あの日、何気なく受け取った診断書が、私の人生を一瞬でひっくり返した。胃がんでステージ4、余命半年——そう書かれたのは、夫の名前だった。でも夫は酔って「お前の勘違いだ」と笑い、電話越しの義母は「介護なんて無駄。離婚しなさい」と言った。息子の存在まで「邪魔だ」と切り捨てられ、心が凍りついた瞬間、私の中で何かが音を立てて壊れた。8年という月日は、あいつにとっては無駄だったらしい。私は黙って離婚届を…

あの日、何気なく受け取った診断書が、私の人生を一瞬でひっくり返した。胃がんでステージ4、余命半年——そう書かれたのは、夫の名前だった。でも夫は酔って「お前の勘違いだ」と笑い、電話越しの義母は「介護なんて無駄。離婚しなさい」と言った。息子の存在まで「邪魔だ」と切り捨てられ、心が凍りついた瞬間、私の中で何かが音を立てて壊れた。8年という月日は、あいつにとっては無駄だったらしい。私は黙って離婚届を...

「明日、帰りが遅くなるから、食材買ってくるわね。何か食べたいものある?」

「え?帰り遅いって、何かあるのか?」

「ほら、この前、私とあなたで精密検査したでしょう。その結果を聞きに行くの。大きな病院だから、きっと時間かかると思って」

「ああ、そういえばそんなのやったな。忘れてた」

「もう、健康診断で引っかかったのよ。もう少し危機感持ったら?」

「けど、あいつのってちょっとのことでも大げさに言うもんだろ」

「そりゃ、病気の早期発見が目的だからね。ていうか、その様子じゃ、検査結果あなたも聞いてないでしょう。早く行きなさいよね」

「それがさ、明日飲み会なんだよ。しばらく忙しいし」

「あ、そうだ。みさが俺の代わりに検査結果もらってきてくれよ」

「え、私が?」

「今調べたけど、代理人と本人証明書があればいいらしい。診断書も見ていいから、結果だけ明日パパッと知らせて」

「ま、仕方ないわね」

翌日、みさは病院に向かった。受付で手続きを済ませ、診断書を受け取った。封筒を開けて中身を確認した瞬間、彼女の手が止まった。

「どうしよう……」

震える声で呟いた。診断書には、夫・幸介の名前が書かれていた。内容は、胃がんステージ4。余命半年。

「どうしよう……」

みさはスマホを握りしめ、親友のリナに電話をかけた。

「あら、どうしたの?みさ、なんかあった?」

「幸介が、だったの。健康診断で要検査になって、私と一緒に検査を受けてたの。今日、幸介の代わりに検査結果を受け取ったんだけど、診断書を見たら、胃がんだって。しかもステージ4。調べたら、余命半年とか、そのくらい」

「そんな……」

「まだ6歳の息子もいるのよ。これからっていうのに」

「まず落ち着いて。深呼吸して。動揺するのは分かるわ。相談してくれてありがとう」

「こんなの聞いちゃったら、動揺しちゃうよね。ごめん、誰にも相談できなくて」

「身内になんて言えないよね、こんなこと。でも、ちゃんと旦那さんに伝えなきゃ」

「どうやって伝えればいいの?」

「ありのままを伝えるしかない。残酷だけど、遠回しな言葉を使えば伝わらない。一刻も早く伝えて、治療を開始しないと」

「そうだよね……そうよ。治療しないと……」

「余命半年って調べて、動揺しちゃったんだよね。私だって、家族ががんですって言われたら、同じように真っ先に泣きつくもん」

「ありがとう。少し落ち着いた。何かあったらすぐに連絡する」

「うん。何かあったらすぐに連絡して。いつでも味方だから」

「今から帰って伝えるわ。ちゃんと支えなきゃ。旦那も辛いはず」

3時間後、みさは自宅で幸介を待っていた。だが、帰ってきたのは酔っぱらった幸介だった。

「悪い。今日はお偉いさんがめっちゃ来てて、俺だけ抜けるってできないんだよ」

「検査結果が出たの。伝えたいから、できるだけ早く帰ってきて」

「ああ、昨日言ってたやつか。ならLINEで教えてくれたらいいだろう」

「こんなところで言える内容じゃないわ」

「なんか悪いとこあったのか。なら、なおのこと、文字に残してもらった方がいいじゃん」

「そう言うなら言うけど……あなた、胃がんのステージ4で、余命半年だって」

「はあ?」

「動揺するのも分かるわ。私だって信じられないもの」

「いやいやいや、何言ってんだ?俺、めっちゃ元気だぞ。余命半年の人間が飲み会とか無理だし」

「でも、実際あなたの精密検査の結果よ。診断書にもあなたの名前があったわ」

「お前も再検査受けてたよな。お前が自分の結果と間違えたんだろう。へえ、こんな元気なのに、とかありえねえ。最近、お前の方が顔色悪かったし」

「だったらどっちの結果がおかしいと思う?」

「診断書には前も母さんが俺に伝えた伝言を、自分のと勘違いして買い物行ったりしたし、きっと何かの勘違いだよ。それか、疑いってだけかもしれないし」

「ねえ、どうしてちゃんと話を聞いてくれないの?受け入れられないのは分かるわ。でも、冗談でもこんなこと言わない」

「やっぱり明日、ちゃんと話し合いましょう。今は酔ってるし、私も話すタイミングではなかったわ。早い方がいいと思って。ごめんなさい」

「じゃあ、明日ちゃんと話そう。それでいいだろ」

「分かった。気をつけて帰ってね」

2時間後。幸介は酔った勢いで母親に電話をかけていた。

「母さん、大変だ。みさが余命半年らしい。どうしよう」

「え、余命半年?」

「なんか俺の結果と勘違いしてるみたいなんだけど、先生からがんだって言われたらしい」

「それ、本当に勘違いなのかい?」

「勘違いに決まってるよ。俺、すげえ元気だし。なんならさっきまで飲み会してたんだぜ。余命半年って、そんな体力ないだろう。みさ、最近疲れやすいって言って、家事も休みがちだったし。きっとあいつに違いないよ」

「本当?それなら、今すぐ離婚しなさい」

「え?離婚?」

「病気で介護になれば、お金もかかるし時間も無駄よ。遺産や保険は降りるでしょうけど、男のあなたじゃ、そこまで大きな金額はもらえない。働き盛りの大事な時間を無駄にするなんて、そっちの方が損だわ」

「でも……」

「いいの。今すぐ電話しましょう。私の話を聞けば、正しいって分かるはずよ」

1時間後、みさはまたリナに電話をかけていた。今度は声が怒りで震えていた。

「あら、信じられない。あいつ、マジで最低だわ」

「みさ、どうしたの?何かあった?」

「あいつら、私を余命半年と勘違いした挙げ句、捨てようとしてる」

「は?どういうこと?捨てる?ていうか、余命が短いのは旦那の方だよね」

「ええ、本当に何がどうなってんの?幸介に全部話したの。でも酔ってて、俺は元気だから診断結果を見間違えたんだ、彼女の方だとか言ってきて」

「うん。まあ、信じられないのは分かるわ」

「そう。それならまだ許せたの。でも、幸介がお母さんと1時間も電話してて、それ聞いちゃってさ。ていうか聞こえてきたの。あいつ、声大きいし、酔ってて聞こえにくいからか、スピーカーにしてたし」

「マジそれ。それでなんて言ってきてたの?」

「介護したくないから、離婚するって。幸介も最初はしぶってて。でも、もう今は納得しちゃって、離婚する気満々」

「えっと、なみなみにですが、みささん、それ証拠ある?」

「一応録音してあるわ。酔ってる最中の幸介のスマホも確認した。お母さんとのやり取りは全部写真撮った」

「よし、完璧。さすがみさ」

「明らか、散々仕込まれたからね。なんかこう、怒りで逆に冷静になったというか。このままいいように捨てられるもんかって思ったら、こう勝手に手が動いて」

「それでいいのよ。使う使わないは置いといて。証拠がないと不利になることが多いんだから」

「それにしても、病気は向こうなのに、勘違いしたまま離婚の相談って、本当最低ね。これからいい父親になると思ってたのに。子供のことだって考えてない」

「自分のことだけってところに怒りが来るわね。けど、まずはきちんと話し合いよ。確認だけど、誤解を解く考えはある?」

「ちゃんと伝えるわ。それでもダメなら諦める。正直、私はあいつの最後を見届けたくない。こんなことされて、添い遂げたいとか思えないもの」

「その気持ちを聞けて安心したわ。でも、一応まだ面と向かって離婚って言われたわけじゃないんでしょ」

「まだね。まだ言われたら、すぐ行って。私も動けるようにしとく。こういう話って、揉めると本当に不利になるから」

「ありがとう。何から何までごめんね」

「いいってことよ。普段色々話は聞いてたからね。私はあなたの味方よ。それだけは忘れないで」

翌日。みさはリナに電話をかけた。

「みさ、速攻で離婚届を出したわ。半年間介護とか、マジ無理。介護頼まれる前に離婚できてよかった。これでお前とは他人」

「ちょっと待って。昨日、病気の話はちゃんとしようって言ったわよね」

「そこで介護頼まれたら断りづらいじゃん。だから先手必勝的に、ささっと出してきた」

「出してきたって……もしかして、前に書いた離婚届け?」

「そう、前に大喧嘩して書かされたあれ。寝室の机の中に入れてるの知ってたんだ」

「勝手に出すなんて」

「お前も、なんかあったら出すって言ってたじゃん。何?俺が同じことしたら怒るわけ?」

「それは……いや、俺も悩んだんだぜ。介護するかどうか。けど、保険金入るけど、そんなにかけてないだろう。労力の無駄」

「私が病気だから捨てるって、何なの?ふざけないでよ」

「母さんが、介護なんてやめとけって言うんだよ。でも、その通りだな。実際、お前との8年間、正直無駄だったし」

「なんですって?無駄?私たちには息子がいるでしょ。あなたの子供よ」

「あいつも、お前に似て邪魔だったんだよな。可愛くないし、俺に懐かないし。いても意味ないっていうか」

「今、なんて言った?」

「だから、息子もお前も邪魔だって言ってんだよ」

「あなた……信じられない」

「ああ、でも心配するなよ。お前がいなくなったら、母さんが育ててくれることになってる。最悪、施設に送るよ。その辺のけじめはつけるわ。じゃないと、俺が叩かれるし」

「本当に最低……頭に来たわ。あなたがその気なら、私だって徹底的にやるわ。病気の件で情状酌量の余地はあるかと思ったけど、あんたなんて、苦しんであの世に行けばいいのよ」

「は?何?恨み言?呪いじゃん。こう、とにかくもう離婚したから、後でごねて慰謝料とかやめろよ。俺の家からさっさと出てけ。身の回り品を整理しないなら、全部捨てるからな」

「分かったわ。離婚に応じる。でも、その前に、病院でもらった診断書だけ見てくれる?」

「ああ、めんどくせえな。今更見せてどうすんだよ」

「いいから見て。あなたが病院に行かせたんだし」

「しつっこいな。お前の病気なんて知らねえよ」

同時刻、リナはみさからメッセージを受け取っていた。

「以前書いた離婚届を勝手に出されたわ。これで他人になったので、徹底的に潰すことに決めました」

「はあ。マジで最低じゃない。息子まで邪魔だって言われたわ。ふざけんじゃないわよ。自分の子供の面倒も見れない大きな子供のくせに、何が邪魔よ。私からすれば、あんたの方が家庭内では邪魔だっての」

「あら、相当ご立腹ね」

「当たり前よ。子供ができたから責任とって結婚って言って、家事も何もしないし、文句ばっかり。離婚したかったけど、子供がいたし、あいつ稼ぎだけは良かったから、我慢してたらこれ」

「まあ、実際、夫に不満があっても経済的理由で離婚しない人は多いもんね。それにしても、自分ががんって言われても信じない。逆に嫁が余命だと決めつけて捨てるって、相当よ。例の準備、今すぐ開始するわ。法的に完璧に追い詰めるから安心して」

「ありがとう。もう我慢しないわ」

「任せなさい。地獄を見せてやるわ。まずは証拠集めね。昨日の分もあるけど、他に何かある?」

「実は全部揃ってるわ」

「え?」

「普段、育児を全くしていなかった記録。子供が生まれてすぐの家での暴言。義母の嫌がらせ。出産後、1度本気で離婚を考えてたの。でも、子供には父親が必要だし、育休中で収入もなかったから」

「だから、離婚届を書かせてたのね。納得。ていうか、これ私が要らないってレベルで完璧じゃん。こんだけあれば、徹底的にやれるし。法的な面は私に任せて。それはそれとして、私は私でやるわ。あいつら、ボコボコにしてやる」

3日後。みさは新居に荷物をまとめて送り終えていた。

「ようやく荷造り終わったか。さっさと出てけよ」

「最後に、寝室のクローゼットの中に大切なものを置いてきたから、確認して」

「めんどくせえな。まあ、最後だし、見とくか」

10分後。幸介の叫び声が響いた。

「なんだよ、この診断書。胃がんステージ4。余命半年。これ……俺のじゃねえか」

「そうよ。あなたが病院に行かせたんでしょ?私が代わりに聞いてきた、あなたの検査結果よ。代理人に見せて診断書をもらったんだから、そもそも間違えるわけないでしょ」

「嘘だろ?嘘だって言ってくれよ」

「病院の先生も、ご本人様に来ていただきたいって言ってたわ」

「今からでも行く。本当にマジなのか?」

「マジね。名前もあなた。そこに書かれてる個人情報も、全部あなた。残念ながら、余命半年はあなたなの」

「助けてくれ。俺、このまま人生終わるのか?」

「でも、あなた言ったわよね。介護なんてごめんだって」

「それは、そんなつもりじゃ……」

「離婚届、もう受理されてるわよ。だから、私たちもう他人なの」

「そんな、離婚取り消してくれよ」

「調停するなって言われたから、してないわよ。それに、今更あなたと一緒にいるとか無理。あなたが望んだことだもの。他人の介護なんてする気ないわよね」

「で、でも、いいのかお前?余命宣告された夫と離婚って、世間体考えれば、お前が悪く見えるんだぞ」

「実はね、お母さんと電話してたの、聞いてたの。だから、その辺り私が悪くならないよう、準備してるわ」

「聞いてたのか?」

「そりゃ、あんな大声で話してたらね。もしあなたが私を支えてくれるなら、離婚なんてしなかったわ。だって、私はあなたの介護をするつもりだったもの。でも、あなたは最悪の選択をした。だから、容赦しない」

「そんな罠にはめやがって。俺が養ってやってたんだぞ。恩を仇で返すのか」

「俺が養ってた?あなたの年収600万円。今の私の年収700万円。生活費は月25万円。全部私が払ってたわ。あなたが私を養っていたのって、3級と育休の時だけよね。一体、何の話してんのだか」

「そんな嘘だろ」

「それで私を養ってた?笑わせないで。8年間、私があなたを養ってきたの。感謝もされずにね。でも、1度離婚するってなっても、その時は収入面で不安だったから離婚しなかった。あの時はまだ子供も小さい上に、私も復職できるか分からなかったもの。けど、無事に保育園に入れたから、仕事にも復帰した。それからは生活費も私が出してた。あなたの稼ぎは、貯金に回っていたのよ。だから、ぶっちゃけ、いつでも離婚できたんだけど、子供もいるし、昔に比べて少しはマシになったかなって、私も観念してたのよ。今回のことがなければ、だけど」

「そんなこと……それと、この家の名義、あなたは自分のものだと思ってたでしょ?」

「当たり前だろ。結婚の時、お父さんが、この家はお前に任せるって言ってたじゃねえか」

「任せると、名義をあげるは違うわよ。勝手に自分のものだと思い込まないで」

「え、じゃあ、この8年間……え、あなたはずっと父の家に住ませてもらってただけよ。離婚したから、もう出てって。荷物をまとめたのは、その家売るつもりだからだし」

「売る?それじゃ、俺の住む場所は……」

「実家にでも帰れば?それから、息子は私が育てるわ。あなた、息子のこと邪魔って言ったんだし、文句ないわよね」

「それはいいけど……」

「いいって言ったわね。よし。離婚したから、もう赤の他人よ。養育費だけ払ってもらうわ」

「え?養育費?」

「当たり前でしょうが。親の責任よ。慰謝料も含めて、結構請求するから、治療する余裕なくなるかもね」

「なんだよそれ。俺に死ねっていうのか」

「私に同じようなことしたのはそっちでしょ。家から追い出して、一方的に離婚して、介護は嫌だから勝手に朽ちてろだもの。同じことされたのに、怒らないでくれない?」

「くそ……くそ……」

翌日、幸介のもとに書類が届いた。

「なんか書類来た。家を売るから出ていけって」

「そりゃ、売却手続きが始まってるもの」

「そんな……頼む。やり直そう。俺が悪かった」

「8年間、私があなたとお母さんを支えてきたのよ。感謝の言葉1つもなく、病気になったら邪魔って言われて、息子まで否定されて。どうしてやり直せると思うの?」

「でも、俺たち夫婦だったじゃないか」

「あなたが他人にしたのよ。忘れたとは言わせないわ。最後は、家族に見送って欲しかった。でも、離婚届を出したのはそっち。子供に突然別れを告げて、その理由も言わないで。あなた、最低よ」

「なら、子供のためにも、一緒にいた方がいいだろう」

「息子もね、最近はあなたのこと怖がってたわ。子供って、よく分かるのよ。自分のことどうでもいいと思ってる人間のことはね。あなたは自分勝手な行動で、家族もお金も家も、何もかも失ったのよ」

「こんなことで……」

「あとは、あなた1人で病院に行って、治療について相談してきて」

「1人で?」

「お前は他人だから関係ないわ。頑張ってね」

「治療費とか、どうすれば?」

「さあ、あなたの問題よ」

1時間後、幸介のスマホに知らない番号から電話がかかってきた。

「山田幸介様ですか。佐藤法律事務所の佐藤と申します。こちらでのご連絡、失礼します」

「弁護士?なんだこれ?」

「三崎様の代理人として、慰謝料請求及び法的措置についてご連絡いたします」

「慰謝料?法的措置?」

「詳細は、ご自宅に送付した内容証明郵便をご確認ください。本日付けで到着しているはずですので」

同時刻。みさはリナに電話をかけていた。

「なあ、弁護士から連絡が来た。なんだよこれ」

「ああ、言い忘れてたわ。私の親友、弁護士なの」

「え?」

「8年間のこと、全部相談してあるわ。相談というか、まあ友人として愚痴ってただけなんだけど」

「弁護士まで用意してたなんて……」

「私に連絡するより、弁護士に連絡してくれない?これからは、弁護士を挟んでしか連絡しないから」

10分後。幸介のスマホが再び鳴った。

「あの、俺、何のことか分からないんですけど、何かの勘違いじゃないですか?とりあえず、なんか無視しますね」

「無視でも構いませんが、幸介様が不利になるだけですよ」

「は?」

「正直に申し上げると、幸介様はこれ以上悪くなることはないと言えるほど、かなり不利な状況です。絶望的なくらい」

「え、なんで」

「みさ様はずっと証拠を残していましたので、あなたが原因で離婚になったと証明が可能なのです」

「証拠って?」

「育児をしていない。家庭内での暴言。また、余命半年と分かった瞬間に介護放棄。これらの証拠以外にも、まだたくさんあります」

「いやいやいや、ちょっと大げさだって」

「でしたら、大げさだと思える証拠をお見せください」

「でも、ここまでする必要ないだろう」

「みささんは、あなたが余命が短いと知って、介護する覚悟を持っていました。しかし、あなたは家族を裏切ったのです。息子様への思い、家族への思い。全部踏みにじったのですから、妥当な行動だと」

「ふざけんじゃねえよ。金とか払わねえからな」

「私にどれだけ怒りをぶつけても、結果は変わりません」

「友達だって聞いたぞ。講師藤だろ」

「確かに、友人として話は聞いていました。しかし、その内容は今お伝えしたことには含まれていません」

「なんだと?」

「正直、追求し出したら切りがないほど、みささんからは色々お話を伺っています。しかし、それは友人として聞いた話。弁護士として伺っていませんので、今は証拠がきちんと揃っている事柄しかお伝えしていませんよ。非常に残念ではありますが」

「証拠が揃ってるだけって……じゃあ、いつから準備してたんだよ」

「私はご依頼通り法的手続きを取り、あなたを徹底的に追い詰めてやるだけです。もう後悔しても後の祭りなんですよ」

数日後。幸介の母親がみさに詰め寄っていた。

「みささん、どういうことなの?幸介が病気だなんて」

「そうですよ。余命半年です。病院の診断書もあります」

「そんな……じゃあ、孫はうちに来るんじゃないの?」

「残念ですが、離婚したので無関係ですね」

「はあ?そんな、離婚取り消せない。このままじゃ、誰があの子の面倒を見るの?」

「介護はお母さんがすれば良いのでは?幸介さんが望んだことですから」

「この恩知らず。あんた、息子の稼ぎで生活していたくせに、最後まで面倒見なさいよ」

「お母さん、何か勘違いしてますね。幸介さんから聞きましたか?お母さんの月5万円の小遣い、誰が払ってたか?」

「え?幸介じゃないの?」

「いいえ。8年間で480万円。全部私が払ってました。幸介さんが払ってると思ってましたよね。大嫌いな嫁が払っているわけないと思ってましたし」

「そんな……息子が……」

「幸介さんの年収は600万円で、私は700万円。生活費も全部私でした」

「じゃあ、息子はあなたに養われてたって……」

「お母さん、お友達に、息子が私のために稼いでくれてるって自慢してましたよね。それは全部嘘でしたね。幸介さんは私に養われてた。お母さんも私に養われてた。それなのに、随分、嫁いびりしてましたよね。私がまだ1歳にもなってない子供を抱えて逃げられない時に……えっと、何て言いましたっけ?ああ、そうだ。育休中の私を、金食い虫呼ばわりしてましたよね」

「それは……そんなつもりじゃ」

「録音してありますよ。お友達にも聞かせましょうか」

「やめてちょうだい。お願い」

「遅いですね。それと、お母さんが私の悪口を言ってた件、全部記録してあります。親戚の集まりで『あの嫁は使えない。息子の足を引っ張ってる。早く離婚すればいいのに』って。それは冗談で弁護士に相談済みです。『冗談』って主張は通じません」

「そんな……」

「そういったことをしているあなたの元に、子供は預けられませんし、幸介さんが親権を取るのも難しいかと」

「お母さん、私のこと、都合のいい嫁だと思ってましたよね。嫁は家族のために尽くすもの。息子の稼ぎで生活してるんだから当然って言ってましたよね。だから、入院で睡眠不足でフラフラな私に、家事もさせて。あの時、本当に離婚を考えましたよ。でも、思いとどまりました。子供のためと我慢していましたし、幸介さんも少しだけ父親として行動し始めていたから」

「それなら、なんで?」

「私があなたたちを養ってきたのに、感謝どころか見下されて、病気になったら捨てられて、息子まで邪魔って言われて。もう我慢しないと決めたからです」

「でも、息子は病気なのよ。看病するのは当然でしょ」

「なら、お母さんが看病すればいいでしょ。でも、幸介さんの治療費、結構かかりますよ。保険で降りるにしても、最初は立て替えですし」

「そんなお金ないわよ。家族でしょ。なんとかしなさいよ」

「離婚したので、他人です。それに、私を家族扱いしなかったのは、お母さんですよね」

「それは……あの時は……」

「幸介さんに離婚を勧めたのは、お母さんですよね。でしたら、お望み通り、2人で暮らしてくださいね。私という金食い虫は、もういませんから。これからは本当の節約生活を楽しんでくださいね」

「あんた、絶対許さないからね。呪ってやるから」

「呪ってる暇があったら、今後の身の振り方とか考えた方がいいと思いますけどね。いい加減、現実逃避して甘えてないで、腹をくくったらどうですか?慰謝料とかも、大変そうですけど、頑張ってくださいね」

その後。離婚から1年後、幸介は慰謝料と養育費を一括で支払うことが決まり、治療費が払えず、余命は伸ばせたものの病状が悪化。アパートで1人、誰とも交流しない生活を送っているという。母親は息子の介護と自分の生活費のために、70歳を過ぎてもパートを続けている。しかし、今回のことが友人たちにばれ、全員に絶縁され孤立した。

一方、みさは実家に帰り、外資系のIT企業に転職。そこからさらに3年後、新しいパートナーと結婚し、息子も新しい父親に懐いて、幸せな家庭を築いている。人間、いつかは最後を迎える。その時に孤独で惨めな最後を送るかどうかは、その人の人生によって決まる。私は自分の最後をあんな惨めなもので終わりたくないので、誰からも看取ってもらえるような生き方をしたいと思う。

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