臨月の私に、義母は三十人分のおせちを作らせた。朝五時から一人で台所に立ち、ようやく作り終えたとき、義母はこう言った。「他人のあなたに、お正月のお祝いに参加する権利はないのよ」。そして私を二階の古い部屋に閉じ込めた。ドアは外から物が挟まれていて開かない。トイレにも行けず、お腹が張って気持ち悪くなってきた。高志に電話しても、義母は既読無視。親戚は誰も助けてくれない。ようやく駆けつけた高志は、私を…

「お母さん、今度のお正月のことなんですけど」 「けど何よ。まだ優香さんのターンでしょ」 「ターン?」 「会話っていうのはキャッチボールなのよ。お互いに言葉を投げ合うものなの。あなたの言葉をもらったら私も返すわ。はい、どうぞ」 「え、あ、はい。その、私もうすぐ臨月ですし、体調が優れないことも多くて。だからちょっと顔を出せないかもなって」 「ちょっとって何分? 数分だけ顔を出すってこと? 一時間くらい待ったら顔を出すの?」 「いや、そういうことじゃなくて。体調がしんどいので、お正月の集まりには参加できません」 「それってLINEで言うこと? そういうのは直接顔を見ながら言うべきでしょ。断る立場なのにLINEで終わらせるって失礼だと思わないの?」 「前々から思ってましたけど、お母さんって話が通じない性格ですよね」 「何よ。私に文句でもあるの?」 「いや、こっちの話です。とにかく、明日にでも一度そちらに顔を出します」 「来れるの?」 「はい。断るなら直接なんですよね。明日来れるならお正月も来れるでしょ」 「お母さんが言い出したことじゃないですか」 「あと、私のところにだけ来てもダメよ。お正月は親戚も集まるんだから、私やお父さんも含めて三十人もいるのよ」 「もしかして、全員に直接断りを入れろって言ってます?」 「親戚に断りも入れずに無断で休む気? それって失礼よね」 「無理ですって」 「だったらちゃんと出席しなさい。あなたは高志と結婚して一年目の新妻なのよ。他の方に迷惑をかけるなんて許されないわ」 「はあ」 「あと、うちの集まりでは嫁がおせちを作るのが伝統よ。三十人分のおせちはあなたが作るんだからね」 「聞いてませんけど」 「今言いました。当日はうちの台所を使っていいから、よろしくね」 高志が仕事から帰ってきた。優香はソファに縮こまって、ため息をついた。 「今日、お母さんに連絡入れたんだろ。どうだった?」 「ダメ。全然ダメ」 「お疲れ」 「ねえ、お母さんって昔からあんな感じだったっけ? 話が通じないっていうか」 「母さんのお得意の言葉がかりだな。俺もあのモードの母さんの相手は苦手だよ」 「言葉がかりっていうか、魔女裁判。私が行く前提で話してるじゃん。こっちの話を聞く気なんて最初からないんだよ」 「わかる」 「結局、お正月は行かないとダメみたい。臨月は出産日まで余裕はあるけどさ」 「俺から断っとこうか。最近体調が悪いことも多いんだろ」 「いいよ。大丈夫」 「本当か? 俺はお正月の集まりとか行かなくてもいいけど」 「大丈夫だって。それに高志とお母さんが話したら、また喧嘩するでしょ」 「そこはほら、頑張るというか」 「それ絶対するやつじゃん。私、ああいうの苦手なんだよね」 「俺は別に」 「それにさ、お母さんは大事にしないと。高志が私みたいになったら嫌だし」 「優香、お母さんのことまだ気にしてるのか」 「そりゃしてるよ。だから高志には私みたいになってほしくないの」 「そうだな。気を使ってくれてありがとう」 「いえいえ、それほどでも」 「はいはい、調子のいい女。本当にしんどかったら遠慮なく言えよ」 「はーい。じゃあ当日はさくっとおせち作っちゃいますか」 「俺はその日朝から上司の家に挨拶に行くからな。昼頃には戻るけど、何かあったら連絡してくれ」 「そんな心配しなくても大丈夫。おせち作った後はゆっくりできるでしょ。親戚の目があるんだから、お母さんも大人しいでしょ」 「だといいんだけどな。じゃあ、これから帰るわ」 … Read more

16 September 2026

「ねえ、京介、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」何気ないその一言から、私の人生は音を立てて崩れていった。京介は「さあ、分かんないな」とだけ言って、目を合わせようとしなかった。おかしいと思った。だって、まだ渡していないはずのお土産の話を、彼は先週「持っていく」と言っていたからだ。問い詰めると「言ってない」の一点張り。でもLINEには残っていた。なぜこんな小さな嘘をつくのか。その違和感が…

「ねえ、京介、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」 「さあ、分かんないな。なんで?」 「だって、まだ持って行ってないんでしょ?」 「え?持って行ってないの?先週持っていくって言ってたよね?」 「いや、言ってないけど。」 「言ったじゃん。生物だからすぐ持っていくって。」 「土産を持っていくとは言ったけど、いつ渡すとは言ってないだろ。」 「あのさ、なんでこんな小さなことで嘘つくの?忘れてたなら忘れてたでいいじゃん。」 「忘れてない。いつ行くか明確に言ってなかっただけだ。その時のLINE残ってるよ。見る?」 「いや、先週はすぐ持っていこうと思ってたんだよ。でも時間がなくてさ。」 「だったら最初からそう言えばいいでしょ。嘘をつく意味が分からない。」 「嘘はついてないから。」 「はい。」 「てか、先週のことだろ。自分が言った内容なんていちいち覚えてなくて当然だ。それを嘘ついたって揚げ足取る方が悪い。」 「覚えてないって言わない方が悪いでしょ。京介ってそういうとこあるよね。」 「どういうとこだよ。」 「とりあえず否定から入って、小さな嘘をつくとこ。」 「はあ。そんなことしてないだろう。」 「してないと思うなら、このLINE見返してみたら?」 「見返したけど、してなかった。」 「また嘘。こんな一瞬で全部読み返したの?速読でも無理でしょ。」 「読まなくても、なんとなく見たら分かるだろう。」 「分かんないでしょ。まあ、もういいや。とりあえずお土産持っていくなら早めにお願いね。」 「言われなくても、明日持っていく気だったよ。」 「そうですか。旅行から帰ってすぐお母さんに連絡入れてたからさ。あんまり遅くなると、私がガミガミ言われるんだからね。」 「分かってるって。」 「本当にお願いね。ただでさえ私はお母さんから嫌われてるし。これ以上変な揉め事とか嫌だから。」 数日後、みさは義母の家を訪ねた。玄関でお土産を手渡すと、義母は少しだけ表情を緩めた。 「みささん、お土産もらったわ。ありがとうね。」 「いえいえ。それよりも、今回も顔を出せなくてすみません。」 「京介から聞いたわよ。仕事が忙しいんだって。」 「はい。望みが生まれてから、一度も顔を出せてなくて。」 「もう生まれて三か月よ。その間、一度も顔を見せないなんて。どうなの?」 「本当にすみません。今やってるプロジェクトが落ち着いたら、必ず。」 「それっていつよ?」 「来月いっぱいは忙しいかと。」 「ああ、そうですか。全く、仕事熱心すぎるのも考え物だわ。」 「すみません。」 「産休や育休だって、最低限しか取らなかったのよね。」 「タイミング的に、仕事を離れるのが難しかったので。」 「そんな仕事仕事ばっかりじゃ、家族との時間も取れてないんじゃない?」 「いえ、先週は家族旅行にも行きましたし。」 「旅行には行けて、うちには顔を見せないの?それって嫁としてどうなのかしら?」 「お声がけはしたじゃないですか。都合が合わなくてご一緒できませんでしたけど。」 「そうだったっけ?京介が誘ったって言ってましたよ。」 「そうだったかもしれないわね。じゃあそれは一旦いいわ。」 「ええ、いいんですか?」 「それよりも、普段の家事や育児はどうなってるの?平日の帰りが遅いって聞いてるけど。」 「確かに残業とかもあって遅い日も多いですけど、家事や育児はしっかりやってますよ。」 「本当かしら?」 「本当ですよ。京介に手伝ってもらうこともありますけど。」 「口で言うのは簡単だけどね。できてると思ってるのは、みささんだけじゃないの?」 「それはどういう意味ですか?」 「京介から相談を受けてるのよ。」 「え?」 … Read more

16 September 2026

正月の昼下がり、台所に立ったまま私は動けなくなった。義母から届いたLINEには、こう書かれていた。「妊婦なんだから、30人分のおせちくらい朝5時から作れるでしょ。それが嫁の務めよ」。私はその日の朝、まだ悪阻が残る体で必死に料理を作り終えたばかりだった。なのに義母は、私を物置同然の夫の古い部屋に閉じ込め、「他人のあなたが正月を祝う権利はない」と笑った。ドアは外から何かが挟まれ、開かなかった。夫…

「お母さん、今度の正月のことなんですけど」 「けど何?まだ優香さんのターンでしょ」 「ターン?」 「会話ってのはキャッチボールなのよ。お互いに言葉を投げ合うものなの。あなたが言葉を続けなさいよ。あなたの言葉をもらったら私も返すわ。はい、どうぞ」 「え、あ、はい。その、私もう月ですし、体調が優れないことも多くて」 「はい、はい。それで?」 「だから……ちょっと顔を出せないかもなって」 「ちょっとって何分?数分だけ顔を出すってこと?それとも1時間待ったら顔を出すの?」 「いや、そういうことではなくて。物事ははっきり伝えないと。曖昧な言葉じゃ何が言いたいのかわからないでしょ」 「あー、ですよね。リでしんどいので、正月の集まりには参加できません」 「それ、LINEで言うこと?そういうのは直接顔を見ながら言うべきでしょ」 「ですから体調が優れなくて」 「そういう言い訳は結構。断る立場なのにLINEで終わらせるなんて、失礼だと思わないの?」 「前々から思ってましたけど、お母さんって行きづらい性格してますよね」 「何?私に文句でもあるの?」 「いや、こっちの話です」 「うちに来るの?来ないの?」 「じゃあ、明日にでも一度そちらに顔を出させていただきます」 「はあ。来れるの?」 「え?はい。断るなら直接言えって言ったのはお母さんですから」 「来れるなら正月も来れるでしょ」 「え?」 「私のところにだけ来ても駄目よ。正月は親戚も集まるんだから、私やお父さんも含めて30人もいるのよ」 「もしかして……全員に直接断りを入れてこいって言ってます?」 「親戚の方に断りも入れずに無断で休む気?それって失礼でしょ」 「無理ですって」 「だったらちゃんと出席しなさい」 「ですから月でして」 「優香さんはた志と結婚して1年目の新山嫁でしょ。他の方に迷惑をかけるなんてごどうよ。うちの集まりでは嫁がおせちを作るのが伝統なの。30人分のおせちはあなたが作るんだからね」 「聞いてませんけど」 「今言いました。当日はうちの台所を使っていいから、よろしくね」 その日、優香は夫のた志に報告した。 「お母さんに連絡したんだけど、全然駄目だった」 「ああ、お疲れ。そっちも仕事お疲れ」 「ねえ、お母さんってあんな感じだったっけ?話が通じないっていうか、あれはないよね」 「母さんのお得意の言葉がりだよ。俺もあのモードの母さんの相手は苦手なんだ」 「言葉がりっていうか、魔女裁判だよ。私が行くの前提で話してるじゃん。こっちの話を聞く気なんて最初からなかったんだよ」 「わかる。結局、正月は行かないと駄目みたい。リは出産日まで余裕はあるけどさ」 「俺から断っとこうか。最近体調が悪いことも多いんだろう」 「いいよ、大丈夫」 「本当か?俺は正月の集まりとか行かなくてもいいけど」 「大丈夫だって。それに、た志とお母さんが話したらまた喧嘩するでしょ」 「そこはほら、頑張るみたいな」 「それ絶対するやつじゃん。私、ああいうの苦手なんだよね」 「俺は別に」 「それにさ、母親は大事にしないと。高志で私みたいになって欲しくないし」 「優香、お母さんのことまだ気にしてんの?」 「そりゃしてるよ。だから志は私みたいになったら駄目なの」 「そうだな。気を使ってくれてありがとう」 「いえいえ、それほどでもありますね」 「はいはい、調子のいい女だな。本当にしんどかったら、遠慮なく言えよ」 「はーい」 「じゃあ、当日はサクっとおせち作っちゃいますか」 「俺はその日、朝から上司の家に挨拶に行くからな。昼頃には戻るけど、何かあったら連絡してくれ」 「そんな心配しなくても大丈夫。おせち作った後はゆっくりできるでしょ。親戚の目があるんだから、お母さんも大人しいでしょ」 … Read more

16 September 2026

「ねえ、今日の夕飯またカレー?前もカレーだったよね。最近手抜きすぎない?」——その一言から、私の日常は静かに崩れ始めた。いつものように夕飯を作っていただけなのに、夫の目は冷たくて、まるで私の存在そのものを責めているようだった。「ごめん。じゃあ何がいい?食べたいの作るから」と答えると、夫は鼻で笑って「そんなのも分かんないの?結婚して何年目だよ」と言い放った。その瞬間、胸の奥がぎゅっと痛くなった…

「ねえ、今日の夕飯またカレー? 前もカレーだったよね。最近手抜きすぎない?」 「ごめん。じゃあ何がいい? 食べたいの作るから」 「ああ、そんなのも分かんないの? 結婚して何年目だよ、俺ら」 「でも食べたいものなんて、その日その日で変わるし」 「そこを察するのが嫁の務めだろう。つうか、俺の意見を聞いて自分で考えるのサボるつもりか?」 「え? そんなつもりは……」 「なら自分で考えろよ。俺が毎日働いてる間、お前は家で何してんの? 専業主婦なんて楽でいいよな。家にずっといるんだし。それなのに献立すら自分で考えられないって、ちょっと甘えてるっていうか、なめてんの?」 「ごめんなさい。ちゃんと作るね」 数時間後、スマホが鳴った。友人からのランチのお誘いだ。 「ヤッホー。みさ、来週暇? ランチどう?」 「ありがとう。行きたい。夫に確認するね」 「あ、ランチも許可取るの?」 「専業だからさ」 「まあ、そっか。でも最近ちょっと疲れてない?」 「仕事が忙しいのは分かるんだけどね」 「おお、何があった? 夫の愚痴?」 「まあ、そんなとこかな」 「いいじゃん。教えてよ。そういう話大好きだし」 「ならちょっと愚痴ってもいい? 夫が最近家事にうるさくてさ。手抜きするな、もっとちゃんとしろって」 「うわ、何それ? 何様だっての?」 「今日なんて、家にいるのに同じメニュー作るなって。献立を考える努力を怠ってるって言われてさ」 「そんなの『はいはい』って言ってやり過ごそう」 「そうしたいんだけど、話が長いんだよね。もう二時間くらいその話してるのよ」 「あ、ちょっと待って。二時間?」 「うん。ああ、でも今日はまだましかな。この前、家の掃除ができなかった時は、『家にいたお前が一番汚してるのに、後始末もできないのか』ってしばらく怒られちゃって。まあ、さすがにそれは後で謝ってくれたけど」 「みさ、それ、普通じゃないよ」 「え?」 「掃除ができなかったのって、その日だけでしょ? ちなみになんで掃除できなかったの?」 「体調が悪くて寝込んでて」 「できなかった事情は話した?」 「話したけど、言い訳するなって言われちゃったわ」 「どう考えてもおかしいわよ、それ。普通、できない理由は聞くものだし、それが体調不良なら心配するものでしょ。完全にモラハラじゃん」 「でも暴力とかないし、まだマシだと思うんだけど」 「みさ、おかしいこと言ってる自覚ある? DVがないのは当たり前だよ。あんた、洗脳されてない?」 「洗脳?」 「みさの実家、DV家庭だったじゃん。だから基準がおかしくなってるんだよ」 「そうなのかな? 洗脳とかはちょっと大げさだって」 「それに、嫌なこと言ったらちゃんと謝ってくれるし、反省もしてくれるのよ。心配性だから、どこにいたかとかも聞いてくるけど、無関心で無視されるよりは愛されてるって感じじゃない?」 「まあ、その話は後々しよう。今言っても信じられないだろうし。でもみさも、もし離婚するなら経済力が必要だよ」 「結婚はそこまで考えてないけど……」 「今は考えてなくても、必要になるかもよ。あとは選択肢の一つとして、まずは自分で稼げるようになろうよ。みさ、ウェブデザインできるよね? 学校通ってたんでしょ?」 「うん。昔少しやってたけど」 … Read more

16 September 2026

娘が突然「結婚する」と告げた夜、相手の母親から電話がかかってきた。「うちは普通の家庭とは違うの。あなたに息子の妻は無理よ」。土いじりで生活する農家の娘と、県内に六店舗を構えるスーパーの跡取り。その日から、私の人生は大きく変わった。相手の母親は「高卒の人間が私たちの力になることはありえない」と言い放ち、父親は「お前の人生を終わらせるくらいわけないからな」と脅してきた。でも、彼らは知らなかった。…

初めまして、りえさん。健太の母のひみです。突然連絡してしまって悪かったわね。健太からあなたと婚約したと聞いてね。どんな人なのか、どうしても気になってしまって。 そうだったんですね。健太からお母さんに連絡先を教えてもいいかと聞かれた時は、少し驚きました。 でしょうね。普通の家庭ならこんなことはないでしょう。ただ我が家は他とは違うのよ。それはあなたもよく知っているわよね。 はい。スーパーを経営されているんですよね。 うちの夫が社長をしていてね。何もないところから店を大きくしていって、今では県内に六店舗を構えるようになったの。これからもっと増やす予定よ。うちはそういう家だってことを理解してほしいの。 素晴らしいことだと思います。 健太はその後継者になるのよ。そしてあなたは将来の社長夫人ってわけ。その自覚はあるのかしら。 私は私で仕事は続けるつもりですが。 別に経営をしてくれなんて言ってないわ。あなたにはそんなの無理だって分かってるから。でもね、社長夫人ともなると気品が必要とされるのよ。あなたのせいで健太が周りから白い目で見られるなんて、あってはならないことでしょう。 それは、そうだと思います。 なら、将来の社長夫人としての自覚を持って、これからの行動に気をつけてもらいたいわ。 わかりました。 ところで、あなたのことを教えてちょうだい。お仕事は何をしているの? 父が農業をやっているので、その手伝いです。 農業?土いじりで生活をしているの? そういう言い方はやめてください。 そんな生活を送ってきた人にうちの家計に入られるのは、ちょっと嫌ね。 それは関係ないじゃないですか。 ちなみに最終学歴は? 高卒ですが。 嘘でしょう? 本当です。 そんな人間と健太が結婚しようとしているの? 学歴や生活環境なんて関係ないと思います。私たちは愛し合っていますから、結婚するんです。 どうやって健太を丸め込んだのかしら。 後ろめたいことは何もしていませんよ。 ちょっとあなたとの結婚は考えさせてもらうわ。 それは私たちが決めることです。お母さんの意見で決まるものではありません。 黙りなさい。こっちは会社の将来もかかっているのよ。 その三十分後、りえは健太に電話をかけていた。 母さんとは話した? うん。でも、いい印象は持たれなかったわ。 もしかして、学歴とかそういうことか? そう。農家の娘だってことも引っかかってたわ。 あの人は本当に変なところを気にするんだよ。母さんだって大学を出てるわけじゃないのに、偉そうに学歴がどうとか言うなよ。コンプレックスがあるんだろうな。 だとしても、それを息子の妻に求めるのは変よね。 そうだな。もしかしたら、結婚の挨拶で反対されるかもしれない。 そんなことは俺が絶対に許さないから安心しろ。俺にとっては、りえしか結婚相手はいないんだ。 それは私も同じよ。だからこそ、みんなに祝福してほしいわ。 うちの両親は昔からああなんだ。会社が大きくなる前から、勉強を頑張れとは言われてたけどな。でも、業績が上がって店舗が増えていくうちに、二人とも人を見下すようなことをよく言うようになったんだ。父さんは自分一人で会社を大きくしたって自負があるからそうなんだろうけど、母さんもそれに影響されちゃってさ。 なるほどね。高卒の私のことを下に見て当然なのかな。 そんなことないよ。りえはすごいことをやってるじゃないか。俺は心から尊敬してる。それに、うちもその恩恵を受けることになるんだし。 でも、あのことはまだ話さないでほしいの。 やっぱり嫌なんだ。 そのことで手のひらを返されて結婚を認められるのは、少し悲しいの。私自身のことを受け入れてもらいたいから。 分かるけどさ。 どうにかして気に入ってもらえないかしら。 りえがそこまで考える必要はないよ。何も考えずに普通に挨拶すればいいんだ。俺から二人にもきつく言っておくからさ。 大丈夫なの?あなたと両親の関係が悪くならない? そんなの気にしてられないよ。俺にとって一番大事なのはりえなんだ。りえと結婚するためなら、何だってする覚悟がある。 ありがとう。私も覚悟を決めて挨拶しないとね。 一ヶ月後、りえは再びひみから呼び出され、レストランで向かい合っていた。 ちょっと相談があるんだけど、いいかしら。 何ですか。 何よ、不満でもあるの? … Read more

16 September 2026

定休日の朝、夫から「給料が入ったから今日はパスで」とLINEが来た。私は15年間、休みなく店のために働いてきた。それなのに「お前の仕事は楽だろ。接客と裏方だけだし」と言われた。「親父の潰れかけた店を立て直したのは俺だ」と。でも店は夫一人で作ったものじゃない。なのに一週間後、夫は「女将をエリカに変える。ブスには女将は無理だし」と平然と言った。エリカは大学時代の元彼女で、ミスキャンパスだった女。…

「弘樹、どこにいるの?今日は定休日でしょ。店の掃除をやる約束だったじゃない」 「悪い、給料が入ったから今日はパスで」 「え、ちょっと待って。私一人でやれって言うの?」 「若い職人が何人かいるだろ。あいつらに連絡してやらせろよ」 「そんな急に呼べるわけないでしょ。一応休みってことになってるんだから」 「休日出勤なんてこの業界じゃ常識だよ」 「それならあなたも働くべきじゃないの?」 「俺は毎日寿司を握ってるんだぞ。おかげで店も大人気だ。そんな俺が休みの日まで働かないといけないのか」 「私は十五年近く休みなしで働き続けてるのよ」 「それはお前の仕事が楽だからだろ。接客と裏方だけだし、簡単なもんだ」 「そんなわけないでしょ。あなたは私の仕事を全然理解してない」 「それはこっちのセリフだ。親父の潰れかけた店を立て直したのは俺なんだぞ。分かってるのか?」 「あなたもその一員だってことは分かってるわよ。でも、一員でしかないって自覚してほしいの。店はあなただけじゃない。私も含めたみんなで立て直せたんだから」 「そんなわけあるか。俺以外の誰がいても結果は変わらなかった。俺の味を求めて常連客がたくさんついてきてるんだ」 「自信を持つのはいいけど、過剰になりすぎてるわ。特に最近のあなたは」 「ようやく周りが俺を認めたんだよ」 「調子に乗りすぎないほうがいいわよ。いつか足元をすくわれるから」 「俺がそんなことになるわけがないだろ。なめるな」 「お願いだから、お父さんが作ったお店の看板に泥を塗るようなことだけはしないで」 「あんなやつはとっくに超えたよ」 「それは大きな勘違いよ」 「もう来ないっていうなら別にいい。俺が行かなくても清掃は好きにやればいいだろ」 「店の味を落とすようなことだけはしないでよね」 「そんなことするわけないだろう」 「じゃあ、好きにしたらいいわ」 それから一時間後、店には一人の女性客から連絡が入った。 「とみさん、ちょっと予約を取りたいんだけどいいかしら?」 「エリカさん、予約は公式ホームページからお願いしますと、前回お伝えしたはずですが」 「だって、それじゃ取れないんだもん。あなたたちの店っていつも予約がいっぱいじゃない」 「ありがたいことにそうなってます。ですけど、直接私に連絡されても困りますよ」 「だって弘樹が、このLINEで連絡すればいつでも予約を入れてやるって言ってくれたのよ」 「弘樹からそう言われて、たしかに二度ほどお受けしましたが、さすがにもう無理です。あなたをお入れするということは、他のお客様にご迷惑がかかることなので」 「大学時代の友達だったんでしょ?」 「そうです。とっても仲良しだったんだから。そんな私の予約を断ったりしたら、弘樹に怒られちゃうわよ。それでもいいの?」 「分かりました。予約は入れておきます。ですが、これが最後だと思ってくださいね」 「ええ、もちろん。これがきっと最後になると思うから」 「そうなんですか」 「うん。あなたにお願いするのはこれが最後よ」 一週間後、とみはいつもの魚問屋に足を運んでいた。 「前田さん、お世話になっております。明日のご予約のお客様の中に、白身魚がお好きな方がいらっしゃるので、いつもより多めに仕入れさせてもらいたいんですが、大丈夫ですか?」 「そうだなあ。明日ならヒラメとカンパチあたりは多めに入れられるよ。特にカンパチは旬だから、身が締まっていいと思うぞ」 「ありがとうございます。では、そのあたりを明日買い付けさせてもらいます」 「分かった。すぐに出せるように準備しておくよ。いつもありがとうな。前田さんのところの魚はとにかく新鮮で、お客様たちからも評判がいいんですよ」 「そこは自信を持ってやってるよ。何せうちは歴史があるからな。漁師との付き合いも長いんだ」 「本当にありがとうございます」 「でも、とみさんの店も繁盛してるって噂がうちまで届いてるよ」 「本当ですか?正直、やっと黒字になったくらいですけど」 「おお、そうか。ずっとお前のところは大変だったからな。仙代さんは腕は一級品だったが、商売の才能はからっきしだった。そのせいで店が潰れかけたんだろ」 「そうですね。でも、本当に腕も人柄も素晴らしい方でした。私は今でもお父さんの握ったお寿司が忘れられません」 「それは俺も同じだよ。あの人と一緒に仕事ができたことは誇りだった。ただ、仙代さんが病気で倒れてから、ここまで立て直すとは思わなかった。本当に腕のある女将さんだよ」 「いえ、私なんて大したことじゃありません。夫はどうしてるんだ?」 「一応店には立ってくれてますけど、どんどん態度が傲慢になっていってますね。周りからちやほやされて、調子に乗ってるようです」 「まあ、そうなるだろうとは思ってたよ。お前も大変だな」 「最初は真面目にお父さんの下で修行してたんですけど、どんどんおかしくなってしまって」 「問題が起こる前に対処したほうがいいよ。じゃないと、今度こそ店が潰れてしまうからな」 … Read more

16 September 2026

母の電話で、私は家族の食事会に遅れていた。三つ星レストランの予約は取れているはずだった。でも受付で「あなたの名前はありません」と言われた。ありえない、母が予約したはずなのに。すると電話越しに母は冷たく言った。「あなたの名前なんて最初からなかったのよ」。やっと出た夫の渡るも、「お前の席は予約してない。他人は水道水で十分だ」と笑った。それだけじゃない。私はただ彼らの送り迎え要員で、食事が終わるま…

お母さん、すみません。ちょっと困ったことになってしまって。 「あらあら。今日は家族での食事会だというのに。何があったの?こっちはもう店に入って注文をしてるところよ」 「すみません。私も今来たところなんです。仕事がちょっと立て込んでしまって」 「そうなの?」 「それで店に入ろうと思ったんですけど、予約リストの中に私の名前がないって言われてしまって。お母さんの方から受付の方に説明をしてもらえないでしょうか?お母さんが予約をしてくれたんですよね」 「私というか……分かってるわよ。元々は部長さんが予約を取ってたらしいの。でも急用ができていけなくなったから、部長さんが渡るにこのレストランで食事をしないかって提案をしてくれたのよ。本来の店は予約なんてできないから」 「そうなんですか」 「あなたは本当に何も知らないのね。ここのオーナーは本場フランスで腕を振るったすごい料理人だったんだから。その人が日本に帰国して店を出すってなったからすごい人気なのよ。味も確かで三つ星を獲得してるんだから、予約だって普通に取ったら三年待ちなのよ」 「でもそんな店を部長さんはどうして渡るに?」 「あの子が営業部のエースで、部長さんにとっても気に入られてるからよ。それで私たちも美味しいご飯を食べられる貴重な機会をいただいたってわけ。今日は三年待ちの三つ星レストランで家族で食事って、楽しみにしてたの。それなのにあなたは遅れてきて……」 「すみません。でも私の予約がされてないって言うんです。どうにかできないですか?」 「私にできるわけないでしょ」 「すみません。お母さんが予約をしてくれたと勘違いをしていました。もうそっちに着いてますよね。だったら渡るに受付に来るように言ってもらえますか?」 「どうして私があなたの伝言役なんてしないといけないの?それくらいは自分でやりなさいよ」 「どうしてそんなに突っかかってくるんですか?同じテーブルにいるんだから、声をかけるくらい」 「私はあんたの命令なんて聞く理由がないって言ってるの」 「命令とかじゃないですよ」 「とにかく自分でなんとかしなさいよ」 「わかりました」 三分後、渡るが電話に出た。 「ちょっと話があるんだけど、いい?」 「なんだよ」 「お店に入ったら私の予約がされてないみたいなの。だから今から受付に来て話をしてくれないかしら。多分、なんか手続き上のミスだと思うから」 「いや、ミスとかじゃないだろう。ここの店は味はもちろん、ホスピタリティも完璧なんだ。何か不備があるとか、そういうのはないと思うぞ」 「でも実際に私の分の予約がされてないの」 「そりゃそうだろ」 「え?」 「お前の席は予約してない。他人は水道水で十分」 「何を言ってるの?他人?」 「そうだよ。今日は家族での食事会だ。実際に部長は二人分しか予約してなかったからな。となると利用するのは俺と母さんだけ。そもそもお前の分の席なんてなかったんだよ」 「ねえ、どういうこと?お母さんがフレンチに行くって言ってくれたのよ。なのに予約を取ってないなんて」 「お前、今日は車で来てるだろう」 「ええ」 「俺は今日酒を飲むから運転ができないんだ。だからちゃんと今日はここまで電車で来てる。お前は俺たちの家までの送り要員だよ。つまり運転手っていうわけ」 「それ、本気で言ってるの?」 「当たり前だ。俺たちの食事が終わるまで、近くの公園で水道水でも飲んで時間を潰しとけ」 「信じられない。どうしてそんなことをするのよ。最近のあなたは変よ。結婚するまではとっても優しかったのに。結婚してから、お母さんと二人で私に対して厳しく当たってきて。どうしてそんなことをするのよ」 「俺は大手企業のエース営業マンだぞ。こんな俺と結婚ができるだけでもすごいことだろ。最近そのことへの感謝がないと思っててな。ちゃんと自分の立場を分からせないといけないと思ったんだ」 「何それ?意味わかんない」 「お前にとって俺はどれだけ偉大な存在かを理解しろと言ってるんだよ。俺ほどの男と一緒になるチャンスは二度とないぞ」 「それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」 「本当のことなんだから仕方ないだろ」 「それで私は外で待ってろって、本気で言ってるのね」 「当たり前だ。それがお前のやるべきことだ。ただ、この先俺がお前のことを認めるようなことがあったら、うまい飯屋にも一緒に入れてやるよ。俺は仕事の付き合いでいろんなところに顔パスで入れるからな。他の奴らじゃなかなか食べられない高級品だって、俺と一緒にいれば食べられるんだ。お前だってそっちの方がいいだろう」 「美味しいものは好きよ。でも高級品だからって良いとは思ってないから」 「強がるなよ。しょうもない父さんの料理しか食ってきてないんだろ。だったら何が何でも食いたいはずだ」 「なんですって」 「とにかく俺たちの食事が終わるまで外で待ってろ。そして俺たちが連絡をしたらすぐに迎えに来いよ」 「何様なのよ」 三分後、今度はお母さんから電話がかかってきた。 「どう、自分の立場は分かったかしら?」 「お母さんも渡ると同じ考えってことですね」 「そうよ。この家で生活をしていくのなら、嫁は立場が一番下だって理解しなさいよ」 「そういうことなら、同居の話は断っておけばよかったですよ」 「あなたが一人でかわいそうだからと渡るにお願いされたので、了承したんですけどね。そんなこと言っても遅いわよ。家から出て行くなんてことになったら、即、離婚させてやるから」 … Read more

16 September 2026

「離婚届、送ったぞ。届いたか?」——電話越しに夫がそう言った時、私は実家で生後二ヶ月の娘を抱いていた。里帰り中のある午後、いつも通りミルクを作っている最中の電話だった。「まだ届いてないのか。即達でも時間かかるもんだな」。意味が分からず問い返すと、彼はこう続けた。「出産した女には魅力ないんだよ。妊娠してから女として見れなくなった」。私はと言えば、この電話の三ヶ月前、彼の浮気を知った瞬間から、彼…

「離婚届、送ったぞ。届いたか?」 「え、離婚届?何の話?」 「まだ届いてないのか。即達でも時間かかるもんだな」 「ちょっと、本当に何の話?」 「ああ、そのことなんだけどよ。出産した女には魅力ないんだよ。正直、見るのもきつかったわ」 「はあ?」 「やっぱり俺はさ、ずっと女でいてほしいんだよ。お前、最近化粧もしてないじゃん」 「そうね。そんな余裕はないわ」 「そこなんだよ。俺の目はどうでもいいんだなって」 「はい。あなたからどう見られるかも、世間でどう見られるかも、どうでもよくなったってことよ」 「俺に可愛く見られたいと思わずに、すっぴんと寝巻きで歩いてるの、マジきつかったわ」 「随分な言い方ね。確かに、おしゃれする余裕もなくて、周りから見れば綺麗には見えなかったと思う。でも、妊娠中だって分かってるわけでしょ」 「ていうか、妊娠してから女として見れなくなったんだよ。なんか、生理的に無理って言うか」 「俺の両親も離婚してるんだけど、離婚理由が女として見れないからだったんだよな。今なら親父の気持ちが分かるわ」 「最低な気持ちを理解しなくていいと思うんだけど」 「最低じゃなくて、生理現象だって」 「それで、何?妊娠中のパートナーを見て無理だってなったから、離婚したいって言いたいわけ?」 「そう、そう。離婚するのは当然だろ」 「はあ、そうなんだ。それがあなたの気持ちってわけ」 「いいから、とにかく離婚届に署名して送り返せよ。早くしないとお前が不利になるぞ」 「不利?なんでそうなるのよ。まあ、でもいいわ。書いてあげる。こんなこと言われて、私も嫌だし」 「ちょっと外見主義なところはあるなって感じてたけど、まさか妊娠中にまでそんなこと言われると思わなかったわ」 「じゃあ、さっさと記入しろよ。あとはもう戻る場所ないぞ」 「はい。なんでそうなるの?」 「だって、あの家は俺の名義だからな」 「まあ、実家にいるから別に困らないけど」 「うわあ。実家に転がり込むしかないとか、ダサすぎ。シングルマザーとか人生終わってんな」 「そうさせたあなたがそれを言うわけ?言っておくけど、あなたは世間一般で言うと、妻子を捨てたクソ野郎なのよ。自覚してる?」 「おいやいや、捨てられる方が悪いんだって。母さんも言ってたなあ。お父さんに捨てられた私が悪いって」 「普通そう思うはずなのに、お前は反省しないんだな」 「反省するところが一ミリもないんだよ。それと、慰謝料とか請求してくんなよ。お前に魅力がなくなっただけなんだから、俺は悪くないし」 「慰謝料なんて、なんで?」 「おい、離婚したら普通請求してくるかなって思ってさ。でも俺にはないからな。お前が勝手に太っただけだし」 「自分は悪くないって思ってるのに、慰謝料の心配をするって矛盾してるわよ。あなた、頭大丈夫なわけ?」 「俺はいたってまともだぜ。最近、親父とも連絡取ってるんだけど、親父が言ってたんだ。女として見られないやつと一緒にいても未来はないって。まさにその通りだな。子供もいらねえし、養育費も払う気ないから」 「なんですって?ちょっと待って。それとこれとは話が違うわよ」 「なんだよ。離婚したらさ、俺は持てるから、すぐ次見つかると思うんだよね。お前と違って、俺は市場価値高いから。だから養育費払う暇とかねえの。普通に考えろよな」 「養育費は義務よ。あなたは父親なんだから」 「だから離婚して父親やめるんだよ。俺の親父だって養育費払ってなかったし。まあ、お前も次の相手見つかるといいな。シングルマザーじゃ難しいだろうけど」 「あのさ、ずっと気になってたんだけど、なんでこのタイミングで離婚なんて言ってきたの?」 「俺、ちゃんと計画立ててたから」 「計画?」 「俺の両親も離婚する時に結構揉めたんだよな。俺はそういうのはしたくなかったんだ。だから考えたんだよ。お前が実家にいる間に離婚届を出せば、何もできないだろう。里帰り中で身動き取れないもんな」 「だから、妙に早く里帰りしろって急かしたのね」 「そういうこと。生まれるのは二ヶ月後だろ。まだ余裕あるし、離婚届くらい書けるじゃん」 「二ヶ月あれば、弁護士だって雇えるのよ」 「好きにすればいいんじゃね。俺も弁護士に相談したんだ。何もかも準備してたってわけ」 「へえ、そう」 「あとさ、俺が先に離婚届を出せば有利になるって聞いたんだ」 「有利?いや、離婚届に先もないでしょ。書いて出すだけなんだし」 「先に記入した方が有利になるんだよ」 「何よそれ。それに、離婚すればお前の貯金も半分くらい俺のものだよな。結婚してる間に貯めたんだから当然だろ。財産分与はしっかりするから、そこだけは時間かけてていいぜ」 「へえ、法律詳しいんだ」 「夫婦の財産は共有だからな。法律くらい勉強しろよ」 「そっか。言いたいこと、それで全部?」 … Read more

16 September 2026

息子たちの結婚式の準備で忙しいある日、突然電話が鳴った。相手は息子の母親だった。「恵さん、今度の息子たちの結婚式のことなんですけど、あなたたちには出席しないでいただきたいんです。」耳を疑った。どうして?と思いながら聞き返すと、信じられない言葉が返ってきた。「あなたたちの存在自体が失礼なんですよ。」え?意味がわからない。私たちは小さな塾を細々と経営しているだけ。でもそれが何か?「低所得者なんて…

「恵さん、今度の息子たちの結婚式のことなんですけど、あなたたちには出席しないでいただきたいんです。」 電話の向こうで、その言葉を聞いた瞬間、私は耳を疑った。 「は?何を言っているんですか?息子さんたちの式は、うちの娘にとっても一生に一度の大切な場です。それを欠席しろだなんて、どういうことですか?」 「私にとっても娘の晴れ姿を見る大切な式です。あなたにそんなことを言われる筋合いはありません。それに『怪我されたくない』って、どういう意味ですか?私たちはそんなことをするつもりは一切ありませんよ。」 「ナツキさんは本当に素敵な方です。有名大学を卒業して、今や大手の劇場コンサルタント会社で働いているんですから。」 「ええ、自慢の娘です。そんな娘さんのご両親ですから、私たちもどんな方たちなのか興味があって、先日の顔合わせでお会いしたんです。ですが…本当にがっかりしましたよ。」 「私たちが何か失礼なことをしましたか?もしそうなら、謝ります。」 「あなたたちの存在自体が失礼なんですよ。」 「意味がわかりません。」 「あなたたち、塾を経営されているそうですね。」 「ええ、長年やっております。個人経営の小さな塾です。」 「個人経営の塾なんて、大したことないでしょう。稼ぎも知れてるわ。」 「そうですね。細々とやってるだけですから。でも、それが私たちの暮らしです。」 「そんな人たちが、私たちの親族になるなんて信じられない。」 「どうしてですか?」 「低所得者なんて、どうしようもないクズよ。うちがどういう家だと思ってるの?夫は建築会社を経営してるのよ。大手との仕事もどんどん決まってるわ。これから会社はさらに大きくなっていく予定なの。そんな私たちと、あんたたちが親族になるなんて許されるわけがないでしょ。」 「会社の規模や稼ぎは関係ないと思いますが。」 「私はそうは思わないわ。もちろん、これは私だけじゃなくて夫も同じ気持ちよ。あんたたちのような人間と、どうして同じ式に参列しないといけないの?」 「もし私たちのことが嫌なら、今後一切連絡を取らないでおきますよ。ただ、式だけには参列させてください。私たちにとっては、愛する娘の晴れ舞台なんです。それを目の前で見られないなんて、あまりにも悲しすぎます。」 「そんなの関係ないって言ってるの。あんたたちは、自分の娘に恥をかかせていいと思ってるの?」 「私たちの存在は、何の恥でもありません。そう思っているのは、あなたたちだけです。」 「どうしてあんたたちから、ナツキさんみたいな素晴らしい子が生まれてきたのかしら。」 「きっとすごく努力をされたんでしょうね。それも含めて、本当に素敵な方だと思います。ナツキはとてもいい子ですから。」 「それは分かってるって言ってるでしょ。じゃあ、式には不参加って言っておきなさい。」 「ナツキが悲しみます。」 「どうせなら、嫌われる理由を伝えておきなさいよ。ナツキさんのためにも、あんたたちとは距離を置いたほうがいいと思うからね。」 そう言って、一方的に電話は切られた。 その30分後、今度は夫の方が相手から電話を受けていた。 「恵さん、今の話を聞いたでしょう。」 「ええ、しっかりと聞かせてもらいました。ですが、話を聞く限り、納得はしていませんよ。」 「当たり前でしょ。娘の式に参列するなと言われたんです。しかも、私たちが低所得者だからなんて、わけのわからない理由で。せめてちゃんとした理由なら、考えることもできたでしょう。そんなことを言われて、誰が納得するんですか?」 「暑くならないでくれ。こっちはお互いの子供たちのためを考えて言ってるんだ。」 「どこがですか?」 「今回の式には、かなりのVIPが来ることになってるんだ。私の人脈から、有力な人たちが参列してくれることになった。さらに、ナツキさんの勤める劇場コンサルタント会社の社長さんも、わざわざ式に来てくれるんだよ。」 「社長さんが?」 「ああ、ナツキさんの結婚を祝いたいって言ってね。こういうことは滅多にないらしい。きっと社長さんも、ナツキさんに期待してるんだろう。だからわざわざ時間を割いて参列してくれるんだ。」 「だったら、親の私たちがいないのは変じゃないですか?」 「そこはナツキさんがうまくやってくれるさ。ナツキさんだって、身内の恥をさらしたくはないだろう。」 「あなたたちが所得で人を見る人間だってことは、よく理解しましたよ。ですが、ナツキまであなたたちと同類にしないでいただけますか?それは酷い侮辱ですよ。」 「私たちは家族、息子たちのことを第一に考えてる。その愛情が、君たちには伝わらないのか?」 「当たり前でしょ。あなたたちの狙いは、もう分かってますからね。」 「狙いって、何ですか?」 「どうせ娘を大手で働かせて、うちの息子が社長になったら、2人の稼ぎをあてにして生活するつもりだろう。そんなことは絶対に許さないからな。」 「そんなつもりはありません。私たちは今の仕事を楽しくやらせてもらってます。大きな利益があるわけじゃないですが、生活に困ることはありませんから、できるだけ長く続けさせてもらいますよ。」 「それならいいがな。低所得者の言うことは信用できない。」 「あなたたちだって、信用できませんよ。何か狙いがあるんじゃないですか?」 「そんなものがあるわけないだろう。とにかく、式には絶対に来るな。低所得者は、息子夫婦に関わるんじゃない。」 「勝手なことを言わないでください。」 翌日、私はナツキに電話をした。 「ナツキ、ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」 「うん、どうかしたの?準備は順調?」 「ええ、もちろんよ。シ太さんと2人で話し合って、とてもいい準備ができてるわ。お母さんを泣かせちゃうと思うから、覚悟しててね。」 「私のことはいいのよ。自分たちのためにやってちょうだい。」 「これが私のためでもあるの。2人には本当に感謝してるんだから。しっかりと恩返しをさせてもらうからね。」 「…実は、式のことなんだけど、ちょっと困ったことになってるの。」 … Read more

16 September 2026

海外出張から帰ってきた夜、スマホに母から着信があった。「あんた、カイトを家から追い出したんですって?あんまりじゃないの」。私はホテルのベッドで一瞬、頭が真っ白になった。なんで母が私の家のことを知ってるの?しかも、その数分後には元夫からも連絡が来た。「お前、母さんを勝手に家にあげただろ。出張なのに旅行って嘘ついたのかよ」。意味が分からなかった。私は海外にいる。なのに、なぜ二人が私の家にいる?ハ…

海外出張の知らせは、上司に呼ばれて告げられた。二ヶ月、ニューヨーク行き。十日後には出発だ。 家に帰ってカイトに伝えると、彼は驚いた顔をした。 「マジか。二ヶ月も家空けるのかよ」 「そうなるね。私がいなくて大丈夫?」 「俺もう三十だぜ。飯くらいどうにでもなる」 「そっか。じゃあ、オルスバンよろしくね」 カイトはミュージシャンを目指してバイトをしながら音楽活動を続けていた。私が働いて家計を支え、毎月三十万の生活費を渡している。彼が夢を追いかけられるように、そう決めた生活だった。 「なあ、モネ。俺、ミュージシャンの夢、諦めるわ」 「え? そんなに努力してきたのに、急にどうして?」 「周りにも現実見ろって言われてさ。もういいんだ」 「……そっか。カイトが決めたことなら、尊重するよ」 「これからは就活して正社員になる。今まで俺の夢を支えてくれた分、今度は俺が支えるから」 「その気持ちだけで十分嬉しいよ。何か手伝えることあったら言ってね」 「じゃあ早速なんだけど、スーツ買ってくれない? 就活用に必要なんだけど、俺スーツ持ってないからさ」 「それは大事だね。いくらくらい必要?」 「五万あれば足りる」 「分かった。帰ったら渡すね」 「おう、ありがとな」 一週間後の夜。カイトが面接から帰ってきた。 「どうだった?」 「ダメだった。手応えゼロだよ」 「まだ結果出てないでしょ」 「絶対落ちてるって。それに、就活って交通費もバカにならないんだよ。次の面接にも行けるか分かんない」 「困るね。いくら必要なの?」 「一万円くらい」 「PayPayで送ってくれる? 今すぐ欲しいんだ」 「一万も? 都内なら電車代だけで二千円くらいでしょ。新幹線で遠くに行くわけでもないのに」 「就活ってお金かかるんだよ。新卒で受かったお前には分かんないかもしれないけど」 私も新卒時代、それなりに出費があったから気持ちは分かる。スーツはもちろん、メイク道具も揃えなきゃならなかった。 「男はさ、整髪料とか制汗シートとか、タバコの匂い消すスプレーも必要だし、香水も大事だろ」 「香水はやめておいた方がいいと思うよ。面接で匂いがきついと逆効果だって聞くし」 「とにかく必要なもんがいっぱいあんだよ。貸してくれよ」 「……分かった。必要なものなら貸すよ。でも必ず返してね」 「もちろん。出世したら十倍にして返してやるよ」 「頼もしいね。楽しみにしてる」 「あと今日は遅くなるから夕飯いらない。まだ面接が何件かあるんだ」 「張り切ってるね。頑張って」 その日、私は仕事中にあるものを見てしまった。スマホの画面に写る写真。カイトが昼間から外で飲んでいる。女性と一緒に。しかも、ホテルに入っていくところまである。 八時間後、彼が帰ってきた。 「カイト、今日どこにいたの?」 「面接終わったとこ。今帰った」 「嘘だよね。私、写真見たよ。昼間から女の人と飲んで、ホテルに入るところも。どういうこと?」 「他人の空似だろ。しかもそれ盗撮かよ。消せって」 「どこからどう見てもカイトだよ」 「気になる相手だったから話しただけだ。そういうことはしてない」 「あの一万円、今日の飲み代とホテル代に使ったんじゃないの?」 「めんどくせえな。はいはい、行きましたよ。就活のご褒美だよ。悪いかよ」 「悪いに決まってるでしょ。就活の費用として貸したお金よ」 「あくまで予定だろ。必ずしもその通りに使うわけないじゃん」 「そんな言い訳、社会では通用しないよ」 「説教するなよ。お前は俺の上司か? … Read more

15 September 2026