五年ぶりに電話が鳴った。相手は、私が必死に母親になろうとした継子だった。開口一番、彼は言った。「母さん、明日が結婚式だ。1000万円、ありがとうな」— 私は何も払っていない。彼の父親は経理部長として会社にいた男で、私はその会社を辞めていた。なぜ私の名前で金が払われたことになっているのか。問い詰めると、彼は笑いながら言った。「お前の顔を立ててやったんだよ」—…
「母さん、明日が結婚式場だ。1000万円、ありがとう。お前も役に立つんだな。父さんも感謝してたぞ」 電話の向こうで、五年ぶりに聞く継子の声が、そんな言葉を並べた。私は一瞬、何を言われているのか分からなかった。 「え? 何を言ってるの? 私、何か間違ってる?」 「何を意味の分からないことを言ってるんだ。俺が感謝してやってるんだから、素直に受け取れよ」 「ちょっと待って。あなた、結婚するの?」 「そうだよ。相手はとある会社の社長の令嬢でな。俺にふさわしいお嬢様だ」 「そう…もうあなたも結婚する年になったのね」 「もう27だからな。あんたと離れ離れになってから、もう5年も経つのか」 「あなたは順調に、ババアへの階段を登ってるって感じだな」 「ここ5年で、ずいぶん口が達者になったのね。一緒に住んでた時は、まともに口も聞いてくれなかったのに」 「当たり前だろ。俺とあんたは赤の他人だぜ」 「結婚したんだから、一緒に住むのは当然でしょ。まあ、友のりは再婚で、あなたは前の奥さんとの間にできた子供だから、混乱するのも当然だと思うけどね」 「あんたは俺の前ではいい母親を演じてたけど、俺はあんたのことを母親だなんて、これっぽっちも思ってなかった」 「演じてたわけじゃないわ。私は心から、あなたの母親でありたいと思って接してたのよ」 「そういうのがマジでキモかったんだよ。あんたみたいな地味でつまらないババアが母親だなんて、考えたくもなかった。俺の母さんは、もっと美人で自慢できる存在だったからな」 「そうなんだ…できるだけ最初は、あなたと仲良くなれるように頑張ったけど、結局最後まで無理だったわね。あなたとは親子にはなれなかったと思ってる」 「そりゃそうだよ。…でも、それでもあんたは式場を払ってくれたんだな。まあ、かなりの物好きだよ。でも俺は感謝してるぜ。母親とは思わないが、使い勝手のある存在だと認識を改めてやるよ」 「いいえ、それはしなくていいわよ」 「は? せっかくの申し出を断るのか」 「別に、使い勝手のいい存在なんて思われたくもないし。それに私は、あなたに感謝されるようなことはしてないしね」 「何を言ってるんだ? 式場を払ってくれただろう」 「払ってないけど」 「あ?」 「他人の式場なんて払うわけないでしょ。しかも1000万円よ。今もらってる給料じゃ、そんなの無理よ」 「そういや、会社を辞めたんだってな。父さんと同じところで働いてたのに」 「そうよ。経理部長である、あなたのお父さんと会社で顔を合わせるのが嫌だったから、自主退職したのよ。給料は下がったけど、私は自分のしたことを後悔してないわ。ただ、1000万円なんて払える余裕はないわよ」 「マジで…? でも父さんがそう言ってたぞ。友のりが払ったって」 「ちょっと待ってて。私が直接、話を聞いてみる」 「連絡、取れるのか?」 「ブロックはしてたけど、さすがにこんな嘘をどうして言ったのか気になるから、連絡するわよ」 — 十分後、私は元夫に電話をかけていた。 「友のり、結婚式の話はどういうことなの?」 「おいおい、いきなり連絡してくるなよ。こっちは今、バタバタしてるんだから」 「そんなの知らないわよ。いきなり私を変なことに巻き込まないで」 「敬語から聞いたのか?」 「そうよ。いきなりお礼を言われて、びっくりしたわ」 「あいつ、なんでそんなことを…」 「それはこっちのセリフよ。なんで私が敬語の式のお金を払ったことになってるのよ」 「それでお前に何か不利益があったのか? 別にお前が払ったってことにしておけばいいだろう。何の問題もないんだし」 「嫌よ。気持ち悪いもの。しかも1000万円でしょ。意味が分からないわ」 「お前の顔を立ててやったんだけどな。そんな俺の気遣いも分からないのか」 「…お前と離婚してよかったよ」 「それはこっちも同じ気持ちよ。あんたと別れて、今とっても幸せだから」 「かっこつけやがって。会社も辞めて、たった一人でつまらない人生を歩んでるだけだろ。それのどこが幸せなんだよ」 「勝手に人の人生を決めつけないでもらえるかしら。それよりも、あの1000万円ってのは何なのよ。そもそも、式に1000万円もかけたの?」 「当たり前だろ。相手は社長令嬢だぞ。とんでもないVIPたちも式には来るんだ。それなのに、恥ずかしい式なんてやってられない。だから、あいつなりに色々と頑張ってたんだ」 「でも、1000万円なんて、どうやってあなたが稼いだものなの?」 「決まってるだろう。俺が稼いだんだ」 … Read more