「明日、帰りが遅くなるから、食材買ってくるわね。何か食べたいものある?」
「え?帰り遅いって、何かあるのか?」
「ほら、この前、私とあなたで精密検査したでしょう。その結果を聞きに行くの。大きな病院だから、きっと時間かかると思って」
「ああ、そういえばそんなのやったな。忘れてた」
「もう、健康診断で引っかかったのよ。もう少し危機感持ったら?」
「けど、あいつのってちょっとのことでも大げさに言うもんだろ」
「そりゃ、病気の早期発見が目的だからね。ていうか、その様子じゃ、検査結果あなたも聞いてないでしょう。早く行きなさいよね」
「それがさ、明日飲み会なんだよ。しばらく忙しいし」
「あ、そうだ。みさが俺の代わりに検査結果もらってきてくれよ」
「え、私が?」
「今調べたけど、代理人と本人証明書があればいいらしい。診断書も見ていいから、結果だけ明日パパッと知らせて」
「ま、仕方ないわね」
翌日、みさは病院に向かった。受付で手続きを済ませ、診断書を受け取った。封筒を開けて中身を確認した瞬間、彼女の手が止まった。
「どうしよう……」
震える声で呟いた。診断書には、夫・幸介の名前が書かれていた。内容は、胃がんステージ4。余命半年。
「どうしよう……」
みさはスマホを握りしめ、親友のリナに電話をかけた。
「あら、どうしたの?みさ、なんかあった?」
「幸介が、だったの。健康診断で要検査になって、私と一緒に検査を受けてたの。今日、幸介の代わりに検査結果を受け取ったんだけど、診断書を見たら、胃がんだって。しかもステージ4。調べたら、余命半年とか、そのくらい」
「そんな……」
「まだ6歳の息子もいるのよ。これからっていうのに」
「まず落ち着いて。深呼吸して。動揺するのは分かるわ。相談してくれてありがとう」
「こんなの聞いちゃったら、動揺しちゃうよね。ごめん、誰にも相談できなくて」
「身内になんて言えないよね、こんなこと。でも、ちゃんと旦那さんに伝えなきゃ」
「どうやって伝えればいいの?」
「ありのままを伝えるしかない。残酷だけど、遠回しな言葉を使えば伝わらない。一刻も早く伝えて、治療を開始しないと」
「そうだよね……そうよ。治療しないと……」
「余命半年って調べて、動揺しちゃったんだよね。私だって、家族ががんですって言われたら、同じように真っ先に泣きつくもん」
「ありがとう。少し落ち着いた。何かあったらすぐに連絡する」
「うん。何かあったらすぐに連絡して。いつでも味方だから」
「今から帰って伝えるわ。ちゃんと支えなきゃ。旦那も辛いはず」
3時間後、みさは自宅で幸介を待っていた。だが、帰ってきたのは酔っぱらった幸介だった。
「悪い。今日はお偉いさんがめっちゃ来てて、俺だけ抜けるってできないんだよ」
「検査結果が出たの。伝えたいから、できるだけ早く帰ってきて」
「ああ、昨日言ってたやつか。ならLINEで教えてくれたらいいだろう」
「こんなところで言える内容じゃないわ」
「なんか悪いとこあったのか。なら、なおのこと、文字に残してもらった方がいいじゃん」
「そう言うなら言うけど……あなた、胃がんのステージ4で、余命半年だって」
「はあ?」
「動揺するのも分かるわ。私だって信じられないもの」
「いやいやいや、何言ってんだ?俺、めっちゃ元気だぞ。余命半年の人間が飲み会とか無理だし」
「でも、実際あなたの精密検査の結果よ。診断書にもあなたの名前があったわ」
「お前も再検査受けてたよな。お前が自分の結果と間違えたんだろう。へえ、こんな元気なのに、とかありえねえ。最近、お前の方が顔色悪かったし」
「だったらどっちの結果がおかしいと思う?」
「診断書には前も母さんが俺に伝えた伝言を、自分のと勘違いして買い物行ったりしたし、きっと何かの勘違いだよ。それか、疑いってだけかもしれないし」
「ねえ、どうしてちゃんと話を聞いてくれないの?受け入れられないのは分かるわ。でも、冗談でもこんなこと言わない」
「やっぱり明日、ちゃんと話し合いましょう。今は酔ってるし、私も話すタイミングではなかったわ。早い方がいいと思って。ごめんなさい」
「じゃあ、明日ちゃんと話そう。それでいいだろ」
「分かった。気をつけて帰ってね」
2時間後。幸介は酔った勢いで母親に電話をかけていた。
「母さん、大変だ。みさが余命半年らしい。どうしよう」
「え、余命半年?」
「なんか俺の結果と勘違いしてるみたいなんだけど、先生からがんだって言われたらしい」
「それ、本当に勘違いなのかい?」
「勘違いに決まってるよ。俺、すげえ元気だし。なんならさっきまで飲み会してたんだぜ。余命半年って、そんな体力ないだろう。みさ、最近疲れやすいって言って、家事も休みがちだったし。きっとあいつに違いないよ」
「本当?それなら、今すぐ離婚しなさい」
「え?離婚?」
「病気で介護になれば、お金もかかるし時間も無駄よ。遺産や保険は降りるでしょうけど、男のあなたじゃ、そこまで大きな金額はもらえない。働き盛りの大事な時間を無駄にするなんて、そっちの方が損だわ」
「でも……」
「いいの。今すぐ電話しましょう。私の話を聞けば、正しいって分かるはずよ」
1時間後、みさはまたリナに電話をかけていた。今度は声が怒りで震えていた。
「あら、信じられない。あいつ、マジで最低だわ」
「みさ、どうしたの?何かあった?」
「あいつら、私を余命半年と勘違いした挙げ句、捨てようとしてる」
「は?どういうこと?捨てる?ていうか、余命が短いのは旦那の方だよね」
「ええ、本当に何がどうなってんの?幸介に全部話したの。でも酔ってて、俺は元気だから診断結果を見間違えたんだ、彼女の方だとか言ってきて」
「うん。まあ、信じられないのは分かるわ」
「そう。それならまだ許せたの。でも、幸介がお母さんと1時間も電話してて、それ聞いちゃってさ。ていうか聞こえてきたの。あいつ、声大きいし、酔ってて聞こえにくいからか、スピーカーにしてたし」
「マジそれ。それでなんて言ってきてたの?」
「介護したくないから、離婚するって。幸介も最初はしぶってて。でも、もう今は納得しちゃって、離婚する気満々」
「えっと、なみなみにですが、みささん、それ証拠ある?」
「一応録音してあるわ。酔ってる最中の幸介のスマホも確認した。お母さんとのやり取りは全部写真撮った」
「よし、完璧。さすがみさ」
「明らか、散々仕込まれたからね。なんかこう、怒りで逆に冷静になったというか。このままいいように捨てられるもんかって思ったら、こう勝手に手が動いて」
「それでいいのよ。使う使わないは置いといて。証拠がないと不利になることが多いんだから」
「それにしても、病気は向こうなのに、勘違いしたまま離婚の相談って、本当最低ね。これからいい父親になると思ってたのに。子供のことだって考えてない」
「自分のことだけってところに怒りが来るわね。けど、まずはきちんと話し合いよ。確認だけど、誤解を解く考えはある?」
「ちゃんと伝えるわ。それでもダメなら諦める。正直、私はあいつの最後を見届けたくない。こんなことされて、添い遂げたいとか思えないもの」
「その気持ちを聞けて安心したわ。でも、一応まだ面と向かって離婚って言われたわけじゃないんでしょ」
「まだね。まだ言われたら、すぐ行って。私も動けるようにしとく。こういう話って、揉めると本当に不利になるから」
「ありがとう。何から何までごめんね」
「いいってことよ。普段色々話は聞いてたからね。私はあなたの味方よ。それだけは忘れないで」
翌日。みさはリナに電話をかけた。
「みさ、速攻で離婚届を出したわ。半年間介護とか、マジ無理。介護頼まれる前に離婚できてよかった。これでお前とは他人」
「ちょっと待って。昨日、病気の話はちゃんとしようって言ったわよね」
「そこで介護頼まれたら断りづらいじゃん。だから先手必勝的に、ささっと出してきた」
「出してきたって……もしかして、前に書いた離婚届け?」
「そう、前に大喧嘩して書かされたあれ。寝室の机の中に入れてるの知ってたんだ」
「勝手に出すなんて」
「お前も、なんかあったら出すって言ってたじゃん。何?俺が同じことしたら怒るわけ?」
「それは……いや、俺も悩んだんだぜ。介護するかどうか。けど、保険金入るけど、そんなにかけてないだろう。労力の無駄」
「私が病気だから捨てるって、何なの?ふざけないでよ」
「母さんが、介護なんてやめとけって言うんだよ。でも、その通りだな。実際、お前との8年間、正直無駄だったし」
「なんですって?無駄?私たちには息子がいるでしょ。あなたの子供よ」
「あいつも、お前に似て邪魔だったんだよな。可愛くないし、俺に懐かないし。いても意味ないっていうか」
「今、なんて言った?」
「だから、息子もお前も邪魔だって言ってんだよ」
「あなた……信じられない」
「ああ、でも心配するなよ。お前がいなくなったら、母さんが育ててくれることになってる。最悪、施設に送るよ。その辺のけじめはつけるわ。じゃないと、俺が叩かれるし」
「本当に最低……頭に来たわ。あなたがその気なら、私だって徹底的にやるわ。病気の件で情状酌量の余地はあるかと思ったけど、あんたなんて、苦しんであの世に行けばいいのよ」
「は?何?恨み言?呪いじゃん。こう、とにかくもう離婚したから、後でごねて慰謝料とかやめろよ。俺の家からさっさと出てけ。身の回り品を整理しないなら、全部捨てるからな」
「分かったわ。離婚に応じる。でも、その前に、病院でもらった診断書だけ見てくれる?」
「ああ、めんどくせえな。今更見せてどうすんだよ」
「いいから見て。あなたが病院に行かせたんだし」
「しつっこいな。お前の病気なんて知らねえよ」
同時刻、リナはみさからメッセージを受け取っていた。
「以前書いた離婚届を勝手に出されたわ。これで他人になったので、徹底的に潰すことに決めました」
「はあ。マジで最低じゃない。息子まで邪魔だって言われたわ。ふざけんじゃないわよ。自分の子供の面倒も見れない大きな子供のくせに、何が邪魔よ。私からすれば、あんたの方が家庭内では邪魔だっての」
「あら、相当ご立腹ね」
「当たり前よ。子供ができたから責任とって結婚って言って、家事も何もしないし、文句ばっかり。離婚したかったけど、子供がいたし、あいつ稼ぎだけは良かったから、我慢してたらこれ」
「まあ、実際、夫に不満があっても経済的理由で離婚しない人は多いもんね。それにしても、自分ががんって言われても信じない。逆に嫁が余命だと決めつけて捨てるって、相当よ。例の準備、今すぐ開始するわ。法的に完璧に追い詰めるから安心して」
「ありがとう。もう我慢しないわ」
「任せなさい。地獄を見せてやるわ。まずは証拠集めね。昨日の分もあるけど、他に何かある?」
「実は全部揃ってるわ」
「え?」
「普段、育児を全くしていなかった記録。子供が生まれてすぐの家での暴言。義母の嫌がらせ。出産後、1度本気で離婚を考えてたの。でも、子供には父親が必要だし、育休中で収入もなかったから」
「だから、離婚届を書かせてたのね。納得。ていうか、これ私が要らないってレベルで完璧じゃん。こんだけあれば、徹底的にやれるし。法的な面は私に任せて。それはそれとして、私は私でやるわ。あいつら、ボコボコにしてやる」
3日後。みさは新居に荷物をまとめて送り終えていた。
「ようやく荷造り終わったか。さっさと出てけよ」
「最後に、寝室のクローゼットの中に大切なものを置いてきたから、確認して」
「めんどくせえな。まあ、最後だし、見とくか」
10分後。幸介の叫び声が響いた。
「なんだよ、この診断書。胃がんステージ4。余命半年。これ……俺のじゃねえか」
「そうよ。あなたが病院に行かせたんでしょ?私が代わりに聞いてきた、あなたの検査結果よ。代理人に見せて診断書をもらったんだから、そもそも間違えるわけないでしょ」
「嘘だろ?嘘だって言ってくれよ」
「病院の先生も、ご本人様に来ていただきたいって言ってたわ」
「今からでも行く。本当にマジなのか?」
「マジね。名前もあなた。そこに書かれてる個人情報も、全部あなた。残念ながら、余命半年はあなたなの」
「助けてくれ。俺、このまま人生終わるのか?」
「でも、あなた言ったわよね。介護なんてごめんだって」
「それは、そんなつもりじゃ……」
「離婚届、もう受理されてるわよ。だから、私たちもう他人なの」
「そんな、離婚取り消してくれよ」
「調停するなって言われたから、してないわよ。それに、今更あなたと一緒にいるとか無理。あなたが望んだことだもの。他人の介護なんてする気ないわよね」
「で、でも、いいのかお前?余命宣告された夫と離婚って、世間体考えれば、お前が悪く見えるんだぞ」
「実はね、お母さんと電話してたの、聞いてたの。だから、その辺り私が悪くならないよう、準備してるわ」
「聞いてたのか?」
「そりゃ、あんな大声で話してたらね。もしあなたが私を支えてくれるなら、離婚なんてしなかったわ。だって、私はあなたの介護をするつもりだったもの。でも、あなたは最悪の選択をした。だから、容赦しない」
「そんな罠にはめやがって。俺が養ってやってたんだぞ。恩を仇で返すのか」
「俺が養ってた?あなたの年収600万円。今の私の年収700万円。生活費は月25万円。全部私が払ってたわ。あなたが私を養っていたのって、3級と育休の時だけよね。一体、何の話してんのだか」
「そんな嘘だろ」
「それで私を養ってた?笑わせないで。8年間、私があなたを養ってきたの。感謝もされずにね。でも、1度離婚するってなっても、その時は収入面で不安だったから離婚しなかった。あの時はまだ子供も小さい上に、私も復職できるか分からなかったもの。けど、無事に保育園に入れたから、仕事にも復帰した。それからは生活費も私が出してた。あなたの稼ぎは、貯金に回っていたのよ。だから、ぶっちゃけ、いつでも離婚できたんだけど、子供もいるし、昔に比べて少しはマシになったかなって、私も観念してたのよ。今回のことがなければ、だけど」
「そんなこと……それと、この家の名義、あなたは自分のものだと思ってたでしょ?」
「当たり前だろ。結婚の時、お父さんが、この家はお前に任せるって言ってたじゃねえか」
「任せると、名義をあげるは違うわよ。勝手に自分のものだと思い込まないで」
「え、じゃあ、この8年間……え、あなたはずっと父の家に住ませてもらってただけよ。離婚したから、もう出てって。荷物をまとめたのは、その家売るつもりだからだし」
「売る?それじゃ、俺の住む場所は……」
「実家にでも帰れば?それから、息子は私が育てるわ。あなた、息子のこと邪魔って言ったんだし、文句ないわよね」
「それはいいけど……」
「いいって言ったわね。よし。離婚したから、もう赤の他人よ。養育費だけ払ってもらうわ」
「え?養育費?」
「当たり前でしょうが。親の責任よ。慰謝料も含めて、結構請求するから、治療する余裕なくなるかもね」
「なんだよそれ。俺に死ねっていうのか」
「私に同じようなことしたのはそっちでしょ。家から追い出して、一方的に離婚して、介護は嫌だから勝手に朽ちてろだもの。同じことされたのに、怒らないでくれない?」
「くそ……くそ……」
翌日、幸介のもとに書類が届いた。
「なんか書類来た。家を売るから出ていけって」
「そりゃ、売却手続きが始まってるもの」
「そんな……頼む。やり直そう。俺が悪かった」
「8年間、私があなたとお母さんを支えてきたのよ。感謝の言葉1つもなく、病気になったら邪魔って言われて、息子まで否定されて。どうしてやり直せると思うの?」
「でも、俺たち夫婦だったじゃないか」
「あなたが他人にしたのよ。忘れたとは言わせないわ。最後は、家族に見送って欲しかった。でも、離婚届を出したのはそっち。子供に突然別れを告げて、その理由も言わないで。あなた、最低よ」
「なら、子供のためにも、一緒にいた方がいいだろう」
「息子もね、最近はあなたのこと怖がってたわ。子供って、よく分かるのよ。自分のことどうでもいいと思ってる人間のことはね。あなたは自分勝手な行動で、家族もお金も家も、何もかも失ったのよ」
「こんなことで……」
「あとは、あなた1人で病院に行って、治療について相談してきて」
「1人で?」
「お前は他人だから関係ないわ。頑張ってね」
「治療費とか、どうすれば?」
「さあ、あなたの問題よ」
1時間後、幸介のスマホに知らない番号から電話がかかってきた。
「山田幸介様ですか。佐藤法律事務所の佐藤と申します。こちらでのご連絡、失礼します」
「弁護士?なんだこれ?」
「三崎様の代理人として、慰謝料請求及び法的措置についてご連絡いたします」
「慰謝料?法的措置?」
「詳細は、ご自宅に送付した内容証明郵便をご確認ください。本日付けで到着しているはずですので」
同時刻。みさはリナに電話をかけていた。
「なあ、弁護士から連絡が来た。なんだよこれ」
「ああ、言い忘れてたわ。私の親友、弁護士なの」
「え?」
「8年間のこと、全部相談してあるわ。相談というか、まあ友人として愚痴ってただけなんだけど」
「弁護士まで用意してたなんて……」
「私に連絡するより、弁護士に連絡してくれない?これからは、弁護士を挟んでしか連絡しないから」
10分後。幸介のスマホが再び鳴った。
「あの、俺、何のことか分からないんですけど、何かの勘違いじゃないですか?とりあえず、なんか無視しますね」
「無視でも構いませんが、幸介様が不利になるだけですよ」
「は?」
「正直に申し上げると、幸介様はこれ以上悪くなることはないと言えるほど、かなり不利な状況です。絶望的なくらい」
「え、なんで」
「みさ様はずっと証拠を残していましたので、あなたが原因で離婚になったと証明が可能なのです」
「証拠って?」
「育児をしていない。家庭内での暴言。また、余命半年と分かった瞬間に介護放棄。これらの証拠以外にも、まだたくさんあります」
「いやいやいや、ちょっと大げさだって」
「でしたら、大げさだと思える証拠をお見せください」
「でも、ここまでする必要ないだろう」
「みささんは、あなたが余命が短いと知って、介護する覚悟を持っていました。しかし、あなたは家族を裏切ったのです。息子様への思い、家族への思い。全部踏みにじったのですから、妥当な行動だと」
「ふざけんじゃねえよ。金とか払わねえからな」
「私にどれだけ怒りをぶつけても、結果は変わりません」
「友達だって聞いたぞ。講師藤だろ」
「確かに、友人として話は聞いていました。しかし、その内容は今お伝えしたことには含まれていません」
「なんだと?」
「正直、追求し出したら切りがないほど、みささんからは色々お話を伺っています。しかし、それは友人として聞いた話。弁護士として伺っていませんので、今は証拠がきちんと揃っている事柄しかお伝えしていませんよ。非常に残念ではありますが」
「証拠が揃ってるだけって……じゃあ、いつから準備してたんだよ」
「私はご依頼通り法的手続きを取り、あなたを徹底的に追い詰めてやるだけです。もう後悔しても後の祭りなんですよ」
数日後。幸介の母親がみさに詰め寄っていた。
「みささん、どういうことなの?幸介が病気だなんて」
「そうですよ。余命半年です。病院の診断書もあります」
「そんな……じゃあ、孫はうちに来るんじゃないの?」
「残念ですが、離婚したので無関係ですね」
「はあ?そんな、離婚取り消せない。このままじゃ、誰があの子の面倒を見るの?」
「介護はお母さんがすれば良いのでは?幸介さんが望んだことですから」
「この恩知らず。あんた、息子の稼ぎで生活していたくせに、最後まで面倒見なさいよ」
「お母さん、何か勘違いしてますね。幸介さんから聞きましたか?お母さんの月5万円の小遣い、誰が払ってたか?」
「え?幸介じゃないの?」
「いいえ。8年間で480万円。全部私が払ってました。幸介さんが払ってると思ってましたよね。大嫌いな嫁が払っているわけないと思ってましたし」
「そんな……息子が……」
「幸介さんの年収は600万円で、私は700万円。生活費も全部私でした」
「じゃあ、息子はあなたに養われてたって……」
「お母さん、お友達に、息子が私のために稼いでくれてるって自慢してましたよね。それは全部嘘でしたね。幸介さんは私に養われてた。お母さんも私に養われてた。それなのに、随分、嫁いびりしてましたよね。私がまだ1歳にもなってない子供を抱えて逃げられない時に……えっと、何て言いましたっけ?ああ、そうだ。育休中の私を、金食い虫呼ばわりしてましたよね」
「それは……そんなつもりじゃ」
「録音してありますよ。お友達にも聞かせましょうか」
「やめてちょうだい。お願い」
「遅いですね。それと、お母さんが私の悪口を言ってた件、全部記録してあります。親戚の集まりで『あの嫁は使えない。息子の足を引っ張ってる。早く離婚すればいいのに』って。それは冗談で弁護士に相談済みです。『冗談』って主張は通じません」
「そんな……」
「そういったことをしているあなたの元に、子供は預けられませんし、幸介さんが親権を取るのも難しいかと」
「お母さん、私のこと、都合のいい嫁だと思ってましたよね。嫁は家族のために尽くすもの。息子の稼ぎで生活してるんだから当然って言ってましたよね。だから、入院で睡眠不足でフラフラな私に、家事もさせて。あの時、本当に離婚を考えましたよ。でも、思いとどまりました。子供のためと我慢していましたし、幸介さんも少しだけ父親として行動し始めていたから」
「それなら、なんで?」
「私があなたたちを養ってきたのに、感謝どころか見下されて、病気になったら捨てられて、息子まで邪魔って言われて。もう我慢しないと決めたからです」
「でも、息子は病気なのよ。看病するのは当然でしょ」
「なら、お母さんが看病すればいいでしょ。でも、幸介さんの治療費、結構かかりますよ。保険で降りるにしても、最初は立て替えですし」
「そんなお金ないわよ。家族でしょ。なんとかしなさいよ」
「離婚したので、他人です。それに、私を家族扱いしなかったのは、お母さんですよね」
「それは……あの時は……」
「幸介さんに離婚を勧めたのは、お母さんですよね。でしたら、お望み通り、2人で暮らしてくださいね。私という金食い虫は、もういませんから。これからは本当の節約生活を楽しんでくださいね」
「あんた、絶対許さないからね。呪ってやるから」
「呪ってる暇があったら、今後の身の振り方とか考えた方がいいと思いますけどね。いい加減、現実逃避して甘えてないで、腹をくくったらどうですか?慰謝料とかも、大変そうですけど、頑張ってくださいね」
その後。離婚から1年後、幸介は慰謝料と養育費を一括で支払うことが決まり、治療費が払えず、余命は伸ばせたものの病状が悪化。アパートで1人、誰とも交流しない生活を送っているという。母親は息子の介護と自分の生活費のために、70歳を過ぎてもパートを続けている。しかし、今回のことが友人たちにばれ、全員に絶縁され孤立した。
一方、みさは実家に帰り、外資系のIT企業に転職。そこからさらに3年後、新しいパートナーと結婚し、息子も新しい父親に懐いて、幸せな家庭を築いている。人間、いつかは最後を迎える。その時に孤独で惨めな最後を送るかどうかは、その人の人生によって決まる。私は自分の最後をあんな惨めなもので終わりたくないので、誰からも看取ってもらえるような生き方をしたいと思う。
