玄関のチャイムが鳴って、開けたら見知らぬ女性が立ってた。「ごめんください、そこのお宅の息子さんの奥さんです」って。私はてっきり訪問販売かと思って、ドアを閉めかけた。だって、息子が結婚してるなんて聞いてなかったから。いや、結婚しててもおかしくない年齢だけど、それにしても突然すぎる。「すみません、どちらの…?」って聞き返すのがやっとだった。彼女は品のいい笑みを浮かべて、「式はあげてないんです。た…

玄関のチャイムが鳴って、開けたら見知らぬ女性が立ってた。「ごめんください、そこのお宅の息子さんの奥さんです」って。私はてっきり訪問販売かと思って、ドアを閉めかけた。だって、息子が結婚してるなんて聞いてなかったから。いや、結婚しててもおかしくない年齢だけど、それにしても突然すぎる。「すみません、どちらの…?」って聞き返すのがやっとだった。彼女は品のいい笑みを浮かべて、「式はあげてないんです。た...

「どうして赤ちゃんに合わせてくれないの?新幹線に乗ってわざわざ来たのよ。リリカが嫌がってるんだ。追い返すくせに、お祝いだけは受け取るのね。」
「せっかく持ってきてくれたんだし、もらわないのも失礼かなと思ってさ。」
「一回でいいから孫に合わせてよ。」
「無理だって言ってんだろ。」
「どうしてなの?私が何かしたなら謝るわ。」
「別に謝られたところで、合わせることはできないから。」
「じゃあ、どうして私が行くと言った時にそう言ってくれなかったのよ。会えないならわざわざ来ることなかったわ。」
「お祝いだけ持ってきて欲しかったんだ。」
「なんて子なの?」
「嫁に言われて気づいたんだよ。おばあさんが今後よぼよぼになった時に世話することになるのは嫌だなって。」
「は?誰が世話してくれなんて頼んだ?」
「先の話かもしれないけど、あり得ることだろう。だから今のうちに絶縁するって。あ、嫁はそうしたいって言ってる。」
「素晴らしい奥さんと結婚したものね。」
「それ、嫌味?」
「大なしな子だと思ってたけど、飛んだ猫かぶりだったみたいね。」
「ハキハキしてて、俺は一緒にいて楽だよ。」
「そう、あなたが幸せならいいわ。じゃあ帰る。元気でね。」

数分後、玄関の呼び鈴が鳴った。妻のリリカが立っている。
「孫に会いに、勝手に貧乏人が来ちゃったか。」
「リリカさん。」
「息子の言ったことは本当なの?」
「うん。」
「何か怒らせるようなことをした?どうしても理由が知りたいの。」
「別に、私は年寄りっていう全種が嫌いなだけ。あなたのご両親だってそうでしょ?それに、あなたもいずれ年を取るわ。」
「身内は別だし。」
「私だってエトにとっての身内じゃない。私からすれば他人だね。」
「初孫なの?一回でいいから合わせてよ。」
「汚い手で赤ちゃんに触るな。とっとと帰れ。」
「そこまで言うの?」
「今後あんたと付き合っててもメリットなさそうだもん。」
「は?」
「何万もするブランドのベビー服買えないでしょ。」
「子供服なんてすぐに着られなくなるわよ。」
「うっさい。そういう古臭いところがマジで無理。とにかく消えてほしい。」
「あなたが人だなんて思わなかった。」
「改めまして、こんな感じの嫁です。二度と関わりたくないので、さっさと帰宅しろ。」
「そう、じゃあ帰るわ。さようなら。」
「今後は孫も含め、あなたたちとも一生関わらない。そういう解釈でいいのね。」
「もちろん。前言撤回はなしよ。」
「するか。」
「分かった。息子にもよろしく伝えて。」

数日後、空美の元に、かつて融資をしていた企業の社長から電話が入った。
「空美さん、毎月お貸しいただいていた分が入金されておりません。弁護士から連絡が来ていませんか?」
「貸し付け終了の通知をお送りしたはずですが。」
「そんなものを見てませんが、手続きが遅れてるのかもしれません。急に貸し付けを止めるなんてあんまりです。」
「うちの息子があなたの娘さんと結婚して親戚になったというだけの理由で貸し付けをしていました。期限は決めず、私の権限でいつでも終了できると契約書にも明記してありましたよね。」
「娘はエト君と離婚したんですか?」
「いいえ。二人は仲良くやってるようですよ。」
「ではなぜ?」
「私は絶縁されたんです。」
「え、あなたはお孫さんに会いましたか?」
「はい。生まれたその日に病院に行きました。抱っこできました。エト君に似た可愛い男の子でした。私は新幹線で会いに行きましたが、お祝い金だけ取られて、合わせてもらえませんでした。」
「なぜ?」
「汚い手のババーに触られたくないそうです。リリカさんですよ。娘がひどい言われようでした。あんなに傷ついたのは生まれて初めてです。」
「それは大変申し訳ございません。ただ、公式に活動されるのは困るんです。先ほども言いましたが、関係がなければ私は貴社に貸し付けはしなかったと思います。」
「それはそうですが。」
「逆恨みだと思われても構いません。心情的に、あなたたちとはお付き合いできないんです。申し訳ありません。」
「空美さん、待ってくださいよ。」

数分後、リリカの実家にエトの両親が乗り込んだ。
「このドアホ、いきなり何なのよ。三時で寝てないんだからイライラさせないで。」
「お前のせいでうちの会社は終わりだ。」
「はあ。私が何したって言うのよ。」
「空美さんを怒らせただろう。」
「あのばあさんね。わざわざ赤ちゃんを見に来たのを追い返してやった。」
「なんてことを。そのせいでうちは終わりだ。来月には資金が底を突いて潰れるだろう。」
「どういうこと?ちゃんと説明してよ。」
「エト君のお母さんは資産家なんだ。」
「え、そうなの?あの地味なばあさんが?」
「普段はベンチャーなどに積極的に投資をしてる。知る人ぞ知る金持ちだからな。」
「でもエトとは普通の会社で普通の稼ぎよ。」
「金持ちの息子だと知られればリスクが大きい。連れ去られたり、狙われたり。」
「確かに。」
「だから我が子にすら言ってないそうだ。実家も普通の一軒家だったもんな。騙されたわ。」
「本来ならあの人は成長を見込める企業にしか投資しない。すごいじゃん。認められたんだ。」
「違う。うちはお前が空美さんの義理の娘だから、特別に金を貸してもらえてたんだよ。」
「へえ。」
「この投資があるから銀行への支払いもできてたんだ。でももう無理だろうな。」
「やばいじゃん。パパから社長って肩書きを取ったら何もなくなる。」
「うるさい。お前のせいでこうなったんだろ。」
「は、逆切れやめてよ。」
「とにかくすぐに謝罪してこい。」
「えー。」
「大体、目上の方に向かって無礼が過ぎるだろう。そんな風に育てた覚えはない。」
「だって仕方ないじゃん。嫌いなもんは嫌いなんだから。」
「お母さんに何か言われたのか?」
「別に。」
「なのに拒絶したのかよ。そりゃ怒りを受けるぞ。」
「だって姑とか全員悪者だと思ってたし。」
「あの方は俺たちに手を差し伸べてくれたんだ。パパもママも借金返済に追われることになれば、孫のためにもならないんだからな。」
「それは困る。」
「だったらすぐに謝ってこい。」
「だるいなあ。」

翌日、リリカは空美の家を訪れた。
「お母さん、先日は本当にすみませんでした。」
「お父様に何か言われたのね。」
「さて何の話でしょうか。父とは連絡を取っておりませんが。」
「そうですか。で、何の用?」
「産後のハイになっていたんだと思います。子供を産んだ私が世界で一番偉い気分でおりました。」
「そう。」
「履歴を見返してみて震え上がりました。大好きなエトさんのお母様に向かって何という口を聞いてしまったのかと。大変申し訳ございませんでした。」
「遅いわよ。」
「え?」
「謝れるのは子供まで。大人の世界では取り返しのつかないことは多々あるの。」
「大人でも謝りはありますよね。」
「そうね。ただ程度によるし、私は頑固だから一度決めたことは絶対に覆えない。」
「お母さん、私の子を抱っこしてください。」
「今更何を言ってるの?」
「息子にはおばあちゃんが二人もいるんだよって伝えなきゃならないのに、私は愚かなことをしました。」
「伝えることはできるじゃない。」
「会いたくないんですか?」
「もう結構よ。」
「強がるんじゃないよ。」
「はい?」
「孫に会いたくない祖母なんていないんだよ。演技だとは分かってたけど、数分も我慢できないのね。」
「うるさい。エトの前でもそんな感じなの?」
「わけないだろ。女が本性を表すのは女の前だけなんだよ。」
「まあ、確かにそうかもしれないわね。」
「パパに聞いたよ。あんた金持ちなんでしょ?」
「だったら何?」
「息子にまで金持ちだってことを隠すなんてね。あの世にはお金なんか持っていけないのに。」
「私には私なりの理由があってそうしてるの。」
「毎晩札束を数えて、その汚い顔でニヤニヤ笑ってそう。」
「汚さではあなたに負けるわね。」
「孫に会いたくてたまらない癖に強がっちゃって。私から見たら超痛々しいわ。」
「そう見えるのね。」
「別に父の会社がどうなろうと知ったこっちゃない。」
「白々しい娘さんだこと。」
「それよりも、私はあんたのあの世がいつになるかが楽しみで仕方なくなってきた。」
「どうして?」
「その莫大な資産は全てエトが相続するからよ。まあ、私がいなくなった後のことは知らないから好きにすればいいわ。」
「なるべく早く召されてくださいね。」
「長生きできるよ。頑張るわ。」

翌日、リリカは実家を訪れた。
「どうだった?ちゃんと仲直りできたか?」
「どちらかといえば失敗。寧ろ関係悪化って感じ。」
「はあ。何をやってんだよ。父さんたちがどうなってもいいのか。」
「うん。ぶっちゃけ関係なくない?」
「なんだと?」
「私はエトと一緒にいる以上、必ず大金が転がり込んでくる運命だよ。親の小さな会社がどうなろうと知ったこっちゃないし。」
「お前…。」
「大体、自分だって卑怯者のくせに、よく偉そうに言えるね。」
「俺のどこが卑怯なんだよ。」
「娘の結婚に際して姑目を利用したじゃない。」
「それは…。」
「私は家を出るみよ。これ以上迷惑かけないで。」
「親を見捨てるのか。」
「お金のない親なんて用なしでしょ。」
「こういうことをお母さんに言ったんだな。」
「もっとひどいこと言ったけどね。」
「そりゃ切れられて当然だ。こんな娘に育てた俺たちが悪いんだもんな。」
「だね。」
「もういい。勝手にしろ。」

翌日、エトの父が空美を訪ねてきた。
「この度は大変申し訳ございませんでした。」
「今更、何の必要もありません。私も娘から縁を切られてしまいましたよ。」
「そうでしたか。娘の無礼な態度は全て私どもの子育ての失敗が原因です。不愉快な思いをさせてしまい、すみませんでした。」
「それを言うなら私も同じです。嫁と一緒になって実の親を追い返すような息子に育ててしまった自分を悔んでも悔みきれませんよ。」
「子育てとは何とも難しいものですね。」
「はい。本当に娘は空美さんの資産を期待してるような発言をしていました。さすがに危険なことをするアホだとは思いたくありませんが、十分気をつけてください。」
「ありがとうございます。ただ、心配には及びません。」
「そうはいかないでしょう。相当な資産をお持ちなのは間違いないんですから。」
「私はお金を残すつもりはありません。」
「はい?」
「私は夫を早くになくし、息子を育てながらこう考えていました。父から受け継いだ資産を託せる子に育ったら全額を譲ろうって。」
「そうだったんですね。」
「でも駄目でした。だからあの子には残さずに使い切ります。」
「私が口を出すことではありませんが、それがいいですね。」
「期待をさせたくないので先に言っておきますが、貴社への融資はしません。」
「はい、分かっております。子育ても会社経営も私には才能がありませんでした。大きくはなく、会社を畳むことにします。」
「私が融資をしないのには理由があります。」
「何でしょう?」
「あなたの会社、ワクワクしないんですよ。」
「え?」
「従業員の目も曇ってるし、誰も楽しそうじゃない。」
「そう言われましても…。」
「業態を変えて、出発してみませんか?事業計画書に私がワクワクしたら、お金を出します。」
「本当ですか?あ、実は私、昔からやりたい事業がありまして。ただ儲ける自信がなく諦めたんです。」
「いいですね。そういう話大好きなんです。少しお時間ください。すぐに計画書を作ります。」
「一つだけこちらからもお願いがあります。」
「何でもおっしゃってください。」
「私たちの子育ての失敗の責任を一緒に取って欲しいんです。」
「と言いますと?」
「次回お会いした時にお話ししますね。」

翌月、リリカから実家に電話が入った。
「絶縁しておいてちょっと頼みにくいんだけど、十万くらい振り込んでくれない?」
「何を言ってるんだ?」
「あの時は調子に乗ってた。ごめん。会社は潰れた。」
「え?」
「母さんはパートに出てる。俺も弁当屋に就職した。」
「はあ。六十手前でそんなことになってんの?かわいそすぎんだけど。」
「俺は辛くないぞ。むしろ毎日が楽しい。」
「そんなわけないじゃん。」
「そういうわけで金は貸せない。」
「これってさ、元をたどれば空美さんのせいだよね。」
「いや、空美さんのおかげだな。」
「どうしたの?なんか宗教にでも入った?」
「本心でそう思ってる。」
「会社さえ潰れなきゃ、私は今もお小遣いもらえてたし、今後も実家から援助してもらえたのに。あのばあさんのせいで台無しよ。」
「そうやって何もかも人のせいにするな。自業自得だろ。」
「遺産もまだまだ先になりそうだし。早くあの世に行ってくれないかな。」
「いい加減にしろ。」
「万でいいんだけど、どうにかならない?」
「三人で家にいるのになんでそんな金が必要なんだ?」
「色々あんのよ。」
「大体、絶縁したのによくも金の無心ができたな。今度こそ本当に縁を切る。」
「あっそ。社長でもない、金もない。役立たずの親なんてこっちから願い下げよう。」
「そうか。お前にとって親はもう不要なんだな。」
「うん。」
「その言葉に後悔はないか?」
「ないない。」
「分かった。じゃあな。幸せになれよ。」
「はーい。」

数日後、エトが空美の家に現れた。
「母さん、ちょっと頼みがあるんだけど。」
「縁を切った息子から連絡が来て。ああ、嬉しいわ。」
「わざとらしいな。あの時は悪かったよ。本当に言いすぎたなと思って反省してるんだ。」
「で、いくらは?どうせお金でしょ。」
「ありがとう。十万でいいんだ。必ず返すから。」
「出産祝いで百万も渡したのにもうないの?」
「ちょっと入り用っていうか…。」
「あなたの稼ぎで十分生活できるはずよ。」
「出費が重なる時くらいあるだろう。大体、多額の資産を持ってることを隠してたくせに偉そうに説教すんじゃねえよ。」
「は?」
「リリカに聞いたぞ。人に施すほど金持ってんだろ。」
「それが何?」
「なんで俺に言わなかったんだよ。」
「言ったらどうなってた?」
「ゲームも服も我慢せずに住んだじゃないか。今だって安い給料で働かずに、遊んで暮らせてたかもしれない。」
「そんなくだらない大人になって欲しくなかったから。私の選択は改めて正しかったと確信したわ。」
「なんだよそれ。」
「お金は怖いものよ。人を変えてしまうものなの。」
「実際に私の資産を知ったリリカさんは、目の色変えてお金の話をしてるんじゃない?それは私の存在すら疎ましく思ってるはずよ。早く消えろってね。」
「そこまでは…。」
「いえ、あなたもそう。私が亡くなれば、財産を相続できると思ってるんじゃない?」
「そりゃ、いずれは俺が継ぐことになるだろうけど。」
「そうかもしれないわね。その日をどうかお楽しみに。」
「いや、十万は…。手持ちがないの。ごめんなさいね、母さん。」

数ヶ月後、リリカが再び空美の家を訪れた。
「今回は本当の謝罪です。お母様、数々の無礼、誠に申し訳ございませんでした。」
「あら、久しぶりね。お子さんは元気?」
「お母さんの孫です。どうか会って、抱っこしてあげてください。」
「結構よ。」
「そうおっしゃらずに。」
「孫に会うためだけに、いくら取られるか分かったもんじゃない。」
「お金なんて…と言いたいところですが、実は生活に困窮しておりまして。」
「らしいわね。息子の稼ぎではやっていけないなんて、どんな無駄遣いしてるのかしら。」
「父からの援助を当てにして生活していた部分があり、そのせいでクレジットカードの支払いが苦しくなりました。」
「へえ。」
「分割払いやリボ払いにして凌いでたんですが、支払い額がどんどん増えてしまいまして。」
「分割にするほど苦しいのに、まだカードを利用していたってことね。」
「育児費は支払いに消えますし、それを補填するために仕方なく…。」
「それは大変ね。」
「またいい環境で子育てをしたくて、新しいマンションを買おうと思ってるんですが。」
「嘘でしょ?その状態でローンが通るわけないわ。」
「今、審査中です。」
「だったら安心ね。まず審査に通らないから。」
「実家の援助があると思ってたんです。でも潰れてしまったみたいで。」
「前の会社はね。」
「え、今は新しく会社を起こして頑張ってらっしゃるわ。」
「知らないんですけど。」
「そりゃそうでしょう。絶縁したんだから。」
「儲かってるんですか?」
「最初に聞くのはそれ?どんな会社なのかとか、そういうことは気にならないの?」
「はい。利益がいくらなのかが知りたいです。」
「本当に救いようのない人ね。」
「ミルクも買えないんです。切羽詰まってるんですよ。」
「ずるいわね。」
「何がですか?」
「孫がお腹を空かせてるのに、一文も出さない祖母みたいな悪役にしようとしてる。」
「そんなんじゃありません。」
「じゃあカード明細を見せて。ちゃんと生活費に消えてるなら、ミルク代くらいあげるわ。」
「それはちょっとプライベートなことなんで。」
「見せたくないから見せられないんでしょ。」
「分かりました。送ります。」

翌日、エトから空美に連絡が入った。
「母さん、リリカからカード明細が来ただろう。俺もこんなに生活が苦しくなってるなんて知らなかったんだ。助けてくれよ。」
「どこかの政治家塗りの明細ね。これで何を判断しろって言うのよ。」
「俺も知らなかったんだけど、結婚前からクレジットカード五枚くらいを限度額まで使ってたらしいんだ。」
「ええ?」
「母さんが出資して、リリカの親父さんも新しく会社を立ち上げたんだろ。親同士が仲良くしてるなら、俺たちのことも許してくれるってことだよな。」
「違うわ。私たちはビジネスの関係よ。理念に共感したからお金を出した。」
「それだって?いつまでそうやって意地を張るんだよ。本当は孫に会いたくて仕方ないんだろう。いい加減素直になれよ。」
「何を言ってるの?私は単に孫に会いたいだけじゃなかったのよ。」
「嘘つけ。」
「あなたが家庭を持てるまで立派になって、出産という辛くて尊い偉業を成し遂げたリリカさんに感謝と祝いを伝えたかっただけ。孫なんて二の次よ。」
「じゃあもう和解したっていいじゃないか。」
「私は子育ての失敗の責任を取らないといけない。ここで甘やかせば、あなたの子供が不幸になる。」
「ミルクが飲めないことが不幸だろう。」
「まずは黒塗りしてない明細を見せなさい。話はそれからよ。」
「分かったよ。」

翌日、空美は明細を見てため息をついた。
「明細見たわ。子どもを託児所に預けて、二人で飲み歩いてたみたいね。」
「育児のストレスで…。」
「便利な言葉ね。ストレスと言えば何でも通用するなんて、今の人たちは羨ましいわ。」
「お酒飲むから母乳があげられなくて、ミルク代がかかるんです。」
「普通の母親は酒を飲まずにミルクを買うのよ。」
「でもストレスが…。」
「知らない人に預けられてる我が子のストレスは考えたことないの?」
「今はどうせ何も分かってないし。」
「違う。子供はちゃんと分かってる。ママに触れた分だけ安心してスクスク育つの。」
「子供が生まれたらこんなに不自由だなんて思わなかったんです。」
「そうやって愚痴って泣きつけば、誰かが助けてくれると思ってるわね。」
「父の連絡先を教えてください。携帯も変わって連絡も取れないんです。」
「教えてもいいけど、助けてはくれないわよ。」
「どうしてですか?」
「出資の条件は、娘に手を貸さないことだから。」
「そこまでやる?こんなの単なる嫁いびりじゃない。」
「そう思うなら思ってればいい。そして、私たちがここまで厳しく接しているか理解できる日まで、恨み続ければいいわ。」
「お願い。今月でカードが使えなくなるんです。支払いができないとブラックリストに乗っちゃうの。」
「おめでとう。その方があなたのためよ。」
「一万でいいから貸して。」
「あなたに貸すお金はない。ミルクが買えないなら、今すぐ働いてきなさい。」
「けち。早くあの世へ行け。そしたらあんたの遺産で遊んでやるんだから。」
「言い忘れてたんだけど、お金はもうほとんどないわよ。」
「は?嘘でしょ?」
「数えきれない企業や芸術家、各種団体に寄付をしてる。」
「何やってくれてんのよ。私のお金でしょ。」
「どこでどう勘違いしたのか知らないけど、私が父から相続した私のお金よ。どう使おうが、あなたに文句を言われる筋合いはない。」
「どうしよう。あと数年も生きるわけないと思って、遺産で何を買おうか夢見てたのに。」
「ごめんなさいね。お医者さんに褒められるくらい健康なのよ。まあ、私が亡くなったとしても遺産はほとんどないけど。」
「ひどい。訴えてやる。」
「あら、退屈してるから裁判なんてワクワクしちゃう。楽しみに待ってるわね。」
「ねえ、お願い。助けてよ。」
「余計なことは言わない。金は稼ぐものなの。遺産で遊んでる奴に言われたくないわ。私も若い頃は夫と二馬力で働いてた。貧しかったけど、毎日笑って楽しかった。」
「それでもお金がある方が幸せよ。」
「どうかしらね。それは自分で確かめなさい。」
「お願い。見捨てないで。」
「汚いババーは消えるわ。綺麗な世界でお幸せに。」

数ヶ月後、空美の元に、エトの父から手紙が届いた。
「空美さん、おかげ様で事業は順調です。本当にありがとうございました。」
「障害者を雇用したお弁当屋さんのフランチャイズが、素敵な事業だと共感したからです。」
「はい。私の弟はダウン症でした。料理はすごく得意なのに仕事につけなくて、ずっと辛い思いをしてきたんです。今は弟も生き生きと働いてくれてますよ。」
「素晴らしいことですね。」
「野菜を切るなどの単純作業ならできるという障害者は少なくないんです。先日お店に行ったら行列ができてて諦めました。」
「来てくださったんですか?お弁当くらいならいつでもお届けしますよ。」
「いいえ。ちゃんと並んで買います。ありがとうございます。」
「娘さんやお孫さんに会いたくなりませんか?」
「いいえ、と言ったら嘘になりますが…。あいつが大人として、親として一人立ちできるまで手を貸してはいけないんだと、妻とも話しています。」
「親ですもの。心配ですよね。」
「私だってそうです。たった一人の身内ですから。」
「でも私は思うんです。私たちは愛情を込めて子育てをしてきましたよね。」
「ええ、もちろんです。」
「それはきっと次の世代にもつながるんだと信じたいんです。」
「そうですね。私もそう思います。今頃はきっと親子三人で笑ってる。そう信じましょう。」

その後、息子夫婦はあれからクレジットカード五枚分、合計三百万ほどの借金を返済するために、子供を保育園に預けて夫婦共働きで働いているそうだ。夜は一日交代でお互いが子供の面倒を見て、エトは夜間の建設現場、リリカはスナックでダブルワークまでしているらしいので、ミルクは買えていると思う。

しかし、最近の若い人は、こうして私生活を赤裸々にSNSに投稿するものなんですね。

空美は宣言通り様々なところへ寄付や出資をし、あとは年金で細々と暮らしていくのみとなった。たまに寄付した全国の方々がお礼の品を送ってくれるのが密かな楽しみだ。我が子や孫に会えなくても、元気で笑顔でいてくれたらいい。お金を手放して、心からそう思えるようになった。

さて、今日もお気に入りのお弁当を買いに行こう。

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