夕方、いつものようにスマホをいじってたら、十五年間音信不通だった妹から突然LINEが届いた。「十五年前にお前から奪った彼と一緒に実家に帰るから、出て行く準備しといて。」最初は意味が分からなくて、画面を二度見した。あの日、夫を連れて家を出て行った妹が、今さら何を言ってるんだって。しかも「お姉ちゃんには価値がないから捨てられたんでしょ」って平然と言い放ったんだ。「実家は私の家でもあるし、帰る権利…

夕方、いつものようにスマホをいじってたら、十五年間音信不通だった妹から突然LINEが届いた。「十五年前にお前から奪った彼と一緒に実家に帰るから、出て行く準備しといて。」最初は意味が分からなくて、画面を二度見した。あの日、夫を連れて家を出て行った妹が、今さら何を言ってるんだって。しかも「お姉ちゃんには価値がないから捨てられたんでしょ」って平然と言い放ったんだ。「実家は私の家でもあるし、帰る権利...

十五年前にお前から奪った彼と一緒に実家に帰るから、出て行く準備しといて。

姉の琴音は、突然の妹からの連絡に呆れ返った。久しぶりに届いたメッセージの内容がこれだ。何を今更、と思った。十五年間、一度も連絡をしてこなかった相手が、いきなりそんなことを言い出したのだ。

「何言ってるのよ。意味不明なんだけど」

「え、私なりの気遣いだよ。お姉ちゃん、私と会うの気まずいでしょ。だから一応連絡しといたの」

「気まずいですむと思ってるの? 十五年前に私の夫を奪って逃げたくせに、よく私の住む実家に帰るなんて言えるわね」

「でも私の実家でもあるんだから、帰る権利あるよね」

咲は平然と言ってのける。琴音はかつて夫だった男を妹に奪われた。咲はその男と駆け落ちし、十五年もの間、家族と一切の連絡を絶っていた。そんな相手が、今さら実家に戻ると言っている。しかも、姉が出て行くのが当然だと言わんばかりの口調だ。

「どうせお姉ちゃん、まだ独身でしょ。なら出てった方が結婚できるんじゃない?」

「一人暮らしだろうが結婚できるかどうかは関係ないわ」

「うわ、そうやって言い訳ばっかりで惨めだよね。でもさ、出てった方がお姉ちゃんのためだよ。さすがに元夫が住み着いてたら住みにくいでしょ。だから出てって欲しいの」

「元夫? あなた、何言ってるのよ。私が住んでるところに来たくないなら、来なければいいでしょ」

「ちょっと節約したくてさ。実家なら家賃かからないじゃん。私の家でもあるんだし。お姉ちゃんが追い返すとか意味わかんない。勝手に決めないでよ。大体、私だってお姉ちゃんと会いたくないんだから」

琴音は怒りで声が震えた。

「私の夫を略奪して、どの面下げて来たのよ。ふざけないで」

「こういうの、寿命縮まるよ。それにお姉ちゃんが出て行くのは決定事項だよ。私が帰るんだもん。当然でしょ」

「当然だと?」

「お姉ちゃんに拒否権とかないから。実家の鍵、まだ同じでしょ。勝手に入るから大丈夫」

「何を勝手に……」

「お姉ちゃんの荷物も適当に処分しとくね。部屋はそのまま使うから。四十二歳で実家暮らしとか恥ずかしいし、ちゃんと自立した方がいいよ。正直キモい」

琴音は深く息を吸った。どうやら咲は本気で帰ってくるつもりらしい。しかし琴音の心は全く揺れなかった。むしろ、冷静になっていくのが分かった。

「何が実家だから帰る権利があるよ。あなたこそ十五年間も音信不通だったじゃない。それで実家は自分の居場所だなんて、図々しいにも程があるわ」

「そんなの知らないし。家は家だもん。ていうかお姉ちゃんこそ、なんで結婚しないの?」

「結婚より仕事をしてる方が好きだからよ。もう結婚はこりごりだわ」

「見栄っ張りは相変わらずだね。結婚できないのは、魅力がないからでしょ。お姉ちゃんって昔からドン臭かったもんね。だから浮気されるのよ。魅力的じゃないから」

琴音はその言葉にぐっと言葉を飲んだ。確かに、夫の浮気に気づけなかった自分にも責任があったかもしれない。しかし、わざと夫を狙ったのは咲だ。

「それは違うわ。確かに浮気した彼を許すつもりはない。でも、わざと私の夫を狙ったのはあなたでしょ」

「結果的に彼も私を選んだんだよ。分かる? 仕事ばっかりで彼の気持ちが離れたことにも気づかないくせに、妻面とか受けて。お姉ちゃんには魅力がなかったから捨てられたの。認めなよ」

「私は仕事も家事も全部やってたのよ。それなのに浮気されて……」

「それってお姉ちゃんが悪いってことじゃん。私は彼をちゃんと満足させられたもん。お姉ちゃんができなかっただけ。お姉ちゃんに女としての魅力がなかったってことじゃん。仕事できても、女としてダメなら意味ないよね」

琴音は必死に言い返した。

「私がどれだけ頑張ってたか……」

「頑張ってた。でも結局、浮気されたんでしょ。ってことは、頑張り方が間違ってたってことじゃん。お姉ちゃん、本当に頭悪いよね。だから実家も当然、私がもらうね」

「もらう? 何言ってるの?」

「え、意味分かんない? でも安心してよ。家族の面倒は適当に私が見るから。お姉ちゃんは養ってもらえる相手もいないし。施設とか入れば? 施設ってそんな年でもないけど、今から探した方がいいんじゃない? 施設の写真とか送ってあげるね」

「大きなお世話よ。大体、なんでそんなこと言い出すの?」

「しばらく親とは関わらないといけないしさ」

琴音は不審に思った。十五年間も親と連絡を取らなかった咲が、なぜ今になって両親と関わろうとするのか。

「なんで今さら関わろうとするの?」

「だってその方がお金の管理もできて、最後にもらえるもの多くなるでしょ」

「最後?」

「遺産だよ。私は最後には私がもらうって言ってるの。お母さんたちの貯金とか、どうなってる? ちゃんと貯めてるかな?」

琴音は自分の耳を疑った。両親はまだ生きている。

「お母さんたちの財産? まだ生きてるのに、そんな話をするなんて不謹慎よ」

「まあ、どうせお姉ちゃん一人じゃ何もできないでしょう。私が帰ったら全部管理してあげるから。そうなれば遺産は私のもの。それ目当てなところもあるし」

「遺産目当て? ちょっと待って。あなた、本気でそんなこと考えてるの?」

「当たり前じゃん。お父さんとかお母さんの貯金とか不動産とかあるでしょ? ゆくゆくは相続することになるし、その時は全部私がもらうから」

「あなた、十五年間も連絡してこなかったのに、いきなり遺産の話なんて……」

「お姉ちゃんこそ、ずっと実家にいたのに何してたの? お金貯めてないの? まあ、お姉ちゃんの稼ぎじゃ無理か」

「私はちゃんと働いて貯金もしてるわよ」

「へえ。でもどうせ大した額じゃないんでしょ。あのさ、お父さんとお母さんの介護とか、どうするつもりなの? あなた、面倒見るって言ってたけど」

「介護? そんなの施設に入れればいいじゃん。お金あるんでしょ?」

琴音は妹の身勝手さに吐き気がした。

「簡単に言うわね」

「だって面倒くさいし。お姉ちゃんがやればいいじゃん。ずっと実家にいたんだし。あ、そうだ。お姉ちゃん、私が帰るまでに部屋の掃除しといてね。あと私の寝具も新しいの買っといて。お金はお姉ちゃんが出してよ」

「なんで私が払うのよ。自分で買いなさいよ」

「だって家族でしょ。当然じゃん。あとね、冷蔵庫も新しいの欲しいから買っといて。エアコンのクリーニングもよろしく」

「私はもう、あなたのことを妹だと思ってないんだけど」

「血の繋がりも戸籍もあるんだから、家族でしょう。お姉ちゃんの主張とかどうでもいいから。ぐちぐち言い訳しないでよ。みっともない」

咲の言葉は止まらない。

「お姉ちゃんって、人生失敗したよね。私を見習えば?」

「見習う? 人の旦那を略奪した奴から見習うことなんて、一ミリもないと思うんだけど」

「十五年前のこと、まだ根に持ってんの? さすがにどうかと思うよ。もう過去のことなんだからさ」

「過去のこと? あなた、謝罪の一つもしてないのよ」

「謝罪? なんで? それ本気で言ってるの? だって私、悪くないし。お姉ちゃんに魅力がなかったから、彼が私を選んだの。お姉ちゃんには価値がなかったの。だから実家も私がもらうね。両親も可愛い私の方が必要に決まってるし」

琴音は妹の病的なまでの自己中心さに、逆に呆れてしまった。

「なんでそう思えるのよ」

「だって十五年前、お姉ちゃんの夫を奪ったけど、お姉ちゃんが怒ってるだけで済んだし。あの時、お母さんも結局私の味方してくれたじゃん。お姉ちゃんが一人で怒ってただけだから。今回も私の味方してくれるに決まってるもん」

「あの時、お母さんは味方なんてしてないわよ。あなたが自分の都合のいいように言葉を解釈して、勝手な言い分ばかり並べて逃げたんでしょ。現実が見えてないのは、お姉ちゃんの方じゃん」

「ていうか、お姉ちゃんが私に嫉妬してただけでしょ。私の方が可愛いし、若いし、モテるし。お姉ちゃんは地味で真面目なだけのつまんない女。そんな人に価値なんてないでしょ。なら、価値のある人間の言うこと聞けっての」

琴音は深く息を吐いた。もう妹と話しても無駄だと思った。

「お母さんは、あなたに琴音を傷つけたことを謝りなさいって、何度も言ってたのよ。でもあなたは聞く耳を持たなかったじゃない」

「そんなの覚えてないし。お母さん、私のこと可愛がってくれてたもん。お姉ちゃんが嫉妬してるだけ」

「可愛がってた? お母さんはあなたの行動に心を痛めてたのよ」

「そんなわけないじゃん。お母さん、私のこと褒めてくれてたもん。お姉ちゃんより私の方が可愛いって」

琴音は静かに言った。

「そっか。分かった。もうあなたに何を言っても無駄ね」

「でしょ。お姉ちゃんも分かってくれて嬉しい。じゃあ、ちゃんと話そうか」

「話? 何? まだ何か文句あるの?」

「さっき実家に帰るって言ってたけど。実家って、どこのこと?」

「は? 何言ってんの? 実家は実家でしょ。お姉ちゃん、ボケた?」

「実家はもうないよ」

琴音のその一言に、咲は固まった。

「え? 何それ? どういうこと?」

「十年前に売却済みよ。その後、一応新しい家を建てて引っ越したの。だから、あなたの帰る家なんてないよ」

「は? 嘘でしょ? 何それ? ちょっと待って。家を売った? バレバレの嘘、やめてよ」

「信じないなら、勝手にすればいいわ。前の実家の住所に行けば分かることだし」

翌日、咲は半信半疑でかつての実家の住所を訪れた。しかし、そこには知らない家が建っており、知らない家族が住んでいた。

「どうなってるの? 実家に行ったら知らない家が立ってて、知らない家族が住んでたんだけど」

「そりゃ、売り払って別の人がその土地を買ったからね」

「それじゃあ、本当に家はもうないの? 勝手に売るとか、ありえないんだけど」

「勝手に? さっき、勝手に入る。勝手に処分するって言ってたよね。私も同じことをしただけだよ。大体、勝手に家を出てったのはそっちでしょ」

「それは違うでしょ。私には権利があるの」

「どんな権利? この十五年間、家族の連絡は無視してたくせに。その状態で主張できる権利って、何があるの?」

「連絡できなかったのは、私だって忙しかったし……」

「忙しかった? 十五年間ずっと? 一度の連絡すらできないほど? そんなに忙しくしてたのに、お金が必要って何? 詐欺にでもあった? それとも家が燃えたとか?」

「それは……とにかく、権利はあるの。何の権利?」

「家に住む権利?」

「実際に家に住む権利があるのは、土地を買った人。今回の場合は両親ね。つまり、子供の私たちには何の権利もないの」

「家族なんだし、住むの当たり前じゃん。なら、その新しい家に住ませてよ」

「いやよ」

「なんでよ。お姉ちゃんが決める権利ないじゃん」

「だって、この家を買ったの、私だから」

咲は絶句した。

「え?」

「さらに言うなら、家にはもう私しかいないの。十年前に、お父さんとお母さんが実家を売却して、そのお金で海外に移住したから」

「海外? じゃあ、お母さんたちはどこにいるの?」

「今、海外で悠々自適に暮らしてるよ。すっごく幸せそう。去年遊びに行った時は、綺麗な海とか美味しいレストランに連れて行ってもらったわ。行きつけなんだって」

「は? 何それ? なんで私を置いて、そんなにいい暮らししてるの? 普通、連れて行くものでしょ?」

「連れて行くもの? 十五年間、連絡もしなかったのに? 大体、一応連絡はしていたはずよ。お母さんが。でも、無視していたのはそっちよ」

「でもお姉ちゃんだけずるい。私だって家族なのに」

「家族? さっき、私には価値がないって言ってたわよね。家族なのに」

「それとこれとは別……」

「都合よく家族って言葉を使うのね。じゃあ、連絡先教えて」

「教えない。お母さんたちと連絡を取りたいなら、自分から連絡すればいいじゃない。でも、十五年間一度もしなかったわよね。お母さんは何度も先に連絡しようとしたけど、全部無視したのはそっちよ」

「そんなの知らない。お母さんから連絡なんてなかったもん」

「なら、私からするのもおかしくない? 本当に? お母さん、あなたの誕生日に毎年メッセージを送ってたって言ってたけど」

「そんなの覚えてない」

「履歴が残ってるんじゃない? 確認してみれば」

「そんなの見てないし」

「見てない? それとも、見たくなかったの? ブロックしてるとか?」

「うるさい。とにかく、私には権利があるの」

琴音ははっきりと言い放った。

「バカの一つ覚えみたいに、権利権利ってうるさいのよ。十五年前、あなたは私から夫を奪って、謝罪の一つもなく駆け落ちした。家族を裏切って勝手に出て行ったのはそっちよね。それなのに、今さら実家に帰る? お姉ちゃんは出て行け? どの口が言ってるの? なめるのも大概にしろっての」

「でも……だって、私には帰る場所が必要なの。お姉ちゃんは一人なんだし、別にいいじゃん」

「私のこの家は、両親が帰る場所であって、あなたみたいな最低な女の帰る場所じゃないの。私には価値がないって言ったわよね。じゃあ、あなたは何? 十五年間逃げ回って、家族が実家を売ったことも知らず、困ったら姉に頼る。そんな人間に価値があるの? それは全部、あなたの妄想よ。あなたが育ってきた実家はもうないの。両親からの連絡を無視して、家族からの信用を失ったのも、そっちの自業自得。あなたが権利だと思ってるものは、何一つ存在しないの」

咲は声を詰まらせた。

「じゃあ、私はどうすればいいの?」

「それは私の知ったことじゃないわ。自分で考えなさい」

「姉ちゃん、冷たいよ。家族でしょ? 私、ちょっとお金に困ってて、来週アパートを解約するの。だから家がないと困るんだって」

「来週解約? あなた、この十五年間、何をしてたのよ」

「それは……色々あったのよ。とにかく、お姉ちゃんが助けてくれないなんて、ひどい」

琴音は冷たく言い放った。

「あのさ、いい加減、私を便利なお姉ちゃんとして扱うの、やめなよ。正直、見てて気持ち悪いわよ。私はもう、あなたの便利なお姉ちゃんじゃない。あなたの都合で利用される人生は終わりよ。私はあなたの駒遣いでも、便利屋でもないの。いい年して姉に泣きつくとか、恥ずかしくないわけ?」

「ちょっと待って。お姉ちゃん、私、本当に困ってるの。お願いだから、助けて」

「今さら何を言っても遅いわ。あなたが十五年間、私を無視し続けた、その結果よ」

「でも、血を分けた姉妹じゃない」

「血を分けた? その姉妹から、夫を奪ったのは誰?」

「それは……私だけど」

「なら、ごめんなさいもできないわけ? あなた、幼稚園児でもごめんなさいって言えるわよね」

咲は唇を噛んだ。そして、しぶしぶ口を開いた。

「分かった。悪かった。あの時のこと、謝るから。だからもう、許してよ」

「ああ、もういいわ。分かった。なら、一つだけ教えてあげる」

「何? お姉ちゃん、やっぱり助けてくれるの?」

「お母さんの連絡先、知りたいよね」

「うん。教えて」

「じゃあ、お母さんに直接聞いてみればいいでしょ」

「どういうこと?」

「お母さんの連絡先は、自分で探しなさい。十五年間、無視してたんだから。それが筋でしょ。私の方から、お母さんにも連絡しとくわ。それなら、あなたから連絡しやすいでしょ」

数時間後。咲はようやく母の連絡先を見つけ出し、電話をかけた。

「お母さん、やっと連絡先見つけた。お姉ちゃんがひどいの。実家を勝手に売ったって。助けて」

電話口から、のんびりとした母の声が返ってきた。

「あら。どちら様かしら?」

「え、お母さん、私だよ。咲だよ」

「ああ、咲ちゃん。十五年ぶりね。お元気だった? その様子じゃ、元気そうね」

「元気だよ。ていうか、お母さん、実家のことなんだけど」

「実家ね。驚いたでしょ? 十年前に、お父さんと売却したのよ」

「え? なら、お母さんたちは本当に海外に……」

「今ね、ハワイでゆっくり暮らしてるわ。お父さんの長年の夢だったの。今までずっと仕事だったでしょ。だから今は毎日海が見えて、とっても幸せよ」

「何、そのいい暮らし。私も行きたい」

「顔を見に来れば良かったじゃない。楓音ちゃんは年に二回、会いに来てくれるの。とってもいい子よね。あなたも私たちと縁が切れていなければ、この生活ができていたかもしれないのに」

「でも私、連絡先、知らなくて」

「あら、私は毎年、お誕生日にメッセージを送ってたのよ。奪っていたことを責められたら、メッセージくれないと思って。もちろん、言葉だけだったけど」

「それは……埋もれてて」

「あらあらあら。十五年もメッセージが埋もれるなんて。咲ちゃんは、いろんな人とやり取りしてるのね。すごいわ。私も気づくのが遅れる時はあるけど、十五年、全く気づかないなんて。そんなこと、あるのね」

「それは……」

「毎年気づけるように送っていた、お祝いのメッセージも無駄だったわね。だって、十五年間、一度も返事がなかったから、きっとお忙しいんだなって思ってたわ」

「そんなの、覚えてない」

「そうね。きっと、大事なことじゃなかったのね。私たちのことなんて」

咲は焦って畳みかけた。

「でもお母さん、私にも実家の権利あるよね」

「権利? あなた、十五年前に家を出た時、もう帰らないって言ってたわよね。それに、実家はお父さんと私の名義だったの。あなたには最初から、権利なんてないのよ。楓音ちゃんは、ずっと私たちと連絡を取ってくれてたから、ちゃんと説明してたの。咲ちゃんね、あなたは十五年前、楓音ちゃんから大切な人を奪って、家族を裏切って出て行ったのよ。一度も謝罪もなく、連絡もなく。困った時だけ助けてって言われても、お母さん、どうすればいいか分からないわ。あなたも、あんなバカなことしなければ、今頃ハワイで家族みんなで暮らせていたのにね」

「私も今から連れて行ってよ」

「咲ちゃん。ずっとメッセージを送っていたのは、これを伝えるためだったの。私には娘は一人しかいません。あなたは赤の他人。もう、連絡してこないで。ようやく、毎年送っていたメッセージからも解放されるわ。それじゃあね」

「待ってよ。お母さん。お母さんってば」

しかし、電話は切れた。その後、何度かけ直しても、既読もつかず、ブロックされてしまった。

咲は姉に電話をかけた。

「お母さんからブロックされたんだけど。実の母親のくせに冷たい。マジ、ありえないんだけど」

「それだけのことをしたのよ。もういいかしら。私も、そろそろあなたと話すのに疲れたわ」

「何よ。負け犬のくせに」

「負け犬? 私には彼がいるもん。お姉ちゃんは捨てられた女のくせに」

琴音はふっと笑った。

「ああ、それね。実は気になってたんだけど。あなた、彼と一緒に実家に帰るって言ってたわよね。その彼って、誰のこと?」

「何言ってんの? カイトに決まってるでしょ」

「カイト? あのカイト?」

「そうだよ。私の彼」

「さっきね、カイトは十年前に咲を捨ててるわよね。知ってるわよ」

「え? 何言ってるの?」

「カイトさ、十年前に私のところに謝罪に来たの。土下座してね。その時に、慰謝料もきっちり払ってもらったわ。その金で新しい人生を始められたから、ある意味感謝してるわ」

「そんなわけない。カイトは私と一緒にいる。あいつが慰謝料? そんなわけ……」

「じゃあ聞くけど、カイトと最後に会ったのは?」

「それは……最近、忙しくて」

「最近? 何年前の最近?」

「ここ数年、会ってないけど、連絡は……」

「連絡? ラインの履歴、見せてもらえる? ていうか、数年会ってないって、夫婦として関係が破綻してるでしょ。カイトは今、実家に帰って、お母さんの介護してるみたいよ。さっきのことも、完全に過去のことだと思ってるわ。実は知ってたのよね。あなたたちが破綻してたの。だから最初、笑っちゃったわ。夫と住むって、誰よって」

「嘘。お姉ちゃんが嘘をついてるだけ。証拠を見せてよ。お姉ちゃんが勝手に言ってるだけでしょ」

「証拠? カイトからの謝罪の手紙、まだ持ってるけど、見る? あと、慰謝料の振り込み記録も残ってるわよ。日付も金額も、はっきり分かる。それとも、カイトに直接確認してみる? 連絡先、教えようか」

咲は言葉を失った。

「そんな……お姉ちゃんにバレてるなんて……」

「私に捨てられたって、バレたくないから、私を追い出そうとしてたんでしょ。バレバレなのよ。見てて滑稽というか、惨めだったわね。そこまで見栄を張りたいのかって思ったわ」

「うるさい。うるさいのよ。このバカのせいだ。お姉ちゃんに魅力がないから、カイトが私のところに来たんでしょ。お姉ちゃんがもっとちゃんとしてれば、私だって略奪なんてしなかった。全部お姉ちゃんが悪いのに。なんで私ばっかり攻められるの?」

琴音は静かに言った。

「逆切れするにしても、もっとまともな切り方があるでしょ。あなたは結局、捨てられたのよ。ていうか、さっき最初に言ったわよね。私には価値がなかった。捨てられた女って。でも、実際にカイトに捨てられたのは、あなただった。お母さんにも見放されて、実家もなくなって、頼る場所も人もいない。大体、お金がないのも、ホストに注ぎ込んでるからでしょ。自業自得だわ」

「ホストって……なんで知ってるの?」

「あなたの周りを、ずっと探ってたの。正直、もう関わり合いたくなかったけど。困った時にこっちに泣きつかれたら迷惑だから、先回りして自衛できるようにしてた、ってわけ。お母さんも心配してたわよ。咲ちゃん、大丈夫かしらって。でもあなたは、助けを求める時しか連絡しなかった。だから、もう娘と思わないようにしたんだって」

「私だって、大変だったのよ」

「大変? 自分で選んだ道でしょ。見栄はってたのは、あなたの方なんでしょ? お願いだから、お金だけでも貸して。本当にやばいの。今月返さないと、どうなるか分からなくて」

「なら、自分で何とかしなさいよ。あなたが借りたお金よ。ちなみに、いくら借りたの?」

「三百万」

「三百万? なんだ、それくらい払えるでしょう」

「無理だって」

「そうよね。私は年収千二百万あるけど、そんなお金ないものね」

「な、何よ、その年収……」

「千二百万。転職に成功して、今は役職にもついてるの。そういうのがあったから、海外移住できなかったんだけどね。ああ、そういえば、さっき私のこと、人生失敗とか言ってたわよね。どこが失敗してるの? 略奪した男に捨てられて、ホストに注ぎ込んで借金し、実家を売られてることも知らされず、母からも絶縁されてる。そっちの人の方が、人生失敗してるよね」

「そんなこと……お金がないと、私……」

「それじゃあ、頑張ってお金を稼がないとね。少しは、私を見習えばいいわ」

その後、咲は行く当てもなく友人を頼ったが、昔お金を貸して返してもらってないと拒否され、完全に孤立した。派遣の仕事も見つからず、生活保護を申請するも却下され、最終的には借金取りに全財産を奪われ、借金返済のため夜の店で働かされてるそうだ。しかし、限界までボロボロのため、客がつかず、かなり苦労しているらしい。

一方、琴音は仕事に邁進しつつ、両親とも定期的に連絡を取り合っていた。咲には言っていなかったが、カイトからもらった慰謝料を元手に小さな投資を始めていた。それも順調で、経済的にも精神的にも安定している。夫を略奪された時は本当に辛かったが、人生がずっとどん底かどうかは、その後の行動で変わる。琴音はこれからの人生、下を向いていたくなかった。これからも、自分と家族の幸せのために生きていきたいと思っている。

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