「それも嫌。」
「わがままだなあ。」
「香り。あんた、私の親友でしょ?あんたは2億持ってるんだから、余裕で払えるよね。私の代わりに払ってよ。」
「私さ、マイのことは大事な親友だと思ってたでしょ。でも、その関係、もう終わったよね。マイの裏切りが原因で。」
「それはでも、前言ってたでしょ。かっこいい親友に戻ってほしいって。」
「言ったかもね。裏切ったシジとの離婚を即決で決める、かっこいい親友。そのかっこいい親友はさ、親友に裏切られた時、どうすると思う?」
「え?その、きっと助けると思う。」
「うん。旦那をスパッと切る親友だもん。きっと元親友もスパッと切るよ。だって、かっこいい親友の私は、そうするから。」
「ちょっと待ってよ。ねえ、香り!学生の頃から、私の方が上だったよね!」
「へえ。それが勝ち逃げできると思わないでね。」
その後、結果としてマイはシジから貢がせたブランドも車も手放すこととなり、1080万の借金のうち800万は返済した。しかし280万の返済は残ることに。シジもシジで、支払える範囲で借金残りの720万を背負うことになった。
1億をもらって、優雅に贅沢三昧を夢見た2人は、それとはほど遠い借金生活を送っている。マイにしろシジにしろ、今回の件で人望も尽きた。兄弟や友人に至るまで、2人の招いた結果に呆れ怒り、縁を切り距離を置いている。
欲を書いた結果、お金も失い、積み上げてきた人間関係も失った。そんな2人の今後の生活は、お先真っ暗と言って間違いはないだろう。
一方で、かおりはといえば、夫と親友を同時に失った。ですが、徹底的に仕返しをしたこともあって、気持ちは晴れやか。今はそんなこともすっかり過去のこととして、仕事に精を出す日々である。理想の男性も、親身になってくれる親友も、どちらも幻想の存在だったが、今は現実を見て日々を頑張りたいと思っている。
