義父が亡くなった翌朝、私は結婚式場にいた。スマホが震え、義母からLINEが届く。「なんで葬儀場に来ないの?嫁失格よ。人でなし。さっさと来なさい。この底辺嫁が」指が震えた。でも私は動けなかった。今日は母の結婚式。義父との約束を守らなければならなかった。「結婚式?葬儀より大事なの?」義母の言葉は止まらない。「今すぐ来ないなら、息子と離婚させるわよ」涙が溢れた。母は私を一人で育ててくれた。貧乏だと…

義父が亡くなった翌朝、私は結婚式場にいた。スマホが震え、義母からLINEが届く。「なんで葬儀場に来ないの?嫁失格よ。人でなし。さっさと来なさい。この底辺嫁が」指が震えた。でも私は動けなかった。今日は母の結婚式。義父との約束を守らなければならなかった。「結婚式?葬儀より大事なの?」義母の言葉は止まらない。「今すぐ来ないなら、息子と離婚させるわよ」涙が溢れた。母は私を一人で育ててくれた。貧乏だと...

「なんで葬儀場に来ないの?義父の葬儀を欠席するとか、嫁失格よ。人でなし。さっさと来なさい。この底辺嫁が」

私はスマホの画面を見つめながら、ため息をついた。義母からのLINEは、昨夜からずっとこんな調子だ。メッセージのトーンはどんどん激しくなっている。

「あの、お母さん、どうしたんですか?葬儀?今日、誰かの葬儀をやるなんて聞いてませんが」

「何言ってるの?昨日、お父さんが亡くなったことは伝えたでしょう」

「はい。伺ってますよ」

「なら葬式をするのは当たり前じゃない。今どこにいるのよ」

「結婚式に参加しています。ですので葬儀には参加できません。それがお父さんの葬儀なら、なおさらです」

「結婚式?葬儀より結婚式が大事なの?しかもお父さんの式に参加したくないなんて、失礼よ」

「そうでしょうか」

「『そうでしょうか』って……なんなの、さっきから。人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ」

「そんなつもりはないんですけど」

「こんなバカ女だったなんて。いい?今すぐ来ないなら、息子と離婚させるわよ。覚悟しなさい」

義母の言葉は止まらない。しかし私は、義父との約束を守らなければならなかった。葬儀を欠席することがどれほど非常識に見えるか、重々承知している。それでも、私は今日、母の結婚式に出席すると決めていた。

「あの、こちらの事情も聞かずに強制参加って、そもそもお葬式って意味がありますか?それに、こちらは事前に母の結婚式だとお伝えしていました。今さら行けません」

「義父の最後より、自分の母親を優先するっていうの?」

「はい。そうです。というか、大抵はそうなると思います。それに生前、お父さんにも結婚式を優先してくれと言われていましたし」

「それでも行くのが嫁の勤めよ。全く、これだからシングルマザー家庭は嫌なのよ。常識も躾もない。動物みたいな子育てしかできないものだから、あなたみたいなのが生まれたんだわ」

「あの、失礼ですよ。その発言を取り下げてください」

「本当のことでしょ?シングルなんて、お金もなくて貧乏じゃない。そんな貧乏人のくせに結婚式なんて……それが理解できてないんでしょ」

「母は立派に私を育ててくれました。結婚式をあげることを不当だとは思いません」

「育てたって、あんな貧乏な暮らしで。貧乏奨学金でやっと学校に行ったくせに」

「確かに裕福な暮らしではありませんでした。それでも幸せです」

「うちの息子と結婚できたことが幸せでしょ。それなのに、こんな無礼なことをして、伴侶の親を大事にするものでしょう」

「伴侶の親だから大事にするのではなく、人として尊敬できるかも大事かと」

「ああ、こう言いやがって。鬱陶しいわね。とにかく早く葬儀場に来なさい。葬儀の準備も片付けも、全部あんたがやるべきでしょ」

「なぜそうなるんですか?」

「私は悲しんでるのよ。最愛の人をなくしたの。嫁なんだから、そういう時は働くのが当然じゃない」

「お母さん、葬儀の準備は拓也さんと相談して決めるべきでは?」

「葬儀の準備は嫁の勤めでしょ?息子に聞いてどうするのよ?あんたが来ないせいで、息子に負担がかかってるの。さっさと来ないと、離婚させるわよ」

「お母さんの要望は分かりました。でも離婚は私たち夫婦の問題です。お母さんが気に食わないからって、それは口の出しすぎですよ」

「息子は私の味方よ。あんたみたいな白上な嫁のことなんか、見限るわ。私がこんなに悲しんでるのに、あんたは自分の母親のことしか考えてないのね」

「私はお父さんに言われたことを優先しているだけですよ」

「なんですって?」

「お父さんは、生きている人の幸せを優先しろとおっしゃっていました」

「だから何?え?夫が何を言ったって関係ないわ。今は私が一番辛いのよ。親族の前であんたの非常識さを全部話してやるわ。息子にも離婚を説得する」

「それは困りますね」

「困る。当然よ。嫁失格なんだから。今すぐ来なさい。来ないなら本当に離婚させるからね」

義母は一方的にLINEを送り続け、感情がヒートアップしていく。義母の「計画した葬儀」を台無しにされたという怒りは、どんどんエスカレートしていた。

「あんたのせいで、私の計画した葬儀が台無しよ。なんで来ないのよ。準備が間に合わないじゃない。盛大な葬儀にしたかったのに」

「あの、お母さんがやりたいのは、お父さんの葬儀ですよね?」

「そうよ。夫の葬儀を立派に取り仕切るのは妻の勤めでしょ。あんたには分からないでしょうけど」

「分かりませんね」

「この白上、あの……もう、さっきから同じようなことばかり言ってませんか?お母さん、大丈夫ですか?お疲れでは?」

「そんな年でもないわよ。失礼ね。とにかく来なさいよ」

「だから、同じことばかりですよ。あのですね、そもそもお父さんの葬儀なら、拓也さんとお話しされてはいかがですか?」

「息子は忙しいのよ」

「それ、さっきも聞きましたよ。でも確かに忙しいと思います。拓也さんも、今みんなとこちらの結婚式場にいますから」

「え?息子が結婚式場に?嘘でしょ?息子は葬儀の準備をしているはずよ」

「葬儀にいないのに、どうやって準備をするんですか?さっきから私にばかりLINEを送ってきて、おかしいなと拓也さんと話していたんです。まさか葬儀にいると思い込んでるなんて」

「まさか、息子はいるはずよ。自分の父親が亡くなったのに、結婚式に行くなんて。そんなことするはずないもの」

「それなら、LINEしてみればいいのでは?今、私の隣でこのLINEを見てますけど、『俺、ここにいるのに葬儀場にいるって、誰かと見間違えたのかな』って苦笑いしてますから」

私はその場で拓也に何があったのかを伝えた。するとすぐに、義母の携帯に拓也から電話が入ったらしい。

「ちょっと拓也、あなたどこにいるの?」

「母さん、俺も結婚式場にいるよ。美咲と一緒にね」

「なんでそんなことを。お父さんを悲しませるつもり?」

「悲しませる?俺は父さんの遺言に従ってここにいるんだよ」

「遺言?何のこと?」

「とぼけないでよ。父さんはちゃんと伝えてたはずだ。葬儀はするな、そのまま仮葬してくれって。ちゃんと聞いてたし、母さんもその場にいたはずだ。むしろ、なんで勝手に葬儀をしてるんだ」

「お父さんが亡くなったのよ。お見送りくらいしたいじゃない。確かに気持ちの整理として葬儀は大事かもしれないでしょ。でもそれはあくまで気持ちであって、強要するべきことじゃないだろう」

「母さん、LINEのやり取りは全部見せてもらったよ。美咲に準備を押し付けて、来なかったら罵倒してさ。何がしたいんだ」

「うるさいわね。嫁の仕事は親の勤めなのよ」

「母さんは美咲の親じゃないだろ。本当にどうしたの?もう少しちゃんと話してよ。なんでそんなこと言うの」

「いや、ちゃんとはっきりさせとこうと思って。さっき美咲に『息子は私の味方』って言ってたよね。俺、母さんの味方になるつもりないから」

「は?あんたまで。私は悲しんでるのよ。なんで母親に寄り添えないの?」

「今回は父さんに寄り添っただけだよ。父さんの遺言を守ってるって形でね」

「こんなことしてお父さんが悲しむわよ。最後に息子すら見送ってくれないなんて」

「あのさ、はっきり言わせてもらうけど、悲劇のヒロイン気取りでみんなを悲しませるのやめろよ。いい加減見てて痛々しいし、息子としても情けないよ」

「え、何言ってるの?」

「父さんが一番悲しむのは、母さんが父さんの死を利用することだ。お母さんが葬儀をしたいのは、父さんを送り出したいって気持ちじゃなくて、夫をなくした妻って立場でみんなから同情されたいだけだろう。ただそれだけだ」

「あ、なんてことを言うの?そんなことないわ」

「なら、なんで父さんの言葉を忘れてるんだ?俺が結婚式にいる理由も、ちゃんと話してたはずだよ」

「何のこと?」

「父さんと美咲の母の再婚相手は知り合いなんだ」

「知り合い?」

「その様子じゃ、忘れてるね。二人の結婚を父さんはとても喜んでいたんだ。だから言ってたよ。『もし私が先立っても気にせず式をあげておくれ。そうすれば魂だけでもお祝いに行けるから』って」

「あ、そんなこと……」

「母さんって、本当に自分のことだけ考えてるよね。俺と父さんがどんな気持ちかも知らずに。俺も父さんも、ずっと前から母さんに愛想を尽かしていたんだ」

「え?」

「自分勝手で、いつも自分が一番。夫のことも二の次。今回の葬式も、悲しんでる未亡人を演じて注目を浴びたいだけ。そんなことして、何になるんだよ」

「いきなり、なんでそんなひどいことを言うの?」

「いきなりこれが、そう思うのは俺たちのことを見てなかったからだろう。父さんの葬式も利用して、そのために美咲を巻き込んだことも、勝手に俺から美咲を奪おうとしたことも、許せない。お母さんのこともバカにして、人としても親としても最低だよ」

同時刻、私は義母からのLINEに返信していた。

「この底辺嫁。息子に変なことを吹き込んだのね。あんたは嫁失格よ。息子を返しなさい」

「嫁失格はお母さんの方ですよね」

「なんですって?」

「お母さん、『夫の葬儀を立派にするのは妻の務め』とおっしゃいました。でもお父さんは葬儀を望んでいません。つまりお母さんは、個人の意思を無視して自分の欲求を優先したんですよね。底辺嫁なので教えて欲しいんですけど、これのどこが立派な嫁なのでしょう?」

「それは……夫は本当は葬儀を望んでいたはずよ」

「私も、母のお見舞いに行った時にはっきりお父さんが葬儀を望んでいなかったことを聞いてます。その理由が、お母さんが葬式の場で注目を浴びたいだけだってことも言っていました。もういい加減、嘘つくのやめてもらっていいですか?」

義母はさらに逆上した。

「あなたは騙されてるの。みんなお父さんがそう言っていたって言うけど、そんな証拠どこにもないわ。遺言なんてないくせに」

「父さんは遺言状を用意していたよ」

拓也が電話口でそう言った。

「なら、それはどこにあるのよ」

「遺言状があったはずなのに、なくなってるんだ。弁護士さんに渡す前に消えちゃってて。だから確かめる術はないけど」

「ないなら、確認しようがないでしょ。お父さんは葬儀をして欲しくなかったって証明にはならないわ」

「でも、して欲しいとも言ってないだろう」

「そんなの、普通はして欲しいに決まってるでしょ。お父さんは葬儀をして欲しかったに決まってる」

「そうやって、また父さんの意思を無視するのか」

「無視?無視してるのはあなたよ。お父さんが葬儀をして欲しくなかったなんて、嘘ついていい?何の証拠もないのに、思い込みで話をしないで。分かったなら、あのクソ嫁連れてきて、今すぐ葬儀よ」

「いい加減にしてくれ。あんたのわがままに付き合うのはもうたくさんだ」

「わがままはあなたの方。私が正しいの」

「そんなに言うなら、証拠を持ってきなさい。できないでしょ。つまりあなたの方が妄想を口にしてるのよ」

「証拠なら、あるけど」

「え、う、そんなはずは……」

「ああ、正直ここまでするつもりなかったのにな。素直に『間違いでした』って認めてくれたら良かったのに。ま、そんなことしないのは分かってたけど。これが自分の親とは恥ずかしいな」

「本当に何を言ってるの?証拠?遺言はなくなってたんでしょ?遺言状は確かに亡くなっていた。だから中身は確認できないなら、証拠なんてないじゃない」

「でも、父さんから録音データを預かってるんだ」

「録音?あ、何よそれ」

「念のためにって残してくれてたんだよ。自分の意思を伝える声をね。パソコンにデータが入ってるから、今送信できないけど、内容は覚えてるよ。『拓也、俺が死んでも葬儀はするな。母さんは俺の資産も自分のために使うだろう。お前は美咲さんとお母さんを守ってやれ』そう言ってた」

「だから俺は父さんの遺言を守る。それだけだ。これのどこが親不孝者かな」

「そんなものを用意してたなんて……母さんに知られたら消されると思って隠してたんだ。親族にも連絡したのよ。立派な葬儀を計画していたのに」

「それは母さんが勝手にやったことだよね。俺は何も頼んでない。そんなに葬式がしたいなら、一人で勝手にやれば?誰も来ないだろうけどね」

「そこまで私を裏切るの?」

「裏切ってるのは母さんの方だよ。自分の都合のことしか考えてないから、こうなるんだ」

三十分後、結婚式は終盤に差し掛かっていた。私は義母に最後のLINEを送った。

「そろそろ結婚式が終わるんですけど、まだ葬儀やれって言われても面倒なので、決着をつけましょうか」

「決着?何の話よ」

「お母さん、もう認めたらどうですか?お父さんは全て分かっていらっしゃいました。お母さんが葬儀の場を使って注目を集めようとしたことも、そのために息子夫婦をこき使うことも。お母さんって、家庭内ではいつも女王様でふんぞり返ってますもんね。自分が一番偉いって顔して。いい大人が恥ずかしいので、やめといた方がいいですよ」

「なんなのよ。嫁の分際で」

「嫁の分際でも、お母さんが間違ってることも、一人で暴走して痛々しいのも分かるので」

「ふざけんじゃないわよ。私を馬鹿にするな。私の計画を邪魔するんじゃないわよ。どいつもこいつも、なんで葬儀に来ないのよ。みんな連絡してるのよ」

「この底辺嫁、すっごい乱心してますね。そりゃそうか。会場にポツンと一人だけ。無駄に広い会場で、誰も来ないで。葬儀場のスタッフさんたちも困惑してるでしょうね。お花もそれなりのものを用意したでしょうが、資源の無駄遣いやめてもらっていいですか?」

「あんたが悪いのよ。あんたが周りを洗脳したのよ」

「まだ言ってます。あのですね、お父さんがあれほど葬儀はしないでくれと言っていたじゃないですか。お母さんの気持ちは一切考えず、世間体と自分の満足のために盛大な葬儀を企画して、それで恥をかいてるのはそっちでしょ。私のことを貧乏人みたいに言いましたけど、学校に通ってるのにこんな恥ずかしいことをして、一人で反省会になってる人の方が心が貧しいのでは?」

「なんですって」

「それでは、シングル家庭で常識も躾もなってない動物みたいな子育てをされた私が、お母さんに分かりやすく教えますね。お母さん、お父さんは最後まであなたのことを見抜いていたんですよ。だから遺言だけでなく録音まで残した。あなたは夫からも息子からも、全く信用されてなかったんですよ」

「そんなはずは。私は愛されてるわよ」

「愛されてるのに、こんな準備されますか?遺言状でも言うこと聞かなそうだからって、録音まで残されてる時点で、お母さんのことを信じてなかったんです。ここまで愛情が冷めてるのに気づけないって、よっぽどですよ。私も結婚した身ですけど、こんな関係にならないよう、お母さんのことは反面教師にさせていただきますね」

「私に恥をかかせて、許さないわよ」

「どうぞ勝手に一人で怒っててください。私は母の幸せな結婚式を見届けますので」

数時間後、結婚式は無事に終わった。私は拓也と話し合い、義母とは今後関わらないことを決めた。

「ごめんな、美咲。結局、色々巻き込んじゃって」

「いいのよ。覚悟してたし。むしろこれでお父さんに恩返しできるわ」

「そういえば、ずっとそれ言ってたな。恩返しのために母さんと縁を切らずにいるって」

「うん。ほら、よく言うでしょ。『終わりよければ全てよし』って。それくらい最後って大切だと思うの。だから私はお父さんの最後の願いを守りたかったの」

「でも、言いたいことは分かるわ。お母さんの嫌がらせは相当だったからね」

「でも私はお父さんの娘でいたかったの。お父さんが旅立つまでは縁を切るつもりはなかった。だから自分のせいで我慢させてたとか、そういうことは思わないでね」

「本当に、頭が上がらないよ。ありがとう。父さんのことも、こんなに大事にしてくれて」

「それはお父さんが人徳だったからよ。でも、もうそのお父さんはいない。お父さんの最後の願いも無事に果たせたし。あとはこっちの恨みも晴らさせてもらうわ。やっぱり最後はスカッとしたいしね」

私と拓也は、義母に最後のメッセージを送った。

「結婚式が終わりました。拓也とも話しましたが、もうお母さんとは今後関わらないと決めたので、最後に徹底的に恨みを晴らして消えたいと思います」

「ふざけんじゃないわよ。今すぐ土下座して謝りに来なさい。私にこんな恥をかかせて、あんたたち、ただじゃ置かないからね」

「そうやって逆恨みすると思ったので、逆恨みできないくらいに叩きつぶします」

「逆恨みも何も、全部あんたのせいでしょ。お父さんの葬儀をぶち壊して、結婚式を優先して」

「その結婚式ですけど、お母さん、今日の結婚式のお相手ご存知ですか?」

「知らないわよ。夫の知り合いだって聞いただけで、興味ないわ」

「お父さんの大学時代の親友です。お二人は今でもとても仲が良くて、お父さんは母の再婚を誰よりも応援していました」

「親友?そんなに仲良かったの?」

「はい。だからこそお父さんは私にこう言ったんです。『お葬式はいつでもできるから、生きている人の幸せを優先しなさい』って。だから私は今日、母の結婚式に参加したんです。ここまで聞いて、どうして葬儀をぶち壊したことになるのでしょうか?」

「そんな……そんなはずないのよ。何かの間違いよ」

「そうやってお母さんはいつも、都合のいい現実しか見ませんよね。そして少しでも気に食わなくなれば、すぐに攻撃的になる。私の母を、シングルマザーのくせに、貧乏人のくせにって、何度も侮辱しましたよね」

「そ、それは事実でしょ」

「確かに金銭的には辛いこともありました。でもお母さんのように心は貧しくありませんでしたし。お父さんは、母を立派に娘を育てたとても強い母親だと尊敬してくれました」

「そんなの、社交辞令に決まってるわ」

「そうかもしれません。でもお母さんの悪意は確かに本物でしたよね。去年のお盆の親戚の集まりでは、お母さんは母が自賛したお土産を『こんな安物、恥ずかしいわね』と親戚の前で侮辱しました。家族写真の撮影では『ちゃんとした家族じゃないんだから』と母を排除し、『やっぱりシングルマザーは間違いね』と言い放ちましたよね」

「それは……そんなつもりじゃ」

「何かある度に、お父さんが『そんなこと言うな。立派なお母さんじゃないか』って庇ってたことも、気に食わなかったんですよね」

「うるさい。あんたなんかに何が分かるのよ。こんなはずじゃなかったのよ。私は愛されていなければならないの。家族から愛想をかされてたなんて、許せないわ」

「そうですね。みんなから注目されてちやほやされるのが大好きなお母さんにとっては、屈辱でしかないですし。うるさい。全部あんたのせいじゃない。あんたが息子を洗脳したのよ。それに夫の遺言だって、あんたが捏造したんでしょ?」

「捏造?ここまで来てまだそれを言いますか?みんなで口裏を合わせてるに決まってるわ。録音だって、今のご時世作れるし。大体、正式な遺言じゃないわ。ちゃんとした遺言でもないのに、あの人の意思がとか言われてもね」

「お父さんの遺言を捏造したのは、お母さん、あなたの方ですよね」

「は?何のことよ?私はあの人と長く一緒にいるから、あの人のことを一番よく分かってるの。だから葬式だってして欲しかったに決まってる」

「なら、お母さんが捏造したという証拠を見せます」

「そんなものあるわけないわ」

「確かに遺言はなくなりました。でもそれは、お母さんが処分したからですよね」

「はあ。何を言い出すかと思えば。そんなことあるわけないでしょう」

「本当に?」

「本当よ。そんなに言うなら、証拠出しなさいよ」

「証拠。これでも、そんなことが言えますか?」

私は撮影データを義母に送信した。動画には、義母が義父の部屋から遺言書を取り出し、破り捨てる様子が映っていた。

「な、何よこれ」

「実は以前、お父さんの部屋をお母さんが物色していたのを、私見ちゃったんです。度々お父さんのものがなくなることもありましたし。それをお父さんに伝えたら、お父さんの頼みで部屋にカメラをつけることになって」

「なんでこれを今の今まで隠してたの?私をはめやがったわね」

「これを使わなかったのは、お父さんの最後の情でした」

「え?」

「お父さんは知っていたんです。もうネタ切れのお父さんの私物を勝手に売っていたお母さんのことを。でもみんなには黙っているようにとは言っていました。介護も大変だし、少しでも足しになるならと。でも、自分の最後を書き残した遺言状まで破られて、それで録音データを作ったんです。録音データも信じなかった場合だけ、この映像を証拠として使って欲しいと」

「そんなことって……」

「遺言状を破り、お父さんは葬儀を望んでいると嘘をついたのは、お母さんの方です。『静かに旅立ちたい』と言っていたお父さんの気持ちを踏みにじったんです」

「よそ者は黙ってなさい」

「そんなに自分が正しいと思うなら、親族の方々にはこのLINEのやり取りと録音録画も全て共有させていただきますね。確かに私はよそ者です。でも親族の人はそうではないので、いいですよね」

「なんでそんなことを。やめて。そこまでする?」

「見られたら困るんですか?そんなことを平気でやってたって、自覚があるんですね。お母さん、私はずっと我慢してきました。何度も何度も母を傷つけたこと。そして私のことを実の娘のように接してくれたお父さんの最後すら踏みにじったこと」

「私は悪くない。私は悲しんでるのよ。夫をなくした妻の気持ちも分からないの?あんたは冷たい非常識よ。嫁失格よ」

「お父さんを本当に思ってるなら、お父さんの遺言を尊重すべきでした。お母さん、最初に言いましたよね。『葬儀欠席するとか嫁失格』って。でも、個人の遺言を無視して勝手に盛大な葬儀を企画したのはどなたでしょう?それは、これから大変ですね。お父さんの遺産はあまり多くありません。そんな中、盛大な葬儀をしたんですから。お金、残ってます?」

「私が全部払うの?」

「そうです。私たちは参加もしてないですし。大方、お金も私たち夫婦に払わせるつもりだったんでしょ?私も拓也も、お金なんて払うつもりないので」

「そんな……なんでよ。どうして誰も助けてくれないの?」

「それはみんな、お母さんのことが大嫌いだからですよ。お父さんに愛されていなかったことも、息子さんに見放されることも、全て自分の行いの結果。もう誰からも相手にされなくて、かわいそうですね。お母さんの葬儀の時、きっと誰も来ないでしょうから」

その後、義母は勝手に盛大な葬儀を執り行おうとしたが、義父は親戚に事前に「葬儀はしない。もしやっていても、それは妻の独断だから参加しないでくれ」と根回しをしていた。大きな会場で、義母は一人だけポツンと義父を見送ることになった。

膨大な葬儀費用で遺産を失い、拓也からは連絡を全てブロックされ、親族も義母の本性を知って距離を置いた。老後は孤独に年金と少ない遺産で過ごすことになるだろう。周りからちやほやされるためだけに生きてきた人にとって、これから先の人生は地獄でしかない。

しかし、義父のお墓にはいつも誰かのお花が手向けられ、お父さんを偲ぶ声が聞こえる。

そんな義母と義父の対照的な姿を見て、私と拓也はこれから先、義母のような孤独な人生ではなく、義父のように死後も敬われるような、そんな人間になりたいと心から思った。

Thumbnail