「へえ、すごいじゃん」。ソファに寝転んだまま、夫はそう言った。ニューヨーク支社で二ヶ月のプロジェクト、十日後に出発。あまりに急な話だった。でも、もっと驚いたのは彼のほうだ。「俺、ミュージシャンの夢、諦めるわ」。ずっとそばで応援してきたのに。「今度は俺が支えるから」と言った矢先、彼はスーツ代に五万円、次は交通費に一万円と、次々に私からお金を借りた。ある夜「今日は遅くなる」と連絡があり、八時間後…

会社で呼び出されたのは、いつもの午後のことだった。部長は淡々と、ニューヨークの支社で二ヶ月のプロジェクトを任せたいと言った。十日後には出発。あまりに急な話で、頭が追いつかなかった。帰宅して夫のカイトに伝えると、彼はソファにだらりと寝転んだまま「へえ、すごいじゃん」と気のない返事をした。 「二ヶ月も家を空けることになるけど、大丈夫?」 「俺もう三十だぜ。飯くらい自分で作れるって」 「そうだね。じゃあ、オルスバンは任せたよ」 彼が目指しているミュージシャンという夢は、ずっとそばで見てきた。ギターを弾き、曲を書き、ライブハウスに足を運ぶ姿を何度も応援してきた。それなのに、彼は突然こう言った。 「俺、ミュージシャンの夢、諦めるわ」 思いがけない言葉に、私は固まった。あんなに必死だったのに、それをあっさり手放そうとしている。驚いて問い詰めると、彼は「周りにも現実見ろって言われたから」と呟いた。私は、彼の決断を尊重すると伝えた。彼は「正社員になれるよう就活する」と言い、今まで自分を支えてくれたことへの感謝を口にした。 「今度は俺が支えるから」 その言葉は嬉しかった。何かできることがあるなら言ってほしいと伝えると、彼は早速、スーツを買うための五万円を貸してほしいと言った。就活用のスーツがないからだと。私はそれを渡すことを承諾し、その日のうちに彼へお金を手渡した。 それから一週間後。彼の初めての面接の日。私は仕事中、彼からの連絡を待っていた。帰宅した彼は、どんよりとした顔で「手応えがなかった。絶対に落ちた」と言った。結果が出る前から諦めかける彼に、私は「次は絶対に受かるよ」と励ました。すると彼は、就活には交通費がかかると言い出した。次の面接に行けるかもわからないと。そして、一万円を送ってほしいと言ってきた。 少し引っかかった。都内の面接なら電車代は二千円程度で足りるはずだ。そう尋ねると、彼は「就活ってお金がかかるんだよ」と繰り返した。スーツだけでなく、消臭スプレーや香水など、必要なものがたくさんあると言う。香水はやめたほうがいいと提案したが、彼は耳を貸さなかった。結局、私は貸すことを承諾した。「必ず返してね」と伝えると、彼は「出世したら十倍にして返してやるよ」と笑った。頼もしいような、ふわふわした約束だった。 その日の夜遅く、彼から「今日は帰りが遅くなる。夕飯はいらない」と連絡があった。面接がいくつかあるからだと。張り切っているのだと思った。 八時間後。私は仕事中、同僚の一人からスマホを見せられた。そこに写っていたのは、昼間から飲み屋のテラスで楽しそうに笑うカイトの姿。隣には、私の知らない女性がいた。さらに、その後ろ姿がホテルに入っていく写真もあった。 頭の中が真っ白になった。帰宅した彼を問い詰めると、彼は「他人の空似だ」と言い張った。写真は盗撮だ、消せと言う。「どこからどう見てもカイトだよ」と私が言うと、彼は「解放してもらっただけだ」と開き直った。そして、あの一万円を今日の飲み代とホテル代に使ったことを、しぶしぶ認めた。 「面接に行ったご褒美だよ」 その言葉に、私は怒りを通り越して呆れた。就活の費用として貸したお金だ。彼は「予定と違って使っただけだ」と反論したが、それがどれだけ信頼を壊す行為か、彼は理解していなかった。 「そんなに俺を疑うなら、離婚だ」 彼は怒鳴った。私は、その言葉に一瞬戸惑ったが、迷わず答えた。 「本当にいいの?」 「ああ、もううんざりだ」 私はダイニングテーブルに離婚届を置いた。「帰ったら記入しておいて。私のタイミングで提出するから」。彼は「勝手にしろ」と吐き捨て、それから「今月中に荷物をまとめて出て行け」と言う私に、慌てて言葉を引っ込めた。 「やっぱり離婚は一旦保留にしてください。俺もまだ就職も決まってないし、せめて仕事と家が決まるまでは置いてもらえませんか」 私は、二ヶ月の猶予を与えることにした。「私が海外に行っている間に出て行って。離婚届は三日以内に書いておいて」。 彼はしぶしぶ頷いた。 海外について数日後、母から突然の電話がかかってきた。母は開口一番、怒鳴った。 「モネさん、あなた、全くなってないわね!」 何のことかと問うと、母は私の家にいるという。カイトが「海外旅行に行った」と言ったらしく、心配になって見に来たらしい。「私、旅行じゃなくて出張です」と説明しても、母は信じなかった。カイトがそう言っていたから、絶対にそうだと決めつけている。 「夫を置いて出ていく妻なんて非常識よ。女は家に入って家庭を守るのが仕事でしょう」 時代錯誤も甚だしい。私はそう言い返したが、母はますますヒステリックになった。「こんな生意気な嫁は初めてだ」と怒鳴り、カイトが私に「助けてくれ」と連絡してきたと言った。私がいない間に、彼が母を呼び寄せたのだ。母は「感謝しなさい」と主張し続けた。私は通話を切った。 すると、すぐにカイトからLINEが届いた。 「お母さんを勝手に家にあげたな。しかも出張なのに旅行だって嘘ついて。どういうつもりだ?」 「謝らないからだろう」 私がそう返すと、彼は私のどこが悪いかを列挙し始めた。お金の使い道にうるさいところ。自分のことをほったらかして海外に行くところ。そして、こう言った。 「モネは下げ満だよ。知らないのか?男の運気を下げる女のことだ。俺が売れなかったのは、お前のせいだ」 彼の歌手としての失敗を私のせいにする言葉に、私は返す言葉もなかった。 「もう決めた。絶対に離婚して、上げ満の彼女を作って結婚する」 私は、彼に「帰国するまでにここを出て行って」と伝えた。彼は「言われなくても出て行ってやる」と捨て台詞を残した。 一ヶ月後。彼からまた大量のLINEが届いた。 「今月の生活費三十万円が振り込まれてないぞ。今すぐ払わないなら離婚だ」 私は、一言だけ返した。 「えっと、私もうあなたの妻じゃないんだけど。それに、今から寝るところだから邪魔しないでくれる?」 彼は「何言ってるんだ?」と動揺した。 「先月、離婚してますが」 彼は、離婚届が出されていたことにようやく気づいた。LINEを見返して、私のタイミングで出すと伝えたことを覚えているかと言うと、彼は「あれは言い争いの勢いだった」と主張した。「本心じゃなかった」と。 「でも、離婚を口にする時点で、少しはそういう気持ちがあったんでしょ」 私はそう言った。彼は「俺はモネと別れたくない」と懇願したが、私は聞く耳を持たなかった。彼は、上げ満の彼女を作ると言ったのも嘘だったと認めた。「嫉妬させたくて強がっただけだ」と。 その時、彼が保険証のことを言い出した。私の扶養に入れていたので、離婚後に保険が使えなくなったことへの不満だった。なんと、彼は離婚後に一度、病院で保険証を使用していたという。 「残りの七割は後で請求されるから、ちゃんと払うんだよ」 私がそう伝えると、彼は「詐欺だ」と怒鳴った。まったく、自分がやったことへの自覚がない。 「それに、まだ家にいるの?」 彼は「ここは俺の家でもある」と言い張ったが、私ははっきりと告げた。 「名義は私。出て行ってください。これ以上いるなら、不法侵入で警察を呼ぶから」 翌日、また電話がかかってきた。今度は母だった。 「ちょっと聞いたわよ。家から出て行けって。あんまりじゃないの?私も一緒にいるのよ」 母は、カイトが困っているからという理由で、私の家に住み着いていた。さらに、家の掃除がなっていないと文句を言い、私のお掃除ロボットの使い方を批判した。 … Read more

16 September 2026

いつもの夜だった。妻が退院してきたその日の夜、母から電話がかかってきて、孫の顔を見たいと嬉しそうに言ってきた。でも翌日、その話を妻のみに伝えた瞬間、空気が一変した。「あ、孫に会いに来たって言われてもいい迷惑。金が映ったら困るし。赤ん坊に絶対近寄らないでください」。え、金って何だよ。そう聞き返す僕に、みは淡々と続けた。「お母さんって大機の子育て失敗したじゃないですか」。その言葉を聞いた瞬間、幼…

「赤ちゃんが生まれたのね。おめでとう。みさんにもお疲れ様って伝えてくれない?」 大機が電話越しに母の声を聞いたのは、妻が退院して家に戻ってきた日の夜だった。 「ありがとう。顔を見たいんだけど、出産直後で大変だろうから、できれば日程を調整したいの。私が直接話すと断りづらいでしょう。だから、先に話しておいてくれない?」 「ちょっと待って。みに先に相談するから」 「そうね。ちゃんとお嫁さんへの気遣いができてて安心したわ」 「俺だってちゃんとしてるよ。もう父親なんだし。また連絡するから」 そう言って電話を切った翌日、大機は妻に母の言葉を伝えた。 「お母さん、話聞きました。直接言ってくれたらいいのに」 「出産で疲れてるのに義母の相手なんて嫌でしょ。でも連絡してくれて嬉しいわ」 「いや、ちゃんと言っとかないとなって」 「それよりはっきり言いますけど、あ、孫に会いに来たって言われてもいい迷惑。金が映ったら困るし。赤ん坊に絶対近寄らないでください」 「え?金?金ってどういうこと?」 「お母さんって大機の子育て失敗したじゃないですか。聞きましたよ。家庭で結構苦労したって」 「それは確かにたくさん苦労をかけたわ。でも大機はちゃんと育ったでしょ。立派に働いて家庭も持って」 「でも育った過去は変えられないし、大機も言ってましたよ。幼少期は不幸だったって」 「あの子がそんなことを…」 「そういう風に考えてる時点で幸せじゃないですし、子育て失敗の金が映ったら困るんですよ。ダメ親の育児なんて参考にならないし、赤ちゃんには空気でしょ」 「失敗って…私なりに一生懸命育てたのよ」 「一生懸命?それで大機が寂しい子供時代送ったって散々愚痴化されましたけど。仕事ばっかりで放置されてたって」 「それは生活のために仕方なく…」 「言い訳やっぱお母さんの育児方針って完全に時代遅れじゃないですか?」 「時代遅れ?」 「今は科学的な育児が主流なんですよ。お母さんみたいな感覚だけの育児はむしろ悪です。私は私なりに勉強してます。育児書二十冊読んで、専門家のアドバイスも受けてますから。お母さんに教わることなんて何一つありません」 「本と実際の育児は違うのよ。それに私には経験があるわ」 「経験?失敗した経験ですよね。お母さんの常識って昭和で止まってるんですよ。今和ですよ」 「時代は変わっても、子供を愛する親の気持ちは変わらないわ」 「愛する気持ち?それで放置してたんですか?矛盾してますよね。家庭ってやっぱりどこか歪んでるじゃないですか」 「ちょっと待って。それは言いすぎじゃない?」 「とにかく私はお母さんみたいな失敗を繰り返したくないんで。私の母は完璧な育児をしてくれました。だから私も完璧な母親になれるんです」 「完璧な親なんていないのよ。みんな手探りで育てるの」 「お母さんみたいな中途半端な親とはレベルが違うんですよ。分かります?…ああ、分からないか。だって失敗した人には成功が分からないんですもんね」 「分かったわ。もう何も言わない」 「とにかく、お母さんの古臭い価値観を押し付けられるのは迷惑なんで。来ないでくださいね。赤ちゃんのためですから」 電話が切れた後、縁側で母はしばらく動けなかった。 その数時間後、大機が一人で実家に戻ってきた。 「みさんにこんなことを言われたのだけど、私、気に触ることを言ってしまったかしら」 「母さんって無神経に人を傷つけるから、なんか言ったんだろう」 「え?えって何?俺が味方すると思ったのか?」 「お前…」 「俺が寂しがっても母さんは仕事ばっかりだったじゃん。そうやって人との関わり合いから逃げてたんだろ」 「ならどうしたらいいの?」 「だから今は金出すくらいしか母さんの役割はないんだよ」 「なんですって」 「だって俺からも信頼度ゼロなんだぜ。そんな状態で子供に合わせられるはずないじゃん」 「でも私、あなたのために必死で働いて…」 「必死で働いた?その結果が俺の寂しい子供時代ですけど。母さんが仕事優先したせいで、俺どれだけ我慢したと思ってるの」 「大、そんな風に思ってたのね…」 「今更気づいたのかよ。俺結構伝えてたはずだけど。ああ、母さん忙しくて俺の話なんて覚えてないか」 「そんなことないわ」 「でも結果的にそうなってるじゃん。本当鈍いよな、そういうとこ。昔のことを反省しても、過去の出来事がなくなることなんてないんだよ」 その夜、みからまた電話がかかってきた。 「お母さん、ちょっと大機に泣きつかないでくださいよ。いい大人が恥ずかしくないんですか?」 「どうして…やり取りを見てたの?」 「今大機が病院にいるんで、全部見てますよ」 「それじゃあ、あの子が私をATM扱いしているのも見たわよね?」 … Read more

16 September 2026

「お母さん、結婚式代600万円、支払ってくれてありがとうございます」——その電話の主は、息子の婚約者だった。「でも、家族の同意のもとで、お母さんは式には呼びません」。私は一瞬、何を言われたか分からなかった。ずっと楽しみにしていた一人息子の晴れ舞台。なのに「あなたに参列の資格はない」と、由美さんは冷たく言い放った。「お金を払えば参列できるとでも思ってました?」。離婚して別々に暮らしていた私を、…

「お母さん、結婚式代600万円、支払ってくれてありがとうございます」 「いいのよ。ちょっとでもいい式になればね」 「これでとってもいい式ができそうです。でも、家族の同意のもとで、お母さんは式には呼びません」 「え?何を言ってるの?」 「とってもいい式にしたいと思ってるんですよね?」 「そうよ。そのために炎上したんだから」 「でしたら、式には来ないでください。お母さんが来ると式が台無しになるので」 「ちょっと待ってよ。私が参加できないなんてありえない。私は弘樹の式に参列するのを心から楽しみにしてるんだから」 「申し訳ないですけど、あなたに参加の資格はありませんよ。そもそも弘樹の親を名乗るのもおこがましいんですから」 「どういうこと?」 「あなたは離婚して、弘樹とは別々に暮らしてたんですよね」 「そうね」 「弘樹のお父さんは、そこから一人で育ててたんです。だからお父さんは参列していいですけど、あなたにはその資格はないですよ。もしかして、お金を払えば参列できるとでも思ってました?そんなわけないですよね。親としての責任をあなたは全て放棄してたんです。そんな人を親とは呼べませんよ」 「離婚をしたのは私が悪かったの。それは確かに認めるわ。でも放棄をしたわけじゃない。私だって弘樹のそばにいたかったわ」 「今更そんなことを言っても意味ないですよ。あなたは実際に弘樹を見捨てて、一人で生活をしてた。結婚式費用の600万を用意したのは偉いなと思いますけど、だからと言って参列させるわけにはいきません。どんな方法でお金を集めたのかはあえて聞きませんよ。でも、どうせ借金しまくって集めたんでしょ。そんな貧乏人に私たちの式に来て欲しくありません。ですので、どうぞ不参加でお願いしますね」 「待ってよ。それは弘樹も知ってるの?」 「弘樹には私から説明しておきます。あなたもどうか弘樹のことを思うのなら、不参加でお願いしますね」 *** 五分後。 「弘樹、さっき由美さんから連絡があったの」 「もしかして、お金のことかな?本当にありがとうな。こんな時に親を頼るなんて、社会人として情けないよ」 「そんなのはいいのよ。私としては、役に立つことができて嬉しかったんだから」 「あんな大金を払わせるなんて、申し訳ない」 「それは別にいいんだけど……由美さんから、式には参列して欲しくないって言われて」 「え、なんで?」 「私にはあなたの親を名乗る資格はないって」 「そんなバカな。あいつは何を言ってるんだ?」 「そう言われた最初は私も反発したわ。だって、あなたの式に参列できるのを心から楽しみにしてたから。でも、ちょっと冷静になって考えたら、由美さんも間違ってないなって思ったの。確かに、どんな顔して参列すればいいか……」 「母さん、何をバカなことを言ってるんだ。父さんと離婚したのは確かに残念だったよ。でも、俺は今でも父さんも母さんもどっちも大好きなんだ。父さんには感謝してるし、母さんのことは尊敬してるんだよ。今の俺があるのは、母さんがいたからってのがとっても大きいんだ。俺にとって母さんは目標でもあるし、そんな母さんには、俺が結婚した姿をちゃんと見て欲しいと思ってる」 「嬉しいわ。そう言ってくれるのなら、私もやっぱり式には参列したい。あなたの一生に一度の晴れの舞台だから」 「それに600万なんて大金を出してもらっておいて、そんなことを言うなんて、どうかしてるよ。向こうの方からすると、600万は大金じゃないんじゃない?だって、そっちのお父さんって会社を経営されてるんでしょ?」 「それはそうかもしれないけどさ。分かったよ。とりあえず式のことは俺に任せて」 「いいの?」 「当たり前だよ。母さんには絶対に参列してもらう。だから、そのつもりで準備しておいて。招待状も必ず送るからさ」 「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」 *** 翌日。 「突然の連絡、申し訳ありません。由美の母の秋子です。由美から連絡先を教えてもらいました」 「初めまして。いつも息子がお世話になっております。それで、今日はどういったご要件で?」 「それが、ちょっと困った事態になってましてね。由美と弘樹君が今、喧嘩をしてるんですよ。その原因、あなたはもちろん分かってますよね」 「私が式に参列することでしょうか?」 「そうですよ。本当に困ったことになりました。私としては、どうしても式に参加したくて」 「その気持ちは分かりますけど、あなたはその資格がないんです」 「確かに私は長らく弘樹とは別々に暮らしてました。でも、親子の絆は今もしっかりあるんです。ですので、どうか認めてはもらえないでしょうか?」 「いえいえ。私たちが言ってるのは、そういうことじゃないんです。うちの夫は会社の社長をやってるんです。それはもちろん聞いております。そして、結婚式には色々な業界のVIPたちが参列してくれることになっています。だからこそ、参列できる人間は選ばないといけません」 「選ぶ?」 「感じが悪いですね。底辺は来ないでと言ってるんです」 「底辺ですって?」 「だって、そうでしょ。ばあさんで今も一人暮らしをしてるんですよね。どうせパートか小さな会社で会社員をしてるだけの底辺に決まってます。そんな人間を娘の晴れの舞台に来させるわけにはいきません」 「どうしてそんなひどいことを言うんですか?私がどんな仕事をしていようと関係ないでしょ。参列者の人たちだって、そんなことは気にしませんよ」 「あなたは何も知らないんですよ。私たちのような上流階級の人間たちは、そういう肩書きなどをとにかく気にするんです。だから私はあなたに来て欲しくないと言ってるんですよ。何のリスクもないのなら、わざわざこんなこと言いません」 「あなただけが気にしてるんじゃないですか?」 「そんなことないと言ってるでしょ」 「一応、今回の式のために600万を援助したんですよ。それでも底辺だなんて言うんですか?」 「どうやってお金を集めたかなんて知ってますよ。コツコツ貯金をしてたらしいじゃないですか。それはそうですけど、涙ぐましい努力で貯めたお金でしょ。私たちだったら、この程度のお金は一日で稼ぎます。だから、こんなことで偉そうに言ってこないでくださいよ」 … Read more

16 September 2026

夜も遅い時間にエリカから電話がかかってきた。「お母さん、助けてください。生活費が足りないんです。月に10万でいいんで、仕送りしてください」。先月30万を渡したばかりなのに、もう消えたと言う。カードも危ないらしい。夫の形見の時計の話まで持ち出され、私は折れて月20万を送ると約束してしまった。でも数ヶ月後、今度は息子の和寿から怒鳴り込んできた。「母さん、仕送りするの、もうやめるわ。恥知らずもそこ…

エリカからの電話は、夜も遅い時間にかかってきた。携帯の画面に名前が浮かんだ瞬間、嫌な予感がした。予感は当たった。受話器の向こうで、嫁が泣きそうな声で言う。 「お母さん、助けてください」 「え? エリカさん、急にどうしたの?」 「生活費が足りないんです。月に10万でいいんで、仕送りしてください」 「10万? 何を言ってるの。できるわけないでしょ。そんな息子夫婦を見捨てるんですか?」 「そうじゃなくて。そもそも和寿の収入は悪くないはずでしょ。2人なら問題はないんじゃないの?」 「和寿が家計のことを気にせずお金を使うんですよ」 「だったら和寿に直接言いなさい。お金の管理をしてるエリカさんが言うなら、聞くわよ」 「聞いてくれてたら、こんなことになってません」 「いいから仕送りしてくださいよ」 「あのね、先月私が渡した30万はどうなったの?」 「もうなくなりました。カードもそろそろやばくて」 「バカを言うんじゃありません。そんな調子でお金を使う人に、仕送りなんてできないわ」 「そっちだって、お父さんの高級時計を許してましたよね。自分は良くて、私はダメってどういうことですか?」 「お父さんは何十年もお金を貯めて買ったんだもの。しかも家計の範囲内でね」 「あの時計、3000万するらしいじゃないですか。知り合いの質屋に写真を見せたら驚いてましたよ」 「亡くなった後も資産になるからって言ってたわね」 「じゃあ、その資産を売れば、仕送りくらいできますよね?」 「なんでお父さんの品を売らないといけないの?」 「息子夫婦よりも、亡くなった夫の形見のほうが大事なんですか? ああ、冷たい母親なんだ」 しばらく沈黙があった。私はため息をついて、折れるしかなかった。 「わかりました。月20万でいいのね」 「やった。さすがお母さん」 「調子がいいことばっかり言って。仕送りはしてあげるけど、和寿にも言うからね」 「え、なんでですか? 原因は和寿にあるんでしょ? なら事情を伝えて自覚させないと意味ないわ」 「ダメです。ダメ」 「何がダメなのよ」 「このままってわけにはいかないでしょ。お母さんだって知ってますよね。和寿はプライドが高いんです」 「知ってるけど」 「お母さんから仕送りをもらって説教までされるなんて、きっと和寿は仕送り自体を断りますよ」 「いくら何でも状況を見るでしょ」 「いいえ、和寿なら断ります」 「そうは言ってもね」 「そうなったら生活できないんで、和寿には黙っててください」 「だから、それじゃ改善されないんじゃない?」 「そこは私からきつく言っておきます」 「さっき、意味なかったって言ったでしょ」 「とにかくそういうことです。なので、これ以上の干渉はやめてください」 「ああ、まあ、いいわ。それじゃあ数ヶ月くらいは仕送りするから。これが最後だからね」 数ヶ月後、今度は和寿から電話がかかってきた。開口一番、逆上した声だった。 「マジでさあ、エリカ。ふざけてんのは何なんだよ」 「どうしたの?」 「今日の会社の飲み会、お前が小遣いをくれないせいで行けなかったんだけど」 「しょうがないでしょ。お母さんへの仕送りで余裕がないんだから」 「そもそも、なんで仕送りなんだよ。母さんって、そんな生活に困ってたっけ?」 「知らないわよ。向こうが仕送りしてくれって泣きついてきたの」 「息子夫婦相手に金をせびるとか情けないな。俺がこんなに苦労してるってのに」 「はいはい。仕事お疲れ様」 「趣味のマウンテンバイクも我慢してるんだぞ。最新のやつ買おうと思ってたのに。しかも飲み代まで減ってるし」 和寿は不機嫌そうに鼻を鳴らした。私は口を開いた。 … Read more

16 September 2026

「競馬で十万負けた。迎えに来い。金がない」…

「競馬で十万負けた。迎えに来い。金がない」 またか。私は仕事の合間の休憩時間に、スマホの画面を見て深いため息をついた。夫からのメッセージはいつもこれだ。 「毎日毎日、仕事もせずにギャンブルばかり。いい加減にしてよ」 「うるせえな。俺は大穴を当てて楽させてやるから」 「夢みたいなこと言わないで。ハルトはもうすぐ中学に入るのよ。制服とかで十万近くはかかるんだから」 「よし、その金をよこせ。俺が五倍にしてやる」 私は返信する気にもならず、スマホを置いた。このやり取りに、本当に疲れ果てていた。 夫は一年前にリストラされた。気の毒だとは思った。でも、そこで腐らずに頑張ってほしかった。彼は仕事を探す代わりに、昼間から酒を飲み、競馬や競艇に通い詰めた。 「お前が悪いんだ。うちの子ってやつが足りないからリストラされたんだよ」 「私のせいにする前に、やることがあるでしょ。仕事探しはしてるの?」 「してるよ」 「どこが。毎日昼間から飲んだくれて、競馬、競艇。私も限界よ」 「だったら出ていけ」 「そうする」 「は? なんでだよ」 「あなたが『出ていけ』って言ったんでしょ。離婚するってこと?」 「それしかないわ。一年耐えたけど、もう無理」 「ハルトには父親が必要だろ」 「まともな父親ならね。今のあなたを見て、ハルトが父親を尊敬すると思う?」 「一年無職だっただけじゃないか。俺はやればできる男なんだ」 「じゃあ、やりなさいよ」 「やってやるよ」 「じゃあ、結果が出たら連絡して」 「待てよ。お前の気持ちはいいのか?」 「ハルトの気持ちは?」 「あの子は関係ないだろ」 「あの子の貯金箱からお金を盗んだくせに、よく言えるわね」 夫はハルトの貯金箱から金を抜いていた。私は気づいて、こっそり戻した。しかしハルトは、自分の貯金が減っていたことを知っていた。 「実の父親が泥棒だなんて、どんな思いをしたか。あの子はすごくショックを受けてたんだから」 「いつか返す予定だったんだよ」 「『いつか』『いつか』って言ってるうちに、時間は過ぎていくのよ」 「じゃあ俺はどうしたらいいんだ?」 「酒とギャンブルをやめて、真面目に働くことね」 「頼むよ。見捨てないでくれ」 私は答えずに、電話を切った。心はもう決まっていた。 数分後、ハルトに話をした。 「急にごめんね。今日からおばあちゃんちに行くから、修学旅行で使ったバッグに服をまとめておいてくれる?」 「うん、分かった」 「後で話そうと思ったんだけど…… お父さんと別々に暮らそうと思ってるの」 「離婚するってこと?」 「うーん、そうなるかな。驚いたよね。ごめん」 「なんでもっと早くしなかったの?」 「え?」 「お父さんが仕事をやめてから、お母さんが笑わなくなったの。すごく嫌だった。離婚すればいいのにって、ずっと思ってたよ」 私は言葉を失った。息子は何もかも見抜いていた。 「子供がそういうことを言うのはよくないかなと思って、黙ってたけど」 「もう中学生だし、友達の親も結構離婚してるし」 「そっか。少しずつ大人になってるんだね」 「おばあちゃんちに住むなら、中学校は別のところになる。春くんも、こっちの友達と離れるのは嫌だろうから、新しく部屋を借りるよ。おばあちゃんちは少しの間だけ」 「いや、引っ越したい」 「どうして?」 「恥ずかしいから」 「どうして? … Read more

16 September 2026

「ねえ、ひろ。今度の休みにお見舞いに行きたいんだけど、いい?具体的な曜日を教えてくれる?」——その電話が、私の人生を狂わせる始まりだった。夫がくも膜下出血で倒れて意識を失い、ようやく意識が戻ったと病院から連絡をもらった矢先のこと。私は五年間、専業主婦としてこの家を支えてきた。それなのに、夫の連れ子であるひろは「土曜日ならダメ。別の日にしてもらえる?」と冷たく言い放ち、挙句の果てに「お父さんが…

「ねえ、ひろ。今度の休みにお見舞いに行きたいんだけど、いい?具体的な曜日を教えてくれる?」 「土曜日ならダメ。別の日にしてもらえる?」 「どうして私が夫のお見舞いに行くのに、あなたの許可が必要なの?こんなの変よ。」 「そういう約束をしたはずよ。お見舞いは週に一回、私が許可した日だけ。あなたがそうしないと許さないって言ったから、そうなったんでしょ?」 「それは……でも、お父さんのことは心配なのよ。」 「約束を守りなさいよ。勝手なことをしたら本当に許さないからね。お父さんがくも膜下出血で倒れたのは、あんたのせいなんだから。本当なら、あんたと会わせたくもないのよ。」 「そんなことを言われても困るわ。くも膜下出血は誰にでも起こり得るもので、具体的な原因があるわけじゃないの。私が原因だって言うのは間違ってるわ。お医者さんだってそんなことは言ってなかったし。」 「あんたが家で何もせずにだらだらしてるから、お父さんがあんたの分まで働かないといけなくて、そのストレスで倒れたんだよ。それなのにあんたは全然反省してないし。」 「専業主婦をしているのは、お父さんと話し合って決めたことよ。そんなの関係ないわ。私はここまでお父さんを追い詰めたあんたを許さない。それに、まだ意識が回復したばかりで喋るのも疲れるんだから。家族しか会えないようにするべきなのよ。」 「それは私だって説明を聞いてるから分かってるわ。だから私だって会う資格はあるはずよ。」 「あんたは家族なんかじゃない。途中から我が家に横入りしてきたくせに、偉そうなことを言うな。」 「横入りって、そんな言い方はしないでよ。確かにあなたたちにとって私は再婚相手だと思うけど、結婚したんだから家族で間違いないわよ。」 「どうせ家事をするからって理由でお父さんに近づいたんでしょ。お父さんは離婚してから家事と仕事で大変そうにしてたからね。」 「そうね、私も力になれればいいなと思ってたわ。でも、二人の大変な状況を利用して潜り込んだみたいに言われるのは嫌よ。そんなつもりじゃなかったし。」 「はっ、よく言うわよ。働かないで生活するために私たちに近づいてきたくせに。」 「そんなことないって言ってるでしょ。」 「仕事もしてない人間に何の価値もないのよ。そのことは自覚してもらいたいわ。」 「私は家事をして家庭を支えたいと思ってるのよ。」 「そんなの不要よ。誰でもできることなんだから。とにかく、私の言いつけを守って、勝手にお見舞いには行かないでよ。」 「……分かったわ。また別の日を提案させてもらうわ。」 翌日。マナは友人と話していた。 「ねえ、樹君は意識が戻ったんでしょ。もう会ったの?」 「ええ。意識が戻った日に病院から連絡があって、その時には会ってるわ。でも、そこからはお見舞いに行けてなくてね。」 「あれ、どうして?専業主婦なら時間の融通はきくでしょ?」 「ひろがダメだって言うのよ。」 「ダメって、どういうこと?」 「なんか突然、お見舞いに来るなら自分の許可を取れって言い出したのよ。」 「なんだそれは。そんなの聞く必要ないよ。妻なんだからお見舞いに行っていいはずだ。」 「私も何度もそう言ったんだけど、全然聞いてくれなくて。勝手に行ったら縁を切るとまで言われちゃってるのよ。」 「なんでそこまで?お前のことが嫌いなのか?」 「そうみたいね。……私のことが嫌いみたい。」 「嫌いって、一緒に暮らすようになって5年だろ。」 「そうなんだけど、やっぱり多感な時期に再婚したし、いきなり母親だと言われても受け入れられないんじゃないかと思うのよ。無理やり言わせたりはしてないけど、関係性は全然築けてなくてね。」 「だとしても、お見舞いにも自由に行かせないなんてなあ。」 「私だって、意識を取り戻した夫と会いたいわ。でも、ひろとの関係が今以上に悪くなるのも嫌だし。」 「全く合わせてくれないわけじゃないのよ。ちゃんと指定したら会わせてはくれるから。」 「それもそれで変な話だな。」 「そうね。もしかしたら反抗期みたいな感じなのかも。」 「だとしても、お前は母としての務めはきちんと果たしてるんだろ?」 「自分なりにはやってるつもりよ。それに、お前は二人を支えるために仕事だってやめてるしな。」 「それは別に関係ないわ。自分でもやめ時かなって思ってたところだったから。バリバリ働きたい気持ちはあったけど、プライベートな部分は充実してなかったし、やめ時としてもいいタイミングだと思ってるのよ。見返りも十分すぎるくらいもらったしね。それに、やっぱり家に帰って一人は寂しいから。」 「お前が納得してるのなら、それでいいんだが。」 「いつかはひろと仲良くできたらいいなと思ってるんだけどね。」 「そんなに家族のために尽くしてるのに、伝わらないのは辛いな。」 「そうね。いつかはお父さんとも同居ができたらいいなと思ってるんだけど、まだまだ難しそうね。」 「そんなのは気にしなくていいんだよ。」 「だって、一人ぼっちは寂しいよ。今回の弘樹の件だってあるし、いきなり倒れるなんて本当に恐ろしいわ。だからお父さんにも近くにいてほしいのよ。」 「何度か行かせてもらったが、そっちの家は俺が住めるほど広くはないだろう。」 「ここはそうだけど、いいところがあるのよ。向かいにいい感じの家があってね。弘樹もあんなところに住めたらいいなって言ってたから。」 「そうか。まあでも、そっちはあまり考えなくていい。マナは自分の幸せのことだけを考えておけばいいんだよ。」 「家族みんなが仲良くできるのが、私の幸せなのよ。」 二週間後。ひろがマナの部屋に押し入ってきた。 「ちょっと、これ、あんたの仕業でしょ?」 「何がよ。馴れ馴れしく連絡してこないで。こっちは友達と楽しく遊んでるんだから。」 「私の部屋にあった荷物を家の外に捨てておいたでしょ。どうしてこんなことするのよ。嫌がらせだとしても悪質よ。」 … Read more

16 September 2026

義母から電話が来たのは、里帰り出産で実家に戻っていた夜のことだった。「みさ、もう実家に着いたわよね。いない間に決めて申し訳ないんだけど、家を売ることになったから」。私はスマホを握りしめた。まさかこの一言から、あんな地獄が待っているなんて思わなかった。義母は軽い調子で続けた。「この家の名義は今は私。同居に拒否権なんてないでしょ」。産後すぐの体に、その言葉がずしりとのしかかった。それでも私は耐え…

「みさ、もう実家に着いたわよね。いない間に決めて申し訳ないんだけど、家を売ることになったから」 電話の向こうで義母が軽い調子で言った。みさはスマホを握る手に力が入った。 「え、売るって何言ってるんですか? 冗談ですよね」 「冗談じゃないわよ。本気よ。それにこの家の名義は今は私。同居に拒否権なんてないでしょ」 「それはそうですけど……でも私、何も準備してませんよ。それに子供も生まれますし、引っ越しや片付けの手伝いはできませんけど」 「あなたの荷物なんていらないものばっかりでしょ。全部処分するとかできないの?」 「無理ですって」 「めんどくさいわね。全部燃やしちゃえば早いかしら」 「敷地内で巨大キャンプファイヤーしないでください。それに私のものを燃やされるのも困ります」 「ああ言えばこう言う。燃やしちゃダメって言うけど、ゴミ捨てだってお金がかかるんだから大変なのよ」 「そもそもなんで全部捨てるって発想になるんですか?」 「何? 母の言うことに逆らうの? 同居させてもらってる分際で随分生意気になったわね」 「こっちは里帰り中にいきなり家売るって言われてるんですよ。私がいない間に決めるなんて」 「あなたに聞く必要はないから、いつ決めてもいいじゃない。嫁のくせに平等に扱ってもらおうなんておこがましいわね」 電話が切れた。みさはため息をついた。産後すぐの体に、義母の言葉がずしりとのしかかる。 数時間後、夫の達也からLINEが来た。 「母さんから聞いたよな。家を売る話。荷物とかどうしても捨てて欲しくないのだけ後で教えてくれ。それ以外は処分するから」 「達也も知ってたの?」 「そりゃ母さん一人じゃ決められないだろう」 「いや、なんで私に何も言わなかったの? 荷物だって言ってくれたらまとめておいたし」 「言っても反対するだろう。だから先に決めたんだよ」 「こっちは出産を控えてるのよ。なんでこのタイミングで?」 「家もボロいし、広い方が子供のためだろう」 「それはそうかもだけど……」 「本当はもう少し早く家を売るつもりだったんだよ。でもほら、妊娠しただろう。妊娠初期はストレスかけたらダメだって母さんも配慮してくれたんだ。感謝しろよ」 「あなたが私に配慮したことなんてないでしょ。自分の行動よく思い返しなさいよ。それに、確かに妊娠初期もすごくデリケートだけど、生まれてからも大変だし、赤ちゃんだって外に出られないのよ。新しい環境になれない中で子育てなんて」 「それはお前の努力不足だろ。それに新しい環境がとか言い訳してるけど、子供が生まれた時点で環境は変わるんだし」 「なんで生んでもないあなたがそれを言うのよ」 「事実を言ってるだけだろ。とにかくお前は俺たちの決めたことに従ってればいいんだよ。それにもし何かあってもお前の実家がついてるし」 「それはそうだけど、あまりに勝手すぎるわ。赤ちゃんのこと何も考えてないわけ?」 「考えてるから広い家にしたんだろう。とにかく家を売るのは決定事項だ。お前はお腹もあるんだし、そっちに集中しろよな」 「それはそうなんだけど、なんかむかつくわね。誰のせいで悩みが増えたと思ってるのよ」 一週間後、義母からLINEが届いた。 「みささん達から聞いたわ。無事に生まれたみたいね。おめでとう」 「ありがとうございます。母子共に元気です」 「それは良かったわ。そんな時なんだけど、ちょっと報告があるのよ」 「はい。何でしょうか?」 「あんたの里帰り中に家売りに出して、引っ越したわ」 「え?」 「え? じゃないわよ。なんでそんなに驚いてるの? 事前に売るって言っておいたわよね」 「いや、聞いてましたけど……このタイミングで本当に売ったんですか?」 「売ったわよ」 「てっきり私が帰ってきた後の話かと……」 「そんなことしたらあなた絶対反対するし。生まれてすぐの孫がいるのに喧嘩なんて立てちゃダメでしょ。なんでそういうところは常識的なんですか?」 「でもね、前の家は3000万円で売れたのよ。すごいでしょ」 「あの家が3000万……」 「これでローンも少しは返せるわ。ああ、それとあなたの荷物ね。捨てようと思ったんだけど、処分費用がもったいないし。あなたの荷物、思ったより少なかったから、新居に運んでおいてあげたわ。感謝してよね」 「そこは感謝しますが、感謝よりも驚きの感情が強すぎてですね……」 「というか新しい家ってどこに建てたんですか?」 … Read more

16 September 2026

臨月の私に、義母は三十人分のおせちを作らせた。朝五時から一人で台所に立ち、ようやく作り終えたとき、義母はこう言った。「他人のあなたに、お正月のお祝いに参加する権利はないのよ」。そして私を二階の古い部屋に閉じ込めた。ドアは外から物が挟まれていて開かない。トイレにも行けず、お腹が張って気持ち悪くなってきた。高志に電話しても、義母は既読無視。親戚は誰も助けてくれない。ようやく駆けつけた高志は、私を…

「お母さん、今度のお正月のことなんですけど」 「けど何よ。まだ優香さんのターンでしょ」 「ターン?」 「会話っていうのはキャッチボールなのよ。お互いに言葉を投げ合うものなの。あなたの言葉をもらったら私も返すわ。はい、どうぞ」 「え、あ、はい。その、私もうすぐ臨月ですし、体調が優れないことも多くて。だからちょっと顔を出せないかもなって」 「ちょっとって何分? 数分だけ顔を出すってこと? 一時間くらい待ったら顔を出すの?」 「いや、そういうことじゃなくて。体調がしんどいので、お正月の集まりには参加できません」 「それってLINEで言うこと? そういうのは直接顔を見ながら言うべきでしょ。断る立場なのにLINEで終わらせるって失礼だと思わないの?」 「前々から思ってましたけど、お母さんって話が通じない性格ですよね」 「何よ。私に文句でもあるの?」 「いや、こっちの話です。とにかく、明日にでも一度そちらに顔を出します」 「来れるの?」 「はい。断るなら直接なんですよね。明日来れるならお正月も来れるでしょ」 「お母さんが言い出したことじゃないですか」 「あと、私のところにだけ来てもダメよ。お正月は親戚も集まるんだから、私やお父さんも含めて三十人もいるのよ」 「もしかして、全員に直接断りを入れろって言ってます?」 「親戚に断りも入れずに無断で休む気? それって失礼よね」 「無理ですって」 「だったらちゃんと出席しなさい。あなたは高志と結婚して一年目の新妻なのよ。他の方に迷惑をかけるなんて許されないわ」 「はあ」 「あと、うちの集まりでは嫁がおせちを作るのが伝統よ。三十人分のおせちはあなたが作るんだからね」 「聞いてませんけど」 「今言いました。当日はうちの台所を使っていいから、よろしくね」 高志が仕事から帰ってきた。優香はソファに縮こまって、ため息をついた。 「今日、お母さんに連絡入れたんだろ。どうだった?」 「ダメ。全然ダメ」 「お疲れ」 「ねえ、お母さんって昔からあんな感じだったっけ? 話が通じないっていうか」 「母さんのお得意の言葉がかりだな。俺もあのモードの母さんの相手は苦手だよ」 「言葉がかりっていうか、魔女裁判。私が行く前提で話してるじゃん。こっちの話を聞く気なんて最初からないんだよ」 「わかる」 「結局、お正月は行かないとダメみたい。臨月は出産日まで余裕はあるけどさ」 「俺から断っとこうか。最近体調が悪いことも多いんだろ」 「いいよ。大丈夫」 「本当か? 俺はお正月の集まりとか行かなくてもいいけど」 「大丈夫だって。それに高志とお母さんが話したら、また喧嘩するでしょ」 「そこはほら、頑張るというか」 「それ絶対するやつじゃん。私、ああいうの苦手なんだよね」 「俺は別に」 「それにさ、お母さんは大事にしないと。高志が私みたいになったら嫌だし」 「優香、お母さんのことまだ気にしてるのか」 「そりゃしてるよ。だから高志には私みたいになってほしくないの」 「そうだな。気を使ってくれてありがとう」 「いえいえ、それほどでも」 「はいはい、調子のいい女。本当にしんどかったら遠慮なく言えよ」 「はーい。じゃあ当日はさくっとおせち作っちゃいますか」 「俺はその日朝から上司の家に挨拶に行くからな。昼頃には戻るけど、何かあったら連絡してくれ」 「そんな心配しなくても大丈夫。おせち作った後はゆっくりできるでしょ。親戚の目があるんだから、お母さんも大人しいでしょ」 「だといいんだけどな。じゃあ、これから帰るわ」 … Read more

16 September 2026

「ねえ、京介、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」何気ないその一言から、私の人生は音を立てて崩れていった。京介は「さあ、分かんないな」とだけ言って、目を合わせようとしなかった。おかしいと思った。だって、まだ渡していないはずのお土産の話を、彼は先週「持っていく」と言っていたからだ。問い詰めると「言ってない」の一点張り。でもLINEには残っていた。なぜこんな小さな嘘をつくのか。その違和感が…

「ねえ、京介、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」 「さあ、分かんないな。なんで?」 「だって、まだ持って行ってないんでしょ?」 「え?持って行ってないの?先週持っていくって言ってたよね?」 「いや、言ってないけど。」 「言ったじゃん。生物だからすぐ持っていくって。」 「土産を持っていくとは言ったけど、いつ渡すとは言ってないだろ。」 「あのさ、なんでこんな小さなことで嘘つくの?忘れてたなら忘れてたでいいじゃん。」 「忘れてない。いつ行くか明確に言ってなかっただけだ。その時のLINE残ってるよ。見る?」 「いや、先週はすぐ持っていこうと思ってたんだよ。でも時間がなくてさ。」 「だったら最初からそう言えばいいでしょ。嘘をつく意味が分からない。」 「嘘はついてないから。」 「はい。」 「てか、先週のことだろ。自分が言った内容なんていちいち覚えてなくて当然だ。それを嘘ついたって揚げ足取る方が悪い。」 「覚えてないって言わない方が悪いでしょ。京介ってそういうとこあるよね。」 「どういうとこだよ。」 「とりあえず否定から入って、小さな嘘をつくとこ。」 「はあ。そんなことしてないだろう。」 「してないと思うなら、このLINE見返してみたら?」 「見返したけど、してなかった。」 「また嘘。こんな一瞬で全部読み返したの?速読でも無理でしょ。」 「読まなくても、なんとなく見たら分かるだろう。」 「分かんないでしょ。まあ、もういいや。とりあえずお土産持っていくなら早めにお願いね。」 「言われなくても、明日持っていく気だったよ。」 「そうですか。旅行から帰ってすぐお母さんに連絡入れてたからさ。あんまり遅くなると、私がガミガミ言われるんだからね。」 「分かってるって。」 「本当にお願いね。ただでさえ私はお母さんから嫌われてるし。これ以上変な揉め事とか嫌だから。」 数日後、みさは義母の家を訪ねた。玄関でお土産を手渡すと、義母は少しだけ表情を緩めた。 「みささん、お土産もらったわ。ありがとうね。」 「いえいえ。それよりも、今回も顔を出せなくてすみません。」 「京介から聞いたわよ。仕事が忙しいんだって。」 「はい。望みが生まれてから、一度も顔を出せてなくて。」 「もう生まれて三か月よ。その間、一度も顔を見せないなんて。どうなの?」 「本当にすみません。今やってるプロジェクトが落ち着いたら、必ず。」 「それっていつよ?」 「来月いっぱいは忙しいかと。」 「ああ、そうですか。全く、仕事熱心すぎるのも考え物だわ。」 「すみません。」 「産休や育休だって、最低限しか取らなかったのよね。」 「タイミング的に、仕事を離れるのが難しかったので。」 「そんな仕事仕事ばっかりじゃ、家族との時間も取れてないんじゃない?」 「いえ、先週は家族旅行にも行きましたし。」 「旅行には行けて、うちには顔を見せないの?それって嫁としてどうなのかしら?」 「お声がけはしたじゃないですか。都合が合わなくてご一緒できませんでしたけど。」 「そうだったっけ?京介が誘ったって言ってましたよ。」 「そうだったかもしれないわね。じゃあそれは一旦いいわ。」 「ええ、いいんですか?」 「それよりも、普段の家事や育児はどうなってるの?平日の帰りが遅いって聞いてるけど。」 「確かに残業とかもあって遅い日も多いですけど、家事や育児はしっかりやってますよ。」 「本当かしら?」 「本当ですよ。京介に手伝ってもらうこともありますけど。」 「口で言うのは簡単だけどね。できてると思ってるのは、みささんだけじゃないの?」 「それはどういう意味ですか?」 「京介から相談を受けてるのよ。」 「え?」 … Read more

16 September 2026

正月の昼下がり、台所に立ったまま私は動けなくなった。義母から届いたLINEには、こう書かれていた。「妊婦なんだから、30人分のおせちくらい朝5時から作れるでしょ。それが嫁の務めよ」。私はその日の朝、まだ悪阻が残る体で必死に料理を作り終えたばかりだった。なのに義母は、私を物置同然の夫の古い部屋に閉じ込め、「他人のあなたが正月を祝う権利はない」と笑った。ドアは外から何かが挟まれ、開かなかった。夫…

「お母さん、今度の正月のことなんですけど」 「けど何?まだ優香さんのターンでしょ」 「ターン?」 「会話ってのはキャッチボールなのよ。お互いに言葉を投げ合うものなの。あなたが言葉を続けなさいよ。あなたの言葉をもらったら私も返すわ。はい、どうぞ」 「え、あ、はい。その、私もう月ですし、体調が優れないことも多くて」 「はい、はい。それで?」 「だから……ちょっと顔を出せないかもなって」 「ちょっとって何分?数分だけ顔を出すってこと?それとも1時間待ったら顔を出すの?」 「いや、そういうことではなくて。物事ははっきり伝えないと。曖昧な言葉じゃ何が言いたいのかわからないでしょ」 「あー、ですよね。リでしんどいので、正月の集まりには参加できません」 「それ、LINEで言うこと?そういうのは直接顔を見ながら言うべきでしょ」 「ですから体調が優れなくて」 「そういう言い訳は結構。断る立場なのにLINEで終わらせるなんて、失礼だと思わないの?」 「前々から思ってましたけど、お母さんって行きづらい性格してますよね」 「何?私に文句でもあるの?」 「いや、こっちの話です」 「うちに来るの?来ないの?」 「じゃあ、明日にでも一度そちらに顔を出させていただきます」 「はあ。来れるの?」 「え?はい。断るなら直接言えって言ったのはお母さんですから」 「来れるなら正月も来れるでしょ」 「え?」 「私のところにだけ来ても駄目よ。正月は親戚も集まるんだから、私やお父さんも含めて30人もいるのよ」 「もしかして……全員に直接断りを入れてこいって言ってます?」 「親戚の方に断りも入れずに無断で休む気?それって失礼でしょ」 「無理ですって」 「だったらちゃんと出席しなさい」 「ですから月でして」 「優香さんはた志と結婚して1年目の新山嫁でしょ。他の方に迷惑をかけるなんてごどうよ。うちの集まりでは嫁がおせちを作るのが伝統なの。30人分のおせちはあなたが作るんだからね」 「聞いてませんけど」 「今言いました。当日はうちの台所を使っていいから、よろしくね」 その日、優香は夫のた志に報告した。 「お母さんに連絡したんだけど、全然駄目だった」 「ああ、お疲れ。そっちも仕事お疲れ」 「ねえ、お母さんってあんな感じだったっけ?話が通じないっていうか、あれはないよね」 「母さんのお得意の言葉がりだよ。俺もあのモードの母さんの相手は苦手なんだ」 「言葉がりっていうか、魔女裁判だよ。私が行くの前提で話してるじゃん。こっちの話を聞く気なんて最初からなかったんだよ」 「わかる。結局、正月は行かないと駄目みたい。リは出産日まで余裕はあるけどさ」 「俺から断っとこうか。最近体調が悪いことも多いんだろう」 「いいよ、大丈夫」 「本当か?俺は正月の集まりとか行かなくてもいいけど」 「大丈夫だって。それに、た志とお母さんが話したらまた喧嘩するでしょ」 「そこはほら、頑張るみたいな」 「それ絶対するやつじゃん。私、ああいうの苦手なんだよね」 「俺は別に」 「それにさ、母親は大事にしないと。高志で私みたいになって欲しくないし」 「優香、お母さんのことまだ気にしてんの?」 「そりゃしてるよ。だから志は私みたいになったら駄目なの」 「そうだな。気を使ってくれてありがとう」 「いえいえ、それほどでもありますね」 「はいはい、調子のいい女だな。本当にしんどかったら、遠慮なく言えよ」 「はーい」 「じゃあ、当日はサクっとおせち作っちゃいますか」 「俺はその日、朝から上司の家に挨拶に行くからな。昼頃には戻るけど、何かあったら連絡してくれ」 「そんな心配しなくても大丈夫。おせち作った後はゆっくりできるでしょ。親戚の目があるんだから、お母さんも大人しいでしょ」 … Read more

16 September 2026