その日も普通の夕食の支度をしていた。なのに、夫のスマホが震えて、画面に映ったのは「くず女」という言葉だった。まさか、私を呼ぶ言葉がそこにあるなんて、思わなかった。 「おい、なんでお前来てないんだよ。娘の七子さんに来ないとか母親失格もいいとこだ」…

その日も普通の夕食の支度をしていた。なのに、夫のスマホが震えて、画面に映ったのは「くず女」という言葉だった。まさか、私を呼ぶ言葉がそこにあるなんて、思わなかった。 「おい、なんでお前来てないんだよ。娘の七子さんに来ないとか母親失格もいいとこだ」...

妻の彩佳は、スマホに届いた一通のメッセージを見て、手が止まった。送り主は夫の佐藤。仕事中だというのに、そこには怒りに満ちた文章が並んでいた。

「おい、なんでお前来てないんだよ。娘の七子さんに来ないとか母親失格もいいとこだ。娘が泣いてるぞ。今すぐ会場に来いよ。くず女」

彩佳は返信を打った。これ、何言ってるの。うちの娘は大学生よ。七子さんって誰。

返事はすぐに来た。

「あ、間違えた。ごめん、誤送信だ。職場の後輩の話で」

職場の後輩。何がどうなったらそんな送り間違いをするの。しかも、その奥さんを「お前」と呼んで、くず女だと。彩佳の疑念は膨らむ。

夫は必死に説明した。後輩から相談を受けて親しくなり、一緒に酒を飲んだこともある。その家庭はうまくいっていなくて、奥さんが育児放棄しているらしい。今日も娘の行事を無断で休むと言うから、ガツンと言ってやろうと思ったのだと。

「子供を大事にしない親が許せなかったんだ。俺たちにも娘がいるだろ」

「でも、その物言いは浮気を疑われても仕方ないわよ。私から見たら、あなたは後輩の奥さんとかなり親しい関係に見えるもの」

「誤解だ。俺がそんなことするわけない」

彩佳は深くため息をついた。信じるわ、と言うしかなかった。でも、胸の奥に引っかかるものが残ったのは確かだ。

数時間後、夫は家に帰ってきた。改めて謝り、明日の夜は残業になると言った。許しを請うためにケーキを買ってくるとも。彩佳は頷いた。

「最近、残業が多いわね」

「社長が新しい事業に挑戦しようって言い出してさ。全く大変だよ」

「みんな残業代がつくから、来月はいいところでご飯でも行きましょう」

「おいおい、俺の黒字を当てにするなよ」

その夜、二人は久しぶりに穏やかな時間を過ごした。夫は優しい。家族思いで、娘の優香が小さい頃は熱を出せば仕事を休んで病院へ連れて行き、看病もした。昔から家族の行事には必ず参加していた。その記憶が、彩佳の疑念をかき消していた。

二日後。夫が「後輩の奥さん」から写真が送られてきたと言った。娘の七子さんが元気になったと、お祝いの写真を撮って送ってくれたのだという。

「よかったわね。一時は三歳まで生きられないって言われてたんでしょ。やっと元気になって」

「ああ、本当によかった」

「あんな大事な日に来なくて、奥さんは傷ついたみたいね。あのメッセージの言い方はひどすぎたわ。でも、今はちゃんと謝ったの?」

夫は口ごもった。逆ギレした。

「お前は俺に口応えするつもりか。俺の金で養ってるんだぞ。文句言うな。俺がいなきゃお前たちは生きていけないんだからな」

彩佳は黙った。以前も夫が生活費の話を出すとき、こういう口調になることがあった。だが、ここまで強い言葉は初めてだ。娘の入院費を出したのは誰だ、生活費を面倒見てやったのは誰だ、と夫はまくしたてた。

「お前らを捨てても構わないんだぞ」

「お願い、それだけはやめて」

「なら口応えすんな、このくず女。いいか、俺の言うことは絶対だ。逆らったら子供が飢えるぞ。それはお前のせいだ。お前が俺の機嫌を損ねるからだ」

彩佳はただ謝るしかなかった。翌朝、夫は言った。

「来月の生活費を減らすぞ。会社の業績が悪くて給料が上がらないんだ」

「そんな、物価も上がってるし、今でもギリギリで……」

「あ? 今口応えしやがったな」

「違います。ごめんなさい」

「俺だって大変なんだ。食費が足りないなら、お前が飯を抜けばいいだけの話だ」

その夜、彩佳は帰宅した夫に言った。

「おかえりなさい。今日も大変だった?」

「ああ。仕事の覚えの悪い新人がいてさ、何度教えても覚えないんだ。昨日も突きっきりで教えたのに」

「それは大変ね。お疲れ様」

「ありがとう。そうだ、来月、優香の誕生日だろ。何が欲しいか分かるか?」

彩佳は首をかしげた。優香の誕生日は再来月だ。だが、夫は気づいていない。しかも、さっき言ったその「後輩の娘」も、確か七子さん。彩佳は心の中で計算した。夫は「来月、七子さんの誕生日」だと言った。それが、七子さんと優香を混同しているのか、あるいは別の意図があるのか。いずれにせよ、妙な引っかかりがあった。

「優香の誕生日は再来月よ。あなた、誰の誕生日と間違えたの?」

「いや、なんでもない。ただの勘違いだ」

「最近そういう勘違いが多いわよ。気をつけないと大きなミスをするわ」

一週間後、彩佳はママ友に話を聞いた。そのママ友の夫は、佐藤と同じ会社に勤めている。彩佳は何気なく「最近、七子さんラッシュで大変ですよね」と話題に出した。しかし、ママ友は言った。

「そんな話、聞いたことないわよ」

部署が違うからだろう、と夫は言うかもしれない。だが、彩佳はもう調べることに決めていた。半年前から、探偵を依頼していたのだ。

そして、夫に問い詰めた。

「後輩の名前を教えてくれる? みささん、だったわよね。娘さんが七子さんでしょ。お祝いを送りたいの」

「だから、それはプライバシーで……」

「あら、そう。実はね、半年前からあなたのことを調べてたの。あなたの部署には、みささんという名前の女性はいないはずよ」

「何の話だよ、そんなのできるわけないだろ」

「探偵に依頼したのよ。あなたが『残業』と言って出かけた日、どこに行って誰と会ってたか、全部調べてもらったわ。だって、あなたが残業で遅くなるって言った日、会社に電話してみたら、『佐藤は本日、定時で退社しました』って言われたもの。それなのに、あなたは朝帰りだった」

夫の顔色が変わった。

「それは、急に呼び出されて……」

「誰に? どこで? 何時まで? 全部答えられる?」

「そんなの全部答えられるわけないだろ」

「私は答えられるわよ。日付と時間、写真付きでね。10月10日。あなたは会社から直接、駅近くのマンションに行って、みささんとファミレスで食事。その後、始発までみささんの家で過ごした。子供連れでね。仕事の打ち合わせにしては、随分と熱心なこと」

「それは、仕事の関係で……」

「仕事で女性の家に上がり込んで、残業って嘘をついて、娘の誕生日まで間違える。家族より大事な人ができたのね」

夫は逆ギレした。

「何だよ、さっきから俺を責めて楽しいのか。ネチネチネチネチ言いやがって」

「逆ギレしないでくれる? あんた、自分が何をしてきたか分かってる? 私は毎日、笑顔で『おかえりなさい』『お疲れ様』って言ってた。でも、その裏であんたは別の女のところに行ってたんだよね。もういいわ。全部分かったわ。もう帰ってこなくていいから」

「ちょっと待てよ。話し合おう」

だが、彩佳は鍵を変えていた。夫が家に入れず、外から必死に呼びかけても、彩佳は応じなかった。三十数分して、ようやく夫は言った。

「家に入れてくれよ。話し合おう」

「あなたを家に入れる気はないわ。今、荷物をまとめてる最中だから」

「あの女の家に行けば、俺の金で養ってやってるとか言ってたみたいね。LINEを見たわ。全部ね。『俺の金で養ってやってる』って、笑っちゃったわ。この家のローンは誰の収入で審査を通ったと思ってるの? 私よ。私は稼ぎを渡して、あなたはみささんに偉そうにして、マウント取ってストレスを発散してたのね。都合のいいサンドバッグとして」

夫はついに認めた。

「分かった。確かに浮気してた。それは認める。だから、やり直させてくれ」

「は? それ、あなたに言う権利があると思ってるの? やり直して、みささんを切れば丸く収まるとか思ってない? 残念だけど、もう手は打ってあるわ」

「何をしたんだよ」

「特別なことはしてないわ。ただ、証拠を私の親に見せただけ」

「親? まさか……。お前の親父さんは、俺の会社の上司の話を……」

「私の父は、あなたの上司の大学の後輩なのよ。親戚の集まりで一度だけ話したことがあるけど、忘れてた? 父はすごく怒ってたわ。来週、人事面談があるかもしれないわね」

「待ってくれ。頼むよ。俺が悪かった」

「何が悪かったと思ってるの?」

「それは、浮気をしたこと……」

「今更、私が全部知ってるって言ってるのに、苦し紛れに言い訳してきたのはどこの誰よ。これまで何度も話し合うチャンスはあったわよね。でも、あなたは嘘をつき続けた」

「俺はお前のことが大好きなんだ。頼む、やり直せないか」

「無理よ。もう弁護士に依頼済み、半年前からね。離婚届の準備も整ってるわ。慰謝料とか財産分与、楽しみにしていてね」

「そんな……」

「絶望するのは早いわよ。ここからが本当の制裁の始まりなんだから」

一時間後、彩佳はある電話番号にかけていた。夫の携帯から入手した番号だ。数コールで、女が出た。

「初めまして、みささん。佐藤の妻、彩佳です。夫の携帯から電話番号を入手しました。アカウント、お間違いないですよね」

「は、はあ……。あなたが、佐藤さんの奥さん?」

「あなたと夫が浮気していることは知っています。知った上で連絡しました。ごめんなさい、驚かせてしまって」

「……私のことは、許してくれますか?」

「謝罪はいりません。どうせ許すつもりもないから。さて、あなた、夫から『くず女』『母親失格』って言われたこと、ありますよね」

「なんで、それを……」

「夫が私に誤送信したんですよ。七子さんの行事の日に『来ないとか母親失格だ。今すぐ来いよ、くず女』って。うちの娘はもう大学生です。あなたと勘違いして送ってきたようですが、随分な言葉遣いで驚きました」

「それで、私たちの関係に気づかれたんですね」

「いいえ。半年前から夫を調査していました。探偵に依頼して、あなたとの関係も全部把握してますよ。あなたがシングルマザーで、娘さんの医療費を夫に頼っていたことも、夫があなたに暴言を吐いていたことも」

みさは震える声で言った。

「夜遅くに暴言が聞こえてきたって、近所でも有名でした。何度か通報されたこともあったけど、警察が来る時は決まってあの人はいなくて、私がごまかしていました」

「DVを受けていたんでしょ。経済的に困っていて、現状から抜け出せず、夫に頼るしかなかった」

「はい。ごめんなさい。私の両親はもう年で、生活までは頼れないんです。ためだと分かっていても、あの人から逃げられなくて怖くて……」

「私に謝っても無駄よ。言ったでしょう、許すつもりはないって。夫があなたに渡していたお金、あれは元は私の収入なんです。夫の収入だけじゃ、あなたを支援する余裕なんてなかったから。つまり、あなたは私のお金で生活してたってこと。夫は『俺の金で養ってやってる』って偉そうに言ってたけど、実際は私の稼ぎを勝手に使ってただけよ。あなたもそれに乗っかってた」

みさは沈黙した。

「LINEのやり取りを見る限り、最初は既婚者と知らなかったみたいね。でも、途中で気づいた。それでも娘のために離れられなかった。けれど、法律上は、あなたも不貞行為の相手として慰謝料請求の対象になるわ。既婚と知った時点で関係を続けた以上、言い訳は通用しない」

「それは、分かってます……。慰謝料、払います。今すぐは難しいけど、借金して働いて返しますので」

「そんなお金がないのは知ってるわ。お金があれば、あなたはとっくに逃げていたでしょうし。でも、同情するつもりはない。あなたは夫に依存して、私の稼いだお金で生活して、その上で私の家庭を壊した。娘のために経済的に困っていたのは分かる。でも、それは私には関係ない。私だって娘を守るために必死だった。あなたが夫にすがってる間、私は家族を守るために働いて、家事をして、一人で全部やってきたんだから」

「……ごめんなさい」

「謝って済むなら法律はいらないわ。あなたには責任を取ってもらう」

「でも、私、本当にお金がなくて。娘もまだ小さいし、仕事も見つからなくて……」

「条件を飲めば、今の生活からは抜け出せるわよ」

「条件、ですか?」

「まず、夫との関係を完全に絶つこと。二度と連絡を取らない。そして、夫から受けた暴言の証拠を、全て私に提出しなさい」

「そんな……。でも、それだけで許してもらえるんですか?」

「許す? 甘いわよ。慰謝料は分割で必ず払ってもらう。でも、現実的に厳しいでしょう。だから、私の会社の人手不足の部署に就職してもらうわ。肉体労働だし、私の監視付き。絶対に逃さないから」

「え、でも、それって……」

「嫌なら裁判で争ってもいいわよ。でも、あなたに勝ち目はないし、弁護士費用も払えないでしょう。ああ、その部署はすごく忙しいし、大変よ。でも、お給料はきちんと出る。それに、そこの上司は昔DVを受けていた人だから、あなたの力になってくれるはず」

「どうして、そこまで……」

「感謝されるようなことはしてないわ。あなたに慰謝料を払わせたいだけ。でも、結果的にあなたは私に助けられようとしている。私は、あなたに刺されても仕方ないことをしたのに」

「ねえ、ムカつくでしょう、あなたはさっきまで『俺がいなきゃ生きていけないくせに』ってあなたに言ってふんぞり返ってたのよ。私のお金を使って。あいつは完全にあなたを見下してた。でも、そんなあなたが、今度は自分の力で立ち上がる。長く伸び切った花をへし折るには、ちょうどいいと思わない? 経済的に自立して、夫の手を借りずに生きていけるようになりなさい。それが本当の謝罪よ」

翌日、みさは佐藤に電話をかけた。

「佐藤さん、もう会えない。関係を終わりにするわ。だから、家にも来ないで」

「は? 何言ってんだ? 俺がいなきゃ生きていけないだろ。頭大丈夫か?」

「あなたの奥さんから連絡があったの。全部バレてるわ」

「知ってるよ。だから何だ。お前は黙ってればいいんだよ。あいつと俺の問題は、お前には関係ない」

「もう無理よ。この関係を続けてた私も悪い。自分を被害者にするつもりはない。私は奥さんにとって立派な加害者だから、その償いはするつもりよ」

「おい、一体何の話をしてるんだ?」

「あなたが私に送ってきた暴言、スクリーンショットを撮って、全部奥さんに渡したの。あなたは浮気で離婚されるわ。これであなたは言い逃れできない」

「何してんだ、勝手なことしやがって。くそ。お前ごときが俺を裏切ったのか」

「そうよ、裏切ったわ。バカよね、逃げようと思えば何だって方法はあったのに。……あなたに『くず女』とか『子供がかわいそうだ』とか言われ続けて、私は本当に世界で一番ダメな人間なんだと思ってたわ」

「実際そうだろう。俺を裏切るってことは、子供を飢えさせるってことなんだぞ」

「いいえ、それはないわ。そうならないように道を示してもらえたから。あなたが『俺がいなきゃ』って言うけど、子供の教育上、あなたといる方が何十倍も悪影響よ。そのことに気づけなかったのは、確かに母親失格だったかもね。……あなたに言いたいことはたくさんある。でも、それを言う資格は私にはない。あなたの奥さんと違ってね」

三日後。佐藤は彩佳に電話をかけていた。

「頼む。彩佳。もう一度話し合わせてくれ。俺が悪かった。だからチャンスをくれよ。全部謝るから」

「急にどうしたの? 私が鍵を投げつけて家を出ていった後も、連絡もなかったのに」

「会社に匿名で通報があったんだよ。社員の浮気についての情報提供って。上司から呼び出された。このままだと出向になるかも知れない。お前が通報したんだろ」

「私じゃないわよ。でも、あなたのお父さんじゃないの?」

「父さんは何も言ってない。迷ってるらしいけど、あなたの上司と会うタイミングがなくて、まだちゃんと言えてないって」

「それなら誰が?」

「あら、分からないわね。そうよね。だってあなた、彼女のことをすごく見下してたもの。自分がしてやられるとは考えもつかないわよね」

「まさか……。通報したのはみさなのか?」

「みささんよ。証拠を全部、会社に送ったみたい。私に渡した証拠も含めてね」

「あんな女に、そんな行動力があるわけない」

「あるのよ。今までその行動力を、あなたが力で抑え込んでただけ。でも、それももうおしまい。こういうとき、母親って強いのよ。私も含めてね」

「頼む。許してくれ。離婚だけは勘弁してくれ。家族が大事なんだ。俺にとっては家族が心の寄り所だったんだ」

「笑わせないで。満たされない支配欲を、みささんで発散してたんでしょ。あなたの異常性に付き合うのはごめんだわ。家族が大事? あなたは娘の誕生日すら間違えたじゃない」

「あれは……」

「あなたの子供は七子さんって言うの? うちの子は違うわよ。優香はあなたに会いたくないって言ってるの。あなたは優香のことだけは大切にしてたかもしれないけど、それでもあなたは優香も傷つけた。二度と父として顔を見せないで」

「みささんに『俺がいなきゃ生きていけないくせに』って言ったらしいけど、その言葉、そっくりそのまま返すわ。あなたは私がいなきゃ生きていけなかったのよ。それを忘れて調子に乗ったんだから、代償を払いなさい」

「何だって……」

「慰謝料は五百万。払えないと言うなら、給料差し押さえでも何でもしてやるわ。出向になれば給料も減るでしょうね。でも、あなたのこれまでの年収で計算してあるから、文句は言わないで」

「頼む。話を聞いてくれ。娘の……」

「七子さんの話は二十年も昔に終わってるわ。今更何の話? あなたと話すことなんて、何もないのよ」

その電話を最後に、佐藤からの連絡は途絶えた。

半年後、二人は無事離婚した。佐藤は慰謝料五百万円と財産分与で経済的に困窮し、狭いアパートで一人暮らしを余儀なくされた。会社では地方の関連会社への出向が決まり、給料も大幅に下がった。同僚たちからは「浮気で離婚させられた人」と後ろ指を刺され、居場所を失っていた。

みさは、彩佳の紹介で生産管理部門の現場作業員として就職した。肉体労働で、彩佳の監視がある中ではあるが、毎月きちんと慰謝料を分割で支払っている。会うたびに謝罪してくるみさに、彩佳はこう伝えた。

「謝罪よりも、自立して娘さんを育てることが何よりの謝罪よ。子供に罪はないんだから」

一方、彩佳は一人で穏やかに暮らしていた。優香は大学からたまに帰ってくる。ピアノの音が聞こえる日もあれば、二人で買い物に出かけることもある。父がいなくなったことを、優香は表立って悲しまなかった。ただ、たまに黙り込むことが増えた。それでも、二人は欠けた家族の形を、新しい形で作り直していくしかなかった。

彩佳は思う。佐藤はいい夫であり、いい父親だった。だが、それは嘘の上に成り立っていた。それを知った今、悲しい気持ちがあるのは確かだ。それでも、前を向いて乗り越えていくしかない。そう決めた。

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