あの日、義母から「お祝いだから来なさい」と電話が来た時、妊娠8か月の私はベッドから起き上がるのもやっとだった。「きつくて動けないんです」と断ると、義母は「妊婦は動かないとダメなんだよ。体にいいんだから」と鼻で笑った。3年前、初めて参加したバーベキューでビールをかけられた。「つまづいただけ」と言い張った。次は買い出し中に全員が食べ終わり、その次は火の粉でやけどをした。全部事故だと。でも私は知っ…

あの日、義母から「お祝いだから来なさい」と電話が来た時、妊娠8か月の私はベッドから起き上がるのもやっとだった。「きつくて動けないんです」と断ると、義母は「妊婦は動かないとダメなんだよ。体にいいんだから」と鼻で笑った。3年前、初めて参加したバーベキューでビールをかけられた。「つまづいただけ」と言い張った。次は買い出し中に全員が食べ終わり、その次は火の粉でやけどをした。全部事故だと。でも私は知っ...

月の祝いだからって、みんなでバーベキューをするから、週末はうちに来なさい。

お祝いの件でしたら、結構です。きつくて動けないので、家でゆっくりさせてください。

そんなこと言わないで。お祝いなんだから、元気な子が生まれるように、みんなでお祝いしようよ。

本当に無理なんです。それに、私はこういうお祝い事は、別にやらなくてもいいと思ってるんです。

あんたね、本当に常識がないんだから。妊婦は動かないとダメなんだよ。体にいいんだから。

それは分かってます。でも、せめて自分のペースで動かせてください。散歩くらいなら、毎日やってますから。

だったら、問題ないでしょ。うちのバーベキューは、昔からやってる大事な行事なんだから。

お母さん主催のバーベキューは、正直、いい思い出がないんです。もう行きたくないです。

はあ?何言ってんの。うちの嫁なんだから、来るのが当たり前でしょ。

3年前、結婚して初めて参加した時、お母さんにビールをかかられて、びしょ濡れになりました。

あれは、つまづいただけだろ。わざとじゃないよ。

次の時は、私が買い出しに行ってる間に、みんな食べ終わってて、誰もいませんでした。

それは、あんたが遅かったからだろ。

その次は、私の服に火の粉が飛んできて、軽くやけどをしました。

あれも、風のせいだろ。うちのせいじゃない。

もう全部、お母さんのせいです。その度に、何も言えずに我慢してきました。でも、もう限界です。

だからって、何で来ないんだよ。親戚も会いたがってるんだぞ。

だったら、お母さんだけで行けばいいでしょ。私は、妊婦なんです。無理なんです。

妊婦だからって、何でもできないわけないだろう。昔の人は、もっと働いてたんだよ。

それは昔の話でしょ。今は、そんな価値観を押し付けられても困ります。

あんたね、うちの伝統を何だと思ってるんだよ。

その伝統、私は継ぐ気はありません。どうしてもやるなら、お母さんだけで勝手にやってください。

お前、何様のつもりだ。嫁だったら、旦那の実家の行事に参加するのが当然だろ。

だったら、おじいちゃんのことも、ちゃんと考えてよ。おじいちゃん、具合が悪いんじゃないの?

何で知ってるんだ。まさか、あのじいさん、お前に何か言ったのか?

いいえ、何も聞いてないけど、お母さんの様子で分かりました。孫の顔を見せられないかもしれないって言ってたでしょ。

ああ、そうか。だったら、なおさら来いよ。大きくなったお腹を見せてやれよ。

私は、行きません。もし、おじいちゃんに会わせたいなら、病院に見舞いに行きます。でも、お母さんの言いなりになって、バーベキューに行くことはできません。

お前、今日からもう、俺の言うことは聞かないのか。

お母さんの言うことが、間違ってるからです。

嫁の言い分ばかり信じて、実の母の言うことを信じないのか、お前は。

お母さんの言い分は、最初から全部嘘だからです。私にビールをかけたのも、わざとです。

ほら、やっぱりお前、いつまでも根に持ってるな。あれは、つまづいたんだって言ってるだろ。

つまづいたんじゃありません。わざとです。その場で、親戚の人に「おめでとう」って言われたから、一応笑っておいたけど、後でこっそり「引くわ」って言われましたよ。

あんた、何言って…。

お母さんに限って、そんなことするわけないでしょ。あの時、ビールをかけられたのは、本当に事故だったんだよ。

はい、そういうことにしておいてください。

今日は、その話をしに来たんじゃない。月の祝いの話だ。お前は、来るのか、来ないのか、どっちなんだ。

行きません。

お前、後悔するぞ。

それなら、せいぜい、楽しいバーベキューをしてください。

お前が来ないなら、肉を焼く意味がないんだよ。

だったら、最初から私に焼かせるつもりだったんでしょ。

当たり前だ。妊婦なんだから、飯の支度くらいできて当然だろ。嫁ならな。

だったら、お母さんは、どうして私に、ビールをかけたんですか。

あれは、言っただろ、つまづいたんだって。

その次の時は、ジュースをかけましたよね。あれも、つまづいたんですか。

あれは、あんたがテーブルに手を付くからだろ。

お母さんは、私に何かされる度に、必ず言い訳をしますね。それが、一番納得いきません。

お前、いい加減にしろよ。

もういいです。私は、実家に帰ります。

ああ、そうやって、すぐ逃げるんだな。

逃げるんじゃありません。私が、悪者になる必要はないからです。

嫁がいなくて、寂しいだろ。

もう、うんざりです。

私、これから、夫に話します。もう、あんたには、何も言わないでくださいって。

おい、待て。あんまり、調子に乗ってると、旦那の転職を邪魔してやるぞ。

何てことを言うんですか。

昔から、うちの息子の仕事は、俺が何とかしてきたんだ。お前の好き勝手にさせたりしない。

お母さん、息子を何だと思ってるんですか。

当たり前だろ。大事な息子だよ。だからこそ、嫁のあんたが、俺の言うことを聞かないと、どうなるか分かってるだろうな。

お母さん、いくら何でも、それは酷いですよ。

今日来なかったら、そうなると思え。さあ、どうする。来るのか、来ないのか。

行けません。

よし、覚悟しろよ。

夫に話してみます。

ふん、どうせ、息子に何を言っても、無駄だぞ。あの子は、父親の言うことを聞く子だ。

そうかもね。でも、私は、夫が私の味方じゃなかったら、それでもいいと思ってます。

お前、何を言う…。

だって、お母さんは、私のこと、一度も家族だと思ったことないでしょ。ただの、息子の嫁、っていうだけの存在でしょ。

それは、残念だけど、本当のことみたいですね。

もう、明日から、あなたのことは、お母さんって呼びません。

はあ?何て言った?

だから、もう、あなたのことは、呼び捨てにします。そうします。

この、ぶったくり女め!

お母さんが、私を怒らせたからでしょう。自業自得です。

お前、出て行け!二度と、この家に来るな!

ええ、そのつもりです。じゃあ、お元気で。

そう言い残して、私は、義母の家を出た。玄関まで、義母の怒鳴り声が聞こえてきたけど、無視した。

家に帰って、夫に電話をした。すぐに出た。

どうしたの?すごい剣幕だったけど。

もう、実家には行かない。

ああ、わかった。そうする?

勝手に決めないでよ。

ごめん、そうだね。全部、俺が悪かった。お前の言う通り、もう、母さんには、近づかせないようにする。

夫は、そう言ってくれた。

翌日、義父から電話があった。義母には、もう二度と、連絡しないでくれ、と。

私が、悪かった。あの人は、昔から、ああなんだ。すまなかった。

義父の声は、ひどく疲れていた。

いえ、私も、言い過ぎたところがありました。

いいや、全て、あの女が悪い。もう、本当に、お前を困らせるようなことは、言わせないから。

ありがとうございます。

そう言って、一通のメッセージが届いた。夫の母、つまり、義母からだった。

『月の祝い、無事に終わったよ。来られなくて残念だったね。』

私は、何も返さなかった。

それから、数週間後、お腹が張って、病院に行った。張り止めの薬をもらって、安静にするように言われた。

家で一人、おとなしくしていると、義母から、代わり映えのしないLINEが届いた。

『そろそろ、息子の顔、見せなさいよ。』

私は、スマホを置いて、お腹を撫でた。

今は、生まれてくる我が子のことだけを考えよう。

そう思った。

あのバーベキューから、もうずいぶん経つ。お腹の赤ちゃんは、順調に育っている。

今日の検診で、初めてエコー写真をもらった。まだ小さくて、何だか良くわからないけど、確かに、ここに命がいるんだと思うと、不思議な気持ちになる。

病院の帰り、夫を待ち合わせ場所に呼んだ。毎日のように会っているのに、何だか照れくさい。

写真を見せると、夫は、優しい目で、エコー写真をじっと見つめた。

「ああ、これが、俺たちの子か。」

「そうだよ。ちゃんと、動いてるんだよ。」

「本当だ。すごいな。」

そう言って、嬉しそうに笑う夫の顔を見て、私は、この人と結婚して良かったと思った。

その時、スマホが鳴った。義母からだ。

「何だっけな。」

私は、メッセージを開くことなく、スマホを鞄にしまった。

「出なくていいの?」

「うん、別に急ぎの用事じゃないし。」

夫は、何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。

しばらくして、廊下を歩いていると、こちらに向かってくる、見覚えのある人影がある。

義母だった。

私の姿を見つけると、義母は、わざとらしいほど、大袈裟に口を開いた。

「まあ、久しぶりね。元気そうじゃない。お腹、大きくなったんじゃない?ちょっと見せなさいよ。」

そう言って、私のお腹に手を伸ばしてくる。

私は、一歩下がって、義母の手を避けた。

「触らないでください。」

「あら、何よ。嫁のくせに、生意気なこと言わないで。」

「何度も言ってるでしょ。あなたは、私のことを嫁だと思ったこと、一度もないって、私が言ったら、そうなんだろうね。」

「何よ、その態度。この前のバーベキューのこと、まだ根に持ってるの?あれは、あれで、楽しかったじゃないの。」

「私のどこが、楽しかったんですか。あなたの言いなりになって、ビールをかけられて、何が楽しいんですか。」

「あら、あれはつまづいたって言ってるでしょ。もう、しつこいわね。」

「もう、いいです。じゃあね。」

「おい、待ちなさいよ。あんた、今度こそ、本当に実家に帰るつもり?」

「あなたには、関係ありません。」

「はあ?今、何て言った?」

「関係ないって言ったんです。私は、もう、あなたの家の人間じゃないですから。」

私は、そう言い捨てて、振り返らずに歩き始めた。

後ろで、何か喚いている声が聞こえたけど、聞こえないふりをした。

きっと、これが最後のチャンスだったんだと思う。私は、自分を守るために、ようやく、一歩踏み出せた。

その夜、夫に、病院で義母に会ったことを話した。

「お前、大丈夫だったのか?何かされたんじゃないか?」

「うん、大丈夫。ちょっと、嫌な思いしたけど。」

「もう、本当に、なんであの人は…。」

「ねえ、一つ聞いていい?」

「何だ?」

「あなたは、お母さんと、今後、どうしたいの?」

夫は、少し黙ってから、ゆっくりと口を開いた。

「…しばらく、会うのはやめようと思う。お前も、赤ん坊も、傷つけるような真似は、させたくない。」

「本当にいいの?」

「ああ。お前が、俺の家族だからな。」

私は、嬉しくて、夫の胸に飛び込んだ。涙が、止まらなかった。

「ありがとう。」

「泣くなよ。お腹の子に、悪いだろ。」

「うん。でも、嬉しくて。」

「バカだな。」

そんなこんなで、月日は流れて、無事に、元気な男の子が生まれた。

産まれたばかりの我が子を抱いて、私は、ふと思った。

「ねえ、おじいちゃんに、写真、送らない?」

「おじいちゃん?親父のことは、あんまり知らないけど…。」

「ううん。おじいちゃんって、あの、沖縄にいる人。」

「ああ、爺ちゃんか。何でまた、急に。」

「だって、おじいちゃん、私には、すごく優しかったもん。お母さんみたいに、意味もなく怒ったりしなかったし。」

「…そうだな。俺も、あんまり覚えてないけど、確かに、爺ちゃんは、優しい人だったな。」

「でしょ?じゃあ、送るね。」

私は、何枚か写真を撮って、その何枚かを、沖縄に住むおじいちゃんに送ってあげた。

するとすぐに、おじいちゃんから、電話がかかってきた。

「おお、写真、届いたよ。ありがとう。元気そうだな。」

「はい、おかげさまで。お会いできなくて残念です。」

「いや、こっちこそ。何せ、飛行機に乗るのも、一苦労でな。落ち着いたら、会いに行くからね。」

「はい、楽しみにしてます。」

「爺ちゃん、体、大事にしろよ。」

電話の向こうから、おじいちゃんの笑い声が聞こえてくる。私は、それがとても、嬉しかった。

そうして、私たちの新しい家族は、始まった。

しばらくしてから、夫の実家から、小さな包みが届いた。中には、赤ちゃん用の服と、短い手紙が入っていた。

『初孫の誕生、心からお祝いします。』

お義母さんからだった。

私は、その服を手に取り、しばらく、じっと見つめた。正直、複雑な気持ちだった。今まで、散々、嫌な思いをさせられてきたから。

隣にいた夫が、その手紙を覗き込む。

「…母からか。どうする?返事書く?」

「ううん。いい。別に。」

「そうか。」

「ねえ、この服、着せてみてもいい?」

「ああ、いいんじゃないか。良く似合うだろ。」

私は、生まれたばかりの息子に、お義母さんからもらった服を着せてみた。ぶかぶかだけど、何だか、愛おしい。

「ねえ、お前、どう思う?この人、ちゃんと、私たちのことを考えてくれてるのかな。」

「さあな。でも、少なくとも、赤ん坊のことは、かわいいと思ってくれてるんじゃないか。」

「…そうかもね。」

私は、一度、手紙を机の上に置いて、抱っこしている我が子を見つめた。

「俺たちは、この子に、負の連鎖を繰り返させないようにしよう。」

「うん、そうだね。

ずっと、この子と一緒にいて、守っていく。私たち家族は、それでいいんだ。」

そう言って、私は、夫の腕の中に、そっと体を預けた。

お義母さんからの手紙には、それっきり、返事をしなかった。でも、それは、胸が痛くないわけじゃない。それでも、私は、自分の選んだ道を、信じることにした。

息子が、すやすやと眠っている。

その無垢な寝顔を見ていると、周りの騒がしい出来事が、嘘みたいに思えてくる。確かに、あの日々は、しんどかった。でも、この子に出会うために、あの試練があったんだと思えば、少しは報われるような気がする。

ふと、窓の外を見ると、夕日がきれいだった。

「さて、明日からも、頑張ろう。」

私は、夫に作ってもらった夕飯を、息子を隣に置いて、ゆっくりと味わった。何でもない一日の、何でもない夕食が、こんなに幸せだなんて思わなかった。

この平穏が、ずっと続きますように。

そんな願いを、静かに心に刻んだ。

風が気持ちいい朝。おむつ替えをしていると、息子が嬉しそうに笑った。何が嬉しいのかは分からないけど、その笑顔を見るだけで、こっちまで幸せな気持ちになる。

今日も、一日が始まる。

私、妊娠中に、あんなに嫌な思いをしたからこそ、この子の笑顔を守りたいって、強く思えるんだと思う。

もう、誰に何を言われても、私は、負けない。

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