数日前、ポストに一通の書類が届いた。差出人は、二度と会いたくないと思っていた元夫・大輔の弁護士。開けた瞬間、頭が真っ白になった。そこには、私が大輔に120万円を支払えという訴状が入っていた。「は?なんで私が訴えられるのよ」。何度読み返しても意味がわからない。養育費を払う義務があるのは、私じゃなくて大輔のほうだ。離婚協議書には、彼が月5万円を払うと確かに書いてある。なのに今、彼は「お前が払え。…

数日前、ポストに一通の書類が届いた。差出人は、二度と会いたくないと思っていた元夫・大輔の弁護士。開けた瞬間、頭が真っ白になった。そこには、私が大輔に120万円を支払えという訴状が入っていた。「は?なんで私が訴えられるのよ」。何度読み返しても意味がわからない。養育費を払う義務があるのは、私じゃなくて大輔のほうだ。離婚協議書には、彼が月5万円を払うと確かに書いてある。なのに今、彼は「お前が払え。...

弁護士からの書類が届いたのは、つい数日前のことだ。二度と会いたくないと思っていた男からの、電話じゃない。正式な訴状だった。

「は?なんで私が訴えられるのよ」

私は思わず書類を何度も読み返した。相手は元夫の大輔。請求内容は、養育費。120万円。私が払えだと?おかしいでしょ。養育費を払う義務があるのは、私じゃない。大輔のほうだ。

事の発端は、彼からのあの電話に遡る。

「おい、養育費払う約束なのに払ってねえだろう。早く払え。お袋も切れてるぞ。払わないなら訴えるからな」

突然の電話口から聞こえてきたのは、一方的な非難。意味がわからなかった。

「は?養育費?一体何の話よ」

「お前が払うもの払ってないからだろ」

「え?払うもの?私が何か払う約束してたっけ?」

私がそう返すと、向こうはますますヒートアップしてきた。

「あるだろ。子供の養育費だよ。お前が私が責任持って育てますって言っただろ。それって養育費払うってことだろ?」

「え、ちょっと待って。養育費って子供を育てるお金よね?」

「そうだよ。だから払えよ。120万円」

「うん。だから、私がもらう側なんだけど」

離婚協議書には、はっきりと書いてある。大輔が月5万円を支払う、と。私はそれを読み返しながら、なぜ彼が逆のことを言っているのか理解できなかった。

「は、離婚協議書ではあなたが月5万円払うことになってるわよ。ちゃんと読んだ?」

「でも、私が払うんだろ」

「いや、逆よ。私がもらうの」

「は?じゃあなんで2年間一度も払ってないの」

「もらう側と勘違いしていたのなら、もっと前に行ってるんじゃない?」

「それは俺も忙しくて」

あまりの主張の支離滅裂さに、私は呆れるのを通り越して笑えてきた。

「なんか矛盾してない?2年間普通だったのに、いきなりお金が欲しいだなんて」

「子供が生まれたんだよ。それで金が必要なんだ。娘はお前が勝手に連れてったから」

「連れて行ったって、私が母親なんだから当然でしょ」

「うるせえ。とにかく払えよ。今月中に120万な。じゃなきゃ訴えるからな」

「ああ、はい。どうぞ訴えてください」

「あ、え、じゃないわよ」

「だって私、悪いところ何もないもの」

「ふざけんなよ。俺は被害者なんだ。加害者が開き直るな」

翌日、今度は元姑から電話がかかってきた。

「息子から聞いたわよ。養育費を払ってないんですって。約束は守らなきゃだめでしょ」

「お母さん、離婚協議書では大輔さんが養育費を払うことになっています」

「大輔は、真剣者が養育費を払うものと勘違いしていたわ。でも実際は真剣者がもらう側よね」

「はい、そうです」

「なら、大輔がもらう側でしょ」

「はい?」

「稼いでる方が将来的に安泰だし、あなたみたいな低所得じゃ子供がかわいそうだもの。だから真剣者(育てる側)は息子のはずよ」

「や、真剣者は私です。なんでそこで大輔さんが真剣者になるんですか?」

「調べたのよ。真剣者は子供を育てる経済的余裕が必要って。それって大輔のことでしょ。だから大輔なの。法律は私の味方よ」

「お母さん、それ、まさに私のことなんですけど」

「え?真剣者が養育費をもらえるんですよね。私が真剣者なんです。それはもう決まりましたよ」

「あれ?書類を確認してませんか?」

「そういえば、真剣はあなただったかしら。でも、息子の方が稼いでるし、息子が真剣を持つべきよ」

「持つべきって言われても、もう離婚協議に署名済みですよ、私は」

「そ、そんな。じゃあ、息子が払う側ってこと?」

「はい、そうです。2年間で120万円ですね」

「120万…そんな大金、払えないわよ」

「私に言われても困ります。とにかく、真剣は息子なのよ。確認したくても、私はその調停書なんて見れないし。現実問題、収入面は息子が有利だもの。今は男性だって真剣が取れるし」

「そうよ。真剣は息子に違いないわ。だからお金はあなたが払いなさい」

「すっごい思い込みですね」

「息子のためでしょ。母親なら当然よ。払わないなら、弁護士に相談するわ」

「どうぞご自由に。むしろ弁護士さんに正しく説明してもらった方が早いかもしれませんね」

そう言って電話を切った後、私はため息をついた。話にならない。本当に話にならない。

翌週、こんどは大輔から信じられない電話がかかってきた。

「おい、娘に電話しただろう。勝手に電話するなって言っただろ」

「は?何言ってるの?」

「とぼけるなよ。娘の携帯に着信が残ってたんだ。何度もかけたお前の仕業だろ」

「私はそんな電話してないわよ。かけたとしたら、そっちでしょ。娘に電話するなんて、離婚協議書で禁止されてるって言ったはずよ」

「は?俺は娘と話したかっただけだ。父親なんだから、普通だろ。声を聞くくらいで大げさだな」

「普通じゃないわよ。離婚協議書では、面会交流は審判の上ってなってるでしょ。協議してないのに、勝手なことしないで」

「いや、俺は娘と話したかっただけで、別に合わせろとか言ってないだろう。しかも、電話も数分だし。電話も面会のうちなのよ」

「今後は勝手に連絡しないで」

「はあ。そんな細かいこと言うなよ。娘だって、俺の声を聞きたいだろうし」

「細かいこと?ルールを守ってって言ってるのよ」

「ルール、ルールって、お前も養育費払えてルール守ってないじゃん。そっちはどうなんだよ」

「はあ…。それは、あなたが払う側なんだって、何度言えばわかるの?」

「だから、俺も娘と話す権利があるだろうが」

「じゃあ、父親として当然の義務である養育費は、それとこれとは別の話でしょ」

「別じゃないと思うけど」

「うるせえ。とにかく娘に合わせろよ」

「養育費も払わないくせに、娘を独占しやがって。マジで最低だな」

「独占?私が保護者なんだから、当然のことでしょ」

「ふん。今週中に金を振り込まなかったら、娘を取り返しに行くからな。お前が誘拐したって言ってやる」

「誘拐?親が子供を育てるのが誘拐なの?新しい法律でもできたの?それとも、あなただけ別の次元で生活してるの?話が通じなさすぎて、もう驚くことしかできないわ」

「偉そうに言うなよ。俺の言うことを聞かないと、後悔するぞ」

「勝手にすれば」

「おい、マジで言ってるのか?お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃなんだよ。少しは責任取れよ」

「話にならないわね」

私はそう言って、電話を強く切った。自分のことしか考えていない元夫に、これ以上何を言っても無駄だ。そう思い知らされた瞬間だった。

数日後、今度は大輔の最後通告と称する電話がかかってきた。

「おい、最後通告だ。今週金曜日までに120万振り込め。じゃなきゃ、本気で訴えるからな」

「あなた、それって脅迫罪って知ってる?」

「は?なんでそうなるんだよ」

「訴えるって言って訴えなかったら、それはそれで罪に問われることがあるの。発言に気をつけた方がいいわよ」

「うるせえ。こっちは本気なんだよ。お前が払わないせいで、俺たち一家が困ってるんだ。少しは罪悪感を持てよ」

「罪悪感?2年間、養育費を払ってないのはどっちだったっけ?」

「それは、新しい嫁も赤ちゃんも大変なんだよ。俺は再婚してるし、もう家庭もあるんだ。お袋も一緒に住んでて生活費もかかるし」

「それ、私に関係ある?」

「お前が離婚の時にお金を払わなかったせいで、全部狂ったんだよ。責任取れよ」

「離婚の原因って、あなたの浮気でしょ」

「は?俺、浮気なんてしてないし」

「離婚の時に認めたじゃない」

「そんな話、知らない」

「やけに、あの時スムーズに話が進んでおかしいと思ったけど。あなた、最初から何も言ってないって嘘ついて、逃げようと思ってたのね。呆れた。どこまで幼稚なのよ」

「過去のことを持ち出すなよ。今は養育費の話だろ。話をそらすなよ」

「話をそらしてるのは、そっちだと思うけど」

「とにかく金曜日までに振り込め。じゃなきゃ、娘のことで警察に通報するし、職場にも言いふらしてやるからな」

「どうぞ。私が養育費をもらえてない事実が広まるだけだけど」

「翌日、息子が弁護士に相談するよ。あなたが悪いんだからね。裁判になったら、あなたが負けるわよ。法律は私たちの味方なんだから」

「へえ。そうなんですか」

「今からでも遅くないわ。今すぐに振り込めば、訴えるのやめてあげる。どう?優しいでしょ?」

「結構です。訴えるなら、どうぞ」

「本気なのね。後悔するわよ。ていうか、今の…」

「う、なんか言ったっけ?」

「……」

「実は、さっきの電話で、あなたが間違ってるって証明できたから」

「は?どういうことだよ」

「あなた、今、私が『脅迫罪になる』って言った時、『なんでそうなるんだよ』って言ったわよね。つまり、あなたが養育費を払う義務があると知った上で、それでも払わずに私を脅したってことになるのよ」

「な…」

「裁判になったら、あなたが不利になるのは明らかでしょ。むしろ、私から訴えてもいいくらいよ」

「ふざけるな!」

「私は真剣よ。あなたが言うところの」

電話の向こうで、大輔が何か喚いているのが聞こえたが、私はもう聞く気になれなかった。静かに電話を切り、通話履歴のBluetoothマークを確認した。バックの席にいる娘。こっそり録音ボタンを押していたのだ。

私は深く息を吐き、娘に話しかけた。

「さ、帰ろう」

「うん、ママ」

娘は何も知らずに、私の手を握り返してきた。

これで終わったわけではない。これから裁判になるかもしれない。でも、少なくとも、私は正しい。この携帯に残った音声が、それを証明してくれる。

窓の外では、雨が静かに降り始めていた。嵐の前の静けさのように、今日という日は静かに終わっていく。でも、明日からはきっと、この静けさが嘘のように動き出すのだろう。

私は娘の手を握りしめ、家路についた。

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