普通の水曜日の夜。夫が珍しく早く帰ってきて、ソファでスマホをいじりながら「あ、そういえば健康診断の結果出てたけど、明日病院行って聞いてきてくれる?」って軽く言ったの。私が「一緒に検査したよね?」って聞いたら、「俺は仕事あるから」って。翌日、病院で受け取った診断書を見て、手が震えた。「胃がん、ステージ4、余命半年」——でも、そこに書いてあったのは、私の名前じゃなくて夫の名前だった。急いで電話し…

普通の水曜日の夜。夫が珍しく早く帰ってきて、ソファでスマホをいじりながら「あ、そういえば健康診断の結果出てたけど、明日病院行って聞いてきてくれる?」って軽く言ったの。私が「一緒に検査したよね?」って聞いたら、「俺は仕事あるから」って。翌日、病院で受け取った診断書を見て、手が震えた。「胃がん、ステージ4、余命半年」——でも、そこに書いてあったのは、私の名前じゃなくて夫の名前だった。急いで電話し...

「明日、帰りが遅くなるから、食材買ってくるわね。何か食べたいものある?」

「え? 帰り遅いって、何かあるのか?」

「ほら、この前私とあなたで精密検査したでしょう。その結果を聞きに行くの。大きな病院だから、きっと時間かかると思って」

「ああ、そういえばそんなのやったな。忘れてた」

「もう、健康診断で引っかかったのよ。もう少し危機感持ったら?」

「けど、あいつのってちょっとしたことでも大げさに言うだろ」

「そりゃ病気の早期発見が目的だからね。ていうか、その様子じゃ検査結果、あなたも聞いてないでしょう。早く行きなさいよね」

「それがさ、明日飲み会なんだよ。しばらく忙しいし。あ、そうだ。みさが俺の代わりに検査結果もらってきてくれよ」

「え、私が?」

「今調べたんだけど、代理人と本人確認書類があればいいらしい。診断書も見ていいから、結果だけ明日パパッと知らせて」

「まあ、仕方ないわね」

翌日、みさは病院に向かった。受付で手続きを済ませ、診断書を受け取ったとき、彼女の手は震えていた。

「どうしよう……。あら、助けて。こんなの私一人じゃ抱えきれない」

友人の家に駆け込み、みさは震える声で話し始めた。

「幸介が、がん、だったの。健康診断で要検査になって、私と一緒に検査を受けてたの。今日、幸介の代わりに検査結果を受け取ったんだけど、診断書を見たら、ステージ4だったの。しかも、余命半年とか……。どうしよう」

「そんな……。まだ6歳の息子もいるのよ。これからっていうのに」

「先生も、結果を見たらすぐに来てくださいって。私、どうしたらいいの?」

「まず落ち着いて。深呼吸して。動揺するのは分かるわ。相談してくれてありがとう」

「こんなの聞いちゃったら、動揺しちゃうよね。ごめん……。誰にも相談できなくて」

「身内に言えないよね、こんなこと。でも、ちゃんと旦那さんに伝えなきゃ」

「どうやって伝えればいいの?」

「ありのままを伝えるしかない。残酷だけど、回りくどい言葉を使えば伝わらない。一刻も早く伝えて、治療を開始しないと」

「そうだよね……」

「私だって、家族ががんですって言われたら、同じようにまずは泣きつくもん」

「ありがとう……。少し落ち着いた」

「何かあったらすぐに連絡して。いつでも味方だから」

「うん。今から帰って伝える。ちゃんと支えなきゃ。夫も辛いはず」

三時間後。みさは夫の幸介に電話をかけた。

「いつになったら帰ってくるの?」

「悪い。今日はお客さんがめちゃくちゃ来てて、俺だけ抜けるってできないんだよ」

「検査結果が出たの。伝えたいから、できるだけ早く帰ってきて」

「ああ、昨日言ってたやつか。ならLINEで教えてくれたらいいだろ」

「こんなところで言える内容じゃないわ」

「なんか悪いとこあったのか。なら、なおのこと文字に残してもらった方がいいじゃん」

「そう……なら言うけど。あなた、胃がんのステージ4で、余命半年だって」

「はあ? え? 冗談だろ?」

「動揺するのも分かるわ。私だって信じられないもの」

「いやいやいや、何言ってんだ? 俺めっちゃ元気だぞ。余命半年の人間が、飲み会とか無理だし」

「でも実際、あなたの精密検査の結果よ。診断書にも、あなたも再検査受けてたよな」

「お前が自分の結果と間違えたんだろ。へえ、こんな元気なのになんてありえねえ。最近お前の方が顔色悪かったし」

「そんなことないわ」

「診断書には、前に母さんが俺に伝えた伝言を、自分のと勘違いして買い物行ったりしたし。きっと何かの勘違いだよ。それか、疑いってだけかもしれないし」

「ねえ、どうしてちゃんと話を聞いてくれないの? 受け入れられないのは分かるわ。でも、冗談でもこんなこと言わない」

「とにかく、明日ちゃんと話し合おう。今日は飲み会だし、俺も酔ってる。今は話すタイミングじゃないだろ」

「分かった。気をつけて帰ってね」

そう言って電話を切ったが、みさの胸には不安が広がるばかりだった。

二時間後。幸介は実家の母に電話をかけていた。

「母さん、大変だ。みさが、余命半年らしい。どうしよう」

「え? 余命半年?」

「なんか、俺の結果と勘違いしてるみたいなんだけど。先生からがんって言われたらしい」

「それ、本当に勘違いなのかい?」

「勘違いに決まってるよ。俺、すげえ元気だし。なんならさっきまで飲み会してたんだぜ。余命半年って、そんな体力ないだろ」

「みさ、最近疲れやすいって言って、家事もしてただろ。きっとあいつに違いないよ」

「本当? それなら、今すぐ離婚しなさい」

「え? 離婚?」

「病気で介護になれば、お金もかかるし時間も無駄よ。遺産や保険は降りるでしょうけど、男のあなたじゃ、そこまで大きな金額はもらえない。働き盛りの大事な時間を無駄にするなんて、そっちの方が損だわ」

「でも……」

「いいから、今電話しましょう。私の話を聞けば、正しいって分かるはずよ」

一時間後。みさは再び友人のもとへ駆け込んだ。

「あら、信じられない。あいつ、マジで最低だわ」

「みさ、どうしたの? 何かあった?」

「あいつら、私を余命半年と勘違いした挙げ句、捨てようとしてるの」

「は? どういうこと? 捨てる? ていうか、余命が短いのは旦那の方だよね」

「ええ、本当に何がどうなってんの? 幸介に全部話したのに、酔ってて『俺は元気だから、診断結果を見間違えたんだ。病気なのはお前の方だ』とか言ってきて」

「うん。まあ、信じられないのは分かるわ」

「そう。それならまだ許せたの。でも、幸介がお母さんと一時間も電話してて、それ聞いちゃってさ。ていうか、聞こえてきたの。あいつ、声大きいし、酔ってて聞こえにくいからか、スピーカーにしてたし」

「それで、なんて言ってたの?」

「介護したくないから離婚するって。幸介も最初は渋ってた。でも、もう今は納得しちゃって、離婚する気満々」

「なあみさ、それ、証拠ある?」

「一応、録音してあるわ。酔っ払ってる幸介のスマホを確認して、お母さんとのやり取りは全部写真撮った」

「よし、完璧。さすがみさ」

「明らかに散々仕込まれたからね。なんか、こう、怒りで逆に冷静になったというか。このままいいように捨てられるもんかと思ったら、こう、勝手に手が動いて」

「それでいいのよ。使う使わないは置いといて、証拠がないと不利になることが多いんだから」

「それにしても、病気なのは向こうなのに、勘違いしたまま離婚の相談って、本当最低ね。これからいい父親になると思ってたのに。子供のことも考えてない」

「自分のことだけってところに、怒りが来るわ」

「けど、まずはきちんと話し合いよ。確認だけど、誤解を解く考えはある? ちゃんと伝えて。それでもダメなら、諦めるわ。正直、私はあいつの最後を見届けたくない。こんなことされて、添い遂げたいとか思えないもの」

「その気持ちを聞けて安心したわ。でも、一応まだ面と向かって離婚って言われたわけじゃないんでしょ?」

「まだね。まだ言われたら、すぐ行ってね。私も動けるようにしとく。こういう話って、後手に回ると本当に不利になるから」

「ありがとう。何から何までごめんね」

「いいってことよ。普段いろいろ話は聞いてたからね。私はあなたの味方よ。それだけは忘れないで」

翌日。

「みさ、速攻で離婚届出したわ。半年間介護とか、マジ無理。介護頼まれる前に離婚できてよかった。これでお前とは他人だ」

「ちょっと待って。昨日、病気の話はちゃんとしようって言ったわよね」

「そこで介護頼まれたら、断りづらいじゃん。だから、先手必勝的な。ささっと出してきた」

「出してきたって……。もしかして、前に書いた離婚届?」

「そう。前に大喧嘩して書かされたあれ。寝室の机の中に入れてるの、知ってたんだ」

「勝手に出すなんて」

「お前も、なんかあったら出すって言ってたじゃん。なに、俺が同じことしたら怒るわけ?」

「それは……いや、俺も悩んだんだぜ。介護するかどうか。けど、保険金入るけど、そんなにかけてないだろ。労力の無駄だ」

「私が病気だから捨てるって、なんなの? ふざけないでよ」

「母さんが、介護なんてやめとけって言うんだよ。でも、その通りだな。実際、お前との八年間、正直無駄だったし」

「なんですって? 無駄? 私たちには息子がいるでしょ。あなたの子供よ」

「あいつも、お前に似て邪魔だったんだよな。可愛くないし、俺に懐かないし。いても意味ないっていうか」

「今、なんて言った?」

「だから、息子もお前も邪魔だって言ってんだよ」

「あなた……信じられない」

「ああ、でも心配するなよ。お前がいなくなったら、母さんが育ててくれることになってる。最悪、施設に送るよ。その辺のけじめはつけるわ。じゃないと、俺が叩かれるし」

「本当に最低……。あ、頭にきた。あなたがその気なら、私だって徹底的にやるわ。病気の件で交渉の余地はあるかと思ったけど、あんたなんて、苦しんであの世に行けばいいのよ」

「は? なに? 恨み言? 呪いじゃん」

「とにかく、もう離婚したから、後でごねて覆すとかやめろよ。俺の家からさっさと出てけ。身の回り品をまとめないなら、全部捨てるからな」

「分かったわ。離婚に応じる。でも、その前に、病院でもらった診断書だけ見てくれる?」

「ああ、めんどくせえな。今更見せてどうすんだよ」

「いいから見て。あなたが病院に行かせたんだし」

「しつっこいな。お前の病気なんて知らねえよ」

同時刻。みさは友人に連絡を入れていた。

「以前書いた離婚届を勝手に出されたわ。これで他人になったので、徹底的に潰すことに決めました」

「はあ……。マジで最低じゃない。息子まで邪魔だって言われたわ。ふざけんじゃないわよ。自分の子供の面倒も見れない大きな子供のくせに、なにが邪魔よ。私からすれば、あんたの方が家庭内では邪魔だっての」

「あら、相当ご立腹ね」

「当たり前よ。子供ができたから責任とって結婚って言って、家事も何もしないし、文句ばっかり。離婚したかったけど、子供がいたし、あいつ稼ぎだけは良かったから、我慢してたらこれよ」

「まあ、実際、夫に不満があっても経済的理由で離婚しない人は多いもんね。それにしても、自分ががんって言われても信じない。逆に、嫁のせいと決めつけて捨てるって、相当よ」

「例の準備、今すぐ開始するわ。法的に完璧に追い詰めるから、安心して」

「ありがとう。もう我慢しないわ」

「任せなさい。地獄を見せてやるわ。まずは証拠集めね。昨日の分もあるけど、他に何かある?」

「実は、全部揃ってるの」

「え?」

「普段、育児を全くしていなかった記録。子供が生まれてすぐの家での暴言。義母の嫌がらせ。出産後、一度本気で離婚を考えてたの。でも、子供には父親が必要だし、育休中で収入もなかったから」

「だから、離婚届を書かせてたのね。納得。ていうか、これ、私がいらないってレベルで完璧じゃん。こんだけあれば、徹底的にやれるし。法的な面は私に任せて」

「それはそれとして、私は私でやるわ。あいつら、ボコボコにしてやる」

三日後。

「荷物も全部まとめて、全部新居に送ったわ」

「ようやく荷造り終わったか。さっさと出てけよ」

「最後に、寝室のクローゼットの中に、大切なものを置いてきたから、確認して」

「めんどくせえなあ。まあ、最後だし、見とくか」

十分後。

「なんだよ、この診断書。胃がん、ステージ4、余命半年。……これ、俺の名前じゃねえか」

「そうよ。あなたが病院に行かせたんでしょ? 私が代わりに聞いてきた、あなたの検査結果よ。代理人に見せてもらったから、そもそも間違えるわけないでしょ」

「嘘だろ? 嘘だって言ってくれよ」

「病院の先生も、ご本人様に来ていただきたいって言ってたわ」

「今からでも行く。本当にマジなのか?」

「マジよ。名前もあなた。そこに書かれてる個人情報も、全部あなた。残念ながら、余命半年はあなたなの」

「助けてくれ。俺、このまま人生終わるのか?」

「でも、あなた言ったわよね。介護なんてごめんだって」

「それは、そんなつもりじゃ……」

「離婚届、もう受理されてるわよ。だから、私たちもう他人なの」

「そんな……離婚、取り消してくれよ」

「覆すなって言われたから、してないわよ。それに、今更あなたと一緒にいるとか、無理。あなたが望んだことだもの。他人の介護なんてする気ないわよね」

「で、でも、いいのかお前? 余命宣告された夫と離婚って、世間体考えれば、お前が悪く見えるんだぞ」

「実はね、お母さんと電話してるの、聞いてたの。だから、その辺り、私が悪くならないよう、準備してるわ」

「聞いてたのか?」

「そりゃ、あんな大声で話してたらね。もしあなたが私を支えてくれるなら、離婚なんてしなかったわ。だって、私はあなたの介護をするつもりだったもの。でも、あなたは最悪の選択をした。だから、容赦しない」

「そんな罠にはめやがって……。俺が養ってやってたんだぞ。恩を仇で返すのか」

「俺が養ってた? あなたの年収は600万円。今の私の年収は700万円。生活費は月25万円、全部私が払ってたわ。あなたが私を養ってたのって、私が産休・育休の時だけよね。笑わせないで。八年間、私があなたを養ってきたのよ。感謝もされずにね。でも、一度離婚するってなっても、その時は収入面で不安だったから、しなかったの。あの時はまだ子供も小さかったし、私も復職できるか分からなかったから。けど、無事に保育園に入れたから仕事にも復帰したし、それからは生活費も私が出してた。あなたの稼ぎは、貯金に回ってたのよ。だから、ぶっちゃけいつでも離婚できたんだけど、子供もいるし、昔に比べて少しはましになったかなって、私も観察してたの。今回のことがなければ、だけど」

「そんな……」

「それと、この家の名義。あなたは自分のものだと思ってたでしょ?」

「当たり前だろ。結婚の時、お父さんが、この家はお前に任せるって言ってたじゃねえか」

「任せると、名義をあげるは違うわよ。勝手に自分のものだと思い込まないで。この八年間、あなたはただ、父の家に住ませてもらってただけよ。離婚したから、もう出てって。荷物をまとめたのは、その家を売るつもりだからだし」

「売る? それじゃ、俺の住む場所は……」

「実家にでも帰れば? それから、息子は私が育てるわ。あなた、息子のこと邪魔って言ったんだし、文句ないわよね」

「それは、いいけど……」

「いいって言ったわね。よし。離婚したから、もう赤の他人よ。養育費だけ払ってもらうわ」

「え? 養育費?」

「当たり前でしょうが。親の責任よ。慰謝料も含めて、結構請求するから、治療する余裕なくなるかもね」

「なんだよそれ。俺に死ねっていうのか」

「私に同じようなことしたのは、そっちでしょ。家から追い出して、一方的に離婚して、介護は嫌だから勝手にどうぞだもの。同じことされたのに、怒らないでくれない?」

「くそ……」

翌日。

「なんか書類が来た。家を売るから、出ていけって」

「そりゃ、売却手続きが始まってるもの」

「そんな……。頼む、やり直そう。俺が悪かった」

「八年間、私があなたとお母さんを支えてきたのよ。感謝の言葉一つもなく、病気になったら邪魔って言われて、息子まで否定されて。どうしてやり直せると思うの?」

「でも、俺たち夫婦だったじゃないか」

「あなたが他人にしたのよ。忘れたとは言わせないわ」

「最後は、家族に見送ってほしかった……」

「でも、離婚届を出したのはそっち。子供に突然別れを告げて、その理由も言わないで。あなた最低よ」

「なら、子供のためにも、一緒にいた方がいいだろう」

「息子もね、最近はあなたのこと怖がってたわ。子供って、よく分かるのよ。自分のことどうでもいいと思ってる人間のことね。あなたは、自分勝手な行動で、家族もお金も家も、何もかも失ったのよ」

「そ、んなこと……」

「あとは、あなた一人で病院に行って、治療について相談してきて」

「一人で?」

「他人だから、関係ないわ。頑張ってね」

「治療費とか、どうすれば……」

「さあ、あなたの問題よ」

一時間後。

「山田孝介様、佐藤法律事務所の佐藤と申します。こちらでのご連絡、失礼します」

「弁護士なんだ、これ?」

「三崎様の代理人として、慰謝料請求及び法的措置についてご連絡いたします」

「慰謝料? 法的措置?」

「詳細は、ご自宅に送付した内容証明郵便をご確認ください。本日付けで到着しているはずですので」

同時刻。

「なあ、弁護士から連絡が来た。なんだよ、これ」

「ああ、言い忘れてたわ。私の親友、弁護士なの。八年間のこと、全部相談してあるわ。相談というか、まあ、友人として愚痴ってただけなんだけど」

「弁護士まで用意してたなんて」

「私に直接連絡するより、弁護士を挟んで連絡してくれない? これからは、弁護士を挟んでしか連絡しないから」

十分後。

「あの、俺、何のことか分からないんですけど、何かの勘違いじゃないですか? とりあえず、無視しますね」

「無視でも構いませんが、孝介様が不利になるだけですよ。正直に申し上げると、孝介様は、これ以上悪くなることはないと言えるほど、かなり不利な状況です。絶望的なくらい」

「え? なんで?」

「三崎様はずっと証拠を残していましたので、あなたが原因で離婚になったと証明が可能なのです」

「証拠って……」

「育児をしていない。家庭内での暴言。また、余命半年と分かった瞬間に介護放棄。これらの証拠以外にも、まだたくさんあります。あなたが大げさだと思うなら、その証拠をお見せします」

「いやいやいや、ちょっと大げさだって」

「でしたら、大げさだと思える証拠をお見せください。みささんは、あなたが余命と知って、介護する覚悟を持っていました。しかし、あなたは家族を裏切ったのです。息子様への思い、家族への思い、全部踏みにじったのですから、妥当な行動だと」

「ふざけんじゃねえよ。金とか払わねえからな」

「私にどれだけ怒りをぶつけても、結果は変わりません」

「友達だって聞いたぞ。佐藤だろ」

「確かに、友人として話は聞いていました。しかし、その内容は、今お伝えしたことには含まれていません。正直、追及し出したら切りがないほど、みささんからは色々お話を伺っています。しかし、それは友人として聞いた話。弁護士として伺ったことではありませんから、今は証拠がきちんと揃っている事柄しかお伝えしていません」

「非常に残念ではありますが、証拠が揃っているだけ、って……」

「では、いつから準備を?」

「私はご依頼通り、法的手続きを取り、あなたを徹底的に追い詰めてやるだけです。もう後悔しても、後の祭りなんですよ」

数日後。

「みささん、どういうことなの? 幸介が病気だなんて」

「そうですよ。余命半年です。病院の診断書もあります」

「そんな……。じゃあ、孫はうちに来るんじゃないの?」

「残念ですが、離婚したので無関係ですね」

「へえ……。そんな、離婚取り消せないの? このままじゃ、誰があの子の面倒を見るの?」

「介護は、お母さんがすれば良いのでは? 幸介さんが望んだことですから。お母さんは、何か勘違いしてますね。幸介さんから聞きましたか? お母さんの月五万円の小遣い、誰が払ってたか」

「え? 幸介じゃないの?」

「いいえ。八年間で480万円、全部私が払ってました。お母さんは、大嫌いな嫁が払ってるわけないと思ってましたよね。息子の幸介さんの年収は600万円で、私は700万円。生活費も全部私でした。息子は、あなたに養われてたのよ。お母さん、お友達に、息子が私のために稼いでくれてるって自慢してましたよね。それは全部嘘でしたね。幸介さんは私に養われてた。お母さんも、私に養われてた。それなのに、随分、嫁いびりしてましたよね。私がまだ一歳にもなってない子供を抱えて、逃げられない時に……ああ、そうだ。育休中の私を、金食い虫と呼びならわしてましたよね」

「それは、そんなつもりじゃ……」

「録音してありますよ。お友達にも聞かせましょうか」

「やめてちょうだい。お願い」

「遅いですね。それと、お母さんが私の悪口を言ってた件、全部記録してあります。親戚の集まりで『あの嫁は使えない。息子の足を引っ張ってる。早く離婚すればいいのに』って。それは冗談では済みません。弁護士に相談済みです。そういったことをしているあなたの元に、子供は預けられませんし、幸介さんが親権を取るのも難しいかと」

「そんな……」

「お母さん、私のこと、嫁は家族のために尽くすもの。息子の稼ぎで生活してるんだから、当然って言ってましたよね。だから、家事も睡眠不足でフラフラな私に全部させて。あの時、本当に離婚を考えましたよ。でも、思いとどまりました。子供のためと我慢していましたし、幸介さんも少しだけ、父親として行動し始めていましたから」

「それなら、なんで?」

「私があなたたちを養ってきたのに、感謝どころか見下されて。病気になったら捨てられて、息子まで邪魔って言われて。もう我慢しないと決めたからです」

「でも、息子は病気なのよ。看病するのは当然でしょ」

「なら、お母さんが看病すればいいでしょ。でも、幸介さんの治療費、結構かかりますよ。保険で降りるにしても、最初は立替えですし」

「そんなお金、ないわよ」

「家族でしょ。なんとかしなさいよ」

「離婚したので、他人です。それに、私を家族扱いしなかったのは、お母さんですよね。幸介さんに離婚を進めたのも、お母さんですよね。でしたら、お望み通り、二人で暮らしてくださいね。私という金食い虫は、もういませんから。これからは、本当の節約生活を楽しんでくださいね」

「あんた、絶対許さないからね。呪ってやるから」

「呪ってる暇があったら、今後の身の振り方とか考えた方がいいと思いますけどね。いい加減、現実逃避して甘えてないで、腹をくくったらどうですか? 慰謝料とか、もう大変そうですけど、頑張ってくださいね」

その後。私たちが離婚して一年後。あの件があってから、幸介は慰謝料と養育費を一括で支払うことが決まり、治療費が払えず、余命は延ばせたものの、病状が悪化。アパートで一人、ネタ切れのような生活を送っているとか。お母さんは、息子の介護と自分の生活費のために、70歳を過ぎてもパートを続けているそうです。しかし、今回のことが友人たちにばれ、全員に絶縁され、孤立。勝手に離婚した二人は、勝手に自滅し、惨めな生活を送っています。

一方、私は実家に帰り、外資系IT企業に転職。そこからさらに三年後、新しいパートナーと結婚し、息子も新しい父親に懐いて、幸せな家庭を築いています。人間、いつかは最後を迎えます。その時に、孤独で惨めな最後を送るかどうかは、その人の人生によって決まる。私は自分の最後を、あんな惨めなもので終わりたくないので、誰からも見守ってもらえるような生き方をしたいと思います。

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