母さん、結婚式の費用、六百万円も出してくれて本当にありがとう——そう言われた瞬間、私は心から嬉しかった。でもその直後、弘樹はこう告げた。「でも、家族の意向で母さんは式に呼びません。そもそも、弘樹の親を名乗ること自体おこがましいんですよ」。私は由美さんから電話で「あなたのような底辺には来てほしくない」と言われた。必死に貯めた六百万は「一日で稼げる程度のお金」と笑われ、それでも私は息子のために欠…

母さん、結婚式の費用、六百万円も出してくれて本当にありがとう。 いいのよ、少しでもいい式になればね。 これで本当に素敵な式ができそうです。 でも、家族の意向で母さんは式に呼びません。 え?何を言ってるの? 母さんもいい式にしたいと思ってるんですよね。 もちろんよ、そのためにあなたに頼んだんだから。 でしたら、式には来ないでください。母さんが来ると式が台無しになるんで。 ちょっと待ってよ、私が参加できないなんてありえないわ。私は弘樹の晴れ姿を心から楽しみにしてるんだから。 申し訳ないですけど、あなたに参加する資格はありませんよ。 そもそも、弘樹の親を名乗ること自体おこがましいんですから。 どういうこと? あなたは離婚して、弘樹とは別々に暮らしてたんですよね。 そうね。 弘樹のお父さんは、そこからずっと一人で育ててきたんです。だからお父さんは式に出てもいいですけど、あなたにその資格はないですよ。 もしかして、お金を払えば参加できると思ってました?そんなわけないですよね。 親としての責任を、あなたは全部放棄してたんです。そんな人を親とは呼べませんよ。 離婚したのは確かに私が悪かったわ。それは認める。でも、放棄したわけじゃない。私だって弘樹のそばにいたかったんだから。 今さらそんなことを言っても意味ないですよ。あなたは実際に弘樹を見捨てて、一人で暮らしてたんだから。 結婚式の費用の六百万を用意したのは立派だと思いますよ。でも、だからって参加させるわけにはいきません。 どうやってその金を集めたのかは、あえて聞きませんけどね。でも、どうせ借金しまくって集めたんでしょ。 そんな貧乏人に、私たちの式に来てほしくないんです。どうかご遠慮ください。 待ってよ、それって弘樹も知ってるの? 弘樹には俺から説明しておきます。あなたも弘樹のことを思うなら、不参加でお願いしますね。 五時間後。 弘、さっき由美さんから連絡があったの。 もしかして、お金のことかな?本当にありがとうな。こんな時に親を頼るなんて、社会人として情けないよ。 そんなのいいのよ。私としては、あなたの力になれて嬉しかったんだから。 それでも、あんな大金を払わせるなんて申し訳ない。 それは別にいいんだけどね。由美さんから、式には参加してほしくないって言われて。 え、なんで? 俺には、お前の親を名乗る資格はないって言われたんだ。 そんなバカな。あいつは何を言ってるんだ? 最初は私も反発したわ。だって、あなたの晴れ姿を見られるのを心から楽しみにしてたからね。 でも、冷静になって考えたら、由美さんの言ってることも分かる気がしたの。 確かに、どんな顔して参加すればいいのかって。 母さん、何をバカなこと言ってるんだよ。 父さんと離婚したのは、確かに残念だったよ。でも、俺は今でも父さんも母さんも、どっちも大好きなんだ。 父さんには感謝してるし、母さんのことは尊敬してるんだよ。 今の俺があるのは、母さんがいたからだってのは、すごく大きいんだ。 俺にとって母さんは目標でもあるし、そんな母さんには、俺が結婚した姿をちゃんと見てほしいんだ。 嬉しいわ。そう言ってくれるなら、私もやっぱり式には参加したい。 あなたの一生に一度の晴れ舞台だからね。 それに、六百万なんて大金を出してもらっておいて、そんなことを言うなんてどうかしてるよ。 向こうからすると、六百万なんて大した額じゃないんじゃない?だって、向こうのお父さん、会社を経営してるんでしょ? それはそうかもしれないけどさ。 分かったよ。式のことは俺に任せて。 本当にいいの? もちろんさ。母さんには絶対に参加してもらう。だから、そのつもりで準備しててくれよ。招待状も必ず送るからさ。 ありがとう。そう言ってくれて、本当に嬉しいわ。 翌日。 突然のご連絡、申し訳ありません。夕紀の母の秋子と申します。夕紀から連絡先を教えてもらいました。初めまして。いつも息子がお世話になっております。 こちらこそ、いつもお世話になっております。それで、今日はどういったご要件で? それが、ちょっと困った事態になっておりましてね。 弘樹君が今、喧嘩をしてるんですよ。その原因が、あなたであることはもちろん分かってますよね。 … Read more

21 September 2026

式が終わった翌日、親友の探偵事務所のドアを開けた瞬間、私は震えていた。「夫の調査をお願いしたくて」と言ったけど、心のどこかでまだ信じたくなかった。式の最中、平はずっとスマホばかり見ていて、私と一度も目を合わせなかった。披露宴でも上の空。写真撮影のときも、挨拶のときも、隣にいる私の方を一度も見ようとしなかった。そして式の翌日、「新婚旅行はちょっと待ってくれ」と言い出したかと思えば、次の日には「…

式が終わった翌日、晴菜は探偵の元を訪れていた。付き合いの長い親友に頼み込む形だ。 「あい、結婚式が終わってすぐにこんなお願いするのも気が引けるんだけど、夫の調査をお願いしたくて」 「はあ。調査したばっかりだよね。何があったの?」 「実は昨日の結婚式で、周辺の様子がおかしかったの」 「おかしいって、どんな感じ?」 「式の最中もスマホばっかり気にしてたし、披露宴も上の空だった。私と目を合わせようともしなかったの」 そう言われてみれば、確かに彼の様子はどこか変だった。写真撮影のときも、挨拶のときも、隣にいるはずの晴菜の方を一度も見ようとしなかった。 「怪しいけど、それだけ?」 「それだけじゃないの。式のあと、平が『新婚旅行はちょっと待ってくれ』って言い出したの」 「は? 新婚旅行を延期するってこと?」 「そう。仕事が忙しいって言ってたけど、それ絶対おかしいよ。新婚旅行なんて、最初から休みを取ってるはずじゃん。だから『それなら新婚旅行はどうするの』って聞いたら、『お前うるさいな。そんなのいつでもいいだろ』って」 結局、その翌日には、「旅行は行かない」と一方的に言い放ったらしい。それからというもの、平の態度は急に冷たくなり、今日も帰ってこない。 「それで怖くなって。なんか性格が変わったっていうか、すごく冷たいの。もしかして浮気してるんじゃないかって」 交際中は何もなかった。思い当たるふしもなかった。ただ一つ、気になることがあるとすれば、平が結婚式に実家の人間を一切呼ばなかったことだ。 「実家と仲が悪いから、式に呼ばないでくれって言われてたの。家庭環境が複雑みたいで」 「ますます怪しいじゃん。言えない理由とかあるのかな」 「やっぱり、こんなことで調査なんてお願いするの、ダメよね」 「そんなことないよ。むしろ違和感は早いうちに潰そう。我慢して家族続けるのが幸せじゃないことくらい、あんたがよく知ってるでしょ」 晴菜はうつむいた。確かに、親の不仲を子供の頃から見て育った。我慢が美徳なんかじゃないことを、身に染みて知っている。 「私、結婚に向いてないのかな」 「向いてるとかそういう話じゃないよ。少なくとも、そう思わせちゃう旦那も旦那だし。すぐ調べてみるから、ちょっと待ってて」 「ありがとう」 「あんたとは施設時代からの付き合いじゃん。これくらい、お安い御用よ。まずは旦那の行動を監視するね。何か動きがあったらすぐ連絡する」 翌日、晴菜のスマホに平から連絡があった。 「なあ、はるな。ちょっと話があるんだけど」 「何?」 「実は俺には、本命の彼女がいるんだ」 一瞬、何を言われているのか分からなかった。 「え? ちょっと何言ってるの?」 「まあ、話は最後まで聞けって」 平は何の悪びれもなく、さらりと言ってのけた。 「まず安心しろよ。お前と結婚したんだから、お前が正妻だ。法的にも社会的にも、お前の方が立場は上だ。だから文句を言うなよ。これから先の生活で、お前は優遇されるんだから」 「どういうこと? 本命彼女がいるのに私と結婚したの?」 「そうだよ。でも、お前は正妻だから法的に守られてる。だから問題ないだろう」 「問題ないって、大問題なんだけど。浮気を認めろってこと?」 「浮気っていうか、法律上はお前と結婚してる。心は彼女と結婚してるって感じだな」 「意味が分からないんだけど」 「そのままの意味だって。あ、お前も別に外に男作ってもいいぞ。その方がフェアだし」 信じられなかった。晴菜は目の前が真っ白になるのを感じた。 「何なの? 結婚式で上の空だったのは、パフォーマンスか何かだと思ってたの?」 「そうそう。ただの形だよ。それでさ、俺に本命の彼女がいることは分かったろ。だから旅行は彼女と行く」 「はあ。ふざけてるの?」 「うるせえな。いいから新婚旅行の費用を振り込め。二人で行ってくるから」 晴菜は言葉を失った。呆れて、笑いも出ない。 「結婚式でいい思いしたんだから、いいだろう。それくらい譲れよ」 「譲れって、何を?」 「お前は行かなくていいよ。こう見えても、お前は優遇されてるんだぞ」 「これのどこが優遇されてるのよ」 「まあまあ、法的に新婚なのは俺とお前だろ。だから新婚旅行の費用はお前が払うべきだ。俺は彼女と行くけどな」 「それっておかしくない? 私、行かないのにお金は払えって」 … Read more

21 September 2026

その電話が鳴ったのは、深夜の2時を回った頃だった。「あんた、何やってるの?今すぐ荷物まとめて出て行って」。寝ぼけまなこでスマホを見ると、画面には妻の名前。リビングの時計は午前2時13分。仕事帰りに飲んでいただけなのに、家に帰ったら玄関の鍵が開かなくなっていた。ドア越しに聞こえたのは、「浮気したでしょ。写真、全部見たから」。頭が真っ白になった。違う、あれは元同僚で、ただの相談相手で。でも写真に…

二人のテーブルを挟んで、俺の言葉はカトの顔に落ちた。ちょうど一週間前、上司から伝えられた海外出張。十日後のニューヨーク行きは、俺にとって光でもあり、重荷でもあった。 「ねえ、本当に大丈夫なの? あんた一人で暮らしてけるの? 」 カトが何度も確かめるように言う。テーブルの上で組んだ指に力が入っているのが分かる。 「大丈夫だって。俺もう三十だしな。飯だって作れるし、洗濯だって自分でやるよ」 「そうだよね。ごめんね、心配性で」 「心配しなくていいよ。それに、ちゃんと夢だってあるし」 俺は軽く笑って見せた。 「そうだね。ミュージシャンになるんだもんね。あんたのギター、私が大事にしとくから」 「ああ、それはありがたい……って、ちょっと待って。そのことなんだけどさ」 言葉を止めて、俺はカップのコーヒーを見つめた。カトが首を傾げる。 「なに? 急に改まって」 「実は、な。俺、ミュージシャンの夢、諦めることにしたんだ」 「……え? 」 その言葉を聞いた瞬間、カトの顔から表情が消えた。いや、驚きと困惑で固まったという方が正しいかもしれない。 「あんた、何言ってるの? どれだけ練習してきたと思ってるの? あのバンドだって、もうすぐライブ決まってたじゃない。私、絶対見に行くって言ったでしょ」 「分かってる。でもな、周りにも現実見ろって言われてさ。もう三十だぞ。そろそろ真面目に働かないと、と思うようになったんだ」 「カイトらしくないよ。あんなに楽しそうにギター弾いてたのに」 「夢だけじゃ食っていけないんだよ。それに、カトにも迷惑かけてるし」 「私は迷惑だと思ったことなんて一度も――」 「カトはよくやってくれてるよ。俺が身勝手なだけだ。だから、正社員になれるように就活する。もう決めたことなんだ」 そう言うと、カトはしばらく沈黙した。十分に長い沈黙だった。やがて、彼女は深く息を吐いて、静かに頷いた。 「……分かった。カイトがそう決めたなら、私は何も言わない。でもね、私にできることがあったら何でも言って。応援するから」 「ありがとう。じゃあ、さっそくなんだけど……スーツ、買ってくれないか? 就活用に必要でさ。俺、一枚も持ってないんだ」 「それは確かに必要だね。いくらくらい貸せば足りる? 貸す、じゃないけど、協力するって意味で」 「とりあえず五万。いや、五万あればスーツくらいは買えるだろ」 「分かった。帰ったら渡すね」 「悪いな。必ず返すから。出世したら十倍にして返すからさ」 「あはは、楽しみにしてるよ」 カトはそう笑った。その笑顔が、なんだか少し寂しく見えたのは、気のせいだろうか。それとも、もうこの時点で何かがずれ始めていたのだろうか。 それから一週間。俺は毎日のように就活に明け暮れていた。スーツを新調し、履き慣れない革靴を痛めないように歩き、何社も何社も会社を回った。そんなある日の夜、携帯が鳴った。カトからだ。 「もしもし、どうした? 今面接終わったばかりで、今から帰るところだ」 「……カイト、嘘ついてない? 」 電話の向こうから聞こえてきた声は、想像以上に低く、冷たかった。何を言われたのか、最初は理解できなかった。 「は? 何言ってんだよ、急に」 「今日、仕事中に大きな声で言ってやったじゃない。私、あんたの写真見たんだよ。昼間から知らない女性と、外で飲んでるところを」 「……何の写真だよ。俺は今日一日中、面接だったんだぞ」 「嘘だよね? 慰謝料、これで終わりにしてもらうから。いや、終わりにしたくなくて嘘ついてるんでしょ? 面接に行ったご褒美だって、ふざけたこと言って」 「ああ、あの写真か! あれはな、受かったら祝ってもらおうと思ってな。就活力って金がかかるだろ。電車代だって高いし、スーツ着て汗かくから制汗シートだって必要だし、タバコの匂いがつくから消臭スプレーも、場所によっては香水が必要なこともあるんだ。わかってくれよ」 「そんなこと言ってないでしょ! 私はあんたが昼間から女の子と飲んでたってことと、ホテルに入ったところまで見たって言ってるの! 」 … Read more

21 September 2026

昨日、結婚式が終わったばかりなのに、夫から「新婚旅行をちょっと待ってくれ」と言われた。仕事が忙しいからだと。でも新婚旅行なら仕事は休みのはずなのに、おかしいと思って聞き返したら、「お前うるさいな、そんなのいつでもいいだろ」と怒鳴られた。式の間もずっとスマホを気にしていて、私と目を合わせようともしなかった。交際中は何も思い当たらなかった。でも彼は実家と仲が悪く、結婚式に呼ばないでくれと言ってい…

あい。結婚式が終わってすぐにこんなお願いするのも気が引けるんだけど、夫の身辺調査をお願いしたくて。 はあ。調査したばっかりだよね。何があったの? 実は昨日の結婚式で、周りの様子がおかしかったの。 おかしいって、どんな感じ? 式の最中もずっとスマホを気にしてたの。披露宴も上の空だったし、私と目を合わせようとしなかったの。 そう言われてみたら、確かに何か様子がおかしかったね。怪しいけど、それだけ? それだけじゃないの。結婚式の後、平が新婚旅行をちょっと待ってくれって言ってきたの。 は? 新婚旅行を延期するってこと? そう。仕事が忙しいって言ってたけど、それ絶対おかしいよ。だって新婚旅行なら仕事は休みのはずじゃん。それで仕方ないから、じゃあいつにするのって聞いたら、お前うるさいな、そんなのいつでもいいだろって怒鳴られたの。結婚式の翌日に。 うん。それで怖くなって。なんか性格が変わったっていうか、すごく冷たいし、今日も帰ってこないの。もしかして浮気してるんじゃないかって。 交際中は何もなかったの? 何も思い当たらなかった。でも、実家と仲が悪いから結婚式に呼ばないでくれって言ってたの。家庭環境が複雑みたいで。まあ、いろんな事情があるんだろうけど、詳しくは教えてくれなかったわ。 ますます怪しいじゃん。言えない理由とかあるのかな? やっぱりこんなことで調査なんてお願いするの、変かな。 そんなことないよ。むしろ違和感は早いうちに潰そう。我慢して家族続けるのが幸せじゃないことくらい、あんたがよく知ってるでしょ。 うん。私、結婚に向いてないのかな? 向いてるとかそういう話じゃないよ。少なくともそう思わせちゃう旦那も旦那だし。すぐ調べてみるから、ちょっと待ってて。 ありがとう。 あい。あんたとは施設時代から一緒だったじゃん。これくらいお安い御用だよ。任せて。まずは旦那の行動を監視するね。何か動きがあったらすぐ連絡する。 うん。 翌日、平から連絡が来た。 なあ、はるな。ちょっと話があるんだけど。 何? 実は俺には、本命の彼女がいるんだ。 え? ちょっと何言ってるの? まあ、話は最後まで聞けって。まず安心しろよ。お前と結婚したんだから、お前が正妻だ。法的にも社会的にもお前の方が立場は上だ。だから文句を言うなよ。これから先の生活でお前は優遇されるんだから。 どういうこと? 本命の彼女がいるのに私と結婚したの? そうだよ。でもお前は正妻だから、法的に守られてる。だから問題ないだろう。 問題ないって、おかしいでしょ。浮気を認めろってこと? 浮気っていうか、法律上はお前と結婚して、心は彼女と結婚してるって感じだな。 意味が分からないんだけど。 そのままの意味だよ。あ、お前も別に外に男作ってもいいぞ。その方がフェアだし。 信じられない。何なの? 結婚式で上の空だったのって、パフォーマンスか何かだと思ってたの? そう、そう。ただの形だし。ああ、それでさ、俺に本命の彼女がいるのに結婚してやっただろう。だから旅行は彼女と行く。 はあ。ふざけてるの? うるせえな。いいから新婚旅行代を振り込め。二人で行ってくるから。結婚式でいい思いしてんだからいいだろ。それくらい譲れよ。 譲れって、どういうこと? お前は行かなくていいよ。そういうお前は優遇されてるじゃん。 これのどこが優遇されてるのよ。 まあまあ。法的に新婚なのは俺とお前だろ。だから新婚旅行の費用はお前が払うべきだ。俺は彼女と行くけどな。 それっておかしくない? 私は行かないのにお金は払えって? 何がおかしいんだよ。お前は正妻って立場をもらってるんだぞ。これくらい我慢しろよ。てか、金は実家が出してくれるんだろう。お前は立て替えればいいだろ。お前の名義だから、お前が払うしかねえじゃん。俺はお前にカード預けてないし、俺が払うのは無理だから。お前が我慢しろ。 どうして私がこんなこと我慢しなきゃいけないの? 正妻だからって何? ああ、そんなのも分かんねえの。分かるわけないでしょ。 ああ、そうか。お前は苦労してねえもんな。 何の話よ。 あのさ、俺はな、愛人の子だったんだ。 愛人の子? そうだよ。俺の父親には本妻がいて、そっちに子供もいた。でも父親は俺の母親とも付き合ってて、俺が生まれた。俺も親父の子供なのに、父親の遺産の大半は本妻の子供たちに行ってさ。俺と母親には生活費程度しか残されなかった。本妻の子供たちは豪邸に住み続けて、俺たちは追い出された。虐げられてばかりだったのに。 … Read more

21 September 2026

「ねえ、今日の夕飯またカレー?この前もカレーだったよね。最近手抜きしすぎじゃない?」その一言から、私の長い夜は始まった。食卓には湯気の立つカレーが二皿。私は慌てて「ごめん、じゃあ何がいい?食べたいもの作るから」と答えた。でも夫は「そこを察するのが妻の務めだろ」と吐き捨てた。専業主婦なんだから楽でいいよな、家にずっといられるんだから——そう言われるたび、私はうつむいて「ごめんなさい」と繰り返す…

「ねえ、今日の夕飯またカレー? この前もカレーだったよね。最近手抜きしすぎじゃない?」 「ごめん。じゃあ何がいい? 食べたいもの作るから」 「ああ、そういうのが分かんないんだよ。俺たち結婚して何年目だと思ってる? お前のそういう適当なところがなあ」 「でも、食べたいものなんてその日その日で変わるし…」 「そこを察するのが妻の務めだろ。っていうか、俺の意見を聞いて育ちたいって、お前考えるのをサボるつもりか?」 「え? そんなつもりは…」 「なら自分で考えろよ。俺は毎日働いてやってるんだ。その間、お前は家で何してんだ? 専業主婦なんて楽でいいよな。家にずっといられるんだからよ。なのに、そんなことすら自分で決められないとか、甘えてるんじゃないか? なめてるのか?」 「…ごめんなさい。ちゃんと作るね」 数時間後。 「やっほー、みさ。来週、暇? ランチどう?」 「ありがとう。行きたい。…あ、ごめん、夫に確認してからでもいい?」 「え? ランチの予定も許可を取るの?」 「うん。だって、私、専業主婦だからさ。何かと連絡しておかないと、後で面倒なんだよね」 「まあ、そういうものなのね…」 「でも、最近ちょっと疲れちゃってるかも。夫が仕事で忙しいのは分かるんだけど…」 「おー? 何があった? 私に聞け」 「うーん、愚痴ってもいい? 夫が最近、やたら家事に厳しくてさ。『手抜きするな』『もっとちゃんとしろ』って」 「うわ、何それ? 何様だってんだよ」 「今日なんて、家にいるんだから同じメニュー作るなって言われて。『献立を考える努力を怠ってる』って、2時間くらい説教されたのよ」 「2時間? それ、ひどくない?」 「まあ、まだ今日はマシだった方よ。この前なんて、風邪で寝込んで掃除ができなかった日があってさ。そしたら『家にいるお前が一番部屋を汚してるのに、後始末もできないのか』って怒られて。さすがに後で謝ってくれたけど」 「…みさ、それ、普通じゃないよ。掃除ができなかった理由、ちゃんと話したの?」 「話したわよ。でも『言い訳するな』って言われて終わり。体調が悪いって言ってるのに」 「どう考えてもおかしいわ。普通は理由を聞くものだし、体調不良なら心配するでしょ。それ、完全にモラハラじゃん」 「でも、暴力があるわけじゃないし。まだマシだと思うんだよね」 「マシ? みさ、おかしいこと言ってる自覚ある? DVがないのは当たり前なんだよ。あんた、洗脳されてない?」 「洗脳…? そんな大げさな。…私の実家がDV家庭だったから、そういう基準がおかしいのかな。分かってはいるんだけど」 「あんた、それ洗脳されてるって言うんだよ」 「でも夫って、嫌なことを言ったらちゃんと謝ってくれるし、反省もしてくれるの。心配性だから、どこに行くとか、誰といるとか、細かく聞いてくるけど。無関心で無視されるよりは、愛されてるって思えるじゃない?」 「…それ、愛されてるんじゃなくて、支配されてるんだよ」 「そんなこと…」 「まあいいわ。今話しても信じないだろうし。でも、ひとつだけ言わせて。もしもの話を考えるなら、みさには経済力が必要よ」 「経済力? 離婚する気はないけど…」 「今考えてなくても、必要になることもあるかもしれないでしょ。とにかく、まずは自分で稼げるようになったら? みさ、昔ウェブデザイン学校に行ってたんでしょ? それで在宅のフリーランスをやってみるってのはどう? 家にいたら、夫にも『家にいるんだから』って文句を言われることも減るかもしれないし。ほら、『暇なんだから仕事しろ』って言われたら、『それなら仕事する』って言い返せるでしょ」 「確かに…。家事もやりつつ、できる範囲でなら、やってみようかな」 … Read more

21 September 2026

塾が終わった午後9時、いつも通り迎えに来るはずの母に「絶対に来ないで」と告げた。理由を問い詰めると、娘はこう言い放った。「ブクブク太った人が母親だって、みんなに見られたら私が恥をかくんだよ」。その夜、夫にも「豚の餌を買うために仕事してるんじゃない」と言われ、私は家族の中で自分の存在価値を完全に否定された。体型を理由に、実の娘と夫から同時に人格を踏みにじられるなんて、夢にも思わなかった。二人は…

あや、もう塾は終わったの? 終わったよ。 じゃあ早く帰ってきなさいよ。さすがに遅すぎるわ。 友達とちょっと喋ってただけだよ。 もう最近は物騒なんだから、気をつけないと。 はいはい。分かってるって。うるさいな。何でもかんでもいちいち口出ししてこないでよ。 何でもかんでもじゃないでしょ。こんなに遅くなるなら事前に連絡しておいてよ。こっちはご飯を作って待ってるんだから。 そんなの知らないって。 今から迎えに行くから、場所を教えて。 だめよ。絶対に来ないで。 なんで?何か後ろめたいことでもあるの? そんなのないから。 じゃあなんで? お母さんを友達に見られるのが恥ずかしいんだよ。 え? なんでそんなにブクブク太った人が母親だって、みんなに見られたら私が恥をかくって分からないの? ブクブクって、そんなに太ってる?ひどいわよ。 マジで最悪なくらい太ってるから。昔は服が着こなせたくらいだったからまだ良かったけど、今のあんたはマジで見てられないから。 そこまで言わなくてもいいじゃない。 それくらい言わないと、自分では気づかなかったんでしょ。だからはっきり言ってあげてるのよ。あんたの存在は私にとって恥なんだから。私はもっと美人で、モデルみたいな人が母親でいて欲しかったわ。 でも、しっかり食べることは健康的な体作りには必要だと思うの。私は気にしなさすぎだけど、あなたは気にしすぎよ。いつもダイエットとか言って、ご飯をちょっとしか食べないでしょ。それだといつか倒れたりするかもしれないわよ。 うるさい。今はそんな話はしてない。私の母親を名乗りたいのなら、その見た目をなんとかして。じゃなかったら、二度と一緒に外を歩かないから。 分かったわよ。とにかく早く帰ってきてね。 10分後。 智宏、ちょっといい? なんだよ。残業だって伝えてただろ。今もまだ仕事中なんだから、連絡してくるなよ。 あのね、私、娘から存在が恥ずかしいって言われちゃって。 どういうことだ? 私が太ってるのが許せないらしいのよ。 ああ、それは俺も同じ気持ちだな。 え、あなたまで? ああ、正直お前のだらしない体にむかついてるよ。どうしてそんなことになってしまったんだ。 私は昔から美味しいご飯屋さんを見つけるのが趣味で、最近は出前でもいろいろなものを注文してるから。 でも、それは友達も喜んでくれてたじゃない。 だとしても、太られるのは全然違う。 あなただってお腹出てるじゃない。 俺は別にいいんだよ。俺は社会で戦っててストレスがあるんだ。 私だって仕事はしてるわ。 単なるパートタイマーのくせに、偉そうなことを言うな。 でも、それは家事をやるために仕方なかったから。 俺が言ってるのは、時間に余裕があってストレスもないくせに、バクバク食って太ってるのが許せないってことだよ。俺は豚の餌を買うために仕事してるんじゃないんだ。 ひどい。それはさすがに言いすぎよ。自分の奥さんのことを豚扱いするなんて。 それが嫌なら痩せてみろ。お前のような奴のために仕事してると思うと気が滅入るんだよ。俺は今、娘の幸せのために仕事をしてると自分に言い聞かせながらやってるんだ。 何よそれ。 お前は我が家じゃそういう存在だってことだ。嫌なら努力をしろ。だらしない奴を俺は妻とは認めないからな。 もういい。 3日後。 みち子、今度の休みにまたご飯に行きましょうよ。どこかおすすめのところない?あなたのおすすめなら間違いないからさ。 ヘルシーなところでもいい? 私は全然いいけど、急にどうかしたの? ちょっとダイエットをしててね。 ええ?なんでまた? さすがに太りすぎてる気がして。 みち子がそんなこと気にするなんてね。でも、あなたの体型は年齢からしたら普通だと思うよ。私も年と共に丸くなってきてるから。 でも、娘と夫から怒られちゃってさ。 … Read more

21 September 2026

「泣いて内定が決まったのよ」——義理の妹・小春からのその一言で、私の日常は音を立てて崩れ始めた。お祝いは今週土曜、私の家で。そう言われた瞬間は、素直に嬉しいと思った。まさか、その場で「下民は上級国民に税金という名の贈り物を納めなさい」と笑顔で言われるなんて、想像もしていなかった。「100万超える高級ブランドって知ってる?当たり前でしょ、うちはお父さんが投資家で資産家だから」。私は必死に貯めた…

姉さん、私、泣いて内定が決まったのよ。そうなの?おめでとう。だから私の家でお祝いすることになったの。いいね。いつやるの?今週の土曜日。招待してあげるから、のどかさんも来てよ。え?私も行っていいの?うん。で、お祝いのプレゼントちょうだい。なんなら今日プレゼントを買って、そのまま渡しに来てくれてもいいよ。え、今日は忙しいから厳しいかも。忙しいとか言う割には連絡取ってんじゃん。いや、今は昼休みだから、土曜日に渡すね。どういうのが欲しいの?化粧品、お洋服、冒金のバッグ。冗談だよね。100万超える高級ブランドって知ってる?当たり前でしょ。ほら、うちはお父さんが投資家で資産家だから。つまり上流階級の娘ってわけよ。だから持ち物もそれなりのものじゃないと。わかる。言いたいことは分かるけど、下民のあんたと違って、私に安いものは似合わないの。その下民からプレゼントをもらうことに抵抗はないんだ?一緒よ。納税よ。下民は上級国民に税金という名の贈り物を納めなさい。どこぞの国のお姫様か何か?お祝いしたい気持ちはあるけど、冒険は買えないです。なんでよ。義理とはいえ私は妹よ。妹が可愛いと思わないの?なら年上かつ義理の姉を敬う気持ちはないのかな?あんたのどこに尊敬できる部分があるの?あんたの一族はみんな地味でみすぼらしくて、まさに貧乏人って感じよね。私だけならいいけど、私の家族や親戚のことまで馬鹿にしないでくれる?すごく嫌な気持ちです。いやいや、嫌な気持ちになったのは私の方よ。本当はあんたたちと身内になりたくなかったけど、お兄ちゃんが連れてきた人だから何も言えなかっただけ。私は小春と仲良くなりたいと思ってたのに、そんな風に思ってたんだね。そういうこと言う人の内定祝には行きたくないな。は?行かないんだったらお母さんに言うから。嫁が妹の私にプレゼントくれないって。なんでそこでお母さんが出てくるの?うちのお母さん嫌いでしょ。私が泣きついたら家に怒鳴り込んでくるかもね。分かったよ。じゃあ土曜日ね。 翌日。はるき、小春ちゃんって何色が好きかな?は?小春の?なんで?いや、小春ちゃんの内定祝のプレゼントを買いに来てて、休みの日の朝から何してるかと思ったら買い物かよ。寝かける時に声かけたじゃない。で、どうかな?限定品のコスメとかがいいかなと思ってるんだけど。いいんじゃね?てかなんで内定祝のこと知ってんの?え?昨日の昼に小春ちゃんから連絡あったよ。てことはお前も来るわけ?そうだけど、行っちゃダメなの?私てっきりはるきと一緒に行くもんだと思ってたよ。いやいや、妹の内定祝に嫁のお前も参加とは図々しいわ。何が図々しいの?普通に誘われたから行こうと思っただけなんだけど。お前、自分の立場とか身分分かってんの?嫁であることは分かってるけど、身分って何?うちを何だと思ってんだよ。悲産家の不裕送だぞ。お前は運よく俺に気に入られたから結婚できただけ。俺の身内になったからって勘違いするなよ。何をどう勘違いするのか分からないけど、そこまで言うなら、はるきがプレゼント渡してくれる?は?なんで俺がお前の言うこと聞かなきゃいけないんだよ。そういうのは自分で渡せよ。男でしかも兄の俺からコスメ渡されたら気持ち悪いだろう。そんなことないと思うけど。そんなに嫌ならやっぱり私も行くべきじゃない。分かったよ。朝寝坊したら置いてくからな。 当日。なんで着いた途端、はるきだけ家に入って私を締め出すの?誰が家の中まで入っていいって言った?は?うちに来ていいのは玄関前まで。家の中にまで上がるなよ。俺たちは今、高級寿司を食ってるところなんだ。分かった。じゃあ玄関先でいいからプレゼントだけ小春ちゃんに渡していいかな。開けたら開けたで空気が汚れるだろうが。そしたらせっかくの高級寿司がまずくなっちまう。ならないでしょ。ああ、ちなみにお前には高級寿司なしな。母さんたちも同意見だ。嫁は玄関で麦茶飲むので十分。じゃあ帰るね。おお、帰れ帰れ。 5分後。はるきから帰れって言われたから帰るね。だからプレゼントを取りに出てきてくれる?プレゼントは置いてって。玄関のドアのところにかけてくれればいいから。いいけど、そこそこいい限定コスメだから盗まれるかもよ。限定コスメ?ふん、すぐ取りに行くからドアのところにかけといて。できるなら直接渡したいんだけど。いとこだから無理。じゃあかけてくね。泣かないで内定おめでとう。はい、はい。 1週間後。ちょっと、あのプレゼント何?限定コスメとか言うから、デュオールとかシャネルかと思ったのに。私が選んだコスメも若い女性に人気のブランドなの。よかったら使ってくれる?きっと使いやすいと思うよ。そんな誰もが持ってるようなブランド嫌なんだけど。だったら自分でお金貯めて買えば?そういう苦労があった方が達成感もあるし、もっと誇らしくなれると思うよ。私だって苦労して内定取ったんですけど。そうだけど、これからはもっと頑張らなきゃ。これ以上何を頑張んのよ。じゃあ、いらないなら返してくれるかな。は、それがお祝いする人の態度?お金を払ってプレゼントを買ったのは私なんだけど。そこまで言うならもらってあげるわよ。ああ、ケチ臭い義理だこと。お金ないケチでごめんね。じゃあ内定祝って。6時間後。小春から聞いたぞ。プレゼント買わなかったんだって。その言い方はちょっと語弊が。ていうかまだ帰らないの?飲み直してんだよ。飲まなきゃお祝いとは言えねえだろう。え、車で来たのにお酒飲んだの?明日仕事だよね。休むからいいんだよ。今日は実家に泊まるわ。そう。くれぐれもお酒抜けてから帰るんだよ。分かってるわ。で、小春に渡すものはないのか?プレゼントは買ったよ。でも小春ちゃんの好みじゃなかったみたいで。はるきでも姉のに小春のこと全然分かってねえな。俺はフラダのクマのキーホルダー買ってやったぞ。10万円ぐらいするやつをな。そうなんだ。太っ腹だね。でもそのお金は私のお金でもあるんじゃない?はあ、なんでだよ。俺が稼いだ金だぞ。私たちは夫婦だから、婚姻中に得たお金は2人のお金だよ。そんな高いお買い物、さすがに一言くらい言って欲しかったよ。10万円は相談するうちに入らないだろう。5万とか10万でいちいち相談するお前の方が異常。いや、はるきの実家は太いかもしれないけど、うちの世帯の収入では要相談です。金銭感覚を一緒にしないでくれる?なんだよ。俺の妹が可愛くないのか。お顔は可愛いけど、中身はちょっと難ありかな。ひどい。結婚相手間違えたかな?どうしたのよ?前はそんなんじゃなかったじゃない。付き合っていた頃はなるべく自炊したり、古着や中古品買って安く済ませたり倹約だったのに。ああ、あれは貧乏ごっこしてみただけ。家賃が払えないって私に泣きついたことあったよね。俺は本当に助けてくれるかどうか試したんだよ。お前は俺のお眼鏡に叶って結婚できたってわけ。はるきがそんな感じだったら私結婚してないよ。お母さんたちだって優しく出迎えてくれた。だから結婚したのに、なんでみんな変わっちゃったの?お前が勘違いしてただけで、元々こんなだよ。勘違いしてるのは、はるきたちの方じゃない。なんでだよ。はるきたちがブランド物を好むようになったのは、お父さんが亡くなってからだったよね。悲しみを物で埋めようとしてるんだよ。だからって高級車を買う?しかも会社の隣に止めるの、すっごい気を使うんだけど。たまたま開会時期だったから別にいいだろう。お母さんも以前はそんなことなかったのに、宝石のアクセサリーを身につけるようになったし。自分の母親が綺麗なのはいいことじゃん。小春も安くてもおしゃれはできるとしてたのに、今は高い服やバッグを持つようになったよね。今まで我慢してただけだろ。明らかにお父さんの遺産使い込んでるよね。それの何が悪いんだよ。お金の使い道は自由だけど、あくまでお父さんが頑張って貯めてきたお金であって、はるきたちが苦労して手に入れたお金じゃないでしょ。うるせえな。何なんだよ。汚い親父のせいで今まで散々我慢させられてきたんだ。別にいいだろう。それとも何だ?羨ましいのか?違うよ。自分たちの努力で手に入れたわけでもないのに偉そうにしないでって言ってるの。でも貧乏人なのは本当のことだろう。確かに私の両親はそんなにお金があるわけではないけど、大学まで通わせてくれたし、普通の家庭だと思うな。学費を出してもらったって借金したんだろ?借りたよ。払うって言ってくれたけど、自分のことだから返してないよ。いや、身近にこうも分かりやすい対象がいるとついつい哀れんでしまうわ。はるきたちのは哀れみじゃなくて見下してるよね。今日だってお寿司どころか家に入れてくれなかったし。お前はスーパーのお寿司で十分だろう。美味しいけど、そういう問題じゃないでしょ。下民のくせに口応えすんな。一般家庭で育った下民のお前は、我が家の恥だ。そこまで言うなら離婚する。お前、俺の助けなしで生きていけるのか?私も働いてるから大丈夫だよ。それもそうか。じゃあ世話になったな。離婚届を書いて置いておくから、帰ったら書いてください。オッケーオッケー。今日はもう酒飲んじまったから明日書くわ。今日は実家に泊まるから。分かりました。じゃあ今から荷物まとめるね。離婚届を書いてくれたら、それを持って出ていくから。俺名義で借りてるマンションだから当然だな。今月分の家賃は半分払うけど、来月からは払わないからね。下民の助けなんていらねえよ。じゃあな。 翌日。高級寿司、美味しかったわね、お母さん。私は食べてないのですが。あ、ごめんなさいね。はるきと小春に送るつもりが間違えちゃった。そうでしたか。話は変わりますが、もう聞いてると思いますけど、離婚することになりました。やっと離婚するのね。良かったわ。そんなに嫌でしたか。他人が無理やり私たちの家族になったのよ。嫌だったに決まってるじゃないの。結婚の挨拶の時や結婚当初は心よく歓迎してくれたと思って嬉しかったのですが。ふりに決まってんでしょ。なぜかお父さんがあなたを気に入ってたから、強く反対することができなかっただけ。だからお父さんがいなくなった後にそんな態度を取るようになったんですか?いつも地味でみすぼらしい見た目のあなたのことだもの。どうせお父さんの財産狙いだったんでしょ。ああ、やだ、やだ。なんて汚いのかしら。どこぞのドンファンの妻みたいだわ。違います。ちゃんとはるきさんのことが好きで結婚しました。どうだか。好きなふりなんていくらでもできるからね。まあ、別れるならいいわ。もう2度とうちに上がることもないならね。だからこの間は家に上がらせてくれなかったんですね。あなたにはローション配合のティッシュー1枚も、3枚重ねトイレットペーパー1cmももったいないもの。お金持ちを自慢する割にはケチ臭いですね。うるさいわね。貧乏人がうちに上がれるだけでも光栄なことなのよ。あの、勘違いしてるようですが、うちは普通の家庭で生活に窮したことはないです。そうかしら。だって両家顔合わせの時、すっごく地味な格好で来たわよね。シンプルなデザインで常識ある服装だと思いますけど。あまりにも地味すぎて、そういうおつむやかと思ったわ。やっぱりね、育ちとか賢さって見た目にも出るのよ。あなたの母親はさちうなさえない妖怪画をしてるし、父親は存在も頼りもない、まったくおっぷりがよく分かるわ。おっぷりって何ですか?まるでダメな男しておよ。ああ、こんな人たちと身内だったなんて。離婚してくれて本当に良かったわ。そこだけは感謝。私だけならまだしも、両親のことを悪く言うなんて、いくらお母さんでも許せません。どう許さないって言うのよ。そんな風に人を見下していたら、今は何ともなくても、いつか必ず報いを受けますよ。呪いでもかけるの?おお、怖い怖い。窮地に陥った時、私は絶対に助けませんからね。誰が見るに堪えない貧乏一家に助けを求めるか。それでは今までお世話になりました。 1週間後。ちょっとのどかさん、どういうことなの?何の用かな?私、今仕事で忙しいんだけど。それどころじゃないのよ。昨日内定先の社長から連絡が来て、名前、お世話になってます。規約に違反したので内定を取り消しますって言われたのよ。ああ、おじさん。なんで身内に社長がいるって教えてくれなかったの?結婚の挨拶とか両家顔合わせの時に言ってよ。いや、社長はおじさんであって、私の親が経営してるわけじゃないからね。嫁入りする側だし、わざわざ言う必要ないと思って。ふざけんな。あんたの父親は工場勤務で、母親はスーパーのパートだって言うから油断したじゃない。何の油断?とりあえず本当に普通の家庭だから。冗談じゃないわ。あんたに騙されたせいでこんな目にあったのよ。騙した覚えはないんだけど。工場って低賃金なんでしょ?身内に社長もいるのに、なんでわざわざそこで働くかな?新卒の初任給の手取り25万円らしいよ。は、おじさんの会社のグループ会社だから、社員の給料も福利厚生も手厚いしいい職場だと思うけど。ならあんたのお父さんから社長に言ってやってよ。内定取り消しを取り消してって。それができないなら、ちゃんと理由を教えなさいよ。え、私関係ないのに。30分後。理由、聞いてみたよ。何だったの?面接官の顔を勝手に撮ってSNSにあげたらしいね。私のアカウント勝手に見たの?今はどこの企業も応募者のSNSはチェックするよ。最低じゃん。最低なのはどっちなの?面接官の顔と服装に点数をつけて批評したものを投稿したらしいじゃない。それの何が悪いの?男の面接官が批評されるような見た目してる方が悪いんじゃん。別に小春に迷惑かけたわけじゃないでしょ。私の目に迷惑かかってんだよ。本人に直接言ったわけじゃないんだから、別にいいじゃん。全世界に晒したよね。それは大袈裟だし、別にいいで済ませられないよ。みんなやってることじゃん。自分のことならいいけど、人のことでしょ。ましてや本人から投稿の許可も得ないんだから。こんな失礼な行為、泣いても取り消されて当然だよ。なんで私だけこんな目に会わなきゃいけないのよ。悪いことしたっていう自覚がないんだね。悪いことしてないんだから当たり前でしょ。だからお願い。可愛い妹の頼みよ。義理の、まだとしても血も繋がってない妹の頼みなんていくらお金を積まれてもお断り。自分でどうにかしてね。待ってよ。5分後。ねえ、お母さん、教えてくれなかったの?突然どうしたの?何をそんなに怒ってるのよ?私の内定先の社長、あの上流階級の女の親戚だったの?え?嘘でしょ?そんなわけがないわ。社長から直接聞いたから本当よ。じゃあラッキーじゃない。社長が身内にいるってことでしょ。アンラッキーだわ。泣いて取り消されたんだよ。腹立つ。なんでそんなことになってるのよ。面接官の顔をSNSにアップしたからだってさ。今時普通なのに。まあ、古い社風ってことよね。そんなところ、内定取り消されても良かったんじゃない?何言ってんの?他のところは全部落ちたから、あの女の親戚の会社しか望みないのよ。ってことは、このままじゃ私、ニート確定ってこと?えっと、バイトでもいいわよ。遺産まだ残ってるし。いやいや、世間体気にしろよ。ていうかお母さんも働いて、遺産あと少しかないんでしょ。あなたたちがそんなに使うと思わなかったのよ。お母さんだってそうじゃん。ケチなお父さんが病気で亡くなりやいなや散財して。いいでしょ。今まであの人に我慢させられたんだから。だからこれは私へのご褒美なの。絶対に働くもんですか?じゃあこれからどうすんの?いい考えがあるわ。はるきに協力してもらうのよ。5分後。はるき、あなたは知ってた?何を?あなたの底辺嫁の身内に社長がいるってことよ。はあ。そんなこと一言も聞いたことねえよ。どうせ嘘だろ。それが本当らしいのよ。小春の内定先の社長が叔父だったんですって。またまたそんな冗談で泣いて取り消されたのよ。あ、マジなの?離婚されることに対する嫌がらせ。そうとしか思えないわよね。本当に性格の悪い嫁だこと。俺がお前を追い出してやるわ。待って。むしろこれはチャンスよ。はるき、その会社に転職しなさい。はあ。なんで?低所得の嫁の身内が社長ってことは、あなたも社長の身内。そこに俺が入れば身内として優遇されるってことか。その通りよ。それに仕事で実績を上げれば、いずれ社長にもなれるかも。それいいな。やっぱりあいつと離婚するのやめるわ。そうしなさい。うまくいったら小春には実家へ仕送りするのよ。もちろん。じゃあちょっと待って、就活してくるわ。頼んだわよ。 翌日。のどか、仕事から帰って疲れてるところに悪い話があるんだ。何?この間は済まなかった。頭に血が登って冷静じゃなかった。離婚は本意じゃないから帰ってきてくれ。もう離婚したけど。はい?そんな嘘だろ。本当。受理通知届いてない?郵便受けなんていちいち確認しねえよ。ていうか勝手に出すなよ。俺了承してねえぞ。したよ。ああ、酔ってて覚えてない。LINE見返してみて。そんなの無効だろ。でも普通に会話できるくらい意識はしっかりしてたし。酔いが覚めてやっぱり離婚したくないって思ったなら、もっと早めに言うこともできたよね。それは忙しかったから言えなかっただけで、離婚したくない。これを打って送信するのに5秒もかからないでしょ。本当に受理されちまったのか?うん。なんでだよ。せっかく会社やめてきたってのに。は?今勤めてる会社をやめたの?そうだよ。お前の身内が経営してるっていう会社に転職しようと思ってたのに、余計なことしやがって。いや、自分のせいだよね。そもそも小春が今やってる業とは全く異なる業種だから、厳しいと思うよ。いや、でも小春の内定を取り消したってことは、まだ1人採用枠があるんじゃないのか。中途は募集してないし、あの後すぐ別の人見つかったって。じゃあ俺はどうしたらいいんだよ。就活したら?私はもう知らないよ。待てよ。それなら再婚しよう。お前にも金持ちの恩恵をもたらしてやるから。結構です。それに言うほどお金に困ってないから。待ってくれ。せめて就職先の口を。おじさんが社長なだけで、私自身は普通の会社員だから無理です。それじゃあもう連絡してこないでください。1週間後。のどかさん、ごめんなさい。私が悪かったわ。だからもう1回泣いてちょうだい。だから無理だって言ったよね。あと仕事中に何回も連絡するのもやめてくれる?ちょっと待って。本当にお願い。今うちはピンチなの。お母さんは働かないし、お兄ちゃんは無職だし。お父さんの遺産があるんでしょ?それも使い果たして。うちにはもうお金がないの。じゃあどうやって生活してるの?実は夜の路上でずっと立ってるお仕事してるの。もう嫌だ、こんな生活。それ犯罪だからやめた方がいいよ。やめたくても、他に即金で高給の仕事ないんだもん。節約して生活してる。普通のティッシュに変えるとか、タクシー移動をやめて徒歩やバスにするとか、生活レベル落とせるわけないじゃん。ねえ、助けてよ。嫌です。犯罪者の身内だなんて思われたくないから。これを最後にブロックさせてもらうね。本当にごめんなさい。のどかさんが身内で良かったと思ってるから。だからお願い、助けてください。翌日。小春を助けなかったんですってね。この人でなし、鬼、悪魔。どうして親子揃って仕事中に邪魔してくるんですかね。いいから助けなさいよ。無理です。内定に関しては私は何の関係もないですし、何よりも離婚したので、そちらとはもう身内でも何でもありません。他人です。困るわよ。うちにはもうお金がないのに。これからどうやって生きていけばいいの?小春の稼ぎだけじゃカツカツなのよ。小春ちゃんが今、何をして稼いでるか知ってるんですか?知ってるわよ。男に媚びる仕事でしょ?それが何?かわいそうだと思わないんですか?仕方ないじゃない。それしか方法がないんだから。方法はありますよ。お母さんが働いてください。親なら子供を養うために働くものです。分かった。なら、あなたの親戚の会社の社長に直談判しに行くわ。え、どういうことですか?お願いですから、迷惑かけるようなことはしないでください。あなたの指図は聞かないわよ。やめてください、お母さん。 1週間後。どうしてあの時、もっとちゃんと止めなかったのよ。だから仕事中だって。ああ、もういいです。あなたの仕事なんてどうでもいいのよ。そんなことより大変なの。何がです?あなたがちゃんと止めてくれなかったせいで、SNSに私が会社に行った様子が拡散されてるの。警察を呼ばれて説教されてるところ。ああ、私も見ましたよ。採用しなさいって叫んで暴れてる動画ですよね。本当に離婚してよかったなって心から思ってます。馬鹿にして。大体、人の姿を勝手にSNSにあげるなんて性格悪すぎよ。あなたの娘さんがしたことと同じことですよ。一緒にしないでよ。あ、もう人生終わりよ。どうしたら消せると思う?なんとかして。私は猫型ロボットじゃないので無理です。前に言いましたよね。今後何があっても助けないって。では、これから会議なので、失礼しますよ、のどかさん。翌日。おい、お前、ふざけんなよ。今度は何?仕事終わりで疲れてるんだけど。今、友人から帰ったら、電子レンジとかテレビとか家のものがまるごとごっそりなくなってたんだけど。ああ、それは私のものだから、業者さんに頼んで私の家に運んでもらいました。いやいや、おかしいだろ。私が結婚前に買ったものだから、何もおかしくないよ。無事なのは冷蔵庫だけ?冷蔵庫だけは結婚後に買ったものだったからね。これだけでどうやって生きろって言うんだよ。別に生きていけると思うけど。そうそう、家の鍵は玄関の靴箱の上に返しておきました。家だけあっても意味ねえんだよ。これから買い揃えればいいじゃない。だから就活中で、仕事も金もないんだよ。だから今月分の高熱費と家賃も払えてないんだ。このままじゃ水も電気も止まって、このマンションからも追い出されちまう。ブランド品を売ればいいじゃない。はるきの車、全部売ったらそれなりのお金になるよ。あれは俺の宝物だから無理だ。そんな代々伝わってないでしょ。とにかくお前が勝手に持っていったもん、全部返せよ。返したとて水も電気も止まるんだから、使えないでしょ。お前に贅沢な生活は似合わないって言ってんの。俺より悪くて生きようなんて絶対に許さないからな。下民は下民らしく生きろ。1つ言わせてもらうね。お金の有無に関係なく、ブランド品が似合う人は似合うの。それはその人が頑張った証だから。何が言いてえんだよ。心が貧しい奴に高級品は似合わないってこと。分かったら車を売って、似合う人に譲って、そして堅実に生きるの。なんで俺がそんな底辺みたいな生き方?はるきは古車で十分。嫌なら一生懸命働いてね。嫌だよ。頼む。お金貸してください。せめて今月分の高熱費と家賃だけでいいから。懐かしい。昔もこうやって頼まれて貸したことあったっけ?あの時ははるきも頑張ってたから貸してあげたけど、今のはきに貸そうとは思わない。何でもするから。じゃあ、自力でなんとかして。2度と連絡してこないで。さようなら。 その後、小春は公園で立っていたところを警察に逮捕されました。多くの女性が逮捕されて大きい事件になったため、ニュースで実名報道されるほどの大きな騒ぎになりました。近所からも親戚からも煙たされ、一家孤立しているようです。1万円の罰金刑と判決を受けましたが、1万円すらも払えず6ヶ月の懲役刑となりました。小春は犯行を上げて就活しますが、小春のせいでどこにも受からないようです。小春も家賃を払えずにマンションを追い出され、実家に身を寄せてそこで就活を始めたようですが、小春と同様、どこも受からないようです。生活が苦しくなった小春と春江が取った行動は、高金利の金融会社からお金を借りることでした。借りたはいいものの、以前の生活を改めず、あっという間にお金は尽き、借金返済ができず、その筋の人たちに仕事を紹介され、今はどこで何をしているかも分かりません。でも、必要最低限の暮らしはできていることでしょう。私はと言いますと、ついこの間ボーナスが出たので、回らないお寿司を両親と食べに行きました。とっても美味しかったです。お金があるのは悪いことではありません。でも、たまに贅沢することでしか得られない幸せがあると思います。この幸せのために、これからも貯金を頑張ります。ご視聴ありがとうございました。動画の評価とチャンネル登録もよろしくお願いします。それでは、次回の動画でお会いしましょう。

21 September 2026

夫が突然「競馬で10万負けた。金がない。迎えに来い」と夜中に電話してきたのは、ごく普通の火曜日のことだった。私はまだ仕事中で、ハルトは家で寝ていた。夫はリストラされてから1年、仕事もせずギャンブルに明け暮れていた。「いい加減にしてよ」と言えば、「うるせえな」と返ってくる。ハルトがもうすぐ中学生で制服代に10万かかると伝えても、「よし、その金を寄越せ。俺が5倍にしてやる」と平然と言った。私は限…

「競馬で10万負けた。金がない。迎えに来い」 夜の電話口で、夫は平然とそう言った。私は仕事中だった。何度同じやり取りを繰り返せば気が済むのか。 「いい加減にしてよ。毎日毎日、仕事もせずにギャンブルばかり」 「うるせえな」 「いつも負けてばかりじゃない。センスがないんだからやめなさいよ」 「大穴を当てて、楽させてやるからさ」 「ハルトはもうすぐ中学生になるのよ」 「だからなんだ。義務教育だろうが」 「制服やら何やらで、10万近くかかるのよ」 「よし、その金を寄越せ。俺が5倍にしてやる」 「……もう、嫌だ」 このやり取りに、私はすっかり疲れ果てていた。夫はリストラに遭ってから1年、無職のままだ。腐らずに頑張ってほしかった。そう伝えると、夫は逆ギレした。 「お前が悪いんだろうが。内の子ってやつが足りないから、リストラされたんだよ」 「私のせいにする前に、やることがあるでしょ。仕事探しはしてるのか」 「してるよ」 「どこが。毎日昼間から酒を飲んで、競馬、競艇、競輪。私も限界よ」 「だったら出ていけ」 「……そうする」 「はあ? なんでだよ」 「あなたが出ていけって言ったんでしょ」 「離婚するってことか?」 「それしかない。1年耐えたけど、もう無理」 「ハルトには父親が必要だろ」 「まともな父親ならね。今のあなたを見て、ハルトが尊敬すると思う?」 「1年無職だっただけじゃないか。俺はやればできる男なんだ」 「じゃあ、やりなさいよ」 「おう、やってやるよ」 「じゃあ、結果が出たら連絡して」 「お前、待ってられないのか? ハルトの気持ちはいいのか?」 「あの子に引くまでもないわ」 「そんなのわからないだろう」 「あの子の貯金箱からお金を盗んだくせに、子供から慕われるなんて、よく言えるわね」 「あれは……俺が返しただろ」 「でも、あの子はすごくショックを受けていた。実の父親が泥棒だなんて、どんな思いだったか」 「いつか返す予定だったんだよ」 「そうやって『いつか』と言っているうちに、年を取って誰もいなくなるのよ」 「じゃあ、俺はどうしたらいいんだ?」 「酒とギャンブルをやめて、真面目に働くことね」 「頼むよ。見捨てないでくれ」 数分後、私はハルトの部屋を訪ねた。 「急に悪いんだけど、今日からおばあちゃんちに行くから、修学旅行で使ったバッグに服をまとめておいてくれる?」 「うん、分かった」 「後で話そうと思ったんだけど……お父さんと別々に暮らそうと思ってるの」 「離婚するってこと?」 「うーん、そうなるかな。驚いたよね。ごめん」 「なんで、もっと早くしなかったの?」 「え?」 「お父さんが仕事をやめてから、お母さんが笑わなくなったの。すごく嫌だった。離婚すればいいのにって、ずっと思ってたよ」 「そうだったんだ……」 「子供がそういうことを言っちゃいけないかなと思って、黙ってたけど」 「大人になったわね、ハルト」 「もう中学生だし。友達の親も、結構離婚してるし」 「そっか」 … Read more

21 September 2026

「今週末、ちょっと家を空けるから」…

「今週末、ちょっと家を空けるから」 まなみはリビングのソファから顔を上げた。夫の健一が、スーツ姿のままスマートフォンを眺めながら言ったのだ。 「最近多くない? どうかしたの?」 「ゴルフ旅行に誘われてしまってな。知り合いの社長さんから」 「そうなんだ」 「向こうは勢いのある企業だから、断れないんだよ。同業だからこそ、仲良くしておかないといけないし」 「別に、嫌なら行かなくてもいいんじゃない?」 「そう言うなよ。こっちは会社を背負う立場なんだ。父さんから会社を任されてるんだから、そのためにできることは何でもやらないと」 まなみはため息をついた。 「あんまり無理しなくていいよ。お父さんだって、プレッシャーをかけるつもりはないだろうし。休日くらいはゆっくりしないと体がもたないよ」 「気遣ってくれてありがとう。でも、やっぱり父さんの後を継ぐってのは、どうしてもプレッシャーがあるんだ。父さんは一台でこの会社を大きくした偉大な人だからな」 「お父さんも『運が良かっただけ』って言ってるよ。コンサル業を始めて最初にうまくいって、そこから人脈が広がったのが大きかったって」 「父さんが作り上げた人脈とノウハウがあるから、俺たちはこの会社で働いていられるんだ」 「それはそうかもしれないけど、あなたが必要以上に背負う必要はないのよ。私だって専務として支えるつもりだし」 「ありがとう。それは本当に心強いよ。でも、甘えてばかりもいられない。会社の中には、『俺が学の旦那だから社長になれたんだ』って言ってるやつもいるみたいだし」 「言いたい人には言わせておけばいいわ。あなたが社長になるのは、父と株主の人たちが決めたことなんだから、そこは胸を張っておけばいいのよ」 健一は肩をすくめた。 「会社が大きくなると、いろんな人が好き勝手なことを言うようになってくるよ。この前なんて、私とあなたが離婚寸前だって噂が流されたりしてたんだぞ」 「そうなの?」 「そうそう。嘘すぎる話だろ?」 「だから周りの意見になんて流される必要はないの。うん。分かってる」 健一は頷いたが、目はどこか据わっていなかった。 「でも、とりあえず今回の旅行には行かせてもらう。約束をしてしまったから、今さらなしにはできないし」 「そうね。でも、気をつけてね」 「何が?」 「そういう旅行で羽を外しすぎるのはダメってこと。さっきも言ってたけど、あなたはうちの社長なの。要は看板だし顔なのよ。そんなあなたが変な騒動に巻き込まれたりしたら、うちの株価とか信頼に直結するからね」 「ああ、それは分かってるよ。俺が変なことをするわけないだろう」 「まあね。それじゃあ、週末は気をつけて行ってきてね」 「ありがとう」 翌日、まなみのスマートフォンが鳴った。父、学からの連絡だった。 「まなみ、今週末にご飯でも食べないか? 健一君も呼んで、妻と私の四人でどうだ? 私の知り合いがワイナリーをオープンしたんだよ。そこにはレストランも併設されていて、とても美味しいと評判なんだ」 「へえ、そうなんだ」 「俺は昔からワインには目がないからな。ワインの味は保証できる。お前も昔からワインが好きだっただろう。どうだ?」 「別にいいけど……そうやって毎週毎週お誘いされてもね」 「しょうがないだろう。こっちは仕事がなくなって退屈なんだ」 「会長としてやることがあるでしょ?」 「ないよ。社長に比べたらやることなんて何もない。ただ会社に席を置いてるだけの飾りだ」 「だったら、趣味とか好きなことをしたらいいでしょ。お金も時間もたくさんあるんだから、なんだってできるじゃない」 「趣味も何も、俺にはないよ。ずっと仕事ばかりをやってきた人生だ。それは学みだって分かってることだろ」 「確かに、家でも仕事の話しかしなかったもんね」 「そんな俺から仕事がなくなってしまったんだ。そうなると楽しみは、まなみたちとの食事しかないんだよ」 「そんなに言うなら、社長まだ続ければよかったのに」 「こんな老いぼれがいつまでも社長にいたら、会社に迷惑だと思ったんだ。それにあの時は、まだ何か趣味ややりたいことが見つかると思ってたんだよ。でも、ゴルフも旅行も何もかも楽しめなかった。本当に仕事しかなかったんだと思い知ったよ」 「勝手に絶望しないでよ。週末のご飯にはちゃんと行くからさ」 「本当か? それは良かった」 「でも、健一は来れないからね」 「何かあったのか?」 「知り合いの社長さんと、ゴルフ旅行ですって」 「みんなゴルフも旅行も好きだよな」 「普通はそうなんじゃない? ただ、少なくとも健一は楽しみにはしてないわ。付き合いで行くだけだから」 … Read more

20 September 2026

定休日の朝、いつも通り掃除の約束をしていたのに、ひ樹から「給料が入ったから今日はパスで」とLINEが来た。え、私一人で全部やれってこと?「若い職人にやらせればいい」「お前の仕事は楽だろ」——十五年、無休で働いてきた私の存在を、たった数行で否定された気がした。それでも私は店のためにと飲み込んだ。一時間後、店に一本の電話が鳴る。出た瞬間、背筋が凍った。受話器の向こうから聞こえたのは、忘れもしない…

「ひ樹、どこにいるの?今日は定休日でしょ。お店の清掃をやる約束だったじゃない。まさかもう店に行ってるの?」 「悪いな。ちょうど給料が入ったから今日はパスで。」 「え、ちょっと待って。私一人でやれって言うの?」 「若い職人が何人かいるだろ。あいつらに連絡してやらせておけばいいんだよ。」 「そんな急に呼べるわけないでしょ。一応休みってことになってるんだから。」 「休日出勤なんてこの業界じゃ常識だぞ。」 「それならあなただって働くべきじゃないの?」 「俺は毎日寿司を握ってるんだぞ。おかげで店は大人気だ。そんな俺に休みの日まで働けと言うのか。」 「私は十五年近く、無休で働き続けてるのよ。」 「それはお前の仕事が楽だからだ。接客と裏方だけだろ。簡単なもんだ。」 「そんなわけないでしょ。あなたは私の仕事を全然理解してないのね。」 「それはこっちのセリフだ。親父の潰れかけた店を立て直したのは俺だぞ。分かってるのか?」 「あなたもその一員だってことは分かってるわ。でも一員でしかないって自覚して。店はあなただけじゃない。私も含めて全員で立て直したんだから。」 「そんなわけあるか。俺以外が何人いても結果は変わらなかったさ。俺の味を求めて常連客がついてきてるんだ。」 「自信を持つのはいいけど、過剰になりすぎ。特に最近のあなたはね。」 「ようやく周りが俺を認めたんだ。これが当然のことなんだよ。」 「調子に乗りすぎないほうがいいわ。いつか足元をすくわれるから。」 「俺がそんなことになるわけがないだろ。なめるな。」 「お願いだから。お父さんが作ったお店の看板に泥を塗るようなことはしないで。」 「あんなやつはもうとっくに超えたよ。」 「それは大きな勘違いよ。」 「もう来ないのなら別に構わない。俺のことは放っておけ。」 「好きにしたらいいわ。でも、店の味を落とすようなことだけはしないでよ。」 「そんな真似をするわけがないだろう。」 一時間後、店の電話が鳴った。とみが出ると、懐かしい女性の声が聞こえてきた。 「とみさん、ちょっと予約を取りたいんだけど、いいかしら?」 「エリカさん、予約は公式ホームページからお取りいただけますって、前回もお伝えしましたよ。」 「だって、それだと取れないんだもん。あなたたちの店っていつも予約がいっぱいじゃない。」 「ありがたいことにそうなってます。ですが、直接私に連絡されても困ります。」 「だって、ひ樹がこのLINEで連絡すればいつでも予約を入れてやるって言ってくれたのよ。」 「ひ樹からそう言われてますが、あなたを入れるってことは他のお客様に迷惑がかかることになります。大学時代のお友達だったんですよね?」 「そうそう。とっても仲良しだったの。だから私の予約を断ったりしたら、ひ樹に怒られちゃうわよ。それでもいいの?」 「分かりました。今回は予約を入れておきます。ですが、これが最後だと思ってくださいね。」 「ええ、もちろん。これがきっと最後になると思うから。」 「そうなんですか。」 「うん。あなたにお願いするのは、これで最後よ。」 一週間後、とみは仕入れ先の前田に連絡をした。 「前田さん、お世話になっております。明日なんですけど、ご予約のお客様の中に白身魚がお好きな方がいるので、いつもより多めに仕入れさせてもらいたいのですが、大丈夫ですか?」 「そうだなあ。明日ならヒラメとかカンパチあたりを多めに入れられるよ。特にカンパチは旬だから、身が締まっていいと思う。」 「ありがとうございます。では、そのあたりを明日買い付けさせてもらいます。」 「分かった。すぐに出せるように準備しておくよ。いつもありがとうな。前田さんのところの魚はとにかく新鮮で、お客様たちからも評判です。」 「そこは自信を持ってやらせてもらってるよ。何せうちは歴史があるからな。漁師との繋がりもあるし。」 「本当にありがとうございます。でも、とみさんの店も繁盛してるって、俺のところまで噂が回ってくるよ。」 「本当ですか?正直、やっと黒字になったくらいですけど。」 「おお、そうか。ずっとあんたのところは大変だったからな。仙台の旦那は腕は一級品だったが、商売の才能はからっきしだったからな。」 「そのせいで、店が潰れかけたくらいですからね。でも本当に腕も人柄も素晴らしい人でした。私は今もお父さんの握ったお寿司が忘れられません。」 「それは俺も同じだ。あの人と一緒に仕事ができたことは誇りだった。でも、仙台の旦那が病気で倒れてから、ここまで立て直すとは思ってもみなかったよ。本当にあんたは腕のある女将さんだ。」 「いえ、私なんて大したことはありません。」 「旦那はどうしてるんだ?」 「一応、店には立ってくれてますけど、どんどん態度が横柄になっていきますね。周りからちやほやされて、調子に乗ってるようです。」 「まあ、そうなるだろうなとは思ってたよ。あんたも大変だな。」 「最初は真面目にお父さんの下で修行してたんですけど、どんどんおかしくなってます。問題が起こる前に対処したほうがいいですよ。じゃないと今度こそ店が潰れてしまうから。」 「そうですよね。なんとかしたいと思います。」 「まあ、あんたなら大丈夫だろうけどな。それじゃあ、明日よろしくな。」 「はい。よろしくお願いします。」 … Read more

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